東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十三話をお楽しみください

誤字あったらすみません!!!!


東方繋華傷 第百八十三話 亢竜有悔

 時の逆転。物理法則を無視する荒業は、短い時間でも莫大な量の魔力を消費する。針妙丸が死に際に、私に強化された魔力を託した。それをふんだんに使い、使い尽くした瞬間に、彼女が負った致命傷を何とか修復させた。

 肩に力が入りっぱなしだったが、彼女に傷が無くなったことで力が抜けた。出血が止まった段階で時間の逆行が止まり、タイムパラドックスで元の事実が上書きされた。これで大丈夫だ。ため息が漏れ、脱力して項垂れた。

「姫…もう大丈夫です。起きてください」

 そう呟きながら彼女を揺り起こそうとするが、中々起き上がってくれない。肉体が治ったとしても、ダメージが少し残っているのだろうか。

「大丈夫ですか…?姫…どこか痛みますか?」

 ゆっくりと呼吸を繰り返す針妙丸に声をかけるが、返答が帰ってくることが無い。数秒程度待ってから、また声をかけた。

 しかし、いくら声をかけても答えてくれず、それどころか目を開けてくれる様子もない。顔は依然と青ざめたままであり、何かおかしいことが起こっているのだと私はようやく察した。

「姫…!?…姫!!」

 血の気のない彼女を揺するが、反応は弱い。先ほどの緊張がまた舞い戻り、自分でもわかるほどに情けない声で何度も彼女に声をかける。

「……うぅ…」

 何度も声をかけ、泣きそうになっていた頃に、神妙丸が注意していなければ聞き逃してしまう程に小さな呻き声を上げた。

「針妙丸!…大丈夫ですか!?」

 彼女のことを抱き起こすと、薄っすらと瞼を開くと、ゆっくり瞳を私の方へと向ける。その動きからして、彼女の死を遠ざけられていないのを感じる。

 朧気で、眠そうともいえるその動きは、次に目を閉じればそのまま開かなくなってしまいそうな危うさがある。

「姫、勝ちましたよ…私たち……」

 だから、嘘だと言ってください。その最後の一言が出てこなかった。私の手を握り返してくれていたが、その力は段々と弱まるばかりで、既に自分の力で腕を持ち上げることができなくなっているようだった。

「そう……みたいだね………よかった……正邪が無事で………」

 か細い声で絞り出すように針妙丸が返事を返してくれた。しかし、話をするだけでもかなり体力がいるのか、眉間にわずかながらに皺が寄る。

「姫のおかげで助かりました…。でも、私の事はいいです……それよりも、あなたが大丈夫じゃないですよ……!」

 彼女から貰っていた魔力が足りなかったと思われた。傷は塞がったが、ダメージを受けた瞬間で魔力が付き、ダメージ自体は残ってしまったのだろうか。

「あぁ……あの、状況では………こうするしか……なくてね……」

 針妙丸はとぎれとぎれに呟き、力なく笑って見せた。それが逆に辛い。私に心配させないように、無理に強がっている。

「今ならまだ間に合います…。永遠亭に行きましょう!」

 彼女を抱えたまま移動しようとするが、彼女は首を振る。私以上に自分の体をわかっているため、どう甘く見積もっても間に合わないと察しているのだろう。

「……何をしても……どうにも、ならないよ……」

「そ、そんな……まだ、何か方法があるはずです…!」

 そうこうしている内に、彼女の体の機能が徐々に低下しているのを、私は感じていた。投げ出された四肢は完全に脱力しきり、体温も低下し始めている。意識も後どれだけ持つかわからない。

「ないよ……」

 私と違い、覚悟を決めているのだろうか。眠そうに、ゆっくり瞬きを繰り返す針妙丸はきっぱりと言い放つ。

「そんなこと言わないでください!」

 どうにかできないか思考を巡らせていたが、そんな必要はない。ダメージが抜けていないのであれば、そのダメージが抜けるまで再度、時の逆行を行うまでだ。

 しかし、問題があり、私の魔力が先の逆行でほとんどなくなってしまっている事だ。時の巻き戻しにはかなりの魔力が必要になってくる。今の魔力量では刹那の時間も戻せない。全快時だったとしても、数秒と持たないだろう。

