東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっております。

それでもええで
と言う方のみ、お楽しみください。


東方繋華傷 終話 ローダンセ

 あらゆる怒号が飛び交い、あらゆる弾幕が中空を交差する。思惑と意図が絡まり、それを制止する世界のバランサーと衝突した。

 戦闘が始まってしばらく時間が経過したがお互いに譲り合う気は無く、一歩も引かずにここまで善戦してきた。しかし、その均衡もついに崩れ始めた。

 私が援護する間もなく低位の鬼たちが蹴散らされ、前進を許してしまう。低位と言っても、幻想郷で上から数えた方が速いぐらいには強い種族ではあるが、この箱庭のバランスを千年も保ち続けている巫女を前に、戦線の維持は叶わない。

 突破された戦線を修復しようと、次から次へ高速移動する巫女へ鬼たちが畳みかけていくが、ほんの数秒も持たずに吹き飛ばされてしまう。

 たった数秒しか押さえ込むことはできなかったが、博麗の巫女相手にほんの数秒でも耐えることができたのは鬼のお陰だろう。残りの距離を一気に詰められ、異変の終わりを感じ始めた。

 接近されて絶体絶命となるが、鬼たちが時間を稼いでくれた事で私の準備も整った。だが、発動までにさらに数秒を要する。その数秒が私にとって命取りとなる。

 距離と速度からして、発動までの時間が足りない。あと一歩という所で至らず、歯噛みしていると、豪速で向かう巫女と私の間に伊吹萃香が躍り出る。

 時間を稼ぐつもりなのだろうが、萃香は戦うつもりは無いようで、お祓い棒で殴りはらわれるが巫女に抱き着くようにして足止めをしていく。巫女も戦うつもりで進んでいたため、対処に時間を要した。

「くっ…放しなさい!」

 腹部から背中側へ腕を回している萃香へ、お祓い棒で巫女が追撃を仕掛けるが鬼はなかなか手を放そうとはしない。

「やれ!」

 痛みを堪える苦しそうな声を上げながらも、私へ目的の遂行を促した。萃香へ援護をしようとしていたのを切り替えた。

「ええ…わかってます!」

 自分の身を挺してまで時間を稼いでくれた萃香に礼を思いながら、私は自分の目的のために能力を発動した。

 萃香をお祓い棒で殴り倒した博麗の巫女がこちらへ弾幕を放とうとするが、私が能力を発動する方が速い。先はこちらがしたが、今度は博麗の巫女が歯噛みするのが見えた。発動を中断させることができないのを、察した表情を浮かべた。

 私は確実に能力を発動した。いつも通り、能力を使用した感覚があった。後は、効果が出るのを待つだけだった。

 巫女がこちらに向かってくるまでの間に効果が発動するはずだったが、巫女が近づいて来ても効果は見られなかった。掲げられたお祓い棒が私の全身を殴打しても、効果はまるで見られず、成功を確信した私の計画は暗雲が立ち込めた。

 何の抵抗もできなかった私は地面に膝を落としてしまう。ほんの数秒で十数回もお祓い棒を叩き込まれたことで満身創痍となるが、それでも諦めきれずに立ち上がろうとした。

 込み上げてくる血を吐きながらも、笑う膝で身体を持ち上げようとした私へ、巫女から更なる追撃を食らった。

 戦線が崩れてからは早かった。ほんの数十秒で私の計画は破綻し、巫女に叩き潰されてしまった。

 吹っ飛ばされ、受け身を取れずに倒れた私はどうにか立ち上がろうとしていたが、計画が失敗した事実を自覚し始め、戦意が急速になくなっていく。

 体を持ち上げかけていたが、力尽きて地面に突っ伏してしまった。体力は十分にあるはずなのに、気力が尽きていた。

 新進は心に依存する。戦いの最後、体力が尽きても尚、戦い続けることができたなどと聞いた事はある。

 気力をガソリンのように燃やして振り絞り、体力ではなく強靭な精神が身体を突き動かす行為は、生半可な精神力でできるものではない。

 しかし、覚悟や強靭な精神力などが揃えば不可能ではないが、それは突き動かせるだけの精神力を要求される。

 私の中にあった燃え盛るように熱く熱を発していた精神力は、数百年間で何度逆境に晒されようとも挫けることはなかったが、不明な理由でも失敗によって根元から折れてしまっていた。

 心に依存するため、体力がどれほど残っていたとしても、私には腕を持ち上げられなくなるほどのダメージが刻まれていた。たったの数度、お祓い棒を打ち込まれただけなのに、今の私には十分すぎる程にきいた。

