そちらも楽しんでいただけたらと思います。
自由気ままに好き勝手にやっております!
それでもええで!
と言う方のみ第百九十八話をお楽しみください!
眩い閃光と焼けるような熱。レーザーを放ったことにより、大気が焦げる匂いを感じた。光で全く視界は利かなかったが、それでも確かな手ごたえを感じた。
光は数秒間周囲を照らし出した後、光の残像を残して綺麗に消え去った。不思議な位に、不気味な位に静まり返ったのも束の間だった。声が響く。
叫ぶ声の主は二つ。胸を撃ち抜かれた異次元霊夢と、瞼の内側を比喩ではなく本当に焼かれている私のあらん限りの絶叫だ。
「「ああああああああああああああああああああああああっ!!」」
肉体に含まれる水分が沸騰し、焼け焦げ、一部が蒸発した胸元を掻き毟り、異次元霊夢が仰け反って後ろに倒れ込んだ。胸には熱線で射抜かれた跡である穴がぽっかりと口を開けており蒸気を上げる胸を抱えて苦しそうに蹲る。
放ったレーザーの熱は肉体には影響がないようにしていたが、義眼にレーザーの熱が移ってしまっていたようで、文字通り目の奥が焼ける。倒れている異次元霊夢に攻撃を加える最大のチャンスだったが、私も自分の事で精いっぱいとなり、攻撃に移れない。
左目に指を突っ込み、はめ込んでいた義眼を無理やり引っ張り出した。それに触れた途端に指先にも熱の痛みを感じたが、目の奥が焦げていく感覚には耐えられなかった。
投げ捨てた義眼は私が吐いたであろう、近くの血だまりに落ちると、水分を蒸発させる音と共に蒸気を噴き上げた。どれだけの温度だったのかは想像もしたくない。
しかし、その問題は現時点で問題にも成り得ない。さらに上を行く問題が山積みだからだ。体を起こそうとすると、後方でも異次元霊夢が起き上がろうとしている気配がする。
お互いにこれだけの怪我を抱えているため、先に攻撃を受けた方が、負けになる事が予想できる。私も負けじと体を起こそうとすると、急速に煙草の効果が薄れていくのを感じた。
まだ駄目だ。もう少しだけ、もう少しだけ時間をくれ。そう願うが、無情にも効果は無くなっていく。最後には無視してきた、他人の魔力に蝕まれた肺だけが残された。
「ごほっ…げほっ…!?」
咳が込み上げ、乾いた咳を繰り返す。口の中に血の味が広がっていき、おびただしい量の血が込み上げてくると、地面へたまらず吐き出した。
「がはっ…!」
肺に溜まっていく血を咳で排出していくが、体内外のガス交換を行っている臓器には大量の血が集まるが故に出血が収まりにくく、出血量も多い。治そうとしたそばから、出血で裂けていくのだろう。
どれだけ喀血しても収まることは無く、むしろ、時間の経過で咳は酷くなり、吐き出す血の量も増えていく気がした。目の前の地面はすぐに赤一色で染まり、奴に討たれるよりも先に肺に溜まっていく血で溺死してしまいそうだ。
肺の損傷で酸素を取り込む力が低下している所に、畳みかけるように咳が往来し、満足に肺を膨らませることもできない。息を吸うことができなければガス交換ができず、体内に存在する二酸化炭素の濃度が高まり、息苦しさが加速する。
体内の酸素濃度が低下し始めたことで、頭も回らなくなってくる。酸欠で朧気になって来た脳でも、異次元霊夢の佇んだ気配は感じ取れた。
込み上げてくる止まらない咳を何度も繰り返し、血を吐き続けているせいで、私は倒れたまま立ち上がることすらできていない。
敵に背中を見せている危険な状況でも、体は咳以外の行動を拒否してしまう。動け、立ち上がれ、戦え、と自分を鼓舞しても体は横たわったまま動かせない。気合ではどうにもならないところまで来てしまっているのだ。
回復力を強化して腕を数秒で再生させることはできるが、現在進行形で肺は蝕まれており、損傷の進みは回復力を大きく上回ってしまっている。いくら回復させても、今の現状では進行を食い止めることはできないだろう。
「かっ……ぁ………っ………っ…!」
咳で息を吸い込めず、肺が潰れてしまうのではないかと錯覚する。横隔膜や肺を取り囲む肋骨を支配する筋肉が痙攣し、膨らませることができない。
喘鳴を上げることもできなくなっていく私は、それでも動こうとするが、痙攣のせいで身をよじることすらできない。
縋る先も、何に縋っているのかもわかっていないのに、私は神頼みのように動けと体を叱咤する。
力を込め、今まさに異次元霊夢が振り下ろそうとする拳から逃れようとするが、体を支えようとする腕には全く力が入ってくれない。
