それでもええで!
という方は第八十九話をお楽しみください!
「思ったよりもお早いお目覚めだな」
ベットに横たわっている異次元鈴仙が、顔のすぐ近くにあった私の手首を掴んできている。体が死角になって紫には見えていなかったらしく、そう言ってから彼女が起きたということに気が付いたらしくこちらに歩み寄って来る。
「さて、おとなしくしてもらおうかしら?」
二十センチほどのスキマを開くと、そこから金属製のパイプを取り出す。その得物を異次元鈴仙へと突きつける。そこから微妙に漂ってくる鉄臭さから鉄製らしい。
耐久力が魔力によって強化されている鉄パイプを突きつけられた異次元鈴仙は、依然私の手を掴んだままだが、様子から少し錯乱しているらしい。
「嫌だ……もう…嫌…!!」
リンゴのように赤い瞳に薄っすらと涙が溜まっている。気を失う前に異次元霊夢に何か酷いことをされていたのだろう。
今までの戦いで、異次元の連中はどんなことをされても笑っているような狂人ばかりである印象が強かったため、恐怖で支配されている人物を見て私は少し驚いた。
異次元の博麗神社で見たイメージは、十年前の私が忘れている記憶。あの中では彼女は不安そうにしていたが、それでも凛々しくしていた。それが今では見る影もない程に小さく縮こまり、震えている。
「……」
「魔理沙、離れなさい」
振りほどくこともなく起き上がってガタガタ震えている彼女を見下ろしていた私に、紫は警戒したまま呟いた。
異次元鈴仙は反対側の左手をこちらに伸ばそうとしているが、荒縄で縛っておいていたので途中で止まった。
紫は攻撃かと鉄パイプを握りしめるが、攻撃というよりはどちらかというと自分の身を守ろうとしているように見えた。
掴まれている右手を放させ、怯えている異次元鈴仙の肩に手を置いた。
「落ち着け」
私が静かにそう彼女に伝えると、異次元霊夢ではないとようやく気が付いたらしく、ペタリと布団に座り込み、うつむいて小さく肩を震わせている。
「……」
とりあえず危険はなさそうだと紫も感じたらしく、異次元鈴仙に向けていた鉄パイプをスキマの中へと放り込んで頭をポリポリと指先でかいている。そして、どうすると言いたげにこちらを見る。
むしろ私が聞きたい。八畳ほどの広さのある地下室に異次元鈴仙の嗚咽だけが響いている。早く情報を聞きたいのは山々だが、話を聞きずらい。
彼女から手を離すと、ロープが巻き付けられている手で顔をゆっくりと拭った。しばらくの間、声をかけるタイミングを伺っていると、目元を赤くはらしている異次元鈴仙が顔を上げた。
「ごめんなさい、取り乱してた…あなた方が助けてくれたのよね?」
私たちの波長を見たのだろう。前にも紫と会っているならば、その違いで別の世界から来たと見分けたらしい。
「ああ、そんな感じで間違いないぜ」
「……それで、なんで私をわざわざ連れ出すなんてことをしたの?」
なぜ連れ出されたのかを知らない異次元鈴仙は、首をかしげている。
「それはちょっと聞きたいことがあるんだぜ。この十年で状況がどうなっているのかということを。他には例えば誰が死んでいて、誰が闘っているのか。誰が誰と手を組んでいるのかとかな」
私がそう言うと、十年という単語を小さく復唱した異次元鈴仙はわかったと始まりのことを話し出す。
「あなたが言っているように、この異変の始まりは丁度十年前に霊夢たちが引き金となった。理由はまだよくわかってないわ。ここの世界の霧雨魔理沙を使って何かをしようとしていた。……初めに、霊夢たちが戦いを始めたわ。守るはずである村を攻撃した。
その行動が意味不明で、私たちが混乱している中で何か儀式みたいなことをしているという情報が天狗たちによって広まった。いろいろな憶測が上げられた中で一番可能性が高かったのは、初代と比べて歴代の博麗の巫女は力が衰えてきていた。だから、力を得ようとしているのではないかというもの」
異次元霊夢はあれだけ強いというのに、この世界ではそれでも弱くなってきているのか。恐ろしいな。
「紅魔館や永遠亭なんかは、前に異変を起こしたけど殺されずに生かされた。それは、殺さなかったんじゃなくて、殺せなかった。だから、今まで殺せなかった異変の首謀者たちを殺すために力を得ようとしているのではないか、という推測が飛び交った。