 たった一度の攻撃で私が立ち上がれなくなったことで、何か罠を想定しているのか、博麗の巫女はしばらくの間近づいてこようとはしなかった。

 しかし、しばらくしても何のアクションも起こさない事から、私を打ち倒せたのだと分かったらしい。博麗の巫女に腕を掴まれ、無理やり立たされるまでは自力で立ち上がることもできなかった。

 私が数年の月日をかけて計画した異変は、たったの数時間で叩き潰されてしまった。

 

 

「あんたらねぇ……久々に出てきたと思ったら、こんな異変なんて起こして…どういうつもりかしら!?」

 そう、私たちに怒りをあらわにする少女は、三十代目か四十代目の博麗の巫女だ。あの大戦から数百年は経過し、妖怪はともかく人間であれを体験した人物は一人も残っていない。当時の彼女たちの面影は無くなってしまっているが、生きた証である巫女の力は代々受け継がれている。

 博麗の巫女の前に、今回の異変に参加した鬼と私を含めた主要なメンバーが並ばされた。皆、弾幕や打撃によって大小さまざまな傷が目立つ。

 先陣を切っていった鬼たちはスペルカードによる爆発でボロボロになっているが、異変の中核を担う主要な人物は特に傷が酷そうだ。とは言え、頑丈な鬼たちは皆総じてけろっとしている。

「はい~。出来心だったんです~」

 その場だけ、形だけの心にも思っていない萃香の謝罪に、博麗の巫女の額に青筋が浮かぶ。それがさらに巫女の激昂を呼ぶが、本人はのらりくらりとペースを崩さない。

 あと少しで異変が遂行しかけた。いや、結果的に失敗に終わったが、不明な理由が無ければ成功していたため、幻想郷のバランスを管理する側としてはたまたま成功しなかったで終われないのだろう。

 降参しているはずだが、お祓い棒を握る博麗の巫女は怒りの頂点に達しており、今にも襲い掛かってきて我々全員を血祭りに上げようとする勢いだ。

「ごめんて~、次から気を付けるよ~」

 相変わらずの萃香に、博麗の巫女が有頂天に達した。異変に参加した鬼全員がのらりくらりしているのではなく、彼女の部下たちは冷や汗を流して自分たちが殺されないか冷や冷やしている。

「気を付けるじゃないわよ!なんでこんな嘘つきと手を組んでんのよ!?騙されるほど馬鹿じゃないでしょう!?」

 キレ散らかしている博麗の巫女に対し、萃香は心にもない平謝りを続けている。そんな二人のやり取りも耳に入らなくなった。

 抵抗できないように手を背中側で縛られているが、逃げる気力すらなく、座って項垂れたまま地面をぼんやりと見下ろした。もう、どうでもよくなって無気力になっている。

 なぜ失敗したのか。未だに私は理由がわかっておらず、その事ばかりが頭の中を巡っていく。

 自分なりに客観的に状況を見直してみるが、それでも失敗の原因が見当たらない。原因やその要因が全く分からない。スキマ妖怪からの干渉を受けたわけでもないことで、能力を阻害されたわけではなさそうだった。

 がっくりと膝をついたまま項垂れていたが、不意に胸ぐらを荒々しく掴まれた。立っていた博麗の巫女に無理やり立たせられた。怒った彼女の顔が眼前に広がり、行動次第では私の息の根を止めんとしそうだ。

「あんたの口から何も聞いてないわ。あんたはどういうつもりで異変を起こしたのかしら?」

「………さあ…。……ノスタルジックに駆られたから……ですかね……」

 私の返答や色調が巫女の気に障ったのか、目が細まってお祓い棒を握る手に力がこもる。行動次第では殺されかねないと感じていたが、行動次第でなくともそれが現実味を帯びてくる。

 巫女がお祓い棒を掲げようとするが、その手を萃香が抑え込む形で掴んだ。

「まあまあ、今回は正邪も出来心だったんだ。許してやってくれないか?」

「だめよ…。異変を起こす思想のある奴を野放しになんかできると思ってるのかしら?」

 そう萃香を睨みつけるが、酒呑童子も退くつもりもないのか。手を放す様子はない。嫌な空気が二人の間に流れ、戦いが終わったはずなのに二回戦が勃発しそうだ。

「次が無いように私がしっかり見ておく。だから、今日はこの位で終わりにしないか?」

 萃香を睨んでいたが、視線をずらして私を睨みつけてくる。私の危険性を否定しきれないため、巫女としてはここで肩を付けたいのだろう。

「できてなかったからこの異変が起きたんでしょう?寝言は寝てから言ってくれないかしら?」

「そうかな?でも、これまでにあんたが解決した異変はいくつかあるが、正邪だけ例外で殺すのは不公平ってもんじゃないか?」

 巫女の在り方は時代によって変わってくる、先代の教え方や巫女の性格によって。幻想郷が作られたころは、巫女も妖怪を殺して回る程に血の気が多かったが、数百年前からは異変を起こした妖怪を殺すことは少なくなった。だが、今の代ではその狭間にいる。

