それでもええで!
と言う方のみ第百九十二話をお楽しみください!
「起動」
破壊された壁や天井に火が広がり、灰色の煙が上がっている。高い位置にある華から花粉が雪のように舞い落ちてきてきた。
舞い落ちる花粉からはその内新たな花が咲いていくだろう。吐息で花粉を吹き流しながら永琳達を串刺しにしている槍の間を通り抜け、永遠亭の外に向かう。
指先にこびり付く血と墨を服で拭い落そうとするが、細かい粒子である墨は指紋の間に潜り込んでいるため、中々落ちない。
歩く足を止めることなく、入れ墨を入れたばかりの腕を見下ろした。傷をつけられる前と同じように模様と模様をつなげたため、使用は問題ないだろう。
ようやく本題に入れる。だいぶここで時間を食ってしまったが、村の方面ではまだ戦いが続いている事だろう。少し前まで舞い上がった砂煙と魔力の粒子が邪魔で見えなかったが、砂塵も魔力の粒子もなくなったことで、魔力の流れから戦っているのを感じる。
長年いた世界に近い空気が懐かしく、ここを離れる前に今一度その空気を肺に取り込んだ。ゆっくり息を吐き、鼻から大きく息を吸い込んだ。火から来る煙煙の不純物も交じっているが、世界の空気に触れられる貴重な機会だからこの際目を瞑る。
魔界に近しい匂いを感じたいと思っていたが、吸い込んだ空気からはなぜか何も感じなかった。
深呼吸をする前には普通に呼吸していた為、匂いを感じずらくなっているのかと思ったがそうでもない。
物が焼ける刺激臭や、私が踏み潰した鈴仙から垂れ流される血液の匂いがまるで感じられない。指を鼻に近づけて匂いを嗅いでみるが、血の匂いも入れ墨に使った墨の匂いも漂ってこない。
服の匂いも、外から舞い込んでくる土や植物の匂いも何も感じられない。ここまできて、ようやく異常事態である事を脳が理解した。入れ墨を入れている段階で痛みや物を触った感触はあるというのに、匂いだけ感じられない。
ぬえには足に刀が刺さっている事を誤認させられていたが、その後に匂いを感じれてはいた。鵺の仕業ではなく、鈴仙の能力によるもの以外考えられない。
しかし、頭を踏み潰して確実に殺したはずだった。波長の能力で狂気を侵され、私が幻術でも見ているというのだろうか。ならば、奴の波長に対する契約を結び、幻術を打ち破ればいいだけだ。
己の中にある命を消費し、契約を交えようとしようとした時だ。紋章に命のエネルギーを注ごうとすると、自分の中にあったはずの取り込んだ命の鼓動が消えていた。まだまだ余裕があると思っていたが、いつの間にか枯渇してしまっていたのだ。
無くなっている事に対しては問題ないが、無くなる過程がおかしい。連中が私に与えるダメージ量により、消費が激しくなってしまうが、この程度の戦闘で枯渇しない量の命を溜めていたはずだった。
「なにが…」
ならば魔力で幻術を打ち消すしかないだろう。自分に掛かっている幻術を解こうとすると、彼女が言う所の波長が変化していくのだろう。視界の様子が変わり、目の前には殺したはずの鈴仙の姿が現れ始める。
命を使い果たしているため、彼女の弾幕を弾くほどの防御能力を生み出すことができない。魔力では大した耐久能力を望めないが、多少なりとも上げておくとしよう。
その段階で魔力を紋章に流そうとしても、流すことができない事に気が付いた。当たり前すぎる行動ができない事に困惑していると、私を掴んで見下ろしている鈴仙が呟いた。
「あなたは言いましたね、契約に運は必要ないと。でも、要求されるコストについての運は悪かったみたいですね」
そこまで言われなければわからなかった。運しか取り柄のないと嘲笑い、戦闘能力が皆無の彼女の存在を軽んじていた。
契約による防御能力や攻撃能力の上昇などと言った所に運が介入することは難しいが、契約をした後の悪魔が要求する命の量については契約を交わしていなかった。
