それでもええで!
と言う方のみ第百八十五話をお楽しみください!
暗いスキマ世界とは対照的な純白が、私を中心に溢れ出た。暗かったせいで、ミルクをぶちまけた様に白く染まり上がる世界に、目が眩むのに似た感覚に襲われた。
だが、世界全体が白く染まった直後から、純白さが抜けていき、白から黄色、黄色から赤色へとスキマ世界の色が変わっていく。色が変わっていっても暗闇に目が慣れてしまっていた為、目が細まった。
目が醒めるような朱色は、まるで夕焼けの空にも見える。スキマ世界の名残である背景の瞳が、星の様に薄っすらと見える。スキマ世界が大きく変わったが、変わったのは見た目だけではない。以前とは気配がまるで異なる。
しかし、それを口で説明するのは難しい。感覚の問題であり、どう違うのか、どのように違うのかを順序立てて明確にはできない。
本来ならどういった原理で、なぜそのような現象が起こるのかを順序だてて証明できなければならないが、今は理屈などどうでもいい。後で考える時間はたっぷりあるのだから。
「それでぇ?この世界を明るくしただけで終わりかしらぁ?」
朱色の世界に覆われてから数秒が経過しても何も起こらないため、痺れを切らした異次元紫が私に得物を向けようとしたが、その動きが止まった。
真っ赤に染まる周囲の景色に紛れて見えづらかったのだろうが、切断された耳がゆっくりと再生していくのを見て、既に効果の中にいることが分かったのだろう。
腹部に刺さっていた鉄筋を引き抜くと、ぽっかりと円状の傷が姿を現すが、耳や胸の傷と同様にゆっくりと塞がっていく。筋肉など皮下組織が露出していたが、皮膚が完璧に覆いかぶさると、何かが当たった事を示す洋服の穴だけが残る。
傷が治れば、程なくして引き抜いた痛みも消えていく。疲労感はある程度残るが、ダメージをリセットできる程の効果があったことが嬉しい誤算だ。
「そんなわけないでしょう?本番はこれから…」
異次元紫がいる場所からさらに奥側の背景が赤色から青色へと変色し、それが徐々にこちら側へとゆっくり広がっている。時間の経過でこのスペルカードは変化するため、さっさと戦闘を始めるとしよう。
私の手に突き刺さっていた刀を得物とし、新たに武器をスキマから出している異次元紫へ跳躍した。頭を串刺しにするつもりで刺突したが、避けられた。名もなき刀の側面を、奴の刃がなぞる。
火花を激しく散らせて刀の側面を走る刃は、柄を握る私の指を切り落とす寸前で、鍔によって遮られた。魔力で強化されていたとしても、人間が作り出した刀では鍔を切断するに至らない。
異次元紫の刀を弾き返し、更に斬り込もうとするが、奴が不自然に体を横にずらした。私が先ほど使った手法をやり返されたようだ。ギリギリまで射出した鉄筋を引き付けたらしく、避けた瞬間になびいた髪の毛をかき分け目の前に現れた。
異次元紫の動きに合わせて陰に隠れようとするが、寸前まで隠してくれていたおかげで、一歩遅れた私は鉄筋を処理しなければならない。
反応速度の問題で一発目は直撃することはなかったが、頬の肉を抉られた。奴を追って動いていなければ頭のど真ん中をぶち抜かれていただろう。
刀の切れ味を落とさずに高速で飛来する鉄筋を受け流したり、器用に斬り壊すことはできない。折れてもいいから、使い捨てるつもりで刀を振るう。
二本目の鉄筋を叩き壊し、三本目を後方へ見送った。まだまだ鉄筋が向かってきているため横に飛びのくが、その動きを読まれていたせいで岩石や鉄筋が動きに合わせて私に射出される。
拳台の石や鉄筋に当てるのはさほど難しくはないが、小さい物となると難しい。刀を当てられず腹部に直撃し、体勢が崩れた。立て直そうとした所で、腹部に熱した金属を押し付けられている様な熱を感じた。
「っ…!?」
痛みを感じる前に刀を振るい、飛んできた鉄筋を叩き落そうとしたが、動きが鈍ったことで刀を撃ち抜かれてしまった。強化していても側面から叩かれれば刀は簡単に折れてしまう。
