東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十五話をお楽しみください。


東方繋華傷 第五十五話 暗闇で

 風もなく静寂に包まれていた魔法の森の中で、私にのしかかって来た奴の声だけが小さく反響する。

「お前は、食べてもいい人間かー?」

 幼い声だ。現在時刻はすでに一時を回っていて、日付が変わってからしばらくたった時間帯で、さらに私に躊躇なく飛びかかってきたことから、人間でないことがある程度は推測で来た。

 腹部の痛みに耐えていたが、瞳を開けるとやはり少女が私の胸の上に座ってこちらを眺めている。

 彼女のことを詳しく知っているわけではないが、知らない仲ではない。少女の質問の意図がよくわからない。

「ルー…ミア?」

 月明かりが木々のスキマから薄っすらと少女の髪の毛を照らしている。だがうつむいていることで顔に影がかかっていて詳しく彼女の表情を読み取ることはできないが、特徴的な赤い瞳が怪しく光っていてそこでようやくルーミアだと確信した。

 私の言葉に対してルーミアは返答をせずに、こちらを覗き込んで傾けていた上体を下げて顔を近づけてくると、金髪の垂れ下がっている髪の毛が頬や額を撫でる。

 十数センチの距離まで近づいても彼女は止まらずに更に顔を下げてきて、鼻先が私の頬にくっ付くぐらいの距離で止まると、犬のように匂いを嗅ぐ。

「おいしそうな匂いがするぞー?」

「え?」

 頬の辺りから少し体側にルーミアは移動し、首筋などにこびり付いている私の血の匂いを鼻腔を膨らませて嗅ぐと、嬉しそうに口元を緩めて笑う。

「ルーミア、少し急いでるんだ。どけてくれないか?」

 嫌な予感がし、時間稼ぎのつもりでルーミアにそう聞いてみるが、血の匂いにうっとりとした表情になっている彼女の耳には届いていなさそうだ。無理やり引きはがそうとするが、いつの間に背中側に手を回されていて、年端もいかぬ見た目からは考えられないほどの腕力でがっちりと私のことを拘束している。魔力で体を強化しなければ逃げ出せなさそうだ。

 体を魔力で強化しようとした時にルーミアが口を開く、そこからピンク色の小さな舌をのぞかせると、首から肩にかけてこびりついていた私の血を舐めとった。

「…っ!?…ルーミア!やめっ…!?」

 飛び付いて来たのが霊夢じゃなかったことで若干だが安堵したが、私の真上で血を舐めているこの少女は私の姿を見てきたわけではない。流れ出した血の匂いに誘われてここに現れたのだ。下手をしたら食い殺される。

 背中に冷たい物でも押し込まれたように鳥肌が立ち、今はまだ私の血を舐めているルーミアのことを突き飛ばして逃げようとする。だが、食われるかもしれないという恐怖に焦りすぎて魔力で体の強化をしていたがそれが中途半端な状態で、彼女の腕力よりも強い力を生み出すことができず、突き飛ばすことができない。

 私の突き飛ばす行為はルーミアの体を少しだけ後ろに下がらせる程度となってしまった。最悪なことに彼女の反抗心をあおってしまったらしく、並びのいい犬歯がズラリと並んでいる口を大きく開けた。

 顎が開く角度が大きくなり口がその分だけ開かれる。それ以上は体の構造上開くことができないところまで来るが、ルーミアはそれでも口を開けるのを止めようとはしない。

 柔らかい頬が開いていく顎によって引っ張られていき、伸びた頬が限界に達しても彼女は開き続け、ついに口の端から血が滲みだした。

 引っ張りあっている綱引きに小さな切れ込みを入れたらどうなるか、両側から引っ張られていることで相当な力が加わっているため、その部分から綱は切れることだろう。それがルーミアでも起きていて、口の端にある肉が裂けると一気に繊維や肉が加わっている力によって耳元まで頬が引き割かれる。

