東方繋華傷   作:albtraum

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それでもええで!
と言う方のみ第百九十話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百九十話 悚懼と勇往

 空気中に滞留する濃度の高い魔力や湿気の高い空気が肌を撫でる。地脈の関係か、それともまた別の要因が関係しているのか、魔法の森は周囲と比べて魔力の濃度が高い。

 魔力が作用しているからか、魔法の森の木々はどれも太く逞しく成長し、複雑に密生している。それらの間を駆け抜け、見渡しのきく平地へ足を進める。

 私が居た世界の博麗の巫女と思わしき人物が、こちら側に侵入してから時間が少し経過している。奴らの暴走を止められなかった者の一人として、戦いに行かなければならない。

 霧雨魔理沙たちに加勢しなければならないという一心で森の中を駆け抜ける。何もない平野であればなんてことはない距離なのだが、ジャングルのように木々が群生しているせいで、いつも通りのスピードで走り抜けることができない。

 戦いの状況がどうなっているのか、波長を探ることで大まかに情報を集めようとした時だ。頭上で太陽の光を遮っている木々の葉や枝が、私が向かっている方向から迫って来た暴風に激しく煽られた。

 自然に発生した風と言うよりは爆発の衝撃や爆風に近いかもしれない。影響は細い木々の枝を折る程度にとどまらず、樹木が引き絞られた弓のように大きく湾曲させた。

 上空だけでなく、複雑な森内部も衝撃波が変わらぬ威力で駆け抜けてくる。葉っぱや枝を吹き飛ばし、地面を覆うコケなどを捲り返す衝撃をもろに受けた。

 風に体が煽られ、太い樹木たちと同じく後方へ投げ飛ばされてしまう。木々の一つに衝突したが、強烈な暴風に体勢を立て直すこともままならない。戦闘モードではなく、防御能力に魔力を回していなかったことで、ぶつかった衝撃をそのまま食らい、息が詰まる。

 体の中を反響する痛みが引くのを待つ間もなく、風に乗って飛ばされてきた枝や石、小さな木などが吹き飛んでくる。

 多少の礫は見逃すが、当たれば確実に体が潰れるであろう木を撃ち抜こうとするが、直前で他の木にひっかがり、こちらにまで飛んでくることはなかった。

 何が起こったのか私に知る余地など無いが、次の衝撃波が起こらないとはいえず、頑丈そうな木の後ろに逃げ込んだ。

 礫が額に当たったらしく、手の甲で汗を拭うと血が混じった赤色の汗が拭いとれた。怪我を魔力で回復させながらも、警戒は怠らない。

 能力で風が来た方向を探ろうとするが、スペルカードの余波が残っているらしい。博麗の巫女の魔力の波長しか情報を拾い上げることができない。長い時間が経過しても何も起こらず、注意して進むことを決めた。

 飛んできた礫に体の端々が痛み、向かうのに時間がかかりそうだったが、意外にも残りの数百メートルは楽に通り抜けることができた。森の終わりが近づくごとに、先の衝撃波で吹き飛ばされた木が多くなっていき、障害物がなくなったからだ。

 森を通り抜けて最初に見えた気色は、鮮やかな森や月と比べて文明の発達具合の遅い村が見えるのではなく、明るい灰色の砂煙だ。

 大量の砂煙が舞い上がっているのが見え、まるで滝の周囲に立ち込める瀑布のようだ。そこらの妖怪や、私の知っているちょっと力に自信のある神だったとしてもできないような規模でスペルカードが使用されたのだろうが、にわかには信じられない。

 町を二つ分、三つ分は飲み込めるであろう大量の砂塵が舞い上がり、現地では相当な被害を被っている事が予想された。

 砂煙の高さは優に三百メートルを超え、範囲は数キロに渡る。その砂嵐に近い砂塵から更に数キロ離れた位置にいても、砂臭さが拭えないため威力の高さが伺えた。

 その舞い上がった砂煙の中は全く見えない。魔力による感知も、内部の様子を伺い知ることはできない。魔力が消費されたことによる魔力の結晶、残滓が探知を阻害しているのだ。

