東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十一話をお楽しみください!


東方繋華傷 第百九十一話 韜晦する華と蕩尽する命の鼓動

 巨大化した萃香の拳、強化された勇義の拳、万物を破壊する二つの拳が振るわれる。破壊の象徴とも言える鬼によるスペルカードが、寸分違わず同時に異次元聖を捉えた。

 当たった瞬間に打撃のインパクトが発生し、空気中を伝って衝撃がこちらにまで届く。近くで爆発でも起こったような威力に後ろに後ずさりそうになる。

 頑丈な鬼や生命力の高い吸血鬼でさえも、彼女たちの一撃には耐えられない。耐えることができたとしても、最低でも数十メートルは吹き飛ぶことになるだろう。

 二人がそれぞれにその威力を誇るスペルカードを放ったが、吹き飛んで威力を逃がされぬように、前後から挟み込む形で異次元聖が攻撃を受けた。

 いくら優れた防御能力を有していたとしても、あの二人のスペルカードを受ければ無傷では終わらない。例え、体が弾けて死ぬことはなくとも、身体の一部がぺしゃんこに潰れる可能性は十分にある。

 二人の打撃を受けた異次元聖は、体をすり身にすることなく耐えきった。だが、体の原型を留めることはできても、ダメージは残る。激痛の走る胸を押さえ、喀血か吐血をするだろうと思っていたが、彼女は顔色一つ変えない。

 それどころか、攻撃を放った後の二人に嘲るように嗤って見せた。痩せ我慢や強がりでの笑みは含まれないのは、波長の見える私でなくともわかったことだろう。

 スペルカード使用後特有の硬直に襲われた二人へ、今度は異次元聖が攻撃をけしかけた。重たい鈍重な攻撃を受けた直後とは思えない俊敏さで、正面に陣取った勇義には蹴りを、後方の萃香には振り向きざまに拳を振り抜いた。

 どちらも致命傷に匹敵するであろう威力の拳を身に受け、鬼たちはそれぞれ吹き飛ばされた。勇義は床を転がって倒れ込み、萃香は壁を半壊させそのまま瓦礫に体を預けて座り込んだ。

「私が結んでる契約の切れ目は受けた攻撃の回数やダメージによる総数じゃない。時間で決まるから、その間であればいくら私に攻撃しても、ダメージを与える事なんてできませんよ?」

 彼女が纏う波長の変化から、切れ目を狙うこともできるかもしれないが、攻撃が来ると分かった時点で契約を結ばれてしまうため、かなり難しい。

 胸元の入れ墨が契約の要となっているが、次の契約までの時間が短いのも難しさの一つと言える。それ以上に狙えない理由は、入れ墨が強固に守られているためだ。

 締め付けられた首元から血液が流れていくのを感じる。傷口を押さえながら後方に下がり、自分の波長を長くして身を隠す。長く隠れ続ければ、奴が広範囲の攻撃を仕掛けてくる可能性もあり、体勢を立て直すまでの時間はあまりとれないだろう。

 塞がれていた気道を空気がこじ開け、新鮮な空気が肺の中を満たしていく。肩で息をする私に、駆け寄って来た師匠が回復薬の蓋を開けて口の中に流し込んで来た。

「んぐっ!」

 決しておいしいとは言えない透明な液体を、抵抗することなく飲み込んだ。締め付けられたことで気道の一部を損傷していたのだろう、身体の修復による熱を感じる。

「すみません…」

「大丈夫…それよりも、さっきはありがとう」

 かわした言葉はそれだけだったのだが、彼女の口調が私のイメージする物と違う。もっと凛としていたような気がするが過去の思い出によるもので、美化されているというのは否めなかったが、それでも違和感を何となく感じた。

 私に薬を飲ませてくれた師匠の顔を見ると、向ける瞳の様子がおかしい。私が異次元の者と言うことで、警戒しているのかと思ったがそれも違う。若干だが、私が彼女に向けているのと同じ匂いがした。

 ああ、そうか。永遠亭をまとめている師匠たち、包帯を巻かれた萃香などの患者が戦っているというのに、元とは言え兵士が出てきていないというのは、彼女が参加できない状況なのだろう。