始めはバカげてないかと思っていたけど、霊夢が紫と一緒になって村の人たちを殺しはじめたことでそれが信憑性を帯び始めた。異変の首謀者ということもあり、博麗の巫女とはあまり仲の良くなかったこちら側としては、危機感が働いて霊夢たちの邪魔をすることにした」
どうやら向こうの世界では、中々冷めた関係性らしい。こっちの世界も昔はそうだったらしいが、霊夢の代からは殺し合いもせず、殺す方針ではなくなった。だから、こうして仲良くできているが、向こうではそうではなく、かなりギスギスしているようだ。
「……私らが邪魔をしに行ったのに対して、同じ結論に至った紅魔館や守矢神社の面々が霊夢のしようとしていることを横取りしようと現れた」
守る側であるはずの博麗の巫女が村人を殺している。となれば、霊夢が何かをしようとしているとは簡単に予想がつく。そして、なぜ力を手に入れようとしていたと思ったのかは、魔力を使える人間なら誰でもわかる。
以前説明したが、生物の戦闘能力というのは魔力に大きく依存する。前からある筋力なども関わらないわけではないが、基本的には魔力が関わる。
そして、魔力は大量に持っていればいいという物ではない。魔力力という物が存在し、これが大きければ大きいほど弾幕に使用される魔力の量が少量で済み、威力も上がる。逆に魔力力が低ければ、同じ弾幕を作るのにも多量の魔力を消費してしまう。
魔力力というのは生理的な成長で個人差はあるがある一定の高さまで上がるが、そこからは訓練しなければ上昇することはない。これは魔力を使用していくことでほんの少しずつしか上がって行かない。その代わりに一度上がれば下がることはない。
そして、基本的には急激に魔力力が上昇し、それが永続することはないということが原則である。
しかし、その原則を破ることが出来るというのは前に香林の店で話したことだが、非人道的な行為。それを異次元霊夢がやろうとしていたのであれば、それを横取りしないわけがない。
まあ、そこにどう私が絡んでくるのか、まったくわからないがな。
「私らが参戦したことで状況がこじれ、その混乱の中で霧雨魔理沙は逃げ出した。でも当時の魔理沙は十歳程度で、とてもじゃないけど逃げられるわけがなかった。霊夢たちが捕まえた彼女に何かをした時に、何かが起こった」
「何があった?」
「さあ、何をしたのか知らないけど、いきなり爆発が起こったとしか言えない。強力で、半径100メートル以内にあったものを全部吹き飛ばすレベルの爆発が起こった。過半数はそこで吹き飛ばされるか、巻き込まれて死んだ。かくいう私は途中でリタイアして遠目からその爆発を見ていたんだけどね。
まあ、そこから、魔理沙が姿を消すんだけど、この狭い幻想郷で隠れたとしても時間もかからずに見つかる、はずだった。
探し始めてから数日経っても一向に見つからず、別の世界に逃げたという結論に達した。でも、すぐさまに探しにはいかず、霊夢は地霊殿を真っ先に潰した」
心を読めるさとりは異次元霊夢からしたら脅威だ。やはり、早い段階で殺されていたか。
「地上にも鬼はいたけど、地霊殿のある地下にも鬼はいる。そこへの襲撃で多数は殺されたらしいけど、少なからず生き残った鬼たちは地上の伊吹萃香を中心として動いている彼女らと合流した。
それからしばらくは鬼たちとか霊夢との戦いが何度もあった。中途半端に強い妖怪たちは軒並みそう言った戦いに参加したり巻き込まれて死んだ。大小さまざまな戦いが起こってたけど、残った妖怪たちは鬼とか、河童と手を組んで大きな組織になった。それに対抗するために霊夢も咲夜達とかと手を組んだ」
以前に考えた推測はある程度はあっていたようだ。博麗の巫女であるため大抵のことでは負けないが、自分で処理できる力量を超えるほどの量の妖怪たちに囲まれたらただでは済まないから、咲夜たちと手を組んだのだ。
「あと、妙蓮寺は個人で動いていた者と手を組んだ話は聞いたわ。少し大きな団体だけどここは特に動くことはない。…初めのころは何度も衝突していたけれど、時間が経過するごとに戦力の低下によって戦うことは少なくなっていった覚えがあるわ」
「それじゃあ、永遠亭ではどうなったんだ?」
