東方繋華傷   作:albtraum

197 / 203
自由気ままに好き勝手にやっております!

それでもええで!
と言う方のみ第百九十七話をお楽しみください。


東方繋華傷 第百九十七話 一握りの勇気を

 二人分の猛攻を掻い潜った異次元霊夢は、抵抗できないよう私を吹き飛ばし、霊夢を叩きのめした。すぐに援護に向かえない状況で、彼女の腹部に刺さったままの針へ手を伸ばされた。

 針を握った異次元霊夢は、霊夢の体から引き抜いた。針の先端は全身に血液を運んでいる動脈に食い込んでおり、魔力を扱えたとしても数分と経たずに死ぬだろう。

 砂煙の影響でほんの僅かに薄暗い視界の先で、私にとって最愛の人物が今まさに手にかけられた。彼女も首を絞め上げられ、ロクに抵抗できないのだろう。

 彼女だけではない。私もそう変わらない状況だ。あらゆる痛みが体の中で犇めき合っている。元からダメージを受けていたのもあるが、殴られ、蹴り飛ばされた直後、すぐさま魔力を手に収束させることができない。

 彼女から感じる魔力の流れから、針の先端が動脈を貫いているのは感じていた。私の魔力で回復させたかったが、彼女と合流できたのは異次元霊夢が来る直前であったため、時間が無かった。

 それに加え、気取られないようにするために、なるべく魔力の流れを押さえなければならなかったのもある。魔力の塵のせいで感知が難しくなっているとはいえ、接近されれば気づかれる可能性も高まる。

 霊夢の腹部に突き立てられた針を異次元霊夢が引き抜こうとするのが目に入り、リスクを取ってでも針を抜いて応急処置をするべきだったと後悔した。

 ここに医者は居らず、負傷している霊夢を抱えたまま異次元霊夢の猛攻を潜り抜け、傷を回復することなど今の私には無理だった。

 あらん限りの絶叫を上げ、負傷した体を引きずりながら走り出そうとするが、誰の目から見ても間に合わない事は明らかだ。

 砂煙に紛れていても、霊夢達の輪郭がしっかり見える近い距離であるが、それでも今の私には遠すぎる。数メートル走るか、数秒かけて魔力を手先に集中させて弾幕を放たなければ彼女を助けることはできなかった。

 私がそれだけの時間をかけなければならないのに対し、異次元霊夢は針を引き抜くその動作だけで霊夢を死に至らしめることができてしまう。あまりにも余裕がなかった。

 霊夢も何かをしようとしていたが、ままならない。異次元の巫女が行った引き抜く動作はあまりにも軽く、抵抗がない呆気のない物だった。

 異次元霊夢が引き抜いたことを示唆するように、薄暗い中でも握られている針が鋼色に鈍く光る。いくら魔力を使える人間だとは言え、奴のその行動は確実に霊夢の死に直結する。

「霊夢!!」

 無意識のうちに悲鳴に近い、絶叫を上げていた。彼女が死ぬと考えただけで、一寸先も見えない光も届かないような深海に放り出されたような、永遠と道と曲がり角が続いている迷宮に迷い込むような不安感に襲われた。

 首を捻り上げていた異次元霊夢の手を振り払って霊夢がお祓い棒で殴りかかるが、ひらりとかわして砂煙の奥へ退避する。攻撃を避けるのが若干遅れていたようにも見えたが、それでも当たることは無い。

 得物を振った霊夢の体がぐらりと傾き、膝をつく。動脈から出血を始めたとしても、即死するわけではないが、死ぬまでのカウントダウンが始まったか、早まってしまった。

「そんな…っ…!今、血を止めるから…!」

 縋りつくような、自分でも情けないと感じる声を出していたが、そんなことどうでもよかった。異次元霊夢がどれだけ邪魔してこようが、それだけはやり遂げなければならない。

 針が刺さっていた腹部を手で押さえ、出血をなるべく抑えようとしたが、血の滲む服に触れた瞬間に違和感を覚えた。

「針が…」

 異次元霊夢に引き抜かれたと思っていた針は、半ばからへし折れて未だに霊夢の体に深々と突き刺さっている。

 奴の手元で鋼色に光る物体が見えたが、折れた先が握られていたのか。霊夢の攻撃に対して対処が遅れていたのは、直前で折れたせいだったらしい。

 目を白黒させている私を置いて、霊夢が巫女の下がった方向とは別の方向へと顔を向けた。それに釣られて視線を向けると、その先にはボロボロの姿ではあるが、小さな少女が立っていた。