金属が削れた赤褐色の火花と、強化に使用していた魔力の結晶が弾けた。それに加えて金属片を散らし、柄から三十センチ程度残して刀身が折れた。
「スペルカードを使っても所詮はこの程度みたいねぇ」
私が飛んでくる射出物に気を取られている内に、スキマから手斧を出していたようだ。三十センチ程度の長い柄の先端に三角形に近い形の刃が付いており、振りかぶるとこちらへと投擲した。
戦闘用の軽い物ではなく木を切るための重たい得物は、回転しながらまっすぐに私へ飛翔し、斧の頭が胸へと抉り込んだ。
加工された金属が、強化された肉体や胸骨を砕く。刃の先が心臓に達する寸前で止まってくれたようだが、これまでに経験したことの無い出血量に、血の気が引いていくのを感じる。早く動かなければならない、追撃を避けなければならないと分かっていたが、体が言うことを聞かない。
ようやく動き出そうとした所で、手斧を破壊しながら新たな鉄筋が胸へ突き刺さる。五本の鉄筋が左胸を中心に串刺しにしていき、細い体を貫通する。
心臓を撃ち抜かれたのだと早々に理解はできるが、頭よりも体の方がどうしてもついてこれていない。短時間であまりにも攻撃が重なり過ぎて、脳が痛みのキャパを超えてしまったのだろうか。心臓を貫かれているというのに痛みを感じにくい。
食らって間もなく更なる鉄筋が腹部を貫いた。体の中心を通過している大動脈を抉られた。
串刺しにされたことで、前のめりに体勢が大きく崩れた。体勢によっては当たっていたであろう私のすぐ真上を、スキマから射出された得物が次々に通過していく。
そのまま下へと逃れようとするが、次は肩へと弾幕が被弾する。魔力の弾丸ではなく、スキマから打ち出された刀だ。右肩に上から突き刺さり、鎖骨を切り裂きながら肺を穿つ。腰のあたりから背中側に切っ先が抉り出た。
私に反撃させる暇を与えず、間髪入れずの攻撃。全身が血まみれで、勝敗など胸を貫かれた時点でわかるものだが、それでも追撃を止めなかったところに奴の用心深さが見える。
胸に突き刺さった鉄筋を引き抜き、更に攻撃を繰り出してくる異次元紫へと投擲した。私の得物と奴の得物が空中で交差し、金属音を上げて火花を散らす。
途中で干渉されたため、お互いの得物の軌道が僅かに逸れた。こちらの得物はあらぬ方向へと飛翔し、奴の鉄筋は私の首を貫いた。
体に鞭を打ち、無理やり反撃したのだ、こちらに来ると分かっていても貫かれた体を軌道上から退避させられない。
「ぐぁっ!?」
刀よりも鉄筋の方が凹凸が多く、その分だけ首の肉を摩擦で抉り取られた。気道の一部を鉄筋が損傷させたらしく、血の匂いが口内に上がって来た。
血を吐く私へ、異次元紫が得物を振るってくる。刀を大ぶりに持ち上げる姿から、私の頭をかち割るつもりなのだろう。しかし、直前で掲げた手は静止する。
私が手を伸ばし、振り下ろされる前に異次元紫の腕掴んだわけではない。他の方向から伸びて来た獣の尻尾が巻き付き、振り下ろそうとする刀の動きを直前で止めたのだ。
「っ…!?」
予想外に邪魔されたことで、異次元紫の動きが止まる。止まりかけた彼女へ、腕に巻き付いた尻尾の主が現れる。赤い瞳の軌跡を中空に残しながら、陰から現れたのは人型の妖怪ではなく、全身を毛で覆われた妖獣だ。
見た目は狐に見えるが、大きさは優に人間を超えている。攻撃的に歯をむき出しにし、唸り声を上げる姿は狐のそれではない。見た目には似つかわしくない獰猛な声で猛り立ち、異次元紫の頭を噛み砕こうとする。
「くっ!?」
手に巻き付いていた狐の尾っぽを振りほどき、頭へと噛みつこうとした狐の口へ刀を振り抜いた。鋭い牙を持つ顎が頭の代わりに刀身を粉砕する。
異次元紫は今の一太刀で狐を仕留めるつもりではなかったらしい。狐が噛み砕いている間に懐に潜り込み、半分になった刀身で妖獣の首を下から掻き切った。