異次元霊夢に踏まれているわけでも、何かに貫かれて縫い付けられているわけでもないのに体が動いてくれない。振り絞ろうとする力にも呼応できず、巫女の攻撃がついに始まろうとする。膨れ上がる殺気に自分の死期を感じた。
「………っ…」
どれだけ奮い立たせようとしても、どれだけ魔力で強化しようとしても、体は動かせなかった。もう駄目だと諦めそうになったその刹那、不思議と体が軽くなったのを感じた。
今まで体の全てが鉛に置き換わっているように重かったはずだったのに、自分でも驚くほどに動かすことができた。地面についていた右腕を起点にして体をぐるりと反転させる。腕を起点に移動させたことで体が一つ分ずれ、異次元霊夢の攻撃をすんでのところで退避した。
私を潰すはずだった拳が大地を穿ち、手首までめり込ませた。地面を伝ってくる衝撃から、体を貫くのは容易だったのが想像できた。
気が付くとあれほど収まらなかった喘鳴が止まり、動かなかった体が急に動いたのは、私の神頼みが何かもわからない神に届いたわけではない。第三者によって、力を壌土されたのだ。
異次元霊夢も胸を打ち抜いた影響を多大に受けており、振り下ろしていた拳を地面から引き抜こうとしているのに手間取っている。
「っ……はぁ…っ…!」
喉や肺に残っていた血で吸った息が詰まり、満足に空気を取り込むことができなかった。だが、少量とは言え酸素を肺に送り込むことができ、それを全身の酸素を欲している肉体へ行きわたらせた。
動き自体は私の方が遅いが、出だしが速かったお陰で拳を異次元霊夢の顔へ叩き込むことができた。
「ぐっ!?」
異次元霊夢を押し返し、先ほどとは打って変わって飛び起きた。煙草の効果が消えた直後からすればかなり軽快に見えるが、殴り飛ばした巫女が体勢を整え終えているほどには遅い。
こちらへ緩慢な動きで向かおうとして来る異次元霊夢の奥に、霊夢ではない人影が見えた。片目でしか物を視れていないため距離感が掴めなかったが、遠い割には人影は大きい。
一人だと思っていた人影は、二人の人物が肩を貸し合ってようやく立っていて、ガタイが大きく見えていたのだろう。片方の人物が手に虹色の帯状の物体を持っており、遅い動きで何かをしている。
魔力から、私を強化しようとする性質が感じ取れた。遠くからでもわかる特徴的な帯状の物体は、聖が扱うスペルカードを記した巻物だ。
爆発に巻き込まれていたはずだが、水蜜の肩を借りてようやく私たちに追いついたのだろう。
千年かけて作られたスペルカードは非常に強力で、自分の強化する力と掛け合わさって、一時的とはいえ肺や肉体のダメージが軽減された。軽くまだ咳は出るが、全く動けなくなるわけではない。
今度は私から殴り掛かるが、胸を庇いながらも体を捩じって避けると、私の腹部へ拳を叩き込んでくる。避ける動作にも入っていなかった私を打ち抜いたはずだったが、腹部から痛みを感じることはない。
異次元霊夢の拳と私の体の間に、何か物体が入り込んでいる。緑色のそれは、夏の時期によく見る植物であり、地面から太い蔓が重力に逆らって上にある拳へと伸びていた。
片腕をエネルギー弾で失っている異次元霊夢はすぐさま対応できず、私の攻撃を再度受けることとなった。顔を拳が捉えるが、頭を傾けて衝撃を受け流されてダメージを軽減される。
身を翻した異次元霊夢に更に畳みかけようとするが、まだ弾幕が残っていたらしく、複数の針と札を至近距離から投擲してきた。
弾幕を放つほど魔力を四肢に集めておらず、ダメ元でも横に飛びのこうとするが、小さなくぐもった破裂音がしたと思うと、黒色の塵を纏う大妖精が現れた。
緑の髪を揺らしてこちらへと延ばして来た大妖精へ、私からも手を伸ばした。かなりの至近距離からの弾幕だったが、少女は気にも留めず再度能力を使用する。
一瞬だけ意識が途切れるような感覚がしたと思うと、異次元霊夢の後方に回り込んでいた。彼女はそれ以上干渉する気が無いのか、礼も聞かずに煙を残して消えた。
振り返ろうとする巫女の隙をつく形となり、私はすぐさま走り出す。このチャンスを逃すな。重たい体を引きずるように前進し、振り返った異次元霊夢の鼻っ面に拳を送り込む。今度こそダメージを軽減されることはなく、鈍い感触が伝わってくる。
「あぐっ!?」
戦闘で解けた長い髪をたなびかせながら、巫女は自分の意思で後退する。殴った手ごたえからそれほどまでに吹き飛ぶことは無いと分かっていた為、私も追撃の足が出るまでは早かった。
「げほっ…!」
気を抜くと咳が漏れてしまう。強化される前と比べれば我慢できない程ではなく、奥歯を噛み締めて絶えず込み上げてくる咳嗽感を無理やり押さえ込む。