 姿形が見えず、誰が生きているのか死んでいるのかわからないが、向かうべき場所をようやく視認することができた。泣いても笑っても、最後の戦いになる。

「ふうっ…」

 深呼吸して覚悟を決めた。自分を振るいだたせて前へ進みだそうとするが、私の足は直前で進めなくなっていた。

「あれ……?」

 博麗の巫女に立ち向かおうとしただけなのに、足が竦んでしまっている。釘でも撃ち込まれたのかと思える程に足は動かない。この十年で、彼女たちに逆らう事の恐ろしさを髄まで教え込まれたからだ。

 博麗神社にいるところを、霧雨魔理沙から助け出された。この戦いを引き起こした張本人というと聞こえが悪いが、その中心となり得る人物。彼女がいなければと思うと多少の怒りも湧くが、それでも戻ってきた事と助けたことを考えると感謝はしている。

 何年も、何年も、玩具のように扱われていた。いや、そういった扱いの方がまだマシだったかもしれない。労働させられるようなことはなかったが、博麗の巫女やメイド、守矢の巫女、剣士たちの掃き溜めにさせられた。

 苛立ちをぶつけられることは当たり前で、お祓い棒で殴られ、ナイフや刀で斬り刻まれた。手足を切り落とされても体が頑丈な月人であるため、くっつけて置けばそのまま再生してしまっていた。失うよりはずっといいが、その分だけ苦しみが長く続いた。

 それだけでは終わらず、性処理をさせられることも少なくはなかった。ただ、そんな生易しい物ではなく、全員自分の鬱憤をぶつける為、激痛に失神してしまう事もしばしあった。

 永遠亭に属する私が捉えられているのに助けが来ないところから、師匠たちにも手が及んでいると推測していたが、瀕死の私を生き永らえさせるために、永遠亭の薬を持ってきたことで推測は確信に変わった。

 異変で一戦交えた時にわかっていた、彼女たちの力は我々とは一線を画し、どう頭を捻ろうが逆立ちしても戦闘能力では勝てないと。

 だから、師匠たちも私を助ける選択肢を選べなかったのだろう。恐らく、言うことを聞かなければ殺すと脅されていたのだろう。私がそうだったから。

 それでいくら従順に振舞っていたとしても、私の行動が癇に障ったのか。それとも、師匠たちが用済みになったのかはわからないが、殺された師匠の首を見せられ、助けに来てくれるという淡い期待を打ち砕かれた。

 蓬莱の薬を飲み、不老不死になった師匠たちをどうやって殺したのかはわからなかったが、それが分かったとしてもどうしようもない。

 師匠たちを働かせるために必要だったため、働かせる人物がいなくなれば私も用済みとなる。彼女たちと同じように、私も殺される。

 死に対する恐怖は、前は強かった。地上の人間が月に進出して来たが、それが怖くて地上の幻想郷へと逃げて来た。なのに、今では生き地獄のようなこの世界から逃げ出せると思うと、不思議と安堵を覚えた。

 戦いを放棄した私は、無様に命乞いをする気力もなかった。殺されるのを待っていたが、彼女たちは私を殺すことなく、今までと同じく扱い続けた。意を決し、死ぬためにこちらから襲い掛かっても、半殺しにされる程度で殺されることはなかった。

 彼女たちが私を殺さないのは、情が湧いたからではない。壊れにくい玩具を失いたくないからだと察したのは、少し後の事だった。

 いつものように鬱憤を晴らすために拷問に近い暴力を受けていた時だ。首を絞められ、窒息寸前で解放され、また首を絞められる。脳に酸素が回らず、機能が低下している中、私は気が付いてしまった。

 師匠や輝夜様、てゐたちが生きていれば、まだ耐えられた。彼女たちに危害が及ばないようにと、歯を食いしばって耐えられた。

 地上に降りてきてはいるが、私も元月の民だ。年齢的に死ぬことが期待できない事に、深く絶望したのを覚えている。物に触れられない環境に置かれ、自ら命を絶つことすら許されなくなった。悪夢だった。本当に、生き地獄だった。

