それでもええで!
と言う方のみ第百八十二話をお楽しみください!
今回で正邪たちのターンを終わらせるつもりだったのですが、文字数が足りませんでした。
時間が取れなくて急ぎだったため、変なところが多いかもしれませんが、ご了承ください。
人気のない森の中で、けたたましく激しい打撃音が響き渡る。私が足を延ばして対象を蹴れば蹴る度に発せられる。その度に、押し殺した少女のうめき声が足元から聞こえてくる。
靴越しではあるが、ヌルつく感触に針妙丸の顔や頭は既に血まみれであるのを感じる。後はこいつを殺すだけだというのに、いつまでもしぶとく生きているため、そろそろ飽きて来た。どれだけ生きていられるか、試してやろうと思っていたが、十数回を超えるとさすがに面倒だ。
とはいえ、奴が死ぬ瞬間を見るのを見るのは楽しみだ。どんな散り様を見せてくれるだろうか。できれば、正邪のように派手に死んでくれると愉快痛快だ。
「早く、脳みそをぶちまけでくださいよ!」
何度も、何度も踏みつけ、針妙丸の頭を潰そうとした。大きな代償が無い強化など精々十数秒程度が良い所だ。いつ潰れてくれるのかと心待ちにしていると、違和感に襲われた。
奴が防御力を強化して潰れないのは別に違和感の対象ではない。そうではなく、私の攻撃力ならば、針妙丸が背中を預けている木が吹き飛ぶか、砕けていてもおかしくないのにその様子もない。
彼女は、いったい何に願いを使ったのか。思考を巡らせようとした時、私の後方で誰かが立ち上がる気配と、夥しい殺気を感じ取った。
何かを考えている暇はない。何かが来るのを気配で察し、横へ飛びのいた。私の頬を掠めるようにして、拳が振りぬかれた。正面から見たことは殆どないが、自分と同じ形をしているのだと分かる。
咄嗟の事で体が思うように動かず、反応が遅れた。怒りに満ち満ちている正邪の顔がすぐ近くを通り、横に避けた私へ更に弾幕で追撃を加えてくる。
今は体勢を整えることを優先するため、応戦せずに蘇生された体中血まみれの正邪から距離を置く。
自分以外の周囲の無機物を強化するなどまずないため、自分でなければ何を強化したのか謎だったが、ようやくわかった。まさか、死人を生き返らせることに使うとは。
時間を巻き戻した時と同様に、流れに逆らうことはそれなりのパワーが必要だ。生から死へ誘うのは難しくない、殺せば死ぬのだから。しかし、その逆である蘇生となると、エネルギーは相当必要だ。
死体の状態にもよるが、私は心臓をくり抜き、頭部の原型を留めないほどに吹き飛ばした。蘇生は絶対に不可能なレベルの外傷を治したとなると、願いの代償は魔力では済まないだろう。
周囲に願いの代償が現れなかったという事は、自分の中で完結させたという事だ。一つの命を生き返らせたという事は、対価として一つの命を犠牲にしたという事になる。つまり、針妙丸自身の命だ。
正邪が生き帰ってきたことで少し焦りはしたが、針妙丸がくたばることは確定であるため、結果はどちらにせよ同じだったわけだ。
「生き返った気分はどうですか?いやあ、うらやましいですね~、死を二回経験できるなんて」
生き返って来た正邪にそう呟くが、返答はない。言葉に出さずとも、彼女が抱いている感情は実にわかりやすい。表情を抑えきれない程の怒り。
しかし、その感情を私にぶつけるのは間違っている。殺し殺されの世界で、闘争に身を投じている時点でそれは覚悟するべきであり、死んだのは正邪のせいだ。
「あなたが寂しくないように彼女を殺してあげたというのに、こちらに戻ってきてしまうとは、あなたは酷い人ですね」
早く終わらせるために焚き付け、こちらに向かわせようとしたが、意外にも冷静に彼女は突っ走ることなく構えた。
つまらない。一人殺し、その仲間思いの連中を捻じ伏せるところまでがワンセットだというのに。しかし、まるっきり戦う意思が無いというわけでもないため、それはそれで楽しむとするか。
来ないのなら、こちらから行ってあげよう。私が歩き出すと、待っていたように彼女も歩き出した。手を伸ばせば触れるであろう、お互いの射程に入った瞬間にその頭部に穴を開けようと拳を振るった。