 こうしている間に、巻き戻さなければならない時間は段々と増えていく。伸びれば伸びる程、必要になる魔力量は膨大になっていく。

 今すぐにそんな量の魔力を生産する方法はない。流暢に寝てる時間も、食事をとっている時間もない。例え味方の妖怪がいたとしても、私に魔力をくれるとは思えない。頭を悩ませていたが、思い当たる生産先が一つあったのを思い出した。

「……なら」

 自分の寿命を削ればいい。これから先、私が生きる筈だった寿命を魔力に変換してやれば、すぐさま大量の魔力を用意することができる。しかし、一つ更に問題が浮上する。

 私の低い魔力の質では、時の逆行を発動させるのには、より大量の魔力を必要としてしまうのだ。打ち出の小槌で生産された魔力はかなり高質だったのにも関わらず、驚くほど魔力の消費は激しかった。

 これから先、私が何年生きれるかわからないが、私程度の魔力の質では、数十秒が関の山。彼女が起きるまでにかなりの時間を費やしてしまっており、攻撃を食らう前に巻き戻せるだけの魔力を用意できるかと言われれば、楽観的に見ても絶望だ。

 いや、今は御託はいい。私はあの日決意した、彼女をどんなことがあっても、どんなことをしても助けると。

 寿命を魔力に変換しようとした瞬間、黙ってしまっていた私を見上げていた針妙丸が先に口を開いた。

「……悪いこと…考えてるでしょ……駄目だよ。」

 長く一緒に過ごしてきたため、私が何をしようとしたのか察したらしい。優しい口調で静止する。

「なぜですか……?」

「無駄だよ……だって、使っちゃったから……」

「……え…?」

 打ち出の小槌の魔力の事ではない。私が今まさにしようとしていたことを、彼女はやってしまっていたのだ。よく考えればそうだ。

 死んだ人間を生き返らせるのにはかなりのパワーがいる。それ加え、数分程度の時間を巻き戻せるだけの魔力となれば、願いによる代償は魔力なんてものでは済まない。

「なら、支払った代償を…時を巻き戻してなかった事にすればいいんですよ…!」

 時の逆行を行おうとした時、脱力しきった手でかすかに私の手を握った。駄目だと彼女はやはり私の事を止めてくる。

「私のは…どうなるか、わからない……から」

 私の能力の場合は、タイムパラドックスの問題は上書きとなる。しかし、別ベクトルで働く彼女の力はどう作用されるかわからない。もし、使われたという事実が変わらず寿命が使用されるとなれば意味がなくなる。それとも、使わなかったとしても未来が変わり、私が死ぬ可能性もあると言いたいのだろう。

「意味がないって嘆くよりも、そっちの方がずっとましです!私は……あなたに…」

 生きてほしい。あなたにだけは生きて欲しい。そう呟こうとしたが、感情が込み上げ、言葉を紡いで伝えられない。涙声で声を押し殺す私の代わりに、針妙丸が口を開いた。

「ありがとう……。でも、どっちもは……生き残れない。だから、私も…正邪には生きて……いてほしいよ」

 込み上げてきた感情を押し殺すことができず、涙を流してしまった。言葉を上手く発声できず、私は彼女を力一杯抱きしめた。

 小さくて柔らかい彼女の体は、いつも温かいはずなのに人肌にしては冷たい。自分の体温を維持することすらできなくなっているようで、本当に時間の問題だった。

「嫌だ、あなたを失いたくない。そんなの、絶対に嫌だ…!!」

 あの時のように私は泣きじゃくり、受け入れきれなかった。生涯で唯一好きになれた、愛せた人とこんな形で別れる事になるなんて、とてもじゃないが悲しくてやりきれなかった。

「ごめんね…正邪…」

 しかし、子供のように泣き、喚き、否定し続け、受け入れることを拒み続けても、状況は良くならない。なら、腹を括り、送り出してあげなければ、彼女も不安になってしまうだろう。

