それでもええで!
という方は第九十六話をお楽しみください!
萃香や遊戯達が頑張ってくれたおかげで異次元アリスたちは退いて行った。嫌に引き際がいいのは、今は無理をする時ではないと彼女たちはわかっているのだろう。
様々な者が力を手に入れようと躍起になっている中で、一番初めに無理はしないだろう。奪うために誰かが力を手に入れる直前で無理をするはずだ。
「…それにしても、意外だったわね」
「何が?」
先の戦いは前線で萃香たちが主に戦ったから私たちの被害は少ないため、かすり傷程度の怪我しかしていない隣を歩いている紫は呟きに反応する。
「…向こうの幽香よ。こっちの幽香も戦うのが好きだったから、こっちでも強い奴と戦うために妖怪側につくと思ってたんだけどね」
異次元霊夢たちが来る前に花の化け物は現れた。私たちが向こうにアクセスするまで彼女たちは数日おきに来るのを徹底していたから、他の連中は目的がこの世界だと気が付いていなかったはずだ。だから、その時点で異次元幽香は異次元霊夢達側についたのだ。
「まあ、確かにそうね。……でも、いつも勝ってきたのは人間側だし、わざわざ負ける方に付きたくなかったっていうのもあるかもしれないわね」
そう異次元幽香に対する状況を整理していると、廃墟にしか見えない町が段々と近づいて来た。
それよりも、私はさっき誰に呼ばれたのだろうか。紫や天狗たちに聞いたが、誰も呼んでいないと言っていた。でも、確かに助けてという声が聞こえた気がしたのだ。
「…紫」
「なに?」
「…本当に誰か私のことを呼ばなかったの?」
「さっきも言ったでしょう。誰も呼んでないわよ」
大丈夫?と言いたげな紫の表情に腹が立つが、それも仕方がないか。聞こえるはずのない声を聴いたのだ。少し疲れているのだろうか。全然戦ったりしていないから疲れているわけもないのだが。
「…そう」
でも、落ち着かない。呼ばれた方向に行きたくて仕方がない。黒色の煙が上がっているせいで見通しがきかず、行きたい方向を見渡すことが出来ないが、町を跨いでその奥だ。
「霊夢、またよからぬことを考えてるんじゃあないでしょうね?」
考え事をしていた私の顔を紫がじろりと鋭い目つきで睨み付けてくる。伊達に長い付き合いではないな。
「…そんなこと、ないわよ?」
そう言っても彼女の目つきは変わらない。本当によからぬことを考えていたのだから仕方がないが、鋭すぎる。
「まあいいわ。ようやく付いたわね」
「…そうね」
もっと血に飢えた獣みたいな奴ばっかりがいて、人の顔を見るなり襲いかかってきそうなイメージがあったから、たった一度の戦闘で街に付けたのは予想外だった。
「近くで見ると一層酷い有様ね」
美鈴に傘をさしてもらっているフランは、まともに壁が残っている家の方が少ない町を見渡した。そこらじゅう瓦礫に折れた木材が山住に散乱している。
「…十年も戦争しているって話よね。生きてる人間なんているのかしら」
こんな状況で農業や狩猟が機能するはずはない。魔力を使える人間なら魔力で空腹を満たすのは可能だが、普通の人間がいたとしたら食料など数日から数週間で底をつくだろう。
「100%いないだろ」
萃香は言いながら建物の一つに近づき、壁を軽く撫でた。壁の老朽化が進んでいたのか、鬼だから力が強すぎたのか、その両方かはわからないが簡単に壁の一部が崩れ落ちる。
埃が舞い上がって特有の息の詰まる感じと、匂いがする。町中に瓦礫が落ちて行く音がむなしく響いていく。
さっきまで繰り広げられていた戦闘も終わったのか、静まり返っているから余計に大きな音に聞こえる。
「…」
「巫女が力を求めて役目を放棄するとこうなるのか」
遊戯はズンズンと先に進んでいく。部屋の中に入るとしゃがんで石や木、ガラスが散らばっている床を眺める。誰かが通った痕跡を調べているようだ。
それに続いて私たちも家の周りや中を調べ始めた。家の中には既に何人か入っている外を調べるとしよう。
「なんていうか、私達の世界よりも町並みは洋風なんですね」
