東方繋華傷   作:albtraum

188 / 203
自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百八十八話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百八十八話 運の介入

 人間でもそうだが、妖怪の中にも優劣がある。妖怪と言うくくりを更に分割して鬼という種族だけに絞ったとしても、その中でも優劣がある。特に戦闘能力に秀でた四天王と呼ばれるものがあり、その内の一人が星熊勇儀だ。

 怪力乱神を持つ程度の能力で非常に高い戦闘能力を誇る。戦う事が好きで、力自慢の彼女にはぴったりな能力に聞こえるだろう。しかし、元来から妖怪の力は強いものである。

 力が強いと一口に言っても様々な要素があり、星熊勇儀のように腕力が強い、伊吹萃香のように能力が強い、脳みそを使うことによる戦略が強いなどだ。

 彼女の場合は、腕っぷしで四天王の地位にまで登りつめたわけだが、強力な能力が在ったとしても、普通はあり得ない事である。

 星熊勇儀の攻撃能力は、魔力でただ強化している妖怪たちと比べれば、その力の差は歴然といえる。握れば岩を破壊できるし、殴れば妖怪だってただでは済まない。しかし、あらゆる能力が跋扈する幻想郷からすれば、ただ強いだけでは上には行けない。

 彼女が四天王と言われる要因は、ただ腕っぷしがあるなどの単純な話ではない。本質はそこではなく、目を向けなければならないのは彼女の類いまれなる防御能力だ。

 妖怪の刀も人間の刀も、銃器も関係なく勇義の皮膚を貫くことは許されない。今となっては普通となっていて気が付かないが、生物として生まれてきた時点で得物が体を貫けない体の時点でおかしいのだ。

 幻想郷でトップレベルの実力者を見ても、勇義ほどの強靭な肉体を持つ者はいない。個人の特性と言えばそれまでだが、それを差し引いたとしても得物を弾く防御力は異常である。

 例え守ることに魔力を使ったとしても、誰一人として弾幕や刃を弾ける人物はいない。だから、特性と言う一言で片づけることはできないのだ。

 勇義の防御能力は、固有の能力が無ければなし得ない。ここまで考えれば、怪力乱神を持つ程度の能力は、単なる馬鹿力の能力ではないことがわかる。

 力を与えられる範囲は非常に狭く、彼女の身体内だけに留まる。異常な怪異的な物ごと、怪しげな勇力、道理に外れる悖乱、神に匹敵するような鬼神な物事。それらが全て化け物じみた防御力を体現しているのだ。

 その、怪力乱神な防御能力を貫くことは難しい。仮に防御力を超えてダメージを与えることができたとしても、勇義自身の耐久能力が高い。倒すにはスペルカードを何十回も何百回も撃ち込まなければならず、現実的とは言えない。

 しかし、難しいというのは同じ土台であることが前提である。死に対する考え方や捉え方が、いくらか希薄している世界ならばその限りでは無い。

 現在攻め込んできている幻想郷の連中となれば、死の価値観は地を這う程に低迷している事は明々白々だ。比喩ではなく、本当にあらゆる者を犠牲にしてこの場に立っている。

 故に、前回の戦闘で勇義は、異次元妖夢に腕と足を切り裂かれた。これをもっと深くとらえなければならなかったのだ。異次元聖の弾幕を自分と同じ世界の弾幕と、同列に考えるべきではなかった。

 

 

 あらゆる弾幕、あらゆる刀剣、あらゆる火器を弾く鉄壁と言える勇義は、いともたやすく弾幕が貫いた。

 鉄壁と謳われた肉体は、防御力を発揮できずに抉られ、血潮を散らす。着地して、異次元聖へ向かおうとしていた勇義をあろうことか後方に吹き飛ばし、大黒柱に縫い付けた。

 何百年も生きていれば、勇義の立ち振る舞いは見たことがある。普通の妖怪では、できない大立ち回りだった。

 それが仇となり、避ける気配すらなかった彼女は、まともに正面から弾幕を受けた。柱をへし折りながら倒れ込み、ダラダラと血を流す右肩を見て少し思考が停止しているようだ。

 その内に異次元聖が走り出し、尻もちをついて驚いている勇義へと向かっていく。いつもの通りにならなかった事と、スペルカードでもない攻撃で損傷を受けたことが重なり反応を遅らせた。

