東方繋華傷   作:albtraum

186 / 203
自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十六話をお楽しみください!!


東方繋華傷 第百八十六話 没した神は産声を

 暖かく粘性が僅かにある液体が、ゆっくりと滴り落ちていく。周囲の黒に相反する色彩を放つ流動体は深紅であり、補色効果でより一層浮き彫りになって見える。

 普段、自分から危険に飛び込まなければ流れることの無い血潮は、日常と非日常との境界を徐々に薄れさせていく。対比する二つが混ざりに混ざり、曖昧にするとわずかに残っていた日常と言う選択肢を非日常が優しく抱き込み、警告の汽笛を鳴らす。

 しかし、働ける状態にない頭は、自分の身に起こっている事の脅威度を正確に把握しようとしない。こういう事象のために、頭の中にはいくつもの防御壁やフィルターを設けているつもりだったが、覚束無い不明瞭な意識の前にはそのどちらも無力だ。

 準備していたフィルターは、スライスされた穴あきチーズを並べているような物である。空いた穴を危険性を大いに孕む警告が谺然と掻い潜り、警醒を見過ごした。

 なぜなら、血の流れる非日常も彼女にとっては日常の一部でもあったからだ。そうなったのはある意味で必然的とも言えた。

 透明度の低い体液はどこから出ているのだろうか。現在進行形で処理能力をほとんど失っている脳でも、流出する血液の所在元が気になったのだろう。足先に向けられていた視線がゆっくりと胴体へと傾いていく。

 末梢から中枢側へ行くごとに、服にこびり付く鮮血の量が増えていく。直前の欠落した記憶が呼び戻されようとしているのか、臀部から腹部、腹部から胸元へと視線を傾けるごとに頭痛がする。

 視線が胸元を映し出されたのは、裂傷だらけでズタズタに引き裂かれた体だ。裂傷創は腹部の一部と肩にまで達しており、裂かれた組織から滲み出た血液が大量出血を招いている。

 フィルターなど必要ない。誰がどう見ても生と死を別つ、分かれ道に立っている事を即座に自覚し、選択を迫られた。現実と向き合い、覚醒するか。現実から目を背け、眠気に身を任せるか。

 疲れ切り、鉛の様に重たい体から目を背け、欲望のままに眠り込んでしまいたい。だが、深層意識に存在する私の戦意欲がそれを許さない。

 脳が覚醒を迎えると同時に、今まで脳が拒み続けて溜まっていた全身からの損傷情報が流れ込む。

「うっ……ぐあああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 痛みを痛みが覆い、更に強い激痛が濁流となって押し寄せる。この場において痛みを感じることができるというのは、私がまだ生きて居られていることの証ではある。だが、それと同時に、どうしようもない現実の生き地獄をわかりやすく教えてくれる証でもある。

 聴覚や視覚、触覚などの常に働く感覚器官の情報が頭に入ってこない程に脳内が痛みで埋め尽くされる。ただでさえ情報と情報がすし詰め状態であるのに、新たな情報が更に殺到し、パンク寸前だ。

 血はまだ出ているのか、私は声を出しているのか、息はしているのか。心臓は動いているのか。何もわからない。理解できるだけのキャパシティーを優に超えており、急性的な情報過多に失神までの秒読みが始まっている。

 釣り糸の様に細い精神に切れ目が入っていき、脆弱な糸は吐息を零しただけで切れそうだ。か細い精神の糸が切れるのには過剰すぎる力が加えられていく。

 確実に糸が切れるであろう負荷が多大にかけられたが、不思議と意識を失うことはなかった。切れ目を入れられたとしても、強靭な精神が屈服することを拒否したのではない。

 そんな根性論でどうにかなる状況を越している。流れを変え、脈絡なく不自然にこちら側に戻ってこれたのは、固有の能力を発動していたからだ。

 境界を操る程度の能力によりそちら側と一線を画し、強制的に現世へ意識を引き戻したに過ぎない。目的を果たすため、ただ一つの目的を。

 あらゆる激痛を飲み込み、能力ありきだが制した。どうにか動くために身をよじろうとすると、肺の中に溜まっていた血かによって咳が誘発され、喀血することになる。

 どれだけ出血していたのか、血を何度も空気と一緒に吐き出しても咳は収まることを知らず、むしろどんどん悪くなっている。咳が激しくなればなる程、吐き出す血の量が倍々に増えて言っているように感じた。