外壁の風化具合を見ていると、私の近くに歩み寄ってきていた大妖精がそう言ってくる。
「…そのようね。文化が少し進んでるみたい。こっちは木材の家ばかりだから」
石造りで二階建ての建物がたくさん並んでいるが。人間が作ったのか河童が作ったのか、風化が酷すぎてもうわからない。
「あたい、あっちを見てくる!」
チルノが軽快に走り出すが大丈夫だろうか。今は周りに敵の気配は感じないが、いつ来てもおかしくは無い。
「…チルノ、気をつけなさい。敵がどこにいるのかわからないんだから」
そう言うがチルノは走って行ってしまう。その後を心配そうに私から離れた大妖精やルーミア達が追って行く。
「チルノちゃん待ってよ!」
「待たない!あたいはこっちの霊夢達を倒すんだ!」
彼女たちは既に異次元霊夢達の力を知っているはずなのに、どうしてあそこまで張り切っているのだろうか。自分よりも強い奴が許せないとかそう言ったことではないだろう、今までに散々負けてきているからな。だから、あそこまで意固地になっているのは珍しい。
やる気があるのはいいことだが、喧しすぎると敵を集めかねない。
「…ねえ、紫」
「何かしら?」
「…ここら一帯人が住んでいる気配がないし、普通の人が生きて行ける環境じゃない。情報を集めることはできなさそうね」
私がそこまで言うと、彼女は小さくため息を付いた。ここから移動して他の場所で情報を集めたいという考えを察したらしい。
「気が乗らないわね」
「…でも、ここまで来たら情報を集めないと割に合わないじゃない」
「それもそうね」
ため息を付いた紫は風化によって大きな亀裂の入った壁に寄りかかった。それだけでパラパラと小石が剥がれ落ちていく。
ちょっと押しただけで壁が崩れてしまいそうであるため、中で調べている歌仙や萃香たちが心配だ。死にはしないとしても、怪我は追うことになるはずだからだ。
「…萃香、どう?誰かがいるような痕跡はあった?」
爆風によってずっと前にガラスが割れたらしく、室内には汚れきって埃被ったガラスが散乱している。下手に床を触れば埃で隠れたガラスで指を切りそうだ。
「ないな…でも、不自然なことがある」
「…不自然なこと?」
何か見つけたようだ。引き続き窓からのぞき込んでいると食べ物を保存した時に使う大きな瓶を運んできた。
手入れのされいていない陶器には亀裂が入って居たり、埃をかぶっていたりするがその形状は保てている。
床に割れないように優しく置くと、埃まみれの木の蓋を取り外した。こっちに見えるように瓶を傾けて中身を見せてくる。
中が暗くてよく見えないが、瓶の底には何か黒い塊がへばりついている。土に見えたが、元々は何かしらの食物だったものだろう。
「家をいくつか見て来たが、どこもこんな感じだった。こういう食い物が腐って土にかえったようなものがあった」
「確かに不自然ね」
萃香の言葉に紫は壁に寄りかかったまま言った。
「…どういうこと?」
「霊夢…考えてもみなさい。戦争が起きて畑や狩猟をしている暇はない。でも、餓死してしまうから今ある物を食いつぶしていくしかなくなる。だから、本当ならその瓶の中身はからでなければならないわけ」
なるほど。持ち主が死んだとしても、食べ物を探して誰かしらは来るはずであり、この村もそう広くは無いから、たまたま見つからなかったというわけではないだろう。そういうのが複数あるならこの区画だけ誰も近寄らなかったというのは不自然だ。村全体的にこうなっていると考えられる。
当時は戦闘が酷くて近寄れなかったのなら、もっと町の破損は酷いはずだ。この辺りはむしろ戦闘の痕は少ないぐらいだ。
「…確かにそうね。……それと、さっきまでやってた戦闘も終わってるようだし、戦っていた人を捕まえることもできない…街で調べられることはなさそうね」
「ああ、まだここらの区画しか見てないが、周りを見た感じどこも変わらなさそうだ」
萃香は持っていた瓶を投げ捨てると、あと数年で完全に倒壊しそうな家から出て来た。人の手が入らないとたった十年でここまでになるのか。
