東方繋華傷   作:albtraum

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と言う方のみ第百八十九話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百八十九話 弔弾

 人間と妖怪の平等は、必要とされていなかった。誰でもいいわけではなかったが、魔法を扱う僧侶は必要とされていなかった。必要とされていたのは、聖が提唱した宗教だけだった。

 向けられる奇異な目、手のひらを返したような対応。人間を見るような目ではなく、化け物を見る目の人間に迫害され、僧侶は魔界へと追いやられた。

 人間と妖怪の軋轢が想像以上に深い事を理解していなかった彼女は、自らの軽薄さを嘆いた。外界と魔界では時間の流れが異なるが、数十年、数百年、数千年もそこにいた彼女は、子弟達がすぐに来てくれない事に絶望した。長い年月かけて悪魔たちと隣り合わせの日々が続き、心を蝕まれ、全てを恨んだ。

 絶対平等主義を掲げる彼女は、掲げる思想と内側の孕んだ恨みから来る感情の乖離に苦悩を、葛藤を感じていただろう。

 だが、その葛藤は長くは続かない。たかだか十数年の期間、宗教を提示していたとしても、数千年分のつもりに積もった恨みは覆せないだろう。認められなかった理想は理想でしかなく、その儚い志は提唱する僧侶が自らの手で叩き潰した。

 僧侶でなかったとしても、気の遠くなるような話であるが、人間にしてみればもっと昔の話に感じるだろう。外の世界にとっては数百年前の話だが、最早、人間の中に異次元聖の事を覚えている人物は居らず、代替わりをして直接かかわったことのある人物など世界には存在しなくなっていた。

 しかし、彼女にとって、当時の関わった人間がいない事はさほど重要ではない。数千年前の情景をまるで昨日の事のように鮮明に思い出せる異次元聖にとって、恨みを抱いているのは当時封印してきた個人にではなく、自分を魔界へと追いやった人間という種族全体に向いたからだ。

 数千年の時を経て、異次元聖に救いの手が差し伸べられたが、それはあまりにも遅すぎた。

 魔界から引っ張り出してくれた彼女たちは、外の世界でいう数百年前の異次元聖を望んでいた。いや、彼女がそのままでいると思っていたというのが近い。

 封印を解くのがもっと早ければわからないが、封印される前の彼女は影も形も、一辺の欠片すらも残っていなかった。

 戻りたい理由が入った時と出る時で、異なっていたのは言うまでもないだろう。単なる帰還ではない。しかし、複雑でもない。同じく彼女が現世へと舞い戻った理由はシンプルに、人間たちに復讐をする。ただそれだけ。

 数千年分の底なしの憂いを、怒りを、恨みを、殺意を、そのまま返すつもりだった。時間の差異はあるが、たっぷりと味合わせるつもりだった。

 だが、復讐のために舞い戻った異次元聖はすぐには行動をとらなかった。皆殺しにしたくとも、博麗の巫女の存在や封印された当時にはいなかった数々の妖怪たち、それに加えて地底から来たという鬼。それらが鏖殺の抑止力となった。

 異変時に博麗の巫女と一戦交えたが、巫女がいる限り異次元聖の復讐は、やり遂げることはできないと察した。悪魔と契約する力を早計には使わずに、封印が解かれた際の異変では力を使わなかった。

 機を見て使用を控え、全てを殺し切る力を見つけるまで、更なる力を得られる算段が付くまでは隠し通すことにした。

 これまでに歩んで来た人生の中で人間の世界で過ごしてきた時間よりも、魔界で過ごしてきた時間の方が圧倒的に長い。異次元聖にとってこちら側の方が非日常と言えるだろう。

 存在する人物や生物は大きく違うが、食生活や生活スタイルに違いはあったとしても、天地がひっくり返る程に異なっているわけではない。そちらはすぐに慣れた。

 問題だったのは、自分がどういった教えを説いていたのかを思い出すことだ。途中で考えを改めたため異次元聖は教えそのものを止めてしまっていたり、もしくは教えを歪めてしまっていた。

