それでもええで!
という方は第九十四話をお楽しみください。
前回の優れた魔術師②は九十三話だったのですが、九十二話と表示してしまい申し訳ございませんでした。
幼いフランドールが見たかった方は申し訳ございません。
文を除く庭に集まってもらった人物たちを見回すと、全員既に準備が済んでいてあとは向こうに行くだけとなっている。
「…紫…お願い」
「ええ」
そう言うと、彼女は私たちの目の前にスキマを開いた。黒い線が空中に現れると、縦に細長く伸びていく。ググッとそれが左右に広がると、そこの奥には見慣れぬ景色が見える。
そっちから流れ込んでくる風には、熱いだけではない皮膚に纏わりつく嫌な生暖かさを含んでいて、空気を吸い込むと火薬が弾けた硝煙と血生臭い匂いが鼻につく。
湿った空気からヒシヒシと感じる緊張感に、周りに立っている天狗たちや河童たちから表情が消えた。
各々が持っている武器を改めて握りしめ、その中へと私を先頭にして入り込んだ。スキマ一枚を隔てて世界が激変した。
見える景色やある物はこっちとそう変わらない。はずなのに、周りに気を張り巡らせていないと落ち付くことが出来ない。どこから見られているかわからず、慌ただしく周りを警戒する。
緊張でお祓い棒を握っている手のひらにじっとりと汗が滲んでくる。くぐった先は荒れ放題でそこら中に巨大な岩が転がっていて、落ちた衝撃で捲りあがっている地面を見ると既に乾いており、落下してから大分時間が経っているのがわかる。
「さっきまでは、こんなのは無かったはずだけど…」
少し足取りの重い紫が、いくつか転がっている岩石の一つに近づくとそう呟く。さっきまでということは数時間前に血まみれで帰って来た時のことを言っているのだろう。
土が乾いているでは時間の経過がわからない。掘り返した土など三十分もあれば乾くからだ。
「…まあ、誰かしらがここで戦ってたってことでしょう」
死体がないことから勝敗が付かなかったのか、移動したのかのどちらかだろう。まあ、今のところは辺りに人気は無いから後者か。
近くの警戒が終わり、その外に注意を向ける。周辺は木々で覆われていることから、あまり見通しはきかないが、遠くでは所々から黒煙が上がっているのがわかる。
「情報を集めるわけですし、人里に行ってみるのはどうでしょうか?」
近くにいた鴉天狗が黒い羽を羽ばたかせて体を浮き上がらせると、黒煙が上がっている方向を指さした。それもそれらが密集して上がっている地点だ。
あれだけの激戦地に行くのは少々無謀に見えるのだが、それだけの戦いが繰り広げられているということは、人が集まっているということになりそいつらを倒せれば情報を聞き出せるだろう。
そこに向かおうとした時、ところどころに広がっている乾いた血だまりに目が留まった。スキマから流れ込んできた血生臭さはこれか。
ここで中々酷い出血があったようなのだが、その血だまりが紫の物と断定はできない。
が、彼女が帰って来てから出血があったとしても、たった数時間でかなり酸化が進んでカサカサになったということになる。
夏で熱ければそうなるかもしれないが、その場所は丁度日陰で特に乾きにくいはずなのだが、たった数時間でここまで乾くとは思えない。
例えば、水が飛んでしまって血が酸化はせずに乾いているのならまだわかるが、完全に酸化が進んで茶色く変色している。
空間が違うため、私たちがいる世界とこっちの世界では時の流れに差があるということだろうか。
そうだとしたら紫がこっちに訪れてから、大分時間が進んでいるらしい。まあ、そこまで重要なことでもないし、頭の隅にでも置いておくとしよう。
「…さて、行きましょうか」
私も含めて三十人程度の人が同時に動けば嫌でも目に入る。隠密行動には期待できないから奇襲は仕掛ける側というよりは、しかけられる側となりそうだ。
森の中を抜けようとしているが、時々上から木々を薙ぎ払って岩石が落下して来た跡があり、緑色の絨毯にぽっかりと穴が開いている。
葉っぱで遮られている光が差し込んできていることで、その周辺は薄暗い森の中でも明るい。明るければ見通しがきく、できればそう言った場所は迂回していくとしよう。
「霊夢、奴らどこから来るかわからない。だから最大限に気をつけなさい。切り札であるあなたを失えばほとんどの者が戦意喪失してしまうから」