 ようやく咳が収まってきたと思ったが、間髪入れずに嘔吐感が込み上げ、胃から押し上げられた鉄臭い胃液の混じった血液を堪え切れずに吐き出した。

 先ほどの激痛とはまた違った苦しみ。喘鳴し、呼吸を整えようとすると、今度は咳が込み上げる。酸欠でまた意識を失ってしまいそうだ。

 その両方が無くなるまでにややしばらく時間がかかった。それでも私が攻撃を受けなかったのは、奴の理念に反したのだろうか。それとも、これが演技かどうかを探りたかったのか。

 何時までも待ってくれるとは思えず、戦闘態勢を整えようとするが、私は壁に吹き飛ばされていたらしく、半壊した建物の壁に背中を預けて倒れ込んでいた。

 動こうとするまで気が付けなかった。痛みを魔力で軽減し、立ち上がろうとするが、瓦礫に埋まっていて上手く起き上がることができない。

「っ……!?」

 ゆっくりとだが、徐々に吹き飛ばされる直前の記憶が蘇り始めるが、それでも私は何をされたのか全く分からなかった。奴の取って置きと言う奴なのだろうか。

 自分の事で精いっぱいで、周囲が目に入っていなかったが、奥に瞳のような景色が見えた。通常のスキマ世界と変わらない状態へと戻ってしまっている。

 能力のおかげで気絶せずに済んだが、境界を操る程度の能力が使えているという事は、私のスキマ世界全体を使用したスペルカードは解けてしまっている。

 それのおかげで助かったというのは皮肉な話だ。しかし、境界を操る程度の能力で呼び寄せ、力を借りていた月夜見の力を掻き消すほどの強大な力を異次元紫に放たれた事になる。そこだけが解せない。

 咳き込みながら、半分ほど埋まっている体を瓦解した壁から引き抜いた。私が埋もれている事で絶妙にバランスを保っていたのか、壁や屋根の一部が崩れていく。

 倒壊に巻き込まれぬよう離れようとするが、十数メートル先で異次元紫が先に回り込んできており、それ以上進むことができなくなった。

 彼女の傍らにはスキマが開かれており、その奥には私を串刺しにするつもりであろう刀切っ先がチラつく。錆び付き、刃こぼれもしていそうな刀剣が向けられた。

 そのまま死んで行ってもおかしくない状況から戻ってきたはいいが、半死半生で攻撃を避けることすら難しい状況だ。串刺しになる未来が見え、たじろいだ。

「解せないって顔してるわねぇ」

 私の表情を読み取った異次元紫が、嗤いながら私に呟いた。得意げに弁を垂れるのかと思いきや、スキマの奥で構えていた刀をこちらへと射出した。音もなく撃ち出された刀の刃が肌を撫で、右側の鎖骨と肩の肉を一部を引き裂く。後方へ飛び抜けると、もたれかかっていた壁に突き刺さった。

「くっ…!」

 右肩を引き裂かれ、腕が持ち上がらなくなる。そもそも握れるかどうかも怪しいが、得物を使ってでの戦闘に支障が出るだろう。

 今の一撃は言わば斥候のようなもので、私がどれだけ体力を残しているのか。どれだけ動けそうなのかを試したのだろう。その証拠に、体の中枢から離れた部分にわざわざ攻撃を仕掛けて来た。