手もとに集めた魔力をレーザーへと変換し、異次元霊夢へと薙ぎ払った。土を融解させ、空気中の塵を蒸発させるため、焦げ付いた匂いが鼻腔をつく。
大気を焦がす熱線を異次元霊夢は当たる直前に躱した。動きから戦い始めた時の余裕は無く、辛うじて直撃を避けられたと言える危うい回避だ。
レーザーを避けた異次元霊夢が反撃の弾幕をこちらへと放ってくるが、倒すための最後のチャンスを掴むため、放たれた弾幕が通過する最短距離を突き進む。致命傷になりうる弾幕以外はすべて無視する。
被弾覚悟で駆け抜けようとしたが、視界外から感じる魔力の性質に、私の足はさらに早まる。炎の性質を感じたが、それだけでは走る脚が早まることはない。ただの炎ではなく、フランドールが扱うレーヴァテインの性質だ。
炎剣と言うよりは、炎が照射される形で異次元霊夢が放った弾幕を包み込む。札と魔力の弾幕はフランドールの炎に充てられ、燃え尽きるか魔力の塵と化す。
魔力で撃ち抜かれなくなったため、魔力で身を包み込む。フランドールが発生させた炎の影響を最小限にとどめようとするが、私が炎の中を潜り抜けようとすると、炎が一瞬で鎮火した。
私の前進に合わせ、フランドールが炎を消してくれたらしい。熱気によって陽炎が発生するが、僅かな時間とは言え炎で見えなくなっていた異次元霊夢の居場所は見誤らない。
異次元霊夢に突っ込み、鬼並みの攻撃力を誇る私の拳を叩き込む。片腕しかないというのに、拳を完璧に近い形で受け流していく。対処能力の高さは依然として高いが、それでもダメージは多少なりとも与えられているだろう。私と拳を交えるたびに、異次元霊夢は顔を歪ませる。
私を引きはがす為か、私に殴りかかりながら複数枚の札を地面へ落とした。それに含まれる魔力の性質は、爆発を秘めている。角度の調整もあり、自分に被弾しないようにしている。
魔力で身体を保護しようとするが、別の魔力の性質を感じ取った。私も、霊夢も手を焼かされたひっくり返す程度の能力だ。こちらに向かって拡散するはずだった魔力の爆発が反転し、異次元霊夢を包み込む。
私に放ったはずの攻撃を自分で食らい、目を白黒させる異次元霊夢に考えさせる暇を与えず、弾幕と近接戦闘を織り交ぜた接近戦を挑む。
レーザーの弾幕から、拳を異次元霊夢へと叩き込む。レーザーは腕の方向から射線がわかってしまうため、簡単に躱される。小回りが利くように攻撃を小出しにするべきなのだが、身体に溜まっているダメージで体が振り回されてしまい、大ぶりの攻撃となってしまう。
異次元霊夢も体に負ったダメージで動きが遅い。私の拳をやっとの動作で避け、反撃に躍り出ようとする。まともに動ける時間はそう長くは無いだろうが、動ける間は全力で抵抗を続けることだろう。
奴の攻撃に対処しようとした時、フランドールとは違う魔力の流れを感じた。私も、霊夢も散々手こずらせられた、何でもひっくり返す程度の能力が巫女に働いたのを感じる。
来ると分かっていても対処が難しく、全快時でも簡単にはいかない。生存本能が高まっている今だったとしても、体の負傷を差し引けば対応能力は皆無と言える。
私へと放った拳の進行方向をひっくり返されたことで、拳だけが後退していく。突き進ませようとする異次元霊夢の思考と乖離した行動に、巫女は前のめりに動きを止めてしまう。
その異次元霊夢の胸へ拳を放ち、怯んだ瞬間に弾幕で撃ち抜いた。打撃を体のしなりで受け流せても、熱線の熱は魔力以外ではどうしようもない。防御に使用した魔力を貫通し、奴の肉体を焼け焦がす。
脇腹を打ち抜いたが、異次元霊夢も負けじと私の方へ前進し、胸を殴り込まれた。胸部へのダメージは、頭や腹部とは比べ物にならない程に通る。衝撃による肋骨の歪みは、肺への刺激となる。
「かはっ…!?」
咳が込み上げた私の顔へ、異次元霊夢の拳が叩き込まれた。異次元霊夢も後のことなど考えていないのか、考えている暇がいないのか。体を投げ出すような、突貫する大ぶりの攻撃だ。
顔が跳ね上がり、後ろへと後退させられた。私が離れた隙に、異次元霊夢が袖の中からスペルカードを素早く引き抜き、大量の魔力を流し込んでいく。
魔力の作用で仰け反った上半身を引き戻して走り出そうとするが、数メートルも距離を開けられた今の段階では、距離を詰められるだけの時間はない。
スペルカードの回路を通した魔力に、爆発する性質が付与される。それを発動される前に、レーザーで撃ち抜こうとするが、目の前の空間に一筋の線が形成された。
何の脈絡もなく中空に描かれた水平方向に伸びる線は、二メートルほどの長さがある。それの魔力の性質を探るまでもない。線は瞳の形に大きく膨らむと、それを境にして次元の狭間を作り出す。