びっちりと隙間なく生えた獣毛をかき分け、刃が喉笛を切り裂くと、狐が甲高い声で悲鳴を上げる。それでは終わらず、悲鳴を上げて仰け反ろうとする獣に追撃を与え、今度は首を切断した。
悲鳴が途切れ、切断面から血をドロリと溢れ出させながら獣が脱力する。その下にいる異次元紫にもたれかかるが、その巨体を彼女は蹴り飛ばした。
重力が無いに等しいため、数百キロはありそうな狐がゆっくりと異次元紫から離れていく。何なんだ、と眉を顰める奴はこちらへと視線を向ける。
その内に私はというと、腹部の得物、壊れた手斧と胸に突き刺さっていた鉄筋、肩に突き刺さっていた刀を丁度引き抜いたところだ。
血まみれも血まみれ、胸や肩から流れ出した血液に、薄紫色だった洋服は見る影も無い程の緋色に染まっている。見下ろしている自分でも奥の背景に溶け込んでしまいそうだ。
正面に位置する奴から見れば、胸にはいくつも空洞があり、奥の背景が見えることだろう。それでも死なずに対峙し続けている事で、再生能力や生命力の高さを感じているようだ。
「…」
今回、夜の神の手を借りたが、実際には酷く曖昧な部分が多い。広く、浅くであるが故にであるせいだが、一部の恩恵に肖れるのは私としてはプラスに働いている。
神の世界において、赤は重要な色だ。炎のような暴力的な一面もありつつ、血の赤は生命的な根源の色でもある。傷の再生力が高く、胸に空いた傷や、首を貫通していた鉄筋を抜いた痕もたちまち元に戻っていくのは、生命力の高さと言った部分だ。
そして、私の生命力が向上した以外に、曖昧な部分が多いと言った理由がある。神話をそこまで詳しく知らない私が使っているせい。神話の中で、理由は忘れたが神が切り殺された時、その血飛沫が飛び散り、そこからさまざまな神が生まれたという話がある。
おそらくだが、その曖昧な知識があの妖獣を作り出したのだろう。いくら私の能力で神を呼び出しても、全くの零から生命を生み出す事は難しい。私の血を媒体として、形作られたと想像できる。
作り出されたのが神ではないのは、私の血を媒体としているからだろう。傍らに浮かんでいた岩石に、手のひらにこびり付く血液をべっとりと塗り付けた。
血飛沫ではないが岩石に付けた血液が脈動したと思うと、風船が膨らむように盛り上がった。明らかに付けた量に比例しないが、幻想郷でそんなことを言い出したらキリがないため、頭の隅へと追いやった。
私の身長を超える大きさに膨らむと、生物の形へと徐々に変わっていき、ゆっくりと筋肉が剥き出しの獣が血の中から現れた。体の形が先の狐とは違うように見えたが、それは当たっていたようだ。
先ほどの長い顔ではなく丸みのある顔は、猫のよう。毛が生えると狐とは違う特徴的な髭が顔に生える。本来のネコは気ままな性格をしているはずだが、私を守る様に立ちはだかる。
「どれだけ動物を使ってもぉ…私は殺せませんよぉ?」
「どうかしら…ね」
引き抜いた鉄筋や刀にこびり付いた血、出血による周囲の物に飛び散った血、宙に浮く血が次々に脈動し、狐や猫の形で膨らんでいく。唸り声を上げながら、ただの血だった物が一斉に獣たちへと変化した。
そこら中から獣の方向が湧いて出る。これまでの戦闘でかなり出血し、それらがあらゆる場所に飛散していた為、狐と猫どちらも二十は越えているだろう。
全身を獣毛が覆うと、生物としての活動を始めた。一部が私を守る様に周囲に残り、残りが異次元紫へと襲い掛かる。ガタイもそうだが、獣たちが剥き出しにす爪や牙は、通常の個体よりも大きく見える。当たり所が良ければ、一撃で四肢を千切る程には鉤爪は鋭そうだ。
数十匹の獣が向かう先にいる異次元紫は、生まれ行く妖獣に動揺しながらも、爆発的な魔力の流れを感じさせる。淡青色の光が輝くカードを握り潰した。
「妖巣『飛光虫ネスト』」