いつも通りに私の命を狙ってきた連中と同じように殺してやればいいはずだったのに、私よりも圧倒的に速い速度で正邪がこちらに手を伸ばすと、拳を正面から掴んだ。
力を受け流して寝技にでも持ち込むつもりなのかと思ったが、彼女はそんな複雑なことはせず、シンプルに受け取るめるだけで終わった。
私の力であれば、彼女程度なら腕ごと吹き飛ばせるはずなのに、掴んで来た腕を押し返すことすらできない。代わりに、伸ばそうとしていた私の腕の方が逆に押し込まれ出した。
「なっ…!?」
針妙丸を踏み潰そうとしていた時、正邪に邪魔されて思考を巡らせることができなかったが、殺せなかったことを楽観視していた。打ち出の小槌で強化していないはずなのに、私が踏み殺せなかったのかを。
打ち出の小槌の力を使ったのであれば、力で負けることはまずないはずなのに、なぜ押し返すことができない。打ち出の小槌の魔力で再度強化しようとした時、自分の中に小槌の力を感じることができなかった。
「……………あ…?」
理解が及ばず、声が漏れる。何かが起きていると、様子を見るために腕を引っ込ませることを忘れていた。そうしているうちに、伸ばした腕を正邪に握り潰された。
乾いた枝を、まとめてへし折っている様だとはよく言ったものだ。まさにそんな音が私の握った拳から発せられた。
ただの魔力で強化しても、その防御力を上回る攻撃力は、打ち出の小槌の魔力で強化された物だ。正邪を蘇生させただけでは勝てないと考えた針妙丸は強化も施したらしい。
「ぐっ…あがああああああああああああああああっ!!?」
潰され、捩じられ、動けなくなった隙に後ろに回り込まれ、残った左腕もへし折られた。乾いた音が響き渡る内にどちらの腕も感覚と言う物が無くなり、僅か数秒で使い物にならなくなってしまった。
今の彼女なら、私を殺すことなど造作もないはずなのに、止めを刺すことなく砕かれた私の両腕を放した。
「あぐっ……!!」
両腕を潰されているため、痛みを和らげようと摩ることもできない。いつもは魔力でシャットアウトしていたが、それをすることもできない程に私に残された魔力は少ない。
小槌の魔力を感じないのは、十年前に無理やり彼女に使わせた願いの効果が切れたことを示唆している。それにより、時間の逆行や肉体の再生ができない。そんな、切羽詰まった状況だというのに、私の頭の中は未だ楽観的な思考をしている。
私の優位性は変わらず、ここからまだ勝てると何となく感じているのと、思考との乖離が酷い。何かがおかしいそう思うのには、私は遅すぎた。
残り少ない魔力で、自分ですら違和感を抱くほどに優位性を訴える感覚をひっくり返すと、打って変わって私の頭の中は痛みに侵されていない処理能力を使って警笛を上げ始めた。
ひっくり返すのだから、余裕を感じている状態から危機感を感じる状態になるのは当たり前だと思うかもしれないが、そういう問題ではないのだ。ひっくり返さなければその感覚に移れないという事が問題なのだ。
戦闘中、常に私は優位性を感じており、ずっと前から奴にひっくり返されていたことに他ならないのだ。
「ようやく気が付きましたか」
腕を折られても変わらず嗤っていた私の表情や雰囲気が変わったことで、彼女も気づいた私に気付いた。
「そう、この世界でこれだけ生き残ってきたあなたは非常に狡猾で、用心深い。だから、考えを変えさせる必要がありました」
私が勝っているという感情は、状況変化から来る物ではなく、私の警戒心や用心深さをひっくり返して真逆の作用をさせることで生じさせていたのだ。
完全にやられた。余裕だろうと考えていても、心の奥底では警戒心を持ち続ける。そうして感覚と思考を乖離させることでこれまで生き残ってきたが、感情と思考を同じ方向に向けさせられ、分けて考えていた物を混同させられたため、変化に気が付けなかった。
「くそ…くそっ…!!お前なんかに……!!…天邪鬼らしくない、お前なんかにやられるなんて…!!」