「………。私たちは……中立でどちらにも属さなかったから、どことも手を結ぶことは無かった」
なかった、という過去形ということは今はどこかと同盟を結んでいるのだろうか。そう思っていたが、どうやら違ったようだ。
「そこから数年は特に大きな動きもなかったけど、今から五年前。霊夢たちの襲撃を受けて私は……私たちは、全員、捕まった……」
言葉が途切れ途切れになっているのは、当時を思い出しているのだろう。眉をひそめるその苦しそうな表情からその時の酷さが窺えた。
「半分は問答無用で殺され、もう半分は奴らの暇な時のおもちゃになった。師匠は二年前に殺された」
彼女はおもちゃになったと言葉を濁しているが、そんな表現では想像がでいないほど残酷な目に合っているだろう。
「なんで永琳は殺されたんだ?」
「さあ、知らない。生首を見せられた時に用済みになったとか言っていたような気がするけど、師匠は何をさせられていたのかはわからない」
永琳が殺されているということは、永遠亭にいたてゐなどのウサギたちも少なからず殺されていることだろう。五年という月日は長い、下手をすれば永遠亭で唯一の生き残りが彼女だけという可能性も高い。
「私が知ってるのはこれぐらい。捕まってからは周りの情報が入ってこなくてわからないんだけど、つい最近、天人を殺したという話は聞いたわ」
天人、比那名居天子。身体にはナイフが刺さらないほどに頑丈で、厄介な能力を持っている彼女を殺すとは、驚きを隠せない。
「他には?何か知らないのかしら?」
手短にこれまでの経緯を離した異次元鈴仙に、紫は更なる情報提供を求めた。
「五年よりも前であれば詳しく話せるところもあるけど、それよりも後となると本当に断続的で、信憑性に欠けることしか知らない」
まあそうだ。その五年のうちに異次元霊夢が大きく動いている可能性は低くない、むしろ高いぐらいだ。
「……」
紫は少し落胆した様子だ。もっと核心に触れられる情報が聞けると思っていたのだろう。幻想郷を作り出した人物としては、さっさとこの異変を終わらせたいからな。
「まあ、簡単にまとめると。霊夢たちと鬼を中心にしている妖怪のグループが総合的な戦闘力を見れば強くて、妙蓮寺やアリスとか他の妖精たちがどことも手を組まずにいるって感じ。単独で動いている者を除けば、三つ巴の状態……でも、妙蓮寺は霊夢たちが探している魔理沙が見つからない限りはあまり積極的に干渉してこないと思うから、実質的に霊夢達と妖怪たちの戦いね」
「………なるほど。状況は大体分かったぜ、礼を言う。……一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なに…?」
「十年前、混乱に乗じて逃げていたはずの私と何で小屋の中にいたんだ?」
私がそう、異次元鈴仙に問いかけると彼女と紫の視線がこちらに集まる。片方は目を見開き、もう一方は眉をひそめている。
「え…?……じ、じゃあ…あなたは……あの時の…?」
「ああ、あの時のことはなんでかよく覚えていないんだが、お前は私を撃ち抜こうとしてたよな?その時になんで私に謝ったんだ?」
イメージの中の異次元鈴仙は、ピストル状の形にした指をこっちに向けていた。あのまま撃ち抜かれてもおかしくないのに、私の顔に傷跡は無い。つまり撃っていないのか当たっていないのどちらかだが、どちらにせよ何があったのかを聞きたかった。
あそこにいたのは私と異次元鈴仙のみだったはずだ。それを知っている時点で、本人だと彼女はわかったらしい。
「それは……」
かなり昔のことであるが、彼女も忘れるわけがないだろう。少しの時間をかけて整理し、話し始める。
「私たちは霊夢たちの邪魔をするために送り込まれたけど、その時に師匠にもう一つ命令を受けててね。それが、襲撃の効果が薄いようなら、騒ぎの中心にいるあなたを殺せと言われてた」
だから、あのイメージでは私を撃ち殺そうとしていたわけか。
「でも、私に撃たれた跡はない。あの至近距離で外すわけもないだろう?何かあったのか?」
「別に、邪魔をされたとかそういうわけではないわ。ただ単純に、私が撃てなかっただけ」
「……撃てなかった?……お前の話からするに、人間である巫女側とお前たちはあまり仲が良くなかったんだろう?撃たない義理は無いような気がするが?」