「はぁ…はぁ…っ!」

 肩で息をするほどに息を切らしているのは、それほどまでに全力で走ってきたわけではない。もし走ってきていれば異次元霊夢らが気が付いていたはずだ。いや、彼女の能力から考えるに、異次元霊夢を盲目にして見つけ辛くしたと言った方が近いかもしれない。

 それでも見つかる確率が高く、見つかる事によって殺されるか、人質となって戦況を不利にさせる可能性を考え、緊張で心拍数が極度に上がったと考えられた。交感神経が優位に興奮し、通常の呼吸では体内の酸素を補えないのだろう。

 さほど近い距離にいるわけではなかったが、胸の前に構えていた手が小刻みに震えているのが分かった。元から彼女は前線に出れるような人物でもなく、異次元ナズーリンの地下室でも、異次元妖夢が現れた時には怯えているような立ち位置だった。

 その彼女がここまで来たという事は、相当に勇気を振り絞らなければならなかっただろう。異次元霊夢が無想転生を発動した後だというのに、戦意を削がれなかったのは、これまでのミスティアを見ていれば大したものだろう。

 彼女の中にある一握りの勇気をどうにか振り絞り、折れかかった心を鼓舞して振るいだたせたのは想像できた。この場所に近づくだけではなく、霊夢から針を引き抜く寸前に針を弾幕で撃ち抜いた。彼女のこの行動が無ければ、私たちはここで終わっていた。

 一瞬だが、向こうの世界で偽の死体を見せられた時に近い感覚がした。もし、本当に引き抜かれて霊夢が死んでいたら、またあれが起こる。自分たちの住む世界を自分たちで壊すことになったら本末転倒だ。本当に危なかった。

 異次元霊夢が何かしようとする気配を、砂煙の奥から感じた。霊夢から引き抜いたのとは違う、自分の針を持ちだしたのだろう。振りかぶり、投擲してきた。

 まっすぐダーツのように飛んでいく針は私や瀕死に近い霊夢ではなく、ミスティアに向かって飛んでいく。弾幕で撃ち落とそうとするが、掠ってもロクに方向も変えられなかった。

「ひっ…!いやあああああああああああああああっ!!」

 自分に向かって針が投げられている事を気が付くことができても、避けられるほどに彼女は身軽ではなかった。身を守ろうと防御の姿勢となるが、その腕に針が突き刺さると切り裂くような悲鳴を上げた。

「ミスティア!…そいつを早く…!」

 投擲された針には、爆発性の魔力が含まれていた。腕から引き抜くように促す声と、彼女の声を掻き消す爆発が引き起こされた。

 爆風で新たに砂煙が舞い上げられ、視界を塞ぐ。見通しの悪さが相まって、異次元霊夢の居場所がわからない。気配から割り出そうとするが、抱えていた霊夢が私よりも先に動いた。

 私の手から逃れ、後方からお祓い棒を振り下ろして来ていた異次元霊夢の攻撃を受け止めた。負傷が体に響いているらしく、そこから攻撃に転じることができずに奴の連撃に吹き飛ばされた。

 エネルギー弾は異次元霊夢を吹き飛ばす要因には成り得ない。手先に溜めた魔力はレーザーに変換され、薙ぎ払われた。小さな砂塵は蒸発し、一瞬だけ砂煙が晴れた射線の先でイかれた巫女と目が合った。

 避けられたレーザーに構わず、こちらからも攻撃に躍り出る。舞い上がる砂塵に魔力を通し、それらを凝縮することで異次元霊夢の周囲に砂の刃を幾本も形成した。

 それらで斬り刻もうとするが、薙ぎ払われていく砂の刃は全てお祓い棒によってただの砂へと戻された。刃の対処をしている内に形成した巨腕で叩き潰そうとするが、生成の途中で蹴り壊された。