「紫はどう思う?」
ドアから歩みできて来た萃香は指先についた埃を払い、壁に寄りかかっている紫に話をかける。
「さあ。でも…村が襲われた時が引き金だったってことじゃないかしら」
「どうしてだ?」
「状況から見るに、食料が残っているから適当に襲って長期間ダラダラやっていたわけではないようね。何かをする間もなく一気にやられた」
確かに、どちらが始めたかはわからないが、奇襲を仕掛けた形になるのであれば準備の時間があって村人たちがやられたということになる。矛盾は無いが戦争を始めたのが妖怪側として、村人が素直に言うことを聞くだろうか。
絶対に博麗の巫女に助けを求めて逃げ出す人間が少なからずいたり、投降しない者もいるだろう。でも、妖怪側が徹底的にやったのであればこの辻褄は合うことになる。
「…私たちに有益な情報は得られなかったし、別の方面に向かおうと思うのだけれど。いいかしら?」
「そうだな。村に誰もいないのは予想外だったし、いいんじゃないか?ここまで来て手ぶらでは帰れない」
渋い顔をしている紫には申し訳ないが、考えをひっくりかえされる前にさっさと決めてしまうことにしよう。
「それで、どこに向かうんだ?」
「…あっち」
この流れに便乗してさっき呼ばれた気が方向に向かうとしよう、厳密な場所を言うのではなく村の反対側の方向を指した。
「そっちには何があるんだ?」
私がさしている指の方向を見るが、家や煙で視界が悪くて目標が見えなかったらしくそう聞いてくる。
「…さあ」
「さあって、じゃあ行きたい根拠は何だ」
「…感…って言ったら怒るかしら?」
紫だけでなく萃香も渋い顔をする。まあそうか。何か理由が必要なのだが、何かあるだろうか。
ここの博麗神社の場所は辛うじて見える。その位置関係から私が向かおうとしている方向には紅魔館があるはずだが、世界によって地形は違うから絶対そこにあるとは言えないがな。
「霊夢、お前の決断によって死ぬ者も出てくる。もっときちんと決めてほしいんだが?」
「…冗談よ。私たちはフランドールたちについていくわ。彼女たちの紅魔館の奇襲に手を貸す」
私がそう提案すると、やはり真っ先に反対してきたのは紫だ。
「わざわざ危険に身を投じる意味が分からないわ。それならもっと危険のなさそうなところに行くべきじゃないかしら?」
「…危険のないところってどこかしら?ここではそんな場所は無いじゃない。なら、これから紅魔館に向かおうとしているフランたちに同行して、そこにいるメイド達でも何でもいいから捕まえて聞き出した方がまだいいんじゃないかしら?それに目的を達成できれば、それだけ早く私たちもフランドール達も防衛に回せる」
異次元咲夜はかなり強い。フランたちが弱いということではないが、それでもやられた際に誰かが助ける必要がある。つまり保険というやつだ。
「紫、霊夢の言う通りじゃないか?戦力が分散するのを防げるし、負けた時に殺される可能性も減るし」
「わかったわよ。とりあえず、向かいましょうか」
一応町の中まではついてきてくれたフランドールに事情を説明して、同行することにしよう。
フランドールのいる位置に向かおうとした時、周りを飛んでいた鴉天狗たちに動きがあった。
ざわついている辺り、何かを見つけたようだ。三人の鴉天狗が話していたが、そのうちの一人がこっちに向かってくる。
「霊夢さん!向こうの広場に何かあります」
「…何かって?」
「多分、なんで食料が残ったままなのかわかると思います」
フランドール達には悪いが少し向こうに行ってからにするか。鴉天狗たちがさしている方向に萃香たちと共に向かった。
「なるほどな、そりゃあ食べる奴がいないんだったら残ってるはずだよな」
鴉天狗たちの言っていた広場につくと自分の目を疑った。その有様に紫も言葉を失っている。
広場に転がっているのは大量の人骨だ。肉や内臓はとうの昔に腐りきって無くなっている。そうでなければ困る。でなければ私のSAN値がガリガリ減っているところだ。