一回一回の契約にも少し時間がかかるためダメージ量で上限を作り、上限に達したら契約をもう一度結ぶ。その形よりも、時間の経過で契約を結んだ方が管理もしやすく、受けたダメージ量に対する対価を支払うだけでいいため、使い勝手がいい。
あの、運しか取り柄のない無能に、そこを狙われた。安易に契約の内容をしゃべるべきではなかったかもしれないが、運がどの程度まで介入できるかわからないため、結果は変わらなかった可能性がある。
とはいえ、彼女たちもかなりボロボロだ。私の中にある命が尽きたのは、最後の槍で貫く直前だ。完全に槍を形成させることができず、威力が大幅に低下していたと考えられる。
魔力で戦うしかなかったとしても、契約を挟めばただの強化よりも力は発揮できる。先よりも時間がかかるが、彼女達よりも攻撃能力は高めることは難しくない。
殺しに行こうとした直後、強烈な違和感に襲われた。私の身長よりも、鈴仙の方が頭一つ分は低かったはずなのに、なぜ見下ろすことができているのか。
「それと、楔の弾頭は…取っておくべきでしたね」
幻影の効果が感覚にも及んでいたせいで、しばらく気が付くことができなかった。首から下の体の感覚が一切なくなっている事に。
いつから頭を落とされていたのかわからないが、視界内に見える倒れ込んだ胴体からは未だに勢いよく血液が流出している。人間以上に体が丈夫であるため、これだけの時間が経過していても意識が残っていた。
意識が残っている内に、舌に刻んでおいていた身体を再生させる契約を結びたいが、あれも大量の命を消費するため、貯蔵のない今は体を再生させることはできない。
悪魔たちに対価の後払いは存在しない。通常の受けた分だけ、使った分だけ最後に要求されていたのは、命があることが前提である。
例え再生させたとしても、魔力で全員殺し切り命を捧げられる確証もない。悪魔もそれがわかっているため、貯蔵が全くない私に力を貸すことはない。
悪態をつき、叫び声をあげたくなるが、声を出すための器官は胴体の方に残っているため、声を上げることは叶わない。
最悪だ。悪夢だ。屈辱だ。こんな、こんな奴らに私の理想を砕かれるなど、不愉快極まる。
有利に立ち回って蹂躙する側だったはずなのに、下に見ていた人物に手も足も出すことができずに死んでいくなど、慙愧に堪えない。
もう、達成まで指が届きそうだというのに、その頂から私は転げ落ちるのを感じていた。奈落の底まで真っ逆さまに。
嫌だ。最後の最後に感じた感情が、こんな惨めで、屈辱的で、無念でならないなど、受け入れられない。受け入れたくない。
しかし、そんな私の深い悔恨などお構いなしに、その時がやってくる。意識が遠のき、幻術を見ていた時の鬼たちのように視界が明暗し始めた。恨み言の一つでも絞り出そうとするが、唇が引き攣るだけで言葉など出てこない。
そちらには行きたくない。何百年、何千年と怯えて遠ざけていた死がこちらに向けて邁進し、ついに私を掴んだ。
こんな死に方は嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。私はそう何度も飽きるほどに叫び、抵抗しようとした。
だが、そんな抵抗とも呼べない願望など、風の前の塵だ。手を引く力の方が圧倒的に強く、深海のように暗い意識の中へ、暗い場所へと引き込まれた。
居心地の悪い異次元の世界から、住み慣れた世界を繋ぐ瞳の形をした境界へと蹴り飛ばされると、薄暗く曇った元の世界へと転がり出た。
スキマを守っていた聖たちに異次元霊夢が来ると呼びかけ、すぐさまスキマに向けた弾幕を放ったが、反応できたのは辛うじて聖だけだった。
レーザーと弾幕を見えもしない敵へと入ってこれないように牽制し、霊夢と挟み撃ちにするつもりだったが、そうはさせないつもりなのだろう。決して大きいとは言えないスキマは、敵が出てくるのがわかっていれば格好の的となる。
