それでもええで!
と言う方のみ第百八十四話をお楽しみください!
今回と次回の内容、多少の認識や理解の違い等はあると思います。ですが、私の世界での話なので、怒らないでやってください。
異次元紫は龍神をこの世界に閉じ込めることで、弱体化させた。紫のその予想は、当たっていた。だが、その回答では正解しているのは半分だけだ。
龍神は世界の在り方やバランスが崩れる時に姿を現す。博麗第結界を張った時がまさにそうだった。そして、この異変でも。
彼は少なからず信仰からも力を得る。力を持つ妖怪たちによる異変によって人間の数が極端に減り、龍神は数百年前に誓われた平和の均衡が崩れたことをすぐに察した。
その傲慢な行いを律するため、三つのアマが揃う場所にある名もなき石から雷鳴と共に幻想郷へ顕現した。
金色の雷光を赫灼させ、空を覆う実体を見せつけながら天へと体を溶かす。龍神の性質を幻想郷全土へ広げて箱庭を一片たりとも残させない、未曾有の大災害を引き起こそうとするが、謎だらけな古の力が振るわれることはなかった。
いくら神に匹敵する境界を操る程度の能力を持ってしても、最高神の境界を操って存在を否定し、崩壊させることはできない。そもそもの魂の格が違うのだ。
だが、それは実体のある時の話だ。そこにいるとしても、実体のない曖昧な状態となれば、その限りでは無い。
龍神の強大な力は、天に幅広く広がっている。それでもただの妖怪なら消し飛んでしまう程の力があった。それを細かく無限と思える数だけ分割すれば、一つ一つの力はそこまで高くはなくなる。そうなればいくら強力な力を持っていたとしても龍神は、あらゆる災害を起こす力を失う。
そうして、外の世界に移動することができなくなった龍神を、スキマの中へ閉じ込めた。しかし、それだけで終わることはない。
短時間で数百人にも上る人間や妖怪が殺されたため、幻想郷に怨念や怨嗟が溜まる。恨みや苦痛などの、負の感情から来る呪いの力は凄まじい。新たな未知の妖怪が生み出されかねないと考え、それらの恨みを全て龍神へ押し付けた。
境界を操る程度の能力で龍神と呪いの境界をなくし、憎悪を注ぎ込む。龍神は恨みなどとは程遠い存在であるため、乾いたスポンジが水を吸収するようにその身に呪いを受けた。
呪いを受けた龍神は力を失っている事で、自分の中に入り込んで来た膨大な呪いを跳ね返すことができず、身に宿す。人間の呪いに侵され、蝕まれ尽くし、せめての抵抗で体の形状を維持することはできた。だが、その頭部はその身を犯している呪いを生み出した人間の顔で覆われた。
龍神に人間から生み出た恨みや呪いと言う雑味が加わったことで、弱体化に拍車がかかり、スキマ世界の中で徐々に力を失いながら今に至った。
あらゆる要因が重なり、紫が倒せるまでに弱体化したが、それらの中でどれかが欠ければ倒すに至らず、スキマ世界を漂う塵の一つになっていただろう。
こんなに早く龍神が倒されると思っていなかったため、龍神をここまで弱体化させたことに異次元紫は歯噛みした。
完全に油断が招いた結果だ。紫がスキマを開いたため、そこから出てくると決めつけていた。目標の姿が見える前から、魔力の弾幕とスキマから出した鉄筋や様々な絵柄の標識を放った。
紫が一人で通るのには広すぎると思っていたが、狭ければ出る場所を絞られるため、あえて大きく開いたのだと信じて疑わなかった。明らかに彼女とは似ても似つかない物体が顔を見せた時、しまったと思っても遅い。
それの性質は私もよく知っており、暴走した霧雨魔理沙に殺された幽香の能力で作り出された花の化け物の果実だ。
爆ぜた果実から、弾丸のような速度で飛んできた小さな種が腕に当たり、衝撃を感じた。普通の植物とは比較にならない程の速度で急成長を遂げる花の化け物は、私の力を吸い上げて発芽した。
体の内側では、肉体を裂きながら体の中枢へ向かって根を伸ばし、魔力を急激に吸い上げる。体の外側では蔓が手から腕、肩へと伸びようとしており、私から更に力を吸い取ろうとしているのだと咄嗟に察した。
脳をフル稼働し過ぎて思考能力が低下しており、複雑なことなどできるわけもない。普段ならなんてことなく処理できるのだが、私が取れた行動は自分の腕を切断することだった。