 彼女の傷口から血が漏れ出し、顎から垂れて来た血が新たに私の服を汚すが、それがどうでもよくなるほどに、ルーミアの異常な捕食の仕方に体が固まっていた。

 噛みつくにしては過剰に開かれた口でルーミアは肩らへんに顔を落とすと、犬歯が奥歯まで並んでいる歯で鎖骨の辺りに噛みついて来た。

「あぐっ!?…あああああっ!!?」

 石などとは比べ物にならない強度を持っていて、切れ味が下手なナイフよりもある尖った犬歯が皮膚と皮下脂肪をまとめて切り裂き、鎖骨の周りにある筋肉と肉をごっそりと抉り取り、その強靭な牙で骨を噛み砕く。

 痛い。信じられないぐらい痛い。

 上顎と下顎から生えている歯ががっちりと噛み合わさると、残っていた切り裂いていない繊維などを物ともせずにルーミアは食いちぎった。

 今度は私の方向から肉の千切れる不快な音がする。鳥肌が立って寒いはずなのに体が熱くなってくる。多数の傷での出血に体が反応してアドレナリンが分泌されているのだろう。末梢血管がアドレナリンの作用で収縮し、肩の傷からは思ったほど出血は無い。

 だが、その出血だけでも今の私には致命的だ、腹部からの出血は収まったわけではない。これ以上の出血は本当に命にかかわる。

 出血をできるだけ抑えるために傷口を圧迫しようと手を伸ばそうとすると、ルーミアはさせないといわんばかりに掴まれてしまう。彼女は口の周りを私の真っ赤な血と小さな肉片で汚していて、それらを舌で器用にすくい取って口に運ぶと、咀嚼することなく嚥下しておいしそうに吐息を吐く。

「おいしいのだー…。こんなにおいしい肉、初めて食べたのだー」

 出血によって頭がくらくらしてきている私をよそに、ルーミアは裂けた口に魔力を送り込んでいるのか、チャックでも閉めているように耳元から治っていく。唇についている私の血液を舌なめずりをして口に含むと、体を小さく振るわせて飲み込んだ。

「おいしいー…おいしい……」

 私を掴んでいない手で顎や頬にまで飛び散っている私の血を指でふき取り、血なまぐさい舌で夢中になって舐めている。

 鉄臭い血などを舐めて何がおいしいのか私には理解できないが、これは願ってもないチャンスだ。ルーミアは今は食ったりすることに夢中になって私を拘束しておくことが二の次になっている。逃げるんだったら今しかない。

 体を魔力で強化して物理的な攻撃力を底上げし、膝を曲げて私のお腹に座っているルーミアの背中に向けて膝蹴りを叩き込む。

 骨と肉体を強化し忘れたことによって、攻撃力が体の耐久力を上回って骨が折れるなんて初歩的なミスはしない。骨が少し軋む感覚がするが許容範囲内だ。

「あうわぁっ!?」

 今までの獲物だったらここで気絶していたりしたのだろう。完全に油断していたルーミアは私が反撃に出るとは思ってもいなかったのか、片手は私のことを掴んでいたが緩く、もう片方は口元に運んでいる状態でろくに固定していない。そこに私の蹴りが後ろからくわえられたことでルーミアが頭の上を飛んでいく。

 そのまま飛んでいってくれればよかったが、掴んでいる手を彼女は離さずに掴み続け、私の腕に引き留められる形で背中から地面に転げ落ちた。

「っ…くそっ…!」

 だが、それでも状況はさっきよりは全然いい。掴まれている手を振り払って腹筋の筋肉を使い、ルーミアにまたのしかかられる前に起き上がると、私よりも起き上がるのが遅かったが小柄な彼女は小回りが利き、同じぐらいのタイミングで起き上がっている。

 今のルーミアは食欲に支配されているらしく、血で真っ赤に染まっている口を小さく開くと犬歯をむき出しにして、立ち上がろうとしている私に向かって飛びかかってきた。

「ぐっ…うぐっ…!」

 ルーミアを蹴るために体を曲げて腹筋を使い、蹴り飛ばした際にわき腹に刺さっている銀ナイフに少女の足が少しひっかがった。それによって横に抉り込んだ痛みが遅れてやって来る。