私の攻撃能力を奪い、勝ったつもりでいる正邪は針妙丸の方向へ歩いて行こうとするが、私は残った魔力で徹底的にお前の邪魔をしてやる。
「これで終わりじゃない、私は……お前を絶対に許さない!!」
腕が潰れたとしても、能力はまだ生きている。最後まで私は足を引っ張り続けてやろう。できるだけ、奴の独り占めする打ち出の小槌の魔力を削ってやる。
向かおうとした進行方向をひっくり返し、進もうとする正邪を引き留めた。邪魔をするなと睨みつけてくるが、目的を果たせていることで私は愉悦に顔を歪めた。痛みで上手く笑えたかわからないが、足を止めさせるだけの効果はあった。
「できるだけ…時間と魔力は消費したくはないのですが、仕方がないですね」
まるで秘策があるような言いぶりだが、どうせ大した思惑ではないだろう。奴も自分でやっていたからわかるだろう、私の腕を握り潰すだけの腕力があろうが、ひっくり返す程度の能力がある内はダメージを与えることは難しい。
なにか急いでいるようだが、そう簡単に逃がしてなるものか。命の続く限り最後まで邪魔を続けてやる。
「あなたの、能力を使えなくさせましょう」
あらゆるものをひっくり返す程度の能力だが、できることも多いができない事も多い。その一つとして、生成と消失だ。
この現実改変能力は、時間の逆行や重力などの法則にも干渉でき、物理的には不可能な場所の入れ替えなど現実的ではない事までできる。
しかし、零にする事、すなわち消し去ることはできないのだ。その逆もしかりで、零から何かを生み出すことも難しい。例えるなら、この能力はコインの裏表をすることはできても、コイン自体をなくせない、新たに作れないと言えばわかりやすいだろう。
「どうするつもりですか?あなたに能力を消すことはできません、やれるものならやってみてくださいよ」
これまでと同じで、100%ブラフだ。矛盾もいい所であり、わかりやすい嘘を見抜き、彼女がほざいたことの対策を講じることなくほら吹きの彼女へ警戒を向けた。
例え、私が知らなかっただけで能力によって消失させることができたとしても、奴は私が知っていることが前提で話しているため、それを逆手に取る。
これまでの会話から、奴が本当の事を話している事の方が少ないと考えられ、能力を使って消すと宣言しているが、能力を使うつもりなどさらさらないだろう。
消すと私が言われ、能力を消させないためにひっくり返してあらかじめ能力を消しておき、奴が使用した段階で能力が戻る。そういう動きに私が行くように誘導し、実際には私が能力を自分で消し、正邪自身は能力を使わずに消し去る算段だったのだろう。
だが、穴だらけの作戦だ。恐らく奴もこれを試すのは初めてなのだろう、私の方が力だけでなく、能力の知識も上だったようだ。
そんな小賢しい手に誰が引っかかるというのか。奴がいつ動き出してもいいように、構えようとした時、視界が真っ暗に染まった。
「あ…?」
目を拳か弾幕で打ち抜かれたわけではない。衝撃や痛みを感じないし、何よりも反応する間もなくダメージを与えられるならそれこそ意識など残っていないだろう。
走り出す体勢もできていなかった正邪が私の目を潰すことなど絶対にできないはずなのに、私の瞳は景色を映さない、光を認識しない。
自分の足元や手どころか、視界を塞ぐ瞼の存在すらわからない。耳や肌、鼻の感覚は残っている。音は聞こえ、ゆっくりと通り過ぎていく風の感触、焦げ臭い匂いは未だに感じているが、目の感覚だけが欠如している。
何が起こったのかわからず、そこにあるはずの見えない両手で自分の顔に触れた。瞬きをしている感覚も目を動かす感覚もあるはずなのに、脳が景色を認識できていない。
「何が……?」
こんなに近くに指があるはずなのに、その影すら瞳に捉えることができない。何も見えないただの暗闇が視界の全体を覆っている。
彼女にひっくり返されたのだと理解させるのに、数十秒を要した。彼女の秘策が何だったのか、遅れて察した。
「何を勘違いしているんですか?誰も消すとは言ってませんよ」