 反応はできれど回避はできなかった。通り過ぎた後でようやく避ける動作を行った。肩から血液が流れだし、右腕を赤く汚していく。

 こちらから攻撃をやり返そうとしても、スキマを開く前に扉を弾幕で掻き消されてしまうだろう。下手に動けない。俊敏に動けるのであれば、弾幕を掻い潜りながら戦えたのだが、創傷が酷いせいでそれは叶わない。

 しかし、失念していた。異次元紫がスキマ内に保持しているものを。狭いスキマ世界とはいえ、全体の性質を変えるのは補助があったとしても、中々に骨が折れる。それをあの一瞬で掻き消すというのは、片々ではあるが呼び出した神以上の力を発揮したことになる。

 そんなもの、奴が貯蓄していた龍神の力以外にあり得ない。私は先ほどまで龍神をスキマ世界に閉じ込めて弱体化したと一口に言っていたが、閉じ込めるまでの過程を考慮するのを忘れていた。

 龍神の力を分割し、残りカスとなった実体を閉じ込めた。ならば、実体から切り離された力はどこに行ったのか。それを頭に入れていなかったため、スペルカードを消し飛ばされてしまった。

 例え心構え出来ていたとしても、消し飛ばされるのは変わらなかっただろう。今更後悔しても遅いが、状況は異次元紫へと傾いている。

 今、まさに私の命は異次元紫の掌の上にある。それをどう掻き消すか、吹き消すか。奴の気分次第で決まるのだ。飢餓寸前で死にそうな黄金虫か、それとも、鳥に啄ばまれた毛虫か。奴にとって、指先で殺せるような存在に私は成り下がっている。

 私が頭をフル回転させ、状況を打開しようとしているのを感じたのだろう。彼女は先ほどの威嚇ではなく、体の中心線を狙って刀を射出した。

 致命傷となる位置を避けることはできたが、串刺しになることは避けられなかった。先ほどもたれかかっていた壁に縫い付けられた。

「っ…あぐっ……!」

 引き抜こうとしても、右手がそもそもない事に気が付いた。第三段階目の能力を解放しようとした時、スペルカードを吹き飛ばされた。その際に異次元紫へ向けていたのは右手だった覚えがある。

 肉がズタズタに引き裂かれ、骨が露出する肘から先のない右手では刀を引き抜けない。なのに、私の頭は肘から先にまだ手があるような感覚がしており、咄嗟に右手を使おうとしてしまう。

 左手で刀を引き抜こうとするが体が弱ってきているらしく、突き刺さった得物はしっかりと壁に食い込んだまま動かすことができない。

「くっ………」

 終わりだと異次元紫が数百本の刀を私へと向けた。これだけ戦ってきたが、私の悪運も尽きる。仇を取れなかったが、二人は私を許してくれるだろうか。

 異次元紫との距離が離れていて声は聞こえなかったが、動く唇は死ね。その一言だけ呟いた。奴は言霊を刀に乗せ、死を送り届ける。

 ぼんやりと異次元紫と飛来する日本刀を眺めていたが、さらにその奥が見える。目の前の事ばかりで気が付かなかったが、死の間際となり妙に頭が冷静に働いた。

 げっそりと瘦せこけた龍神が横たわっている。それを見て、私も奴の様に殺されると現実を見据え、死を受け入れるか。それとも、何かを思いつくかの分岐点に立たされているような気分に陥る。

 見過ごすか。それとも、選択するか。どちらかなんて、考えるまでもない。私は最後まで、あの子たちに笑われるようなことをしたくはない。

 腹部を縫い付けている刀、後方の瓦解した壁と体の境界を曖昧にさせた。異次元紫がスペルカード時に見せた回避方法だ。穴を開けて物質を通り抜ける仙人とはまた違った形で、壁の中を通り抜けた。