魔力の結晶が弾け、異次元紫の後方に淡青色の小さな瞳が大量に生成される。緋色から紺碧の黒ずんだ色へと変わっていくスキマ世界を、淡青色の眩い光で照らし出した。
血から生まれた獣たちの意識が支配下にあれば、スペルカードを迂回させるのだが、私の意識が及ばないため、見守るしかない。
数十発の弾幕が妖獣たちを撃ち抜いた。耐久力が殆どないらしく、弾幕に当たったそばから派手に血をまき散らす。伸ばした手が砕け、開いた口が頭ごと貫かれた。弾幕に先発隊がやられ、後衛が死体をかき分けて異次元紫へ突き進む。
スペルカードにより異次元紫へ向かっていた獣たちの半分ほどやられたが、残りの妖獣たちは怯むことはない。奴が開いたスキマから大量の弾幕が射出されるが、人間の数倍はくだらない脚力で俊敏に弾幕を掻い潜る。
死体、瓦礫等を足場にして狐が右側から接近し、持ち前の咢で喉元を食い千切ろうと牙を剥く。その反対からは、猫が足の肉を削ぎ落そうと剛爪を振るう。
左右からの挟撃だ。異次元紫なら、どちらの攻撃も把握している事だろう。だが、スキマを使って逃げ出す様子はなく、正面から波の様に襲ってくる獣たちの対応に追われている。
牙が喉を食い千切り、両足を切断せんと爪が皮膚に抉り込もうとした直前だった。皮膚を切り裂き肉を削ぐはずだった牙と爪が、異次元紫の皮膚に溶け込むように押し込まれていく。
まるでそこに異次元紫がいないと思える程、幽霊だと勘違いしてしまいそうになる。驚いているのは私だけでなく、二匹の獣も驚きを隠せないのを傍目で見てもわかる。牙と爪を剥く狐と猫が、手や頭だけでなく体まで通過してしまった。
境界を操る程度の能力で妖獣と自分の境目を曖昧にし、攻撃をやり過ごしたようだ。それを何度もやられればこちらに打つ手はないが、そう何度もできる事ではないのは同じ能力を持っているからわかる。
獣と自分の境界を曖昧にするため、境界の操り方を僅かにでも間違えれば獣たちと融合してしまってもおかしくはない。その調節がかなり繊細であるようで、神経をすり減らしながらの能力の使用に、顔色が悪い。
通り抜けた獣が踵を返して再度襲いかかろうとするが、狐の頭を半分になった刀身で切り落とし、猫はスキマで射出した刀で貫かれていく。
数十匹いた妖獣たちは、瞬く間に半分以下にまで減らされた。だが、獣たちは私の血によって生成される。血はまだまだそこら中にあり、続々と獣へと変化していく。
異次元紫にこちらへ得物を向ける暇など無く、殺されてただの血へと戻っていく獣だった物をかき分け、新たな妖獣が襲い掛かる。
一体一体が自立し、突撃することに恐れを感じていないからこそできる息をつく間もない連撃であり、奴に反撃する暇を与えない。
私がこのスペルカードを発動する前までは、異次元紫の独壇場と言っても過言ではなかったが、今では動物たちの猛攻で防御に手一杯のようだ。
これまでの戦闘で、様々な場所に血が飛び散っているのだろう。異次元紫がスキマで獣たちから距離を取ったとしても、奴の魔力に反応して逃げた先の周囲で獣がさらに生成される。
異次元紫を追う手は休むことはない。しかし、私の支配下にないため逃げる場所の予想がつかず、奴の動きに翻弄されてしまっている面もある。
獣たちを制御できればもっと奴を追い詰めやすいし、獣たちの損害も最小限で済むだろう。どうしてもあの子たちを思い出してしまって仕方がない。
出来れば死なないようにさせたいが、そればかりに気を取られてしまっていれば、せっかくのチャンスを不意にしてしまう。頭を切り替えなければならない。
妖獣たちが身を挺して戦ってくれている内に、私も加勢しなければならない。狐を弾幕で撃ち抜き、猫の頭を叩き潰す異次元紫へ、自分から引き抜いていた刀を投げ飛ばした。
