それでもいいという方は第四十一話をお楽しみください。
霊夢と魔理沙が寝た時間と同時刻。別世界では、
「あんたが帰ると言ったから帰りましたけど、捕まえてきた方が効率が良かったのでは?」
血の匂いか銀ナイフの金属の匂いを漂わせている咲夜がメイド服についている砂を軽く払って私に言った。血が定着して茶色く変色している木の床に座ったまま、私は咲夜のことを見上げる。
何もわかっていない。ナイフを振ることしかできない薄らバカめと私は心の中でそう彼女を罵るが、説明をしなければ不審がられるため、面倒ではあるが説明をすることにした。
「十年前の時で分かってるじゃない。あの子は自分に何かをされるよりも、周りに何かをした方が効果がある。だから、しばらくは泳がせておくわぁ」
それに、長い時間スキマを開けたままにして余計な奴に紛れ込まれても困るというのもある。こいつらが遅かったせいでもあるが、幸いにも特に動きなどは無いため奴らには知れ渡ってはいない。
誰に知れ渡っていないかというと、伊吹萃香だ。奴は幻想郷中に自分の体の一部を霧状化させて漂わせているため、本当に微量ではあるが向こうの世界に入ってしまっているはずだ。
幻想郷中に塵を充満させているため、向こうに紛れ込んだ萃香の塵は実体化するほどではないはずであるが、確実に次スキマを開けたら向こうの世界に残留している情報を持っている萃香の一部がこっちに帰ってきてしまい。情報が知れ渡って、絶対に争奪戦が始まる。
そうなると面倒であるため、スイカの粒子に含まれている魔力が尽きて死滅するまでは、下手に向こうへのスキマは開かない方がいいだろう。
それに、私たちは魔理沙を捕まえることのできる確率が一番高い集団で、その行動は現在進行形で監視されている。文や、椛、はたて、誰かはわからないが妙蓮寺や鬼、仙人などがこの博麗神社を見ているので、あまり連続的に行動しては悟られてしまう。だから、しばらくは、向こうに行くのはお預けだ。
私は手に持っているタオルで額や首筋など、汗ばんでいる部分を拭いた。
「何かしていたんですか?」
今夜はある程度は涼しく、汗をかくほどの温度は無いはずであるのに、汗をかいているのが不思議だったのだろう。咲夜がそう聞いてくる。
「ああ、河童に作らせたあれがほんとに使えるのか試してたところなのよ」
私がそう言うと咲夜が私から視線を外して博麗神社の奥を見る。彼女にはウサギの付け耳をつけている裸の女性が倒れているのが見えているだろう。
「あれを試したんですか?あいつなら大丈夫かもしれませんが、普通の人間が耐えられるんですか?」
「魔力が一時的に使えなくなる薬を打っておいたから、普通の人間と変わらない状態でしたのと変わらないから耐えられると思うわ」
これを魔理沙でした時のことを考えただけで、体がゾクゾクとうずく、早く試したくてたまらないが、しばらくは後ろで気絶しているあいつで我慢するとしよう。
「いつみてもひどい趣味ですね」
「ふん、香水で隠せないほどに返り血の匂いがしている奴に言われたくはないわねぇ」
スイカの粒子が無くなるまではだいたい三日はかかるため、それまでずっと待たないといけないことに私は小さくため息をついた。まあ、三日たったとしても、これをすぐに試せるとは限らないが。
「魔…沙……魔理沙」
頭をゆっくりとなでる手の感覚と霊夢の静かな声が耳元でささやかれるのを、眠気が強くてあまり聞き取れないが聞こえた気がする。
「う…ん……」
微妙にはっきりしてきた意識を体に向けると、前日眠りに落ちる前と同じ格好であることがわかり、息を吸い込んだ時に鼻腔から霊夢が使っている石鹸の匂いが漂ってきた。
しかし、寝起きで頭の回っていない私はさらに霊夢の体に顔をうずくめる。さらしの巻いていない霊夢の柔らかい胸が強く自分の顔に当たったところで、私はようやく自分が何をしているのかを少しだけ把握した。顔を上げると、少し顔の赤い霊夢が私を見下ろしている。