 ずっと教えを続けていたこともあり、星達は前と変わることはない。だが、外と時間の流れが違い、数千年の時を経ると思い出すことは難しい。

 どうせ殺すため、人や弟子たちが離れていくことはどうとも思わない。しかし、考えが大きく変化したことで、以前と趣向が変わったことで、危険視されることを危惧した。

 残した文書を読み漁り、以前の自分に比較的寄せることには成功した。門徒たちは以前の私が主軸にいる為、それっぽい事を語る異次元聖に簡単に騙されたが、問題は外部に存在した。

 幻想郷の書記と名高い阿礼の子孫、稗田阿求。戦闘能力は皆無であるが、一度見たものを忘れない程度の能力は、異次元聖にとってある意味で天敵である。なぜ天敵であるのかは、本とは知識であるからだ。

 彼女は千年以上も続く家系であり、蔵書には幻想郷のあらゆる事象が書き留められている。昔は絶対にその本を手に取ることは許されなかったが、規制が緩まったことで異次元聖も目を通すことができた。

 残された歴史の記載、そこにはありとあらゆる問題が大小関係なく記されていた。命蓮寺の出生や教えまで詳しく書き込まれており、異次元聖が教えを思い出すのに使用したが、管理されるそれらの蔵書を手に取ったもう一つの目的は、悪魔についてどれだけ知識が存在しているのかということと、これまで起きた悪魔関係の事件を調べる為でもある。

 本は知識の結晶であり、使い方次第で知識は武器だ。悪魔について無知でいてくれれば問題ないが、異次元聖が契約している悪魔について知られていれば、それは僧侶にとって大きな弱点となる。

 紫とはまた違った危険性が、あらゆる知識を内包する年端も行かぬ少女にある。非常に頭のキレる紫は動きや言動、状況から予想するが、それが即座に悪魔と契約したと結びつくわけではない。聖と違って阿求は知識が先行するため、見破られる可能性が高い。

 悪魔と契約している事、皆殺しにしようとしている事を悟られてはならず、言動や身の振り方に気を付けなければならなくなった。

 そうして長い期間、夜な夜な力を求めて研究を続けていたが、阿求が異次元聖にとって好ましくはない発言を行ったのを、天狗が送り付けてくる新聞で知った。

 身振りで自分に害がない事をできうる限り示しているつもりだったが、経緯からして人間を恨んでいてもおかしくはないと、心の内を見透かされているように発言され、心臓を掴まれたような感覚だった。

 その発言を覆すために何かないかと探していた時、霧雨魔理沙が現れた。封印される前の私と同じようなことをし始めたのだ。魔法を使える意味での魔女だったが、私と同じように別の意味で魔女と迫害されると思っていた。

 平等と言う形ではない、別の形で手を結ぼうとする彼女は意外にも幻想郷に受け入れられた。時代が変わり、人食いではない妖怪が多く現れたことで、妖怪に対する考え方や接し方が大きく変わってきたというのが大きい。

 異次元聖はカモフラージュ代わりにするために、少女へと近づいた。数百年前に提唱した考えと霧雨魔理沙の行動には近しい物があり、私が復讐を目指しているわけではないと宣伝できるからだ。

 そうやって時間を稼ぎ、力を得る方法を模索しようとした矢先、霧雨魔理沙周囲の人物の動きがおかしい事に気が付いた。一度裏切られた異次元聖には、それが賛同する者の動きでないことが容易に読み取れた。

 そして、初めて魔力の波長を感じた時、ただの魔女でないことは魔界に行っていた為に読み取ることができた。彼女が内包して漂わせる魔力の波長は人間や妖怪とはまた違い、悪魔や神々に近い。ただ、近いだけでそれらともまた違う、変わった波長だ。

 他の者は、以前と異なる魔力へ変わったことで、自分たちよりももっと上に存在する、未知から介入を受けていると察した。

 そうして異次元聖はこれを利用するほかないと考え、霧雨魔理沙が保有する力の争奪戦に干渉することを決めた。

 異次元聖は異次元世界の幻想郷において、珍しい目的で参戦している。8から9割の人物が自らの力を高めるために戦っている。残りの人物が力を求めていないと言えば噓になるが、力を得るのが目的ではない。目的の過程において力を得る必要があるから戦っている。

 前者と後者、似ているようで全くの別である。頂に立つことが目的か、その頂が道の途中であるか。

 戦うのが好きだから、勝つことが好きだから、主を蘇らせるため、主を殺すため。世界のバランスをひっくり返す為、神になるため、幻想郷に永遠の繁栄を齎す為、そして幻想郷を壊す為。

