1/14は私用で忙しくなるため、一日繰り上げての投稿となりました。
自由気ままに好き勝手にやっております。
それでええで!
と言う方のみ第百九十四話をお楽しみください!
以前、紫から聞いた事がある。博麗の巫女の力について。
皆は鬼や神など、人間では到底到達することのできない高みに届く、その強力すぎる力ばかりに目が行く。だが、この能力の真に注目するべき部分はその継承力だ。
妖怪や多少魔力を扱える人間が子を残したとしても、その子供が同じだけの強力な力を備えるとは限らず、能力も異なる。
それに比べ、博麗の巫女はほぼほぼ同じ能力を同程度の強さで子へと受け継いでいく。その強さは世代で減衰することなく継承していくのは、世界で見ても類を見ない。
とは言え、力を授かったとしてもそれを扱えるかどうかは、また別の問題である。強大な力があったとしても扱い方をわかっていなければ、扱いきれていなければ弱体化と相違ない。
恐らくだが、このパターンが異次元霊夢や私に当てはまると思っていたが、わざわざスペルカードを使用しなければならないところから、異次元の巫女は継承が上手くいかずに本当に弱体化していたのだろう。
しかし、私とて継承された博麗の力を100%発揮できているわけではない。それを異次元霊夢が最大限に引き出したとしたら、非常にまずい状況となるだろう。
「奕世『祖の返り』」
異次元霊夢は、確かにそう口にしてスペルカードを発動した。見たことも、聞いた事もない不明なスペルカードは、対峙する私の緊張度を引き上げる。
二十代以上続く博麗家の古い書物を読み漁ったこともあるが、そのような技は記憶にない。異次元霊夢の完全なオリジナルのスペルカードと言うわけであり、どのような効果があるのかはわからない。だが、私のやることは変わらない。
赤く血の混じる唾を吐き捨てる異次元霊夢へ、私は臆せず突き進む。淡青色の結晶がカードを握り潰した指の間から漏れると、風に煽られ消えていく。
曇天の間から漏れて来た光芒が、異次元霊夢の元にまで差し込んだ。空からの架け橋で照らされる奴の周りに、何かが見えた。
透明で実体はないが、魔力の濃淡で大気や光の透過度に揺らぎが生じ、網膜に映り込む違和感として脳が処理する。それらの揺らぎは一つではない事に気が付いた。巫女にばかり目が行っていたが、複数の揺らぎが異次元霊夢の周りにある。
揺らぎの大きさは大小不同であるが、異次元霊夢と大体同じ高さである。朧気ではあるが、揺らぎの輪郭は人間の形状を連想した。
人間だと思っていた揺らぎには薄っすらと髪の様なものがあり、目の様なものがあり、口の様なものがあり、手や足と言った人間を形作る物がある。
それが約二十。異次元霊夢と似たような容姿であることから、異次元の幻想郷を守って来た歴代の巫女たちなのだと直感で悟った。その存在感もさることながら、こちらに向けられる重複する敵意は、私を止めるだけの威力を備えていた。
「…っ!?」
敵意にダメージが存在していれば、私は五体満足で切り抜けられなかった。肉片が残ったかすらも怪しいレベルであり、消し飛ぶだろう。
しかし、中途半端な位置で止まってしまうのが一番危ない。怖気づいて動かなくなりかけた足に鞭を打ち、大きく前進する。
加速し、異次元霊夢の頭部にお祓い棒を叩き込もうとするが、それを受け流そうとする動作だけでもスペルカードの前後で動きに違いが見て取れた。
振り下ろした全力の打撃を、得物を使う事すらなく素手で掴み取られた。これまでは全身を使って衝撃をいなしていたというのに、得物を掴む手だけで衝撃を逃がし切った。