 傷口が余計に広がって神経を傷つけ、その痛みに体から力が抜けて地面に膝をつきそうになるが歯を食いしばって拳を握り、踏ん張った。

「あああああっ!!」

 追手がきているが痛みをごまかすために叫び、魔力で強化して握っていた拳を飛びかかってきているルーミアの顔に叩き込む。

 全体重を乗せた飛び付きに対して真正面から拳をぶつたが、ルーミアの飛びかかって来る勢いが思ったよりも強く、肩が痛んで外れそうになった。それでも、肩が完全に外れたわけではない、魔力をさらに送り込んで体を強化して少女のことを地面に殴り飛ばした。

 受け身を取る方法を知らないのか、人間だったら死んでいるような速度で背中と頭を地面にぶつけ、ぐったりとしたまま動かなくなった。

「…っ…」

 危なかった。もう少しルーミアの体重が重いか、飛びかかってきていた速度が早ければ倒れているのは私だったはずだ。肩が外れて抵抗する手段を失い、そのまま食われていただろう。

 倒れたままいつまでたっても動き出さないルーミアはおそらく気絶している。近づいて確認するほどの余裕がなかった私はそう結論付けてこの場を立ち去ろうと、少女に背を向けた。

 私が油断するその瞬間を狙っていたのか、視界が一瞬で黒一色に塗りつぶされた。

「なっ!?」

 視界が真っ暗で何も見えなくなったことで驚かせられたが、ルーミアの能力である闇を操る程度の能力によって生み出された暗闇だとわかり、振り返るがもうどっちを向いているのか既にわからない。方向感覚や振り返った足の向きなどから大体は予想がつくが、それが正確かと聞かれたら自信がない。

 だが、向いている方向などは問題ではない。ルーミアの能力の範囲内に入ってしまったが、これを展開している少女も実は何も見えていないということを聞いたことがある。それは私のことを視認できていないということであるため、お互いに不利な状態というのには変わりない。

 いくつかある私の不利な状況の中で一番まずいものを上げるとするならば、声を出してしまったことだろう。妖怪は人間以上に耳がいい、森で声が反響しているがルーミアはすでに私の位置を捉えていることだろう。

 足音や息遣い、どちらでも聞き取れればおおよその位置を掴むことができ、耳に意識を集中していると血なまぐさい風が私の頬を撫でる。

 近くに、いる。緊張で汗が汗腺から分泌されてじっとりと皮膚が濡れ、そこに髪の毛や服が張り付いて気持ち悪い。手先に魔力を込めようとしていると、銀ナイフに縫い付けられている方の二の腕に痛みを感じた。

「いづっ!?」

 数歩後ろに後ずさって痛みがあった場所に手探りで触れると、液体が付く感覚がして出血が起きているのがわかる。噛みつかれたらしい。

 ルーミアがどこにいるのか、まったくわからない。追われているという状況でなければ爆発瓶などを使って吹き飛ばすのだが、今は使うことができない。それをしてしまうと真っ先に奴らに見つかってしまう。

「くそっ…!」

 じっと構えていると、左方向から風の流れを感じた。その方向に拳を振りぬくがそれは空振りで終わり、今度は隙ができた太ももに痛みを感じる。

「ぐっ……!」

 動きが全く読めない。頭が混乱し始め、どこから来てどこから攻撃されるかわからない恐怖に息が荒くなる。次は後方からルーミアが移動する風の流れを感じ、その方向に拳を振りぬくがまたしても拳は空を切り、前腕部分の一部の肉を食いちぎられた。

「ぐあっ…!?」

 考えろ、どうやったらルーミアから逃げることができるのかを。

 暗い。何も見えない。奴がどこにいるのかわからず、それがとても怖い。後ろにいるのかもしれない。もうすでに噛みつかれる寸前かもしれない。そう考えると怖くて仕方がない。

 緊張で頭がどうにかなってしまいそうで、がむしゃらに逃げ出しそうになるがそれではルーミアの思うつぼになってしまう。私は一度冷静になるために、深呼吸を行った。少女から攻撃を受けるかもしれないが、これは大事な作業だ。頭を冷やすためには心を落ち着かせることが大事だ。