 とはいえ、勇義もこれまでに何百回も戦ってきたであろう戦闘のプロだ。自分よりも強い妖怪と戦う機会は少ないだろうが、遅れながらも異次元聖の攻撃に間に合わせた。

 立ち上がり、折れた柱をまたいで跳躍してきた異次元聖へ真正面から拳で迎え撃つ。右腕は肩をやられた時に、鎖骨も一緒に損傷したのだろう。利き腕ではない握り込んだ左手を掲げ、顔面へ叩き込んだ。

 異次元聖も負けじと勇義に拳を繰り出し、胸に打撃を食らわせる。どちらも一歩も引かない進撃は、お互いがお互いの攻撃力を踏ん張れずに後方へと吹き飛んだ。鬼は入り口の方へ、僧侶は廊下の奥へと飛んでいく。

 二人が起こした拳圧は、壁にはめ込まれている窓ガラスを全て砕き、逃げ遅れていた兎や人間たちを煽って転倒させていく。威力の高さをそれだけでも感じる。

 勇義の一番近くにいたてゐは吹っ飛ばされ、ベット代わりに使っていた椅子や救急箱を巻き込んで壁際で倒れている。

 そう言う私も、飛んでくる木屑や吹っ飛ばされた椅子などを避けるので精一杯で、勇義へ援護をしてあげることもできない。

 跳躍してきた異次元聖と違って、地面に足をついて攻撃を受けた勇義の復帰は早い。タイルをその強靭な脚力で捲りながら減速し、外へ飛び出す手前で停止する。

 止まった勇義はすぐさま飛び出しそうだったが、受けた攻撃を受け流し切れなかったのか、珍しく片膝をついた。

 彼女のイメージや聞く話から、そういった姿を見せることはないと思っていたが、ただの噂話か。それとも、ここに担ぎ込まれた時のように、それ以上の相手と対峙しているのか。

 今回は、どうやら後者のようだ。肩を撃ち抜かれた時と同様、勇義は物珍しく自分の腹部に目を落としている。服の上からでもわかる程に血が滲んできている。

 派手な見た目の服が、着用者の血で汚れていく。布が保持できる水分量を超え、雫となって捲れたタイルの床に落ちていく。白い床に落下した正円の赤い粒は、弾けて薄く広がっていく。

 指先ほどの小さな赤い花を咲かせる。一滴目が落ちてから、二滴目も程なくして重なる形で垂れた水滴は、同じく小さな広がりを見せる。白いタイルには真っ赤な血はよく目立つ。

 曇天の空に浮かぶ太陽のように描かれた、不格好な小指程の絵画を勇義は踏み壊し、真正面で同じく立ち上がった異次元聖と対峙する。

 腹部からの出血はそれなりに強そうだが、彼女はそちらには見向きもしない。彼女が見ているのは正面の敵だけだ。しかし、向けている理由はほかの人物とは異なるだろう。

 出血するほどのダメージを受けた経験は、少なからずあるとしてもそう多くはない。慣れない負傷に慌ててもいいのだが、彼女はそんなことでは狼狽しない。

 口角を上げ、笑って見せた。異次元聖の笑みに含まれる卑下や悪意、憎悪といった負の感情は一片も見当たらない。純粋に戦いへの欲求を謳歌しているのだ。

 一抹の不安など無く、喜んで異次元聖へ向けて跳躍した。ようやく現れた自分以上の実力者であり、対峙できた喜びに打ちひしがれる姿は、戦闘狂と言う他ない。

 しかし、戦いを悦び身を投じようとしている所を悪いが、私も異次元聖との戦闘に加勢する。奴と話している時に他の兎に取りに行かせていた弓に矢を番え、廊下の奥にいる異次元聖へ隠れていた壁から姿を見せながら矢じりを向ける。

 矢を射る際には集中力が命だ。ほんの十数メートル先だったとしても、状況によって命中率が大きく異なる。頭のスイッチを治療や逃走から戦闘へと切り替え、瞬発的に集中力を高める。