私の横を警戒して進んでいる紫はそう呟いた。
そんなことわかっているとも、負けるわけにはいかない。私が死にたくないのもあるし、彼女に怒られてしまう。
「…ん?」
そう考えていたのだが、自分の発言に違和感があった。彼女って誰のことだっけ、私にそんな大切な人間などいただろうか。
「どうかしたのかしら?」
私が不用意にそれらしい言葉を発してしまったため、周りにいる天狗たちや河童たちを勘違いさせてしまった。
敵襲があったのか、罠かどちらかわからない彼女たちは各々の武器を存在しない敵に向ける。
「…ごめんなさい。何でもないわ。私の勘違いだったみたい」
とっさにそう誤魔化したが、これからはもっと気を付けなければならないな。ただでさえ緊張している河童たちにはあまり余裕がない。精神が持たずに余計なことをされてしまっては困る。
「あまり硬くなりすぎるな。いざって時に集中力が続かんぞ。先方はあたしたちが行くから、お前たちは後を付いてきな」
星熊遊戯が河童や一部の天狗たちにそういうと、やる気満々の伊吹萃香や鬼たちを連れて先導を始める。
「…すまないわね。私そう言うのできないのよね」
本当にクリアリングしているのかと、聞きたくなるほど豪快に進んでいく二人の元に小走りで走り寄って礼を伝えた。
「別に礼を言われるようなことはしてないぞ。それよりも、霊夢も後ろを付いてきな。いざって時は、もっと先だから」
私の身長よりも三十センチは背の低い伊吹萃香は、両手首に取り付けられている装飾から伸びている鎖をガチャガチャと鳴らして後ろを親指で指した。
「…それはありがたいけど、あなたたちに負担をすべて押し付けるのもどうかと思うのだけれど?」
「別に、あたしは能力で自分を散らしてるからそこまでダメージは追わないし、勇儀も相当な攻撃でもなければほとんど食らわない。囮になるには適任だろう?……それにあちらさんもそうだが、メンツにこだわっている状況じゃない」
密と疎を操る程度の能力を持っているからできる芸当だろう。でなければ、未知の力を持つ連中がウヨウヨいるこっちの世界で、囮役を買って出ることなどできないからだ。
「…すまないわね。それじゃあ、頼んだわ」
「ああ、主要な連中のところまではあたしらが子守りしてやるよ」
そう軽口をたたいてくる萃香によろしくと伝え、十メートルほど後方を歩いている天狗たちのさらに後ろにいるフランドール達の場所まで下がった。
「何の用?」
声は幼いままで、普通に聞いていれば子供が背伸びしているようにしか聞こえないだろう。しかし、纏っている雰囲気や顔つきは大人のそれだ。
「…いや、お前は重要な場面が起こるかもしれないから、それまではすっこんでろって言われたから、こうして後ろまで下がってきたのよ」
萃香も言っていたが、いつもなら種族名に鬼が入るもの同士の張り合いをして、鬼たちの隣を歩いていそうだがそうしていないところがかたき討ちしか頭にないのだとわかる。
「…ある程度進んだら、あんたらは紅魔館に向かうつもりよね?」
「当たり前じゃない。まさか、止めろなんて言うんじゃないだろうな?」
さっきの紫との言い合いを思い出したのか、釘を刺されてしまう。じろりと私に視線を向けてくるフランに対して話すことがあった。
「…別に止めるつもりはないわよ。でも、大丈夫なのか心配。殺されたとはいえ死んだはずの人間とそっくりな敵がいたとして、いつも通りに戦えるのか」
いくら頭ではわかっていたとしても、いざその時が来たら迷ってしまうのが人というもので、思考回路が人間とはいくらかは違うとはいえ、同じように考える生物である以上は多少なりとも迷ってしまうものだ。
「大丈夫、こっちの心配はしなくていい。霊夢はこっちの博麗の巫女が来たときに対処ができるようにしておいて、かたき討ちの前に死にたくないから」
「…ええ、そうね」
そうフランドールに伝えて、周りの警戒に意識を向けようとするが、どうしても頭から離れないことがある。
タンスの中に仕舞ってあった、あの白と黒が主体の洋服。普通にどうでもいいことなのに、あの服はどこかで見たことがある気がするのだ。なんだか思い出せないのだが、とても重要なことだった気がする。
布団の時にも思ったが、この頃物忘れがひどくなっている気がする。忘れてはいけないことを忘れているような気がする。
「霊夢、集中しなさい」
