それでもええで!
という方は第八十八話をお楽しみください!
曇りとは言えないが、青い空の所々に白色の綿菓子じみた雲が浮かんでいる。数キロ先には巨大な発達した入道雲が形成されていく。あと十数分もすればあの雲の下は土砂降りとなるはずだ。
そんな曇りのうち、時々雨の天気の中。私の場合は曇り時々岩石だった。
私が左に移動したことで、螺旋状に回転する両手を広げても足りないほどの大きさを誇る岩石は右側を通行していく。
いったい誰が投げて来るんだ。岩石が飛んできた方向を確認するも、かなり遠い場所から投擲されたらしく誰が投げて来たのかを確認することが出来ない。
逆を言えばそれだけ離れているのならば、投擲した岩石などがこちらに到着するまでには相当なラグがある。
「これは逃げるが勝ちだぜ」
所々から煙が上がっている町の上を通過し、紫がスキマを開けているであろう林の方へと向かう。
肩越しに再度振り返ると、岩石が回転しながら複数飛んできているのが見える。このまままっすぐに飛行すれば直撃してしまう。
あれだけ離れた場所からの投擲で、これだけの精度とは恐れ入る。岩石自体が回転していることからジャイロ効果 (物体が自転する速度が早ければ早いほど姿勢が保ったままとなる効果)によってここまで正確に飛ばせるのだろう。弾丸などが数百メートル離れた的に正確に当てられるのも、こういった現象のおかげだ。
投げている本人の腕もあるが、岩石には追跡などの魔力の性質は感じられず、あるのは強度強化と回転のもののみだ。
振り返り、異次元鈴仙を片手で抱えたまま飛んできている岩石へ、手先にある魔力をエネルギーへ変換し最大出力でぶっ放す。
青白い球状の弾丸が正面から岩石とぶつかり合い、小さな爆発音を響かせてエネルギー弾ははじけ飛んだ。
投擲された物体にある運動エネルギーは、空気抵抗などで消費されながら突き進む。こちらに届くころには多少なりともそのエネルギーを使っている。撃ち返すのは容易い。
一番近い位置を飛んできていた岩石を後方に弾いて、後を追って飛んでいた岩石にブチ当てた。
岩石が大小様々な大きさとなり、砕けて形が不格好になったため空気抵抗が増え、失速して地面へ向かって落下していく。
林が近くなり、高度を下げた。他の岩石から逃げようとしていたが、どうやらあっちの方が私がスキマに入り込むよりも速いようだ。
縦と横にも私の身長を軽く凌駕する大きさの岩石がすぐ真横に落ちて来た。バキバキと亀裂が入るとそこから小さな割れ目をいくつも形成し、それにそって物体は細かくはじける。
自分と異次元鈴仙を石の雨から守り、林の中へと突っ込んだ。しかしここがゴールではない。林に入ったことで空から落ちてくる岩石を見落とす確率がぐんと上がった。
気を抜いて上からぷちっとやられないようにするとしよう。スキマの方向へ歩き出したが、時折頭上を岩石が通り過ぎていく影によって、自分の上に落ちてくるものではないと判断できるまで足が止まってしまい、時間をくってしまう。
魔力で強化しているからいいものの、それでも人間一人分の重量によっていつも通りに動けないだろう。
木の陰に身を隠している私は上を見上げていると、また一つ巨大な岩石が三十メートルほど離れた場所に落ちていく。ズシンと大きなものが落ちた地響きが地面を伝って私の元までやって来る。
今のは少し近かった。バランスを崩すほどではないが、異次元鈴仙を抱えていることでいつもとは重心が偏っており、よろけてしまった。
隠れていた木に寄りかかり、バランスを元に戻した。一つの岩石が落ちてからもう一つが落ちるまでは平均して二十秒から三十秒の空白がある。
バランスを直す時間を差し引いて、最大で二十秒程度の移動時間しかない。さっさと行くとしよう。異次元鈴仙を抱え直し、獣道すらない森の中を駆け抜ける。
私は時計を身に着けていないが、二十秒程度の時間ならば何となくわかる。自分の中で数えた秒数が到達する頃に、再度木の陰に隠れた。
上を見上げても頭上を通過していく岩石は無い。ずっと手前に落下したということか。それならもう少し移動できそうだ。
走り出そうとした私の耳に、ずっと後方に岩石が落下する音が聞こえてくる。予想通りだ。が、その直後に何本もの木が重たいものにぶち当たり、砕け折れる破壊音もやって来る。