 自尊心を保っていた糸が切れ、私は本当の意味で彼女たちの玩具へと成り下がった。機嫌を伺い、彼女たちを楽しませ、なるべく傷を負わないように、今日を生きることで精いっぱいになっていた。

 プライドや誇りなど徹底的に弄ばれ、砕けて消えた。永遠亭から連れてこられた兎たちが惨たらしく殺されていく様や、歯向かった者がどうなるのかを、目の前で見せられた。

 私は、心の底から博麗の巫女達に恐怖してしまっており、とてもじゃないが、まともに対峙することすら難しいかもしれなくなっていた。

 

 恐怖を刷り込まれ、博麗の巫女達とは別の意味で地に堕ちた私だが、それでも、見過ごせないことがある。

 向こうの世界から運び出され、懐かしさすら感じる平和な世界にしばらく過ごしていたが、異質な気配もとい波長を感じた。

 波長から私の世界にいた博麗の巫女だと分かり、その周囲で霧雨魔理沙とここの世界の博麗の巫女がいることで、最終決戦が行われているのだと何となく察した。

 この戦いを引き起こした側の人間として、そこに向かう義務がある。戦おうとしたが、博麗の巫女に恐怖してしまっている私は、恐怖を原動力に動くことができなかった。

 たとえ向かうことができたとしても、対峙した途端に刷り込まれた恐怖が膨れ上がり、戦うことができなくなる可能性がある。向かうのはいいが、邪魔にしかならないだろう。

 このまま進んだとしても、霧雨魔理沙たちの邪魔にしかならず、戦えたとしても無駄死にで終わるだけ。そう考えると、走っていた足が止まってしまった。

 ここは退くべきところではないと頭ではわかっているはずだが、それでも深層意識に滞在する博麗の巫女に対する恐怖は非常に根強い。

 戦いに行かなければならないのに、それができないのがもどかしい。戦っている彼女たちを能力で再度観測を試みようとするが、村とは別方向で更に第三者の魔力の波長が発生したのを感じた。

 それが誰かを特定することができなかったが、身の危険を感じたのは言うまでもない。助け出されたことを知り、殺しに来たのではないかと思ったからだ。しかし、それ以上に危機感を覚えた理由は魔力の異質さだ。

 普通の人間、妖怪、妖精、どれにも当てはまらない魔力の波長は、神と似ているがそれにも当てはまらない。初めて感じる波長もそうだが、博麗の巫女達にも劣らない波長の強さに、ぞっと全身の毛が逆立ち、気が気ではなかった。

 少し後ろ髪をひかれる思いがあり、立ち止まろうとすることに躊躇があったが、そんなものはどこかに吹き飛び何の抵抗もなく走り出そうとしていた。

 しかし、向こう側からやって来た人物はこちらに接近してくることはなく、別の方向へと向かっていく。

「っ……」

 身構えていたが、今の精神状態ではまともに戦えないと自覚していた。殺されるかもしれないという緊張から解放され、胸を撫でおろした。

 この数秒だけでじっとりと嫌な汗が背中や額に浮かび、生きた心地がしなくなっていたが、これで村に向かうための精神統一をすることができる。

 そう考え、深呼吸による神経方面と能力の方面から乱れた精神を整えた。緊張で狭まっていた思考が拡大し、ふと現れた第三者が気になった。

 砂塵の中は未だに魔力の結晶による妨害で、中の様子を伺い知ることはできない。とは言え、誰が見てもそこで霧雨魔理沙と博麗の巫女が戦っているのは明白であろう。

 そのはずだが、現れた人物の行き先は、霧雨魔理沙たちが戦っている方向ではなく、全く他の方向に移動している。彼女の力を手にする以上に大事なことなどあるのだろうか。

 嫌な予感がするのを感じ、逃げ出したい逃走欲をどうにか抑え込む。精神統一を一度中断し、彼女の向かう方向を割り出した。

 幻想郷中から感じるあらゆる魔力の波長を除外し、彼女の進行方向のみに絞る。そこには多数の人間の微弱な魔力を感じたが、そこの中で一際強い魔力の反応。

 かなり久しい、師匠やてゐや輝夜様の波長を感じた。数度こちら側の人間と戦いを交えたと聞いていたが、彼女たちがまだ生きている事に熱い物が込み上げそうになった。私が知る師匠たちではないのはわかっているが、生きてくれているだけで嬉しい。