 視覚以外の五感を全て殺し、あらゆる情報を遮断する。逃げ惑う人々の声、勇義の嬌声、自分の心臓の音でさえ彼方へと置いて行き、極限まで雑味を削いだ集中力を発揮したと同時に、矢を保持していた指を放した。湾曲した木が元に戻り、弓勢を付けた矢が射出された。

 魔力の作用により、撃ち出されると同時に音速にまで加速される。多少面食らったところはあるが、概ねいつもどおりに撃つことができ、矢が異次元聖を捉えた。

 姿を晒してから放つまでに大した時間はなかったと思っていたが、異次元聖は心臓を狙っていた矢を避け、右肩に被弾させた。

 指を緩めるまでは動いているように見えなかったが、強化された身体能力を持ってしても音速を超える矢を避けるには至らなかった。とは言え、当たれば致命傷となる体の中心線をずらされた。

 洞察力か、獣並みの勘が彼女を直前で突き動かしたのか。理由はどちらでもいいが、奴の目標が勇義から私へと切り替わった。

 ぎらつく目が私を捉え、飛びかかってこようと腰を落としていく。弓や弦が放った反動で弓返りし、矢を再度番えるのに時間がかかる。

 向かっている勇義の攻撃をすり抜け、こちらへと跳躍してくる異次元聖に再度矢を放つ時間はない。引き際を誤らず、私は後方へと飛びのいた。

 壁に亀裂が生じたと思うと、使われている木材がガラス細工や豆腐なのではないかと思える程に砕けていく。瓦解する壁を突き抜け、入れ墨だらけの腕が掴もうと伸びてくる。

 掴まれれば終わりなことは明白であり、更に後方へと飛びのきながら番えた矢を崩れていく瓦礫の中心へ放った。移動しながらの射撃には慣れていなかったが、魔力の作用で狙った場所へと飛翔する。

 瓦礫から伸びた腕と肩の位置から、異次元聖の胸の位置はおおよそ掴んでいる。殺せなくともダメージを与えられると思っていたが、音速を超える矢を何かが半ばから切断した。

 柔らかくしなる様子は得物の挙動ではなく、生物的意思を感じさせる。腕や脚が矢を切り裂いたのではない、蛇のようにくねくねと動くそれが尾だと気が付くまでに一呼吸の間が必要だった。

 狼などの毛に覆われている物とは違い、黒い肌が露出している事で認識に遅延が生じたのだ。見たこともない異形の形状は、地上の生物が持つ尾とは決定的に異なる。

 矢を叩き折る所までは早すぎて朧げにしか見えなかったが、瓦礫の中へと戻っていくまでの一瞬だけ尾の動きが遅くなり、形状の詳しい情報が目に入って来た。

 やはり尾の周りは毛で覆われておらず、先端は平べったく三角形の棘の様なものが付いている。異様な肌の質感や形状に目を奪われていたが、瓦解して積み上がった瓦礫の中から現れた異次元聖の姿には更に釘付けになった。

「……そう。何百年もあちら側に居たようだけど……どうやらただ封印されれたわけじゃないのね」

 彼女自身と言うよりも彼女のすぐ後方には、私たちがよくイメージできる悪魔が浮かんでいる。仰々しい姿と圧力は、それが幻覚や異次元聖が勝手に作り出したイメージの投影でないことを察せた。

 山羊や鹿とは似つかない巨大な角が幾本も生えており、それだけでも重々しい雰囲気が漂っている。鬼に勝るとも劣らない厳つい牙は人間の腹部程度なら一撫でするだけで、ミンチになってしまうだろう。牙や角を携える羊に似た形相からは、長い年月生きて来た私でさえたじろいでしまいそうだった。

 黒い体毛に全身を覆われており、顔などから獣のイメージが強いが骨格は人間のそれだ。腕は体毛の下からでもわかる程に筋肉質で、これまでに見たどの化け物よりも指先から生える鉤爪は強靭そうな見た目をしており、湾曲している様子が凶悪さを物語る。半身は上半身以上に体毛が濃く、羊の蹄が毛の間から床を踏みしめているのが見えた。