龍神が植物に覆われて力を吸収されているのを横目に、私はスキマの中に貯蓄していた包帯を取り出し、刀で斬られたように綺麗な切り口をきつく縛った。片腕と歯を使ったが思ったよりもきつくできず、滲みだした血で包帯が瞬く間に鮮血に染まる。
もっとちゃんとした治療ができればいいのだが、今の段階ではこれが精一杯だ。これ以上となれば、治療に時間を要し過ぎてしまう。
切断した腕から龍へと視線を向けた。暴れ、のた打ち回る龍神の体表は、大量の花の化け物に覆われている。一匹でも相当な量の魔力を持って行ったのだから、数百メートルの巨体を覆う程となれば、弱体化した龍ではもう持たないだろう。
私は呻きながら切断した腕を押さえつけ、出血を少しでも減らした。魔力を傷口に集めて傷の治りを促進させ、止血を図る。
激痛により額に冷汗が浮かぶのを感じる。こんな痛みはあまりにも久々で、柄にもなく叫び散らしそうになった。
不屈の精神でどうにか衝動を抑え込み、荒々しく繰り返していた呼吸を整えた。龍神が花の化け物を振り払おうと暴れているが、その前に潰そうとした紫の姿が見えない。
潰れるか引き裂かれてくれればよかったが、花の果実を落としたスキマの消え方は、スキマ妖怪が死んだときのそれではない。奴はあれを生き延びたようだ。
周囲を見回すと奥の背景に同化して見えずらいが、新たに丁度人間が通れる程度のスキマが開いていく。死んでくれたかと期待してみたが、まだまだ戦わなければならないようだ。
灰のような、砂のように乾いた砂塵が周囲に漂っている。私が通ることで気流の乱れが生じ、花の化け物だった塵がかき乱れている。
行く先には異次元紫が私と同じように浮かんでいる。顔の近くを漂う塵を手で扇ぎ飛ばしているが、吹き飛ばしてもその分だけ埃のように舞い戻り、ほとんど変わらないのだろう。途中から意味のない行為をやめた。
異次元紫が扇いでいる右手の平に、見慣れない血痕がべったりとこびり付いている。奴から攻撃されることはあっても、こちらからまともに攻撃出来てはいなかった。
思い当たるのはあの爆発植物の種を彼女に撃たせたことぐらいだが、どうやらそれを食らっていたらしい。
腕に当たった種子の境界を操り、崩壊させることができなかったのだろう。私が龍神の手にやったように、奴も自分の腕を切断したようだ。
切断した部分に布をきつく巻いているようだが、片手で縛るのには少し緩いらしく、ゆっくりと血が流れ出続けている。
私を恨めしそうに睨んできているが、負傷しているのはお互い様だ。私も脇腹に鉄筋を受けているのだから。
私はようやく奴と同じ土俵に上がることができたのだが、一つ奴に後れを取っているのは、場数の違いだ。これまでにどれだけの世界を壊して来たのかは知らないが、幻想郷を守ろうとする八雲紫との戦闘は避けられない。
世界を守ろうと、あらゆる戦法を使用したに違いない。それを異次元紫は熟知しているため、相当なことが無い限りは倒すのは難しいだろう。
時間をかけ、考えだした戦法はいくつか用意してきたが、慣れない事や複雑なことをするのはリスクだ。境界を操る程度の能力は先読みに弱い。
なら、自分のペースに引き込めるまでは、いつも通りに戦った方が私にとって生存率が一番高いだろう。しかし、戦い方に慣れているのは奴にとっても同じである。取って置きを披露するために、予想外な策を講じなければならないが、現時点で思いつく作戦は既にこれまでの紫が試している事だろう。
発想を飛躍させなければならないが、他の世界の私がどれほどやっていたのかわからないため、手探りには変わりない。しかし、これまでの八雲紫と違うのは、異次元紫が何度も戦ってきているのだと分かっている事だ。
小さなスキマを自分の後方に開きながら、異次元紫へと突っ込む。異次元紫には詰め込んでいた鉄筋や標識などを放った。
自分に当たるであろうタイミングを測り、ギリギリで身を翻して弾幕を繰り出すが、過去にもそういった戦法を取られ、取っているのだろう。日傘と弾幕でほとんどの鉄筋を撃ち落とされ、奴のところに到達すらしない。