それに飛び込む前から次元の狭間の先にある景色が目に入ってくるが、紫が作り出したスキマ世界には繋がっていない。数メートルは離れていたはずの異次元霊夢までの距離を、手を伸ばせば届く距離に経路を短縮させたらしい。
「っ!?」
スペルカードを起動している段階では、異次元霊夢は動ける。しかし、紫の存在を認知してしまった今では、下手に逃げてさらに余計な干渉を受けると思ったのだろう。
逃げるのではなくこれ以上干渉が難しいであろう今の状況で、私をスペルカードの攻撃で屠ろうと発動を急いでいる。
私の拳がスペルカードを破壊するか、異次元霊夢が発動で握り潰すのが先か。どちらになるか、際どい勝負だったが、身体へ蓄積されているダメージが枷となり、こちらが若干の遅れを生じさせた。
私の拳がスペルカードに当たる遥か手前で、異次元霊夢がカードに手を添えた。抽出する準備が整うと同時に、カードを潰すためだ。
握り潰そうとした瞬間、実弾のような目にも止まらぬ速度で突っ込んで来た魔力の弾頭が、いくつかの指ごとカードを撃ち抜いた。指がもぎ取られ、弾丸に撃ち抜かれた結晶の破片と共に吹き飛んだ。
高濃度の魔力に充てられて結晶化していた紙が、発動段階に入る寸前だったスペルカードと共に崩壊していく。
第三者の魔力によって、緻密に作り上げられた回路が崩れていき、血を滴らせる異次元霊夢の手の中から消えていく。結晶を見つめたまま奴は固まっている。
胸の前でカードを潰そうと出していた手を払い除け、レーザーでぶち抜いていた胸に拳を叩き込む。私も異次元霊夢もほとんど魔力が尽きかけていて、ロクにダメージを軽減できていない。
下から突き上げた拳が胸にめり込む手ごたえから、今までには無い程に高いダメージを与えた。喉の奥から込み上げるような動作を見せると、咳き込むように血を吐き出した。ダメージが蓄積しているらしく、倒れ込みそうにがくがくと膝が笑っている。
荒々しく呼吸を繰り返すが、口や喉に残った血液がゴボゴボと音を立てる。正常に呼吸できていないらしく、真赤な血液とは対照的に唇は真っ青な酸欠を示している。
「ごほっ…!」
吐血する異次元霊夢に追撃を加えようと、更に前進する。口の端から血を流す奴の手にはいつの間にか針が握られており、逆手に握られた小さな得物を私の胸に振り下ろした。
進んでいた段階で私に避ける選択肢は無いに等しく、攻撃体勢に入っていた為に避けないというよりは避けられなかった。皮膚はそうだが、中の内臓を保護している胸骨を易々と貫通し、心臓を取り囲んで貯留する心嚢液の中を突き進み、激しく拍動して全身に血液を送る筋肉の塊に針が抉り込んだ。
「くっ……あぁ…!?」
呻く私の胸に、更に異次元霊夢が針を抉り込ませる。ポンプの役割を担う心臓の筋肉を貫通した途端に、身の危険を感じた体がどうにか血液を全身に送り出そうと心拍数が跳ね上がる。
拍動が速すぎれば、心室内に十分な量の血液を十分に送り出すことができず、頭に血が回らなくなる。意識を保っていられるのも時間の問題だが、この一撃は余裕で食らわせられる。
胸に突き刺された針を抜かれないために腕を捻り上げ、刺さった得物を手放させた。胸の傷口から溢れて来た血液で滑り、思ったよりもすんなりと奴の手が離れていく。
どこからか飛来した魔力の弾丸に指を撃ち抜かれたことで、握力が低下しているのも原因の一つだろう。捻った腕を引き寄せ、異次元霊夢に頭突きを食らわせた。
身長の関係で顎や口元に当たり、奴の顎や歯を砕く。額を通して奴の肉体が潰れる感触がし、呻き声とも悲鳴ともとれる声を上げた。
「あがっ…!?」
頭突きで跳ね上がった顔の口元は誰がどう見ても砕けて歪んでおり、折れた顎の骨が皮膚を突き破って一部露出している。
状況は拮抗しているのに近く、私のタイムアップが迫っている現状では最後のチャンスだろう。霊夢から貰った最後の魔力を振り絞り、ポケットの中から取り出した魔道具に送り込む。
八角形の特殊な形状は、他に類を見ない。香林に半ば無理やり作らせたミニ八卦路だ。武器としての役割を果たせなさそうな見た目だが、スペルカードの性質を持つ魔力を送り込んだ途端に、その特性が露わとなる。
発熱を逃がす機構が働いて蒸気を発し、八卦路の中央部分にある勾玉模様に魔力が集中していく。集まった魔力が最大に達すると、勾玉模様から魔力が凝縮された小さな球体が出現した。
「恋符『マスタースパーク』」
輝く球体は大きく爆発的に膨らむと、ビー玉程度の大きさだったとは思えない人間を易々と飲み込む巨大なレーザーへと変貌し、異次元霊夢を包み込んだ。
