薔薇の騎士   作:ヘイ!タクシー!

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幕間、と言うか息抜きに書いたif話です。
戯れ言改め、戯れ話だと思って読んで下さい。

やっぱオリジナルは好き。






if物語 ~stay night編~
1話


 どれ程、この空間に囚われているだろうか。闇しか無い世界に堕とされて幾年。未だに燻る焔は己が身を焦がし続けている。

 世界の裏側へと封印されても。思考が停止しようとも。私の復讐の怨嗟が、絶望の想いが、消えることは無いのに。

 

 

 ―――そう言えば、私は何故こんな事を考えているのだろう。本来なら私の意識が戻ることは無いのに。何故今になって私の意識が浮上したのだろうか。

 

 ………ああ、そう言うこと………ですか。

 懐かしいモノを感じた。この場所で何かを感じることも許されていないのに、私は酷く懐かしいモノを感じたのです。

 私はコレを知っている。これは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________

 

 

 ドイツのとある広大な森。一面雪景色となった白銀の世界。その森の奥深くに一つの大きな城があった。

 

 アインツベルン城。

 人がいない城であり、人によって生み出された者達が住まう城。

 そこで人によって生み出された存在、ホムンクルス達がとある儀式を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインツベルンの宿願が、とうとう果たされる。お前は最高傑作の作品だ。そのお前が最強の英雄ヘラクレスを喚べば、必ず聖杯は手に入る」

 

「わかってる」

 

 城内のとある一室。壁際に一列に並ぶホムンクルス達が無感情で見守る中。アハト翁と呼ばれる老人が機械のような冷たい目で目の前にいる少女を見下ろしていた。

 

 それを煩わしそうに感じながら少女・イリヤスフィールは呪文を紡ぎ始めた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 イリヤの声が部屋中に響き渡る。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

 

 ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 イリヤの魔力が高まっていくに連れて、彼女の肌に紅い線が迸る。

 彼女の人間離れした均整の整った顔が、激痛で歪む。

 

「クッ………誓いを、此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者ッ。

 

 ………されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我は、その鎖を手繰る者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よッ!」

 

 魔力の奔流が部屋中に吹き荒れた直後、彼女の目の前で魔力が集い弾けたのだった。

 

 

 

 __________

 

 

 火の粉のように、辺りに黒く光る魔の破片が散りばめられ、気付けば甲冑を付けた一人の騎士がそこにはいた。

 

 現れた騎士は、表情が無いのではないかと疑ってしまうくらいに表情が動いていなかった。恐ろしいほどに顔が整っているのも合間っていっそ不気味だ。

 

 ただし作り物ではない事は明らかなようで、騎士はここが何処か理解していないのか、辺りをキョロキョロと見回している。

 

 そんな騎士の様子に、イリヤは痛みを忘れて呆然としていた。

 

「これが………ヘラクレス………?」

 

「伝承では巌のような大男と記されていたが………予想していた以上に小さいな。アーサー・ペンドラゴンの時と同じか………いや、そのような匙事などどうでも良いことか。それより、狂化を付与できたのだろうな?」

 

 アハト翁は無感動にその騎士を眺めながら、バーサーカーの召喚成功の有無が出来ているかが気になるらしい。

 イリヤにその確認をさせようとすると、目の前の騎士が動きを止めて喋りだす。

 

「………貴女達は―――」

 

「む。人の言葉が話せるか」

 

「貴女達は、誰、ですか?」

 

 騎士の見当外れな言い分に、アハト翁は狂化が成功できたことを確信する。

 これは聖杯戦争だ。聖杯によって呼び出されたサーヴァント達は、聖杯の知識から情報を得ている。つまり、召喚者が魔術師であることを知っているのだ。

 なのにこの騎士は自分達が何者であるかを問うてきた。言葉は話せるが、考えが覚束無い狂戦士と言った所だとアハト翁は予想する。

 

 ただ次に心配なのはその強さである。サーヴァントは見た目に反して強さがまったく違うことが多いが、やはりそれだけは気になるところだ。

 

 ならば、と。まずはその確認をするために、アハト翁はサーヴァントの言葉を無視してイリヤにステータスの確認を取った。

 

「イリヤスフィールよ。ヘラクレスの強さはどの程度だ?」

 

「えっと………」

 

「………お前は、おかしな事を言いますね………。私の名前はヘラクレス等ではない」

 

「………え」

 

 イリヤが騎士の強さを確認しようと意識を切り替えた直後、その騎士からアハト翁の告げた真名が間違っている事を告げた。

 

「なん………だと? では、貴様はヘラクレスでは無いのか?」

 

「………ええ」

 

「そ、んな………」

 

「なんということだ………まさか、最高傑作だと思っていた作品が、目当てのサーヴァントすら喚べない失敗作だったとは………」

 

 アハト翁はイリヤに侮蔑の目を向ける。

 

 失敗作。その言葉がイリヤにとって重くのし掛かる。

 彼女の顔は真っ青で。見るからに気落ち、いや、絶望しているのがわかる。

 