 そうか、死んでいたのか。

 私は師匠を失い、師匠は私を失っている。同じ姿をしていても、お互いに思っている人物は異なる。わかっていても、それでも、切り離して考えることができなかったのだ。

 私たちに感傷に浸る時間を与えてくれない、空気の読めない僧侶から魔力の流れは感じなかったが、波長が攻撃的な流れに変わっていく。

 探し出せないと思った異次元聖が広範囲を薙ぎ払うつもりなのだろうが、私が逃げた方向を攻撃するのだろう。空中の何もない所にまで、腕に集中していた波長の乱れが延長していく。

「悪魔の剛爪」

 その名の通り異次元聖の指から延長された謎の波長は爪を表しており、こちらに向けて薙ぎ払われた。てゐはちょうど反対側におり、二人の鬼も範囲外で倒れている。

 あてずっぽうにしてはピンポイントでこちらに攻撃してきている。波長の操作で見えないようにしているつもりだったが、奴には見えている可能性が浮上した。

 防御能力を向上させる胸の入れ墨の効果がどれだけあるのかわからないが、これからは見つかっていることが前提で動かなければならない。同じ戦法は通じないと考え、一度のチャンスを逃さないために慎重に使用していかなければならない。

「くっ!」

 師匠が持っていた瓶を捨て、爪から逃れるために走り出そうとするが、攻撃の速度を考えるとそのまま数枚に卸される。持っていた観楼剣を捨て、逃げようとする彼女の肩と腕を掴んだ。

「すみません!」

 逃げようとする行動と相反する行動をしたため、師匠が驚いた表情を浮かべる。異次元聖の攻撃は地面と水平方向に薙ぎ払うため、攻撃対象ではない空中へ投げ上げた。

 力任せに投げたことで、天井にぶつかってしまうかもしれないが、切り裂かれるよりはましだろう。師匠に同意なくやったことに申し訳はなくなるが、それよりも次の対応だ。

 師匠を担ぎ上げたまま飛び越えればよかったかもしれないが、自分の体重も持ち上げるのは今の私には難しい。投げ終わると同時に迫っている見えない爪からの回避行動をとる。

 不可視の爪だが、波長の境界からおおよその幅がわかる。爪と爪の間に体を滑り込ませる形で飛び込んだ。

 角度を僅かにでもずれてしまえば体を両断されてしまうが、三十センチも幅があれば私は余裕で通り抜けられる。

 痛みは体のどこからも感じないが、肩らへんの服を爪が引き裂いた感覚がする。通り抜けた私は転がって着地しながら無傷を確認し、取り出したスペルカードを起動した。

 もし、ここまで見えていなかったとしても、ここからは攻撃的で波長の短くなる私の姿は奴に見えている事だろう。

「幻爆『近眼花火(マインドスターマイン)』」

 右手に魔力が集中していく。プログラム通りの行動で、人差し指を異次元聖へと向けた。魔力の淡青色とは反対の色、真っ赤な弾丸様の弾幕が射撃される。

 一発ではない。同時に射出された複数の弾幕が、音速に近しい速度で僧侶へと到達する。赤黒い光を放ち、拳ほどもある弾幕はすべて同時に爆発を起こした。

 人一人程度なら飲み込んで爆散させる威力を誇るが、勇義や萃香のスペルカードの威力を無視した防御能力を見ているため、食らっていないことが前提でこちらも動く。

 硬直から逃れると同時に、床に落としていた観楼剣を拾い上げた。弾幕や肉弾戦に私は自信があまりない。組み敷いたりできていたのは奇襲に近く、異次元聖が慣れていなかったためだ。

 四天王の二人はいるが、現在は戦える状況ではない。接近戦で戦えるのは今は私だけとなり、奴も私が居ることを念頭に置いているだろう。そんな状況で殴り合いや掴み技に持ち込もうものなら、一瞬で壁の染みになるのが目に見える。