二人分の弾幕しか放つことはできなかったが、動きを止めるのには十分だ。止められずとも、歩みを遅くさせられれば霊夢がここに来るまでの時間を稼げる。
できうる限り通り、抜けられる隙間を埋めるように弾幕を放った。異次元霊夢が見える前から放ち、スキマを潜らせないつもりで牽制していたはずだが、ぬるっと境界から現れると蛇のように弾幕の間を潜り抜け、数メートルの距離を取っていた水蜜とぬえの元に到達する。
早い、人間の身体能力を頭一つ分以上も抜けている。遅れながらも弾幕を放とうとしていた水蜜に針を突き刺し、その隣にいたぬえをお祓い棒で殴り倒した。
お祓い棒で額を打たれたぬえの顔が跳ねあがり、曇天を仰ぐ。その状態では異次元霊夢の追撃を守ることも難しいだろう。水蜜は針で胸や首元を狙われ、苦悶を訴える表情を浮かべる。それでも反撃しようとしているが、掲げたお祓い棒を後頭部に食らい、意識を失って地面に伏せた。
二人に当たらないように再度弾幕を放とうとするが、脳震盪を起こして倒れていく二人の体を利用し、迂回しながらもこちらにまで一気に距離を詰めてくる。
レーザーを放ちたいが、ぬえと水蜜に当たる軌道を走る異次元霊夢がかわせば二人に当たってしまう。弾幕として放とうとしていた魔力を切り替え、鬼の攻撃力の性質を込めた魔力で全身を強化した。
こちらへ突撃する異次元霊夢へこちらからも前進し、拳を叩きつけた。当たれば人間程度なら粉砕できるが、巫女相手には当てるのが最も難しい。全力で繰り出した私の拳と、魔法で強化した聖の蹴り、どちらもやつを掠る事すらしなかった。
私よりも速度の速い聖の蹴りを受け流し、そのまま拳を叩き落された。前腕の骨が折られ、痛みに反応が遅れた私の胸に蹴りが放たれる。防御に手を回そうとしたが、腕ごと後方へ吹き飛ばされた。
聖がさかさず異次元霊夢へスペルカードを放とうとするが、いつの間にバラまいたのか、彼女の足元には複数枚の札が落ちている。
「聖!」
最初の攻撃に巻き込まれなかった星が僧侶に警告したが、気が付くのには遅すぎる。巻物を開こうとしていた彼女が飛びのこうとするが、散らばった札に含まれていた爆発性の魔力が拡散し、淡青色の炎に巻き込まれた。
着地して立て直そうとしていたところに爆風が吹き荒れ、再度体勢を崩しそうになった。爆発で吹き飛ばした聖の事など気にもかけず、私の方へと異次元霊夢が跳躍した。
立ち上がるよりも異次元霊夢の到達の方が速いため、地面に付いた手や脚から魔力を地面に流し込み、奴との間に高質化させた地面を盛り上げて壁を形成させた。
高く、分厚く形成できていれば、それだけ逃げるだけの時間を稼げるが、作り出す時間が足りない。三十センチ程度しか厚さがなかったとはいえ、魔力で強化していたが、たった一撃で破壊されてしまう。
先ほどのように魔力の爆発を使ったのか、爆発性の魔力が周囲に拡散すると壁に亀裂が生じた。固められた土や小さな岩石が衝撃と爆音とともにこちら側へ飛び散り、発生した亀裂の間から魔力の炎が小さく瞬いた。
まだ小さな亀裂ができただけで完全に通過されたわけではないため、後方にさらに下がろうとするが、拳一つ分だった穴が更に大きく破壊され、異次元霊夢が姿を現した。
エネルギー弾を放ち、近くから吹き飛ばそうとするが、強力な魔力の流れに気が付いた。魔力の量からスペルカードではないが、その威力は凄まじい事が性質から予想される。
吸血鬼か見間違う速度で私に突っ込んでくると、エネルギー弾を放とうとしていた右手を捻り上げられた。自分で形成した壁の上部を弾幕が破壊し、左肩に針を突き刺された。
「ぐっ…!」
針にはたった今聖を吹き飛ばしたのと同じ性質の魔力が込められており、引き剥がさなければ彼女と同じように吹き飛ばされる。