十年前に殺された人たちだろうが、だいぶ古くて骨が砕けていたり結合が外れてバラバラになっている物もある。
「…酷いわね」
腐った肉などは無いため疫病には気を付けなくてもいいが、無いはずの腐臭が鼻について仕方ない。
「そうね、当時何があったのかは予想するしかないけど……やったのはこっちの霊夢たち側でしょうね」
確信があるのか紫は言い切った。鼻を覆っても匂いが消えるわけではないが、手で顔を覆ったまま彼女に聞いた。
「…どうしてそう思ったの?」
「…………えーと。……だって、妖怪相手にこんなに従順に命令に従うとは思えないのよね。逃げる人だっているはずだけど、食料からしてそれはない。……それなら人間達から信頼のある人物が呼び寄せたと言った方が違和感がないんじゃないかしら?」
私が聞き返すと紫は困った感じで返答に時間をかけた。どう説明するか考えていなかったのだろう。
まあ、そっちの方が確かに説得力があるが、
「…集めた方法は別にいいけど…ここに集めて、何をしてたのかしら」
骨の数から四十人前後に上る人間が集められていたことになる。しゃがんで骨を調べた。人間の骨というのは中々丈夫なもので、十年経った今でもきちんと形が残っている。
拾い上げることは無いが、よく骸骨を見てみると顔の一部分に何かで切り付けられた溝が頬から顎のあたりまで真っすぐに伸びている。
何かがぶつけられたことによる亀裂かと思ったが、自然に直線の物ができることは無い。鋭いもので切られたのだろう。
一度切り傷を見ると、他の物にも多数そう言った傷があるのがわかった。ほぼ全ての頭蓋骨に刀などの大きな刃物ではなく、小さなサバイバルナイフで突き刺された楕円状の穴が開いている。
「…刃物を使った跡があるから、やっぱりそうみたいね」
妖怪で刃物を使うのは鴉天狗たちだ。だが、彼女たちの刀は大きくて重い。力も強いから脆い人間の体など、頭にとどまらず体自体を潰すだろう。損傷が小さいからやはりやったのは人間側だ。
守るための村人たちにこんなことをするとは、よほど力に飢えているようだ。何もなくなった幻想郷に守る意味などあるのだろうか。
妖怪側で結界を使う物はいないし、閉じ込められて逃げられなくなったとしたらおとなしくこの場所に留まって殺されたのもうなづける。
男から女、老人から子供まで容赦なく殺されている。人間を生贄にして力を手に入れる禁忌の技をやっていたのだろうか。そうだとしたら失敗したようだ。
そこまで考えるが、こっちにきて偵察していたということに矛盾する。私達よりも力もあり、奇襲をかける形になるのだから直ぐに禁忌の技をやらなかった理由の説明にならない。
まだ情報が足りないようだ。
私たちにとって有益な情報を集められそうにない。フランドールに彼女たちと一緒に紅魔館に行く旨を伝えるため、村の外に行くように歩き出した。
「…フランちょっといいかしら?」
家には入らず、調べ事が終わるまで村の外で待機していたフランドールに声をかけると、傘を持つ美鈴と一緒にこっちに歩み寄って来た。
「何かしら?そろそろ紅魔館に向かってもいい?」
「…ええ、でもこの町では有益な情報を得られそうにないのよね」
私がそこまで言うと、傘の陰にいるフランドールの顔が少ししかまる。まさか来るのかと言いたげだ。まさにその通り。
「…申し訳ないわね。あなたの思っている通りよ。でも、そっちとしても悪くはないと思うのだけれど。向こうに行けば妖精メイドと多少なりと戦うことになるでしょう。幽香との戦いで少し消費しているから、今はできるだけ節約したい。それができるように私たちが手伝う……でも、邪魔はしないわ」
「それならいいが…」
フランドールはあまり乗り気ではない、自分の力で仇を取りたいのだろう。それを邪魔するつもりはないが、殺されるリスクを考えると彼女たちだけで行かせたくはない。
「…悪いわね」
「大丈夫だ。…邪魔さえしないならな」
終わりの見えない行為に、彼女らに対する倫理観が壊れた。霧雨魔理沙はそれを知らない。気が付かないからこの言葉が簡単に思い浮かんだ。