この能力の唯一の弱点である視力を奪われた。ひっくり返す程度の能力は、大妖精の瞬間移動並みに視界に依存する。見えている範囲内でなければ、ひっくり返す対象を定めることができないからだ。
裏をかかれた。まさか、同じ種族に騙し合いで負けるとは思ってもいなかった。浅はかな自分に腹が立ってくるが、こうなるともうどうしようもなくなる。
能力を使いたくても、目標を絞れない。奴に一杯食わされた。そう思っていたが、奴の行動に対して違和感が沸き上がる。
奴はなぜ向かってきた。二人が共闘している事から、逆様異変が起こっていないのは明白であり、世界のバランスをひっくり返すだけの力が授けられたとするならば、打ち出の小槌の魔力を貰った時点で逃走してもおかしくはない。
私を殺さなければ、平穏が来ないからと言えばそうであるが、違和感があったのはそこではない。
あの大事な局面で、言ったことをしたことだ。私なら、自分のしたい行動に抵抗されないように真逆のことを言うか、それとなく言い回しを変える。ストレートに言うことはまずない。
天邪鬼らしくない行動であることこの上ない。何なんだこいつは。そう思った直後、彼女の言動や行動を思い出した。
針妙丸が後ろから攻撃してきた時の後ろから来るという言葉、グレーゾーンであるが右から弾幕が来るという言葉、全て噓であると決めつけていたが、その通りに実行して私は攻撃を食らっていた。
今回も彼女は言った通りの行動をした。そして、もう死んでいるであろう針妙丸の方へ行こうとしているように見えた。何をしようとしたのかは途中で止めたため分からなかったが、私は嫌な予感を感じていた。
彼女はこれまで嘘をついていなかったと思われると、続けて思い当たる所が出て来た。この世界にいる針妙丸は元気にしていると嘘を伝えた時や、写真を踏みにじった時の表情。もしそれらも嘘のついていない真であると考えると、なぜ針妙丸の方へ行こうとしたのか何となく予想がついてくる。
時間と魔力を無駄にしたくないというのは、針妙丸を助ける為だったと。こんな、こんな天邪鬼らしくない、恥さらしと言っても過言ではない奴に、私が負けたと考えると腸が煮えくり返る。
「お前みたいな奴に、お前ごときに出し抜かれるなんて…!ふざけるな…!!」
「あー…はいはい、そうですね」
正邪は私の能力を封じると、脅威がなくなったと判断したのだろう。先ほどよりも声が遠く、大まかな方向しかわからなくなっていた。体でぶつかってでも奴のやろうとしている事を邪魔してやりたいが、木々で反響する足音に場所がつかめない。
どうにか追おうとするとするが目が見えないため、手探りで行こうとするが、奴の声が離れた位置から聞こえて来た。
「私なんかに構ってていいんですか?…今のあなたは能力も何もない、魔力が使えるだけのただの人間と変わらないんですよ?」
それを言われるまで、気が付かなかった。これまでは強力な能力ゆえに殺されなかったが、今はそうもいかない。二枚舌でどうにかなる状況を過ぎてしまっている。
目が見えず、能力も使えないとなれば、もはや狩る側ではなくなり、狩られる側になっている。今の状態なら、人間にすら負けるだろう。それほどに弱体化している。
「くそ、くそっ…!」
目が見えない、能力が使えないとなればこれまで欺き、力でねじ伏せていた者たちから報復があるのは想像に難くない。正邪は針妙丸を助けるつもりであるため、私が死ぬとすれば他の第三者によってだ。
逃げたとしても、隠れたとしても、もはや私が死ぬことを覆すことはできないが、だからと言って割り切ることはできず、私は目的地も行く当てもなく、手探りでこの場所から逃げ出した。
歪み、潰れた手で探って進んでいるため、すぐさま逃げることは難しい。普段なら数秒で行けるような距離を、十数秒かそれ以上の時間をかけて進む。手に当たった物がどういった形をしているのか確認もせずに迂回しようとすると、体をぶつけてしまい、私は数分と立たずに擦り傷だらけになってしまっていた。