同じ巫女であるはずだったが、この一撃だけで今までとは次元が違うのだと見せつけられた。
引き離す為、掴まれたお祓い棒を振り払おうとするが、振るまでに二度も打撃を撃ち込まれ、体がくの字に折れる。
腹部を正面から、脇腹を横から打ち上げられ、防御面だけではなく攻撃にもスペルカードの影響が多大に現れているのを身をもって知った。速度や威力が上がっているのもあるが、打撃を受けた際に身体への透過率がまるで違う。
「かはっ…!?」
一瞬で打撃が背中や頭にまで浸透する。それだけの攻撃だというのに、身体は吹き飛ぶこともなく、そばに崩れ落ちた。重たい鈍痛に呼吸を司る筋肉が萎縮し、呼吸もままならなくなる。
倒れ込むことは免れたが、膝をついて呼吸に喘ぐのは、さほど差異はない。立ち上がろうとするが、膝から力が抜け、がくがくと笑ってしまっている。
立ち上がろうとしていたところで今度は顔面をぶん殴られた。先の骨の髄にまで浸透する打撃とは異なり、衝撃がそのまま頭部に放たれた。得物での痛みは衝撃の痛みへ徐々に変わっていく。
命を落とさず、意識を失わなはなかったのは奇跡だ、いや、巫女の力は強力で運の下駄を履かせたとしても、状況に大きな違いはなかったはずだ。強大な力の前には塵と相違ない。
死ななかったのは必然だった。ただ異次元霊夢が巫女の力に慣れておらず、扱いきれていなかっただけだ。それもいつまで続くかはわからない。
何とか意識を引き戻し、空中で体勢を立て直す。立て直す過程でスペルカードを発動し、周囲に弾幕を展開した。
この戦闘のために強化していた為、十数発だった弾幕は数十発にまで増加している。無数に配置された弾幕を一斉に異次元霊夢へと放つが、ダメージを与えられるとは考えておらず、牽制的な意味合いが強い。
そこらの妖怪であれば、過剰と言える弾幕の数だが、巫女の力を非常に高い割合で引き出している異次元霊夢相手であれば、むしろ少ないだろう。
私がスペルカードを発動した時点で、戦っていた巫女は構えに入っていた。身を低く屈め、お祓い棒の先が地面に当たるすれすれに構えると、こちらへと跳躍した。
後方の地面を割り、めくり返すほどの衝撃と共に飛び出した。十数メートルの距離を取っていたが、地面に残る痕跡から到達までに数秒と掛からない。時間を稼ぐためのスペルカードだったが、放たれた弾幕は巫女に触れることすらできず、全て爆散した。
お祓い棒で破壊したのは言うまでもないが、腕が二本以上なければ対処できない数十個の弾幕が一斉に破壊された。もし、自分でも同じことができるかと聞かれれば難しいだろう。
爆発する弾幕を突き抜けた異次元霊夢がお祓い棒を横殴りに振り払った。スペルカード後特有の硬直で動けていなかったが振られる直前に解放され、上体をのけ反らせてかわした。
鼻先を掠めるお祓い棒を見送りこちらからも反撃するが、攻撃を素手で打ち流された。全身の筋肉を使い、最大の威力と速度を兼ねる得物の連打を見舞う。
上や下から、右から左から。縦横無尽にお祓い棒を叩き込む。当然だが異次元霊夢は涼しい顔をして全ての打撃をお祓い棒ではじき返してくる。
移動などで体温が上がっていたが、更に激しい動きで深部体温が上がり、四肢の末梢にも影響が出始める。体が温まっていくことで、身体の柔軟性や筋肉の可動域が広がり、スピードや攻撃力が上がっていく。
連打の速度が上がっていき、得物と得物が合わさる甲高い打撃音が辺りに響く。一撃一撃に渾身の力を込めているが、受けた異次元霊夢の腕を跳ね上げることすらできない。