 弾幕やスペルカードを駆使して隙を伺い、観楼剣で一気に叩く。問題があるとすれば、鬼神の如く戦う異次元聖に隙を見せることができるのかだ。私の能力でできることも限りがあるため、そう長くは続かないだろう。

 黒色の爆炎を突破し、異次元聖がスペルカードの中から出現した。服などに焼けた跡が多少見受けられるが、彼女自身にダメージは皆無だ。

 かなりの至近距離でスペルカードを撃ったため、数メートルなど一瞬で走り抜けられる。爆炎を通過した異次元聖が拳を振りかぶると、正拳突きを放たれた。攻撃をしてくることは予想していたため、上体を逸らして避けた。

 当たれば即死するであろう拳が顎先を掠める。緊張で嫌な汗が頬を伝う。私には死の恐怖を乗り越えられるだけの精神力はなく、重圧に押し潰されそうだ。

 逃げ出したいと訴えている本能を押さえ込んだのは、意外にも数年間ずっと心の内で燻ぶっていた後悔だった。

 何かできたんじゃないか、どうして行動しなかったのか。慢性的に続く苦しみを味あうのも、味合わせるのもごめんだった。

 それにここで逃げたら、それこそ助けられずに先に逝かせてしまった師匠たちにも顔向けできない。後悔からどうにか自分を振るい立たせたが、死は怖い。

 何年も、何十年も、人間とは比べ物にならない途方もない時間も生きていたとしても、いつになっても死は怖い。もし、師匠たちがいない状況、自分一人だけだったのであれば、異次元聖と対面することすらできなかっただろう。

 反らした上体を更に仰け反らせて地面に向けて落としていく、後頭部を床に打ち付けぬように両手で上半身を支え、下半身を腹筋で持ち上げる形で攻撃をしてきていた僧侶の顔面を蹴り上げた。丁度、宙返りをする形となり、着地と同時に飛びのいて異次元聖から距離を取る。

 鈍い音がするが、蹴り上げたつま先が痺れる。その感触からダメージは期待できなかったが、それにしても異次元聖の復帰が速い。

 攻撃した直後に飛びのいたというのに身体能力の差があるため、ほぼほぼ離れることができずにぴったりと就いてこられた。むしろ、追い抜く方が容易いはずだが、奴に遊ばれているのだろうか。

 私がさらに行動を起こす間に、腹部に向けて拳を放たれた。波長を操り、距離を延長することで、当たる寸前で避けた。

 この避け方もいつまで続くだろうか。今回の攻撃は何とか直撃を免れたが、拳が服を掠っていたらしく、一部布が裂けてしまっている。肌がヒリヒリと痛み、自分の速さに対する距離の操作を誤ってしまった。

 手の届く範囲は異次元聖の領域であるため、更に後方へ逃げようとした時、空気を切る甲高い音がした。

 僧侶の側頭部へ目掛けて高速で矢が射出され、見事に矢じりが皮膚にめり込んだ。私の蹴りが全く効果が無かった時と同じく、ダメージが期待できない金属音を響かせて弾かれた。

 師匠が矢を射った事で、長くして認識できないようにしていた波長が狭まり、異次元聖が彼女をその凶悪な瞳で捉えた。

 異次元聖の波長が変化し、契約とやらが効力を失ったことがわかる。次の契約切れまで戦況を維持できるかわからないため、叩くなら今だ。

 師匠のお陰で私は距離を置くことに成功し、そのまま攻撃に移りたいが、標的が師匠へと変わってしまった。痩せた私よりも体重があって有利だったとしても、近接戦闘ができるようには見えない。何百年も訓練した私の方がまだ戦えるはずだ。

 距離を操り、異次元聖に回り込んで奴の前に躍り出た。距離を操って加速させたとしても、異次元聖が誇る身体能力から奴を止められるかは際どかったはずだが、余裕で回り込めた。

 固有の能力により、私の方がスピードが出たのかと思ったのも束の間。異次元聖が浮かべる笑みに、追いつくことができたのではなく追いつくように誘い出されたのだと表情を見るまで気が付けなかった。