 そんな彼女の様子など一切気にせず、アハト翁はイリヤの出した結果に罵倒の言葉が吐き出される。

 

「やはり………やはり、裏切り者の血は裏切り者であったか! アインツベルンの悲願を裏切りおって! こんなことなら」

 

 アハト翁がその先を告げる事はできなかった。

 ずっとその場から動かずにいた騎士は、人の目では視認できない速度で動くや否や、アハト翁の首を手刀で切ったのだ。

 

 首がゴロゴロと部屋の隅に転がっていくと、身体は今更気付いたように噴水の如く血を撒き散らす。

 それを緊急事態だと判断した壁際のホムンクルス達は、一斉に戦闘態勢に入ろうとする。が、何故か彼女達は自分の身体を動かすことができなかった。

 

 まるで気圧されたように彼女達は動けないのだ。本来、ホムンクルス達に恐怖と言うものは存在しない筈なのに、だ。

 それだけに彼女達は自分達の現状に戸惑っていた。

 

 そんな彼女達を気に止めず、物言わぬ死体となった人形を見下ろした騎士は、次にイリヤへと目を向ける。

 その殺気にも似た鋭い視線。それだけでイリヤもまた動く事が出来なくなる。

 

(ああ………私、殺されちゃうんだ……………いや、もうどうでもいっか………。

どうせ私は失敗作。最高傑作である私が失敗作になった今………もう、アインツベルンは聖杯を手にすることが出来ないって結論が出てしまったんだから………私達は、無意味な物になったんだ………)

 

 死を直感したイリヤは、漠然と全てを諦めた。

 最高傑作である自身の価値も。自分の犠牲によって死んでいったホムンクルス達の存在も。全てが無価値となったことがわかった今、諦めるしかなかった。

 

 

 そんなイリヤの様子など気付くこと無く、騎士は唐突に屈むと、イリヤの顔を覗き込んだ。

 急に近付かれたことに驚くイリヤに、騎士はそっと彼女の頬に手を添えると、彼女と他のホムンクルス達を見回しながら呟く。

 

「貴女は………貴女達は………造られた存在なんですね………。

―――創造主の勝手な気分で造られて、勝手に価値を決められて、散々こき使われて捨てられる。私達と同じように………」

 

「………私を、殺さないの?」

 

「? なぜ、そうなるのかわかりませんが………私は、貴女を殺しませんよ。

………幸福な人間は嫌いですが、世界に嫌われた人はどうしても助けたくなる。

―――いえ、違いますね………。ただ、彼女と姿を重ねているだけで、同情に過ぎないのに………」

 

 どんどん騎士の話し声が小さくなっていくせいで、イリヤには後半が聞き取れなかった。が、どうやらこの騎士はイリヤを殺す気はない様子ではあった。

 

「そっか…………でも、私はもう……」

 

 それはわかっていても、イリヤにはもう生きる希望が無かった。

 いや。希望と言うモノすら、作品と呼ばれていた彼女には存在しなかった。

 

 拷問にも似た度重なる教育により、彼女は聖杯になるために生きる事以外道は無い。あとは、自分を裏切った相手への増悪だけ。

 彼女にはそれ以外無くて、それしかなかったのだ。

 

 命令を聞くしかなかった。受動的に生きるしかなかった。

 でなければ、ここで存在する価値は無くなる。死ぬ以外あり得ない。

 そして物の役割が無くなれば、造られた道具に残るのは処分だけ。

 

 希望と言うにはあまりにも的外れな生きる気概を失ったイリヤは、失意の底へと意識が転落し、俯く事しか出来ないでいた。

 

 

 

 そんな彼女を騎士が見た直後である。騎士は唐突にイリヤの手を引くと、彼女の身を抱き締めたのだ。

まるで彼女の身体を労るように、安心させるように、優しさに満ちた行動だった。

 

 背後に回された手が、イリヤの背中を優しく叩く。

 

「………私は貴女の事をよく知らないし、事情もわかりません。………ですが今、貴女が苦しみの真っ只中にいることだけは、朧気ですが理解してます」

 

「………だったら、何よ」

 

 騎士の行いに浮上したイリヤの意識が、騎士の話に耳を傾けた。

 それを理解したのか、ゆっくりと話し掛ける。

 

「………復讐しませんか? 貴女に苦しみを与える者達に。この汚れきった世界に」

 

「ふく、しゅう………?」

 

 優しい言葉とは裏腹に紡がれた否定的な言葉は、イリヤの心に滑り込むように侵入し、溶けていく。

 

「この世界は貴女を傷つける。貴女を守ってくれる者は少ないのに、不幸に貶めようとする者は数多くいる」

 

「それは………」

 

 イリヤの心に潜む復讐の炎を。衛宮切嗣とその息子に対する憎悪の炎を焚き付ける。

 

「幸い、貴女は私を喚んだ………。私だけは貴女を護ってあげられます。きらびやかな幸福を与えられた人種にはわからない貴女の絶望も、私ならわかる事ができます」

 