 大きく体を回転させて放たれた体重を乗せた強力な攻撃に、成すすべもなく腕は粉砕される。体に鬼の攻撃力を纏わせ、蹴りを放った異次元霊夢の背中に拳を放とうとするが、回転運動を続けていた奴は、次の回転でお祓い棒で私の首を打ち抜いた。

 霊夢とは逆方向に吹き飛ばされてしまい、地面を転がりながらも合流を急ごうとする。だがそんな甘い考えは、上げた視線の先に異次元霊夢がすでに到達している事で打ち砕かれる。

 大ぶりの初撃は体をのけ反らせて辛うじてかわすが、続いた二度目と三度目の打撃は、胸と脇腹を捉えた。骨に亀裂が入る打撃の痛みも当然あるが、それよりも煙草の影響で肺に重篤なダメージを負っているせいで咳が誘発され、肺に溜まっていた血を吐きながら咳き込んでしまう。

 喀血して体を崩す私に、容赦なく異次元霊夢がお祓い棒を打ち込んで来る。一撃一撃が重く、骨の髄にまでダメージがのしかかってくる。

「ぐっ…あぁ…っ!?」

 それでも抵抗しようとするが右腕をへし折られ、右わき腹に得物が下から突き上げられた。肋骨が砕け、散った破片が内側で保護されていた肺をズタズタに引き裂いた。

 心臓は辛うじて拡散した骨片から逃れたが、肺へのダメージは計り知れず、吐いた吐息に血の匂いが混じった。

 ただでさえ激しい運動をして酸素が足りないというのに、肺の出血で肺胞が塞がれているせいで体内のガス交換がままならず、酸欠が加速する。

 敵が目の前にいても咳を止めることができない。胸や口元を押さえて血を吐く私に、真上から得物が振り下ろされた。痛みに構っている暇は無いのだが、それの処理をしなければ体をまともに動かすこともできない。

 避けようとはしたがお祓い棒が頭部を捉え、地面に叩き落とされた。打撃と地面へ落ちたダメージが反響し、酸欠と重なって脳の処理能力を著しく奪う。

 意識が遠のきそうになっている私の髪を鷲掴みすると、荒々しく持ち上げた。頭を潰そうと、お祓い棒を掲げる。私の血がこびり付いているお祓い棒が嫌にギラついているように見えた。側頭部を殴られそうになり、残った左腕で防御しようとするが、当たる直前で得物が止まる。

 止まった理由は私にも分かった。砂塵をかき分けて霊夢が出現し、顔に振り下ろそうとしていた得物を弾き飛ばす。大げさに体を動かしているように見えるのは、腹部に負担をかけないためだろう。攻撃で崩れた体勢を立て直し、私のすぐ傍らへと着地した。

 私が吹き飛ばされる前に頭部を殴られていたが、得物が接触したと思われる額からは出血しており、顔の半分が赤く染まっている。ダラダラと流れる血液の量が多く感じるが、問題はそこではない。脇腹に突き刺さっている針は今は動脈を塞いでくれて入るが、これだけ激しく戦っていれば、いつ外れてしまってもおかしくはない。

 力を開放していて、通常時よりも動けてはいるが、針を刺される前のキレはない。肩を上から打たれて怯んだ所で、異次元霊夢が脇腹へと手を伸ばす。針が刺さっている辺りを捩じり上げられると、霊夢の表情があからさまに歪む。

 大きく後退しようとする霊夢の行く手を阻み、お祓い棒を握っていた右手を叩き折った。乾ききった木の枝が折れるのとそう変わらない音を発し、彼女の腕が本来なら曲がらない方向へと捩じれた。

「あぐっ!?」

 二人は接近して戦っているため、レーザーで撃ち抜くことが難しい。援護のためにも地面に魔力を流し、凝縮した土を針の形状でせり上がらせ、異次元霊夢を串刺しにしようとするが、考えを読んでいた奴が爆発性の弾幕を放って小細工ごと私を吹き飛ばした。

 爆発で数メートル後方にあった瓦礫に背中を打ち付けた。前のめりに傾いていく体を倒れないように手で支え、膝をつこうとするが、私の四肢は言う事を聞かずに地面に投げ出された。