 生かすも殺すも、お祓い棒を握る巫女の気分次第だ。今のところは殺された妖怪はいないが、噂通りで場合によっては殺すことも厭わない考えを持っている。

「異変を起こす可能性があるのであれば、巫女として放っておくわけにはいかない」

「それこそ今更じゃないか。思想を持たず、野望のない妖怪なんていると思うか?可能性なんて言い出したら、幻想郷中を這いずりまわって妖怪を殺して回らなきゃならなくなるぞ?…それに妖怪は人に迷惑をかけてなんぼの存在だろう?でなければ世界を維持できないんだから」

 あくまでも彼女はバランスを保つ存在であって、崩す存在ではない。物事のスケールをワザと大きくして、萃香はここを切り抜けようとしている。

「そんな世界全体の話をしてるんじゃないわ。こいつ個人の話をしてるのよ。一人いなくなったところで幻想郷のバランスは崩れない」

「だったら猶更さ。その程度の存在なら、わざわざお前さんの手を汚す必要もない」

 一触即発で、いつ導火線に火がつくかもわからない言い争いはまだ続く。固唾を飲んで皆が見守る中、二人の会話だけが交わされていく。

「そうもいかないわ。こいつは今ここで殺すべきと考えてる。これまでに何回異変を起こして来たのかしら?私が知らないとでも思ってるわけ?」

 痛い所をついてくる。歴史を多少調べれば簡単にわかるだろう。数百年で十数回も異変を起こしてきた。幻想郷でこれだけの回数異変を起こした妖怪は私を除いていないため、これからを見据えた巫女の回答は客観的に見なくとも正しい物だと感じる。

「大丈夫なことはこれまでの歴史が証明してるじゃないか。異変が起きたらお前さんがまた解決すればいいだろう?…それともなんだ?幻想郷を統べる巫女ともあろうお方が、異変を解決できる自信が無いからここで殺そうとしてるのか?」

 上手い言い回しだ。ここで萃香の静止を無視してでも私を殺そうとすれば、自信が無い事を認めているようなものである。

 今回の異変は、残っていた下位の妖怪たちから見ても惜しい物だっただろう。そのため、巫女の力が弱まっていなかったとしても、弱まっている可能性を僅かにでも考えてしまう。それは幻想郷を統べる者として、回避しなければならないだろう。

 巫女は私をここで逃がしたとしても、全く問題ないと余裕を見せなければならないのだ。でなければ、妖怪たちが暴走しない抑止力となっていた象徴が無くなり、幻想郷に前代未聞の大混乱を自分自身で招く危険性が浮上してきたからだ。

「…っ……。いいでしょう。……次はないわよ」

 萃香も萃香で釘を刺された。今回は見逃すが、次にやればこのような場を設けることも無く私を殺すらしい。

「勿論。…それじゃあ、お暇させてもらうさ」

 巫女が舌打ち交じりに胸ぐらを掴んでいた手を荒っぽく放し、神社の方角へと向かっていった。巫女の支えが無くなったことで、私は自分の体重を支えることもできずに地面に倒れてしまった。

 殺される恐怖を知らず知らずのうちに感じてしまっていたのだろうか。身の危険を感じなくなると気が抜けてしまった。緊張度との落差が大きく、極度の緊張から解放された私は自分の足で身体を支えることもできなくなっていた。

 手を縛られて背中側に回されていたが、縄を萃香が腕力で引き千切ってくれた。それでも立ち上がれない私へ、萃香は手を差し出してくれた。

 

 

 十数分かけ、屋敷へと戻って来た。怪我は殆どないが、博麗の巫女と戦ったことで

疲労感はある。意識のない正邪をとりあえず空いている部屋のベットに寝かせたが、異変に参加して負傷した鬼たちが、鬱憤を晴らしに行かないように後で釘を刺しておくとしよう。