 そんな彼女たちに現在進行形で危機が迫っている。波長だけでわかる、奴がこの戦いの盤面をひっくり返すほどの力を持っている事を。それを知った上で、見殺しにするほど私は堕ちていない。

 これは逃げになってしまうだろうか。元凶である博麗の巫女は霧雨魔理沙に任せ、私は自分の感情を優先するなど。

 間違っていると思う所はあるが、今の私に博麗の巫女と戦えるほどの精神力はない。ならば、この戦いを更に激化させるであろうあいつを止めることで、戦いに貢献する。この命を捧げてでも。

 博麗の巫女に対して沸き上がっていたような恐怖は、不思議と感じなかった。感覚が麻痺していたのではなく、博麗の巫女よりも師匠たちが死ぬ方が怖いと思っていたのだ。

 私の中の後悔でもあったのだろう。数年間燻ぶっていた自分に対する後悔や憤りが燃え上がり、恐怖に蝕まれていた身体を突き動かした。

 何かできるはずだったのに、師匠たちを見殺しにすることなど、もうしたくない。絶対に助ける。

 人は自分よりも他人のためになら立ち上がれると聞いた事があったが、本当にその通りだった。そうでなければ、私は後悔と恐怖に押しつぶされていたことだろう。

 波長のコントロールは人物だけに留まらず、物体や空間にも適用される。こちらにある永遠亭までの間に存在する距離、波長を短くして少ない歩数で長い距離を一気に走り抜ける。

 私に天狗のようなスピードを出すことはできないが、距離を狭めて近しい速度まで加速することは可能だ。とは言え、動き出すのが永遠亭に向かっている人物よりもかなり遅れているため、まだまだ目的地にはつかないというのに、先に到達されてしまう。

「くそっ…生きていてください…!」

 長い平地をできうる限り最速で走り抜けた。息を切らし、汗を流してようやく森の麓にまで到達した。次は長い永遠亭までの山道に差し掛かる。

 村の方面であれだけの砂煙が上がっていた為、かなりの被害があったのだと分かっていたが、それにしても永遠亭に向かう村人の数が多い。

 しかし、永遠亭に向かうのであれば、なだらかに続く坂道を登って行かなければならないのだが、村人たちは下っている。

 ただ下っているだけならば、治療を終えた人間たちなのだろうが、我先にと治療を受けていない人物までもが下っているため、敵がすでに暴れまわり始めている。荒々しい波長から予想できた通り、血の気の多い好戦的な奴だ。

 爆発音も聞こえ始め、永琳達が殺されていないか、不安が膨らむのを感じた。不安を掻き消す様に、行動をすぐさま再開する。悲鳴を上げて下っている人間たちに多少ぶつかりながらも合間を走り抜け、竹林の奥に治療を名目として構える永遠亭を捉えた。

 能力を使用し、私が発する波長をなるべく長くして気配を消した。永遠亭まで数十メートルはあったが、波長を今度は極端に短くして距離を詰めた。見え方によっては手のひらに乗るぐらいのサイズにしか見えなかった永遠亭が、両手を広げても足りない程にまで一気に接近した。壁の染みや亀裂等までもが認識でき、手を伸ばせば壁を触れられるほどだ。

 壊れかかった窓枠に足をかけ中へ体を潜らせると、懐かしい後ろ姿が最初に目に入った。赤と紫を主調とした洋服に白銀の長い髪、兎の耳の生える小さな少女。私とは何のかかわりもない同じ姿の者だが、数年ぶりに見る生きた永琳達の姿に感情の高ぶりを抑えられない。

 感動の再開も束の間、感情にばかり浸っていられなかった。彼女たちの波長は乱れており、通常の精神状態ではなくなっている。それもそのはず、今まさに二人を殺そうと僧侶が向かっているのだから。

 指を拳銃を象る形へと変えた。標準を師匠越しに絞り、音速を超える弾丸を放った。

 

 

 