唯一到達した鉄筋も、異次元紫にとって掴まれ、こちらへと投げ返された。魔力で不自然に加速し、頭を容易に貫けるであろう速度で突っ込んでくる。
すぐ後ろにスキマ空間を出した時、取り出しておいた日本刀で投げ返された鉄筋を弾き、異次元紫へと切りかかった。妖夢が使っているような業物ではないため、簡単に折れてしまうと予想していたが思ったよりも頑丈で、一撃で折れることはなかった。
だが、奴の傘を切断するにも至らず、ギリギリと鍔迫り合いのようになり、それ以上押し込むことができなくなった。
異次元紫は片手であるため、腕力による力関係は私の方が上かと思ったが、腹部へと被弾した鉄筋が妨げになっているようだ。刀へ力を効率よく伝えられず、押し込めない。
体重をかけ、異次元紫を弾き飛ばした。妖夢がやっていたことを見よう見まねで真似てみたが、案外うまくいった。
しかし、力の与え方が悪かったのか、それとも手入れを怠っていた為か。振り回した途端に半ばからへし折れてしまった。慣れない物を使ったからだと思ったが、不自然に火花が散っていく。
「っ…!?」
私自身を狙ったのかもしれないが、予想以上に私が体重をかけて大きく押し込まなかったため、横から放ってきた鉄筋が刀だけを撃ち抜いたのだろう。
一瞬しか映らないオレンジ色の花が咲き、幽かな衝撃とつんざく金属音を残して、鉄筋は掠る様に通過していく。同じ位置に留まるわけにはいが、後退するわけにもいかない。
鉄筋が飛んできた方向は、斜め前方。スキマは私を中央に捉えているため、後方に逃げるのは撃ってくださいと言っているようなものである。
射線から逃れるように、前方へと飛び出してスキマからの射線を切った。危うく標識に貫かれかけたが、今回は私の方が速かった。
進行方向上に開いたスキマから、適当な得物を取り出した。通常なら得物として使われないであろう鉄筋を引き抜き、投擲するのではなく魔力の弾幕を放った。
ただ飛んでいくのではなく魔力操作により左右や上下に弾幕が展開され、複数の方向から異次元紫へと襲い掛かるが、開いた日傘に遮られた。
得物が普段使っている日傘ではないため、使い心地がよくない。金属の棒から変えたいが、戦闘中にどこかにってしまった。当然だが、探しに行っている暇はない。
弾幕で異次元紫を傘の後ろに釘付けにしたまま、スキマで後方から攻撃を加えようとするが、隠れる奴の方向から濃密な魔力が発生する。
弾幕を放ったまま近接攻撃へと持ち込むつもりであったため、スペルカードを発動しようとしている異次元紫に近すぎる。
魔力をカードに流し、回路を起動したのだろう。回路を抽出したことを示す、淡青色に淡く光る魔力の結晶が周囲へ弾けた。どのスペルカードを起動したのかはわからないが、中途半端な距離にいるのが一番危ない。
このまま接近するか、離れた方がいいのか。決めかねて後手に回るのであれば、そのまま接近してしまった方がいい。得物を掲げ、傘の後ろに隠れる異次元紫に殴りかかろうとした瞬間、周囲に大量の瞳が境界の能力により発生した。
「魔眼『ラプラスの魔』」
スキマ空間にも瞳に似た形の模様のようなものがいくつも背景に見えるが、それとは違う。真っ黒な目の中央には、紫色で正円の瞳が浮かんでいる。瞳は炎のような発色で揺れ動き、対象である私をじっと見つめている。
その数は両手で数えられる個数を優に超え、上空と言っていいかわからないが、空を瞳で覆っている。距離の関係ないスペルカードだ。
数十にもなる瞳が閉じた瞬間、大量の弾幕がこちらへと射出される。これだけ聞けば弾幕を避ければいい話だと思うかもしれないが、瞳が放ってくるのは境界の属性を持つ弾幕だ。
魔力でガードされても、ある程度は貫通するようにできていたはずだ。だが、同じ能力で境界を相殺し、スペルカードで弾幕を相殺すれば被害も最小に抑えられるだろう。
いくつかある内の一つの世界に私が奴を引き込んだわけだが、境界を操る程度の能力で逃げられる可能性もあるため、別世界で攻撃をやり過ごす選択肢はない。
瞳が閉じるタイミングは、スペルカード発動者が行う次の攻撃の後であり、異次元紫が次に行う攻撃は、傘による打撃だ。
注意が上の瞳に僅かに向いたことで、こちらへ踏み込ませるだけの時間を与えてしまった。振りかぶり殴られた瞬間に伝わってくる打撃の威力は、予想を大きく超える。