 理由は様々であるが、このどれにも属さない。ナズーリンは聖の過去から、死に対する恐怖から逃れようとしたと考えていたが、彼女にはそんなものはこれっぽっちもない。異次元聖は、異次元世界における唯一の復讐者である。

 

 

 胸に刻んだ入れ墨の役割は、二つある。入れ墨本体を守ると同時に弱点である心臓の保護が一つ目の役割。二つ目の役割は、悪魔との契約を簡略化している。

 永琳達に告げた様に、私の契約している悪魔は報酬に貪欲でしょうがない。事あるごとに報酬を要求し、戦闘を一度の契約で一本通して行えたことなど無い程に。

 ただ、私もそれを良しとはしておらず、対価に見合うだけの力を要求している。命を使った入れ墨を通すことで、多少は要求される代価を抑えてはいるが、それでも勇義から放たれたスペルカードを相殺するのに、数人分の命を使った。いくらか貯蔵はしてきたが、このペースで使用していればすぐに底をついてしまう。

 左胸の入れ墨を避け、腹部へ拳が叩き込まれた。非常に高い攻撃力で、悪魔と契約した防御能力が無ければ、鬼神のごとき力を身に受け、身体がバラバラに弾けて死んでいただろう。

 私以外の者であれば、スペルカードを受けた時点で勝敗が決していただろうが、この私においては致命傷どころか傷すらも負わせられない。

 永琳達が落ちた地下室で巨大な爆発があったが、爆発の中心部にいれば衝撃波と爆風で吹き飛び、飛び散る破片で身をズタズタに引き裂かれていてもおかしくはない。その爆発でさえも勇義には傷一つ付けられないが、私の攻撃力はそれすらも上回る。

 スペルカードを放った特有の硬直が勇義を襲う。退こうとする意志を鬼から感じるが、こうやって隙を晒してくれているのを見逃すわけにはいかない。

 掲げた右手の手刀を薙ぎ払い、防御能力を無視して肉を抉り切る感触。勇義の腕を肩から切断し、そのまま吹き飛ばした。

「ぐあっ!?」

 鮮血を肩から零し、病室へと吹き飛んでいく。爆発によって表面の塗装にヒビの入る壁を破壊し、姿が見えなくなった。

 いくら永琳の薬があったとしても、腕を丸ごと再生するのは至難の業だろう。例え、そういう薬があったとしても、使わせる時間は与えないが。

 このまま勇義を追うか、それとも回復手段を持つ永琳を先に仕留めるか。しかし、私にとっては、どちらから倒そうともあまり変わりはない。

 先ほどの爆発に永琳達が巻き込まれていれば楽な物だが、落ちた先は床の影となって見えなかった。燃え盛る地下室を覗き込み、中を見回そうとするが、人型の物体は見つけられない。爆発で体がバラバラになったのかと思ったが、人体が千切れるような爆発でもなく、巻き込まれなかったと判断するのが妥当だ。

 どこに逃げたかわからない永琳を探し回り、腕をなくした勇義から離れて回復される可能性を考えるのであれば、鬼を先に片づけた方がいい。壁の奥へ消えていった敵の方へ歩き出した私の肩へと、音速で飛んできた矢が貫通した。

「ぐっ…!?」

 かなりのスピードで飛来したが、肩が外れたり吹き飛ぶことはない。回復させてしまえば見た目以上にダメージはないのだが、防御能力の弱点が露見してしまった。意識外から来た攻撃に対する脆弱性だ。

 常に防御能力を働かせることができれば、不意打ちなどに対処る必要すらなくなる。だが、契約は時間の経過でも生贄を要求してくる。悪魔が私へ付与する力に対する対価を考えると、いくら命があっても足りず、攻撃を食らうその瞬間にしか力を働かせられなかったのだ。

 刺さった矢の角度や空気を裂いた音からして、奴は後方に陣取っている。このまま無視して勇義を殺してもいいが、せっかく居場所が分かったのだ。死に急ぎの永琳はお望み通り殺してあげよう。

 次の矢が弓に番えるまでに約三秒。それだけあればこちらから反撃することができる。振り返った先に永琳の姿はないが、縦横に三十センチほどの穴が開いた壁から、矢を引く永琳の姿が見えた。