「わかりましたよ………わかりましたよ…!!」

 なら、いつまでも彼女に甘えてはいられない。受け入れ、彼女が心配にならないようにしてあげなくてはならない。

「くっ…うぅ…」

 どんな攻撃、どんなスペルカード、これまでの辛かった出来事の中で、一番私には堪える。耐えようとすればするほど、涙は勢いを増す。

 そうこうしているうちに、いよいよ針妙丸の身体から本当に力が抜け始めた。抱き返してくれていた手がゆっくりと私から離れていく。

 彼女の意識が途切れる前に、言いたかったことを伝えなければならない。一緒に過ごしていた頃には、言ったことのなかった言葉を。

「針妙丸…大好きですよ」

 息を整え、途切れないように。体の機能が低下してきている彼女にも聞き取れるように、しっかりと言葉を伝えた。

 すると、針妙丸は最初に驚いたような顔を浮かべ、抱き上げている私を見上げた。数秒間瞳が交差し、時が止まったかのように感じた。

「えへへ…ありがとう………やっと、言って…くれたね……」

 すぐに彼女は顔を緩めて破顔すると、掠れた声で呟く。

「ふふ…私も………私も大好きだよ。正邪」

 そう言ってくれた彼女は、程なくして眠るように、目を閉じたまま動かなくなった。脈が弱まり、次第に飛び飛びになり、ついには停止した。呼吸もすぐに止まり、彼女は二度めの死を迎えた。

「うぅ…針妙丸…」

 ただ1人、絶対に生きて欲しかった大切な人は、死んでしまった。私の人生は望んだことと反対のことが起こる。まるで、天邪鬼のようだ。

 

 

 

 戦闘の真っただ中だが、物陰に隠れて息を整えていた。連戦に連戦を重ね、息が続かなくなっていた。

 大きく息を吸い込み、深呼吸をしようとするが、いつものように呼吸することができなくなってしまう。頭で理解して対処する前に、体が反応に対して行動を行った。

「げほっ……!!」

 肺が急激に萎み、肺の中の空気が外へと一気に吐き出された。一度では止まらず、数度繰り返してようやく止まった。

 口元を抑えていたが、その手の平に血痕がびっしりとこびり付く。前にも血を吐いていて血の味と言う物がわからなくなっていたが、改めて新鮮な血の味が口の中に広がっていく。

 胃の収縮による吐血ではなく、咳による喀血のため、肺へダメージを受けている。折れた肋骨が肺に突き刺さっているのか、それとも異次元紫が放った鉄筋が腹部を貫いているせいか。

 もしかしたら両方かもしれないが、どちらにせよここからすぐさま移動しなければならない。目の前にスキマを作り出し、その中に身を投げ込んだ。

 辺りに常に漂っていて鼻が馬鹿になってしまっているが、吐き気を催すような腐敗臭がぐっと強まったのを、吸った空気から鼻腔で感じる。

 私の体が瞳に似た形のゲートを潜り抜けるか否かと言ったところで、身を隠すのに使っていた岩が、奥から現れた大量の手に覆われた。

 人間の大きさを優に超える巨大な手が岩を掴んでいき、頑丈な岩石をガラス細工のように粉々にしていく。

 私が居た位置も腐りかけの手が覆う。人間など優に超える巨大な手だ。握力もやはり並外れており、匂いや気配に気づいて移動していなければ、それこそガラス細工同様だっただろう。

 狙っていた人物を握り潰せなかったことを察し、破壊した岩石などには目もくれず、向きを変えて無数の手がこちらへと伸びてくる。絶対に掴まれてはいけないのだが、私は焦らずに移動する。

 スキマの大きさから通れる手はせいぜい一本分程度だ。だが、それを念頭に置いていない龍の手は、一斉にスキマの奥にいる私に向かって殺到してきているため、手同士がぶつかり、スキマの入り口で静止した。

 空間から空間をつなぐこの能力のスキマは、言わば扉だ。その扉を閉じる際に、間にある物体は無機物や有機物、硬度に関係なく閉じられる。

 私に向かおうと一心不乱に指を蠢かせるが、お互いがお互いの指に絡まり、こちら側にこれていない。掻き毟り、無理やりに手を押し込もうとするため、動くスキマすらなくなり、指の動きが止まっていく。