殺してやる。
この感情がどの程度の時間が経ってから心の中に滞留するようになったのかは、正直覚えていない。初めからここにいたのではないかと思うほどに、自然といつの間にかいた。
しかし、異常な考えであるそれが二人の行為以外で、自分の精神を汚染する理由になることに私は気が付かず、その負の感情を自分も知らないうちに育てていた。
育てたその殺人衝動は殺したくはないという、自分の中にある異次元霊夢達に対する良心を徐々に殺して行った。
霧雨魔理沙の肉体はいくらでも再生して元通りにはなるが、その再生能力を駆使しても綻んでいく精神を元に戻すことは、不可能かもしれない。
全身が痛い。拷問じみた暴力と暴行。何度も何度も殴られ、犯され、切られ、犯された。今までに体験したことのないストレスは、私の精神を壊すのには簡単すぎた。
眠ることも許されず、気絶しても無理やり起こさせられた。頭が働かなくなって、一部の精神が崩壊していくのに気を使っている余裕などは無かった。
「霊夢、こっちに向かってきている者たちがいるそうよ?」
先ほどようやく行為が終わり、裸のままベットの縁に座って汗をタオルで拭きとっている異次元霊夢に異次元咲夜が言った。
「あらぁ、…どうしましょうかぁ…相手にするのも面倒だしこの場所は放棄することにしましょうかぁ」
「私にお嬢様を置いて行けと?」
異次元咲夜の雰囲気が険悪なものとなっていくが、異次元霊夢は知るかと気にも留めていない。
「来たくないなら勝手にしたらぁ?でもそうすると貴方の目的は遠のくけどねぇ」
異次元霊夢がいやらしく笑うと、異次元咲夜は露骨に舌打ちをする。だが、仕方がないと呟いた。
「…」
こっちに背中を向けている異次元霊夢に蹴りでも入れてやりたいが、数時間にも及ぶ行為が終わったばかりで体が動かない。
下腹部がズキズキと痛む。それは潰された内臓の痛みだ。何となくだが、膣の先にある子宮が潰されたままの形で残されている気がする。魔力で治そうとしても魔力を扱えなくなる薬を打たれ、その形のまま傷がいえてしまったせいだ。
「これはどうするんですか?」
異次元咲夜がぐったりとベットに横たわったままの私に、指をさしてくる。連れていくか連れて行かないかということか。
「ああぁ、連れてはいかないわよぉ。運ぶの面倒だしねぇ」
そう言った異次元霊夢は、脱ぎ捨てられていた巫女服を身に着ける。私を犯すために使った道具を投げ捨て、スカートを履いた。
「それじゃあぁ、魔理沙ぁ…来てる連中に殺されないように楽しんでねぇ?」
右手で拳を握り、倒れ込んでいる私の髪の毛を左手で掴みかかって来る。髪の毛で上半身を支えている形になっているせいで頭が痛い。
「殺して……やる……」
彼女たちに対する怒りを抑えられなかった私は、自然とその言葉を異次元霊夢に対して放っていた。
「……ふふふ…それじゃあぁ、楽しみにしてるわねぇ」
彼女は目を細めて笑うと、右手を振り下ろしてきた。ゆっくりと振り下ろされているように見える拳が額にめり込むと、そこを境に意識が遠のいて視界がぐにゃりと歪む。
一度ではなく数度の殴打を受けるが、気絶することは無かった。しかし、一時的に動けなくなるほどのダメージを負って私はベットに倒れ込んでしまう。部屋から出て行く二人を見送り、一人取り残された。
血の匂いで鉄臭いベットの上に裸で横たわったまま、体が動くようになるまでじっとしているしかなさそうだ。
疲れ切った体を癒すためにそのまま眠りに落ちたかった。しかし、異次元霊夢らはこの場所に誰かが来ていると言っていた。
どこのだれかはわからないが、捕まるわけにはいかない。連中から逃げ出すために体力や魔力を消費したくない。
重い。しばらく時間が経過してから腕で体を持ち上げるが、それだけで腕がブルブルと振るえた。上半身を起こして座り込む。
そこで一時休憩を取りつつ考えを巡らせる。異次元霊夢らが隠した服と鞄を探さなければならない。
鞄はおそらくすぐに見つかるだろう。意識を周りの魔力に向けた。私が探そうとしているのは紫がくれた通信用のボールだ。