 微調整は思ったよりも難しくはなかったが、気を抜けば私は岩や刀と融合してしまうため、しっかりと通り抜けられたことに安堵した。

 私はまだ死んじゃいない。戦った末に死ぬなら本望であり、私の能力不足となる。だが、諦めて死ぬのは違う。諦めるのは、死んだ後だ。

 私が今し方通り抜けた壁に大量の刀が突き刺さったらしく、貫通した切っ先が壁から覗く。鍔で遮られ、それ以上進む様子はない。

 奴が弾幕を放とうとする音が聞こえる。建物ごと破壊され、生き埋めになるのはごめんだ。走り出そうとするが、足元がおぼつかない。身体強化を施していなければ、倒れ込んだまま動けなくなっていただろう。

 近くの窓を蹴り破りながら外へと飛び出した。当然だが出口は見張られている。異次元紫の雨のような弾幕が私へと飛来する。

 異次元紫からの魔力の弾幕と、離れた位置からスキマによる弾幕。交差する攻撃に逃げ場が下がるしかないが、逃げなくとも切り抜けられる。

 スキマ世界のどこでもいいが、境界線を引いた。場所は私たちの居る座標よりもはるか下側にだ。その境界に加えた性質は、地平線。

 地上と空を別つ境界線は、スキマ世界に存在しない、重力の性質を発生させる。縦横無尽に漂っていたあらゆる物体が、私が地上とした位置へと落下していく。

 無重力状態であることが前提で撃ち出された刀の弾幕は、重力に引かれて急激に落下する。私よりも遥か下を弾幕が通過し、重力に影響されない魔力の弾幕をかわした。

 重力に従って落下する私を追い、異次元紫がスキマからの弾幕を放つが、この世界の戦闘に慣れすぎて、刀や鉄筋は私を掠りもしない。

 地上に付くと同時に、スキマを開いて中の物を取り出そうとするが、傍らに私の物でないスキマが開いた。撃ち抜かれると身構えた私に、スキマから飛び出した異次元紫が掴みかかり、腹部に刀を抉り込ませてくる。

「ふ…ぐっ…!?」

 呻く私を異次元紫が蹴り倒し、頭部を串刺しにしようとする。だが、刺されそうになるギリギリで、スキマ内部から取り出せた物体に目が入ったのだろう。

 ただの瓦礫の一つにしか見えなかったのだろうが、自然に割れたにしては表面に凹凸もなく滑らかな石。手のひらサイズの円柱物体は、太さが五センチから六センチ程度はあり、半ばから左右に細い枝の様なものが飛び出している。

 考古学でもやっていなければただの石ころにしか見えなかっただろうが、私が握っているのは巨大な脊柱部分の骨だ。

「それは…!?」

 初めて、異次元紫が焦りで顔を歪めた。それはそうだ、ここにきて異次元紫は私の目的に気が付いた。名もない動物の骨は、龍神が地上に姿を見せるのに必要な条件の一つだ。

 天は地上との地平線を引くことで発生し、海と雨は、すぐに向こうからやってきてくれる。

 異次元紫が浄化の炎から逃れる際に、水を外の世界から引っ張って来た。それが上空から雨の様に降り注いできた。一時的な事象で雨とは言い難いが、境界を操ることで無理やり雨とする。

 雨が降り注ぎ、肌にこびり付いた血糊を洗い流していく。倒れ込んでいる私へ、三つのアマが揃う前に殺そうとする。しかし、刀を振り下ろそうとする前に、甲高い陶器に似た物体が割れる音と共に、何かが落下してきた。

 前の形がわからなくなるほどに粉々になってしまうが、それがなんであるかは元を視なくても私たちにはわかった。

 これまでのスキマ妖怪がやってこなかった戦法であるのは、龍神が生きていた事で証明されている。龍神が死んだと確証を持てなければ、この思い付きである作戦を遂行できなかっただろう。

 もっとも悟られそうだった天を作る作業は、私が弾幕を避けるのに重力を発生させたため、逃げる為だと見過ごされた。

 魔力で制御したわけではない。独りでに名もなき骨から電流が生じた。黄色い静電気が瞬いた瞬間、これまでに見たどの雷よりも猛烈な雷光を燦爛させた。

 閉じ込めていた時点で龍神との関係は敵対的であるため、異次元紫に不利に働くはずだ。この世界に攻め込んでいるため、私も消し飛ばされる対象になりかねないが、それでも奴が逃げないようにここに縫い付けなければならない。