今までの岩石は放物線を描き、ほぼ真上から落ちて来ていた。落ちて来た物の角度を音で判別することは私には不可能だが、今回投擲された岩の角度が浅かったらしく、バウンドしてしまったようだ。
後方を見ると木々や葉っぱの隙間から見える岩石が、土と木片を散らして小さくバウンドしている様子がうかがえる。あっという間に岩が木を薙ぎ払って目の前の地面に突き刺さる。
魔力の青い炎を岩石の方に放出し、破壊されて飛んできた木片を吹き飛ばした。地面に落ちた衝撃で半分に叩き割れ、その片割れがこちらに飛んでくる。
片割れだけだとしても、推定一トン以上重量はくだらなさそうな物体をそれでどかすことは不可能だ。
「やべっ!?」
炎の放出を中断し、地面に伏せた。背中の上を回転して過ぎていくと、思った通り相当な重量らしく、真後ろに落ちるとその衝撃だけで異次元鈴仙を抱えている私が浮き上がるほどだ。
「うわぁっ!?」
危なかった。もう少ししゃがむのが遅かったらあれの下敷きになっていたし、もう少し気を抜いていたら下から出ていた可能性もある。
木がなぎ倒されたことで森に隙間ができた。そこから見える空には次の投擲物が見える。あれが来るまでおよそ二十秒程度だろう。
抱えている異次元鈴仙が振り落とされないように握りしめ、走り出した。角度的にあの岩石が私の方向に来ることはない。スキマの位置的にあれの次が落ちる前までには入れそうだ。
これほどの岩石を投げるその腕力、鬼だろうか。魔法を使えば聖とかもかなりの馬鹿力を発揮できると聞いた。候補としてはこの二名ぐらいだろうか。
というか、既に十個を超える岩が投げられているそれだけの量をどうやって用意しているのだろうか。そこらに転がっているわけ…。
こっちに来る前、霊夢たちが私のことを忘れるよりも前に戦ったあの花の化け物を思い出した。岩石で体が作られたあいつがこっちにもいて、撃破されたのならそれを使っているのだろう。
先ほどの岩石が遠くに落ちて、木々を押しつぶしているのがうっすらと木の間から見える。スキマまで後十メートル。
次の岩が落下してくるまで二十秒ほどの余裕があり、私は一気にスキマの中を駆け抜けた。
スキマをくぐった途端に周りに溢れていたとげとげしい雰囲気が消え、緩やかで朗らかな空気に包まれた。ほんの数時間しか向こうにいなかったのに、懐かしさが込み上げて来た。
こちらに戻ってこれて、どこから狙われるかわからなかった恐怖から一時的とはいえ解放された。緊張から解かれ、私は地面に膝をついた。
「はぁ…はぁ…」
魔力で強化していたが、大の大人を抱えて全力疾走していたのだ。息が切れてしまっている。だが、ここで休むわけにはいかない。異次元鈴仙がいつ目を覚ますかわからないからだ。
周りを見たところ、以前あっちに行った時の場所とは違うようだ。向こうにつなげるには一度つなげた場所にしかスキマを開けられないが、こっちならどこにでもつなげられるため、どうせなら家の前にでもしてくれればいいのに。
小さくため息を付きつつ自宅へ向けて歩き出す。前と場所は違うが肌に纏わりつく靄の感じからこの場所が魔法の森の中であることがわかる。
日差しでどこもカラカラに乾いているというのに、この森の中の地面はシットリと水気を帯びている。試しに靴で土を軽く掘り返してみると、魔力の結晶がそこから染み出て空気中に消えていく。
間違いなさそうだ。理由はわからないが魔力の集まるこの森は地中にて凝縮され、草木の根から吸収、葉っぱから水と一緒に蒸散するか、もしくは地面の割れ目からこうして噴出する。
こうして、地面を掘り返して魔力の結晶が噴き出れば魔法の森だと判別できる。となればここは私の庭同然だ。
よく見れば何となく見たことのある景色だ。自分のいる場所を把握できたため、私は自宅へ向けて移動を開始した。
移動を開始したと言っても、ほんの百十メートル程度だ。何度も通ったことのある道であり、獣道を辿っていくと見覚えのある私の家についた。
「……」
ひとまず誰かが来たか否かを調べるため、家の周りをぐるりと一周するが足跡は無い。数日前に咲夜たちに追われたが、あの後結局彼女らはここにたどり着けなかったらしい。
私はマジックアイテムを作るのに素材がほしくて獣を追いかけたりするため、追跡の技術は自然と身についたが、咲夜たちはそう言ったことはやってこなかったから来れなかったのだろう。