境界を操ることにより、自分よりも腕っぷしの強い妖怪を織り交ぜたのだろう。脇腹を貫く鉄筋のせいで腕力が弱まっているのもあるが、それ以上に異次元紫の力が強すぎる。
魔力で強化された鉄筋が歪むどころか砕かれ、予想を上回る衝撃に吹き飛ばされることになった。思考よりも物理法則の方が足が速く、魔力で減速する間もない。数十メートル程後方に浮かんでいた半壊したビルに、背中から激しく衝突した。
半壊したところに叩き込まれ、建物の一部を更に瓦解させる。運よく生き埋めにはならなかったが、突き刺さっていた腹部の鉄筋が体内で歪み、激痛を与えてくる。
「うぐっ…!」
曲がった鉄筋が肺組織を傷つけているらしく、咳き込んで喀血した。口を押える間もなく吐き出した血がどこかへ飛んでいく。
二度、三度と咳き込んで血を吐き出したいが、異次元紫の発動したスペルカードはそれを許さず、間髪入れずに数十はあるこちらに瞳を向けている眼がゆっくりと閉じた。
僅かにでも息を整える暇もない。体の反射で咳き込みたい衝動は未だに収まっていないが、気力で抑え込んだ。
崩れた壁にめり込んでいた体を引き抜き、スペルカードを取り出すと同時に魔力を流し込み、握り潰した。抽出した回路からスペルカードを発動した。
「結界『魅力的な四重結界』」
かざした手の平の前に、緋色の結界が現れた。大きい結界と小さい結界に別れており、小さい結界は私と同じぐらいの大きさだが、大きい結界は小さいのよりも二回りは大きい。重なった二枚の結界は、開いた花に見える形状となり、前方から来る弾幕を迎え撃つ。
魔法陣のように展開される薄い八角形の結界は、四角形の結界二枚で形成されており、その名の通り四重の壁だ。私が用意できる防御にも使えるスペルカードだが、攻撃も兼ねたスペルカードであるため、どこまで持つかわからない。
高速で回転する四枚の結界に向け、瞳から放たれた二百はくだらない弾幕が撃ち抜いた。大量の魔力で形成された強固な結界に弾幕が当たるごとに、淡青色の魔力が弾けた。
瞳は密集して配置されていた為、結界に飛んでくる弾幕も密集して飛んでくるのは当たり前だ。弾幕の物量に防げる許容量をあっさりと越え、自分でさえも驚くほど速く二重の結界に亀裂が生じる。
防御に特化させていたわけでなかったのが裏目に出た。花びらのような四枚の結界は、あと数秒すら持たない。数十発分の弾幕が私へと到達するだろう。
綺麗な緋色の結界は、淡青色の結晶を飛散させながら砕け散る。百を優に超える弾数に耐えられたため防御としては頑張ったが、残り数十発の弾幕を無防備に受けるとなると、腹をくくらなければならない。
砕けたガラス片に似た結界の名残を押しのけ、残った弾幕が狙いに狂いなく私へ叩き込まれた。スペルカード使用後特有の硬直に襲われたが、全身を魔力で保護して被害を最小限に抑え込んだが、皮膚が裂けるような激痛に絶叫を上げた。
いくら数百年生きたとしても、痛みには慣れない。あらゆる知識を総動員し、損害をできうる限り減らしたが、それでも一時的に動けなくなるほどのダメージを受けた。特に痛みを発している胸元に手を伸ばすと、べっとりと手の平が血で汚れた。
「っ!?」
血の気が失せるのを感じる。服の上から触っている事で傷の深さはわからないが、裂け目はかなり深いかもしれない。魔力でどれだけ抑えようとしても、留めなく流れ出る血液を止められない。
硬直からようやく解け、胸を押さえながら異次元紫へ弾幕を放つが、目標はひらひらと左右に避ける。魔力で動きを加速しながらこちらに接近し、スキマ妖怪が再度傘を振りかぶる。
動揺していたのだろうか。得物として使っていた鉄筋は、すぐ後ろの岩石に叩き込まれた時に壊されたのを忘れていた。ひしゃげて手元の部分しかなく、防御になど使える状態ではない。
自分を守ろうとした小さな得物をすり抜け、傘が顔面に叩き込まれた。頭が胴体から千切れ飛ばなかった代わりに頭が跳ね上がり、再度後方の岩石へ頭を激突させられた。
魔力で強化されたとしても、防御力の上からダメージが頭の奥へと浸透する。脳を揺らされて脳震盪を起こしているのか、意識が遠のいた。だが、それに身を任せず、意識をこちらへと引き戻した。