 傷だらけのまま寝るのは、起きた時を考えると嫌だ。今すぐ風呂に入るべきだが、その前に一杯か二杯でも酒を飲みたい気分だ。

 自室に酒があったかどうかは覚えていないため、酒蔵を経由して部屋に戻るとしよう。重い足取りで廊下を歩きだした。屋敷に戻ってきた時には、他の鬼たちがそれぞれの部屋に戻っていく音が聞こえていたが、戦闘の後で疲れ切って寝ているのだろう、物音一つしない。

 いくつか部屋を通り過ぎ、階を降りて酒蔵へ向かう。大きな金属製の扉を開き、中に入った。廊下よりも温度が低く、薄暗い部屋は独特な匂いで包まれている。誰かが酒をここで飲み零したのか、薄っすらとアルコールの匂いがする。

 自分が好んで飲む辛い酒を探そうとすると、入って来た扉が少し開く音がする。誰かが文句を言いに来たのかと思ったが、声の主は落ち着いた声色をしている。

「嘘つきのために傷だらけになるとは、お前さんもご苦労な事だね」

「なんだ…勇義か……。別にいいじゃないか、減るもんでもない」

「減るだろ。お前さんの信用とか、立場も危うくなると思うんだがね?」

 それは感じている。なんで正邪の異変なんか手伝わないといけないんだという、鬼たちの反発は目に見えて感じる。ただ荒事が好きな奴はいいが、私が参加したからやむなく参加した連中は不服な事この上ないだろう。

「そんなの、数年かけて戻せばいいだけ」

 自分が好んで飲む酒を探しながら返答すると、入り口に立っていた勇義が私に近づいてくると肩を掴まれ彼女の方を無理やり向かせられた。

「なんでそこまでする。あいつは天邪鬼だぞ?利用されているのがわからないほど、萃香は馬鹿じゃないと思っていたんだが…」

「そうだね…。ある意味では利用しているかもね。……ただ、騙されて異変に参加させられてるわけじゃない。自分で決めてるから、正邪に詰め寄ったりするんじゃないよ」

「騙されてるんじゃないなら、なんなのさ。どう考えても、萃香に異変を手伝う理由はない。むしろ、前の異変やあいつの能力からして、世界全体の力関係がひっくり返る可能性がある。むしろ、止める側のはずじゃないのか?」

 勇義も勇義で私を心配してくれているらしく、表情から不安が滲んでいる。それについては申し訳なく、謝る事しかできない。

「普通に考えればそうだね。でも、勇義も見たはず。永遠亭に来た正邪を」

 昨日の事のように思い出せる、数百年前に起こったあの戦。私達で異次元聖を討ち取った後、混乱の最中に正邪が訪れて来た。彼女の手には躯となった小人、針妙丸をか抱えて。

 彼女達もかなりの激戦だったのか、全身ボロボロだった。しかし、そんなものは気にも留めず、正邪は永琳に助けてくれと懇願する。

 目を固く閉じ、呼吸する様子が見られなかった針妙丸を助けてくれと、涙ながらに永琳に詰め寄っていた。しかし、死亡してからだいぶ時間が経ってしまっている事と、いくらあらゆる薬を作り出せる能力を保有していても、死者の蘇生はできないだろう。

 その事実を伝えられた正邪は、ショックのあまり膝をつき、小人を抱えたまましばらくの間泣き続けていた。

 他の鬼たちはよく見られたいがための演技だ、嘘つきの芝居だと罵る者が多かった。何百年も道化を演じている彼女であれば、その演技をすることは難しくはないと考えたからだろう。

 けれど、私にはそれが演技には見えなかった。打算から生まれた行動だと皆考えているが、正邪にとってその行動をする利点が無い。奴が嘘つきで裏切り者だというのは、逆様異変で周知の事実であり、数年間もずっと孕んでいたイメージを払拭できるわけがないのだ。

 それをわからない正邪ではないだろう。でなければ、博麗の巫女から何年も逃げられるわけがない。彼女には、敢えてそれをやるという意識すらないこの行動は、天邪鬼の素なのだろう。

 針妙丸を生き返らせてくれと懇願するその姿からするに、罪悪感や同情などではない印象を受けたことで、先の考えからは矛盾は無いだろう。

 となると、正邪が針妙丸を裏切った意味が少し変わってくる。敢えて自分に罪をかぶせたと。私は常に上位に居た存在で、下の思考などこれっぽっちも理解できないため、彼女がなぜ濡れ衣を自ら被る行動に出たのかは残念ながらわからない。