 神経は張りつめっぱなしではあるが、肉体に極度の疲労がここぞとばかりに襲い掛かってくる。地面の上であるが、その気になれば一時間でも二時間でも眠ることができてしまう程に、今の私には疲労が溜まっている。

 だが、その誘惑を払い除けるのはそう難しい事ではない。使命感や正義感などでは負けていた可能性があるが、最愛の人の危機となれば寝てなどいられない。

 まだダメージから抜けきっていない体を無理やり起こし、彼女達の方向を見上げた。異次元霊夢が更に攻撃を加えたようで、力で捻じ伏せられてボロボロの霊夢はぐったりと動く様子が無い。

 胸ぐらを掴んでいる異次元霊夢の腕でその体重が支えられている事から、気絶しているのだろう。その意識のない霊夢へ向け、奴はスペルカードを起動しようとしている。

 魔力の探知がままならない状況でも、強力な魔力の流れが異次元霊夢から感じ取れる。霊夢をそれで消そうとしているのは間違いない。

 魔力には爆発の性質が含まれており、彼女を木っ端みじんにするつもりなのだと思い、わき目も振らずに駆け出していた。異次元霊夢がスペルカードを発動する前に撃ち抜こうと魔力を集めるが、奴から伝わってくる魔力の性質から、標的が霊夢から私へと切り替わったのを感じた。

 霊夢から針を引き抜こうとした時、暴走した時と同じ魔力の流れになったのを私は感じていたが、それは奴も同じだったのだろう。先に霊夢を殺すのは得策ではないと判断し、こちらに矛を向けた。

 横を、霊夢の方向を見ていたが、目標をこちらに定めた異次元霊夢は体の正面を私の方へと向けた。

 力の覚醒していない段階でも強力だったスペルカードは、さらに威力を増しているだろう。一切防御を考えていなかった私には、進んで玉砕する以外の選択肢が無くなっていた。

 ダメ元でも、行動しないよりはましだ。レーザーをぶっ放そうと魔力を手先に集めようとした時、ボロボロで全く動く気配のなかった霊夢が弾かれたように動き出した。

 完全に気絶していたのではなく、ギリギリでそちらから戻ってくることができたのだろう。

 捻じ伏せた時点で異次元霊夢は意識を奪ったと思っていたのだろう。胸ぐらを掴んでいた奴の手が簡単に振り払われた。反応が大幅に遅れてはいるが、こちらからすれば刹那の短い時間だ。少しで時間を無駄にすれば、せっかくの隙は泡沫に消える。

 コンマ程度しかない短い時間を、霊夢は優位に使った。私を正面から向かい合っていた為、彼女からすれば若干回り込まなければならなかった。

 体全体で回り込んでいたのでは間に合わないため左腕を伸ばし、握り潰されそうになっていたスペルカードを、拳で叩き壊した。

 スペルカードのための凝縮された魔力に、霊夢の魔力が割り込んだ。一定の流れに逆らった魔力の奔流に回路は崩され、起動していたスペルカードが崩壊する。

 スペルカードを殴り壊した彼女は、止まることなく異次元霊夢の胸へと拳を押し込んだ。だが、霊夢のやり方には違和感があった。左手で殴りつけてはいるが、正拳突きとは違って小指側で攻撃する、拳槌の形で叩くと言った動作だ。

 それに体勢や異次元霊夢の向きからしても、ダメージを与えるとしたら効率が悪い。反撃される前にレーザーを放とうとするが、奴の顔色が変わったのが見て取れた。

 霊夢の左手が血で濡れていたせいで見えていなかったが、拳が異次元霊夢の胸を叩く音に紛れ、何かが皮膚を抉る小さな音が聞こえて来た。

 彼女の手には、動脈を塞いでいたはずの折られた針が握られており、ミスティアが引き抜かせなかった針を自分で引き抜き、現在その先端は異次元霊夢の胸に深々と突き刺さっている。

「霊夢っ!」

 折れた腕では抑えることができず、腹部から漏れ出した血で目に見えて彼女の巫女服が真っ赤に染まっていくのがわかる。数分と持たずに、彼女は死んでしまうだろう。

 注射針のように細ければ問題なかったかもしれないが、針の直径は一センチ程度はあり、損傷部は体内の奥深くであるため、表面で止めても奥で出続ける可能性が高い。

 彼女の死が現実味を帯び、まじかに迫って来た事で血の気が引くのを感じた。助けなければならないと思考が動き、戦うためではなく回復のために走ろうとするが、肩越しに振り返った霊夢が私を叱咤する。