 天とした、雨とした空間を、霹靂が駆け登る。鼓膜だけでなく、体全体を揺らす怒涛の雷鳴は、龍神の咆哮のようだ。

 鼓膜が破れてしまったのか、それとも雷鳴で掻き消されてしまったのかわからない。奴が何かを叫び散らしているようだが、認識することができない。

 だが、私は逃げようとする異次元紫の胸ぐらを掴み、ほくそ笑む。とても、自慢できるような戦い方とは言えなかったが、私の勝ちだ。

 顕現した龍神の大きさは、そこらに転がっている亡骸とは比べ物にならない程に巨大で長い。懐かしさすら感じる空を覆う程の巨躯は、十分なほどの広さを確保していたはずのスキマ世界ですら窮屈そうだ。

 あんな醜い姿だった龍神は欠片も残っていない。立ち振る舞いは神々しさがあり、最高神に恥じないだろう。

 瞳だけでも大の大人よりも大きく、睨まれた私はその気迫に動くこともままならない。龍神の方を見ずにスキマへ逃げ込もうとしていた異次元紫も、その気配を肌で感じたのだろう。体を硬直させている。

 なぜなら彼の見ている瞳は、怒りを示している。龍神が感情を抱いているというのは珍しいが、それだけの事をしでかしたというのだろう。

 口から剥き出しの牙は全てを穿つ強固さを持ち、喉から奏でられる唸り声は、腹の底まで響く重音だ。

「放せぇ!」

 出血で弱り切った私は、魔力で強化しても異次元紫を留めることができない。振り払われてしまうが、ここに留めて置くのには十分だ。

 龍神はスキマ世界どころか、幻想郷自体を消し飛ばせる力の持ち主だ。私と異次元紫を跡形もなく消し飛ばすなど、造作もない事だろう。

 彼が力を振るってから間もなく、私の意識は途切れるだろう。瞳を閉じ、瞼の上からでもわかる閃光と、空気が揺らぐ轟音に身を任せた。

 異次元紫も龍神の放った力の影響を受けたのが見えた気がした。自分の計画は全て失敗し、最後は他人任せとなってしまい。これ以上ないぐらいに惨めな戦いだった。それでも、彼女たちに笑われない様にできていただろうか。

 最後にそんな事を思いながら、意識を失った。

 

 

 

 腐りかけの血の匂いは、鼻道を潜らせるだけで胸糞が悪くなるものだ。それに比べて、新鮮な血の匂いは、どれだけ心地い事だろうか。肺一杯に吸い込んだ血生臭さを鼻で、肺で、脳で謳歌する。

 生物を殺した感触がと合わさり、脳内に快楽物質が分泌されているのか、快感を覚えると同時に開放的な感情が沸き上がる。

 目の前では、身体強化の施された手で貫いた妖怪が苦しそうに顔を歪めており、その姿もまた私の感情を揺さぶる。

 胸を貫いている手が気道と肺を損傷しているらしく、喉を満たす血液を吐き出したくとも吐けないらしい。ゴボゴボと喉を鳴らして口の中を真っ赤な泡沫で満たされている。

 口の端からは唾液と血、泡が混じった体液を垂れ流し、徐々に意識を失っていく河童から腕を引き抜いた。心臓も諸共拳で打ち抜いているため、いくら妖怪と言えども数分と持たずに死ぬことだろう。

 その愉悦を食らい、最大限に愉しもうとしているとしているが、後ろから邪魔が入った。とっくに野垂れ死んだと思っていた、ナズーリンが魂魄妖夢が装備している観楼剣を私に振りかかってきた。

 扱う者がグズでも、得物の切れ味が良ければ私に致命傷を与えることはできる。すんでのところで避け、距離を置きつつ彼女と十年ぶりに会話を交わした。

 彼女の内面は、過去に殺そうとした時と全く変わっておらず、以前の温い世界の倫理観を私へ押し付けて来た。私は周囲の状況に合わせ、変化する。当然話が噛み合うわけもない。

