それでもいいという方は第四十六話をお楽しみください。
最後だけ微百合。
「…暑いわね……」
麦茶の入っていたガラスのコップを置き、ぐだーっと机に身を投げ出している霊夢は、汗を額に浮かせて呟く。
「確かにな」
前日とは違い、朝早いというのに太陽の光がギラギラと地面を焼いている。それによって空気まで温まり、熱気となって私たちのところに漂ってくる。
「…魔理沙ぁ……涼しくなる魔法とか持ってないの?」
昨日とは違い、今日は随分とぐーたらとしている霊夢が突っ伏していた顔を上げ、氷と麦茶の入ったコップをギリギリまで傾けてちびりちびり飲んでいる。
「あることにはあるが、夏の暑さを楽しむのも風流じゃないか?」
魔力を練っていた私が一度その作業を中断して霊夢に告げると、彼女は何か言いたげではあるが肯定をする。
「…確かにそうだけどね」
だが、霊夢は先ほど押し入れの奥から引っ張り出してきた扇風機の風力を弱から強にするために隣に置いてある扇風機に手を伸ばす。
霊夢がボタンを押すと、カチッと小さく音を立てて強とかかれたボタンが小さく点灯し、扇風機の羽の回転数が上がっていく。
「それより、霊夢」
私が彼女に尋ねると、強くなった風力に満足げな表情をした霊夢は、再度ぐだーっと体をちゃぶ台の上を投げ出し、こっちを見た。
「…何?」
彼女と向き合うと昨日のことを思い出してしまうため、若干恥ずかしさが込み上げてくるがそれを押しとどめて霊夢に聞いた。
「訓練、しなくていいのか?」
正座をしていたが慣れない座り方で足がしびれてしまい、私は足を崩す。
「…連中が現れるかもしれない日は明日。でも、今日来ないとも限らないし、できるだけ休んで起きたくてね」
霊夢は立ち上がると移動して私の横に座る。
「まあ、確かにそうだがな……そういえば、文は妖精たちから向こうの世界の霊夢たちのことを聞いたって言ってたよな?チルノたちだったはずだから、聞いてみたら何かわかるんじゃないか?」
「…ああ…それなら、あんたが家に帰ってる間に近くを飛んでたチルノと大妖精に聞いたわ」
もうすでに聞いていたということに驚きを隠せないが、聞いたのだったら私にも教えてくれてもいいじゃないかと思いつつもどうだった?と聞いた。
まあ、霊夢が私に伝えなかったということは、有益な情報は無かったということだろう。
「…なんというか、太陽の畑に遊びに行こうとしたら何者かに襲われて、気を失って気が付いたら幽香の家の中にいたらしいわ…窓から何度も幽香と向こうの世界の私たちが闘っているのは何度も見たって言っていたけど、それ以外は何も知らないらしいわね」
「そうか……まあ、仕方ないな」
明日奴らが来る可能性がとても高い…か。ぼんやりとそんなことを考えていると隣に座っている霊夢の手に、無意識のうちに私は手を伸ばしていた。彼女の手に触れ、重ねると霊夢は手を握った。
「…魔理沙、絶対に一緒に戦いましょう。……一緒に…」
さっきまでのだらけたままの気の抜ける声ではなく、真剣なまなざしと少し緊張した声で呟く。
「ああ…。そうだな!…霊夢となら負ける気がしないぜ」
私がにいっと笑うと、霊夢も小さく笑った。
「…さてと、私は奴ら専用にスペルカードを書き換えておきましょうか」
霊夢が立ち上がり、私から手を離す。彼女の温もりを感じていた手のひらから一気に温かさが無くなってしまい、寂しさに似ている彼女に触れていたいという衝動に駆られるが、霊夢がする作業の邪魔にならないように抑えた。
奴ら専用か、確かにそれをするのは大切だろう。今までのスペルカードは見た目だけは派手なものが多かったりしたが、奴らにはそれでは太刀打ちできない。倒すスペルカードではなく、殺すスペルカードが必要なのだ。
「…魔理沙もやっておきなさいよって、あんたはカードを使わないからしなくてもいいんだったわね」
「まあ、そうだな」
新しい硬く分厚い画用紙を霊夢はタンスから数枚取り出すと、机の上にそれを並べて人差し指で軽く触れる。まずは型を作るのだろう。
一つのスペルカードに対して、同じものが複数必要な場合はこうして肩を作り、一からスペルカードを作って、カードに書き込むという手間をなくすのだ。
「…」
霊夢が厚紙のカードに機械などでいうところのプログラムを魔力で書き込んでく。数分の時間をかけて彼女はスペルカードの構築を済ませる。
魔力を通された画用紙は、その部分だけがわずかにだが変化する。その変化した部分は魔力を通さなかった部分よりも、魔力を通しやすくなっている。
霊夢は分厚い画用紙のほかにも持ってきていたカードを取り出し、分厚い画用紙にそれを押し付けた。
こうしたまま魔力を分厚い画用紙に通したままにすることで、画用紙の方に書いてあるプログラムの魔力がカードに移る。インクを魔力と例えたとすると判子みたいなものだ。