いつの間にか私の隣に立っていた紫がそう言ってくる。歩いている様子から、集中して周りの警戒ができていないことがバレたらしい。
確かに、森の中でも少し木々の密度が強くなっている位置に差し掛かっている。先ほどよりも光量が減って暗く見えた。
「…。わかってるわよ」
「あんたって人は…こっちに来て考え事なんてしてる暇はないのよ?頭のいかれてる連中が跋扈してるんだから。……ただでさえあの子に申し訳ないのに」
「…あの子って?」
最後にぼそりと紫が一言呟いたのがチラッと聞こえ、聞いてみた。戦闘能力以外で、私のことをそこまで心配してくれる人物には心当たりはない。
「えーっと。あれよ、前の巫女によ」
先代の巫女か。
先代の巫女、母に申し訳がないと言いたいらしい。彼女はもう死んでしまったが、厳しい人でそうやって人のことを心配するような人物には見えなかったが、紫の前ではやはり一人の母親だったということだろうか。
あの子っていうから年の近い人物だと思った。
「…まあ、あんたから見たらどんな高年齢の人間も、子供みたいなものよね」
「帰ったら、わかっているわね?」
そう返した私に、目以外は楽しそうににこりと笑っている紫はそう呟く。だって紛らわしかったのだから少しぐらいはいいではないか。
冗談はここまでにして周りの警戒に集中しようとするが、なんとなくそれ以上進みたくなくなり、立ち止まった。
「霊夢…?」
立ち止まったことで、二メートルほど先まで歩いて行っていた紫が振り向いて声をかけてくる。私が止まったことで妖精や天狗や河童たち、鬼も歩みを止めた。
一部の妖怪は今度は何だよと言いたげに私に注目を集めるが、一向に前に進みたくなく、むしろ後ろに下がろうとし始めたころ、紫と萃香の目の色が変わる。
「「全員。戦闘準備」」
何がどこから来るのかと、刀などを構えてじっと襲いかかって来る時を待っている。そんな中で、私が注目しているのは自分たちの周りにある植物だ。
スキマの近くにあった森には無かった蔓が木々に巻き付いている。生態系的な意味で、場所によっては植生しているということで一見違和感はない。
しかし、この周辺は岩石の落下の被害には合わず、木々の密度も高くて今まで通ってきた所と比べれば一番暗いと言える。成長には一定の光が必要な植物が、こんな暗い場所に生えてくるだろうか。
葉っぱの面積の広い植物には十分な日光が不可欠で、それが足りなくなると葉っぱの色は白っぽく枯れていくはずだ。
だが、ここに生えている花の葉っぱは、青々と十分に光を浴びて育っているように見えた。近くの蔓に意識を向けて探ると、魔力の流れがあることに気が付いた。
植物の蔓などに魔力が通っているということで、どんな敵が襲ってくるのかもう私にはわかった。
異次元霊夢達がこっちの世界に入って来るよりも前に戦った。あの、花の化け物だ。戦っていた時は魔力の波長を調べるのを忘れていたから、同一人物だとは同定できないが、私の中ではすでに同一人物だと確定していた。
「…周りの花とかに気を付けて!」
そう言うと、私が以前に戦っていたやつを聞いていたのだろう。見たことはないにしても、植物が敵だとはわかったようだ。
私たちの敵意に当てられたのか、木に巻き付いていたり、地面に伸びていた蔓が風もないのに独りでに蠢き始める。
「…こいつらには火なんかが有効だけど、体のどこかにある核を破壊しないと死なないから、倒れたとしても油断しないで」
いくつかの蔓が気持ち悪くのたうち回り、蛇ともミミズともいえる動きで一つの花の化け物になって行く。
以前と同じでその体は人間型の二足歩行だったり、犬や猫を思わせる形で四足歩行だったり、知っている生物の形からひどくかけ離れた形態をしている物もある。
完全に形態が変化して襲いかかってくる前に、一番近くにいた花の化け物の頭にお祓い棒を叩き込もうとするが、フランドールが片手を植物たちに向けているためそれを中断する。
「ギュッとして」
そう彼女は呟くと、そこに何かがあるかのように握りつぶすアクションを起こす。
「どっかーん」
それを開放すると同時に、フランドールの視線の先に、花の化け物が複数いるが、一部分だけ体をはじけさせた。
「冷静になってから、これを言うとなると…なかなか恥ずかしいね」