 だが、どうにかして助けたかったと藻掻く気持ちはわからなくはない。腕を失った友人に、私は何もしてやることができなかった。

「あれを信じるのかい?…どうせ嘘に決まってるさ」

「そうかもね。…だとしたら、私の勘が鈍っただけだと思って」

 肩を掴む力が少し強まった気がしたが、その手を放させて再度酒を選ぶ事に集中することにした。

「いや、萃香の勘は今でも切れるナイフみたいに鋭いよ、怖いぐらいにはね」

 勇義はため息交じりにそう呟くと、頭を指でポリポリとかいた。彼女の事は気にせず、私は探すのを続行していたが、未だに見つからない。

「それなら安心した………。勇義もあんまり目くじら立てなくてもいいんじゃない?元はどうあれ、私は今の正邪の方が好きだよ?」

「これだけ生きてるとある程度考えが変わることはあるけど、萃香は本当に変わったよね。嘘つきなんかを好きだなんて言い始めるし、強い奴の方が好きだなんて言ってたのはどうしたんだい?」

 その考えは今でも変わらないが、昔と違う所が少しある。

「そりゃあ、戦うんだったら強い奴の方が面白いし…戦いがいがある。けれど、強さっていうのは…肉体にだけ使う言葉じゃないってことを知っただけだよ」

「そういうもんかね…」

 私を傍観しているだけだと思っていたが勇義が棚に手を伸ばすと、私の探していた酒を棚の中から取り出してくれた。

「ほら」

「お、ありがと」

 それを受取ろうとすると、自分の方へ傾けて掴む手を瓶が逃れてしまう。どうしたと彼女の事を見上げると、一呼吸間を開けて口を開いた。

「条件がある。次に異変があるんだったら私も呼べ。……それと、奴と飲む機会があるなら、私も噛ませろ」

 異変の行動で、見極めたいという事だろう。命のやり取りをするのであれば、奴の素が出る。化けの皮を剥がそうという魂胆か。

「ああ、いいよ」

 正邪よりも私たちの方が圧倒的に酒に強い。べろんべろんに酔わせて、情報を吐かせようとしている。私の勘が鈍っているかも、それでわかるだろう。白黒つけてやろうじゃないか。

 

 彼女の信念の強さは、並ではない。全ての罪を背負うことなど、生半可な覚悟でできるものではない。人間での数年程度の短い時間ではすまない長さだ。数十年、数百年単位で罪をかぶり続けるなど、鋼のような精神力が無いとかぶり続けることなどできない。

 その精神力や覚悟、信念を貫く思いは、私たちを遥かに凌駕する。それは称賛に値する。

 

 

 じりじりと暑い日差しの中、私は一人で雑草を刈っていた。始めてから一時間は経過しており、額には玉のような汗が浮かんでいた。

 手の甲で拭うと、皮膚がじっとりと濡れた。一度立って伸びをして、体を解そうとするとポキポキと小気味いい音がする。

 草刈りに使っている鎌は、かなり錆びついていて切れ味が悪い。縦横に一メートルか二メートル程度の小さな範囲だというのに、これだけ時間がかかってしまった。

 時間がかかった挙句まだ進行は八割ほどで、二割が残っている。最近は異変の準備などで来る余裕がなかったため、荒れ放題になってしまっていて申し訳なく思った。

 草刈りを行っている狭い敷地内の中央には、百キロはくだらない墓石が積まれている。細部まで作り込まれた物ではなく、手入れも行き届いていないため風化してボロボロになっているこの墓石は、これまでに小槌を扱える程度の能力を保有していた小人たちの墓だ。

 小人はしっかりと物事を後世に伝えない悪習があり、それはあの子が死んだ後でもしっかりと受け継がれてしまっている。

 好き勝手に小槌の力を振るい、大変なことになってしまった時代から発生した悪習によって、その能力を保有する小人は迫害される。目に見える部分の一つがこの墓だ。

 境内の端、鬱蒼と木々の生える場所にあるため、小槌を扱える能力を保有している小人がいたとしても中々訪れることはない。たった数か月も放置しただけで荒れ放題になってしまう管理の杜撰さがあり、部外者の私が定期的に掃除してあげなければならなくなっていた。

 けれど、これは嫌々にやっているわけではない。この墓には、あの子が眠っている。定期的に掃除をする理由は、それだけで十分すぎる。

 もう少しで残りが終わりそうだ。体を伸ばして休憩をはさんでから再度、しゃがんで草刈りの続きをしようと錆びた鎌を握り直した。

 鎌の刃で根っこから草を刈っていく。どこからか種が飛んできたのか、薄い花弁を何枚も付けたピンクと白色の花が目に付いた。花の中央にある黄色い雌しべと対照的な花弁の色が鮮やかで、なんだか眩しく見えた。