 しかし、その重厚な気配と裏腹に、悪魔と思われる影は徐々に薄くなって異次元聖の体の中へと溶け込んでいく。

「閉じ込められた者の心情からすれば、出たいと思うのが常。あらゆる手を講じるものです」

 そう呟く異次元聖の後方から、勇義が蹴りを放つ。最初の踏み込みの時点で気付かれており、放った蹴りから逃げようと横へと飛びのいた。

 反撃を受ければ怪我をするのは勇義の方だ。ダメージを受ける事を異次元聖もわからせていると思っていたから、そこまで踏み込んでこないと高をくくっていたらしい。

 鬼の中でも群を抜く身体能力から繰り出される脚力は、異次元聖を地の果てまで吹っ飛ばすほどの威力を持っているはずだが、壁を数枚破壊する程度の留めた。

 反撃するつもりが無かったとしても、あの体勢から攻撃を受け流せるだけの反射神経はこれから苦戦を強いられるのを容易に想像させる。

 例えある程度受け流せていたとしても、拳の三倍から四倍の威力があると言われる蹴りのダメージを全て受け流すことはできなかったのだろう。血潮が弾け、蹴りの当たった異次元聖の胸元が汚れる。

 ようやく与えられたダメージだ。番えた矢を私が放ち、勇義が走り出した。私が矢を放つよりも先に彼女は動き出し、蹴った足で踏み出そうとしていたはずだが、腰をがっくりと落として動きを止め、奴へ撃ちだされた矢を見送った。

 異次元聖が何かをしようとしたのを察知し、動きを止めたのではない。蹴りつけた足に返り血が飛び散っているように見えていたが、あれは異次元聖のではなく勇義の血だったらしい。

 返り血にしては多すぎる量、自分の血を足元に零して足を止めた。見た目はさほど大きな傷には見えないが、彼女の動きが止まる程には深いのだろう。

 放った矢が瞬く間に僧侶へと飛び込んでいく。物体の重量と速度から、簡単に心臓を撃ち抜き、致命傷を与えられるだろう。ほぼ当たっているような、触れるか否かと言ったところで矢が弾かれた。金属でできた矢じりが、箆の木製部分ごと砕け散った。

 勇義の拳を食らったとしても、異次元聖はなんてこともなく耐えていた。防御能力が向上しているために弾かれたのかと思ったが、それにしては壊れ方に違和感があり、派手に砕けすぎている。

「そう簡単に撃ち抜かせると思いましたか?ここは、私にとって重要な場所ですよ?」

 異次元聖だけではない。私や勇義、博麗の巫女も例外なく心臓は弱点である。奴が特別という事ではないが、口ぶりから何か秘密があるようだ。

 奴の体は勇義の攻撃を受けても問題のない鋼鉄並みだが、服はそうもいかないらしい。鬼の蹴りと私の矢で耐久力が落ち、攻撃を受けた部分が解れて破れてしまっている。

 少し胸元がはだけたことで、私が撃ち抜こうとしていた左胸が露わとなる。中央から少しだけ左寄りの心臓が収まっている胸元には、十字架の入れ墨が彫られている。ただ、ただの十字架ではなく、通常とは向きが異なる。

 十字の下部分が他よりも長い事で十字架として認識しているが、異次元聖の胸に彫られている入れ墨の十字架は、長い部分が上側に位置して逆転してしまっている。

 宗教や信仰には疎く、そこまで詳しくはないが、逆様の十字架は神とは相対することを意味していると聞いた事がある。それらから背くことは悪魔崇拝的な意義があり、先ほど見た異次元聖の陰にいた幻影が脳裏を過る。

 現実離れしたあの影が幻覚ではないことはわかっているが、あれの要となっているのが胸元にある入れ墨なのか。となればあの入れ墨を破壊すれば、奴が発揮している鬼にも匹敵する力をも止まるだろうか。

 破壊する方法をいくつか考えるが、それには勇義の攻撃力をものともしない防御力を貫かなければならないのだ。そんな方法はない事はないが、この僧侶がそれだけの隙を与えてくれるだろうか。

 敗色が漂ってきそうだったが、これだけ強力な力を維持するとなれば、魔力の消費量もすさまじいのは明らかだ。奴の魔力を削り切れるかが勝敗のカギとなるだろう。

 異次元聖へ攻撃にするのに一人では簡単に捻り潰されるのが目に見えており、勇義の戦闘能力が不可欠だ。なるべく奴へ刺激を与えぬようゆっくりと右手を矢が数十本入っている矢筒にではなく、ポケットへと向かわせる。