気恥ずかしさがあるのか、彼女はポリポリと小さな指で頬をかくが、その真っ赤な目は倒れたままの花の化け物を捉えたままだ。
そばにいる美鈴の制止も聞かず、倒れたままの花の化け物に近づくと、蔓同士の接着が崩壊して行っているうちの一本を踏みつけた。
蔓はそれに耐えきれずに半分に潰れて、中の液体をゴボッと溢れさせる。他に動きがあるかと構えているが、それだけだ。
完全に花の化け物としての機能は既に、フランドールのあらゆるものを破壊する程度の能力に当てられて停止している。
この能力は対象の構造というのを、よく理解していないと発動しないと聞いたことがあるのだが、花の化け物に会ったのことのないフランドールがどうしてわかったのだろうか。
「それじゃあ、残りの敵もさっさと倒す。周りの奴らはさっさとどいて、じゃないと一緒に壊しても責任取らないからね」
彼女はそう言うと、花の化け物が密集している地点に向けて手をかざす。それから逃げるために、そこの周辺にいる妖怪たちが一気に履けていく。
「…いったい、どうやって?」
近くにいたフランドールにそうたずねると、能力で花の化け物たちを破壊し始めた彼女は手を握りしめて呟く。
「集合体で見ればただの化け物だけど、蔓の一本一本の基本構造はそこらの植物とそう変わらないから、基本が少しだけ変えられてるところに能力を使っただけ」
紅魔館の入り口で傘を持つ美鈴と一緒に、よく花を見ていたことを思い出す。そのおかげということか。
「…そういうことね、でも、敵は奴らだけじゃないわ」
三十を超える数の花の化け物が出現したはずだが、ものの一分で八割の敵を倒してしまった。残りの敵を囲み、身体の至る部分に得物を突き立てて核を破壊し、ほとんど負傷なく敵を殲滅できた頃に私が言うと、フランドールは小さく首をかしげる。
「なんで?」
「だって、動き出すための命令だったり、動き出してからの命令が多ければ魔力量も増えて発見できたと思う。
今回は、蔓が待機してた時の魔力を探ったけど、かなり小さい物だった。ということは、動きについてはかなり単純なコードしか使っていないということになる。地雷みたいな使い方で、かつスキマ周辺に仕掛けているということは、センサーみたいな役割をしてるんだと思う」
私がそう言うと、紫は敵の狙いが大体察しがついたらしく、後方などの警戒を始めた。
「連中が出てきた時点で、奴に交戦している位置がばれてたわけか」
フランドールは腰に手を当てて小さくため息を付いた。早く行きたい気持ちがあるのだろう、面倒くさいと言いたげの表情だ。
「…そういうこと。この化け物は、花を操る程度の能力で作られたんだろうし、ここに来るのは…」
「風見幽香…」
こっちの幽香は連中が現れた時に殺された。彼女がいれば同じ能力同士で、対等に戦えただろう。強力な妖怪だった故に居ないのが痛手だ。
「進行方向、三時の方向に誰かいるわ」
周りを警戒していた紫が全員に聞こえるように言った。彼女が言った方向に目を向けると、確かに薄暗い森の中をゆっくりと人影が近づいてきている。
「…来るわよ」
本格的に戦闘準備を始めようとすると、十メートル先にいる伊吹萃香と星熊遊戯の濃密な魔力が二人から溢れているのを感じた。両方とも片手にスペルカードを持っており、一撃で決めるつもりらしい。
「萃符『戸隠山投げ』」
「鬼神『怪力乱神』」
二人は同時にスペルカードを拳で叩き割り、技を起動。はじけた結晶は雪が舞い落ちるさまを連想させる。キラキラと綺麗に光っているそれらに気を使っている暇はないのだが、目を奪われる。
そしてそれらは綺麗さとは相対する敵を倒す、もしくは殺すためのスペルカードが正常に発動したことを意味している。
萃香がプログラムされた通りに、開いた片手を中空に突きあげた。能力である疎と密を操っているらしく、遠くからいくつかの岩石を集めて一つの巨大な岩にする。
敵のいる方向へ、その不格好で直径が私の身長とそう変わらない大きさの岩石を投擲する。巨大な物体が草木の上をかすめて行ったことで風が巻き起こってなぎ倒されていく。
当然敵は反応して動き始めた。どこから現れたのか、その人物の周りから何やら人型の小さい影が一斉に飛んできている岩石に向かう。砕く、というよりも切り刻むという手法で岩石は空中でバラバラに解体され、地面に落ちて行く。