「…いいから、戦って!」

 奴にやられたり自然と針が抜けたわけではなく、霊夢が自ら自分の意思で引き抜いた。それは、覚悟の表れだ。

 負傷した状態では足手纏いにしかならないと、彼女はわかっていたのだろう。だから、命を賭すのも厭わずに針を引き抜いてスペルカードを壊し、特攻紛いの事を行った。

 彼女自身、死ぬつもりは毛頭ないだろうが、戦いを終わらせるうえでこれが最善と考えて行動した。随分と荒っぽいやり方だが、私も覚悟を決めなければならなくなった。覚悟を決めた彼女を無駄死にさせてはならない。

 胸に血が滲みだした段階で、異次元霊夢が自分を刺している腕を払い除けた。丁度心臓を穿つ位置を突いているが、針の長さが足りなかった。魔力から見れる心臓の動きに影響はない。

 霊夢もそれは指先の感覚からわかったのだろう。悔しそうに歯噛みする表情が浮かんでおり、さらに針を抉り込ませようとするが、それを許すほど奴は鈍間ではなかった。

 体を捩じって胸を叩いている霊夢の手を遠ざけ、腹部から多量に出血する霊夢を蹴り倒した。蹴りが背中を打つと、攻撃に耐えられずに彼女は膝をついた。

 左手で腹部を押さえることはできているが、右腕は折れてお祓い棒を落としてしまっている。異次元霊夢は得物を大きく振りかぶると、霊夢の頭部に一撃を加え、砂煙の奥へと吹き飛ばした。

 殴られる直前。霊夢と目が合った。後は頼んだと言っているように見え、私はそれを受け取った。

 カバンの中から、最後の一本の煙草を取り出した。魔力の炎で火をつけ、紫煙を肺の中に送り込む。効果後の肺のダメージを考えるとなるべく使いたくはないが、このタイミング以降に使用することはできないだろう。

 初めて異次元勇義との戦闘で使用し、次いで異次元霊夢との戦闘でも使ったが、時間を測らなくても効果時間が大幅に減少しているのが体感でわかる。

 異次元勇義の時にもそれなりのダメージはあったが、しばらく煙草を控えていたことで回復しているはずだった。だが、実際には効果時間がかなり減り、ダメージも前回の比ではなかった。

 期間を置いての使用でここまでの差があるというのに、その日の内に二度目ともなれば、肺へのダメージは想像できず、効果時間も更に短くなるはずだ。

 異次元勇義と戦った時の効果時間も五分程度だったと思うが、異次元霊夢との戦いではその半分以下になっていた気がする。その割合から行くと、効果時間は一分を下回る可能性がある。

 霊夢を殴り飛ばした異次元霊夢に後方から接近する。私が接近している事は既に知られている事だ。予想外の攻撃で、最初でどれだけ奴の体勢を崩せるのかにかかっている。

 大きく吸い込んだ紫煙を吐きながら、唇で挟んでいた煙草を放した。地面に落ちた煙草を踏み潰し、異次元霊夢に向けて跳躍した。

 肺から取り込まれた非自己の魔力が、左室の収縮圧力で全身に広がっていく。全身が強化されているが、鬼の性質が掛け合わさり、飛躍的に力が増している事だろう。

 拳を握り、こちらに振り返ろうとしている異次元霊夢の側頭部を打つ。いくら負傷し、霊夢に意識を向けていたとしても、こちらを全く把握していないわけがない。

 こちらを見ていないというに、お祓い棒を私の放った拳の軌道上に合わせて来た。上から叩きつける打撃は完全に受け流される形となったが、タバコを吸ったのを見ていない奴は高まった攻撃の威力に体勢を大きく崩す。