 ほんのわずか一瞬だ。一枚の紙のような、一本の髪のような、そんな刹那の時間差で悪魔と契約した防御能力が間に合わなかった。

 左肩を直撃したスペルカードが肌に抉り込み、骨や筋肉に食い込こむ。血潮が弾け、医者と兎の頭を捻り潰そうとしていた手が、撃ち抜かれた衝撃で離れていく。

 手だけではない。視界全体、私自身も後ろに大きく仰け反り、数歩押し返されることとなった。

 視界が半分しか見えないが、残った半分も撃ち抜かれた時の弾けた血潮で汚れ、見通しが効かない。それでも駄々洩れの殺意を感じ取れないわけではない。

 続いて放たれた弾丸を気配で察知し、飛びのいた。小さくはあるが高速の物体が通り過ぎる乾いた音、木製の壁やタイルの床を破壊する音がすぐ傍らから聞こえてくる。

 惜しかったな。殺したかったのであれば、スペルカードで頭を打ち抜くべきだった。血で塞がる視界の中で、一際濃い赤色の光が見える。近い距離で二つ並ぶそれは鈴仙の瞳だ。

 狂気を孕むその瞳目掛けて拳を放ち、顔のど真ん中をぶち抜いたつもりだったが、拳に人間が当たる感触はなく、代わりに拳を掴まれる感覚がある。

 人体の構造をよく理解している。関節の境目を掴まれたと思うと瞬間的に手首を捻り上げられ、素早く後方に回った鈴仙に地面へ組み倒された。

 素早い動きに翻弄され、拘束されてしまった。だが、鬼ですら私の腕力には敵わないのに、痩せた貧相な体では私を縛り続けるだけの力は無い。

 逆に、私を拘束しようとするその腕を力任せに引き千切ってあげよう。私に馬乗りになり、後頭部に向けて弾丸状の弾幕を繰り返し放っているが、ただの弾幕で仕留められるような段階は終わっているのだ。

 防御能力が向上している事で、後頭部を軽く小突かれているような感覚がある。悪魔との契約が切れ、防御能力が戻る前に私を拘束している兵士を跳ね飛ばさなければならない。

 これまでの経験から、人間どころか鬼でさえも致命傷を与えるのには十分な力を使って振り払った。ブオンと振るった腕が空気を切る。感触もそうだが、音からも振り払う攻撃は直前で避けられた。奴が見えている世界は私とは異なり、波長の乱れから攻撃のタイミングを予測し、かわされたようだ。

 流石は腐っても元は月の民と言ったところ。空振りに終わった手で体を支えて立ち上がり、鈴仙と対峙する。弾幕でも撃ってやろうかと思ったが、彼女の姿がゆらゆらと周囲に溶け込んでいるように見え、認識がなぜかできなくなっていく。

 波長を操る鈴仙の能力の影響だ。波長の周期を長くし、存在を希薄させたのだろう。鈴仙だけでなく、その後ろにいたはずの永琳やてゐの姿も認識できない。さっさと殺して入れ墨の材料にしてやろうと思ったのに、面倒な。

 汎用性の非常に高い能力であり、それを使われると殺すのは難しい。だが、万能な能力ではない。逃げるつもりであれば私に捕まえることは難しいが、倒す気があるのであれば捕まえることは容易となる。

 波長をいくら長くしたとしても、攻撃の際には必ず気配が荒く短くなり、希薄化の効果が弱まる。もし、鈴仙が虫の境地にまで気配と感情の起伏を殺せるのであれば、話は別であるが、それができるのならすでに私は死んでいる。

 そして、奴らは私から逃げられない。どちらかと言えば、逃げる事ができないと言った方が近いだろう。

 ここで逃げられたとしても、その後私は確実に霧雨魔理沙の元へと向かう。博麗の巫女と共謀することはなくとも、状況を滅茶苦茶にひっくり返すことはできる。こちら側にプラスになっても、彼女たちにプラスにはならない。