 私が魔界に閉じ込められている時間よりも長い期間、弓矢を扱っていただけはある。まだ予想の半分しか時間が経っていないはずなのに、すでに弓が引き絞られている。

 淡青色の魔力の作用で不自然な加速をする矢は、私の皮膚に当たると同時に金属の矢じりが砕け、へし折れて床へと乾いた音を立てて落下した。

 肩から引き抜き、血まみれの矢をへし折った。三射目を放たせることなく、私は右手の特定の入れ墨へ生贄で得たエネルギーを流し込んだ。

「悪魔の剛爪」

 物を爪でひっかくように、永琳達が逃げ込んでいる建物に向けて手を薙いだ。私の行動が引き金となり、不自然に風のようなものが一瞬だけ巻き起こる。風が通ると同時に十数メートルはくだらない化け物が、壁や床を切り裂いたと思える五本の創痕が刻まれた。

 陶器質の床のタイルと壁の木が砕けて破片をまき散らし、壊れかけの椅子や救急箱など、軌道上にあるもの全てを破壊した。生じた亀裂が広がっていくように突き進む爪痕は、ついに永琳が隠れているはずの部屋に達した。

 爪の深さは数メートルにも達し、床を切り裂いた斬痕の奥には土が見えた。壁際で弓を番えていた永琳も、薙いだ爪によって数枚に卸せたことだろう。

 永琳が隠れていた壁が五本の爪痕により瓦解し、中で切断された人物たちが露わとなる。どんなかわいらしい姿になっているのか、見届けようと切り裂いた部屋の方向を眺めた。

 切り裂かれて落ちた破片の上に瓦礫が積み重なり、山を成していくが部屋全体を隠せるほど高くはない。

 部屋の中は鮮血が飛び散り、致命傷を受けた人物が両断された腹部から血液と紐状の内臓を零している。しかしそれは私が死んでいて欲しいと思っていた永琳ではなく、彼女に弓矢を持ってきていた兎が転がっていた。

 苦しむ間もなく絶命したのだろう。一撃は腹部に、もう一撃は首元を直撃したようで、床に転がっている顔には焦った表情しか伺えない。

 主の危機に身を挺したのだと分かり、部下を持っていた身としてはうらやましい限りだ。その行動には称賛を与えたいほどだが、奴を殺せなかった視点でいえば罵りたいぐらいだ。

 だが、たった一度だけ部下が凌いだとしても、結果は数秒程度しか変わらない。二回目はどうやって防ぐか。飛び散った血で顔や服を汚す、てゐを盾にでも使うだろうか。

 命の代価を支払ったことで得られる力が右手に集中しようとした時、勇義を吹き飛ばした方向から複数の足音が聞こえてくる。振り返らずとも魔力の流れを感じることから、これまでは様子を伺って隠れていた妖怪たちを引き連れて来たらしい。

 荒々しい勇義の魔力が一番最初に私へと到達する。雄たけびを上げ、左腕を掲げる彼女へ振り返りながら拳を叩き込んだ。先ほどのように具体的なイメージや入れ墨へと力を込められなかったため、力を使ったただの打撃となったが、十分な効果があったのは表情を見ればわかる。

 後方からの攻撃ならば、気づかれないようにするのが基本だろう。次があれば声を出さずに来ると良い。いや、どうせ声を出さずとも、その荒々しい魔力の波長では、気づきたくなかったとしても気付いてしまうだろう。

 手先の感触で勇義の肋骨を数本へし折ったのがわかる。そのまま吹き飛ばそうとするが、身を翻して振り抜いた私の腕をすり抜け、残った左手で私の顔面を打ち抜いた。

 防御能力を上げてなければそのまま後方へ頭部が吹き飛んでいく威力だが、私を数センチ退ける程度にしか感じない。やはり鬼は馬鹿だな、何度やっても無駄なことを理解できないようだ。

 複数人で囲み、力を削ごうとしているのか。それとも考えなしかはわからないが、私にとっては生贄となる者たちが自分から来たようにしか見えない。

 まとめて殺そうとするが、顔を殴った勇義が振り払う前に、胸ぐらへと手を移していたようだ。横軸方向には踏ん張りは聞かせられるが、持ち上げられれば地面との摩擦を頼りに踏ん張ることができず、攻撃する寸前に視界が反転した。