巨大な極太のレーザーは射線上にある全ての物を薙ぎ払い、地平線まで突き進む。それでも止まることを知らないレーザーは山肌を吹き飛ばし、光と熱で大地を溶解させた。
異次元霊夢の気配はそれでもまるで消えない。さらに魔力を注ぎこんで出力を上げようとするが、残っていた搾りカスを吐き出している状態だったため、こちらもスペルカードを維持させることができない。
魔力の供給が絶たれてしまうと、私の意思とは関係なくレーザーの幅が狭くなっていく。どれだけ魔力を込めようとしても、枯渇した物は出せない。数秒も時間が経てば糸のように細くなり、元の小さな魔力の球体に戻ってしまった。
そこから魔力の球体は膨らむことなくさらに縮まり、小さく瞬くと呆気なく弾けて消滅した。ダメージが蓄積されている体を魔力で無理やり動かしていた為、魔力が尽きたことで軽いミニ八卦路も持っていられずに落としてしまった。
爆発で剥き出しになった柔らかい地面に音を立てて落下した。分厚い円盤状の形をしている八卦路は側面から落ちると三分の一ほど埋まり、ゆっくりと傾いて倒れた。
大事な魔道具を拾うこともできず、私もそれに惹かれるように地面に膝をついてしまう。あれだけのスペルカードで撃ち抜いた異次元霊夢が、未だに立っているというのに。
奴の手にはボロボロで焼け焦げた札が数枚握り込まれており、マスタースパークのダメージを肩代わりさせたのだろう。
それでも全身にスペルカードのダメージは如実に出ており、体を制止させたままこちらに向かってくる様子はない。しかし、異次元霊夢は項垂れてはいるが、倒れてはいかない。
焼けた札を取り落とし、異次元霊夢は前に傾いていた上半身を持ち上げた。垂れる前髪で表情は読めないが髪の間から見えた瞳には、奴の憎悪がチラついた。
「……っ…!」
膝をついている場合ではなく、力の入ってくれない体に鞭を打って体を持ち上げようとするが、いくら立ち上がろうとしても腕や脚は震えるばかりでまともに動かない。
立ち上がることができずに倒されるだけだったとしても、紫やフランドール達が戦ってくれるだろう。私にできることは、彼女たちが奴を殺せるだけの時間を稼ぐことだけだ。
殺意の込められている目を向けている異次元霊夢を、私も睨み返す。戦う意思だけはある事を示すために、私も倒れてはいられずに踏ん張った。
「………」
来るなら来い。飛びのくことすらもできないが、できるだけ時間を稼いでやる。震える手をようやく持ち上げ、戦闘の体勢を整えた。
私が放ったレーザーで胸に穴が開いているが、そこから空気が一部漏れているのだろう。奴が呼吸を繰り返すとくぐもった呼吸音が聞こえていたが、それが次第に弱まっていくのを感じた。
最初は気のせいかとも思ったが、肩で息をしていた異次元霊夢の動きが次第に小さくなっていく。呼吸を整えた事で、大きく吸い込むことをしなくてもよくなったわけではないのは、チアノーゼで青い唇からわかる。
呼吸が浅くなっていくごとに、上半身を持ち上げていた異次元霊夢の瞳から殺意が薄れていく。失っていく意識からの抵抗か、一瞬だけ殺意が増幅しかけるが、意識が遠のいていくのが見て取れた。
上体を持ち上げていた異次元霊夢の体が今度は後ろに傾いていくと、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。これまでにはない形で仰向けに倒れ、四肢を投げ出している。
すぐに起き上がってくる様子はなく、時間と共に呼吸が浅くなっていく異次元霊夢を倒したと実感するのには、十数秒の時間を要した。
ずっと、奴が立ち上がってくる気がして、私は倒れたままの異次元霊夢を睨み続けていた。そのまま、治療をしなければ短い命を全て使い切ろうとしていた。
しかし、煩いぐらいに周囲で上がる歓声で、ようやく我に返った。いつの間にか周りに集まっていた妖怪たちに囲まれており、その様子から状況はいい方向に傾いているのが分かった。
「勝ったぞ…!私たちの、勝ちだー!!」
手を上げて勝ちを喜ぶものもいれば、終わったと息をついている者もいる。騒ぐ気力もなく、座り込んでしまう者も多い。私のように実感がわかず、ぼんやりと周りの雰囲気に流されている者もいる。
再度、倒れた異次元霊夢に視線と魔力へ意識を向けると、動き出す様子が無いのと魔力が弱まっていくことで、辛うじて勝利をもぎ取ることができたのだと実感することができた。
「……勝った……のか…?」