それどころかほぼ最高速度で打ち続けている私に対し、どんどん速度を上げていく。速度を維持か上げているはずだが、加速度は異次元霊夢の方が高い。
攻撃と攻撃の合間に、腹部へ打撃を叩き込まれた。攻撃の合間だったお祓い棒が奴の攻撃を掠り、威力を半減させてくれたおかげでそこまでのダメージにはならなかったが、それでも私を数歩下がらせるだけの威力がある。
下がりながらも体勢を立て直し、更なる連撃から身を守る。休む暇も、息をつく暇もない。全力を注ぐ攻防に、筋肉が悲鳴を上げ始める。
「くっ…!」
空気を唸らせながら突き進むお祓い棒をかわし、反撃する間もなく帰って来た打撃を受け止めた。なるべく衝撃を受け流す様にしているのだが、肩まで衝撃が伝わってくる。
指先がビリビリと痺れ、お祓い棒をしっかり握っているはずなのに、そのうち握力が緩んでどこかに飛んで行ってしまいそうだ。
反撃する素振りで大ぶりの攻撃を誘い、後方に吹き飛ばされそうになる衝撃をなんとか受け流しながら異次元霊夢へカウンターを決めた。
重々しい音と共に異次元霊夢の顔が派手に跳ねた。込めた力加減から、予想した衝撃がお祓い棒を伝って帰ってこない。
手が痺れている事で感じにくくなっているのかと思ったが、ダメージを流されたのはこれまでの戦闘から容易に想像できる。
ならば、ダメージを逃がせない程に早く、強く打てばいい。のだが、それをできない自分は、さらに放たれる怒涛の連撃に対して後手に回ってしまう。
いくら体温を上げて身体の可動域を増やしたとしても、変幻自在に凄まじい速度で打ち放ってくる攻撃を捌き切れなくなってきた。腕や肩をお祓い棒が掠り、顔や胸をお祓い棒が打つ。
「うぐっ…!…くっ…!」
袖の中から三十センチ程度の針を引き抜き、振られたお祓い棒を受け止めようとするが、耐えることなくひしゃげて折れ、脇腹を強かと打つ。
息が詰まり、呼吸がままならなくなるが、直ちに生命維持が脅かされるわけではない。胸を膨らませて酸素を取り込むのは、追撃を切り抜けた後でも十分できる。
むしろ口を噤み、攻撃へと専念する。それだけ集中的に戦っているというのに、打撃と弾幕が組み合わさって、こちらに一切の反撃を許してはくれない。
振るわれるお祓い棒をどうにかいなすのがやっとだというのに、そこにいやらしい位置に弾幕が配置され、避けるのも破壊するのもできなくなっている。
致命傷に至るであろう攻撃以外無視したいが、地面に拳台の穴を開けるため、ごり押で突っ込むわけにもいかない。弾幕が掠ると服とその下にある皮膚が抉られた。
「っ…!」
弾幕を受けた肩や腕、腹部の一部から血が滲むが体は動かせる。しかし、弾丸や打撃を受ければ受ける程に動きのキレや可動域が狭まっていくのを感じた。攻撃を受け、怯む私に更なる攻撃を放ってくる。
いつの間にか、私は防御すらも危うい状況へと陥っていた。打撃や弾幕を辛うじて受け止めるが威力を半減できず、腕やお祓い棒が跳ね上がる。その度にさらなる攻撃が重なり、体力を削られていく。
反撃に出られるタイミングはそう何度も訪れるものではなく、ジリジリと追いつめられた。最初の勢いが嘘のように前に出れない。奴が前進した分だけ、私は後進してしまう。
魔理沙が打ちのめされ、血反吐を吐いていたところを思い出す。あの怒りはまだ持続しているが、憤怒よりも巫女の力や技術が上回っている。
薙ぎ払われたお祓い棒が私の得物の表面を撫で、腕を経て胸と次いで腹部を打ち撫でる。くの字に曲がり、異次元霊夢に晒した上半身へ再度打撃が加えられた。顔が跳ね上がり、口の中に血の味が混じる。