 立っていた姿勢から耐え切れず、攻撃を受け流し切れなかった異次元霊夢が膝をつく。奴を通して地中へと伝わった衝撃に、爆風で脆くなっている地面は耐えられない。

 亀裂が異次元霊夢を中心に広がり、一瞬にして大地が瓦解する。完全に想定外だったのだろう。目を白黒させている奴は反応が遅れ、体を通り抜けたダメージから一瞬立ち直れない。

 スペルカードとは言え巫女の力が覚醒している奴に膝をつかせる威力となれば、奴を殺すことのできる可能性が高まる。

 身体のダメージによって吐血する異次元霊夢に、続けて私は畳みかける。霊夢が胸に突き刺した折れている針へ向け、拳を更に叩き込んだ。

 刺さっていた針を殴ることで、釘打ち機のように針を打ち出した。霊夢の狙いは正確で、心臓まで残り数ミリという所で止まってしまっていた。

 それを更に進ませることで致命の一撃を与えようとするが、拳が当たる直前に体を捻って飛んでいく軌道を無理やり変えられた。体を貫通して飛んでいく折れた針は、背中側ではなく、体表をなぞる形で体外へと吹き飛んだ。

 そうだ。ここでやられるような奴ではない。そんなことは等の昔にわかり切っており、続けて顔面へ拳を叩き込んだ。頭蓋の歪む感覚は、ダメージを与えているのを実感させる。

 だが、それは向こうも同じだった。肉を切らせて骨を断つとはよく言ったもので、奴が薙ぎ払ったお祓い棒が私の脇腹に食い込んだ。肋骨から胸骨にかけ、一瞬で骨の亀裂が生じる。

 肋骨の亀裂は前側だけではなく、背中側にも広がっており、背骨の大事な神経が押しつぶされる感触が伝わってくる。地面を踏みしめて踏ん張ろうとしていた為、頭から送られる信号が潰れた脊髄で途絶え、力が抜けて後方に吹き飛ばされてしまう。

 私の魔力の質が上がってきているため、神経損傷も即座に回復した。後方に転がりながらも立て直し、すぐに異次元霊夢へ跳躍しようとするが、強い咳嗽感に動きを阻害される。

 これだけの短い時間で煙草の効果が切れてしまったのかと思ったが、血の味はしなかったため出血はしていない。それに強化は持続していることからも否定できる。

 身体を強化していても、肺へのダメージを抑えきれなくなってきているのだ。小さく咳き込みながらも、拳を握って私はこちらへと跳躍する異次元霊夢を迎え撃つ。最早、邪魔にしかならないボロボロのバックを投げ捨て、奴の振るう得物に拳を打ち合わせた。

 私にも、異次元霊夢にも衝撃が駆け抜け、一瞬でも後方に下がる挙動を見せるが、地面へほとんどのダメージを逃がしたらしく、大地が陥没してめくり返る。当の本人は後退せずにこちらへ得物を更に振るう。

「くっ…!」

 前にも言ったが、自分の波長に近づけていない第三者の魔力は、基本的に人体にとってはかなり有害だ。煙草をたったの数本でも、あまり類を見ない喀血を見せたのがいい例だ。

 魔力を全身に送り込む際に、一番濃度が高い状態となるため必然的にダメージを受けやすい。例え回復させようとしても、現在進行形で肺は第三者の魔力に蝕まれているため、焼け石に水だ。

 攻撃するチャンスや攻撃に使うはずだった魔力を、常にダメージを負い続けていく肺に回すのであれば、リスクが高いとしても私は攻撃に回したい。生き残ることは、異次元霊夢を倒してから考えることだ。

 奴が放ってきた連撃を、時の加速で何とか捌き切る。妖夢や咲夜の置いて行った技術を活用して薙ぎ払われた得物を受け流し、拳を頭部に送り出した。

 異次元霊夢も、スペルカードの使用時間の限界が迫っているのだろうか。多少の被弾覚悟で迫ってくるため、頭部を捉える事には成功する。しかし、胸部に対する攻撃が私に効くのを何となく感じていたらしく、相打ちの形で胸を殴りつけられる。

 拳が当たった衝撃で肋骨が大きく振動して歪み、その奥にある肺が歪みに刺激され、咳を誘発してしまう。第三者の魔力で肺胞が破壊され、弱っている肺の線維がブチブチと音を立てて千切れていくのが聞こえてきた気がするが、骨にヒビが入る破砕音にかき消された。