 肺いっぱいに空気を吸い込み、時間をかけて空気を吐き出した。周りにばかり集中していて呼吸が浅くなっていたことで脳に酸素がいきわたっておらず、脳の働きが抑制されていたが、酸素を十分に取り込んだことで次第に靄がかかっていた頭の中がクリアになって行くのを感じた。

 さっきはどうやって逃げるということを考えていたが、これでは根本的な解決になっていない。どうやって逃げるかではなく、どうやって倒すかを考えよう。

 冷静になり、物事をきちんと分析できるようになると、闘志がわいてくる。幽香たちと戦っていたときのことを思い出せ、あの時の方がもっと大変で、このぐらいの戦いで死ぬわけにはいかない。

 体を強化し、ルーミアが来るのをじっと待っていると右方向から風の流れを感じた。まったく、冷静に考えればこんなの子供だましにもなっていない。風は物体が動いた後に起こるが、離れていればそこに到達するまでにわずかなラグがある。風が来た方向に攻撃していたのであればそこは敵が既に通り過ぎた後というわけで、一生やっていても当たることは無い。だから薙ぎ払わなければ当たらない。

 魔力で強化された拳を握り、風が来た方向よりも横に向かって拳を薙ぎ払うと、手ごたえを感じる。

「あぐっ!?」

 ルーミアの悲鳴が聞こえ、今までは体を浮かせていたらしく通りで足音が聞こえないと思ったが、今ので体のバランスを崩すことができたらしく、地面に靴が擦りつく音がする。

 殴ることには成功したが引き離すほどの威力は無く、意外とルーミアとの距離は近い。自分の位置がばれたため少女は逃げるかと思ったが、地面を蹴って飛びかかって来る音がした。

 食欲にのまれているのか、単純に頭が悪いだけなのかはわからないが、私からしたら助かった。彼女に腕が当たった位置から方向は大体わかる。あとはそこに向かって攻撃をすればいいだけだ。

 左手を構え強化に使っていた魔力を変換してレーザーではなく、エネルギー弾をルーミアに向けて発射する。

 闇を操る程度の能力で本当に発射されたのかわからないが、形容しがたい小さな破裂音と彼女の悲鳴からきちんと直撃してくれていたことがわかった。

 だが、私の拳が当たったということは腕一本分しか距離が離れておらず、エネルギー弾を放つために手をかざしたことで手とルーミアとの距離が短くなり、そこに少女は噛みついていたらしく激痛が走る。

「くぅ…っ…痛…っ!」

 痛みで手が痙攣するが、エネルギー弾が爆ぜてその運動エネルギーがルーミアに加わったことで後方に思いっきりぶっ飛んでいったらしく、十数メートル先の木に背中から衝突した。

 闇を操る程度の能力の半径は十メートル程度ほどあるが、そこから抜け出したのとルーミアが能力を解除したというか、持続できなくなったことで少女を中心に正確に球状にできていた闇のドームが霧散する。

 木に叩きつけられたルーミアが今度こそ本当に気絶しているのか、確かめるために近づいて蹴り飛ばした。

 エネルギー弾を撃った際にこいつは私の手に噛みついて来た。それはできるだけダメージを与えるためとも読み取れるが、さっきからどうにかして私を食おうとしていたし、私の拳が当たった時点で逃げればいいのを飛びかかってきた。これは少女が食欲に飲まれているといっても過言ではないだろう。

 能力を発動する前ならまだ冷静で、私の不意を突いてきたが今は私が近づいてきたのならすぐにでも飛びかかってくるはずだ。やり過ごして後で襲い掛かろうなんて食欲に飲まれているルーミアには無いだろうからな。

 試しに私の腕をルーミアの口元に押し付けてみるが、噛みついてくるようなことは無く、時間だけが過ぎる。今度こそ、本当に気絶しているようだ。

 背中を木に預けて気絶しているルーミアをそこに放置したまま、立ち上がって走り出し、魔力で体を浮き上がらせて自宅へと向かう。

 後ろに警戒しつつ見慣れた景色を進んでいくと、自分の自宅までの距離が五十メートルを切った。目を凝らしてみると霧雨魔法店と書かれた薄汚れた看板と家の輪郭が薄っすらと見え始め、私はさらに加速した。

 




一週間から五日後に次を投稿します。
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