右腕は使える状況ではないが、左手を曲げればどうにか針を引き抜ける場所を刺されたため、すぐさま引き抜こうと手を伸ばそうとするが、その手もお祓い棒で叩き折られた。
乾いた音と共に左手が手首からあらぬ方向へ折れ曲がり、激しい痛みに襲われる。未だにこの手の痛みには慣れることはない。前と変わらず痛みを感じ、燃えるように痛い。しかし、耐えることはできる。
痛みを歯を食いしばって耐え、逃げるのではなく逆に近づいた。捻りあげられていた右手を振り払い、拳を掲げてそちらで攻撃するそぶりを見せるが、魔力を足元に流し込み、棘状の性質を与えた。
本気で殴りかかるつもりだったが、直前で与えた性質を起動し異次元霊夢を串刺しにした。一本一本はさほどの大きさではないが、負傷させることができれば、倒せる見込みが高まる。
いくら強化したとしても基礎が人間であるため、当たれば皮膚や骨などは簡単に貫ける。奴の体を魔力で圧縮された非常に強固な針が磔にしようとした直前、ほぼすべての針がお祓い棒に叩き折られた。
土が弾け、異次元霊夢に刺さるはずだった針が地面に落ちるか回転しながらどこかへ吹き飛んでいく。身体の強化は行ったままであるため、鬼の攻撃力を持つ拳を巫女にそのまま繰り出した。
傷は治っても体に残るダメージが足を引っ張っているのだろう。威力は高くとも、スピードはお粗末だ。上体を逸らして放った私の左腕を伸び切らせると、肘を外側から殴りつけた。
耐久性能が特にない部位は、得物に耐えきれず骨と骨をつなげる関節がひしゃげ、曲がらない方向へとへし折れた。
防御方法を失った私の胸に、お祓い棒による更なる打撃が放たれた。胸から背中にかけて衝撃が撃ち抜き、一呼吸の間ではあるが息ができなくなった。足元が覚束無かったのもあり、後方に吹き飛ばされる。
「爆」
私が離れたのを見計らい、異次元霊夢が私の肩に針で縫い付けた札の効果を発揮した。この位置では腕と同時に頭も吹き飛ばされてしまう、これまでの手加減したのとは違うのが性質からわかる。
弱体化したとはいえ、折られた腕の修復や一部の損傷などはすぐに回復できる。しかし、頭や上半身を持っていかれたら流石の私でも再生させる前に死ぬ。この針にはそれができる程の魔力が備えられている。
イメージする。霊夢が死んだと思って暴走していた時の魔力のイメージを、そのまま針を刺された肩や頭に被膜させる。
項の部分から白濁した粘液に近しい液体が湧き出し、頭部と右肩と腕を覆い隠すと同時に、札に含まれている魔力が爆ぜ、大爆発を引き起こした。
視界全体が真っ青な光に包まれ、肩と頭に爆発の衝撃が駆け抜けるが、体にダメージを受けた痛みはない。
炎が消えると、肩や頭部の一部を白色の皮膚が覆っており、爆発の影響を殆ど打ち消してくれたようだ。
現在の魔力の質では、魔力を常に注ぎこまなければ形状を維持できないのだろう。爆発の影響で砕けた陶器質の皮膚が、さらに剥がれ落ちていく。
剥がれて割れた破片は落ちるとさらに細かく砕け、形を作っていた魔力の結晶となって消えていく。
結晶化していく破片を踏み潰し、右腕に再度魔力を纏わせる。白色の流動化した物体が腕を覆い、数メートルの巨腕が出来上がる。腕だけでも本体である私の重量を超えていそうだが、不思議と重さを感じない。
舞い上がった砂煙と魔力の細かい結晶を潜り抜け、佇む異次元霊夢へ巨腕を振り落とした。舞い上がった粉塵に紛れて見えていなかったのだろう。黒い稲妻状の模様が入る白い巨大な腕を見ると、奴はあからさまに動揺を見せる。
動きの素早さや瞬発力から余裕でかわすことができそうだったが、暴走時の私にトラウマでも植え付けられたのか、顔色が僅かに変わった。
たじろいだ隙に鈍器に近い右腕を叩きつけた。いくら動揺したとしても、お祓い棒で受け止める程度には思考が回っている。受け止めた瞬間、奴の居る位置が陥没し、周囲の大地が地割れを起こして割れていく。