投げる為ではなく、切るために作られた刀をまっすぐに飛ばす技術はない。柄などの非殺傷部分によっては、ダメージを与えられる可能性が低くなってしまうが、異次元紫の足を一瞬でも止めることができれば、妖獣たちが食い殺してくれるだろう。
回転運動する投擲物は、妖獣から逃げる異次元紫に寸分たがわずに捉えた。飛びかかった狐の首を切断しようとしていたスキマ妖怪の肩を貫き、体勢を崩したところを獣たちが押し寄せた。
肉を食い千切り、爪で引き裂く。それでもダメージを最小限に抑え、抵抗をするスキマ妖怪の戦闘能力には舌を巻かされる。
他の妖怪たちや、他の世界の八雲紫であれば、これで終わっていただろう。経験から来るアドリブへの対応力は、思った以上に馬鹿にならない。
全身を血まみれにしながらも、獣たちを撃ち抜き、折れた刀身で斬り捨てる。戦闘能力はそこまで高くないはずだが、その戦いぶりは鬼のようだ。
いくら獣の姿をしていても、媒体となっているのは私の血だ。それにより人間を超える巨躯は脆く、奴が生き残る確率を上げているようだ。
死闘を繰り広げる異次元紫から視線を外し、空を見上げた。緋色だったスキマ世界は、紺碧へと変わっている。魔力の淡青色とは違う、漆黒まで行かない深い青色は深海に近い海の底を連想する。
上空から後方へと視線を移していくと、背景の色が徐々に緋色から蒼色と変わっていく。残りわずかしか残っていなかった緋色が無くなると、世界は次の段階へと移行する。
真っ青な世界に切り替わった瞬間、それまで激しく動き回っていた妖獣たちが急停止した。今まさに交わろうとしていた牙や爪が静止し、スキマ世界の性質に関わらない異次元紫の折れた刀が獣を切り裂いた。
妖獣たちが急に動くのを止めたため、何かが起ころうとしている事を察したのだろう。動きを止めた獣から異次元紫が離れようとした時だ、青白い光が獣たちから発せられた。
スキマ世界の紺碧色に周囲が染められているからではなく、私の周りにいる妖獣も含めて発光していくのだ。光が最高潮に達したと思うと巨大な体躯が蒼白の炎に包まれ、燃えていく。
獣毛が燃え尽き、皮膚が爛れ、筋肉が焦げ付く。あらゆる内臓、器官に炎は到達し、骨格を形成する骨までもが燃やし尽くされ、灰と化す。
私の血液から作り出された獣たちだけではない。炎が曝露したあらゆる物体が灰へと帰す。そこに差はない。有機物、無機物に関係なく同じく燃え、同じく灰へと侵す。
赤は生命の血。青は全てを燃やし尽くす浄化の炎と言ったところ。
手に握っている刀も妖獣から発せられた炎にあてられ、灰となってしまった。得物が無くなったことに不安が過ぎるが、慣れない物を使うよりもシンプルにいこう。刀だった渣滓を手から振り払い、異次元紫へと向かう。
この段階にも時間制限があり、次の段階へのカウントダウンが既に始まっている。異次元紫の奥の背景に、蒼から光のない漆黒が浸食して広がり始めた。
血塗れの異次元紫をここまで追いつめてくれた獣たちに礼を思いながら、勝利を誓う。灰をかき分け、奴の正面に陣取った。
炎は私の意思や感情に呼応し、揺れ動く。ゆったりとではなく、激しく燃えるのは横溢する憤怒を表しているのだろう。
もっと怒れ、もっと燃え盛り、奴を焼き尽くせ。構えも、予備動作もない。感情のまま炎を操り、炎を膨れ上がらせる。体積を急激に増やしたことで爆発的に炎は広がり、竜巻の様に渦巻いて異次元紫を飲み込もうとする。
妖獣や得物が炎に当たればどうなるかを見せた。正面からやり合うわけがないと思っていたが、異次元紫は意外にもその場に陣取った。面白い。ならば正面だけでなく、全方向から炎を向かわせる。
複数の竜巻が発生し、異次元紫を取り囲む。蒼白の炎自体に熱はないため、肺を熱波で焼き焦がすことはできないのが残念だが、それではあまりにも呆気ない。
焼き尽くせ。私が命令を与えると同時に、十を超える竜巻が異次元紫を焼き、引き裂き殺そうと目標に向けて狭まり出した。