ボールには紫の魔力が含まれているから、彼女の性質を含む魔力を探せばいいのだ。別の部屋にあるのであれば、探すのに時間がかかるのが心配だったがどうやらその心配はない様だ。
近くのタンスから探していた魔力の性質を感じた。一部血で濡れて触れるとヒヤリとするカーペットの上を這いずってそっち側へ移動する。
「痛っ……」
下腹部が痛い。潰された子宮がズキズキと痛む。縁から降りてそのタンスに歩み寄った。体を隠すものがないせいで裸のままだが、全身青い痣と切り傷だらけだ。
痛々しいことこの上ない。タンスを開けるために手を伸ばすと、腕の各所にまで痣が広がっている。
異次元霊夢に打たれた薬の効果は、もうすでに切れてきているようだ、全快時と変わらないぐらい魔力の流れが体の中である。後で魔力を少し使って打撲の痕を治すとしよう。
タンスについている鉄の取っ手を握り、痛む体で体重をかけて引っ張り開けると錆びた蝶番の重い音を立てて開いた。
異次元霊夢は隠すのが面倒だったようで、私の持ってきていた鞄と服が一緒にまとめてタンスの隅に置いてある。
「……」
鞄を開けると当然ながら通信用のボールや爆発瓶などのマジックアイテム、予備の服が取られる前と同じ数だけある。
鞄の隣に無造作に置かれている洋服を取り出した。少しボロボロだが、着れないほどではない。
下着も取り出し、痛む体に四苦八苦しながらも下着と洋服を着こんだ。冬用の服ならば腕や足の痣を隠せたのだが、夏用の服では手は二の腕辺りまで出て痣を隠せない。
少し休みたいな。ベットの縁に座り込み、体を脱力させた。疲れは実感すると余計に体を疲れさせる。魔力で少し誤魔化すとしよう。魔力で身体を少しだけ強化すると体が体が軽く感じた。
疲ればかり気を取られていたが、魔力でその問題が無くなると、さっきまで異次元霊夢達にされていたことを思い出してしまった。
自分の知らないことをされたことによる恐怖、初めてを奪われたことによる屈辱。様々な負の感情が心の中で滞る。
普通ならその感情を吐き出すために、体が防衛反応を働かせて自然と涙を流していたことだろう。それが起きていない時点で、おかしいことに私は気が付くべきだった。
「……」
体を休めていると、何か外が騒がしくなってきてるのが聞こえて来た。一人や二人ではない。大人数で紅魔館内を歩き回る音が聞こえてくる。
どうやらタイムアップのようだ。ドアから行けばここに来た連中と鉢合わせする。窓を割って逃げるとしよう。
素手でやると怪我をするし、魔力に咲夜の銀ナイフの性質を含ませて得物を作り出そうとすると、走ってこっちに向かってくる音がいきなり現れる。
まだ立ち上がる準備すらできていない私のいるこの部屋へ、扉を蹴り破って誰かが飛び込んでくる。その特徴的な赤と白の服はよく知る人物の者だ。
異次元の者が帰って来たわけではない、私が大好きな霊夢が部屋に走り込んできたのだ。異次元霊夢ではなかったことで初めは安心した。ずっと会いたかった彼女の顔を見れた嬉しさもあった。
しかし、次に思い浮かんだのは、怖れと心配だった。紫に来させないように頼んでいたはずなのに、どうして霊夢がこっちの世界にいるのだ。と。
この部屋にピンポイントで来たということは、すでに目星をつけていたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。感でこの部屋に来たのだろう、私の姿を見た霊夢の瞳が驚きで見開かれる。
「霊夢さん!あまり先に行かないでください!」
聞き覚えのない声が耳に入って来て、霊夢を追って入ってきたのは刀を片手に持っている鴉天狗たちだ。
盾などの重装備をし、白色の和服に身を包んでいる男女三人は私を見るなり戦闘体勢に入った。
私はすぐさま踵を返し、咲夜の銀ナイフの性質を持った得物を作り出しながら窓に向かって走り出す。
「待て!!」
三人のうち誰が叫んだのかはわからないが、それを聞くわけもなく銀ナイフで窓を叩き割った。ガシャンと窓は派手に割れ、私が通れる程度の穴が開く。