 咳は我慢できずに出てしまい、痛む胸を押さえながら反撃に移ろうとするが、異次元霊夢は続けざまに得物を振るう。胸の次は腹部を弾幕で撃ち、両足をお祓い棒で砕き薙ぐ。

 両足の支えが無くなり、一瞬にして視界の中で上下が逆さにひっくり返る。世界が反転したようにも見えなくはなかったが、頭から地面に落下したことで、自分が回転していると一テンポ遅れて理解する。

 ブチブチと嫌な音が響き、足先の感覚がなくなっていく。骨を折られただけでなく筋肉までもが捩じ切れ、砂塵の中を吹き飛んでいった。

 背中から落下してしまった。足の反動を利用して立ち上がろうとしていた為、起き上がれずに僅かな時間を無駄にした。それでもできうる限り早く体を起こそうとした私に、異次元霊夢がのしかかって来た。

 胸を踏みつけられ、起こそうとした上体を地面に縫い付けられた。魔力を集め、異次元霊夢に向けようとした手が得物に薙ぎ払われ、肘の関節部から逆方向へへし折れた。

「ぐっ!?」

 足は再生をはじめ、腕も数秒で治るだろう。しかし、その間に異次元霊夢なら十数発の打撃を私へ放てる。このままでは再生が終わるまでに肉塊にされてしまう。

 異次元霊夢の攻撃から逃れようと無い足で体を押して逃げようとするが、手を伸ばしてくると、首を捻り上げた。握力が強すぎたせいで喉仏が潰され、くぐもった悲鳴が漏れた。

「ああああああああああああっ…!!」

 異次元霊夢の爪が喉に食い込み、血が流れだす。腕を振りほどこうとするが、奥に指が抉り込んでいるせいで無理やり放させようとすると、喉仏を持っていかれる。

 ようやく再生させた腕で殴りかかろうとするが、薙ぎ払われた得物が手頸の関節を粉々に砕いてしまう。防御能力を上げているはずだが、奴の攻撃力が大きく上回っている。

 異次元霊夢はここで私を討つつもりなのだろう。腕を折られたことで抵抗までの時間が大幅に延長し、殴打に見舞われる。

 頬を打ち、額を叩き抜く。鼻っ面を叩き折られ、口元を捉えたお祓い棒に皮膚が抉られる。嵐のように得物の応酬が続き、振られるごとに振り子のように顔が左右に振られる。

 一発ごとに頭蓋骨が歪み、亀裂が生じるのを感じる。攻撃が頭部を捉えるごとに、体だけでなく意識まで揺らぐ。異次元霊夢のお祓い棒が左側頭部を打った瞬間に、骨が砕けるのを感じたが、それだけで終わらない。

 乾いた木が割れるような音とは違う、陶器質な物体に亀裂が走る異音が体内に近い場所で響く。鮮明に見えていた視界に、陶器質の音と同時に稲妻状の模様が形成された。

 何かの攻撃と勘違いしそうになったが、左側の視界だけであり、左目に入れていた義眼が割れかけているのだと分かった。割れた義眼の破片で眼窩内の皮膚が裂けたようで、血涙がだらりと流れた。

「ぐっ…!」

 これ以上は攻撃を受けるわけにはいかず、再生させた足で異次元霊夢の背中を蹴り上げるが、この有利な状況を手放したくないのだろう。痛みで顔を歪めるが、地面についている膝で踏ん張った。

 顔を掴まれ、地面へと叩きつけられた。脊椎をへし折るか脱臼させるつもりだったのだろう。首が捩じ切れてしまうと思える程の強烈な負荷に、一瞬でも気を抜けば体を残して頭だけが吹き飛んでいきそうになる。

 だが、奴もそれでは仕留められないと分かっているため、得物を掲げた。銀ナイフで異次元霊夢の右肩を掻き切っていたはずだが、いつの間にか傷を再生させたようだ。千切れかかっていたとは思えない腕力で、私の頭を潰そうと振り下ろしてくる。