「…魔理沙、起きた?」
霊夢がそう呟き、私は小さく頷いた。
「うん……」
「…朝ご飯を作るから、離れてくれるとうれしいかな」
私がまるで子供のように抱き着いていたおかげで、霊夢は起きることができなかったようだ。
「す…すまん!」
動いていなかったつもりだが寝ている最中は抱き着いた体勢で多少は動いていていたらしく、霊夢から離れると彼女は少しはだけた寝間着を整える。
「…よく眠れた?」
寝ていた状態から体を起こして服を整え終えた霊夢は私にそう言い、小さく欠伸を噛み殺す。
「ああ、おかげでよく眠れたぜ……でも、霊夢はどうだったんだ?眠そうだが?」
「…?少し眠れなかったぐらいだけど、許容範囲内よ…とりあえず朝ご飯を作って来るわね」
霊夢はそう言って立ち上がると、眠い目をこすって立ち上がり、台所の方に歩いて行く。
「わかった、私はそれまでに布団を片付けておくぜ」
私はさっきまで寝ていて人肌程度に暖かい布団を二つに畳み、重ね合わせて昨日霊夢が取り出していた押し入れの中に布団をしまった。
ちゃぶ台を部屋の真ん中に移動させていたりすると、ほどなくして台所の方向から食べ物を調理する音と匂いが漂ってきた。
その漂ってくる香りをかいでいるだけでお腹が減ってくる。
「…魔理沙―、ちょっと手伝ってくれない?」
霊夢の声が台所の方向から聞こえてくる。皿を出し忘れて、それを出してほしいとこそういうのだろう。
「わかったぜ」
彼女にそう返事をして台所に向かうと、火の上に置いたフライパンで肉を焼いていて、寝間着に脂が跳ねないようにエプロンを巻いている霊夢がコンロの前で菜箸を動かしている。その横には刻んだ野菜が盛りつけられている皿が置かれていて、もうすぐに朝食は出来上がりそうだ。
その証拠に台所内は肉の焼ける香ばしい匂いで充満していて、空腹感が一層強くなる。
「どうした?霊夢」
私が声をかけると、霊夢はチラッと目だけでこちらを見て、すぐにフライパンを見直す。
「…後ろの棚から胡椒の入ってる袋を取ってくれない?小瓶の方が無くなっちゃってね」
霊夢が胡椒の入っていたはずの空の瓶を片手で持って私に見せた。たしかに、中に粉末状の胡椒は入っていない。
「ああ」
皿が並べられている棚の小さな引き出しから胡椒の入っている袋を取り出した。霊夢の持っている小瓶を受け取り、蓋を開けて胡椒を流し込む。
「入れたぜ」
「…ありがと」
霊夢にふたを閉めた小瓶を渡すと、彼女は焼いている肉に少しだけ胡椒をふりかけ、さらに塩もかける。
今日のお肉の味は塩コショウのようだ。それでもうまいしいいだろう。
「…ごはんよそってくれない?」
霊夢に言われ、皿がおいてある棚の扉を開けてお茶碗を二つ取り出し、窯の蓋を開けて焚かれている真っ白なご飯をしゃもじですくって茶碗によそった。
「部屋に運んでおくぜ」
霊夢用と自分用のお茶碗にご飯をよそい終え、お茶碗をもって台所を出た。茶の間は昨日まで感じていた砂の匂いはもうほとんど感じず、太陽の光で暖まり始めた空気が生暖かい風となって吹き込んでくる。
その茶の間を横切って寝室の机にお茶碗を置くと、すでに台所の方からは何かを焼いたりする音は聞こえず、霊夢が肉と野菜が盛りつけられている皿とコップをお盆に乗せて運んできた。
「…食べましょうか」
霊夢から食べ物が盛りつけられている皿と箸を受け取り、それを自分のお茶碗の隣に置いた。彼女も自分の目の前に皿を置いて座る。
「「いただきます」」
手を合わせてあいさつを済ませ、食事を始めた。霊夢もお腹がすいていたのだろう。箸を取るとしばらくは黙々とご飯を口に運ぶ。
そして、ほどなくしてから霊夢が一言言った。
「…魔理沙、食事中で悪いんだけど、奴らについて少し話したいんだけど、いいかしら?」
「ああ、いいぜ」