特に友人というわけでもなかっただろうし、そこまで感情移入するほど親密な関係などでもなかっただろう。そう考えると、話に矛盾がある。
「本当に覚えてないのね。十年前、私があなたを知ったときにはすでに魔法使いで、ただの魔力が使える人間だったけど、子供なりに人間と妖怪の関係が冷え切っていることに疑問を持っていたんでしょうね。…なんで仲良くしないのって。……だから、あなたは人間と妖怪が手を取り合うきっかけになるためにいろいろなことをやっていたのよ?」
まったく思い出せず、自分のことではない話を聞いている気分だ。でも、本当に私がそれをやっていたとして、異次元鈴仙と仲の良い関係性を築けていればあそこで撃てなかったのもうなづける。
「撃たなかったとして、その後どうしたんだ?」
「殺したくなかった私は、何か方法がないかあなたを小屋から連れて逃げた。でも結局は霊夢に追いつかれた。殺されはしなかったけど、あなたは連れていかれたわ」
なるほど、そうなるとあそこのイメージで撃ち殺されなかった理由がわかる。ここで異次元鈴仙が嘘を言っているのではないかという疑いも浮上するが、その心配はない。
嘘かどうかは情報を集めて行けば、次第に分かっていくことだろし、自分の首を絞めるようなことはこの状況はでしないだろう。それだけが理由ではないが、彼女なら大丈夫だろう。
「それじゃあ、最後に一つ」
私は異次元鈴仙が怪我をしていたことを思い出し、昔作ったことのある回復薬の試作品を近くの棚から取り出した。成功品ほどに回復力は高くないが、それでもある程度は治癒力を上げることが出来る。
「何…?」
「この異変を起こした霊夢はどこにいるんだ?神社に居ないようだったが」
正確に回復薬が百ミリリットル注がれた小瓶をそう質問して、異次元鈴仙に手渡した。あらゆる場所を見たが、見つけることはできなかった。あそこ以外に霊夢が行く場所というのに見当がつかない。
「ああ…それなら多分、紅魔館にいるわ……神社は少し壊れているからあまり来ることはないからね」
「あそこか……紅魔館では誰か死んだ者はいるか?」
「さあ、でもそう言った話は聞いたことはないわ」
私から手渡された小瓶の中身がわからないらしく、どうすればいいのかと言いたげにそれを弄んでいる彼女に回復薬ということを伝えた。
異次元鈴仙は少し緊張した顔持ちで小瓶のコルクを引き抜く。自分を助けてくれたとは言え、用済みと殺される可能性を否定できないからだろう。
しかし、彼女はグッと閉じていた唇を開き、瞳をギュッと閉じて小瓶の中身を口の中に注いでいく。
私も味見で飲んだことがあるが、かなり美味しくない。異次元鈴仙も予想以上の不味さに目を見開いて回復薬を吐き出しそうになっている。
ごっくん。と回復薬を数十秒もかけて飲み込んだ。
「薬はおいしかったか?」
「最高に最低ね…いったい何を入れたらこんな味になるのよ…」
向こうの紅魔館に行くための支度を始めた私に、異次元鈴仙が聞いてくる。
「え?知りたいのか?」
「遠慮しておくわ」
おえっ。と舌を出している異次元鈴仙を紫に任せ、スキマを開いてもらうことにした。彼女の情報を信じて、とりあえずは紅魔館に向かうとしよう。
「紫、頼む」
「ええ」
紫が私の目の前に縦幅が二メートル、横幅が八十センチほどのスキマを開く。そこの間から、向こう側の肌に針を刺すような緊迫感が流れ込んできている。
「……」
せっかくこっちに戻ってきたというのに、またあの世界に戻らなければならない。そう考えるだけで気が滅入る。
でも、異次元鈴仙のおかげである程度であるが、分かっていなかった現在どれだけの奴が闘っているのか、死んでいるのかということが知れた。もし、ぬえが生きているのであれば、死んでいる者も知っていて損は無い。それが知れただけでも大きな前進だ。
気合を入れ直し、私は大きく前に進んだ。
「しっかし…」
後ろにあるスキマが閉じるのを確認し、私は辺りに転がっているいくつかの岩石を見回した後、木々の間から米粒よりも小さく見える紅魔館を視認した。
「こっちでも、紅魔郷異変をすることになるとはな」
次の投稿は、十日後ぐらいになると思います。