「っ…!!」

 しかし、気が付けたとしても退く選択はない。後ろには師匠がいるため、奴にとっては私が逃げても逃げなくともどちらかには攻撃することができてしまう。

 スペルカードを使うにも、攻撃体勢へ移っている異次元聖相手に、行動の制限がかかる技はリスクが高い。だが、スペルカードでなければ奴を退けられない。

 私の魔力の変化から、スペルカードが来ると異次元聖も察したのだろう。奴から感じる波長に変化が生じてしまった。次の契約までこれから長くも短くもある時間、奴の攻撃を掻い潜らなければならない。

 起動したスペルカードを大量に射出した弾幕で撃ち抜いた。カードを貫通した弾丸に被弾するが、防御力の高い奴の勢いをほんの少し削ぐ程度で足止めにはならない。

 こちらがどんなことをしても鬼のように突っ込んで来る異次元聖へ、抽出したスペルカード撃ち放った。

「赤眼『ルナティックブラスト』」

 大量の魔力が目元に集中し、拳を振りかぶる異次元聖へレーザーが放たれた。視界全体が真っ赤な光に覆われ、私が出せる最大のレーザーが僧侶を包み込んだ。

 鬼のスペルカードをものともしない防御能力が在るため、最初からダメージには期待などしていない。私をおびき出す為だったとしても、その後に狙われるのは師匠であるため、彼女が逃げるまでの時間を稼ぐ。

 足を止めさせることができたのなら十分だ。一歩でも後退させることができたら十分以上。奴になるべく食らわせられるよう、ギリギリまで引き寄せてから放ったのが吉と出るか凶と出るか。

 永遠亭はこれまでの戦闘で倒壊するかもしれないが、手加減して命を取られては元も子もない。頭の中からはじき出し、最大の威力で放ったつもりだったが、レーザーの中央にいる異次元聖の赤い影が消えない。

 それどころか人型の小さな影は、ゆっくりと巨大化していく。影の形が人型を成し、放っていた弾幕を引き裂いた。

 スペルカードを打ち消されたことで、私は自然と技を終えた時以上の硬直へと見舞われる。一秒か、二秒か、それだけあれば彼女にとって私を殺すことは難しい事ではない。

 彼女が大きくこちらへと踏み出すが、スペルカードを発動する直前にこちらまでの距離の操作、見えている景色の距離感を操作をした。奴の攻撃を食らわないようにする最大限の努力をしたが、奴は距離感を見誤らずに拳を放った。

 鋼鉄をも穿つ拳が、ゆっくりと右わき腹を貫いた。距離を操っていたことで到達までの時間がかかり、やたらとゆっくりに感じたが、威力は全く変わらない。骨を砕き、内臓をひき潰す。

「あっ……がああああああああああああああああああっ!!?」

 拷問で死なない程度の激痛を、苦痛を味合わせられることはあったが、異次元聖の明確な殺意による致命傷は初めてだった。あまりの激痛に絶叫を絞り出していた。

 激痛で感覚が麻痺し、処理能力が極端に低下して思考が酩酊する。動けるようにはなっていたが、貫かれた身体を引き離すこともできない。

 それでも訝しげな表情をしているのは、私を殺し切れなかった事に驚いているのだろうか。鬼にあれだけのダメージを負わせられるパンチだが、やせ細って弱っている私には強すぎた。拳のエネルギーを肉体に移し切れず、全身を砕くには至らなかったのだろう。

「ごぼっ…!」

 血液が込み上げ、たまらず吐血した。ここから反撃などできるわけもなく、私から血まみれの腕を引き抜き、顔面を打ち抜こうと逆側の拳を掲げた。抉られた脇腹を押さえ、膝から崩れ落ちる。動脈の一部を損傷しているのか、足元に大量の血液が溜まっており、膝をつくと血が跳ねた。

 致命の一撃に、私は体を動かすことができず、頭部を潰される未来が予想された。睨む視界の先、頭を潰そうとする異次元聖越しに、大小さまざまな大きさの岩石が空中で寄せ集められ、一つの岩石が形成されるのが見えた。