 足を引きずり、震える腕を何とか支えながら、戦う意思を見せた彼女からよく切れる刀を叩き落とした。特別なことはない、この十年間で戦闘の経験を育んでこなかったのは、立ち振る舞いを見ればわかる。

 少し小突いてやれば、馴染んでいない刀など簡単に取り落とす。金属音を鳴らし、切っ先が草をかき分けて乾いた地面に突き刺さる。この刀をかわりに使って斬り刻んでやってもいいが、得物は性に合わない。そのまま掴みに行く。

「うぐっ!?」

 力関係は天と地の差があり、軽く掴んだだけで呻き声をあげて、こちらへ危害を加えることなどできなくなった。

 小柄で、年端も行かない少女に見えるが、数百年は生きている歴とした妖怪だ。今は片方しかないが、頭部には鼠と同じ耳が生えているのが証である。

 腕と足に残る切創痕や火傷の痕はかなり新しいように見えたが、この数日はかなり戦況が動いたためそれに巻き込まれたのだろう。体の各所には、まだまだ傷があるようだ。

 しかし、あれだけの啖呵を切っておいて、この体たらくとは拍子抜けもいい所。この戦争でよく生き残れたと感心していたが、どうせ逃げて逃げ続けていたのだろう。

 首を掴んで持ち上げると、首に全体重がかかり、気道が塞がれるのだろう。青い顔をして藻掻きだした。

 私が倫理の道から外れた方法で力を強化しているというのもあるが、ここまで弱かっただろうか。こんな奴を助ける為に、一輪や村紗が犠牲になったと考えると、哀れでならない。

 このまま、小傘を殺した時の様に首を捩じ切ってもいいのだが、どうせなら私の糧になってもらうとしよう。首を絞め上げたまま、左手でナズーリンの肩に触れた。

 爪を食い込ませ、皮膚を貫いた。魔力の質も身体の強度も違う。強化された握力では、皮膚を引き裂くだけではなく、肩の骨を砕いてしまったのだろう。締め上げている喉仏が震え、くぐもった絶叫を上げる。

 戦力差をわかった上で挑んでくる度胸は認めるが、痛みに慣れていないのは致命的。その痛みから逃げる事しか考えられなくなり、一手遅れを生む。

 彼女に考えさせる暇を与えず、体の一部を握り潰していくことで持続的に激痛を与え続ける。その内にナズーリンの肩を掴んでいる左手に彫られたタトゥーの効果を発揮させた。

 人体を丸ごと溶かして濃縮し、墨と混ぜ込むことで強力な魔法を起動するための基礎をつくる。魔力は生きている生物の中を特に通りやすい。魔力を扱える人間であればもっと効率はいいが、今回の場合は命を丸ごと使って濃縮した分だけ質が向上し、私以上の質を実現した。

 人命をふんだんに使った墨で手掛けた術式は、スペルカードと同じ原理で発動するが、一つ違うのは命を消費した魔力が合わさり、効果が倍増するところだ。

 私の左手に手掛けた術式は、掃除機の様なものだ。魔力を対峙者から無理やり吸い取る作用を持つ。通常ならば、魔力を扱えない者や格下にしか使えないが、入れ墨で威力を底上げしている。今であれば博麗の巫女だとしても命が尽きるまで、魔力を毟り取ることができるだろう。

 まだ生物に対して試していないため、左腕の前腕に施した入れ墨の術式を発動しようとするが、いつまで経っても私の中に彼女から吸い取った魔力が入ってくることがない。

「…?」

 人体に試したことはなくとも、戦闘前に植物等で実験した時には魔力を吸い取り、枯らすことには成功した。それ故に吸収できなかったことで、反応が遅れた。

「はっ……なせ…!」

 ナズーリンが大量の弾幕を放ち、私の拘束から逃れた。身体強化を施しているのと、そもそも威力のない彼女の弾幕を避ける必要はないのだが、状況整理のため素直に私も距離を置いた。