攻撃のする場所を絞らせてから移動する算段だったらしい。ギリギリまで引き付け、私の後方へスキマをつなげ、こちらへと飛び込んで来た。
通過する際に大太刀を持ち出したようだ。私の頭を切り落とそうと、横に大きく構えると薙ぎ払う。一メートル以上の刀身が私の頭を切断しようとするが、炎は周囲に発生させるだけでなく、私を起点に発生させることもできる。
刀程度の細い物体なら炎が金属を削り取り、ほんの十数センチの炎を潜らせただけで刀身を灰へと浄化した。
「ちっ」
小さく舌打ちをしながらもスキマを開放し、こちらへ向けて大量の弾幕をぶっ放した。魔力による弾幕も、鉄筋や標識などを使った弾幕も、たった十数センチの壁を踏破できない。
浄化する速度からして、炎を潜り抜けたとしても私にダメージを与えられるほどの大きさを維持できないだろう。もし、私に弾幕を当てたいのであれば、浄化が追い付かない位の大きさと速度で弾幕を撃ちだすしかない。
岩石などの巨大な物体をぶつけるしかないだろうが、至近距離でスキマを開いている内に、炎でスキマが浄化されて射出に至らないだろう。
遠距離から巨大な物体で潰そうとしても、飛んできているのが見えれば炎で対応するため、気を抜かなければ攻守ともに問題は無いはずだ。
刀をこちらに触れるだけの距離に来ているためこちらからも距離を詰め、手を伸ばした。胸ぐらを掴んで炎の中へと引き込もうとしたのだが、炎を纏ったままであったため、服の掴んだ部分が灰となって逃がしてしまった。
すぐさま炎で異次元紫の周囲を取り囲むが、スキマの中へと逃げ込まれた。どうせ当たらないのであれば、奴が逃げ込んだスキマに炎を向かわせるよりも、逃げた先を探す方が速い。
逃げた先の景色に蒼白の炎がチラついているのは目印にならないが、その周囲に漂うガラス片や金属片は、龍神との戦闘で使用した電車の周辺であることを示している。
龍神の手に囲まれた方向に視線を向けると、異次元紫が丁度スキマから飛び出したところだ。距離は数十メートル離れているが、炎はスキマ全域に達しているため、距離は関係ない。
炎を操り、左右から挟み込もうとするが、大きく開いたスキマからひしゃげた車や巨大な瓦礫が飛び出した。左右から迫る炎を遮る形となり、異次元紫が逃げるだけの時間を与えてしまう。
車や岩石の大きさだったとしても、数秒もあれば灰にし尽くせる。だが、いくら操れても浄化の炎は私たちがよく知る炎と同じ挙動をするため、物体を即座に貫通するわけではない。広がり、表面から徐々に内側に浸潤していくため、盾を使われるとその内側にいる人物に達するまでに時間がかかってしまう。
異次元紫は潜り抜けると、懐からカードを抜きだすのが遠目に見てもわかった。どんな技が来ても対応できるよう、炎を前方に集中させると同時にスペルカードが発動された。
「廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」
縦横が六メートルを超える巨大なスキマが開かれると、奥から魔力により時速数百キロメートルまで加速させられた電車が現れた。
本来なら人の輸送を行うための車両だが、この速度で人にぶち当たれば魔力で強化していたとしても、原型を留めるのは難しいだろう。
八両編成された電車に、正面から立ち向かう。電車が炎に包み込まれ、表面の外骨格から先に塵と化し、内部へと炎が浸食する。
浄化の炎の前に物体の硬度は一切関係ないため、服や岩石と同じように塵となる。見た目が大きくとも中は空洞であるため、内側へと入り込めれば灰となるのは岩石よりも早い。
所々に錆の見える古い電車が次々と炎に飲み込まれ、包み込まれたそばから灰に変換されていく。結合部が壊れ、バラバラに部品が散らばるが、私の元に到達する物は一つとしてない。
速度を上げればその分だけ進めるという部分に目を付けたのはいいが、質量が足りていなかった。