 能力を解除して扉を閉じた瞬間に、腐った大量の手に、ギロチンの刃のようにスキマの辺縁が抉り込んだ。溶かしたバターでも切るように、止まることなくスキマは閉じきった。

 龍の血を見たことはないが、血と言うのには白すぎる。腐りかけの黒色には程遠い、真っ白な血液が弾けた。新鮮な鉄の匂いなど欠片もなく、やはり腐りかけの腐敗臭が立ち込める。

 私を握り殺そうとしていた奴の後方にスキマをつなげていた為、巨大な蛇のような形をした体が見えた。私が居た場所に手を伸ばしていたが、そちら側でも周囲の色と対照的な色素の血液がまき散らされている。

 龍の頭から生えている腕の持ち主と思われる人間の顔が、激痛に耐えきれずに顔を歪め、身の毛もよだつ悲鳴を上げている。こちらの精神にまで影響を及ぼしそうな絶叫に、私の顔がしかまるのがわかる。

 見れば見る程、酷く醜い龍だ。龍と言う種族は特別で、妖精のようにそこらから湧いて出てくるものではない。幻想郷だけでなく外の世界、地獄から冥界にかけて龍はどこにでも行くことができる。しかし、龍は世界に一匹しかいない。

 奴らの世界にいた龍神なのか、それとも他の世界から連れて来た龍神なのかはわからないが、奴らがロクでもない事をしたのはわかる。龍神と言うのは最も神々しい物のはずだが、私が対峙している龍はそれからは程遠い。

 坤を操る諏訪子、乾を操る加奈子、死んだ者に裁判を下す映姫。それらの神でさえも一線を画す強大な存在であり、容姿もそうだが実力もこの程度ではなかったはず。

 一声で天候を操り、身を薙げば山の一つや二つ消し飛ばすのも巨大な地震を起こすのも朝飯前。どんな神をも超越した存在である。

 もし、本当の実力を持った龍神であったならば、どちらの意味でも勝負にならなかったはずだ。私のイメージした龍神とかけ離れたこの神は、恐らく異次元紫たちの世界にいた龍神だろう。

 あらゆる世界を飛び回れる龍がこんな世界にい続けているのは、それができない程に弱体化してしまっているのだろう。その理由の一つに、このスキマの空間があげられる。

 今の私たちの世界で唯一龍神の存在を確認できるのは、虹だ。海が荒れ狂い、雨が降りさざめく中、雷鳴を轟かせながら龍は天へと昇る。そして、その痕跡を地上と天をつなぐ虹として残す。

 あらゆる場所に行くことはできても、龍神が実体化して出現するのには、先で上げた様に海、雨、天の三つの要素が必要になってくる。

 まるで関係のない三つの要素に聞こえるけれど、それらは密接に繋がっている。生命が生まれたのと同じように、神も海から現れ、恵みの雨の中を雷鳴と共に天へ翔ける。

 この一連の中に出て来た海と雨と天は全てアマと呼ぶことができ、水が深くかかわっている。

 しかし、この空間はどうだろうか。どこを天と呼んでいいかわからず、気象など無い。そして、海の要素もないため、閉じ込められた龍神はそれらの要素が揃うまで、少しずつ失っていく力に目を瞑りながら、じっと待つことしかできなかったのだろう。

 しかし、こんな結末ではあまりにも哀れだ。奴の弱体化は私にとって願ってもない追い風であるため、これを利用しない手はない。亡者のように腐り果て、奴らの人形のように使われている彼に、介錯をしてあげなければならない。