ここで寝ていられない。せっかく宿敵が現れてくれたのだ、奴を殺すまでは死ねない。死んでも奴には負けられないのだ。
胸だけではない、後頭部からも出血し始めたのを感じる。生暖かい液体が項を伝い、襟首を赤黒く汚していっているのだろう。液体の熱が首元から背中に移動していくことでわかる。
「うっ……ぐっ…」
「あらぁ、生きてましたかぁ」
薄っすらと瞳を開けると、嗤いながら肩に傘を担いで私を見下ろしている。使った血のこびり付く傘をスキマの中へしまうと、新たに刀を引き出した。
錆が所々に目立つことから、年季の入った刀なのが見受けられるが、妖夢が使っているような業物ではなさそうだ。切り付けられる前にこちらも得物をスキマから出そうとするが、伸ばそうとした手の平に刀を突き立てられ、建物に縫い付けられた。
「ぐあっ!?」
激痛に誘発され、悲鳴を上げようとした私に手を伸ばしてくると、口元を塞がれスキマから新たに刀を引き抜いた。私に恐怖を植え付けるためか。刃を見せびらかし、切先を私の顔に添えた。
「おそらくあなたは予想していると思いますがぁ、百を超える世界で同じ人物と戦ってきましたわぁ……それがわかって早々に戦い方を変えようとしてもぉ、この能力は経験が物を言いますからねぇ」
意識して戦い方を変えようとしても、これまでの八雲紫も結論は同じ所に行くらしく、結局奴の勝利に変わりなかったのだろう。
だが、それはこれまでの話だ。奴らの手慣れた様子から、一つの世界にここまで時間を費やしたことはなかったはずだ。何年かかるかわからないため、入って目標とした霧雨魔理沙がいなかった時点で世界を壊す。
そうなるとこれまでは作戦を立てる間もなかった故に、異次元紫の予想から外れる動きが少なかったと考えられる。
今回は別世界の人間が戦いに来ているとわかってから、これまでにだいぶ時間が空いた。新しいスペルカードを作り込むのには十分なほどに。
しかし、いくら取って置きがあったとしても、この状況で使えるわけがない。スペルカードを発動したくても、カードを取り出すまでに頭を切り落とすだけの時間は十分にある。
「諦めるのも一つの手かと思いますわぁ…。あなたが初めてではないですし…恥ずかしくはないですから安心してくだいさなぁ」
私の戦意を削いで、降伏させるためか。顔に向けていた刀の切先を耳に添えると、ゆっくりと根元に刃を食い込ませた。妖夢が使っている観楼剣とは違い、切れ味の悪い刃が組織を潰し、鋸の様に肉を切り裂く。
切れ味がいい程に斬られた瞬間には痛みを感じずらいものだが、そこらの包丁の方が切れ味がいいと思える酷い切れ味だ。激しい激痛に、叫び声を上げたくなってくる。
「っ………!!」
奴に口を押えられているから、声を上げられないのではない。歯を食いしばり、激痛を堪えて声を上げなかった。
奴らの性格は、これまでの戦闘で大まかに把握している。少しでも声を上げさせ、戦意を喪失させたいのだろう。血がこびり付く刀を逆手に持ち変えた。
今回は奴らの性格を利用することになったが、これからされることを考えると、自分でも馬鹿な作戦だと思う。
そのまま振り下ろしてしまう方が速いはずだが、狩りの最後が一番油断してはならないのを異次元紫は把握している。私が諦めている確証が欲しいのだ、ギリギリで抵抗されないように。
今度は逆側の耳を削がれ、その次は片目を潰された。肉体を切り裂く音が頭の中を反響し、精神を搔き乱す。根を上げてしまえ、楽になれと語りかけてきているようだ。
刃が皮膚に抉り込むごとに、熱湯をかけられているような熱を感じる。これまでに感じたことの無い拷問じみた痛みは、私がまだ生きている事を実感させてはくれるが、あまりの激痛に何度も気を失いかけた。
次はどこを削ぎ落されるかわからないが、まだ我慢しなければならない。ここで我慢の限界を迎えてしまえば、用心深い異次元紫は私に抵抗する意思があると判断し、スペルカードを使うだけの隙を見せてくれないだろう。
刃で斬り潰された目をくり抜かれ、神経が断裂する激痛に暴れ、抵抗しそうになった。心拍数が上がりっぱなしで、荒々しく肩で呼吸を行っているのに息を吸っている感覚がしない。