しかし、そんな些細な事を気にしていられない。早くどこか身を隠せる場所に逃げないといけないのだ。腕を失っていることで、ロクに抵抗をすることもできない。多少怪我をしたとしても、命を優先するべきなのだ。
こんな惨めさ、敗北感を味わったのは初めてだ。あんな中途半端な奴から尻尾を巻いて逃げるしかできないなんて、最悪だ。
自分を叱咤しながらせいぜい数十メートル。体感では百メートル程度の距離を何十分も時間をかけて這進んだ。
よそ見をしながらでも歩けるほどに慣れた森の中だったが、いざ目が見えなくなると知らない場所と変わらない。様々なものに体をぶつけ、転がった枝や石に躓いて転んだ。
亀のようにノロノロと進んでいると、不意に何かに手をぶつけた。潰れた腕では確かではないが、森の中では似つかわしくない柔らかい物だった気がする。さらに、木々であればひんやりと冷たいはずなのだが、一瞬でもわかる程に熱を持っている。丁度、人肌ぐらいだ。
「っ!?」
慌てて手を引っ込めようとしたが、退こうとした私の手を人肌に温かい手が掴んで来た。しかし、すぐに違う事に気が付いた。潰されて感覚が鈍っていたことで触られていると思っていたが、腕に鋭い痛みが走り、漏れ出した体液が皮膚を伝う感覚がする。
「あは!…正邪ぁ…」
幼く、聞き覚えのない声が私の名前を呼ぶ。
声に聞き覚えはないが私が覚えていないだけで、もしかしかしたら使い潰してきた内の一人かもしれない。正邪との戦いで、私がやられるのを遠目に見ていたのかもしれない。
私が長い距離ずっと這進んでいたことで目が見えず、正邪相手に能力を使用しなかったことで、固有の能力も使えないのだと確信したのだろう。出てきて私の腕に食いついてきた。
「くっ…!」
何とか腕を振り払い、私に噛みついてきた人物を振り払う。相手はすぐに身を翻して走り出し、森の木々に隠れて居場所が掴めなくなる。
聴力に魔力を使い、周りに意識を向けて初めて気が付いた。不自然に草花が揺れる音があちこちでしているのを。周りに妖精か妖怪かわからない者たちの気配がしており、いつの間にか完全に囲まれていた。
「正邪はいいなー」
そう呟く声が聞こえてくる。その声からして、最初に噛みついて来た妖精か、妖怪だろう。幼い子供のような下っ足らずな声音から、妖精のイメージを持った。
こうして複数人で出向いたという事は、使い潰されてきた復讐に来たのだろうか。しかし、すぐさま囲ってボコボコに殴り殺されないのが謎だ。返答を返そうとするが、その妖精はこちらの回答を聞く前に話を始めた。
「私たちも、正邪みたいな力が欲しい」
敵に流れる魔力に意識を向けると、その量が妖精や妖怪からすれば極端に少ないことがわかった。
こいつらは、魔力は持つが能力の発現に至らなかったのか、もしくは要請が何度も殺されて弱体化したか、能力を失ったのかか。普通の人間よりも多いぐらいの魔力しか感じられない。
「何を言って…」
いや、聞くまでもない。連中が何をしようとしているのか、最初の妖精が行った行動から予想がついてしまった。私を食い、力を得ようとしているのだ。
自分よりも強い性質の肉体や魔力を取り込み、力を得る方法を試みた奴が過去にいたが、非常に効率が悪い。確かにそれで力を得られない事は無いだろうが、たった一人を食ったところでそこまで力が得られるものではない。
こいつらは、それをわかっていないのだ。唾液を滴らせ、逃げようともがく私に全員が一斉に飛びかかってきたのを、気配や音からなんとな察した。
最初の一人か二人までだ。何とか蹴りを当てたり、潰れた腕をぶん回して吹き飛ばしていたが、多勢に無勢だ。五人か六人程度だろうと思っていたが、私を地面に押さえつける腕の本数からその倍はいたらしい。
「くそっ…!放せ!!」
藻掻き、振り払おうとしても大人数の前では腕を持ち上げることすら叶わない。残り少ない魔力を温存していられない。能力が使えないのであれば、今肉体に使うしか生き残れない。
魔力をふんだんに使い、妖精や妖怪たちを振り払おうとするが、腕を潰されていたことと身体能力の低さが相まって、そこらの雑魚共すら満足に引き剥がせない。
