東方繋華傷   作:albtraum

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自由気ままに好き勝手にやっています。

それでもいいよ!
という方は第五十六話をお楽しみください。


東方繋華傷 第五十六話 治療

 出かけてから帰って来る時と同じく木々の間を縫って進む。ただでさえ瘴気などが溜まりやすい魔法の森の中ということもあり、使い始めたころは新品に近かった自宅の扉は古く、腐りかけているように見える。その木の扉を私は蹴り開けた。

 鍵は一応かけていたはずなのに簡単に開いたと思ったが、扉の腐食がかなり進んでいたらしく、蹴り開けた衝撃で鉄でできている鍵の部分を壁に残したまま扉は開いている。

 これでは強盗に入られ放題だな。ここまで来る物好きもいないが、

 小走りで物が散らかった部屋に入り、それらを蹴飛ばして試作品から武器として使用できる物が置かれているタンスへと一直線に進む。透明な瓶に入れられている物だったり、褐色瓶に入っている液体などがたくさん置かれているが、その中から透明で大きな三角フラスコに保存されている液体が入ったもの、傷口周辺の細胞の再生能力を促進させて回復を早める薬をひったくる。

 三角フラスコはコルクで閉めていたが、片手で開けるのは至難の業だ。重たい三角フラスコを顔の位置まで持ってくることができない私は、頭を下げてコルクを口で咥えて歯を立てる。

 頭を持ち上げるとコルクが上手く引き抜け、シャンパンなどを開けたときと同じような音を立てた。

 この試薬を作るために様々な材料を使い、希少であまり手に入らない物も多数含まれるが、命がかかっている大事な時にケチれば命を失う。遠慮なく使って行こう。

 血をせき止めている蓋の役割をしていた銀ナイフを引き抜いて投げ捨て、大きな三角フラスコを傷口の上で斜めに傾けると、小さな入り口からフラスコ内部に気泡が入り込み、その分だけ回復薬が飛びだして傷口に降りかかる。

 傷口に潜り込んできた薬が肉体に反応すると、肉を焼く音によく似た音を立てて作用し始める。作り置きであるため多少の劣化はあるものの、普段使っている十倍に薄めている物とは違って原液であるため、作用が弱いなどは感じられない。

 今までコツコツと溜めてきたかいがあったというもので、まだまだ残りは十分にある。

「っ…」

 この薬はさっきも言ったように傷ついた細胞を直接治すのではなく、その周辺にある細胞を活性化していらない細胞をアポトーシス(選択的な細胞死)し、細胞分裂を促進させて新しい細胞を作り出して傷を塞ぐようにさせているわけだが、原液での作用は当たり前だがいつもよりも強烈で、活性化している傷口周辺が熱を持ち始め、焼けるように熱い。

 だが、それはこの薬がきちんと作用して新陳代謝などが盛んになっている証拠であり、わき腹の切り傷と刺し傷が目に見えて塞がっていく。

 傷はこれだけではない、ルーミアに食いちぎられた肩にも回復薬を振りかける。そこだけではない。二の腕や闇を操る程度の能力を使われたときに噛まれた手などにも振りかけなければならない。

 銀ナイフを引き抜いたことで両手を使える。ルーミアに噛まれていたはずの手に回復薬を掛けようとしたとき、私は目を見開いて自分の手を見下ろしていた。

 小指が無くなっているのだ。厳密にいえば小指の根元周辺の肉を丸ごとと、薬指の一部分が抉られている。

「…っ!?……くそ……!」

 腹部の痛みに気を取られすぎて気が付かなかった。交通事故などがあったとき、ぶつかった部分ばかり痛くなり、他の部分にも障害が及んでいるはずだが、それを感じないことがあるという話は聞いたことがある。まさにそれだ。

 手に回復薬を振りかけると、腹部の傷と同様に周りの細胞が活性化され、食いちぎられてできた傷口を塞ぐ。塞ぐだけで小指そのものは再生しない。切り傷だったり少しだけ抉れたりするのならば、だいたい同じ構造をしているその周辺の細胞が治してくれるが、小指全体の器官となればそうはいかない。骨や筋肉、皮膚や皮下組織、様々な細胞が存在し、その一部がごっそりと持っていかれているのだ。人間の体では傷口をその周辺の細胞で塞ぐしか手は無い。

 ショックに十数秒間固まってしまうが、ショックに打ちのめされている場合ではない。咲夜たちがここに到着すれば、指が一本無くなるだけでは済まない可能性だってあるのだ。悲しむ時間はあとでたっぷりある。今は目先のことではなく、今後のことも視野に入れて集中しなければならない。

 腹部にかけていた薬の作用が体内から流れ出してきた血と混ざって薄まり、若干弱まってきた頃にもう一度回復薬を振りかけてさらに細胞が傷を塞ぐのを促進させた。

 大きく、深い傷ということもあり、腹部の傷が完全に塞がるのに十数分たっぷりかかり、数分に一回のペースでかけていた回復薬が半分になったころ、ようやく一息つける程度に落ち着くことができた。