こちらへと突撃してくる最後の一両も、他のと同様に灰へと浄化しようとした。炎が包み込もうとすると、電車の内部に突如赤い閃光が発生し、鼓膜を破る勢いの轟音を発生させた。魔力による爆発ではなく、本物の爆弾による爆発だ。
かなり強力な爆弾だったらしく金属のフレームが内側から外側へと膨れ上がり、ガラスは木っ端みじんに吹き飛んだ。電車を破壊するのであれば十分以上の威力だが、異次元紫の狙いはそこではない。
距離的に私へ爆発や飛散した破片を食らわせるとしたら遠すぎるが、発生した爆風を浴びせかけるとすれば、申し分ない距離だ。
左右から来る炎を防いだ時に炎に近い挙動をしため、爆風で吹き飛ばそうとしたのだろう。奴の予想通り、衝撃と爆風で取り囲んでいた炎が四方八方に吹き飛ばされた。
焼けるように熱い光と、肌を焦がす熱風に後ずさる。体の周囲を囲んでいた炎が引き剥がされ、隙を晒すことになった。
すぐさま炎を発生させて身を守ろうとするが、目の前にスキマが開き、手斧を携えた異次元紫が身を乗り出してきた。爆発から間髪入れずの攻撃に、引き剥がされた炎の再配置が間に合わない。
いや、ここは私も攻めに出る。肉を切らせて骨を断つ。手斧を振りかぶる異次元紫へ私からも突き進む。
刀程度の細さだと、直前に消される可能性があるのをよくわかっているため、刀よりも太さのある手斧にしたのだと容易に想像できる。
こちらへ向かってくる手斧に、私は左腕を差し出した。できうる限りの強化を忘れずに施すが、炎を纏っていなければ損傷は免れないだろう。
左手を炎で覆えればダメージを軽減できるだろうが、奴もそれありきで動いてしまう。逃げる隙を与えぬよう私も自分を使って、ギリギリまで標的を引き付ける。
振り下ろされた手斧が、防御に使った左腕に叩き込まれた。人を切り殺すことに特化した代物ではないため、抉り込むのに余計な痛みを生じる。
潰れた細胞が、引き裂かれた血管が、砕かれた骨が、切断された神経が、損傷の具合に関係なく悲鳴を上げる。切れ味の悪い斧に嬲られ、腕は高圧電流でも流されているのではないかと錯覚するほどの痺れを感じた。
腕の半分ほどまで刃が食い込むが、手斧の行進はそれだけでは終わらず、私の頭に達するまで止まる気配はない。反撃しなければならないというのに、激痛で脳内から欠落してしまいそうになったが、敵意を奮い立たせた。
爆風で小さくなってしまっていた炎を魔力で増幅させ、ガソリンを注いだように火柱へと炎を滾らせる。周囲の炎を上下に展開し、鼠一匹すら逃げられない檻として自分ごと包み込む。
ここまでくれば、後は奴を焼き殺すだけ。首の皮一枚で切断を免れた腕を中心に炎を発生させ、手斧の頭を灰へと形質を変化させた。柄しか残らぬ得物は私の頭を素通りしていき、ついには振り切られた。
しまったという表情すら浮かべないのが気になるが、三百六十度あらゆる方向から炎が迫る。爆弾を起爆し、周囲の炎を吹き飛ばすことは自分ですらも巻き込まれるため、異次元紫は先の戦法を取ることができない。
今更スキマを開くが、人間が通れるだけの幅を確保できるわけがない。炎の壁を迫らせ、炎の内側にいる異次元紫を握り潰すだけだったというのに、奴の活動できる範囲を狭める炎は、逆に押し返された。
広がろうとする炎を抑え込もうと大量の魔力を注ぎこむが、それを持ってしても異次元紫を焼き殺すことができない。奴がスキマから出現させた液体の物量に、フットボール状に囲んでいた炎がついに綻び、浄化が追い付かずに炎が消滅した。
物体の浄化は灰へと変換されたが、水の浄化は気体へ蒸発することのようだ。大量の蒸気と共に、体中を水浸しにしたスキマ妖怪が私から距離を取る。
単純に、炎に対して水をかけたというわけではなさそうだ。浄化のシステムを、おおよそ異次元紫は把握してきているようだ。