再現しているとはいえ見掛け倒しではないが、これだけの威力があるにもかかわらず、潰すことができなかったのは衝撃の一部をいなして地面に逃がしたのだろう。
お祓い棒に角度をつけられ、巨腕をすり抜けられた。腕にお祓い棒を叩きこまれ、文字通り陶器のように粉砕される。攻撃能力ばかり伸ばしているため、暴走時の柔軟性や耐久能力が全くない。
暴走状態の全盛期を知っている彼女からすれば、多少動揺するところがあったとしても、見掛け倒しには変わらないらしい。強力な魔力の流れを異次元霊夢から感じ、スペルカードの予感がする。
それをさせずと再生させた左腕に魔力を集中させ、レーザーを薙ぎ払った。身体を柔軟に使った異次元霊夢がレーザーをすり抜け、お祓い棒で私の頭をかち上げた。
天を仰ぎ、奴に隙を見せてしまう。すぐに態勢を整え、追撃に対応しなければならないが、吸血鬼のように早いスピードに、次いで腹部を打撃が打ち抜いた。
「うぐっ…!」
連続した強力な打撃に後方に吹き飛びそうになるが、歯を食いしばってその場に踏みとどまった。砕かれてあとは崩れていくだけだった巨腕に再度魔力を通し、形状を変化させた。白色の腕が複数の手枷とそれにつながった鎖に変化し、全てが巫女を縛り上げようと意思を持って動き出した。
手枷と鎖にはそれぞれ金属の性質が含まれているため、ただ魔力を扱える人間が作り出した紛い物とは破壊の難易度が違うが、異次元霊夢にとってはどちらも大差ないのだろう。
腕や脚に枷が繋がる前に、お祓い棒が枷を鎖ごと叩き壊していく。動揺で強張った体の筋肉を解し、体のギアを上げていくことで鎖が巻き付く暇もない。
全ての手枷を破壊されて拘束に失敗した。踏みとどまった私に三度お祓い棒を振り抜こうとするが、一度失敗したのであれば、再びトライするまでである。破壊された枷を再構築し、こちらに向き直った異次元霊夢を後方から拘束した。
「っ!?」
首や腕、足等に枷が嵌り、お祓い棒を振り下ろそうとしていた行動が阻害された。それでもすぐに枷につながる鎖を破壊しようとするが、今度は私の方が速い。白い腕を十数メートルの鎖に変化させた。
異次元霊夢を拘束している枷とそれにつながる鎖は複数に別れているが、根元である私が掴む鎖に集約させている。足に鬼のように強力な魔力を通わせ、後方上空に向けて全力で跳躍した。
花畑で綺麗に整地された土地が、跳躍の衝撃で見るも無残な姿に変わっていき、主に申し訳が無くなるが、幻想郷の存続がかかった戦いであるため、目を瞑って貰うしかない。
十数メートルの鎖で異次元霊夢を引っ張り上げ、行動に対応される前に鎖を地面へと叩きつけた。衝撃で地面が割れ、捲り上がる。発生した風圧に大量の土煙が舞い上がった。
花のために柔らかく慣らされている地面では、ダメージを与えられなかったのか。それとも、受け身を取られダメージを軽減されたのだろう。
スペルカードに使用すると思われる魔力は、未だに性質も与えられずに奴の中で燻ぶっているのを感じる。
スペルカードに使うであろう魔力に、役割を割り振る時間や思考を使わせない。白色の巨腕を魔力を注ぎこんで形成し、地面に叩きつけた異次元霊夢を今度は薙ぎ払った。
ある程度振り回した後、再度地面に叩きつけてやろうと思っていたが、引っ張った鎖が嫌に軽い。先端に括り付けていた錘が無くなっている感覚だ。
枷を破壊されて逃げられたか、こちらに向かって跳躍し、鎖をたわませて引っ張られるまでの時間を稼ぐつもりか。どうやら後者だったようで、大量の舞い上がる土煙の中から異次元霊夢がこちらに飛び出した。
しかし、鎖にまだ繋がれているのであれば、魔力で鎖を操作して攻撃を妨害できるはずだったが、私が引っ張っていた鎖を全て破壊されてしまっていた。