 背負い投げで地面に叩きつけられた。速度はそこまで速いように見えなかったが、衝突すると同時に床が大きく陥没し、滅茶苦茶に木材やタイルが吹き飛んでいく。

 私たちがいた場所の下には地下室はなかったようで、落下することはなかったが三十センチほど高低差が出来上がる。勇義の起こした衝撃に、周囲の妖怪たちは耐えられなかったようで、河童や天狗らは転んでしまっている。

 片腕を失っているのが大きいのか、今までの攻撃に比べてさほどダメージを受けた感じがしない。命の力を使えば倒れた体勢からでも、余裕で奴を吹き飛ばせるだろう。

 永琳たちにやったような技はいらない。力をそのまま撃ちだし、木端微塵に吹き飛ばす。それだけでも目の前にいる妖怪連中は事足りる。

 弾幕として撃ちだそうとした瞬間、勇義がスペルカードを握り潰していたようで、淡青色の魔力の結晶が握られた指の間からキラキラと零れ出ている。強力な魔力の流れが勇義から発せられた。

「鬼声『壊滅の咆哮』」

 胸を大きく膨らませ、肺一杯に空気を取り込んだ。間髪入れず、大量に吸い込んだ空気を一瞬の内に声と共に吐き出した。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 黒板を掻き毟るような奇声やただ張り上げる声とは違う。怒号、もしくは雄叫びだ。ビリビリと肌を撫でる芯の通った覇気のある勇義の声は、女性から発声されたとは思えない程に腹の底にまで響く。味方であれば最大限の鼓舞となり、敵が聞けば畏怖することだろう。

 相手が悪かった。この程度の怒号など、そよ風程度で私の精神には何も影響してこない。その喧しい口を閉じろ。勇義へ向け、弾幕を撃ち放った。

 弾幕が一片の肉体も残さずに勇義を消し飛ばすかに思えたが、声の衝撃に充てられた瞬間に全てが無に帰され、逆に消し飛ばされた。

 これまで悪魔の力を使用していたことで、勇義の力に対する危機感が薄れていたのもある。油断しており、吹き飛ばなかった彼女に思考が追い付かなかった。

 力を使えば吹き飛ばすことができると思い、弱めに使っていたのもあるが、勇義の固有の能力がこれほどまでに強力であるのは忘れていた。

「食らいな!」

 大きく勇義が踏み込むと、顔面へ蹴りを叩き込まれた。衝撃が頭を駆け抜けていくが、脳震盪を起こすほどではない。痛みもさほどないが倒れ込んでいた体勢から受け止め切れず、後方へと吹き飛ばされた。

 叩きつけられた際に床が陥没したが、その段差に全身を強かと打ち付けた。それだけでは止まらず、陥没した場所から放り出され、壁に衝突した。

 木の壁に亀裂が入り、崩れていくが今までと同様に私にダメージはない。落ちてきた木屑を振り落とし、立ち上がろうとする私へと他の妖怪たちが攻撃を加えてくる。

 鍛えられた刀剣を振りかぶる白狼天狗、散弾銃を携えた河童が突っ込んできた。私が出せる最高速度を大幅に超えるスピードで突っ込んでくる狼の刀を腕で受け止めた。

 勇義の拳を難なく受け止められる攻撃力は、それが得物だったとしても容易にはじき返した。その際にちょっと力を加えてあげるだけで、金属製の刀がぽっきりと折れた。

 折れた刀から聞こえる、甲高く反響する金属音を掻き消す形で、白狼天狗を追っていた河童が援護で引き金を引き絞った。刀とは別ベクトルに甲高い火薬が破裂する爆発音が狭い部屋の中に響き渡る。

 目の端にすら止められない速度で弾丸が来たのだろうが、明らかに勇義が放った拳や蹴りよりも衝撃が少ない。生身は駄目でも、得物なら通ると思ったのだろうが、生身以下だ。

 自分たちの得物に自信があったのだろう。まるで通じなかったことに困惑して動けていなかった彼女たちを一掃する。へし折れた刀を握っていた白狼天狗の頭を握り潰し、プラスチックと金属でできた空薬莢を銃から排出している河童の頭を吹き飛ばした。