炎が際限なく物質を灰にするのではなく、魔力によって生成された炎が、自身の持っている魔力を物質に与えて灰にするのだ。需要と供給のバランスが崩れ、需要だけが増えれば供給が間に合わず、今の様に押し切られてしまう。
どこかの海の底にでもスキマをつなげていたのか、ゲートは大量の水を吐き出している。飛び散った水が口に入ったが、生物が共生する独特な磯の香りが鼻に昇り、舌には塩っ辛い塩分だけが残る。
「っち……面倒な…」
戦いに集中している内に、既に周囲の景色は八割ほど紺碧色から漆黒へと、色彩を変えてしまっている。スペルカードがこの第二段階で終わりというわけではないが、今の段階でできうる限りダメージを与えておきたい。
消えた炎を再発生させ、自らの身に纏う。炎を周囲に配置し、異次元紫にいつでも攻撃できる体勢を整えた。
切断されかけた左腕を抱え込み、奴がどう出るのか伺う前に、異次元紫がこちらへ先に攻撃を仕掛けて来た。彼女自身が武器を携えず、スキマから円柱状の物体を私へ向けた。
太さは六十センチほど、長さが五メートルから六メートルほどありそうな円柱物体は、中が空洞になっている。一番奥は暗くて確認できないが、何かを発射する機構だと分かったのは円柱の内側全周に細かい凹凸があるからだ。
ライフリングと言われる、弾丸を回転させるための細かな突起を認識すると同時に、射線上から飛びのいた。
マッハで飛び、長さが二メートルにもなる大砲を灰へと変換するのは、炎の厚さによっては難しい事ではない。だが、弾丸を飛ばすための炸薬が爆ぜた際に発生する衝撃波は、正面に陣取っていれば死んでもおかしくはないだろう。それだけの威力があれば、周囲の炎も吹き飛ばせるはずだ。
飛びのいた瞬間に、蒼白の炎とは対照的な橙色の爆炎が爆ぜた。爆発のエネルギーを受け継いだ砲弾が、炸薬の衝撃で薙がれた炎の上を通過する。逃げるのに精いっぱいで通り過ぎたことすらわからなかったが、後方に位置している建物に大穴が開いていれば威力が伺える。
次弾を装填できるのかはわからないが、爆風が及ばなかった範囲の炎を伸ばし、次の攻撃をさせぬように砲身をスキマごと浄化した。
砲身の隣に陣取っていた異次元紫は、浄化していく炎から距離を置こうとするが、そのまま蛇のように炎を伸ばして追撃する。先端を上下に開き、獲物へ食いつく顎を形成した。
異次元紫を丸呑みできるように大きく開き、食いつこうとするが、炎に当たるギリギリの位置にスキマを形成していく。
おかしなことをされる前に浄化しようとした矢先だ。上下に大きく開いた咢が不自然に膨れ上がると、蒼白の炎で形成された蛇が弾け飛ぶ。肉片の様に炎をまき散らし、動物を象っていた炎は原型を留めぬまでに小さく粉砕された。
先ほど砲弾を放った時の爆発音があったわけでも、爆発性の弾幕を放たれたわけでもない。何かをしたのがわかっても、何をしたのかが全く分からなかった。
私が龍神を殺した時の様に、以前撃たれた弾幕をスキマ内に貯蓄し、それを放ったのだと考えられる。だが、弾幕が放たれた痕跡はない。どちらかと言えば、魔理沙が使うエネルギー弾に近い形で、吹き飛ばされたというのに近い。
舌打ち交じりに続いての攻撃を仕掛けようとすると、メラメラと揺れ動いていた炎がガラス細工の様に停止した。緋色の世界で召喚した動物たちと同じ静止。
スキマ世界の性質が切り替わったのだ。紺碧色の空は奥の見えない暗黒に染まる。緋色、紺碧色の時には薄く光る程度だったが、今度の段階では背景の瞳が白く輝いているのがはっきりと見える。
「それでぇ?今度はどんなおままごとを見せてくれるのかしらぁ?」
この段階から、またスキマ世界の在り方がガラリと変わる。これも闇の世界へ行くための道の一つだが、第三段階になっても果たして笑っていられるだろうか。右掌を異次元紫へ差し出し、第三段階目の力を解放させる。
宵闇がこれだけだと思うなかれ。
次の投稿は8/20の予定です。