生成した鎖も魔力で強化していたが、お祓い棒でガラス細工のように砕かれた。中空を駆け抜けた巫女がすぐ目の前にまで迫ってくる。損傷を修復して再度使用するかとも思ったが、鎖だった金属片が周囲に飛散し、直すよりも作り出した方が速いだろう。どちらにせよ、鎖を使う暇はない。
振り回そうとした直後に気が付いたため、思ったよりも早く防御に身を固められ、巨腕でお祓い棒を受け止めた。胸の前に構える本物ではない巨腕で受け止めたが、背中まで衝撃が突き抜ける。
そのまま攻撃を押し返そうとしたが、防御能力が皆無なのは先の攻防で知られており、逆に腕ごと顔をお祓い棒で打ち抜かれた。
ただお祓い棒で殴られただけではない激痛に襲われる。自分ではなく作り物の腕が破壊されたのはいいが、人生で二度目の、眼球を潰される感触はどうしようもなく耐え難い。
「ぐう…あああああああああああああああっ!!」
自分の弾幕で撃ち抜いた時には、周りのもまとめて吹き飛ばしたため、目の痛みはある程度はマスクされていたが、今回は右目のみを正確に狙われたことで、純粋な目の激痛に悲鳴が漏れた。
右目を押さえ、漏れる声を何とか押し殺した。至近距離では弾幕は使えず、拳を振り抜こうとするが、片目では距離感を測れない。お祓い棒が手の間をすり抜けられると胸を捉えられ、後方へと吹き飛ばされた。
空中に浮かんでいたはずだが、叩き落されたことで高度が落ち、背中から地面に墜落した。これまでの戦闘で土がかぶってしまっている花を千切り、へし折って地面を転がった。
花などの植物を蹴飛ばしながらもどうにか体勢を立て直し、追撃に備えようとするが、強力な魔力の流れがすぐ目の前から感じた。
魔力を目に集中させてはいるが、まだ右目は治っていない。距離感がわからなかったとしても、目の前にまで接近してきた相手は見間違えない。
異次元霊夢の握られた指の間から、魔力の粒子が漏れており、スペルカードの起動が示唆された。爆発性のある複数の弾幕が奴の周囲に展開された。
「霊符『夢想封印』」
淡青色の弾幕が私の方向へと放たれた。立ち上がったばかりの私には避ける準備ができていない。全身を白い巨人の魔力で覆って守ればいいが、腕とは違って魔力が分散し上手く守れないだろう。
腕を再度構成し直し、防御の姿勢を取る。防御能力に特化させ、スペルカードを迎え撃つ。同時に到達したいくつかの弾幕が爆ぜ、淡青色の炎と衝撃が一気に解放された。
非常に強い衝撃は、防御能力に特化させた白い巨腕を破壊した。更に次々と弾幕が着弾し、陶器質の肌に亀裂が生じ、手が砕けてどこかに千切れていく。
防御をすり抜けた弾幕が腹部に直撃し、踏ん張りを効かせられずに後方へと吹き飛ばされた。魔力の炎が肌を撫で、衝撃が身体を貫く。
抵抗せずに衝撃に身を任せ、さらに魔力で体を浮き上がらせることで異次元霊夢からの距離を稼ぐ。追尾性能の高い弾幕である夢想封印は、爆発の衝撃で舞い上がった土煙で異次元霊夢の視界が塞がれていたとしても、一度狙えば何かに当たるまで追尾を続ける。
足元に高質化した魔力を配置し、更に後方へと飛びのいた。手元に集中させた魔力をエネルギー弾として射出する。撃ちだされた直後、エネルギー弾が小さな爆発を起こし、衝撃波が発生する。
扇形に広がる衝撃波に対し、異次元霊夢の弾幕は私に向かって集まるため、すべての弾幕を掻き消すのは容易である。空気の壁に押しつぶされた弾幕が次々に破壊され、爆発していく。
弾幕の破壊を見届ける前に、異次元霊夢は動いていたようだ。迂回して回り込んでいた巫女の射程に迎えられてしまい、お祓い棒が高々と振りかぶられた。スペルカードで殆ど壊され、陶器質の皮膚が剥がれ落ちていく巨腕が一撃で粉砕される。
「ぐっ…!」
これだけ戦って時間を稼いでいるが、霊夢はまだこれなさそうだ。どんどん太陽の畑から遠ざかってしまっており、彼女がここまで到達するのに時間がかかってしまう。しかし、私だけでは、異次元霊夢を押さえ込むことができない。