そのうちに遊戯もスペルカードの体勢が整い、腕に魔力を集中させていく。彼女が放とうとしている技を阻止しようとしているのか、その人物が小さな浮遊物を周りに引き連れたまま、こちらに走り出す。
遊戯のスペルカードは強力であるがゆえに事前の動作はかなり緩慢で、自分の腕っぷしに自信があって油断しきっているような人物しか食らわなさそうなほどだ。
それでも敵との距離は開いていて、遊戯は腕を横に薙いだ。薙ぎ払うための動作のそれは、敵が腕の届く範囲に居て当てなければ効果はない。普通なら。
振った直後には何も起こらず、不発に終わったのかと思いそうになった。だが、彼女の前方に生えている木が異様に湾曲し、地面が捲り返っていく。それと続いて何かを殴ったような轟音が耳に届く。
耳を塞いで伏せたくなるほどの爆発音。衝撃波が全てを巻き込み、鬱蒼と生えている草木が地面ごと捲り返り、大きな樹木は弓のごとく大きくしなって半ばから叩き折れて吹き飛んで行く。
木がなぎ倒されたことで、暗かった森の中に明るい日差しが差し込んでくる。私が手を回しても届かないほどに太い木を、へし折るほどの衝撃を耐え抜いた人物は私が予期していた人物とはかけ離れていた。
「あっぶないわね~」
周りに浮遊していた物体を盾に使ったのか、彼女の周りにその一部が散乱している。それらの人形は人間だったらこうなっているのだろうな、と連想するほどに千切れたり中身がぶちまけられている。
「せっかく作ったっていうのに、派手にぶっ壊してくれたわね」
肩にかからない程度のウエーブのかかった金髪、頭頂部にある赤いカチュウシャには白いフリルの装飾がつけられている。青い洋服に、腰のあたりに赤い大きなリボンが巻き付いている。
肌は夏の割には白く、青い瞳が印象的だ。滑らかな顔のラインから彼女には人形のような無機質なイメージを覚えた。細い指先には、人形を操るための鉄製でリング状の指サックがはめられていて、目を凝らしても中々見えない糸が残った人形たちにつながっている。
「というか、向こうの霊夢なのね。来て損したわ」
どうやらこっちの霊夢と戦いに来たらしい。異次元アリスは落胆した様子で私の方向を見る。
「…悪かったわね」
萃香たちに異次元アリスを任せ私たちは援護に回ろうとしていると、木が無くなり、明るくなったおかげで広がった視野の範囲に、もう一人見覚えのない人物が歩み寄ってきているのが視認できた。
「っ…!…九時の方向!」
周りの葉っぱと同じ真緑の髪。赤い洋服にシンプルの傘。暗い森の中では傘は必要なく、閉じているから初めはわからなかったが、今度こそ私が予想していた人物が現れた。
異次元幽香、こっちの幻想郷でも指折りの実力者だが、その名に恥じぬ威圧感にいつも元気に余裕を見せているチルノでさえ、口を噤んで押し黙ってしまっている。
「………」
無表情のまま、異次元アリスが居る方向とは逆から来た異次元幽香はこちらのいる人数を確認しているのか、ゆっくりと目だけを動かしてこちらを観察してくる。
「余計なのもいて、面倒そうだし…さっさと終わらせることにしましょうか」
ニコリと笑う異次元幽香の放っている、尋常ではない殺気に大部分が戦意喪失しかけている。
このまま何もしなければ半数以上が無抵抗で彼女に殺される。異次元霊夢などもっと強い連中との戦いが控えているかもしれないが、ここは出し惜しみしているところではない。
一緒に現れたことから二人が手を組んでいるのかと思ったが、彼女の言葉から異次元アリスとは敵対しているようで、上手く行けば同士討ちに持ち込めるかもしれない。
そう思ってお祓い棒を握るが、傘を得物代わりに使っている異次元幽香は肩にポンポンと当てていたが、スッとこちらに傘の先端である石突きを向けてきた。
キンッと石突きの先が太陽よりも明るく輝く。こっちの世界でも幽香がやっていたことを思い出す。強力で彼女のスペルカードの元となった巨大なレーザーを放つ気だ。
「…射線から逃げて!」
初手からこの技をやって来るとは思わず、反応が幾分か遅れた私がそう叫んだ時には既に、予想をはるかに上回るほどに大きなレーザーがこちらに向かって放たれた。
あの射撃の速さから放つ前に魔力を溜めていたはずなのだが、周りが明るくて魔力の発光を見逃していた。