殴り飛ばされた所に更なる弾幕の応酬。抵抗でお祓い棒を振るっていくつかは叩き落したが、左肩と右胸を撃ち抜かれた。
「ふっ…ぐっ…!?」
激痛と共にやってくるのは、身体に大穴が穿たれる燃えるような熱。あまりにも経験のない感覚に、大きくバランスを崩した。片膝をつきかけ、弾痕から血を滲ませる私に、休む暇も与えずお祓い棒を振り下ろしてきた。
「っ………がっ!?」
前頭部が殴られ、後方に倒れた。こんな風に地面にあおむけに倒れるのは、久々だった。胸を撃ち抜かれたせいで肺に血が溜まったのだろう、咳が込み上げて来ると血が喉の奥からせり上がり、口の中に溢れ出た。
鉄臭い香りに我慢できず、傍らの地面に吐き出した。倒れた私に止めを刺すつもりなのだろう。異次元霊夢が馬乗りとなり、頭を叩き潰そうとお祓い棒を掲げた。
頭を殴られた衝撃で軽い脳震盪を起こし、ボンヤリと酩酊したような脳では異次元霊夢が叫んでいる事が理解できないが、死ねと口ずさんでいるのだけはわかった。衝撃をいくら受け流そうが、頭部は熟したザクロのように地面にへばり付くことだろう。
お祓い棒を掲げる腕の位置が最高高度に達し、後は振り下ろされるだけとなった。一秒先か、二秒先か。いや、もっと短いだろう。その素振りを見せた。
頭を叩き潰す予定だった掲げられたお祓い棒に、私からも異次元霊夢からも死角の位置から弾幕が撃ち込まれた。淡青色のエネルギー弾が炸裂し、私を殺そうとしていた奴の攻撃を阻害する。
爆発の衝撃によって、何メートルも吹き飛ばされてもおかしくはないというのに、異次元霊夢は見えてもいない位置から撃たれた弾幕に対応し、お祓い棒を数センチずらされる程度で終わった。
しかし、それだけの時間があれば更なる攻撃を繰り出せる。自分から反射される光を捻じ曲げ、彼女は身を隠していたのだろう。目に見えない物体が落下してくる気配を感じていたが奴も同じだったようで、お祓い棒を構えるとそこに何か攻撃を受けたらしい。数メートル程横へ押しのけた。
奇襲がバレれば身を隠しても無駄だと思ったのだろう。屈折をなくして身を表すと、相変わらず口元を血で汚している魔理沙が近くに着地した。蹴りを放った無理な体勢で降りたためバランスを崩しかけたが、地面を踏みしめて体勢を立て直す。
「ごほっ…!」
ダメージが抜けきっていないらしく、咳き込みながら血を吐いた。口を片手で拭いつつも、逆の手で手元に魔力を集中させて異次元霊夢へと高密度のレーザーを照射した。
水も岩石も一瞬で沸騰させるであろう熱線を放つが、お祓い棒で受け止められてしまう。魔理沙がレーザーの出力を上げようとした直前、射出元へと跳躍しながら掻き消した。エネルギー弾かもしくはレーザーを再度放とうとするが、それよりも異次元霊夢が到達する方が速い。
魔力が手のひらに収束する前に巫女が魔理沙の横を飛び抜けると、身の毛もよだつような打撃音を響かせた。どちらが打撃を放ったかなど、考えるまでもなく彼女が腹部を押さえながら崩れ落ちた。
「かっ……はぁ…!?」
既に満身創痍な彼女だが、それでも戦う意思は残しているのだろう。地面に崩れ落ちても立ち上がろうとしている。地面を掻き毟り、歯を食いしばって自分を振るい立たせる。
私も彼女に躍起され、倒れていた上体を起こした。膝をつく魔理沙の頭を叩き潰そうとしている異次元霊夢の攻撃を、お祓い棒で受け止めた。私とさほど変わらない筋力のはずだが、打撃の重さは人間よりも鬼以上の物を感じる。