緊張で張りつめていた糸が緩んでいくのを感じた。一度緩んだ糸を張り直すのは難しく、構えていた腕だけではなく全身から力が抜ける。そのまま倒れ込んでしまいそうになるが、スキマから出て来た紫に受け止められた。
抱き上げられ、私の体重を支えてくれる。彼女も激戦を潜り抜けて来たらしく、目に見えて傷を負っていて、体から濃い血の匂いが漂ってきた。
「ええ、勝ったわね」
正直なところ、これは勝利と言えるのだろうか。人的、物的被害はこれまでに無い程に受けた。数百年前に現れた龍神でも、ここまでの壊滅的な打撃は受けたことはない。
辛勝することはできた。しかし、この被害状況では、手放しに喜べない。勝ちは勝ちだが、試合に勝って勝負に負けたのと相違ない。
「まあ……負けてるのと…そう変わらないけどね」
幻想郷を愛する彼女であれば、怒り狂っていてもおかしくはない。だが、そうしないのは、私たちを労っているのだろうか。
「……ああ…」
それに甘えて眠りに付きたくなるが、霊夢の事を思い出した。頭を彼女の豊かな胸に預けていたが、急に飛び起きた事で驚いて見下ろしてくる紫と目が合った。
「霊夢…!」
あの出血量は、ただ事ではない。戦闘で頭の隅に追いやっていた不安感が蘇り、歩くどころか立つのもやっとだった疲れ切った体を引きずって、私は紫の手を離れて霊夢を探そうと歩み出した。
「……大丈夫よ、何とかね」
彼女が殴り飛ばされた方向に視線を向けると、霊夢がミスティアに支えられながらもゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。紫の能力が作用しているのか、彼女が抑えている腹部からは血が滲んでこない。
「…魔理沙!」
私を呼ぶ色調は、先ほどまでのぎこちなさが拭われている。聞き慣れた透き通る声に、心の底から安堵の息が漏れた。肩を借りていたミスティアから離れた彼女は、ゆっくりと私に歩み寄ってくると、優しく抱き寄せてくれた。
「…よかった」
異次元霊夢が幻想郷中にいる人物にかけた術が解かれ、私の事を思い出してくれたのだろう。母親のように優しく抱擁してくれる彼女を、私も気が付くと抱きしめていた。
紆余曲折あった。お世辞でも勝ったとは言えない。だが、今は勝ったことを共に喜ぶことにした。彼女の暖かさに触れている内に、凍り付いた私の内側が解かされていく気がした。
戦っている内に感情を色々と置いてきた気がする、押し殺してきた気がする。倫理観や苦しさを感じないための邪魔な感情を。霊夢に触れて凍った心が溶かされていくうちにそれらが膨れ上がり、気が付くと頬を熱い涙が濡らしていた。
「あ…あれ…?」
涙なんてもの、残っているとは思っていなかった。込み上げて来た熱い物を押しとどめられず、そのまま吐き出していく。いくら拭っても留めることなく溢れてくる涙に、顔がぐしゃぐしゃになってしまう。
ボロボロと涙を零す私の頭に手を回し、抱き寄せてくれた。その温もりに抵抗などできず、甘えてしまった。
胸に刺さったままだった針のことなど忘れていた。だが、紫がいつの間にか境界を操る程度の能力で引き抜き、出血を押さえてくれているらしく、私からも力の限り抱きしめることができた。
少しの間、私は彼女の胸に顔を埋めたまま泣きじゃくってしまった。押し殺した感情を回復させるのには時間がかかるだろう。切り離して置いて来た感情を取り戻すことはおそらく難しいだろう。
それでも、残った感情は押し殺していた分だけ、爆発的に膨れ上がる。押し寄せた感情の渦に振り回され、泣き止むのに少し時間がかかってしまった。
何で泣いているのかもわからずに泣いてしまっていたが、ややしばらくしたころ、ようやく涙が止まってくれた。
私を抱き寄せてくれていた霊夢から離れて周囲を見回すと、妖精や妖怪たちが周りを囲んでいた。皆の視線が集まっているが、そこにある感情はこれまでの畏怖の念は込められていない。
やってくれたと声をかけてくれる者。冷や冷やさせやがってと、辛勝を冗談交じりにからかってくる人もいた。
異次元霊夢の術で記憶を弄られていたとはいえ、一部の人物とは戦ったり敵対的な行動をとることも少なくはなかったため、申し訳なさそうな表情を浮かべている者もいる。
何人かは何か言いたそうにしてはいるが、まだ残っている後処理をしなければならない。一番近くに居たスキマ妖怪に尋ねることにした。
「それで…紫はどうするつもりなんだ?」
彼女を見上げると、遠くで横たわっている異次元霊夢の方向をちらりと見る。目つきから、あの死体を八つ裂きにしてもおかしくはないのだが、すぐに行動に移さないのは、奴らとやっている事が大差なくなってしまうからだろう。