 今まで気が付かなかったわけではないが、いざ刈ろうとするとそれを憚れるほどに美しく見えた。木陰から解き折り除く光で花弁が燦燦と照らし出され、一生懸命に生きているその花を、少しの間だけ見下ろしていた。

 その花を刈り取るか、そのまま残すか、いつの間にか決めかねていた。ボーっと見下ろしている私の手に、頭上にある木の枝から千切れて落ちて来た青々しい葉っぱが落ちてきたことでハッと我に返った。

 綺麗で刈り取るのには惜しい花だが、ここを掃除しに来たはずなのに残すのは矛盾している。花の茎を掴み、鎌で切り落とそうとした。

「ねえねえ、あなたはなんでこのお墓を掃除してくれてるの?」

 少し力を入れれば切り落とせるというところで不意に声をかけられ、手が止まってしまった。

「…?」

 数百年間ここで何度も掃除をしていたが初めて声をかけられ、聞き間違いかと無視してしまいそうになったが、再度声をかけられて気が付いた。

「ねえ、聞いてる?」

 そちらへと視線を向けると、墓の敷地を決める石の柵に小人が座っている。ただ、こちらではなく外側を向いて座っているため、顔は見えない。足をぶらぶらと揺らし、遊んでいる。

「別にいいでしょう?…私の好きです。数百年やってますが注意されたことも無いので、ダメではないわけですし」

「文句を言いに来たわけじゃないよ?ただ、どうして家族とかでもないのに、定期的に掃除してくれるのかなって思ったの」

 面白い話ではなく、話す必要も話す関係でもない。このまま無視して作業を進めようとも考えたが、邪険にすることでもない。どうせ私の事は知っているだろうし、私の話など信用されないだろう。

「そうですね。…まあ、家族ではなかったですが、私の好きな人がここの墓で眠っているので、掃除してるんですよ」

 告白も、結婚もしていないことで、正式に家族とは言えない。改めて関係性を整理すると他人と変わらず、少し悲しい気持ちが芽生えるのを感じた。

「そうなんだ。その人の事、今でも好きなの?」

「しつこいですね……。そんなことあなたには関係無いでしょう?」

 踏み入った質問にこれ以上は話す義理は無いとして、片付けの作業に戻ろうと鎌を花に向けようとするが、少女がまた声をかけてくる。

「ええー。いいじゃーん、減るもんじゃないし」

 小人は小人でも、やはりその中でも子供や大人があり、声や体の大きさからまだ幼さの残る子供なのがわかる。話したくはない事情などが分からない年ごろなのだろう。

「…このガキは……。ええ、そうですよ…どうしようもい位にはね。……これで満足ですか?」

 ぶっきらぼうに返答を返すと、少女の声色には興味が残っている。この感じだと、また声をかけてきそうだ。

「うん。でも、なんで死んじゃったの?」

「そうですね。…話ぐらいは聞いた事はあるでしょう?何百年か前に、戦争があったと。その時ですよ」

 あの頃から既に数百年経過しており、過去の出来事を伝えるのが下手な小人であるため、知らないかと思っていた。だが、意外と知っていたらしく、その話を伝えられたことを思い出しているようだ。

「というか。私の事は他の小人から聞いているでしょう?嘘か本当かわからない話を聞くよりも、友達と遊ぶ方が有意義な時間を過ごせますし、さっさとどっか行ってください」

 背中を向けていてこちらは見えていないだろうが、柵に座っている小人にしっしと追い払おうと手をふった。しかし、それでも効果はなく、彼女は柵に座ったまま動こうともしない。

「えー。遊ぶ人もいないし、別にいいじゃーん」

「私は天邪鬼ですよ?次の嘘をつかれる前にここから失せないなら、私があなたで遊びますからね?」

 次の質問は受け付けるつもりは無い事を示してじろっと睨みつけるが、背を向けて座っているせいで気が付いていないだろう。ため息をつきつつ、次に質問があっても無視しようと考えながら作業に戻ろうとした。