正面から受け続ければ腕の骨が持たない。自分から後方に飛び、魔理沙と共に一度体勢を立て直そうとした。足に力を込める前に肩越しに手が伸びてくると、掌の上に形成された魔力の球体が弾け、衝撃波を撃ち放つ。
単体の弾丸であれば弾いて終わりだろうが、巨大で全てを吹き飛ばす衝撃の波は、表面を打ち払ったところでその奥から更なる波が到達する。異次元霊夢もその攻撃は何度も食らい知り尽くされている。
弾かれたように異次元霊夢が後方へ飛びのき、衝撃波に掠ることなく迂回してやり過ごした。あの嵐のような連撃が途切れ、緊張で忘れさせていた身体の疲労が帰ってきた。
「はぁ…はぁ…」
頭だけでなく、全身に足りていなかった酸素が供給され、蓄積されたダメージと疲労を実感する。ここまでの疲労を感じたのはいつぶりだっただろうか。ベットが無くとも倒れ込むことができたらそのまま気を失ってしまう事だろう。
これだけの疲労とダメージを抱えているというのに、勝てる気が全くしないのは、隣で喀血する彼女も同じだろう。それはそうだ。私だけでない、母や祖母でさえも立ったことの無い頂に異次元霊夢は立っている。
これだけ攻防を繰り返せば、現在の奴がどれだけの実力を持っているのか容易にわかる。スペルカード起動の前後では打撃の鋭さがまるで違う。だが、異次元霊夢はそれでも力を百パーセント使いこなしているわけではないだろう。紫から聞く力は、こんなものではなかった。
叩くなら今の内しかないはずだが、私も魔理沙も後どれだけ動くことができるだろうか。
「…魔理沙、まだ戦えそうかしら?」
「戦わない選択肢はないぜ……だけど、突破口を見いだせない」
それは私も同じで、叩くは叩くにも、闇雲に攻防を交えたとしても、じりじりと押されていくのは目に見えている。スペルカードを使う前の異次元霊夢であれば互角に戦えていたが、今は危うい。
現状では私は付いていくのがやっとであり、負傷などさせなければあとは引き離されていくだけだ。魔理沙もどれだけ頑張ろうとあの動きについていくのは不可能だろう。
だが、逆を言えば二人同時で戦えば、今なら何とかなる。私たちの体が動き、奴が慣れるまでに決着をつける。
火傷で身体にかなりの負傷を追っているはずだが、異次元霊夢の動きはかなり軽快だ。負傷させていなかったと考えるとぞっとする。
太陽の畑で待ち構えていた、命蓮寺の面々の援護は期待できそうにない。これまでの戦闘で、かなり移動してしまっているというのもあるが、自分たちの怪我をどうにかするので精一杯だろう。
二人で攻める以外の選択肢はない。ほぼ八方塞がりのような状態だ。
どう戦うかのプランを少ない時間の中で練ろうとした時だ。異次元霊夢が動き、こちらへ突撃を仕掛けて来た。ただ突っ走ってきているだけなのだが、今の私たちではそれすらも脅威になる。
「結」
自分と魔理沙を守る形で結界を形成して初撃を防ぎきるが、結界はたったの一撃しか耐えることができず、崩れ始めてしまう。
砕けて破片となっていく結界を難なく通り抜け、私へとお祓い棒を薙ぎ払う。魔理沙が結界を叩き割った異次元霊夢をレーザーで牽制するが、走る速度はさほど変わらない。
同時に複数のレーザーを放っていたが、それらをすり抜けた異次元霊夢へ、こちらからも弾幕とお祓い棒で迎え撃つ。
得物とレーザーによる寸分の狂いもない攻撃の嵐は、奴の服や髪の端を捉えることはできても、本体には当たらない。実体のない、物理的に触れることのできない幽霊でも相手にしているようで、奴に攻撃を命中させるのは、雲を掴もうとするのとそう変わらないだろう。