「放せ!放せえええええええっ!!」
生き残るためにはこちらも必死だ。足を掴む奴を蹴り、体を捩じって拘束から逃れようとする。がむしゃらに暴れ、拘束から逃れられそうになった瞬間、最初に噛みついて来た妖精と思われる人物が私の首元に顔を寄せた。
待ちきれなくなったのか、幼く柔らかい唇とは対照的に硬いエナメル質の歯が私の肌に食い込んだ。鋭い激痛が走ったかと思うと、筋肉や弾力のある管が引き千切られる音が耳元から聞こえて来た。
「あああっ……かぁ…っ…!?」
腕に食いつかれた時とは比べ物にならない程、体の中から血液が失われていく。脳に行くはずだった血液の殆どが首元から溢れ出し、脳の活動を著しく低下させていく。
暴れることすら脳の処理能力ではできなくなっていき、体から力が抜けていくのを朧気ながら感じた。それでも、完全に意識がなくなるのには数分はかかるだろう。その短くも長くもある時間は、私にとって地獄を思い知らされるだろう。
真っ暗な視界の中でも感覚だけは残っており、一斉に私の体に噛みついてきた妖精たちによる痛みに、私は悲鳴を上げていた。
激痛に飛び上がりそうになるが、押さえつけられているため、体が痙攣するように震える。
痛みをどうにか忘れようと、和らげようと、私は叫び続ける。死にゆく体から目を背けながら、こちらを覗き込む死の世界を否定しながら。
激痛で処理能力を失って、まともに思考を巡らせることもできなくなった脳味噌で、あらん限り叫んで全てを吹き飛ばそうとした。
「がふっ…ぁぁ…ぁ…!」
叫んでいた私は、いつの間にか声が出せなくなっていた。痛みが叫ぶことの処理能力すら奪ってしまったのではない。死んだからではない。喉を食い千切られたのだ。
私の耳元で、今度は喉仏を噛み砕く音が聞こえてくる。軟骨が折れ、砕け、気道が露出したのか、呼吸をしようとすると、ひゅうひゅうと喉から音がする。
いや、それだけではない。筋肉を引き千切り、骨を噛み砕き、血を啜る。内臓を引きずり出し、浴びるように貪る音がそこら中から聞こえてくる。
周囲には針妙丸を吹き飛ばした時と同じ、内臓が零れた時のムッとする匂いと濃い血の匂いに埋め尽くされていた。その合間を妖精や妖怪たちの感極まる歓喜が飛び交っている。
いよいよ、異次元正邪の首に死神の鎌が携えられた。彼女は最後の最後まで苦痛と絶望を味わい、最後の最後まで二つの敗北感を味わい尽くしながら死んだ。
邪魔者は消えた。森の中を這いつくばりながら進んでいく異次元正邪を見送っていたが、そんなことをしている場合ではない事を思い出し、横たわったままピクリとも動かない針妙丸に向き直った。
傷口からは血はまだ出ているが、心臓によって押し出されているというよりも、ただ溢れ出してると言った方が近いだろう。触ってみて分かるが、当然脈は感じない。
引きずり出された紐状の内臓は、どんな名医だろうと治すことができない程にズタズタだ。
彼女の生存や蘇生は医療なら絶望的だが、時間がそこまで経っていない今ならできる。針妙丸から受け継がれた力を使って、彼女の時間を巻き戻す。
瞳を閉じ、横たわっている彼女にひっくり返す程度の能力を使用する。時の進行方向を逆転させ、時間を彼女がこの大怪我を追う前へ巻き戻す。
「くっ…!?」
だが、すぐさま障害が隔てる。私が予想していたよりも、ずっと魔力の消費が激しい。異次元正邪は表情に出さなかったが、これだけの消費だ。彼女の思考回路をひっくり返していなければ、今頃は二人仲良くあの世に送られていただろう。
見た目は全く変わらないが、彼女の土気色の肌がゆっくり、ゆっくりと体温を取り戻していくのを、視界や肌で感じる。流れ出た血液が戻っていき、針妙丸の体内を循環する。
大量の魔力を惜しみなく使い、時を巻き戻し続ける。血色がよくなっていき、三十秒か四十秒も経つと胸がゆっくりと上下して、呼吸を始めた。
いい調子だ。そのまま目を覚まし、怪我が治ってくれればいいのだが、魔力の消費量的に、中々に際どそうだ。彼女から授かった魔力は、この段階で既に半分以上使ってしまっている。