「なんで何回も異変を起こしてるの?」

「あなたには関係のない話です」

 これまでの会話から、何となくだがこの回答で終わらない気がする。なんだかんだと話す流れになりそうな予感がした。

「ええーいいじゃん」

「なんでこう、人の話ばかり聞こうとするんですか。話したくないことだってあるんですよ」

 あまり詮索ばかりするなと釘を刺すが本人はどこ吹く風で、口笛を吹きながら木々の隙間から差し込んで来る木漏れ日を見上げている。

「だって、そんな異変を起こす人なのに…こんなことをしてるイメージが無いからさー」

 確かにそうだろう。異変を起こすような人物が、こんなところで墓の掃除などしているとは誰も思わない。しかも、一度だけでなく何十回ともなれば、もっとだ。

 異変を起こすイメージと、実際に話した際のイメージの差異があり、そこに違和感があると言いたいわけだ。

「いろいろあるんですよ」

「色々って何?死んじゃったっていう人のためにやってるの?」

 その回答は当たっているようだが、小人の少女が考えているようなものではない。何度も異変を起こすのは、あの子がなし得なかった意思を引き継いでいるわけではない。

「……」

 何か返答すればよかったが何を言っていいかわからなくなり、黙ってしまった。沈黙も肯定と変わらないため、遅れながらも何か話そうとするが思い浮かばない。

「思ったよりもそういうの大事にするんだね」

「うるさいですね」

 こんな子供にわかったように話されるのはそれはそれでムカつくが、半分は当たっているので何も言わないで置くことにした。

 私が何度も異変を起こすのは針妙丸の為なのは当たっているが、意思を引き継いでいるわけではない。本当の目的は、彼女を生き返らせるためだ。

 あの子は私のために命を賭してくれた。天邪鬼にそんなことをしてくれる人物は、彼女を除いてこの世界のどこにもいないだろう。

 針妙丸は私に生きて欲しいと言ったが、それはこちらも同じだ。だから、彼女が自分のために私が異変を起こし続け、道化を演じ続ける事を望んでおらずとも、天邪鬼だから無視することにした。

 私が少しでも変わろうと思えたのは、針妙丸のお陰だ。彼女がいなければどう変わっていいのか、変わる意味が無くなってしまう。あの子が生涯を懸けたのなら、私も生涯を賭して生き返らせる方法を探し続ける。

「でも、今回の異変も失敗したみたいだね」

「うるさいですね…!言われなくともわかってます」

 痛い所を付いてくれる。それで今一番へこんでいるのは私だというのに。子供のストレートさが心に染みる。今までの異変の中で、一番期待値が高かっただけに心の傷は深い。

「次は何かする予定はあるの?」

「そんな大事なことを喋ると思いますか?」

 ケチと小さく呟いているが、計画を外部の者に告げる馬鹿はこの世界のどこにもいないだろう。こればっかりは何と言われようが口を噤む。

「そこまで何回も異変をしても、その人の為に諦めないってことは…本当に大事な人だったんだね」

「まあ、そうですね。………、でも、実際には自分の為みたいなものですよ」

 無視するか適当に返答を返せばいいというのに、なんでか私は少女と話を続けていた。しかも、これまで誰にも話したことも無いようなことを口走ってしまっている。

「そうなの?」

「ええ……。自分を変える為に」

 彼女にとって、私が何を話しているかは全く分からないだろう。何も考えず話してしまっていたため、どうにか誤魔化そうとした時、少女がこちらへと向きなおる。

 柵を乗り越えて墓の敷地に入ってくるのは罰当たりだが、小人と私達では考えが違うのだろうか。それとも、そういう教育をしてもらえなかったのか。

 普通はやらない事に驚いて止まってしまった私に、少女は笑みを向けて元気に返答を返してきた。

「なれるよ、絶対!」

「…へ……?」

 顔は違うが、柔らかく破顔するその笑み、その口調、その言葉。

 それらは私の記憶を刺激し、フラッシュバックを引き起こした。未だに夢を見る、数百年前の戦。ギリギリで助けてくれた、針妙丸の言葉そのものだった。

 嗚呼、そうか。

「……っ」

 落とさないように、切る際にズレないようにしっかりと握っていた鎌を、ポロリと落としてしまっていた。金属音を立てて地面に切っ先が刺さった鎌を見ることも無く、私は彼女に駆け寄っていた。

「どうしたの!?」

 鎌を落とした段階でキョトンとしていたが、私が走り寄り、抱きしめたことで目を白黒させて驚いている。

 私は力一杯彼女を抱きしめるのを止めることができなかった。体を強張らせ、驚いているのも無理はないが、そこに気を回せるだけの余裕が私には無かった。

 彼女の体温に触れ、呼吸を感じているだけで自然と涙が溢れてしまった。少女は困惑して硬直していたが、徐々に力が抜けていく。察してくれたのか、それとも理解が追い付いていないのか。

 反応を見るにおそらく後者だろう。誰だって、いきなり知らない人間に抱きつかれたら驚いてしまう。それでも、私の背中をさすったり、頭を撫でてくれるのはこの子の優しさだろう。