水などの流体でも見合っていない。空気や幽霊などを相手にしているような気がしてきた。二方向からの弾幕は地面に着弾するか虚空に消え、一発すら直撃せずに消え去った。
「っ…バケモンかよ…!」
魔理沙がそう吐き捨てるが、全面的に同意する。同じ人間とは思えない位には、人間離れしている。
魔理沙の援護を受けつつ反撃に出るが、使い慣れて手になじんでいるはずのお祓い棒が嫌に重く感じるのは、体が激しい動きによる疲労のピークに達しようとしているからだ。魔力で身体能力を底上げしても尚、人間離れした運動能力では限界がある。それでも、得物を振るうことは止められない。
何度か異次元の奴らと戦う事があり、負けそうになったこともあった。だが、この戦闘だけは、異次元霊夢にだけは負けられない。
奴の攻撃の合間に、久しく攻撃を放った。魔理沙の援護の影響が大きく、反撃できるほどに戦況が拮抗し始めたが、いまいち決定打に欠ける。
レーザーが薙ぎ払われるが、身を翻してすり抜けるとさらにこちらへ進撃する。私からも弾幕を放っているが、異次元霊夢が力に慣れ始めているのか、戦況が僅かに傾き始めた。
魔理沙からの援護があったとしても、空気の唸り声を発する得物が攻撃の合間に私へ振りぬかれた。頬を掠り、皮膚の一部を抉られた。ギリギリで直撃は避けたが、同時に残された時間が少ない事も実感した。
息をつく暇もない私に、涼しい顔を崩さない異次元霊夢が畳みかけてくる。だが、回復の時間を稼ごうとしているのだろう。私を後ろへ突き飛ばしながら奴との間に魔理沙が割りこみ、炎の性質を与えた魔力を生成し、薙ぎ払った。
かなりの魔力量を与えられているのか、膨れ上がった炎は眩い光と全身を焼かれているような熱量が放たれる。炎は異次元霊夢だけでなく数十メートル先にまで放射されていき、その過程にある物体を一瞬で炭にまで焼け焦がす。
一秒か、二秒か。それだけの時間を稼げると思った矢先。全てを吐き尽くす地獄の業火を、異次元霊夢はお祓い棒一本で潜り抜けた。
お祓い棒で気流を操作し、文字通り炎を切り抜けた。かざしていた手を得物で打ち払い、炎と熱気で歪む大気の中から無傷の異次元霊夢が出現する。
「あんたはちょっとやそっとじゃあ死なないわよねぇ、少しどいててもらおうかしらぁ」
「それはできない相談だぜ!」
腕を殴られた魔理沙の頭部にお祓い棒が叩き込まれる寸前、異次元霊夢のお祓い棒が押し返された。項から溢れ出した液体が腕を纏い、あの化け物の巨腕を形成したからだ。
「それも飽きたわぁ」
化け物だった時に比べてかなり弱体化はしているが、それでも威力は非常に高い。だが、今の異次元霊夢には蚊ほどもダメージを与える要因には成り得ない。拳を振りかぶり叩き潰そうとした腕は、異次元霊夢のお祓い棒で千切れ飛んだ。
「っ……だろうな…!」
苦し紛れの強がりであることは明白であり、魔理沙が時間を稼いでくれている間に体勢を整えなければならない。
汗が滝のように流れ、体の体温を下げようとしているが、限界近くまで上がっている深部体温を下げるのはそう簡単ではない。もう数度でも体温が上昇すれば、私は死ぬだろうが目先にお向きを置いていられない。
緊張しきった全身から力を抜いて弛緩させる。魔力で回復を図り、疲労を軽減した。肺を活性化させ、より多くの酸素を取り込んで全身へ循環させる。
魔女の割に動ける魔理沙は腕を完璧に破壊され、更なる追撃を食らうが、打撃を受ける瞬間にその部位を白色の皮膚で覆う事でダメージを軽減した。
魔理沙に時間を稼いでもらったおかげで、一度か二度程度の深呼吸ができた。酸欠もかなり改善され、戦場へと舞い戻る。