普通なら試し撃ちなどをしてどういった弾道を飛ぶのか、ぶつかり合って干渉しあう弾幕は無いか、弾幕の速度などを確認するが、霊夢はしない。彼女曰く自分のイメージしたとおりに作れば失敗することは無いらしいからだ。
正直、それについては理解できない。私がカードをなしにスペルカードを放つことができているのは、何度も何十回も何百回も何千回も撃ちまくり、その感覚を脳や筋肉、神経に覚えさせているからだ。
普通につらい作業で、普通の人がスペルカードを一つ作るのに数日かかるとしたら私は体に大体の感覚を覚え込ませるのに長くて一週間程度の時間を要する。だが、覚えさせてしまえば使いたいと思ったときに、基盤は感覚が覚えていてそのときの状況に合わせてスペルカードにどういったものを追加するなどして、構築することができる。
だが、霊夢は試し撃ちをしないため少し不安はあるが、彼女のことだし大丈夫だろう。
霊夢は一つのスペルカードに対して複製を五枚程度つくり、次のスペルカードの型を作り始めた。
黙々とスペルカードの型とスペルカードを作っていく霊夢を私は黙って眺め続ける。スペルカードを作る工程というのをあまり見たことがないため、新鮮味があって見ていて飽きない。
「…」
「…」
沈黙が続く。
「…何見てんのよ」
「気が散るか?」
スペルカードの型を作っていた霊夢が分厚い画用紙に指を触れたまま、唐突に言った。
「…魔理沙じゃないわ…紫よ。そこにいるんでしょう?」
霊夢が何もない空間に話しかけると、空中に瞳を開くようにスキマが開き、暗くも明るくもない不思議な空間の中で紫は傘をさしていたらしいが、スキマの中から出てくると傘を閉じて私たちが座っている卓袱台の反対側へと座る。
「よくわかったわね。まあ、そのぐらいしてもらわないと困るけど…まあ一昨日は大変だったみたいね。霊夢が幽香に手こずった挙句に逃げられるなんて珍しいけど、どうかしたのかしら?」
閉じた傘を傍らに置き、自分が出て来たスキマを閉じると紫はそう聞いてくる。彼女はあのあと幽香との戦いは霊夢に任せてどうなっていたのかはきちんとは見ていないらしい。
「…本当の敵は幽香じゃないわ。並行世界の私たちが本当の敵だった」
「へえ、存在があるのは前から知ってたけど…まさか攻め込んでくるなんてね…それで?目的は何なの?ただやられただけなんて言うつもりはないでしょうね?」
紫は前腕の中間部分まである手袋を外して机の上に置き、私たちを見下ろした。
「奴らの目的は…」
自分のことをなぜか狙っているといおうとするが、霊夢がそれを遮って紫に言う。
「…悪いけど、奴らの目的はわからないわ。これから調べるつもりよ」
「へぇ…」
私と霊夢の行動から何かを感じ取って察したらしく、紫は私たちに向けている目をスッと細める。
「…とりあえず、明日辺りに来る可能性が高いから、紫に頼みたいことがあったのよ」
霊夢がそう説明するが、紫は興味がなさそうな顔をして聞いていたが、霊夢が話し終えると傍らに置いていた傘を掴み、目にもとまらぬ速さで私に向けた。左目に傘の先端が当たる直前で急停止する。
「動いたら手元が狂って刺さるかもしれないから動かないことね…。霊夢…私に隠し事はなしよ…さっさと言いなさい」
霊夢が私に向けられた傘を弾こうとするが、ほんのわずかに左目に向けて傘が進んだことで弾き飛ばすのを中断した。紫の目は本気で、必要ならば私の片目を潰すこともいとわないだろう。
紫の力ならば義眼であるこの目も簡単に砕かれるはずだ。
そこで私はなぜこうなってしまったのかようやく理解し、しまったと思った。紫は幻想郷を創造するのに中心となった人物であり、この幻想郷を我が子のように愛していて幻想郷のバランスを崩すものに対しては容赦がない。
その紫に幻想郷が存続するかしないかわからないどの異変が起き、異変を起こした連中の目的と原因が私なのだと言った暁には、私は殺されるか奴らに引き渡されかねない。
「…わかった、言うわよ。でもその前に傘を下げて」
霊夢は少し緊張した顔つきで紫をなだめる。
だが、私たちが紫に言うのを渋ったことで彼女は自分に伝えれば私たちが不利になる。ということは目的は物というよりも、霊夢と親しい人物が目的となっていると踏んだのだろう。
でなければ私の言葉を遮ってでも隠すことは無いだろうからだ。そして、私の言葉を無理やり遮ったことで、私が関係していると思ったのだろう。正解だ。
霊夢が紫をなだめようとするが紫は二度目は言わないぞと言わんばかりの態度を見せ、紫に私が説明をすることにした。
「何が目的なのかは本当にわからない。でも、なぜか奴らは私を追ってきたみたいなんだ」
私がそう言った途端に、紫は他のことを聞き出そうとはせずに私に向けていた傘で目を刺すのではなく、横に薙いで頬を殴る。