 それがわかっているのであれば、逃げたくとも逃げる事は無いだろう。もし、出てこないで時間を稼ぐつもりならば、炎で纏めて屠るだけ。

 契約で炎を出現させようとするが、走り寄る気配が後方で出現した。生贄のエネルギーをそのまま身体強化に使用し、振り返りながら拳を振り抜いた。

 赤眼の兎を捉えた瞬間に、波長を操られる感覚に襲われる。鈴仙との距離感を失い、空振りとなった拳をすり抜けて懐に兵士が潜り込んで来た。

 四肢がかなり痩せており、激しい動きができないと思っていたが、距離感を狂気を操る程度の能力で操っているらしく、緩慢な動作の割に素早い動きで私に手を伸ばす。

 掴み技か。伸ばした腕か服を掴むつもりだろうが、組み敷こうとした瞬間にそのまま腕を千切り取ってやろう。

 上半身と言うよりも、下半身側へ手を伸ばそうとしている。先程の背負い投げと違った形で寝技に持ち込もうとしているのか。食らった後だと立ち上がるのも面倒だ。予定を変え、寝技に持ち込めないと察すると同時に頭を叩き潰してあげよう。

 月式の戦闘術をどのように展開するのか。それを叩き潰そうとまだかまだかと待つが、月の兵士は私の体に触れることなく膝辺りに手を伸ばし、中空を掴む。

 至近距離で手元に何かを魔力で生成するのかと思ったが、その割にはしっかりと握ることができており、違和感があった。

 すぐに彼女を殺さなければならないと第六感が働き、拳を振り上げようとするが、油断していた分だけ初動が遅れた。徐々に認識ができるようになっていくのは、鈴仙の能力とは違う別の要因が働いている気がする。

 私限定で鈴仙によって認識をできなくしているよりも、別の物に変えられていたと言った方が近しい気がしていたのは、永遠亭に来る前にあったことを思い出したからだ。

 元の世界でナズーリン達と対峙した時、ぬえからの攻撃を受けた。その攻撃を受けた場所と言うのが、鈴仙が中空を掴むまさにその周囲だった。掴み方から、円柱状に長い物体であることが想像できた。

 彼女の魔力に反応したのか、それがなんであるのかを答え合わせするかのように鈴仙が掴んだ物体の認識が正しい物へと戻っていく。

 出現した、戦闘する前からずっと突き刺さっていたと考えられる物は、見覚えのある魂魄妖夢が所持しているはずの錆が点在する観楼剣だ。なぜかナズーリンが持っていたが、非常に切れ味の高いそれは、容易に人間の体を両断する。

「なっ…!?」

 永琳に傷を治せと言った時に反応がおかしいと思っていたが、ようやく気が付くことができた。投げ技でこちらに攻撃してくると思っていた為、攻撃力ばかりで防御力を上げていなかった。

 鈴仙の筋力であったとしても、観楼剣であれば人間の体などバターと変わらない。横に刺さっていた刀の向きを真上に向け、鈴仙が刀を振り上げた。右足に刺さっていた刀が太ももや腹部、胸、肩を切り裂く。その過程に存在するあらゆる臓器を切断した。

 切れ味が高すぎるらしく、最初は痛みを感じなかったが、切断された部分から血液が滲みだしてきた辺りで足から肩までの切創に激痛を感じた。それだけでは終わらず、鎖骨を切断された右肩がズルリと体から離れ、殴り殺そうとしていた攻撃ができなくなった。

 心臓から伸びる大動脈から分岐する、太い動脈が切断されたのだろう。大量の血液が傷口から噴き出した。

 左手で右肩を押さえ込み、内臓が零れ、体がバラバラになるのを防いだ。予想以上の負傷と失神しそうなほどの激痛に、焦りを禁じ得ない。

 大量の血液を切断面から垂れ流し、血反吐を吐く私へ鮮血に染まる観楼剣が構えられた。銃や素手による近接戦闘だけでなく、刀による戦闘術の訓練も積んでいるのだろう。切り上げから薙ぎ払いへの行動移行にはあまり無駄が見当たらない。

 痩せた筋力を補う形で体重を乗せての斬撃。胸に彫られた入れ墨の契約をすぐに交わそうとするが、今回ばかりは兎の方が速度が上回った。

 私の喉を気道と頚椎ごと切断した。切れ味が人間の業物を軽く超える為、首を落とすことなど造作もない。刀が薙ぎ払われるスピードが速かったらしく、こびり付いた血液を空中に少しずつ落としながら振り切られると、斬撃の軌跡が宙に描かれた。