 お祓い棒が皮膚を裂き、骨を歪ませる。これまでのダメージや亀裂で頭蓋の強度が落ち込んでいるのだろう。このまま抵抗できなければ脳を抉る勢いだ。

 倒れている姿勢から、蹴りを背中に打っても大したダメージが見込めず、腕を再生させて弾幕で引き剥がすこともできない。ならば、マスタースパークを放つときのように、道具を介して弾幕を放つ。

 私のように魔力の性質を読み取れない異次元霊夢からすれば、回復のための魔力と勘違いしてくれることだろう。戦闘持続の戦意と捉えた巫女が全体重を乗せ、頭部を押しつぶそうと身を乗り出す。

 そのタイミングに合わせ左目の義眼から、弾幕をぶっ放した。吹き飛ばすためにエネルギー弾を放っていたが、着弾と同時に弾けた弾幕に肉体が弾け飛んだ。

 異次元霊夢の手だった、原型を留めない血潮とお祓い棒が、エネルギー弾の破壊力に耐えきれずに彼方へと吹き飛んだ。

 驚愕の瞳が弾けるように舞う、血潮の合間から私を覗き込んで来る。全く攻撃を予期していなかったのは言うまでもない。歪み、引き裂かれ、潰れて砕かれていく腕を信じられないように見下ろしている。

 その状態でもエネルギー弾を受けても吹き飛ばなかったのは、さすがは巫女と言った所だろう。これまでは奴の対応能力に苦汁を舐めさせられてきたが、今回ばかりは好都合だ。

 右手で持っていたお祓い棒は天高く舞い上がり、どこかへと吹き飛んでいる。火傷が酷く、筋肉や骨が一部剥き出しになっている左腕へ手を伸ばして掴んだ。

 そのまま引き剥がすのではなく、私はむしろ自分の方へと引き寄せた。離れることを想定していた異次元霊夢は予想外の動きに戸惑い、抵抗が大きく遅れた。

 もう片方の折られていた腕も再生させながら潰れた異次元霊夢の右手へと伸ばし、逃げられないように腕をがっちりと掴んだ。巫女が振りほどこうとするが、手を吹き飛ばされたショックから立ち直れていないため、行動は二手も遅い。

 仰向けに倒れていた私の上に跨って殴っていたのが仇となった。引き寄せた異次元霊夢は前かがみに倒れかけている。異次元霊夢の胸元、厳密にはその奥にある心臓が曝け出される。

 またとないチャンスに、私は殆どの魔力を義眼へ魔力を集中させた。これが終わった後、煙草によるフィードバックがどれほど来るのかはわからないが、この一手で終わらせてやる。

 魔力をレーザーへと変換し、仰向けに倒れた私の目の前にある異次元霊夢の左胸に向け、視線を合わせた。義眼に亀裂が生じている事で、光が一部散乱して威力が落ちてしまうことが予想される。だが、その分だけ威力を高めて減衰を補った。

 この手法の良い所は攻撃である事を気取られにくい事が一つ上げられるが、メリットがもう一つある。向けた視線がそっくりそのまま射線となる事だ。左目から弾幕を放つ瞬間、キラリと一瞬だけ魔力の瞬きを見せた。

 大量の魔力が込められ、さらに煙草の効果で強化されたレーザーが、眩い光と凄まじい熱量と共に撃ち放たれた。薄暗かったはずの周囲が数秒間の持続的な閃光で塞がれ、何も見えなくなった。

 威力が高まっていた為、鬱陶しいぐらいに周囲で滞留していた砂塵が、弾幕が放たれた途端に全て吹き飛ばされた。レーザーを中心に放射状に広がる暴風が吹き荒れ、砂を拭い取ったのだ。

 太陽光を塞いでいた砂が無くなったことで、薄暗かった周囲に陽光が指す。砂で見えていなかった、瓦解して無残な残骸だらけとなった村全体の実態が露わとなる。

 衝撃波で粉々に吹き飛ばされ、引き裂かれ、地面に叩きつけられて潰れた死体が無造作に転がっている。原型もわからない物体、家具だった物、家だった瓦礫が山のように積み上がっている。

 爆心地に近い荒れ果てた荒野には、生きた人間は誰もいない。遮蔽する物も殆どないため、声がよく通る。誰の声もとど来ないような荒野に、絶叫が響き渡った。

 




次の投稿は2/20の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。