 貧血で頭がくらくらして足取りがおぼつかないがギリギリで死なずに済み、三角フラスコを机に置いて部屋の中を見回してみると、さっき投げ捨てた銀ナイフは私が魔力で無理に形状維持をさせていたが、その供給もなくなり魔力の塵となって消えていっている。

 しかし、酷い有様だな。足元は水の入ったバケツをひっくり返した後のように、回復薬と血で濡れていて、ふき取るのが大変そうだ。そこまで考えたがふっと思い出す。もう、この家には戻ってくることはおそらくできないということを。

 さっきの戦いでは、霊夢たちは始めから私を奴らに引き渡すつもりで戦っていたのだろう。いや、今までは霊夢たちの情報に流されてしまっていたが、そもそも、レミリアが殺されたことや諏訪湖たちが殺されたということ自体も嘘だったのかもしれない。疑い出したらきりがないが、それしか考えられない。もし本当に彼女らが死んでいるのであれば、私を攻撃しに来るのは霊夢だけのはずだからだ。

 初めから、全部、嘘だった?

 咲夜と早苗のあの復讐心も、戦っていたと思っていたあの行動も、霊夢のあの好きだと言ってくれたあの言葉も、すべてただの茶番だったのだろうか。異次元霊夢が放ったスペルカードで舞い上げられた砂で視界が遮られて感覚が鈍くなり、逃げていく奴らに注意を向けている時を霊夢は狙った。裏切るタイミングとしては最適だっただろう。

 悲しみやどうしてという疑問が次から次へと湧き上がってきて複雑な気持ちになっていたが、それが通り過ぎてくると怒りが込み上げてくる。

「ちくしょう……」

 無意識のうちに拳を握っていたが、この苛立ちをどこかにぶつけることもできず、私は手を開くと滞ってたまっていく溶岩のように沸騰している苛立ちにそっと蓋をする。

 強い怒りを数十秒かけて意識の奥底へと沈め込み、私は冷静に行動するために一度だけ大きく深呼吸をした。

 息を肺いっぱいに吸い込み、その状態から少しだけ維持してから空気を吐き出す。この行為をするだけで気分が少し落ち着き、熱が引いていく。

 冷静になれと自分に言い聞かせ、追われている今の状況をどうにかしなければならない、と余計なことを考えるのをやめた。

 この家には帰ってこれなくなるだろうし、できるだけ多くのこれからの戦いに必要なものを持ち出さなければならない。

 まずはポーチの中身をすべて取り出し、置かれている物を机の端に押しやって広げたスペースに置いていく。ミニ八卦炉、爆発瓶、閃光瓶、回復薬を入れておいた空の瓶がある。

 爆発瓶と閃光瓶を原液の回復薬が置いてあった棚から取り出して補充する。それぞれ六本ずつある。

 さらに散弾銃に使われる小さな鉄球を瓶に仕込んだ散弾瓶、一定時間炎を発生させて周りを燃焼させる火炎瓶などを取り出して、ポーチの中へと押し込んだ。

「……あとは…」

 地下室の入り口である床に取り付けられている床下扉の錆びた取っ手をしゃがんで掴み、扉を引っ張ると木と木の擦れる嫌な音を立てて扉が開く。

 暗くて見ずらいが床下扉の壁面には鉄の梯子が取り付けてあり、後ろ向きになってから梯子の一番上に足を置き、場所が分かったところで手と足の両方を使って梯子を下りる。

 梯子を下りていくと鉄と靴の裏が当たる音が暗い地下室に響く、地下室の床に降りてコンクリートの壁に手を這わせると電球に電気を通すための電源を探し、それのスイッチを押した。

 電気が通ると裸電球に光が灯り、上の階の比ではないほど散らかっている部屋が照らし出される。近いうちに片づけないといけないなと思っていたが、片づけようが片付けまいが変わらなかったな。

 机の上に置いてあった数日分の携帯食料を鞄の中に詰め込んだ。うまいものではないが、霊夢が敵に回ったということは村なんかには買い物しに行くことはできなくなるはずだ。我慢してこれを食うしかない。

「…」

 あとは着替えるだけだ。梯子に足をかけて手で掴む、それを交互に行って上の階に頭だけ出して周りを見てみると、まだ霊夢たちは来ていないらしく人の姿や気配はない。

 胴体を腕の力と足の力で持ち上げて部屋の中に出た。試しに耳に意識を集中してみたが呼吸音や足音などは聞こえてこない、隠れているわけでもなさそうだ。

 自室の方に向かい、ドアを押し開けて扉を開くと前回着替えた服についていた血の匂いが微妙に残っていて、ちょっと鉄臭い。

 服を入れておいたタンスに向かおうとした時、歩き出していた足元がふらついてまっすぐに歩けず、地面に倒れ込みそうになった。

「へ?な…っ…!?」

 そうしているうちに視界の端でチラついていた光のようなものが中央に向かって白く広がって視界が遮られていく。それに比例して頭が働かずにボーっとしてきた私は床に膝を打ち、机の上に手をついてしまう。