「うっ……くぁっ…!」

 爪が食い込み、骨を折った場所が痛むらしい。肩を押さえて、呻く。十年前の様にさっさと逃げればいいのに、彼女はあえて立ち向かう事を選択した。震えて覚束無い右手で傍らに落ちている刀を拾い上げ、こちらに切っ先を向ける。

 刀が重いのか、それとも震える右手のせいか、武者震いか。小刻みに私へ向けている刀が揺れている。

 いいでしょう。ならばお望み通り、原型もなくその体を吹き飛ばしてあげよう。だがその前に、彼女から魔力を吸収することができなかった理由を探る。

 黒い入れ墨の彫られている左手に目を落とすが、腕の外側には全く異常は見られない。手のひらをぐるりと外側へ向け、腕の内側に視線を向けると、彫られた入れ墨にかぶる形で、肉体が抉られている。

 彼女が奇襲で私に仕掛けて来た斬撃ではない。斬撃にしては傷は浅く、広い。胸を貫いた河童が、最後の抵抗で弾丸を放ってきたが、肌を掠っていたのだ。

「っち…」

 このタイプの術式の便利なところは、魔力を流しただけで効果を発揮できるところだ。だが、その反面、術式を壊されると発揮できなくなる。

 多少傷がつく程度だったり、切断されたとしてもぴったりくっつけることができれば問題ないが、皮膚の一部が弾丸で抉られているため、術式が使えなかったらしい。

 これが使えなければ、そもそもの私の計画が狂う。これ以上こんなところで道草を食っていられない。ナズーリンをさっさと殺し、向かうとしよう。

 身体強化の術式は起動したままだ。動きづらそうな足でどうにか立ち上がっているナズーリンへ跳躍し、拳を掲げた。

 この入れ墨を入れる前、十年前の動きにすらついてこれていなかった彼女はこれで終わり、構えるまで行っていない彼女の表情は、私の動きを目で追えているかすら怪しそうだ。

 右腕を振りかぶり、片耳しかない彼女の頭部を真上から叩き潰した。ガツンと腕に伝わる衝撃は、目標の体重が無いからか、存外軽い。

 手ごたえはなかったが、弱い彼女を殺すのには十分すぎたようで、砕けた頭蓋と脳漿を地面にまき散らす。折れた首を傾けながら身体がゆっくりと傾いていき、前のめりに倒れ込んだ。

 頭が吹き飛んだことを体がまだ理解していないのか、時折指先や脚を痙攣させている。そこそこ力を込めて殴りつけたが、雑魚相手にはやり過ぎた。

 霧雨魔理沙の所に行く前に、つながったままの向こう側の世界に行かなければならない。左手の軽い銃創なら即座に直せるのだが、入れ墨まで再生させることはできない。

 これから墨を作り直すのは面倒だし、時間がかかってしまう。手っ取り早く傷を治し、かつ、術式を治せる場所へ行かなければならない。

 普通の薬なら無理でも、入れ墨までも治せるぐらいの薬はあるだろう。なかったとしても、能力で作らせる。

 跳躍しようと腰を落とした時、右足に痛みが生じる。体のバランスが崩れるが、倒れ込まないように踏ん張った。何があったのか、足元を確認する前に後方から殺意を感じ、振り向きざまに防御の姿勢を取った。

 胸元に構えていた手の平を何かが貫いた。何かと明言していないのは、私が知らない武器だったり、早すぎて認識できなかったわけではない。振り返ったところには何もいないはずなのに、何かに貫かれた。

 咄嗟の反応は遅れたが、そのまま胸を貫かれる鈍間ではない。一瞬だが手のひらを貫いた傷の形状が見えた。ナズーリンが使っていたような刀ではない。

 円形で、切ることではなく貫くことに特化した得物。刃の根元に達すると、左右に金属の感触が広がっているため、先が三つに分かれている三叉槍なのが刺された手の感触からわかる。