 前からの怪我と、異次元聖に負わせられた傷がかなり深そうに見えていたが、口の端に残る血の跡から間違いではないのだろう。苦しそうな彼女は力を振り絞り、攻撃を繰り出した。

 空中へ跳躍した彼女の手元に岩石が形成されると、魔力で強化されてこちらへと投擲される。

 私ごと吹き飛ばす位置関係だが、異次元聖の様子からこれでは勝負がつかないと彼女も悟っている。波長を操ることのできる私の狂気を操る程度の能力が戦況を左右するため、全力で気を引こうとしている。

「萃符『戸隠山投げ』」

 異次元聖の変化した波長は未だに変わらない。豪速で投げられた岩石が身体に当たると同時に砕け、周囲に飛散する。やはり防御能力は顕在したままで僧侶の体勢を多少変える程度にしか効果が無い。

 萃香の攻撃を無視し、私の頭をぶち抜こうとする異次元聖の腕へ、金属音を響かせながら鎖が巻き付いた。

 年期が入って古びている鎖は、着地した萃香の方向から伸びている。スペルカードによる硬直を空中で終わらせ、新たなスペルカードを鋭い牙で噛み砕いた。

 蛇が蜷局を巻くようにして鎖が拘束するが、異次元聖が金属を引き千切れないわけがない。精一杯時間を稼ごうとしてくれているのだろうが、腹部を貫かれている私は歩く力も振り絞れない。

 彼女たちの攻防を見上げていると、鎖を通して異次元聖の持つエネルギーを、魔力の波長が萃香に向けて移動するそぶりを見せた。力を吸収して、戦闘の継続を図るつもりだ。

「酔神『鬼縛りの術』」

 大量の魔力や力のエネルギーを吸い出すそのスペルカードは、一時的とはいえ力を吸い出した分だけ身体能力を底上げする。萃香の攻撃能力は非常に高まり、敵は一時的に弱体化する。彼女たちも、残りの力を注ぐ短期決戦に持ち込もうとしている。

 この異変が起こるずっと前に、鬼と戦う事も少なからずあった。人間なら力を吸い出されて即死してもおかしくはないが、魔力を使えていたとしてもかなりの力を吸い出され、満足に動くことすらできなくなった覚えがあった。

 それだけの力を吸い取るスペルカードだが、異次元聖はいくら力を吸収されても顔色一つ変えることなく腕を薙ぎ払った。萃香から僧侶まで、重力で撓んだ鎖でつながれていたが、しなっていたのが嘘のようにピンと鎖が張ると、スペルカード中で動けない鬼の右手が千切れ飛んだ。

 手首に付けられていた手枷から先が切断された。手が壁にへばり付き、床へと落ちていく。ゆっくりと地面に手が落ちていくが、それだけの時間があれば硬直から向けだすことができそうだが、切断された手首の傷から漏れ出す血液を、青ざめた顔で見下ろす萃香は動くことができない。

 手枷がつながる鎖を振り回し、動きを完全に停止させている萃香を捉えた。頭部を鎖で強打され、年端も行かぬ少女に見える鬼が後方へ吹き飛ばされた。

 古びた手枷が当たった瞬間に砕けたことで、形状を維持したままよりは多少威力は半減しただろう。それでも、壁をぶち抜いて横たわる彼女は、しばらく動くことはできないだろう。

 萃香が時間を稼いでくれている内に、別方向から勇義が私を異次元聖の元から引き剥がしてくれるが、自分の波長を長くできておらず、私の動きを察知した僧侶が振り回していた鎖をこちらへ薙ぎ払った。

 勇義と鎖までの距離を操るが、片腕を失い、他にも負傷している彼女の足取りが重い。できうる限りの時間を稼いでも、避けるに至らなかった。

 できるだけ逃げよう、避けようとする素振りはあったが、鎖が彼女の肩を捉えた。普段なら鎖を逆に砕くだろうが、私を抱え上げる腕に直撃すると、金属が砕ける音ではなく、骨の砕ける乾いた音が響く。肩口から砕かれた骨が飛び出し、解放骨折してしまう。