「ッ―――お前なんかに、何がわかるって言うのよ! 私は別に絶望なんてしてない! 勝手に私のこと知ったような口利かないで!」

 

 スルスルと自分の心に深く入り込んでくる騎士に、イリヤは恐怖を覚えた。

 

 何故、このサーヴァントはここまで自分の事を理解しているのか。

 何故、このサーヴァントの言がここまで心地良いと感じるのか。

 恐怖心からイリヤは否定するが、彼女もわかっていた。

 

 自分は苦しみを味わっている。

 物心が付いた時に親から、切嗣から見捨てられて。それ以降は拷問のような教育を施された。死ぬと思った事は何度もある。苦しい、助けて、と何度も救いを願った。

 

 だが誰も彼女を助けてはくれなかった。

 

 結果。自分は誰にも頼らない。独りでも生きてやるのだ。と、自己暗示にも似たプライドを持つことで、なんとか今まで保ってきた。

 

 実際、全て騎士の言う通りなのだ。

 

 何故ここまで苦しみを味わわなければならないのか。何故自分は裏切られるのか。

 なんで、自分は絶望しているのに、義理の息子と言う存在は、のうのうと幸せを享受しているのか。

 

 イリヤは溜まっていた増悪が破裂したのを感じた。だがそれでも、このサーヴァントの言葉を受け入れる事が出来ないでいた。

 

 むしろ、上っ面の言葉しか述べないような信用の出来ない存在だと判断した。

 

「私は独りでもやっていける! ずっと前からそうやって来たんだもん! お前なんていらない! 一人でだって復讐出来るんだから!」

 

「………そうですか」

 

「ッ………」

 

 思わず相手に啖呵を切ったイリヤだったが、離れる騎士が此方を見下ろす目を見た瞬間。自分の現状を理解し、後悔した。

 

 相手はサーヴァント。何処の英霊かは判明していないが、先程見た騎士の強さは、イリヤが勝てる次元を越えている。

 そんな超人(サーヴァント)を拒絶した自分が殺されるのは明白だ。それを理解したイリヤは身体が強張るのを感じた。

 

 

 しかし、またもサーヴァントの騎士はイリヤの予想外の行動をとる。

 騎士は少しだけ身を屈めてイリヤと同じ目線にすると、柔らかな口調で語りかけたのだ。

 

「………私は貴女(マスター)使い魔(サーヴァント)です。つまり、私は貴女と共にある事を許された者。貴女の苦しみは私の苦しみでもあるのです。

………自分の苦しみを取り除くくらい私の勝手でしょう?」

 

「それは………」

 

 マスターとサーヴァントの関係を持ち出されてしまえば、イリヤも黙るしかなかった。

 なにせ、自分が勝手に喚び出したのだ。本来なら殺されても仕方のない事をしているのに、騎士は自分の味方になろうとしてくれている。

 それさえも我が儘で否定するのは、彼女のプライドが許さなかった。

 

 それに、ここで否定して逆上した騎士に殺されれば、自分はただの愚か者でしかない。

 

 それを理解したイリヤは、ふと、ここまで味方してくれる騎士に興味が湧いた。

 何故ここまで自分の味方をしてくれるのか。自分のサーヴァントは生前に似たような事でも経験したのか。

 

 そんな考えに思いを馳せた直後。イリヤは未だに己のサーヴァントの真名すら知らないことに気付かされたのだった。

 

 

 あまりにも間抜けな事態に恥ずかしさを覚えながら、イリヤは感情の思うがままに目の前のサーヴァントに名前を尋ねようとして。

 止めた。

 

 イリヤはなんとなくだが、ここで真名を聞くのは負けた気がしたのだ。

 今になって真名を聞けば、相手に気を許したと勘違いされるかもしれない。

 それは少しだけ不愉快だった。

 

 だが同時に、自分のサーヴァントの事も気になってしまう。意識すればするほど、相手の事を知りたくなってしまう。

 

 

 相反する感情が攻めぎ合う。そして長い苦悩の末、イリヤは結論を出した。

 

 ―――別に気を許した訳ではないが興味が出ただけ。それに自分はこの素性不明騎士の主。真名を確かめるのになんの不都合も無い、筈………。

 

 そう己を納得させた。

 

「あ、貴方の名前………」

 

「?………なんですか?」

 

 納得はしたがやはり気恥ずかしかったのだろう。

 彼女は躊躇った後、漸くだが、その真っ白な頬を朱色に染めてボソボソと喋り出す。

 

「だ、だから………貴方の名前。教えてちょうだい………」

 

「ああ………なんだ、そんな事ですか」

 

 イリヤの言葉を正しく聞き取った騎士は、イリヤに跪くとその真名を告げた。

 

「私はローズリィ………ローズリィ・ゲールです。どうか親しみを込めて、リィルと。そう呼んで下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの5000文字越え。この文字数は問題児に紅茶、淹れてみました。以来かもしれません。


ナチュラルに前作品の宣伝。

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