 中をまさぐり、目的の物を手に取った。薬品が私の思っている物か確認しなければならないが、片時も奴から視線を外せない。確認せずにそのまま蓋を開け、体の至る箇所に怪我を負っている勇義へとぶっかけた。

 本当なら希釈した回復薬ではなく原液をかけたいところだが、手元にないため諦めた。異次元聖には人間用に弱くしているから妖怪に効果は薄いと言ったが、全くの逆である。むしろ回復力の高い妖怪には相乗効果で回復力は高まる。

 見る見るうちに勇義に刻まれていた数々の傷跡が塞がっていく。これで彼女もいつも通りに戦えるだろう。これまでの損傷で、ただ突っ込んでいくだけでは異次元聖との戦いは、平行線もしくはこちらがじり貧になってしまうと分かってくれたらしく、不用意に突撃していく真似はしない。

「悪魔を崇拝するのはあなたの勝手だけれど、最後はどれもロクな事にはなってなかったわ」

 気が遠くなる時間をずっと過ごしてきた。ひっそりと過ごしてきたとしても関わり合ってきた人間の数は、現在の幻想郷にいる人間の総数を十倍にしたとしても一割にも満たないだろう。

 それだけの人を見ていれば、他とは異なる人間を見ることは少なくない。人数にすれば全体の0.1%以下であるが、確かにそういった思想の人間は存在した。

 多くはないが、それだけの人数がいれば少なくはないと感じる。その中で破滅しなかった者を見たことが無い。魔力を扱えるためただの人間とは違うにしても、最終的な結果は変わらないだろう。

「何を言ってるんですか?崇拝などするわけがないでしょう?私はただ、彼らと契約を結んでいるだけ」

 その内容は定かではないが、鬼以上の力を示しているのは悪魔との契約のお陰なのだろう。しかし、あれだけの力となると、その代償は彼女の命一つでなし得られるものなのだろうか。

「契約は契約でも、それだけの力には相応の代償はつきものでしょう?」

「ええ、その通りですよ。私が契約している悪魔は特に大食漢でして、代償代償と報酬ばかり求めてくる。ですがそれに見合う力は持っています」

 先ほどから見ている、勇義の攻撃に対する耐性がそうだろう。しかし、それの代償を払っている様には見えないのだ。奴一人では到底足りないであろう命の対価は、自分の物である必要はないのだろうか。

 私が訝しげな顔をしているのが見えたのだろう。異次元聖がこちらにではなく、別の方向へ歩き出した。一番最初に倉庫に突っ込んできた時に、吹き飛ばされて気絶したままの兎たちに近づいていく。

「こうやって生贄を捧げないといけないのが、面倒ですけれど」

「やめ…!」

 静止を聞くわけもなく異次元聖は何のためらいもなく左足で叩き潰した。意識はなかっただろうが、肺から気道を通って空気が漏れる呻き声と、胸を突き破った肋骨を通して漏れる出血音をあげる。

「止めろ!!」

 その行いに対し、静止を叫んだのは意外にもてゐだった。人が兎を食うことに対し、特別気にしている様子はなかったが、食うために、生きるために殺すのとはわけが違う。

 鈴仙が前に言っていた。てゐは特に頭に血が上りやすい。そして、報復や叱りを受けたとしても悪戯を止めない、言わば後先考えない性格のため、戦いに慣れていないというのに異次元聖へ向かっていく勢いだ。

 頭を掴まれ、震えていた時とは打って変わって強気な態度だが、この短時間で力関係が覆ることはない。制止して逃がそうとする私の動きに逆らい、彼女はそれでも異次元聖へ詰め寄ろうとしている。

「はっ……運しか取り柄のないあなたに何ができるっていうんですか?」

 歯をむき出しにして怒りをあらわにしようとするが、殺意がてゐに集中したのだろう。彼女の顔が引き攣り、向かおうとしていた足が止まる。震えていた時と同じ、か弱いいつもの兎へ戻っていく。

「契約に運は関係ない」

 契約は合意によって成立する。提示したメリットやデメリット、利益等を話し合った結果、落としどころを見つけて結ばれる。合理性で語られるそれに、運は介入することはできない。