 こんな小さな子に抱き着いて泣いてしまっているのは、数百年も生きている者からすれば恥ずかしい事だが、そんなことに気が回らない程に私も気が動転していた。

 たまたま話し方が似ていたと言えばそうだが、たまたまと言うのには無理やり過ぎる程に、鮮明に残る私の記憶と一致する物だった。これに対する原因は、先日の異変以外考えられなかった。

 この前の異変は自分を強化し、死んだ事実をひっくり返して針妙丸の事を蘇生することを目的としていたが、原因不明で失敗した。その理由が目の前にあった。

 こちら側に引き戻してこようとしていた魂が、別の者へ変わって現世へ転生していれば、当然ながら私の能力の影響は受けずらくなる。

 つまるところ、異変はある意味で成功していたわけだ。私の能力は存在する物体に作用することはできても、存在が無くなってしまった物では効果は及びにくい。

 近しい者には多少の影響はあったようだが、それ以上の効果は得られなかったようだ。死んでしまった針妙丸を起点にしてひっくり返しており、まさか別の者として転生しているとは思わなかったため、影響の程度に留まってしまったらしい。

 似ているが少し顔が違う。発する声や年齢、境遇も違う。しかし、彼女に近しい人物に出会えてうれしい反面、悲しさも芽生えて来た。

 数百年の年月をかけて、幾度も異変を起こしてきた。ようやく成功したというのに、あと一歩という所で私は間に合わなかった。

 これほどに悔しい物もない。彼女が死んでしまった時のように、私はまたもや届くことができなかった。

 悲しさや悔しさの中に、嬉しさが混じる。複数の感情が入り混じって混線し、気持ちの整理を付けることができない。思考を完結させることができず、状況に流されてしまう。

 子供のように泣きじゃくっていたが、幼い子供を力強く抱きしめてしまっていたことを思い出し、抱き着いていた少女から慌てて離れた。時計が無いからわからないが、おそらく数分などと短い時間ではなかっただろう。

「落ち着いた?」

 いきなり抱き着いてしまったというのに、少女は嫌な顔一つせずこちらを案じてくれた。涙腺が緩くなっているのか、それだけでも涙がこみ上げてきそうになった。

「すみません、でした…いきなり泣いたりしてしまって」

「大丈夫だよ。でもどうしたの?いきなり泣くなんて」

「ああ……それは…、あなたが…私の大切な人に凄く似ていたので…」

 後先考えずの咄嗟の行動だったため、彼女には申し訳ないことをした。怒ってはいないようで安心したが、いつまでも少女に迷惑をかけるわけにもいかない。

「すみませんでした。……あまり周りから見えないとはいえ、私みたいなのと一緒にいると周りの小人たちになんて言われるかわかりませんよ」

 周囲は木々で鬱蒼としているが、背の高い屋敷が近くに建っているため、見下ろせば見えてしまうだろう。これまで何度も異変を起こし、最近でも起こしたため、風当たりが強い。これ以上一緒にいたら、巻き込んでしまう。

「そうなの?別に気にしないけど」

 もう遅いかもしれないが、私と絡んだことで余計なことに巻き込まれぬよう、早く帰る様に促そうとするが、なんでだかよくわかっていない様子だ。

 背中を押して墓の敷地から追い出そうとするが、なぜか出たがろうとせず、踏ん張って抵抗している。

「いや……」

 どう説明するか迷っていると、体をくるりと反転させて背中を押す手から逃れ、こちらに向き直った。先ほどの興味津々な表情とは違い、期待の入り交じる表情を見せてくる。しかし、その期待には不安が半分ほど混じっているようにも感じた。

「ねえ、私と友達になってよ!」

 何を言い出すと思えば、そんなことができるわけがない。また、私に関わればろくなことにならないのは目に見えている。ここは拒否するべきだろう。

 向き直った彼女の肩を改めて掴み、墓の敷地から押し出そうとするが、見上げる彼女を見て私はその手を止めてしまった。襟元から見える肌に痣のような物が見えからだ。

 一度それを見つければ、次を見つけるのは容易い。袖から見える手などにも痣がちらりと見える。見覚えのあるそれは、針妙丸と出会った時に見たあの痣によく似ている。

 彼女の為を思い、自分から引き離そうとするが、返すのが正しい事とも思えなくなってしまった。見殺しにするのか、この優しい少女を。

 

「私は………」

 不安そうな表情を向ける彼女に、私は一呼吸の間を開けてから意を決して答えた。

 




他の後日談も読んでみてください。



正邪と針妙丸の仲が良かったらいいなと思ってこういう設定になりました。



他のちょっとした設定は、ユリオプスデージーにて
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