 金切り声の絶叫を龍神の頭に生えている人間の顔が上げていたが、後方に私が出現したのを瞳が捉えると、見つけたそばから腕をこちらへと伸ばしてくる。

 かなり後方に出てきたため、いくら腕を延ばして来ても届かない距離にいたはずだが、人間の口からさらに腕が伸び、離れた場所から私にまで届く勢いだ。

 肘以降に関節は見当たらず、伸ばす前の関節に制限された動きが無くなり、あらゆる方向から私を捉えようと手のひらを見せつけてくる。

 私一人を殺すとすれば、過剰なほどの本数と言える。だが、捕まえるのには足りないだろう。せいぜい十数本程度の腕は、普段の弾幕勝負に例えるのであれば少なすぎるだろう。

 手と手の間をすり抜け、弾幕を撃ちまくる。爆発性の高い弾幕が指を吹き飛ばし、貫通性の高い弾幕が手のひらに大穴を穿つ。

 血潮が弾け、指や手が千切れるごとに、魔力の炎で焼ける腐り切った血と肉の匂いが立ち込める。その強烈な匂いは、こちらの戦闘意欲を削ぐほどだ。

 今すぐに胃の内容物を吐き出したい衝動に駆られるが、内臓が動こうとするのを気力で抑え込み、波状攻撃を仕掛けてくる龍神の手を撃ち抜いた。

 しかし、いくら撃ち抜き、いくら撃ち落としても、向かってくる龍神の手の勢いが収まらないのは、かなりゆっくりであるが再生しているのもあるが、損傷を無視してこちらに突っ込んでくるせいだ。

 まるでゾンビのよう。潰しても撃ち抜いても、それこそ波のように迫ってくる。怒涛の勢いに押され、下がりながらなんとか迎撃していたが、この世界に浮かぶ建築物に背中が当たった。

 スキマを駆使したり、脆い建物を破壊すればすぐに後方へ下がれるのだが、いくら退いても向かってくることを止めようとしないため、常に動き続けなければならない。そのペース配分だったため、一瞬でも止まるのは命取りとなる。

 上下左右正面から襲いかかってくる手が影となり、光量の殆どないスキマ空間の中でさえも暗くなっていくのがわかる。だが、私とてセカンドプランを用意していなかったわけではない。

 一つに付き数百キロはあるであろう巨大な人間の手に、一つにつき百十トンはくだらない電車を叩き込んだ。一両だけなら手の物量に押し切られ、逆にはじき返されてもおかしくはなかっただろう。中をコンクリートで満たし、十数個あるソーセージ状に連なる車両となれば、多大な重量に押し潰せる。

 骨が折れ、肉が千切れ飛ぶ。押しつぶされた手と電車の上に、逃げれるだけの空間ができたため間髪入れずに飛び出し、電車の上を通過する。

 次から次へと襲い掛かろうとする手の猛攻を僅かに抑え込んだ今の内しか、体勢を立て直す時間はない。

 遅れてこちらへと向かっていた腕は、電車の影響を受けていない。車両の上を飛び向けた私へさらに掴みかかってくるが、弾幕で指を吹き飛ばしてその合間をすり抜けた。

 落とした電車の受けなかった手は他にもあり、向きを変えて私に向かってくるが、弾幕で撃ち落とす方が速い。血をまき散らしながら崩れ行く龍神の手は、あまりにも脆い。

 私の境界を操る程度の能力を使用しているわけではないのに、ただの弾幕でこれだけの損傷を受けるとなると、思ったよりも早く倒せるかもしれない。

 しかし、そうもいかないのが歯痒い。捕まりかけた場所からどうにか逃げ出したが、すぐさま横へ飛びのくと、私の居た場所に境界を操る程度の能力で作りだした物体が出現する。

 淡青色に輝くそれは一つ一つの辺の長さが同じ正四角形の立方体だ。一辺は三十センチほどで、バスケットボール位ならすっぽり入ってしまうだろう。出現した立方体は結界のように内側の物体を囲っているのではなく、骨組みのフレームだけで立方体を形成している。

 何もない所に浮かび、地球儀のように回転する方向を決められているのか、斜めにゆっくりと立方体は回転している。

 自分の持っているスペルカードと同じであるため、この後に起こることはわかっている。境界を操る程度の能力により、一つの個体として形成されていたキューブの境界が破壊された。