「ぐっ…!!」

 明らかに苦痛を浮かべると、走っていた勇義の重心が傾き、地面に倒れてしまった。抱えられていた私も勿論投げだされ、床を転がり落ちた。受け身など取れるわけもなく、どちらも派手に床に倒れ込む。

「うっ……くっ…!」

 うつ伏せに倒れ込んだ体を起こそうと床に手をつくが、上半身すらも持ち上がらない。貫かれた腹部の傷が深く、だらだらと床に血が広がっていく。

 放っておいてももうすぐ死ぬであろう私だが、邪魔になると分かっている異次元聖はできるだけ早く仕留めたいのだろう。

 肩を押さえて倒れている勇義を超え、私の元へと歩み寄ろうとしている。異次元聖が纏う波長が若干変わり、悪魔との契約とやらが切れたのだろう。その切れ目を狙って弾幕を放ちたいが、体が言うことを聞かず、叶わない。

 空気を切る甲高い音が聞こえ、金属の矢じりを携えた矢が異次元聖の頭部を貫こうとするが、直前で僧侶の手刀に叩き折られた。

 いくら奇襲を仕掛けようとしても、その前に気配で気取られてしまう。せっかく後方から放ったが、私たちよりも感覚の優れる異次元聖にはあっさりと勘づかれた。

「くっ…!」

 チャンスを活かせなかった師匠は歯噛みし、弓返りした弓を戻して矢を番えようとしているが、一射目で当たらなかった攻撃が二回目で当たるわけもない。引き絞った矢を異次元聖へ向けているが、そちらを見ているのであれば、どう間違ったとしても当たることは無いだろう。

「邪魔ばかり、面倒ですね…」

「邪魔するに決まってるでしょう…二回も部下を失ってたまるもんですか」

 そう呟く師匠は油断なく構えているが、向けられた殺意に弓を握る手が小刻みに震えている。彼女の攻撃は次の一射が最後になる事は確実であるため、冷汗も浮かんできている。

「そうですか、なら全員まとめてやるとしましょうか。それなら失うと感じることもないでしょう?」

 そう呟く異次元聖の纏う波長が大きく変化し、強力な攻撃が来るという予兆を感じる。爪の様なもので引き裂かれた時と今の波長が似ており、防御能力や攻撃力を上げるなどの、自分一人で完結するタイプの契約ではないのだろう。

「身を捧げ、命を注げ、逆転せし狂気の聖杯を満たせ。穿て、神殺しの槍」

 

 

 

 全てを穿つ、禍々しい悪魔の槍。人間に向かって扱うとしたら大きすぎ、切先だけでも長さは一メートルを超え、太さは二十センチはある。普通の槍と変わらない形態をしているが、見慣れたものではない。材質は金属の無機質な物とはかけ離れており、何かもわからない生物的な肉質で形成されている。

 表面は人間に似た質感の皮で覆われているが、所々皮が剥げており、その下には繊維が束ねられた筋肉のような物で埋め尽くされている。皮と筋肉に似た物体の間を、赤黒い血管に似た器官が走っており、時折脈動している。

 物と言うよりも、者に近い得物は、木のように突如地面の底から現れると、地表を砕いてその姿を晒し出した。流れる時間の速度が異なるメイドであれば、避けられたかもしれないが、疲弊しきっている鬼たちや医者たちには難しかった。

 十三本の槍がここにいる人物を時間差なく同時に串刺しにした。反応できた者は一人いたが、体が付いて行かなかったようで、他の者たちと同じ運命を辿った。

 仰向けに倒れていた勇義が背中と首を貫かれ、立とうとしていた萃香が頭と胸、足などを貫かれた。直立して弓を構えていた永琳は陰部から抉り込んだ槍が頭部まで貫通している。

 狂気を操る程度の能力が弱まっていたことで、認識自体はできていたてゐも胸を槍で貫いていた。

 辛うじて死んでいなかった勇義やてゐは致命傷を受けたことで、ゆっくりと意識を混濁させ、徐々に死んでいった。時間にして十数秒しかかからず、呻き声や絶叫はすぐに途切れ、ぐったりと重力に身を任せる。