肝は抜かれたが予想できなかったわけではないから、対処は楽だ。しかし、威力が私の想定を大きく上回るのであれば話は別だ。ある程度は攻撃に耐えることのできる結界を、複数のお札を使用して作り出した。完封は無理でも、時間稼ぎにはなる。
周りの鴉天狗たちと同様に、私も自分の身の丈が二つ以上にはなるレーザーの射線から逃げようとすると、進行方向から異次元幽香が素手のまま掴みかかって来る。
こっちの幽香も使っていた方法だが、彼女のように強い妖怪ならば体を分裂させることも可能で、分裂が多くなれば多くなるほどに一個体の攻撃力は低下していくが、それでも人間を絞め殺すことなど造作もない。
逃げようとしていた方向から異次元幽香が来たため、踵を返して反対へ向かい始めるが、そのタイミングでもう一人の彼女が放ったレーザーが私の張った結界に照射される。
耐えられたのはほんの一秒にも満たない時間だけで、本当ならばその時間をいっぱいに使って射線上から逃げるつもりだった私にとっては、時間が足りなくて仕方がない。
結界に亀裂が入ったと思った頃には跡形もなく吹き飛ばされており、青色のガラス片に見える結界だった一部が降り注いでくる。だがどれも私の元に来るまでに魔力を使い果たして、チリの結晶となって消えていく。
未だにレーザーの射線上にいる私の結末は、異次元幽香に掴まれてレーザーの直撃を食らうか、掴まれる前に食らうか。選択肢は二つあるようだが、結果は二つに一つ。どちらともそう変わらない。
魔力を札に込め、振り返った。異次元幽香が目の前にまで迫っていて、伸ばしている手はあと数センチで私の腕を掴めるだろう。
レーザーも掴まれた直後に食らうか食らわないかのスピードで接近しているようで、このまま逃げるだけならば、確実にレーザーを食らうだろう。何もしなければ。
後ろに下がっていた私は、正面の彼女からは見えないように紫が開いてくれていたスキマに体をくぐらせた。何かをくぐった感覚もなかったが、きちんとスキマを通れたらしく、目の前に開いている穴からレーザーに包み込まれる異次元幽香の姿を確認できた。
「危なかったわね」
「…そうね」
そう呟いた私は既に異次元幽香へと走り出していた。異次元幽香は目標に攻撃が当たっていないと察したらしく、レーザーを消してこちらに向き直る。
レーザーの照射により石突きが加熱されたらしく、金属部分が真っ赤に変色している。魔力で強化すると言っても私のお祓い棒は所詮は木だ。火や熱にはめっぽう弱い。あれの温度が下がるまでは得物同士での近接戦闘は避けた方がいいだろう。
「飛べ」
彼女の傘が届く範囲よりも手前で札に命令を与えると、複数の札は独りでに手元から飛び出すと、様々な方向から異次元幽香に向かって飛行を始めた。
彼女は逃げることもなく、花を操って飛んできている札を正確に落としていく。それでも撃ち落せないのは傘を使用して叩き落す。
札を叩き落しながら、異次元幽香はこちらに侵攻を始めた。落ちた札を踏みにじり、私の頭を叩き割るために傘を振り上げる。
彼女は知らないらしい。他の弾幕と違って札を叩き落すだけではかき消したことにはならない。一部を消し飛ばしたり破いたりしなければ、命令でいつでも札に含まれている魔力を起爆できる。
「爆」
札の形状を保ったまま撃ち落されていた札と、まだ空を飛んでいた札が同時に青い炎を膨れ上がらせて爆発を起こす。
札を使用した弾幕とただの弾幕違いはこれだろう。ただの弾幕は何かに接触した時点で魔力を放出して対象に攻撃を加えるが、形状さえ保っていれば札は誤爆を起こすことはない。その代わりに数を用意できないのが欠点だ。
足元での爆発と周りでの爆発が重なり、異次元幽香が大きくよろめいた。その隙を見逃さず、私はお祓い棒に魔力を注いで強化を重ねる。傘を持っている彼女はバランスを崩して得物は触れそうにない。
隙だらけに見える彼女の頭部に、お祓い棒を叩き込んだ。
数時間前。
白いシーツの引かれたベットの上に横たわっていた。初めは綺麗に皺の一つもなく整理されていた布団も今ではしわくちゃでベットの縁から半分は落ちてしまっている。
部屋の中には二人分の吐息があり、どちらも荒い。私を裸に剥いた彼女は幾度に渡って私に暴行を繰り返す。
今までに何時間暴行されたのか、これからあと何時間されるのか分からない。誰も私がここにいることは知らない。誰も助けには来てくれない。
頭がおかしくなりそうだ。
次の投稿は一週間後の予定です。