「向こうに送り返す予定よ。あのまま放置したら他の妖怪たちに食われそうだしね」
それに加えて、向こうに現在の私たちを潰せるだけの戦力は無いだろうが、万が一の可能性ではあるが、報復を恐れたのだろうか。
「私もそれに反対はない」
一部の妖怪や永遠亭に逃げている人間たちからは反感を買いそうだったが、この世界に残しておくことの方が危ない。死んだ人間、死んだ妖怪は数知れず、死んだ者の親族や友人からこの死体へ恨みつらみが募り、妖怪化しても困る。
媒体が巫女であるため、強力な妖怪へ変貌する恐れがある。そんないつ爆発するかわからない爆弾を抱えるのであれば、ある程度の反感を覚悟で向こうに帰してしまった方がまだいい。
それに、報復はない。暴走時の魔力の形跡を追って、この世界に誰かが乗り込んでくることも無い。咲夜の時を操る程度の能力と異次元咲夜の第二の能力を使って、世界の時間を弄るからだ。
私たちの世界の時間を加速させ、ここの世界以外の平行世界の時間を遅くする。個人だけではなく、個人を含めた世界全体の時間をいじくる為、そこの世界にいる人物は時間の変化に気が付けない。
他の世界線での刹那が、こちらの世界では数年レベルで時間の差異を作り出す。力を狙う連中がすぐに動き出してこの世界を探し出すことができたとしても、既に私たちの世界では数千年、数万年も経過した後だ。その頃には幻想郷が残っているかすらも怪しいだろう。
「向こうに残ってる奴はいないか?」
「多分いないわ」
返答が曖昧なのはあらゆる種族が戦闘で入り混じり、ほどんど見分けが付かなかったからだろう。失踪した者も少なくなかったが、鼻の利く白狼天狗が探し出した。戦闘の影響で原型が残っていない場合もあり、全ての死体を探し出すのは難しいだろう。
紫はそう言うと、死んでいる異次元霊夢の襟首を掴み、持ち上げた。そいつを置いてくるのは任せるとして、こっちはこっちで時間と世界の境界を調整する準備を進めるとしよう。
暴走状態では、世界のバランスを変える魔力放出があった。どれだけの世界に干渉したかわからず、紫が異次元霊夢を置いてくる間に侵入される事を考慮し、できるだけ急いでもらうために釘を刺した。
「私の魔力でここの世界に干渉できないようにする。余計なことしないで帰って来いよ、また同じような連中と戦いが始まる前にな。いなきゃいないで締め出すからな」
私が魔力に性質を与えられることは知っているはずだ。暴走状態の時よりは魔力の質は落ちているが、帰ってこれなくなる可能性を捨てきれないため、彼女もすぐに帰ってくるだろう。
いくら恨みがあり、こちらの世界をこれだけ滅茶苦茶にした人物だったとしても、死体に手を上げるのは奴ら以上に堕ちることになるだろう。こんな連中ごときに、そこまで堕ちるべきではない。
「…っ…ええ」
彼女自身、それに対する善悪の理解はあるだろうが、感情が納得していないのだろう。図星だったようで、私に内心の渦を見透かされたと少し驚いたような表情を浮かべている。
「よろしくな」
いいから早く行って帰って来いと促すと、紫は異次元霊夢を持ったままスキマの中へと消えていった。その内に、私は傍らに立つ霊夢に向き直った。
「霊夢…すまないが、少し魔力を分けてくれないか?」
先の戦闘で霊夢から分けて貰っていた魔力は、底をついてしまっていた。時間の操作をするためには魔力が不可欠であり、彼女の手に腕を伸ばした。
紫に早く戻ってきてもらわなければならない理由はそれだけではなく、私事で申し訳ないが本当に時間がない。聖が私にかけてくれた魔法の効果が少し薄れてきているらしく、咳が込み上げて来た。口の中に血が弾け、鉄臭い匂いが口の中に広がった。
「けほっ…」
「大丈夫?」
伸ばした私の手を掴み返してくれた霊夢が、私の波長に合わせた魔力を受け渡してくれる。枯渇していた魔力が補充されていくことで、彼女に支えて貰っていなければただ立っている事も苦しかったが、少し楽になって来た。
自分の魔力に世界へ干渉できる性質を加え、概念といえる実態のない物へ介入する。私の魔力が切れた途端に、時の操作が戻ってしまわぬように、世界のプログラムを書き換えていく。
時間にして、数秒だろう。異次元霊夢を異次元世界に置いて来た紫が、スキマの中から現れた。瞳の形に開くスキマが閉じ、紫が完全にこちらに来たのを確認してからプログラムを変え終えた。
世界全体の時の流れをかなり加速させたが、やはり私たちの感覚は一秒は一秒のままで変わらない。他の世界の流れは止まる程に逆に遅くさせたため、こちらに介入できたとしても数百か数千年は経過することだろう。