それに、まだ内臓も外に露出したままであるため、呼吸や体温が戻ってきたとしても油断は全くできない。
血が少しずつ戻っていくのは、まだ間に合うことを示唆しているため希望を持てる。だが、同時に魔力の残量が心もとなく、ゆっくりと戻っていく様子にもどかしさを感じる。
「早く…早く…」
魔力が少なくなり、不安を誤魔化す様に何度も呟いた。私のつぶやきにうなずくように、彼女の中に戻っていく血液の量が増えていく。戻っていく量が増えるという事は、彼女の致命傷を受けた瞬間に近づいているという事他ならない。
循環がよくなり始めたことで、呼吸にも変化が現れた。浅く、ゆっくりと呼吸していたが、今は最初よりも深く呼吸している。しかし、まだまだ顔は青ざめており、時間の逆転を止めれば生存は絶望的だ。
魔力が足りるかどうか不安が募るが、今の私には時を戻すこと以外にできることはない。無駄に魔力を消費しないように、今は余計なことをせずに耐え忍ぶしかない。
顔に付けられていた傷も塞がり始め、どこにパーツがあるのかわからない程に腫れ、血まみれだった顔が見慣れた彼女の顔へと戻っていく。
もう少しで針妙丸から貰った魔力が無くなる。しかし、彼女の腹部から垂れ下がって露出した内臓に変化が出始める。異次元正邪に千切られたのか、少しずつゆっくりと元の形へと戻っていく。
千切れて形がわからない程に潰れていた組織がくっつきあい、形を成していく。彼女を中心に広がっていた血だまりも小さくなり、もうすぐで治ると希望が見え始めた。
彼女の瞑った瞳も震え、人形のように動かすことのできていなかった指先が小刻みに動く。もう少しだ。
「もう少し、もう少しだけ持ってください…!」
針妙丸の魔力の残りからして、時の逆行は十秒もできないところまで来てしまった。その間に針妙丸が治ってくれることを祈るしかない。
緊張で鼓動が速くなるが、泣いても笑っても、使い切ればそれで巻き戻せなくなる。覚悟を決めるしかない。
残り九秒。
ゆっくりと少しずつ治っていく散らばった臓器。焦っても仕方ないが、極度の緊張で玉のように膨らんだ嫌な汗が頬を伝う。
残り八秒。
未だに瀕死の状態であるが、彼女の手を握ると弱弱しくあるが軽く握り返された。ここまで戻せたことをうれしく感じるが、それと同時に間に合わなかった時を想像するだけで、背筋が凍り付くほどに恐怖を覚えた。
残り七秒。
どれほどの苦痛を感じているのか。針妙丸の辛そうな表情に、胸が苦しくなっていく。これほどに長く感じる十秒はない。
残り六秒。
高望みはしない。彼女を救えれば私はそれでいい。ぐったりと動けない彼女の手を握る手に力が籠る。
残り五秒。
魔力を惜しまず時の逆転に使い続ける。帯に近しい形になっていくが、針妙丸の体の中に戻っていく様子はない。
残り四秒。
これだけの損傷が残りの秒数で治るとは思えず、耐え難い恐怖に襲われる。今回だけは、今回ばかりは、どんな神にでも、何の神にでもいいから祈りたい。これまで宗教に無関心だったのが、歯痒い。
残り三秒。
お願い。お願いします。彼女を救ってください。何でもするから、お願いします。目を瞑り、祈る。こういう時ばかっかり神頼みなのは虫が良すぎるのはわかっている。それでも、神に頼むしかなかった。
残り二秒。
戻らない。彼女の中に戻って行ってくれない。恐怖が私の中を支配していくのを感じる。針妙丸を失いたくない。彼女だけは助けたい。その一心で魔力を使い続けるが、時間は無情に過ぎていく。
残り一秒。
僅かに残った魔力が失われていき、もう駄目だと頭を抱えそうになった時、彼女の体の中に零れだしていた物が収まっていく。時間をかけて引きずり出されていたら終わりだと思っていたが、あれだけの大怪我はどうやら一瞬のうちに叩き込まれたようだった。
残り零秒。
傷が完全に塞がると同時に、私の中にあった彼女の魔力全てと、殆どの自分の魔力を使い果たした。
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