足の筋肉を駆使し、ほぼ一瞬で異次元霊夢の後方へと回り込む。そのタイミングに合わせ、魔理沙が破壊されてしまっていた隻腕を再形成し殴り掛かった。
タイミングはほぼ完璧だったが、二方向からの同時攻撃が失敗する。だが、それは私とて想定内だ。魔理沙の拳と私の得物が押し潰すポイントを体動でずらし、拳を正面から叩き潰した。
皮膚を構成する大量の陶器質の破片がこちらにまで飛んでくる。そのまま魔理沙へ打撃を加えることもなく、予備動作を感じさせぬまま異次元霊夢はこちらへと跳躍した。
私は空振りになったお祓い棒を引き戻せていないが、退治用の針を忍ばせていた。異次元霊夢の薙ぎ払われた得物を針で撫でるように受け流し、奴の胸へと突き刺した。
狙い自体は悪くなかったが、異次元霊夢も同じように考えていたようだ。逆手に持った針で私の針を叩き落とすと、脇腹に叩き込んで来た。
お祓い棒で金属の針をへし折ってやろうとしたが、私がしたように受け流されてしまう。皮膚を貫いた針が体内奥深くへ抉り込んだ。脂肪や筋肉を突き抜けて三十センチはある針の先端は、体内で生命維持にとって重要な何かを貫いた。
「っ………!!?」
体を捩じり、異次元霊夢が突き刺してきた針をなるべく急所から逸らそうとしたが、それに合わせて抉り込まれたことで逃げられなかった。
私の表情を見て、異次元霊夢が笑みを零す。奴にとって、勝利の一歩となるからだ。刺された部分から血が滲んでくると、赤い巫女服を更に深紅へと染める。
「ぐっ…!」
異次元霊夢を引きはがそうとするが、胸に蹴りを放たれ、後方へと吹き飛ばされた。蹴りのダメージなど脇腹と比べれば大したことはないが、ダメージを受けていたせいでまともに受け流すことができなかった。
極力脇腹に負担がかからぬように受け身を取り、数秒の浮遊感の後に地面に転がり込んだ。うつ伏せで倒れかけるが、地面に押された針が体内へ抉り込んでしまいそうになり、寸前で上体を持ち上げた。
針に手を伸ばして握った。引き抜こうとも考えたが、その手が止まった。体に刺さる針先は体内の動脈にまで達しているのだろう。僅かだが握った手には、脈拍と同じタイミングで微かに振動を感じる。
私が脇腹に刺さる針を掴んでいる間に、巨腕を砕かれた魔理沙が異次元霊夢に頭部を殴られ、腹部を殴られ、弄ばれている。反撃に躍り出ようとしても赤子のように扱われ、地面を転がって血反吐を吐く。
早く復帰しなければならない焦りもあるが、これを引き抜けば奴に殺される前に出血多量で死ぬ。その事実に縛られ、動くに動けなくなっていた。
いや、引き抜かずとも傷口から血が滲んでいる時点で、動脈から血が漏れてきている。放っておけば程なくして、出てくる血もなくなってしまうだろう。
大量の血が溢れ出し、血の気を失うのを感じた。視界が暗転に次いで揺らぎ、私の戦意とは相反する形で意識を失いそうになる。体から力が抜け、前のめりに倒れ込んだ。
「ぐっ……まだ…だめ…」
額を地面に擦りつけながらも、歯を食いしばって失神を拒む。ここで気絶してられない、死んでいられない。闘志を胸に意識を繋ぎ止め、立ち上がろうとするがそこから先に進めない。
出血のし過ぎか、ダメージが蓄積し過ぎているのか。こんな時に私の手足は鉛のように重く、溶接されているように動かなくなっていた。
「…こんな…時に……!」
先述した通り、私は巫女の力を最大限に発揮できていない。奴はスペルカードで限定的ではあるが、同じようにその力を使えることができれば、この状況でも覆せる。