血液の循環が速すぎて、酸素が逆に行き届いていないのだろうか。頭の中も酸欠と激痛で、思考能力が落ちだしているのを感じる。
まだか。まだ奴はその時を見せないのか。あまりの痛みで、明暗を繰り返す弱った精神は諦めてしまいそうになった時、異次元紫が私に呟いた。
「どうやら口だけだったようですねぇ…」
抵抗が殆どないため、戦う事を諦めていなかったとしても、戦えるだけの体力が無いとようやく判断してくれたようだ。汗を滝のように流す異次元紫が口角を上げて笑って見せるが、私の見間違いでなければ事を手早く終わらせようとしている。
何に焦っているのかは知らないが、血と肉がへばりついた刀を大きく掲げ、私を殺そうと刀を構えた。
振り下ろして頭を貫こうとしたその瞬間に、がら空きになった腹部へ全力で蹴りを叩き込んだ。異次元紫が自分で腕を切断した時以来の苦悶の表情は、状況を打開できるかもしれないという期待が持てる。
私から抵抗が来るとは思ってもいなかったらしい。思った以上にこちらから離れ、腹部を押さえて咳き込んだ。刀も手放してしまったようで、錐もみしながら遠くへと飛んでいくのが視界の端に見える。
「まだ抵抗しますかぁ。いいでしょう…どこまでできるか見定めてあげますよぉ」
青筋を浮かべ、スキマを傍らに開いた。その角度からこちらへ武器を射出しようとしているのではなく、得物を取り出そうとしているのがわかる。
今の状況では、取って置きのスペルカードを発動できる最後のチャンスだ。無駄にせず、スキマの中からスペルカードを取り出した。
一枚しか取れていないように見えたが、重なっていただけできちんと二枚取れていた。その内の一枚に魔力を通し、回路を抽出するためにすぐさま砕いた。
砕けたカードから起動した回路が回収できた。それをすぐさま発動し、その効果を身に受ける。
「式神『月夜見』」
月夜見は、天照大神や須佐之男命に並ぶ三貴神であり、誰もが一度は聞いた事があるであろう正真正銘の神。
本来ならば、式神などで運用していい存在ではないが、神と対話のできる霊夢のお陰と私の能力で少しだけ力を借りることが赦された。惜しみなく使っていくことにしよう。
月夜見は様々な肩書がある。ツキを呼ぶ、運をつかさどる神。月の歴を数える神。また、夜を統べる神と。今回は夜を統べる神、と言う部分を使わせてもらう。
藍や橙のように式神を扱う場合には、術をかぶせるための媒体が必要となる。が、この短時間では信用たる人物を連れてくることはできなかった。だから、自分を媒体にして術を使う事で、月夜見の力を少しだけ使わせてもらうことにした。
まさか、私が月の民の真似事をすることになるとは思ってもいなかったが、プライドがどうのと言っている場合ではない。
それに私の境界を操る程度の能力だけでは、これから行うスペルカードの性能を十分に引き出せない。夜を統べる月夜見の力はうってつけなのだ。
スペルカードを使用した直後は、何も変わらなかった。直前になって月夜見が渋ったのかと思ったが、すぐに彼の力が流れ込んで来る。体の奥底が熱く、夜を統べるという強力な能力の片々を十分に感じた。
異次元紫の方へ視線を向けると、百戦錬磨の彼女でさえもこれは聞いたことが無かったのだろう。それはそうでしょう。このスペルカードはあんたのために、あんただけのために作ったのだから。
続いて二枚目のスペルカードに魔力を流し、回路を起動する。比較的ゆっくりした動作で行っており、隙だらけと言えば隙だらけであるが、彼女からすれば何が起こるかわからないため、動くに動けないと言ったところ。
警戒してくれている内に私はスペルカードを殴り壊し、抽出した回路を発動した。途方もなく広い全世界を変える事はできないが、このスキマの中だけであれば可能であろう。
初めての使用が本番であることに一抹の不安があるが、なるようにしかならない。その余裕を切り崩し、致命の一手となることを信じる。
スペルカードを使うのに、顔を削ぎ落された。これだけ苦労したんだ、絶対に逃がしはしない。
夜への世界へようこそ。
「明星『薄明』」
次の投稿は、8/6の予定です。