 異次元聖の言う通りだ。てゐがどれだけ倒したかったとしても、奴の扱う力を阻害することができなければどちらにしろ勝てない。能力で介入したくとも、彼女にできることはせいぜい身を守ることだけだ。

 右手の人差し指をこちらへと向けた異次元聖がそう呟くと、真っ青な炎が指先から爆発的に膨れ上がり拡散する。

「燃えろ」

 異次元聖のその命令と共に、炎は意思を持って爆ぜた。魔力とは別のベクトルで作用しているのだろう。強力な魔力の流れを感じ取ることができなかった。

 衝撃波で全てを吹き飛ばしそうな勢いの炎は私たちを飲み込み、焼き尽くすかと思っていたが、先の戦闘で周囲の床が損傷していたのだろう。

 炎が膨れ上がった際の衝撃波で床の耐久能力が限界に達し、炎よりも早く亀裂がロビー全体を走り抜け、白いタイルが砕け散る。床の表面を覆っているタイルだけでなく、その下にある木製の地盤も限界を迎えていたらしい。

 先ほど、てゐは異次元聖に太刀打ちできないと言ったが、奴の能力面ではなく戦闘であれば介入できる。この運の存在は大きい。

 陶器質と木製の床が砕け、異次元聖を除く全員が地下室へと落下した。数メートルの高さから落ちても、体勢が悪ければ大けがを負うこともあるが、魔力で強化されていればまず負傷することはない。

 戦闘に慣れている者ばかりではないはずだが、意外にも着地が上手くいかずに倒れ込んでしまうことはなかった。異次元聖が生み出した炎は横や上へ向かう力は強いが、燃え上がる性質上下方向への移動には弱いらしい。

 てゐの人を幸運にする程度の能力は、彼女を見た者の運気を単純に上げるものではない。運気の流れを操作し、敵と味方の運気の上げ下げを行うことができる。

 しかし、どれだけ運気を上げることができたとしても、てゐ曰く運気には波があるという。いい時もあれば、悪い時もある。常に運を良いままで保つことはできないと聞いた。

 てゐで言い表すのであれば、悪戯を成功させる運の良さがあり、その報復を受ける運の悪さがあると言ったところだろうか。

 崩れた先は床下の地面ではなく、私が新しい薬を作り出すときに用いる地下室に落下した。研究室の中には完成された薬、試作途中の薬、薬を作るための液状の溶媒や固体状の溶質が大量に置いてあったはずだ。

 溶媒や溶質はそれ単体でも効果を発揮する物もあれば、複数の組み合わせによって効果を発揮する物もある。組み合わせによっては千差万別の反応を見せてくれるのだが、必ずしも人体に良い影響を与える薬ができるわけではない。

 組み合わせによってはかなり危険な効果を持つ薬だったり、爆発する恐れのある溶媒を経て制作することも少なくない。薬を作る際にはかなり気を使って少量で試し、爆発する恐れのないかどうかを確認することもある。

 そうやって気を使って薬を制作している場所に、大量の瓦礫が雪崩れ込み、棚や机の上に雑多に置かれていた薬品をなぎ倒した。

 棚が潰れるか倒れ、机の上に木片と一緒に薬が収められている瓶が投げ出され、次々にガラス片をまき散らした。

 ビーカーや試験管、陶器やガラスのボトルに入れられているが、天井と床の重量にほとんどの入れ物が砕けて中身を外界へ曝露した。

 あらゆる物質が混ざり合い、複雑な反応を起こしていく。机や棚を潰した床の上へと着地した私たちに、薬品が混ざる異臭が鼻孔を激しく付く。

 透明の水のようにしか見えない薬品は様々な反応を見せる。知らない、未知の反応。冷却反応で冷えたり、発熱反応を起こして沸騰する薬もある。揮発性の高い薬品の匂いが周囲に充満する。

 冷却反応はいいが、問題なのは発熱反応だ。熱が加わることにより、新たな化学反応を呼ぶ、熱が数百度に達すると火の気がなくとも引火する。

 炎による燃焼は、更なる反応を促す。数十種類からなる液状の薬、数百棲類の薬品が掛け合わさることで混合物が生成されていく。

「うっ…!?」

 むせるような刺激臭を取り込み過ぎると体へどのような影響があるのかがわからない。鼻と口を手で覆い、体に取り込まないようにするが、発生した煙は口や鼻だけでなく目や皮膚に触れただけでもヒリヒリと痛みを生じる。早く地下室からでなければならない。