 ただの槍であれば、誰かを特定できなかったが、三叉槍を使っている人物と言えば、身内に一人いた気がする。いや、元身内か。

 得物や得物を握る人物が見えなかったのは、正確に認識することができない状態にされていたというわけだ。それなら足の悪いナズーリンが、私のすぐ近くに接近できたのもうなづける。

 彼女の存在自体の認識をなくしているのではなく、彼女の姿を認識できなくなっているだけ。これならば気配や殺気で戦えないことはない。

 手のひらのど真ん中を貫いている三叉槍を握り込み、槍を持ち上げた。やけに得物を携える人物が軽く感じたが、得物を手放していないのであれば問題ないだろう。

 背負い投げの要領で槍を振り回し、三叉槍を刺突してきた人物を地面に叩きつけた。ナズーリンよりは頑丈だった覚えがあり、この程度でも死ぬことは無いだろう。

 槍から手を引き抜き、頭を叩き潰した血まみれのナズーリンを踏み越えて強襲者の元へと歩み寄る。彼女の戦闘する記憶からおおよその距離感を想定し、その辺りをまさぐると草とは違う繊維質の感触を指先に当たる。

 声が聞こえないところから、音の認識も周囲に溶け込むように能力を使っているようだ。しかし、この透明人間の正体を私は知っている。彼女は認識をずらす形で能力を使用するが、元がわかっていれば脅威には成り得ない。

 透明というよりも、別の風や草、そこらの石ころにでも見えていたのだろう。徐々に彼女の身体が浮かび上がり、四肢を投げ出して起き上がる素振りもないぬえが現れた。

「うっ……くっ………」

「久しぶりですね。あなたも、随分と変わったようで」

 もっと標準的な体型だったはずだが、かなりやつれて痩せている。槍を持ち上げた時に軽いと思ったが、そういう事だったようだ。

「……」

 大の字になって倒れている彼女は見下ろしている私と目が合うと、ぶるっと小さく体を振るえさせた。後ろから刺すことはできても、正面からはまともに顔も見れないらしい。

「十年ぶりだというのに、結構な挨拶ですね」

 体に書き記した術式に魔力を通し、治癒を発動させて手のひらに空いている傷を塞いだ。その回復の速さは、数分もあればなる程だ。

「……」

 彼女に語りかけても、返答を返してくることはない。道草を食っている暇はないため、十年ぶりの感動的な再開をしたとしても、すぐに殺す。

「そうですか。じゃあ、死んでください」

 彼女の頭を踏み潰そうとするが、倒れている彼女は震えてきつく一文に結ばれていた唇を開いた。

「聖……私たちに教えを説いていたあなたは、少しでも残っていますか?……良心の呵責が少しでもあるなら、こんなことは止めてください」

 この子は十年間何をしていたのだろうか。どう過ごしたら、今更こんなことを言えるのだろうか。良心の呵責があるかどうか、行動で見せてあげよう。

 右腕の術式に魔力を流し、倒れ伏しているぬえへ放った。殺そうと動く私の姿を見て、彼女は涙を見せるが、そんなものに私の心は揺るがない。呵責など、あるわけがない。

 悲鳴一つ上げなかった事だけは褒めてあげよう。私が行くことはないが、あの世に先に旅立った子弟達によろしく言ってもらおう。

 上からの強力な攻撃に、地面に大穴が空いている。河童たちがよく使う戦車と言われる兵器程度なら余裕で収まりそうだ。その一番の中心にはぬえであったであろう肉片が僅かに残存していた。

 作り上げた術式が、きちんと起動している事で気分はそこまで悪くはない。あとはせっかく彫った入れ墨を治すだけだ。そう難しい事ではないだろう。

 血の花を二つ咲かせて地面に横たわる妖怪たちを残し、紫が開けているスキマの方向へと跳躍した。もう少し、もう少しで永遠の命が手に入る。

 




次の投稿は9/3の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。