私が答えると霊夢は夏だが朝早くて涼しくはあるが、そろそろ気温も高くなってくるというのにくそ熱い緑茶を一口飲んだ。
「…やつら、私や咲夜…目標であるはずの魔理沙がいる方に本腰を入れず、レミリアを先に殺したのはなんでだと思う?」
「霊夢、もうすでに答えは出てるんじゃないか?お前が答えを導き出せないなんてことは無いだろう?」
私は咀嚼していたご飯や肉を嚥下して胃の中へと送り込んだ。コップを掴み、一口飲むと冷たい液体が喉を通っていく感覚が心地いい。
「…確かに、私の予想はもう出てる。でも、それが合っているかどうか、魔理沙にも聞いておきたくてね。別の人の意見を取り入れることだって大切じゃあないかしら?」
「まあ、な…そうだな」
霊夢が言った物事について私は少し考えてみることにした。口にご飯を運び、ゆっくりと咀嚼して噛み砕く。そのあいだ、私はレミリアを先に殺した理由を考えた。
とりあえず、戦力の差ではないだろう。本気を出したレミリアは恐ろしく強いがどちらが強いかと言われたれ霊夢の方が断然強い。
なら、総合的な戦力の差だろうか。紅魔館にいるのはレミリアをはじめとしてフランドール、咲夜、パチェリー、小悪魔、美鈴、あとは数十人の妖精メイドだ。全員の戦力を上乗せしていけば理論上は霊夢を超えることもできるだろう。だが、それも違う。もしこの理由であれば殺されたのがレミリアだけなのはおかしい。主力ではあるが、パチュリーたちは生きている。理由が総合的な戦力の差なら全員殺されているはずだ。
となれば、レミリア一人だけが殺された理由は一つしかないだろう。
「戦力の差とかじゃなくて、レミリアが持つ固有の能力が狙われた…ってところか?」
私が出た答えを霊夢に言うと、彼女は少し間をあけてお茶を一口飲んでから言った。
「…やっぱり、そういう答えに行きつくわよね…それだとして、レミリアの能力は運命を操る程度の能力……でも字の通りに運命を操ることはできない」
「だとしても、これから起こる運命をビジョンとして見ることができることもあるって聞いたことがあるぜ…ということは、これから起こることを察知されることを奴らは嫌がったってことか」
私が言うと、彼女は急須を持って湯呑み椀の中に緑茶を注いだ。
「…十中八九そうでしょうね…厄介な能力を持っているから狙われた……これからもそうやって狙われる人が出てくるかもしれないわね」
霊夢がそう言い、文に気をつけろと周りに呼びかけてもらうとしましょうとぼやいているときに、昨日のことを思い出す。
異次元咲夜は紅魔館の方向から来た。体を時間操作によって高速で動かしていてわかりにくかったが間違いない。そして、異次元早苗はいったいどこから来たのだろうか。二人のタイミングが近かったので話し合って別々の方向から来たのかとも考えたが、それは考えられない。
奴らは一人一人がものすごく強い。だが、全体のチームとしては錬度が低いように見えた。この頃手を組み始めたのか、好き勝手に戦っているのかはわからない。おそらく後者ではあるがこれは願ってもいない弱みかもしれない。
奴らは私を取り合っていた。しかし、数の多い妖怪たちの連中が簡単に自分たちを襲えないように一応は休戦協定を結んでいる。しかし、仲間が瀕死ならば助け合うことはしないだろう。
理由の一つとして休戦協定を結んではいるが死んでほしいとも思っているからだ。そして、もう一つはさっき述べた通り、チームとしての錬度は低い。奴らが仲間と手を組んで戦ったとしてもお互いの戦い方など知らないため、干渉しあって逆に弱くなってしまうからだろう。
ここまでわかれば奴らが話し合いをしていないということはわかる。話が脱線してしまったが最終的に私が言いたいのは異次元早苗は誰と戦ってきたのか。いや、誰を殺してきたのかだ。
「なあ、霊夢…」
私は霊夢の顔を見たままボーッと考え込んでいたが、私の読みがあっているのか彼女に意見を聞いてみることにした。