ようやく右目を治し終えた。距離感を掴めないのは致命的だったが、これで多少はマシになるはずだ。攻撃を激化させていく奴に対し、守る事ばかりではじり貧になってしまう、ここはあえて攻撃に転じる。
鬼の防御能力と攻撃力の性質を持つ魔力で全身を強化し、異次元霊夢へ拳を叩きつけた。魔力のお陰でとはいえ、異次元の鬼とも戦ってきたのだ。霊夢が来るまでの時間位、稼いでやる。
異次元霊夢のお祓い棒を右腕で受け止め、奴の胸ぐらを握り込む。服を千切って逃げられぬようしっかり掴み、背負い投げの要領で持ち上げた。鬼の攻撃力を遺憾なく発揮し、異次元霊夢を地面に叩きつけた。
霊夢と引き離されてから、久々のダメージに手ごたえのある表情を浮かべる。地面に伝わった衝撃が耐久力を一瞬で上回り、地中で爆発が起こったかのように地面に凹凸を形成する。
このまま異次元霊夢を殴り殺そうと掲げた拳を振り下ろした。鬼の攻撃力を持つ魔力で強化していたはずなのに、奴が振り上げたお祓い棒に打ち払われた。
どう頑張っても、どう逆立ちしても人間が妖怪に純粋な攻撃力で適うはずがないのだが、振り下ろした拳をあろうことか異次元霊夢は跳ね返した。魔力の質が暴走時と比べて低下し、鬼の攻撃力を100%再現できていないだけかもしれないが、それだけではないだろう。
奴が持つお祓い棒は妖怪や妖精など、人間以外の者にダメージを与えられるように特化した性質を持っている。鬼の性質を持つ魔力で強化していたことが押し返された原因と考えられた。
跳ね上げられた拳に引かれる形で、上半身が仰け反ってしまう。引き戻すよりも早く、地面に横たわる異次元霊夢に胸を蹴り上げられた。踏ん張りがきかない角度で打ち上げられてしまい、奴に大きな隙を晒してしまう。
身を翻し、体勢を立て直そうとするが、蹴り上げられた最高高度に達するころには、跳躍した異次元霊夢に追いつかれてしまっていた。まつ毛の本数も数えられるほどに接近されており、さらに奴の得物は構えられている。
私とて、ただやられていたわけではない。こうなることは織り込み済みだ。エネルギー弾として放つはずだった魔力を衝撃波として撃ち出した。
撃つのは私の方が速かったため、こちらへ近づく異次元霊夢は私を攻撃して衝撃波を食らうか、衝撃波を迂回するしかないだろう。
例え異次元霊夢が前者を選んだとしても、どちらにせよ異次元霊夢を引きはがすことはできる。そう思っていたが、彼女の胸の前に札が浮かんでおり、衝撃波にぶつかると同時に性質を発現させる。
「反射」
鏡で光を反射させるように、爆発的な全てを吹き飛ばすエネルギーをそっくりそのまま跳ね返された。僅かに瞳で捉えられる衝撃波の歪みが異次元霊夢から私へと拡散した。
全身を強かと打つ。魔力で体を保護していたが、それを貫いてダメージを受ける。引き裂かれたり、切られたりとは違った鈍痛が体の芯にまで浸透する。
自分自身の攻撃であるため対処法はわかっているが、それでも威力に高さに衝撃を受けた肺は膨らませられず、呼吸ができなくなる。身体の強化をしていなければ、肺はつぶれたまま膨らむことができなくなっていただろう。
数十メートルも吹き飛ばされていく私に、異次元霊夢がさらに追撃を畳みかけようとしてくるが、自分と奴の間に爆発性の魔力を配置し、起動した。
ただの弾幕であれば先ほどのように札で反射されかねないが、爆発であれば迂回かもしくは足を止めさせられるだろう。数百度には達するであろう真赤な炎、エネルギー弾の爆発に匹敵する衝撃と爆音が轟いた。
爆発に後押しされ、更に距離を稼ぐ。思った以上に爆発の効果があったようで、消えた炎を挟んで異次元霊夢が空中に立ち止まっている。音や見た目が派手な爆発だったが、ふたを開ければ見た目だけであったため、時間を稼がれたと私を睨つつ上体を屈めて飛び出しそうだ。