 境界が無くなったことで形状を維持できなくなった正六面体は崩壊し、残された高質力の魔力が行き場をなくし、周囲に拡散して大爆発を起こした。

 爆発音に鼓膜が揺るがされ、彩のある音を聞き分ける内耳や蝸牛に伝わってきた音の振動の大きさに音の色調を認識できず、耳鳴りとして脳が情報を処理していく。

 音が無くとも、視覚や感覚は生きている。咄嗟に作り出したスキマで、私に当たるはずだった一部の爆風を取り込み、難を逃れることに成功した。横を通り抜けていく風と爆発の炎を肌で感じ、奴のスペルカードをやり過ごした。

 一時的にスキマの後方で立ち止まっていた為、龍神に囲まれる可能性がある。スキマを閉じて逃げようとした瞬間、電車で手を潰した時のように辺りが陰る。

 爆発の炎や閉じたスキマに隠れていて見えていなかったが、龍神が高速で移動し、私の周囲を長くも短くも見える体で蜷局を巻くようにして囲んでいた。

 そのまま私を押しつぶすつもりなのか、下から上まで長いへびのような体で覆い隠したと思うと、紐を結ぶように体を絞めあげ、内部にある物体を何であろうと引き裂き、潰していく。

 いくら弱体化しているとはいえ、瓦礫や潰れた電車などは原型を留めずに破壊されていくのを目にすれば、自然と焦りも生じる。スペルカードの防御に使ったスキマに入り込もうとしたが、すでに閉じきった後だ。

 ここからスキマを開き、中に入って逃げるのにそこまで時間はかからない。ギリギリではあるが、間に合うだろう。だが、逃げているだけでは攻撃に転じられない。龍神が囲んでいる内部に、異次元紫のスキマは見当たらない。

 私が逃げる様子をスキマを通して観察していれば、逃げた先に攻撃を受ける。私の能力は攻撃をしている時はいいが、一度勢いを削がれると防戦一方になってしまう。

 自分でも自覚しているが私の戦い方は変則的で、私の動きに慣れない相手であれば、防御に転じることはない。だが、変則的であるが故に、手の内が読めてさえいれば怖くないのだ。

 マジックでも種がわからなければ、まるで魔法のように見えるだろう。しかし、一度仕掛けがわかってしまえば、次にどう動くのか。何をするのかは手に取る様にわかる。

 それは同じ能力を持っているから戦い方が似通い、読みが勝った方が勝つという今の流れと同じだ。

 奴も私が逃げると予想しているだろうが、守りばかりで反撃もままならなかったため、ここで一度攻守のバランスを崩し、状況を打開する。

 攻撃のためにスキマを開くが、蜷局を巻く龍神の内側にではない。外側だ。龍に囲まれる前の異次元紫がいた位置からもよく見えるよう、スキマの配置に気を付ける。

 あと数秒もすれば、龍神が私を引き裂くところまで体を狭めている。この状況であるため、異次元紫も私が逃げ出てくると確信しているだろう。そこに、代わりの物を持ってくる。ちょっとの衝撃を与えてはならない代物を。

 人間の老若男女の声が入り混じる龍神の咆哮に殆ど掻き消されたが、デコイとして落としたそれを、異次元紫は何かで撃ち抜いたらしい。それと同時に、懐かしくもある乾いた破裂音が炸裂した。

 ほんの少し前の話だが、今ではかなり昔の事に感じる。異次元幽香が能力で生み出したであろう爆発植物の性質を持つ、花の化け物。あれの親玉と思われた狼に類似した個体が生み出した果実を、異次元紫に撃ち抜かせたのだ。

 花にとって受粉は言わば自分を増やす行為である。花の化け物はその性質から、体の形成を維持するのに必要なコアを分裂させ、種として産み落とした。種が大量に含まれる果実と外界の圧力差によって、ちょっとの衝撃でもパンパンに膨らんだ種は簡単に爆ぜる。

 人間などすっぽり覆える程に巨大化した果実から放たれる種の量は、相当数あるだろう。それに加え、飛距離も数百メートルはくだらない。これだけ巨大な体躯を晒している龍神にはまず当たる。