 弾力のある血管に逃げ道が作り出されたことで、その圧力も相まって狭い管の中から我先にと血液が体外へと排出されていく。項の首の皮一枚だけでつながっていたらしく、頭が床に落ちることはなかった。

 右足から右肩が切り裂かれているため、右側に体勢が崩れた。がくんと傾いたことで、支えをなくした頭部がそのまま空中に放り出されそうになるが、辛うじてつなぎ止めている頭部はだらりと垂れ下がり、上下反転した視界が映し出された。

 視線の先には、私に止めを刺そうと鈴仙が観楼剣を上段に構えている。彼女は私が発する波長から、諦めていないと分かっているため、普通なら勝負あったと気が抜ける状態だったとしても刀を振りかぶったのだろう。

「正解」

 切断された部分から血液が入り込み、気道を塞いでいたのだろう。呟くと、耳に聞こえるのはくぐもった、ゴボゴボと水気を含む唸り声だけだ。

 彼女はいつも惜しい。刀を振り抜く位置をもっと高くし、顎や口の辺りに当たる様にしていれば、それで勝負はついていた。ずっと口を閉じて隠していた舌に刻んでいる契約に魂のエネルギーを注いだ。

「リジェネレーション」

 契約が成立し、大量のエネルギーが消費されると同時に、足から肩にかけての傷が目にも止まらぬスピードで再生を始めた。

 首の再生も始まるが、時間を稼がなければせっかくの契約が体ごと切り裂かれてしまう。魔力で身体を無理やり動かし、隙を晒す彼女の首へと手を伸ばした。

「がっ…!?」

 首を失っていると言っても過言ではないというのに、デュラハンのように動き出す姿は月の民からしても異常だろう。苦しそうな声と泡を漏らし、鈴仙は目を丸くしている。

 傾いた視界がゆっくりと持ち上がって正常な位置に戻っていくのは、再生が滞りなく進んでいく証拠だ。もし、これが首を切断していたのであれば、体の生成のため骨格を形成するところから始めなければならなかったが、首の皮一枚つながっていたことでくっつける作業だけで済む。

「じゃあ、今度はあなたの頭を落としてあげましょう」

 血まみれの左手で鈴仙の首を掴み、力を込めて気道と血管をぎっちりと塞いだ。顔の色が真っ赤に変色し、逃れようと抵抗を示すが指を引きはがせないようだ。

 右足から右肩まで切断に近い形で斬られていた肉体は、既に再生を終えている。首も頚椎ごと切断されたようには見えない程に綺麗に再生していき、しゃべる声に穴の開いている気道から息の漏れる呼吸音が混じっていたが、次第に消えた。

 彼女たちの決死の覚悟で負わせたであろう怪我は、十数秒から数十秒の短い時間で完全に無に帰す。怪我があったであろう血痕だけが残されているが、それはすでに過去のもので、意味のない功績である。

 首を絞めつける私の腕に、鈴仙が手に持ったままだった観楼剣を叩きつけるが、皮膚に刀を押し付けた痕が残るが、小さな切り傷すらつけることはない。

 身体強化の賜物だが、先の斬撃で身体を切り裂いて見せた切れ味はどこに行ったのか。生身の体を切ったとは思えない金属音を発すると、オレンジ色の小さな火花を散らして観楼剣が刃こぼれした。

 必死に刀で私の腕を切断しようとしているが、その分だけ観楼剣には刃こぼれの痕が刻まれていく。あれだけ赤かった鈴仙の顔色が、赤を通り越したと思うと今度は真っ青になっていく。彼女の死も近そうだ。

 この兎が死ねば、波長を操られて場所を認識できない永琳達も見つけることができる。ゆっくりと窒息していくのを待っている時間もなく、首を捩じ切っても頑丈な月の民であるためしばらくは意識が残り、能力も使える可能性がある。