 彼女たちから流れ出た血液が槍を伝い落ちる。人の皮に似た表面を流れ出た血液が彩り、禍々しさと異形さを加速させた。地面に血の池が形成されていくが、槍に吸収されているのか血だまりがゆっくりと小さくなっていく。

 槍の脈拍も血を吸収するごとに強くなっていく。蔓や根のような赤い管が槍から延び、槍に串刺しになっている人物たちをゆっくりと包み込んでいく。

 普通の植物よりも、生物的な動きのする赤い管は鬼たちや医者たちの皮膚を抉り、体内へと侵入していく。養分を吸い上げ、動物的な見た目とは裏腹に、乖離した存在である植物が作り出されていく。蕾が形成され、大量の華が咲き誇る。

 咲いていく貪婪な華は、花弁の色は95%が紫を主体とした鮮やかな色だ。全ての色が紫色になるはずだが、吸い上げた養分によるのか、魔力の影響か。それとも突然変異を急速に行っているのか、ちらほらと青や赤、黒などと言った花も見られた。

 花自体も私たちが想像するような、数枚の花弁でできている形状とは異なる。数十枚になる棘のような花弁が集まっており、茎の赤とコントラストが威圧的で見たものを畏怖させることだろう。

 死体を植物が包み込み、華で覆い隠していくため、槍に突き刺さる死体自体が華のようにも見えた。魔界ではよく見た光景に、懐かしさが込み上げる。

「どうですか、美しい光景だと思いません?」

 華になっていく彼女たちを見上げながら、地面に横たわる唯一地面から来ると反応を見せた兎へと問いかけた。返り血まみれであるが辛うじて息はあり、呻き声をあげる。

「っ……くっ……ぅ…」

 槍を調整して、ワザと鈴仙を残したわけではない。他の人物たちと同じように狙ったつもりだったが、生き残ってしまったのだ。

 腹部を槍が貫いたが、私が腹部の一部を抉っていたことで胴体の幅が狭まり、切断となって串刺しにはならなかった。上半身に当たらなかったのは彼女の運が良かっただけだが、下半身は他の死体と同じく華に包まれている。

「そ…そん…な………!」

 上半身しか残っていない彼女は、返り血でまみれている顔を上げ、血で赤く染まる目で絶命する鬼や医者、兎を見上げた。この目が眩むような光景に泣き出しそうな声を上げる。

「すぐにあなたも同じく華にしてあげましょう」

「く…そっ……!なんで……なん…で……死なないんですか…!」

 彼女たちにとって、私を一番追い詰めることができたのは首を切断しかけた時だ。それで死ななかった理由がわからず、逆に皆を失ったことで、吐き捨てるように鈴仙が呟いた。

「ああ、それはこれですよ」

 彼女に見せびらかす様に、舌を突き出した。彼女には舌に入れ墨で、再生の意味を持つ契約が刻まれているのが見えることだろう。

「あなたがもう少し上を切っていれば、皆が死ぬことはなかったんですよねー」

 笑いながら私が彼女に言い放つと歯を食いしばり、悔しそうに瞳に涙を溜めた。今更分かったとしても、下半身を失っている鈴仙に何ができるだろうか。涙を流す彼女ももうすぐ死ぬだろうが、私が命を終わらせてあげよう。

 押し殺した声で泣き、項垂れる頭部を上から靴で踏みつけ、悲鳴を上げさせる間もなく、頭蓋とそれに保護されていた神経器官と脳漿を床にぶちまけさせた。

 静寂が周囲にを支配した。完全に成長しきった死体の花が花粉を飛ばし、種を残そうと種をバラまいて華の異様な領域を広げようとしている。

 ここも時機に花に埋もれていくことだろう。その前に、下半身と頭部を欠損する鈴仙を使って入れ墨を彫ることにしよう。

 




ちなみに、アザミの花が咲いている設定です。


私情で申し訳ございませんが、やんごとなき理由(転職)で遅れます。
次の投稿は11/26の予定です。
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