 一方は中身を指の間から零れさせ、一方は壁にへばり付いた。今ので刀も銃も効かない事が他の妖怪たちに知れ渡ったようで、無駄に突っ込もうとする者はいない。

 永琳の矢もこちらへ飛んでくることはなく、てゐを近くに寄せてこちらを油断なく睨んでいる。そんな骨のない連中を意識からはじき出し、首なしとなった死体を蹴飛ばしながら勇義の元へと走り出した。

 突撃する私に対し、勇義はスペルカードを掲げた。強力な魔力の流れを感じるのに合わせ、私も契約で防御能力を向上させた。

 拳を振りかぶり、頭部をぶち抜こうとするが魔力の流れを見せていただけで、スペルカードを起動したわけではなかったようだ。正面から受けに来るかと思ったが、さすがの勇義もこれ以上のダメージを受けるのは得策ではないと考えたのだろう。

 笑う勇義の表情から、そこまで深く考えているようには見えないが、意外と策士な奴だ。拳が奴の頭に当たらずにすり抜け、逆に奴の拳が私の頭を打ち抜いた。

 防御能力を上げていたことで、一切のダメージを感じないが体勢が大きく崩れた。伸ばした腕を無理やり振り払って勇義を引き離そうとするが、意外にもその行動も読まれていたらしい。しゃがんでかわされると腹部に蹴りを叩き込まれ、殺した二体の妖怪の頭上を通過して壁を破壊した。

 壊した壁の奥は病室だったらしく、突っ込んだことでベットや椅子を破壊する。これだけの騒ぎに部屋の中には誰もいないが、物だけは残っている。

 突っ込んで壊さなかったベットの縁を掴みながら立ち上がり、悪魔の力の一部を譲渡した。破壊してきた壁に向け、強化された物体を薙ぎ払うように投げつけた。

 悪魔の力で強化されたベットは半壊した壁などものともせず、部品を落とすことなく勇義の方向へ向かっていく。壁のせいで多少勢いは削がれたが、それでもただの妖怪程度なら吹き飛ばせる。

 金属のフレームでできたベットが錐もみしながら飛んでいくが、途中で金属音を激しく鳴らして大きく上方へと打ち上がる。正面から立ち向かうのではなく、受け流されたか。

 跳ね上がったベットの下を潜り抜け、魔力の籠ったカードを歯で噛み砕き、今度こそスペルカードを起動した。

「鬼符『怪力乱神』」

 悪魔と契約を交わす前の私であれば、奴の覇気に畏怖していただろうが、今では危機感など感じない。保険もあるため、彼女のスペルカードに正面から立ち向かう。

 右腕の入れ墨に契約で得られるエネルギーを注ぎ込み、イメージを具現化させる。これで鬼は死ぬことだろう、手向けとして受け取れ。

「悪魔の豪拳」

 拳の放たれるスピードは奴の方が速い。あらゆる人物、物体を粉砕する打撃が私の腹部に叩き込まれた瞬間、衝撃が波となって広がり、組織に留まらず細胞レベルで損傷を与える。衝撃は全身に拡散して波及していくはずだったが、悪魔の契約から得られる防御力により、目に見えて威力は減衰した。

 拳から放たれた衝撃に皮膚が一瞬とは言え波打ち、威力の高さを物語るが、それ以上伝搬することなく不自然に衝撃はせき止められた。

 これで勇義の攻撃は終わり、今度はこちらの番である。硬直により動けなくなっている獲物を狙うのは赤子の手をひねる様で、周囲からの鬼を助けるための援護も、防御力の向上により無意味に終わる。

 奴がやってくれたように、私も勇義の腹部に向けて右手の拳を叩き込んだ。奴のスペルカードが放たれた時とは、比べ物にならない重撃。怪力乱神の能力を持つ勇義が見たこともない表情を浮かべ、身体をくの字に折る。

 内臓にダメージを受けたのか、悲鳴を上げられない程に悶絶し、即座に血反吐を吐いた。鬼の中でもさらに上位個体である勇義に対し、これだけのダメージを与えられれば上々と言ったところだが、これだけの力を使って仕留められなかったことに少し驚きを隠せなかった。

