それでもいいよ!
という方は六十四話をお楽しみください。
砕けた瓶から漏れだした光は、昼間以上の明るさを放ち、目を閉じていたとはいえ暗闇に慣れていた私たちの目にはその光度は強すぎる。
光が目に焼き付けられ視界全体が真っ白に染まり、何も見えなくなってしまう。
だが、それは早苗も同じは――。
これに乗じて手探りで逃げようとした私の頬に鋭い痛みを感じた。爆音で耳鳴りがしていて早苗の接近に気が付かなかった。
それよりも驚いたのは、なぜ早苗が私の位置を正確に把握しているのかということだ。目を閉じていた私でさえ現在は何も見えていない。
まあ、後ろを向いていただとか手で目を覆っただとかなのだろう。そうやって光が目に入らないようにしたため、私のことが見えている。
ヒリヒリと痛む頬は彼女が拳で殴ったのか、お祓い棒で殴ったのか驚いていてあまり考えていなかったが、感触的には拳だ。
範囲の広いお祓い棒は使わずにわざわざ拳で殴るということは、見えてはいないがさっきまでいた位置をお祓い棒で薙ぎ払ったという可能性を消し、彼女は目が見えているということを確信させる。
体感では数メートルほど後方に殴り飛ばされ、弾丸のように半回転して頭から地面に落ちた。
早く、起きないと。
目は見えていないが方向感覚やバランス感覚が死んでいるわけではないため、すぐに起き上がって走り出そうとするが今度は別方向からお祓い棒が胸に叩き込まれる。
「がはっ!?」
反対方向へと体が投げ出されそうになった。それでも何とか耐えることはできたが、休む間もなく今度は顔面への攻撃で奥歯が砕けて引っこ抜けたらしく、口の中が血の味でジワジワと満たされていく。
しかし、未だに視界の白色は健在で、微妙に薄まっては来ているが周りが見える段階までは回復しておらず、真っ白な視界では早苗の姿を捉えることなどできない。
走り回っているのか、別方向からもう一度彼女の追撃を顔面に食らった。
「あがっ!?」
血が口の中から零れ、伝って行った顎から地面へと落ちて行く。お腹に衝撃を感じたと思ったころには体がくの字に曲がっていて、危うく倒れそうになった。攻撃で臓器でも揺らされているのか、鈍い痛みがいつまでも続いている。
聴覚と視覚が使えない状況でいつ回復するかわからないのに、見えるようになるのを待っていたら、命がいくつあっても足りやしない。
私はルーミアと戦っていた時と同じく皮膚からわかる空気の流れを読むために、感覚を集中した。でも、あの時に対処できたのは耳が聞こえていたというのが大きい。
しかも、今はそれも使えない状況だ。そういった作業は今まですべて霊夢に任せっきりで、ずっと援護に徹していた私がいきなりやろうとしても上手く行くはずもない。
また腹部に早苗のお祓い棒が叩き込まれ、反射的に体を丸めようとしたところで膝蹴りを頭に貰った。
「あぐっ!?」
額を押さえて後ずさろうとした私の胸倉を掴んできた早苗は、逃げられないように気絶させる気なのか、腹いせなのか何度も私の頭を殴打する。
ようやく光の影響で真っ白に染まっていた視界が直ってきたというのに、魔力で強化されていても早苗に殴られた回数が二桁に達すると、さすがに意識が朦朧とし始めてしまう。
ズキッと頭痛がして、頭の憶測で使われていなかった昨日のスイッチに何かが掠った。そんな感覚がした。
すると、殴られていてピンチなはずなのにそんな気はしてなくて、意識が朦朧としているからか、なんだか気分がふわふわとしていて実感がない。
でも、
再度お祓い棒を振り下ろしてきた早苗の手首を、まだ完全に視界が直っているわけではないが、正確に掴んで受け止めた。
「っ!」
早苗はそれでも押し進もうとしているが、前方に一ミリも動かせていないことに気が付いたようだ。今度は振り払おうと腕を捩じるが、固定されてそれすらもできないことに驚きを隠せない様子だ。
早苗の腹に足を添えると同時に突き出し、蹴り飛ばしてやった。
後方に飛んでいった早苗にはほとんどダメージが入っていない。空中でくるんと体を回転させて地面に着地した。
そもそも攻撃が目的でしたわけではないため、彼女にダメージが入らなくてもなんの問題もない。
彼女との距離は約十メートル、まだ立て直している最中でこれだけの距離があれば逃げ出すのには十分だろう。
そうして離れようとした時、早苗のいる方向から高密度な魔力の流れを感じる。頭がくらくらして眩暈がするが目を凝らしてみてみると、彼女の手元からガラスの破片に似た物が飛び散った。
スペルカードだ。
今までとは違う魔力の密度から対異次元の連中用の作り直した物だろう。彼女の魔力が足元に集中していて、食らえば致命傷は避けられなさそうだ。
早苗の足元に集中した魔力が更に凝縮されていく、目に映りにくく半透明だった魔力が目にはっきりと見えるレベルにまで濃密に集まっている。
白く輝いている魔力含まれている性質は縦方向に出るものと、こちらに向かってくる物の二つがあるが、どういうことだ。
「開海『海が割れる日』」
早苗がお祓い棒をこちらに向けると、それを合図にして彼女の足元に集中している魔力が、上に斬撃の属性を含んでいる高さ十メートルにもなる爆発を放出しながら私に向かって直進してきた。
個体差はあるだろうが、馬が出せる速力をはるかに上回る速度で突っ込んできたそれが、飛びのこうとしていた私よりも早く足元を爆破する。