ガラス片で体を切らないように注意して、かつできるだけ早く穴に体を押し込む。流石は鴉天狗たちだ。そこで私に追いついた一人が大きな刀を振り降ろしてくる。
急いでいたのだろう刀の太刀筋が読みやすく、その軌道上に銀ナイフを構えたことで切られることは防いだ。
「ぐっ!?」
窓に残ったガラスや、鴉天狗たちの刀で体や服を傷つけることは無く通り抜けられたが、作ったばかりの銀ナイフを取り落としてしまった。きちんと受け止めなかったことも影響して、前腕を刃先が掠った。
バランスを崩して地面に倒れ込みそうになったが、魔力で体を浮き上がらせてそのまま紅魔館の外に向かう。
異次元パチュリーを倒しておいたおかげで、結界が無くなっている。わざわざ城門に向かわなくて済んだ。飛びながら鴉天狗たちが追ってきているか振り返ると丁度窓を叩き割ってきているところだった。
急いで詠唱を済ませて光の魔法を発動しようとするが、鴉天狗たちの方が速い。私が何かしようとしていることを感づいたらしく、持っていた得物を投擲してくる。
太陽光の反射でキラリと光るそれは空気を切りさく唸り声を上げ、得物が私に向かって突っ込んできた。投げるように作られたわけではない刀が、運悪く私に刺さるタイミングで刃がこっちを向いている。
新たな銀ナイフを作り出し、それを受け止めた。火花を散らして刃と刃が交わる。跳ね返そうと力を込めるが、重さは刀の方が重く、身体の強化が不十分で押し返された。
逆手に持っていた銀ナイフの刃の上を刀が滑り、私の体を刃先を切り裂いた。ギリギリではあるが自分の得物で受け止めたおかげで、刃先が太ももの肉を少し抉る程度ですんだ。
「うぐっ…!」
それでも痛い物は痛い。後方に飛んでいく刀を見送り、詠唱しておいた光の魔法を発動した。私から彼女たちに向かっている光を屈折させ、鴉天狗たちからは姿が見えないように作用させる。
「どこに!?」
来たのが鴉天狗たちでよかった。椛のような白狼天狗であれば、目に見えなくても匂いで追ってくるからだ。
目がいい分だけ文などの鴉天狗たちは人間並みにしか鼻は利かない。血を流していたとしても追ってくることはできないはずだ。切り裂かれた太ももを片手で押さえたまま、私は紅魔館を後にした。
再度振り返ると天狗たちは周りを見回し、どうにかして私を見つけようとしているが見当違いの方を探している。
あの様子では大丈夫だが、匂いで白狼天狗たちが追ってくると困る。血を洗い流して匂いで追跡されるリスクを減らしたい。紅魔館の近くにある湖からは、川がいくつか流れていたはずだ。
数分かけて一番紅魔館から離れているそこの下流に向かい、地面に降り立った。戦争をしていた名残があちらこちらに見える。木が折れたり、焼けている木もあるようだ。地面は爆発物が爆発したのか、円形に抉れている部分もちらほらある。
本当ならばシャワーなどで全身を洗いたいところだが、それはまた今度にするとしよう。どこに何が潜んでいるかわからないこっちの世界で、スキを晒すのは避けたい。
スカートを捲り上げ、太ももから足へと流れ落ちている血に川の水をすくい掛けた。ひんやりと冷たい水で濃い赤色が希釈され、薄くなって川に流れて行く。
『お久しぶりですね。大丈夫ですか?』
咲夜の性質を含む魔力が私の頭の中に声を流し込んでくる。
「ああ、久しぶりだな……」
『随分と、ひどい目に合わされましたね』
「そうだな」
短く返答し、太ももの傷から新たに血が流れ出してくる前に魔力で傷を治癒させた。見る見るうちに傷は小さくなっていき、塞がっていく。
「…………なあ、咲夜」
『何ですか?』
「お前さ、私がちゃんとあいつらを殺せるのか心配してたよな?」
『ええ、まあ』
「安心してくれ、あいつらは、…私が、この手で……」
「殺すから」
この時、魔理沙の目には炎が宿っていた。それは、咲夜が灯していた復讐の炎と全く同じ色をしていた。
1週間後ぐらいに投稿します。
都合により、六月一日に投稿します。