それと足跡は見つからなかったが、体を浮かせて家に入ったという線はない。家のどこに敵がいて、どこから見ているかわからない状況で、ふわふわ浮いて近づいてくるなどただの的でしかない。
状況にもよるが、私は基本的に家のカーテンは閉め切っている。外から中を見ることはまずできないため、大きく身をさらせずに壁沿いに歩くしかないだろう。
それに、彼女らが来たのが私が出てからと仮定しても、昼の間ならなおさらだ。浮いていればカーテンに影が映って自分の居場所をさらしてしまう。
そこから考えられる自分で壊した以外の破壊の痕跡はなく。かつ、足跡もないとなれば誰もここには来ていないということになる。
近くに異次元鈴仙を寝かせ、扉を軽く開くと前に帰った時と同様に蹴り開けた衝撃で壊れたドアノブはそのままだ。罠などが仕掛けられていないか警戒はしているが、特に何の引っ掛かりもなく開いた。
中を覗き見ても特に罠が設置してあるわけではないようだ。それらしい魔力も感じられない。
寝かせておいた異次元鈴仙を抱き起し、家の中に入った。扉を足で閉め、リビングの一角へとそのまま移動する。
物があの時のまま乱雑に捨てられているが、どうせ部屋は汚かったから今はどうでもいい。再度異次元鈴仙を床に寝せ、地下に行くための扉を開いた。
錆びた蝶番がギィーっと嫌な音を立てるが、問題なく開く。中は真っ暗だが、防犯用に以前に付けて置いた、誰かが勝手に通れば自分以外の魔力に反応して電撃が流れる仕組みの回路は起動していない。
一度きりで、使えば自然消滅する回路が健在であるため、誰も入っていないことがわかる。
ここから下には梯子を下りるしかない。
「つらいな…」
人間一人を抱えたまま梯子を下ろすなど、私にできるだろうか。もともと非力で、腕などに対する筋力増強系の魔力伝達の効率も非常に悪い。
だが、異次元鈴仙がいきなり起きてきて見たイメージのように、頭を打ち抜かれて殺されるのだけは勘弁だ。
「……」
紫もいつ来るかわからないし仕方がない、頑張って下すしかなさそうだ。
数分後。
「はぁ…はぁ…」
ほんの数メートル人を地下室に梯子で下すだけだというのに、やたらと疲れた。何度この異次元鈴仙を落としそうになったことか。
彼女をベットに寝かせ、紐を近くのタンスから取り出した。少し古くて細い荒縄だが、魔力で強化すればいきなり襲い掛かってこられるリスクは下げられる。
完全に拘束することは不可能でも、こちらが戦闘体勢に移行できるだけの時間は稼げるはずだ。
ベットの縁に紐の端を結び付け、その反対側を異次元鈴仙の右手を縛った。荒縄は二本しかなく、両手を縛った。
もう数本紐がほしいところだが、これ以上は紐は無いため、ベットと紐の耐久力を強化する魔力を数十分分与え、近くの椅子に座り込んだ。
「ふぅ……」
ようやく一息つけた。異次元鈴仙を下ろしたからというのもあるが、ずっと緊張しっぱなしで、少々疲れた。
いや、少しどころではない。全身に強化の魔力を巡らせていたのだが、それ切るとこれまで誤魔化していた体の疲労感がどっと押し寄せて来た。
足が鉛のように重くなり、全身が睡眠を欲している。気を抜いたら眠ってしまいそうになるほどに強烈な眠気まで襲ってくる。
異次元鈴仙を見張ったままうつらうつらと夢の世界へ紛れ込もうとしていたのだが、遠のいている意識の中で自分ではない第三者の声が聞こえ、一気に頭の中が冴えた。
「!?」
椅子から飛びあがり、壁際に音を立てずに移動し、息を殺す。今の声は紫ではなかった。彼女の声でなければいったい誰だろうか。
霊夢が今更この場所を探しに来るとは考えられない。
そうして考えを巡らせていたが、すぐに答えはわかった。ベットに寝かせていた異次元鈴仙が唸っているのだ。
嫌な夢でも見ているのだろうか。うなされている彼女は額には汗を浮かべている。ベットのシーツを握りしめ、もがいている。
「やめて……やめて……」
悪夢にうなされている彼女は、時折そんな言葉を口にする。敵である彼女を看病する義理は無いのだが、このままうなされ続けてもこっちとしても気分が悪い。
小さな入れ物を取り出し、そこに蛇口から水を注いだ。ハンドルを捻ると氷が要らないほどに冷たい水が入れ物の八割ほど満たされた。
そこにタオルを入れて、絞って水気をなくし、彼女の額に乗せた。これで少しでも異次元鈴仙の熱を取り除ければいいが。
「……」