 どこからか攻撃を受けたのか、ガスなどを使った遠距離からの攻撃かと思ったが違う。

 大量の血を流したことにより血中の血球がだいぶ減ったわけだが、赤血球が酸素を全身に運んでいるのは誰もが知っていることだろう。その酸素を運ぶ役割を持つ赤血球が出血で少なくなったせいで、梯子を上ったりなどの運動で全身にも酸素を巡らせなければならなくなり、脳に十分な酸素を送り込むことができず、脳が酸欠を起こしてしまったのだ。

 床に受け身を取るなどをする前の段階ですでに失神して意識をなくしていた私は、床に身を投げ出して倒れ込んだ。

 

「…っち」

 いらだちが募っていて、彼女は不意に舌打ちを漏らす。その苛立ちは自分に対してなのか、相手に対してなのかはよくわからないが、その焦燥感は自分に対してなのが七割を占めているのだろう。

 魔法の森に生えている木々の葉っぱに落ちている血痕を追ってきたのだが、川の流れている木々の切れ目を境に血痕が消えている。

 水中を移動してどっちの方向に向かったのかはわからないようにされた。だが、深いがこの川はそこまで太いわけではない。上流か下流のどちらに向かったかは知らないが、たとえ来た方向に戻られたとしても水の跡があれば見逃すことは無い。

 しかし、問題はそのあとだ。水の中に入られたことで体についていたある程度の血は洗い流されてしまう。それでは血の跡を追うことも、血の匂いも追うことはできないはずだ。

 少しの間は残っている水滴である程度の方向はわかるが、暗く、地面に沁み込んですぐにわからなくなるだろう。

「……くそ…」

 普段は立ち寄らず慣れない魔法の森ということもあり、あいつがどこをどう通って行ったのか全く分からない。

「…咲夜、落ち着きなさい。この時間帯は本来は寝てる時間だし、集中力や推理力も自然と下がって来る。深追いは今日はやめておきましょう?」

 私は川の反対側にある木の葉っぱに血が付いていないことを再度確認し、はぁっとため息をついて彼女に言った。

「わかっています…!」

「…わかってないわ。腹部への斬撃と銀ナイフの刺し傷、早苗のお祓い棒での攻撃であいつは瀕死かもしれない。でも、狩りではよく言うでしょう?狩りの終盤ほど気を付けろって」

 周りの木などに手がかりが残っていないか、確認していたがやはりない。彼女らの方向を振り返って近づいた。

「だったら、こちらが何倍も気を付けたらいいだけじゃないですか」

 早苗と同様に、追うことを反対している私に反感のあるらしい早苗がその意見に対して食いついてくる。

 私がそれに対して何かを言おうとするが、口を開く前に咲夜が早苗に便乗をする。

「そうですよ、奴が途中で出血死でもしていたらどうするんですか?生きていなければ、意味がないじゃないですか」

「…一番の致命傷を与えているくせに何を言ってんのよ…。それに、あいつが出血死で途中で死ぬような奴なら、とっくの昔に死んでいるはずよ。でも、あいつは私たちの攻撃を耐えきったどころか、重症なのに追撃も振り切った。それができるほどの実力を持ってるってことがわからないの?」

 彼女らの言いたいこともわかるが、私は反対する。

 2人はあいつが逃げ切れたのだって時間や地形によって私たちの追跡が難しくなっていて、それをやめようと私が一人で言っているだけであり、時間を掛ければ追跡できると思っているからだ。

「だとしても、手負いの今ならあいつを捕まえることができるのも事実ではないですか?」

「…そうかしら?私はそうは思わないわ」

 逃げたあいつは近くにはいない。辺りに危険がないと判断し、巫女服の裾に隠し持っていた針や札を取り出しやすい位置へと戻した。

「なぜですか?」

「…半分かそれ以下は感。残りの全部はあんたらの精神状態から、無理だと思うわ」

 私がそう2人に言うが、二人は納得していない。まあ、この説明だけでは当たり前か。結論から述べただけで理論的な理由がないからだ。

「…あんたらは、短時間とはいえあいつに引き離されたことを甘く見ているようだけど、ここを通ったことだって計算の内だろうし、死にそうになっている状態だっていうのにフェイントを仕掛けるその判断能力と的確で無駄のない動き、たぶん今の頭に血が上ってるあんたらじゃあ、朝になってもあいつを見つけることはできないと思うわ」

 かいつまんで話をしたところで復讐に燃えている人間からしたらどうでもいいことだろう。これ以上争っていても意味がない。私は神社に帰ることにした。

 まあ、私の感ではこの二人ではおそらくあいつを見つけ出して、捕まえることはできないだろう。

「…それじゃあ、勝手にしたら?」

「はい。そうさせていただきます」

 神社の方向に向かって飛ぼうとした時、もう一つ言いたかったことがあったのを思い出し、振り返って2人に言った。

「…相手は森を知ってるわけだし、何を仕掛けてくるかわからないから気をつけなさい、あんたらが捕まえようとしているのは、向こうの世界の人間なんだから」

 




五日から一週間後ぐらいに次を投稿すると思います。

こちらでできるだけ確認をしているつもりですが、誤字脱字があった場合には言っていただければ修正をいたします。
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