 私を殺そうとしていた体が、そのまま私を守る盾になるとは龍神は思ってもいないだろう。まあ、それを思考するだけの脳味噌が残っていればだが。

 距離でいえばあと数メートル。時間でいえば刹那。たったそれだけの短い距離、短い時間。体を縮こまらせていれば、私をそれこそ虫けらのように捻り潰すことができただろう。

 だが、腐って異臭がし、骨や内臓の露出する龍神の体はそこでピタリと動くのを止めた。異次元紫の操り人形のようになっており、彼女の命令を聞いているようだったが、それを上回ることが起こっている。

 容易に想像できていたが、蜷局を巻いた体の隙間から、見たことのある鶴や根が伸び始めた。私を守る形で体を巻いていた為、最外層が一番酷いはずだが、植物の影響は最も内側にいる私の元にまで及んでいる。

 前に聞いた事のある、花の化け物の声がそこら中から聞こえてくる。私の見えない位置に開いていたスキマを閉じ、今度こそ移動するために私はスキマを目の前に開いた。

 くぐるとまた景色が一変する。腐りかけの巨躯が視界いっぱいに広がっていたが、瓦礫が宙を漂う見慣れた光景が目に入る。スキマを出現させた位置関係から、下を見ると龍神が体をくねらせ、体のあちこちから発芽する花の化け物を振り落そうと藻掻き、絶叫を上げている。

 しかし、化け物たちの根は龍神の体に食い込み、魔力や養分を根こそぎ取り込もうとしている。本来の龍神であればこんな連中に吸い殺されることはなかっただろうが、弱体化により振り払う事すらできていない。

 そうしている内に、龍神の体が前よりも細くなっているのが明らかに見て取れた。激しく身体を振り、瓦礫や半壊した建物に体を衝突させて暴れまわっていたが、やせ細り出した辺りで動きが緩慢になり出し、ついには飛び回ることもできなくなった。

 声も上げられなくなり、自らを啄む花の化け物たちに体を明け渡した。抵抗がなくなったことで、魔力を吸い取る化け物たちの搾取は加速する。

 搾りかす程度しか残っていなかった龍神の魔力は根こそぎ吸い取られ、魔力で生産していた養分も搾り取られ、残ったのは龍神の骨と皮だけだ。

 十分に養分を吸い取ることができた花の化け物は、周囲の自分たち以外を殺すようにプログラムされているのか、私の方へと向かってくる。成長しきらなかった花の化け物も、成長するための養分を求め、こちらへと蔓を伸ばそうとした。

 こいつらは、少なからず龍神の魔力を取り込んだため、村にいたあの巨大な個体よりもさらに強くなっている事だろう。だが、弱体化した龍神の魔力を、数百の個体で更に分割してしまった。

 それによる強化など、誤差だ。この程度の雑魚なら、スペルカードを使うまでもない。それぞれの境界を少しいじってやるだけで、形状を維持できず自壊する。

 餌を求めて群がるウジのように、花の化け物たちは私に向かって蔓を伸ばして来ていたが、伸ばしたそばから蔓は崩壊する。崩れ行く体は、花の化け物の末梢だけに留まらず中枢に達し、完全に消滅するまで止まらない。

 全ての化け物が灰とも、腐った土塊とも言えない塊に成り下がった後には、見るも無残な龍の亡骸が、宙に浮かんでいるだけだ。

 龍神は、これより起き上がってくることはもうないだろう。いくら弱体化し、奴らに操られていたとはいえ、神殺しには変わりない。祈りを捧げたいが、最高神への追悼を行うのには早すぎる。

 おそらくだが、異変の引き金となった中心人物。連中をこちらの世界へ連れてくる橋渡しをしていた人物。そいつがまだ残っている。

 探そうとすると、後方から物体が空気を切り裂く音が聞こえてくる。横に移動すると、私が居た位置を二メートルは長さのある鉄筋が高速で通過していった。

 振り返ると、目的としている人物が視界にとらえた。花の化け物の種を食らっていてくれれば楽だったのだが、まだまだ元気な異次元紫は私へ弾幕を放とうとしている。

 さあ、私も幻想郷を滅茶苦茶にしてくれた事と、あの子たちにしてくれた事への礼をたっぷりとしてあげよう。

 




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