十数分に一度、温まったタオルを水で冷やしていたが、そのうち溜まった疲れから、私は眠りそうになってしまう。
頭が左右に揺れ、本格的に居眠りをしてしまいそうになっていると、今度は本当に第三者の声が真後ろから聞こえて来た。
「敵が目の前にいるのに、よくもまあそんな寝ていられるわね」
「!?」
耳元でささやかれたため、驚いて飛び起きた。その勢いが強く、近くに設置されている机に脚をぶつけてしまった。
ガツンと鈍い音がするとじんわりと鈍痛が足全体に広がっていく。しゃがんでぶつけた足を抱えているとクスクスと笑っている声が聞こえ、涙目になりながらも見上げる。いつの間に地下室に入って来たのか、口元を隠して笑っている紫が立っていた。
「人が悪いぜ紫、普通に起こしてくれよ」
「あら、悪かったわね」
絶対にそう思っていない紫は未だに笑っているが、異次元鈴仙を見ると表情を変えた。
「捕まえた人っていうのは…彼女?」
「ああ」
私が半分寝ていた状態でも襲われなかったところから、今は意識がないと判断しているらしく、特に警戒することなく異次元鈴仙を覗き込む。
「たぶんこの子も結構な実力者でしょう?もっと弱い子を連れてくればよかったのに」
「妖精たちの言うことは信用できないし、あの早い文たちだって捕まえるのは難しい。向こうの神社に倒れてたからちょうどいいし連れて来たんだぜ」
「……そう。それで、私が来るまでに何か話した?」
彼女の質問に対して首を横に振ると、そう、っと小さくため息を付いて椅子に座り込む。
「なあ、紫」
「嫌よ」
「まだ要件すら言ってないんだぜ」
私がそう言うと、白い手袋をつけたまま机の上に乱雑に広がる開発途中のマジックアイテムを物珍しそうに見ている紫はこう返してくる。
「どうせあなたの夢に入って起こしたように、こいつにも入ってみろとか言うつもりだったんでしょう?」
「…」
図星で何も言えなくなった。
「あのね、あれは結構危険な行為なのよ?」
「そうなのか?そうは見えないぜ」
「それに状況も違うのよ。永遠亭で寝ているあなたに、私とあなたとの意識の境界を不鮮明なものにして一部を紛れ込ませて、起きないように調節していただけ」
なんとなくわかった。境界を操る程度の能力を持つ紫だからこそできる技と言える。そこからわかる、危険性については何となく察しがついた。
「なるほどね」
意識を別の人物に紛れ込ませるのは信用している人物ならいいが、それ以外の敵対しかねない者にやれば意識の中とは言え攻撃されることになる。
肉体的には何のダメージが無くても、内面にダメージを負うということだろう。下手をすれば精神の崩壊を招きかねない。
「それよりも、どうするつもりかしら?ずっとここで彼女が起きるまで待ちぼうけってわけにもいかないわよ?」
「わかってるぜ。でも、貴重な情報源になる可能性もあるし、できれば待って直接話を聞きたい」
しばらく交換していなかった生暖かいタオルを異次元鈴仙の額から取り、バケツ状の入れ物に入っている水の中へ入れた。
「それもそうね。私も又聞きは嫌だし、聞きたいこともある……と、それと、こっちに来ていたのなら言いなさいよ。あまりあっちとスキマをつなげておきたくないんだから」
変なのが入ってこられても困るためだ。
「すまない。ちょっと急いでてな」
「気をつけなさい」
私は自らタオルを取り出し、きつく絞ってその冷たくなったタオルを異次元鈴仙の額へ置いた。
そのまま手を引っ込めようとした時、勢いよくこちらに伸ばされた手が私の腕を荒々しく掴んだ。
「へっ…!?」
「…なんで、布団を二つも敷いておいたのかしら」
連中が攻めて来た時の対策を少し練ろうとしていたのだが、寝室に移動したときに二つ敷いてある布団が目に入り、疑問を持った。
博麗神社の一室で、博麗霊夢は首をかしげて頭をかいていた。
ここ数日奴らが攻めてくるまで誰かがこの神社に泊まることは無かった。それ以前の記憶を探ろうとすると、なんでか曖昧になる。
本当にいつ出したのだろうか、紫がこの神社で寝ることは絶対にない。私が忘れているだけなのだろうか、でも布団をもう一つ出した理由も覚えていないとは、自分が忘れた以外の理由で合ってほしいものだ。
自分が使っていない方の布団をしまうために畳もうとすると、その布団から覚えがないのだが、なんだか懐かしい香りが漂った。
早ければ一週間後ぐらいに投稿すると思います。