「…なに?どうしたの?」
「昨日、私の見間違いでなければ向こうの世界から来た咲夜と早苗…あいつら…別々の方向から来なかったか?」
私が聞くと、さっきとは別の何かを考えていたか、霊夢は少し間をあけて私を見る。
「…そうね、その疑問については少し後回しにしていたのだけど、向こうの世界の咲夜がレミリアを殺してきたのを考えると、他の人物を向こうの世界の早苗が殺してきたと考えるのが妥当よね」
霊夢が皿が並べられた机に視線を落として小さくため息をつく、一時は敵にもなったことはあるがその連中を含めて幻想郷の平和とバランスを保つのが博麗の巫女である霊夢の仕事だ。ため息をついたのは殺されたかもしれない人物のことを考えたのだろう。
「…おそらくだけど、加奈子とか諏訪湖ね…向こうとは多少は違うとはいえ、他の誰かよりも能力のことは知っている…どちらか、もしくは両方を殺されたわね…」
二人の能力は坤を創造する程度の能力と乾を創造する程度の能力だ。どちらも字にしたらわかりにくく厄介そうな能力であるが、奴らに狙われた理由はそれを含めた彼女らの存在だろう。神とそれに近いものだからだ。
「くそ…」
私が小さく罵ると、霊夢が私の方を見るが何も言わずに机を見下ろす。しばらくの間会話もなく黙々とご飯を口に運ぶ。
「そういえば、霊夢は向こうの世界の早苗が来た方向のことは後回しにしてたって言ってたが、霊夢は何が気になってたんだ?」
私が聞くとちょうど自分の分のご飯を食べ終わり、霊夢は机にお茶碗を置いた。
「…私が気になっていたのは向こうの世界の早苗がしたこと、魔理沙のマスタースパークを武器も使わずにどうやって受け流したのかと思ってね…奇跡の能力だとしても規格外すぎると思わない?それこそ天と地をひっくり返すレベルでの呪文詠唱が必要になるわ」
異次元早苗とこっちの早苗の奇跡の能力の仕組みは変わらないと思うが、奇跡の規模によって呪文詠唱の長さは変わる。
「確かに、マスタースパークが奇跡的に奴の目の前で裂けて当たらなかったとなれば、日とは言わないが十数時間程度の呪文詠唱が必要となるだろう。だから、前もって詠唱してい置いたんだろうな……でも、その苦労をわざわざあんな使い方をするとも思えない」
異次元早苗はマスタースパークを撃つ私の前に出てきてわざわざ撃たれた。後方にいた霊夢たちは当然かわすことはできただろうし、十数時間の呪文詠唱を無駄にしたということになってしまうため、奇跡の力を使ったとは思えない。
「向こうの世界の早苗がマスタースパークを裂いたのが能力じゃなくて純粋な戦闘能力なら…私たちに勝ち目はないぜ」
私は立ち上がって部屋の隅に置いてある古臭い冷蔵庫に向かい、扉を開けて中から麦茶の入っている入れ物を取り出した。霊夢の方を見ると私の言ったことに反論があるらしく、こっちを見る。
「…純粋なその人物だけの戦闘能力だけでやったわけではないわ。…あんたのマスタースパークがあっちの早苗に当たる寸前でわかれていた。でも、溶けた地面とかを見ると手とか何か道具を使ったにしては早苗のいる位置の地面はえらく緩やかな形で残っていたわ。あれは確実に能力によって当たらなかったものよ」
たしかに、異次元早苗がいた位置から前方にコンパスで半円をかいたのと同じぐらい正確に地面が残っていてそこからわかれていた。
手や武器を使っていればもっと鋭敏な角度でマスタースパークは分かれているだろうし、何より、私の記憶が正しければ溶けた地面とマスタースパークが当たらなかった地面との境、異次元早苗の腕はそこまで届かないはずなのだ。
「…連中は今までの敵とは全く違う。今からやっても同ということは無いけど、ご飯を食べたら修行をして少しでも奴らとの差をなくしましょう」
霊夢が湯呑み椀に注いでいた熱々の緑茶を一息で飲み干した。
五日後から一週間後に次を投稿します。