「うぐっ!?」
紫は霊夢がする近接戦闘をとてもじゃないがするようには見えない。だが、彼女が振った傘は霊夢と同程度の威力があり、私は空中でグルンと回転して床に崩れ落ちた。
「…紫!待って!!」
切羽詰まった霊夢の声が聞こえる。もっと情報を聞いてではなく、いきなり殴られたため全く理解が追い付いていない私に、紫は淡々と告げる。
「今ここで私に殺されるか、奴らに引き渡されるか選ばせてあげようと思ったけど、魔理沙にも私たちにも選択権はなさそうね。魔理沙を狙っているっていうやつらに引き渡すわ」
私を殺せば私を狙っている奴らの報復を受けかねない。彼女は一番手っ取り早く異変を解決でき、奴らの利害とも一致している方法を選択した。
「…駄目よ。私が魔理沙を守るって決めた。…そんなふざけたことはさせないわ」
私が起き上がるとお祓い棒を構えた霊夢と、私を奴らのもとに連れて行こうとしている紫が対峙しているのが見えた。
「霊夢、あなたの役目は何?この幻想郷のバランスを崩すものをいかなる手段を使ってでも排除し、バランスを元に戻すことでしょう?今までは大目に見て来たけど、今回ばかりは見過ごせないわね」
紫は自分と向き合っている霊夢に傘を向けて言った。紅魔館や地霊殿などのことだ。本当は殺さなければならないのを霊夢は殺さずに生かしてきた。それについて言っているのだろう。
「…だからなによ、確かに私は規則を破ってレミリア達や永琳たちを見逃した。でも、今回とそれらは関係ないじゃない」
「いいや、関係大ありよ。前回の異変ではその首謀者を取り逃がしたし、今回の異変では並行世界の敵に負けた。気がたるんでるんじゃないかしら?ここらで気を引き締めたらどうかしら?」
紫の言う通り、前回の揮針城異変では異変を起こした鬼人正邪のことを私たちは逃していしまった。それについて私たちは反論することはできない。
「…そうね、確かに私は鬼人正邪を逃して、まだ捕まえていない。それに今回の異変では向こうの世界の私たちにも負けた。だとしても、魔理沙を引き渡していい理由にならないわよ…!」
霊夢が紫を睨み付け、お祓い棒を構える。
「駄々をこねるんじゃあないわよ。初代から先人たちはみんなあらゆる手段を使って幻想郷を守ってきた。霊夢、あんたの自分勝手な行動で幻想郷を終わらせるつもり?」
紫がゆらりと戦闘体勢に入っていく。力ずくで霊夢をどうにかしようというのだ。
「…先人者たちがこうしていたとか、私にはどうだっていいわよ。私には私なりの戦い方がある。それに私だってこの代で幻想郷を終わらせるのはまっぴらごめんよ」
「一度目で奴らにかなわずに負けたくせに、二度目で勝てるわけがないじゃない。…直接手を汚したくないっていうのなら、あとは私がやっておくからさっさと魔理沙をよこしなさい」
一度目は確かに負けたが、その敗因はもうわかっている。それをなくしてしまえば勝機は無くはないだろう。
「…あんたがなんと言おうが魔理沙は絶対に渡さない」
霊夢は固い意思を紫に見せつける。
「霊夢…」
殴られてジンジンと痛む頬を抑えて私が呟くと、霊夢は肩越しにこちらを振り返り、言った。
「…紫、それにね、一人の人間も守れないようなやつに、大勢の人間の命を…幻想郷を守れるわけがないじゃない」
霊夢がそう言うと、紫は大きくため息をついて傘を下ろす。
「時間の無駄ね。…まあいいわ。……無理をして霊夢に敵対されても困るし、チャンスを上げる。…でもその代り、私がダメそうだと判断したらその時は問答無用で奴らに魔理沙を引き渡す。いいわね?」
霊夢の目先に伸ばした人差し指を紫は突き付けて本気のまなざしで言い放つと、彼女は私たちの返事も聞かずに身を翻してスキマの中へと消えていった。
「…はあ…」
霊夢はスキマが消えて紫が完全にいなくなるのを待ってから、疲れた様子でその場に座り込むと、上半身を起き上がらせたまま動けていなかった私の方を振り返る。
「すまなかったな。霊夢…」
私が彼女に言うと顔を横に振って大丈夫と呟いて、こちらの方に歩み寄ってきた。
霊夢は私の膝の上に座ると顔を下に傾け、頬に伸ばしてきていた手を上に向けて私の顔を上に傾かせ、キスをした。
数十秒の長いキスをしたのち、ゆっくりと私の顔から離れて熱っぽい吐息を吐いて彼女は言った。
「…私が魔理沙を守るわ。引き渡しなんてさせない…させるもんですか…」
彼女の言葉に嬉しくはなるが、それと同時に悔しくもあった。守る。その言葉が出てくるということは、私が霊夢と肩を並べて戦える同等の存在ではないということが読み取れるからだ。
「……。」
「…?どうかしたの?魔理沙」
「何でもないぜ」
私は霊夢の首に腕を回すと、今度は私から霊夢にキスをした。
五日から一週間後に次を投稿します。