 地下室への入り口は、部屋の中から見れば押戸であるため、落ちた瓦礫で塞がれることはない。

 てゐと勇義を出口へと誘導しようとするが、生成された名要しがたい薬品から発せられる刺激臭に目をやられているのか、小さなウサギは足取りが悪い。

 幼い彼女の手を引いて連れて行こうとするが、瓦礫に足をもつれさせて中々思うように移動できない。勇義もつれていこうとするがこの戦いを楽しんでいるのだろう、発生した燃焼性のガスの中でスペルカードを胸元から引き抜いた。

「勇義!そこは危ない!逃げて!」

 可燃性のガスに炎が引火し、地下室全体に火の手が広がる。炎に焼かれる直前に廊下に逃げ込めることができたが、それだけでは足りない。薬品の蒸気に充てられて涙が出そうになる目をこすりながら、階段を駆け上がる。

 地下室はもう一つある。今の部屋は作る場所であるが、隣にはあらゆる溶媒や溶質を貯蔵しておく貯蔵庫が隣にあるのだが、そこには発火性が強すぎる火気厳禁の物質や温度変化に著しく弱い薬品が保管されている。

 中でも、特殊な薬を作り出す際の副産物として生成される銀雷が保管されており、廃棄する直前だったため大量に保存されていた。摩擦や衝撃に過敏に反応するため、炎や研究室で起こった小規模の爆発の影響を多大に受けた。

 てゐを抱えたまま、階段を駆け上ろうとした瞬間に保管庫に保管されていた雷銀が爆発を起こしたのだろう。轟音と衝撃と共に爆風が階段に殺到し、階段上の廊下まで吹き飛ばされた。

 部屋の外に逃げていた為、ビーカーや瓦礫の破片に当たることはなかったが、煽り飛ばされた事で背中を強かと壁に打ち付けた。それだけでは収まらず、壁を破壊して診察室の中へと転がり込んだ。

 瓦礫からは逃れられたと思っていたが、煽られた風に乗って廊下にいた私にまで達したらしく、腕や脚に痛みを感じる。薬の匂いが立ち込める診察室内に、私の体から流れ出た血の匂いが立ち込める。

 私が身を挺して庇ったおかげで、てゐは怪我がないようだ。元より戦えない彼女は、手から離れて窓を開けて逃げようとしているが、はめ込み式で開閉のできない窓を恨めしそうに見上げている。

 地下で薬品による小規模の爆発が続いているため、今更窓の一枚程度割ったところでどうってことはない。しかし、あの僧侶が同じ階にいる事を考えると、大きな音を立てて自分の居る場所を晒したくないのだろう。

 机の上に置いておいたはずの回復薬が揺れで倒れてしまっている。それを乱暴に掴み取り、中身を破片の当たった場所へと振りかけた。魔力で体内に残留する破片を傷口から押し出し、傷を再生させた。

 爆風と壁に叩きつけられた衝撃でも折れていない矢を矢筒から選び抜き、弓に番えた。異次元聖が発生させた炎は爆発の爆風で上空へと吹き飛んだらしいが、生贄を捧げて命の代償によって作り出された炎はまだ掻き消えてはない。

 燃やした屋根を腐らせ、朽ち果てさせていく。あれに当たった未来を想像するだけで戦意が削がれてしまうため、無理やり意識の外へ放り出した。

 壊れた壁の穴から異次元聖を捉え、番えた矢を引き絞った。命の危機を感じるたびに思い出す、正確な年数を思い出せない程大昔に行った闘争と逃走。あの時に比べれば、今の状況はまだマシだと思えた。

 思い返す逃走劇と今の状況はまるで違うが、危険が迫っているという点に関しては同じだ。

 私にはまだやらなければならないことがある。最後まで見届けなければならない。絶対に、切り抜けて見せる。

 引き絞った矢を、異次元聖へと撃ち出した。




次の投稿は、10/1の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。