だが、爆発を食らったはずなのに私には何のダメージも入らず、それどころかかすり傷すらも負ってはいない。
後方へと魔力の柱が通り過ぎると、射線上に生えていた木を切り刻み、木っ端微塵に吹き飛ばした。
「なっ…!?」
早苗が目を剥いて驚いているがそりゃあそうだろう。
狙いも正確、スペルカードの威力も申し分なく、相手も避けずにあたっていたはずだ。なのに、怪我一つすら追っていないし、食らった様子も見せていない。
早苗は何が起こっているのか理解できないだろう。そのまま立ち続けている私が、何事もなく走り出したのだからな。
私は何も光の波長を調節したり、弾幕と一緒に放つなどしかできないわけではない。例えば、光を魔力で屈折させて自分がいる場所をずらす、なんてことだってできないことはない。
以前、村で戦った花粉をまき散らしていた花の化け物を倒す際にマイクロ波を使ったが、それを自分の方向に来ないようにしていたのも同じようなもんだ。
そうして私は早苗に向かって走り出した。それに対して彼女は五芒星上の弾幕を大量にぶっ放してくるが、物理的に私のいる場所がずれているため、命中するはずだった弾幕が後方へとすり抜けて飛んでいく。
こぶしを握り、早苗に殴りかかる。
「早苗ぇ!」
光の屈折を解除し、早苗から見えないギリギリの角度から殴りかかった。彼女からしたら目の前にいた敵の姿が消えて、別の方向から襲ってきたため瞬間移動でもしているように見えるだろう。
肩に加えられた打撃に、早苗は押し出されて倒れ込んだ。
「ぐっ!?」
しかし、すぐに起き上がると新たに取り出したスペルカードに魔力を流し込み、結晶化させてお祓い棒で砕いた。
また、さっきと同じスペルカードだ。彼女の足元に高密度の魔力の集まりを感じる。今度は場所をずらしているわけではないため逃げないといけないのに、なんでだかわからないが体か軽くて、今ならできる気がする。
握った拳を地面に叩きつけた。
拳がぶつかった場所を中心にして、そこから地面に放射状にヒビが十数メートルの範囲で入っていく。
するとヒビの隙間から大量の白い煙が噴き出し、私や早苗のことを一瞬で包み込んだ。私の目から早苗が見えなくなる。
地面を殴ってからでも私には横に飛びのいて開海『海が割れる日』を避ける余裕があって、高速で突っ込んできている魔力の爆発をかわした。
魔法の森の地中には魔力がかなり集まるというのは説明したが、それがより高濃度で集まっている深部では地面を掘り起こすと、濃縮された魔力の結晶が煙となって噴き出す。
これを広範囲で利用したことで私から早苗が見えなくなるが、相手が見えないということは相手からも見えないということだ。
彼女から見えぬように、私は煙に乗じてこの場から遠ざかった。
頭を殴られたせいもあるが、そこから先はよく覚えていない。がむしゃらに走って飛んで逃げたのだろうが、気が付いたら大きな木の下で膝を抱えて座っていた。
体が重い。だいぶ走り回ったのだろう。でも、雨が降っているからか、座ってから大分時間が経過していて体温が下がっているらしく。寒い。
「…」
葉っぱである程度の雨は落ちてこないが、水たまりの水が足元にまで広がってきていて、少し移動をしようと視線を上げた時、誰かが前方でいつの間にかたたずんでいるのがわかった。
「紫…」
いつも持っているはずの独特な形をした傘をさしていない彼女は、ずっと雨が降っている中を移動していたのか、ずぶ濡れだ。
殺しに来たのか。
彼女も私のことを覚えていなくて、霊夢たちは私を敵だと思っている。以前なら私を殺せば目的を潰された奴らの報復があるため、殺すことはしなかった。
しかし、それを覚えていない。そして異次元の奴らが連れ帰っていない時点で、大したことも知らされていない使い捨ての捨て駒と考えられていて、殺しても殺さなくても変わらなさそうなやつ。今の私はそう思われているだろう。
もしかしたら知っているかもしれないため、早苗は私に質問を投げかけて来たが、紫はそうはしないだろう。
幻想郷の平和を乱したりする者には、絶対に容赦はしない奴だ。
紫に殺される。戦う態勢も何も整っていない私は、半ば死を覚悟した。逃げる準備などできているわけがなく、死ぬかもしれないと思うと背中に冷たいものを押し込まれた感覚に似た悪寒が体に走る。
怖い。死にたくない!
どうしたらいいかわからず頭を抱えたくなるが、もし私が死ねば次に被害を受けるのは霊夢だ。それだけは絶対に嫌だ。諦めちゃだめだ。パニックを起こしかけていたが、霊夢のことを思い出し、冷静を取り戻す。
走り出すまでに彼女の手にかかれば、私など軽く五回は殺せるはずだ。まっすぐに私を見下ろしている紫からどうにかして逃げなければならないと、頭をフルで働かせていた時、彼女は一言呟き、私は頭が真っ白になった。
「…随分とひどい顔をしてるじゃない……魔理沙」
始めは聞き間違いかと思った。でも、耳に残っている紫の声ははっきりと私の名前を告げた。
顔を上げて彼女の目を見ると、さっきまで戦っていた早苗とは明らかに私を見る目が違う。
「紫…!」
紫が私のことを覚えていてくれた理由はわからない。でも、私は紫が覚えていてくれたことがうれしく、自分がまだ死んではいないと安心させてくれた。
決めていたのに、私は不覚にも泣いてしまった。
五日から一週間後に次を投稿すると思います。