 頭を脊髄ごと引き抜いて潰そうと手を伸ばすが、なぜか鈴仙に届かない。いや、到達できないように距離を操作された。

 悪足掻きだ。仕方がない、このまま縊り殺そう力を込めて首を千切ろうとするが、力を込めているはずなのに握り潰せないのは、潰すまでの距離を操られている。

「小賢しい…!」

 なら、これから新たな契約を作り出し、今使われている能力を無効化してやろう。契約自体には時間はかからないが、高頻度で命の代価を要求してくるため、その度に契約の回路を作らなければならないのは非常に面倒であるため、ここで確実に殺す。

 新たに契約を結ぼうとした時だ。近くの床に亀裂が生じたと思うと、陶器質のタイルを破壊しながらボロボロの勇義が飛び出した。頑丈な鬼であるためあれで死んだとは思っていなかったが、思っていたよりもぴんぴんしている。

 強力な技を使ったつもりだが、鈴仙が観楼剣を引き抜いた方の足で踏ん張って攻撃したため、威力が半減してしまったのだろう。

 吐血をしたらしく、口の端に血液の流れた痕がある勇義が私と鈴仙の間へと割って入り、首を掴んでいた腕を引きはがされた。

 鈴仙が指と首までの距離を稼いでいた事と、指と皮膚の間に入り込んだ粘性の高い血液と唾液が潤滑油の役割を果たしたのだ。それでも、皮膚や肉の一部を爪が削いだらしく、青白い顔で咳き込む鈴仙の首元が真っ赤に汚れていく。

 どちらかと言えば、鬼よりもあらゆることに汎用的な能力を持っている鈴仙の方が厄介に感じる為、腕を掴んでいる勇義を無視して兎を殴り殺そうとするが、私からは不可視となっている永琳が放ったであろう矢が目元を捉え、押し返された。

「ぐっ!?」

 防御能力を上げていたことで、弾かれた矢は折れて床に落ちていくが、意識外からの攻撃に鈴仙へ伸ばそうとしていた手が止まる。兎は血の滴る喉元に手を当てて咳き込んでいるが、視線をこちらに向けていないため能力が今が殺すチャンスだというのに、奴らに押さえ込まれた。

 あらゆる罵倒が口元から溢れかえり、怒りの矛先を鬼へと向けるが、魔力で淡青色に輝くカードをを握り潰した拳に、顔面を打ち抜かれた。矢で押さえ込まれていたというのもあるが、衝撃も相まってさらに私は後退する。

「く…そっ…!」

 何度やっても無駄だという事をなぜこいつは理解しない。泥沼のような足掻きに嫌気がさし、今度こそ頭を捥いでやろうと心に決めた。どうせこいつらの攻撃は私には通らない、また正面から叩き潰してやる。

 勇義のスペルカードに正面から迎え撃とうとした。目の前に位置する勇義の強力な殺気にマスクされて感じ取れていなかったが、これまでに分散していたと思われる殺気が後方に集約し、一つの気配として形成された。

 肩越しに振り返った先には、全身を包帯でぐるぐる巻きにされている人物が空中から現れていたが、包帯によって誰だかが判別することができなかった。だが、特徴的な両側の側頭部から生えた太い角、オレンジ色に近い長髪、手首には古くて頑丈そうな手枷がはめられていたことで、その幼女が鬼であることがわかった。

 勇義のような体格の持ち主ではないが、列記とした鬼であり、潜在能力は勇義に引けを取らない。その彼女が、勇義と同時にスペルカードを叩き割っている。

「「四天王奥義」」

 どのようなスペルカードだったかは覚えていないが、どちらも災害級の威力を誇る技だったはずだ。同時に前後からスペルカードを叩き込むことで威力を相殺させず、防御能力を上回る攻撃でダメージを与える腹か。

 私の防御能力は弾丸や爆発にも耐える。それを貫通させられる物なら、させてみろ。

『三歩壊廃』

『三歩必殺』

 スペルカードを放ったタイミングは完璧で、陣取った距離感も文句のつけようがない。しかし、咆哮して牽制する彼女達は、私からすれば滑稽でしかない。

 本当の破壊と言う物を教えてやろう。

 




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