しかし、私でも十数年、母や祖母の代から数えると数十年単位で、巫女の力は完璧に発現されていない。それを、このたったの数十分の戦闘で目覚めさせるというのは、現実的ではないだろう。
百パーセントに近い数字で無理だと分かっていても、力を発現させなければ私たちの未来はない。私は出血多量で死に、魔理沙は奴に殴り殺されてしまう。
このまま時間を意味もなく浪費すれば、私のために時間を稼いでくれている魔理沙が死んでしまう。そんなこと、我慢できるわけがない。これは生存をかけた戦いなんだ。世界など、幻想郷など、巫女の使命など、どうなったっていい。
この戦争の殆どを一人で戦い抜いた少女を、たった一人の少女を、今度こそ私は助けたい。それだけ、それだけだ。
決意を決めるんだ。自分を犠牲にしてでも、命を生贄にしてでも、人間性を捨てる事すら厭わないという決意を。
自分の中で、決意を固めた瞬間だった。自分の中で、何かが変わった気がした。開け放たれた扉を潜る様に、あっさりと。
霊夢を除いても、博麗の巫女は20代ほど続いている。霊夢やその母、祖母だけが巫女の力を使いこなせていなかったわけではない。その前から、数代に渡って力が日の目を見ることはなかった。
それは単に代を重ねるごとに、弱くなっていったわけではない。現に、継承された力はほぼ100%霊夢は受け取っている。ではなぜその力を使わないのか、使えないのか。
真の意味で死線を潜っていないからだ。巫女の力は保持者のあらゆる要因に呼応して発動する。火事場の馬鹿力のような物であり、心拍数や怪我の有無などの身体状況、心情に左右される。
だが、一番巫女の力を引き出すために必要な物は、死に近いかどうかだ。死に近いと一言で言ってもかなり曖昧に聞こえてしまう。極論を言うのであれば、ただの戦いでも当たり所によっては死ぬ可能性がある。また、異変が起きた時も最終的には巫女の死に繋がるが、それでも力を発揮できないのは現時点で発揮している力で対処できるからだ。
霊夢が未熟であったり、博麗の巫女が衰えたのではなく、巫女の力を最大限発揮するだけの人物がいないと言った方が近い。昔と今では、妖怪の強さのレベルが違うからだ。
昔はあらゆる現象に名前がついておらず解明もされていなかったため、人々はわからない物に、者に恐怖した。知らない事に対する人間の恐怖心は今と比べて桁違いであり、恐怖心から力を得る妖怪の全盛期と言っていい。その時代に生きた博麗の巫女は、その力を遺憾なく発揮することができたという事となる。
あらゆる現象が解明されてしまっている今は、昔よりも恐怖心が薄れてしまっているため、いくら強い妖怪と言えど、巫女の力を引き出すことができないほどに弱体化している。
簡単に言えば、平和になればなるほど、巫女の力を発現させるストッパーとなってしまうのだ。
しかし、異次元の巫女が境界を操る程度の能力を利用し、歴代の巫女を呼び出すことで、数十年ぶりに真の力に近い形で巫女の力を引き出した。それにより死が霊夢に牙を立てようと口を開くが、突き立てることはできない。
お膳立てが整ったからだ。
人間性を捨てる覚悟など必要なかった。明らかに霊夢よりも強い力が発生したことで、固く閉ざされた扉にそちら側へ行くための鍵穴が出現した。
死に近い状況下に置かれたことで、思考に、感情に、本能に、魂に、扉の先にある力が呼応した。解放される段階へと移り、鍵穴に合う鍵が巫女の手に現れた。
巫女は現れた鍵穴に鍵を差し込み、軽く捻った。昔、何度も扉を開けようとしていた霊夢は、あまりにも呆気なく開錠されたことに驚いている。だが、閉ざされた扉を開けるのに躊躇は無かった。