 踏み込みが甘かったか、先に攻撃を受けたことで奴に100%の力を与えることができなかったのか。

 まあどうでもいい。がっくりと膝をつき、戦闘不能に近しい勇義が私の足元に手を伸ばそうとしているが、往生際の悪い。

 右足で蹴り飛ばし、勇義を燃え盛る地下室へと蹴り落した。抵抗する様子のない鬼は、そのまま揺らめく炎の中へと落ちていった。

「さて、抵抗しないのなら苦しさを感じる前に殺して差し上げますが、どうなさいますか?」

 地下の貯蔵庫を破壊したことで、入れ墨ごと治せる薬はもうないと判断した。そうなれば、永琳の使い道など生贄に捧げて糧にするぐらいにしかない。

 勇義について来ていた妖怪たちはたじろぎ、息を飲んだ。彼女がいたからこそ勝てるのではないかと立ち上がったわけだが、先導者がいなければ覚悟など振るい立たせる間もなく挫ける。

「悪魔の鋭牙」

 私に畏怖する妖怪たちを一人食い殺した。そこには何もなかったはずだが、獣に食いつかれたように体が半分に裂けると下半身は地面に力なく横たわり、食いちぎられた半身は中空に消えた。

 一人食い殺されれば死の恐怖が伝搬し、戦うどころではなくなる。我先に逃げ出そうとするが、永琳を残して妖怪を全員食い尽くした。

 どこからか、生身の肉体を咀嚼する音が聞こえる。聞く者にとっては、身の毛のよだつ音の方に目を向けると、牙や顎の形が垂れて来た血液によりその輪郭を朧気に認めた。

 永琳達もそのまま食い殺そうと牙を剥かせるが契約が切れ、顎から滴り落ちていく血液を残して透明な咢は次第に消えていった。

 永琳達も勿体ぶらずにさっさと食い殺してしまえばよかった。まったく、もう一人か二人ぐらい食い殺してくれればいいものを。

 仕方がない、また生贄を捧げて読みだすのも面倒だ。直接私が手を下すとしよう。崩れた床を挟んで反対側にいる永琳達に向けて跳躍し、目の前に降り立った。

 二人とも、最早逃げられない事を悟っているのか。先ほどの妖怪たちのように無様に逃げ出そうとはしない。しかし、不安はあるらしい。ゐと永琳がつないでいる手が、力強く握り込まれた。

「さようなら」

 ただ一言。呟きながら二人の頭を叩き潰そうとするが、わずかな衝撃と共に、右側の視界が真っ暗に暗転した。

「あ……?」

 頬に感じるのは粘性のわずかにある液体が零れ出た感触。瞼ごと何かに引き裂かれた激痛と、目の周囲にある骨にまで亀裂の生じる疼痛が突如として沸き上がる。

 永琳が弓を射ったわけではない。そんな動作は認められなかった。殴ろうと前進していた体が、大した衝撃でもないのに後退してしまう。

 私もそうだが、飛び散った鮮血に驚いている永琳達の様子からも、予想外の事が起こっているのだと何となく察した。

 何が私の目を損傷させたのか。勇義ではないのは魔力の気配からわかり切っている。困惑する私の視線の先は永琳に集まった。

 厳密にいえば、永琳本人ではなく永琳の髪だ。白銀の長い髪の一部に小さな穴が開いていたのだ。それはちょうど人の指が入る程度の大きさであり、何かが高速で髪の間を突っ切ったと考えられた。

 千切れた髪が、彼女たちの後方から迫った風に煽られてふわりと飛んでいく。髪がなびいたことで、一本一本の密度が低くなり、後方の景色が髪を通して伺えた。

「私の前で、また師匠が死ぬのを見ろっていうんですか?」

 最後に見たのは何年も前だが、イメージよりも痩せている。トレードマークである兎の耳を模した髪飾りは付けていないが、服装と赤い瞳から鈴仙だと断定できた。

 赤眼の兵士は右手を拳銃のように構え、私に標準を向けている。射線から逃げればいいだけだが、問題なのは彼女の周囲でキラキラと何か結晶のような物が漂っている。

 割れたガラスが飛散しているため、光に反射していると思ったが、スペルカードを砕いた時に発生する、魔力の結晶のようだ。

「幻視『楔の弾頭』」

 名称から、弾丸状の弾幕が放たれたのは予想がつく。来るものがわかっても一度目の時と同様に、音を置いて行く速度に目にも捉えることができない。

 物理的なダメージを与えるスペルカードだったのか、肩に鋭い痛みを感じると同時に、私は後方へと吹き飛ばされた。

 




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