「これで…もう大丈夫だろう」
他の異次元世界の人間が攻めてくる可能性が限りなく低くなり、私はようやく一息ついた。緊張を解くことができたのはいつぶりだろうか。
「ふぅ……」
息を漏らすとダメージを受けた肺が咳を促し、さっきよりも強く咳が込み上げた。胸が苦しく、血を勢いよく噴き出しそうになった。
「げほっ…かはっ…!」
「…大丈夫!?…だいぶ辛そうだし、永遠亭に行くわよ」
煙草のダメージを聖のお陰で無視してこれていたが、その場しのぎでしかないため、従うことにした。口の端から漏れた血を手の甲で拭っていると、霊夢が紫に永遠亭までスキマを繋げて貰っている。
彼女に引かれるまま、兎たちが激しく行き来する永遠亭の前に移動した。大妖精の瞬間移動とはまた違った形で場所が切り替わる。こうした移動には未だに慣れない。
後ろでスキマが閉じていく。紫は向こうに残ったようで、無想転生で吹き飛んだ村の再建などの後処理に移るのだろう。
歩いて永遠亭の入り口をくぐり、外よりも人混みの厚い廊下を歩く。その内に段々と聖の魔法の効果が薄れ出した。軽く咳き込んだだけで、口元を押さえる手に血がこびり付く。煙草を使った直後の副作用を考えるに、その内私はしゃべることもままならなくなるだろう。
「霊夢……」
咳を我慢しながら、私の手を引いて先を歩く霊夢に語りかけた。人混みと喧騒で届かないかと思ったが、彼女は歩く足を止めずにこちらを振り返った。
「…なに…?」
聖の魔法の効果がどんどん失われていき、それに反比例して咳や胸の痛みが増幅していく。しゃべれなくなる前に伝えたいことを、私は呟いた。
「その……こんな私でも、一緒にいてくれるか?」
私がそう言うと霊夢は一瞬驚き、少し顔を赤らめるが、当り前だと言いたげにうなづいた。
「…勿論よ。私の近くにいてくれる人は、あなたじゃなきゃ考えられないもの」
逸らすことなく目を合わせて真っ直ぐに見据え、濁すことなく答えてくれた彼女に、嬉しさが込み上げてくる。それと同時に、申し訳なさもある。
「ありがとう……。大好きだぜ…霊夢」
残りの人生を、彼女と共に歩んでいきたい。そのためには、まず、目の前の問題を乗り越えなければならない。
聖の魔法が完全に解け、私の肺を魔力によるダメージが蝕みだした。肺に何の負担もかけていないのに咳が込み上げ、勢いよく喀血した。
「がはっ……!!」
これまでにない血の量が咳と共に吐き出された。それを霊夢にかけないようにするので精一杯だったが、もしかしたら少し飛び散ってしまったかもしれない。両手どころか目の前の床ですら瞬く間に血で染まっていく様子から、肺へのダメージがどれだけだったのかが伺えた。
立っていられなくなり、呼吸困難に陥った私は床に沈んだ。霊夢が永琳を探すパニック寸前の慌てた声が聞こえた気がしたが、薄れていく意識の中では誰の声なのかも判断ができなくなっていた。
混濁した意識の中で、気が付くと仰向けに寝せられていた。ボロボロの天井と薬を持ちながら、兎たちに指示している永琳の姿が目に入る。私に向けて何か叫んでいるが、回らない頭では何を言っているのかわからない。気が遠くなるのを感じ、それに抗えなかった。
何か衝撃を感じ、目が醒めた。呼吸は未だに改善していないのは、息苦しさからわかる。どうにか空気を吸わせようと、口元に透明な酸素吸入器のマスクが付けられていた。だが、咳き込むばかりで吸い込むことができないせいで、ほとんど意味を成していない。
すぐに意識が遠のいてしまった。
再度目が醒めるが、今度は移動による姿勢の変化だ。担架の不安定さはないため、重篤な患者の移動に使われるストレッチャーに乗せられたのだろう。ガラガラと車輪が床を走る感触がする。
霊夢が私に何かを叫んでいるが、返答よりも意識が遠くなっていく方が圧倒的に速い。ストレッチャーの縁を掴んでいる霊夢の手に腕を伸ばそうとするが、治療室に入ったことで遮られてしまった。
血を吐く私に、透明の液体の入っている注射器を掲げた永琳が近づいて来た。静脈に注射をしようとしているが、麻酔か何かだろうか。そんなものを入れなくとも、既に意識は遠のき始めている。
治療室の入り口で、不安そうな霊夢が私を見ている。その彼女に、私は笑って見せた。
強がっている事は明白で、そんな物は考えなくてもわかるだろう。だが、霊夢の表情を、不安から信じて待つと言った形に変える事はできた。
ああそうさ。こんなところで死んでいられないさ。
この程度の試練、乗り越えて見せる。絶対に。
次の投稿は少し遅れます。