その内に、こちらも対応策を実行する。カバンの中から香林から貰った煙草を取り出した。彼にはあまり使うなと言われているが、前回使ってからしばらく時間が経過しているから大丈夫だろう。
香林の微弱な魔力が込められている煙草の先端に魔法で炎を付け、口に咥えた。魔力の質が低下している今の私には、丁度いい。
肺を膨らませて煙を吸い込むと、焦げ臭い匂いと乾いた空気が流れ込んで来る。思わずむせそうになるが、フィルターを通して調整された微弱な魔力を我慢して取り込んだ。
血管や心臓などの循環器を利用し、非自己の魔力を全身に送り、それに対する防御反応で極限まで魔力を活性化させた。
咳き込みながら炎の性質を持った魔力で煙草を燃やし尽くし、肺に取り込んでいた紫煙を吐き出した。
煙はすぐに空気中に霧散し、見えなくなる。異次元霊夢もこれがただの一服だと思っていないのだろう、様子を見つつもこちらに跳躍した。
警戒してくれたおかげで、身体の強化等に時間を費やすことができた。腕に魔力を集中し、肩から指先までを白い流動体を覆い、巨腕を作り上げる。
これまでは、奴の攻撃力に形状を維持することすらもできなかったが、これまでで一番強い異次元霊夢の打撃を受けきった。
右目を潰された時のように、呆気なく皮膚が砕けることもなく、異次元霊夢のお祓い棒はそれ以上押し込まれることなく停止する。
巨腕で異次元霊夢を振り払い、巫女を引き離すと同時に手首から先の形状を変化させた。河童の水かきのように指と指の間にある境界が無くなっていくと、五股に別れていた指先が一つにまとまった。
纏まった手首から先が数メートルの長さにまで伸びると、先が尖っていく。平たく伸びた巨腕が巨大な刀剣に変化した。
香林から半ば強引に強奪した煙草が、ここまで影響を及ぼすなどと考えてもいなかったのだろう。形成した巨大な刀を上段に構えても、振り払った異次元霊夢の体勢は若干戻り切っていない。
大量の妖怪たちを消し飛ばした時のような、刀を作り出すことは現状では不可能だが、力を凝縮させているこの実刀であってもかなりの威力が見込めるだろう。
異次元霊夢へ形成した巨大な刀剣を振り下ろし、刃で切り裂いた。いくらイメージとの差異で動揺していたとしても、これで両断されるほど頭の回転は遅くはない。鈍器に近い刀を奴はお祓い棒で受け止めるが、押し返せず地上まで落下した。
青々と群生する草花を蹴散らし、植物の根が複雑に絡み合う土を舞い上げる。立った人間の腰辺りまで舞い上がる土煙で、地面に倒れ込んでいるであろう異次元霊夢の姿が薄れて見えなくなった。
だが、異次元霊夢の荒々しい魔力の流れは弱まるどころか、更に加速しているようにも感じる。煙で姿を確認できずとも、高度を落としながら右腕の巨刀を薙ぎ払う。長さの調節が間に合わず、地面を抉りながらも巫女がいるであろう場所を切り裂いた。
巨刀が抉り込んだ途端に、土や石と違う感触を刃越しに感じた。衝撃に近い振動が手にまで到達し、真っ白な刃の破片がまき散らされ、半ばからへし折られた。
土煙の中で火花と魔力の結晶が弾け、半透明の煙の中でも薄っすらと異次元霊夢の姿を浮かび上がらせる。その影に向け、私はさらに降下する速度を上げた。
中間から折れた刀を手に変形して戻し、お祓い棒で刀剣をへし折った異次元霊夢へ、拳を叩き込んだ。
お祓い棒で受け流されると思っていたが、意外にも異次元霊夢の後頭部を捉え、吹き飛ばした。草花の上を転がり、巫女がうつ伏せに倒れ込む。
隙を見せた奴に更なる追撃を加えようとした時、頭部への攻撃で、髪をまとめ上げていたリボンが千切れてしまったのだろう。長い頭髪が露わとなる。束ねられていた為、これまでは目に付かなかったが、風になびく解けた髪の間には、私や奴の手と同じぐらい古い傷が刻まれているのが非常に印象的だった。
次の投稿は12/10の予定です。