朝。
ジャンヌの内なる叫びを聞いた立香は、寝不足であった。
「うう…………」
「まったく………ちゃんと寝なきゃ駄目ですよ先輩」
「だって………あんなこと聞いちゃったら寝れないよ」
立香の悲惨な状態にマシュは思わず溜め息を吐いてしまった。
弱々しい立香。これから度重なる戦闘があるかもしれないのに、マスターがこの調子では不味い。
それを理解しているから、ジャンヌはすまなそうに立香に頭を下げた。
「ごめんなさい立香。私が余計なことを話したばかりに………」
「いや、ジャンヌは悪くないよ!悪いのは盗み聞きした私だし!」
ワタワタと頭を下げる彼女に手を振って、責任が無いことをアピールする。
盗み聞きした身としては流石に申し訳ないと思ったのだろう。
「まあ、過ぎたことは仕方ありません。先輩には負担を掛けることになるかもしれませんが、一刻も早く事態を収拾しなければ」
「そうだね。まずはどこに行けば良いのかな?」
「そうですね………ここから近い街、ラ・シャリテで情報を収集しましょうか」
__________
「あああああああああああああああ!!!!!」
「たずげ………ギッ!!?」
「ふむ………やはり凡百の血では満足できんな」
「あら汚らしい………と、言いたいところですが同感ですわ。こんな物では私をより美しく染めることができない」
ラ・シャリテの街では、サーヴァント達による虐殺が行われていた。
たった数十分。
ラ・シャリテの街の人々や、そこに滞在していた軍がサーヴァント達に襲われ始めてから経った時間だ。
血を吸われる者。噴水のように血飛沫を上げて殺される者。業火で焼き殺される者。瞬時に首を断たれる者。
死因は様々だが、人々は圧倒的力の前に蹂躙された。
そんな光景を、さもつまらなそうにジャンヌは眺めていた。
「はぁ………まったく。復讐の為とは言え、こうもチマチマと虫を踏み潰しているだけなんて、なんだか飽きてしまいますね。これだったらリィルと一緒にいるか、あの子の手伝いでもしてあげれば良かったわ」
「マスター」
ふと、ジャンヌに声が掛かる。
その声に振り向けば、声を掛けてきたのは十字架の杖を持った少女だった。
「なんですかライダー」
「………いい加減、この茶番を止めたらどうですか? こんなことをせずともーーーーーー」
「復讐は果たせる。とでも言いたいのかしら?」
「………」
ライダーと呼ばれた少女は、話を遮られた事も気にせずジャンヌの返答を待った。
そんな彼女に、ジャンヌは煽るように質問で返す。
「それが先程から、なんの役目も果たさない理由ですか?それとも、聖女と呼ばれた貴女だから躊躇ってしまうのでしょうか?」
「………彼女がいる時点で、この世界の逝く末は決まりました。だから私は無駄なことをしないだけです」
「まあ口ではなんとも言えますが…………そうですね」
一度、ジャンヌは何かを考えた素振りを見せると、残虐な表情をライダーに向けて言った。
「だって、より残虐に復讐したいじゃないですか。魔女と私を蔑み、リィルを悪魔と呼んで石を投げつけたフランスに、ただ殺すだなんて、出来る訳がない」
「…………そう。それにしては、つまらない様子だけど?」
「だって実際飽きてしまった訳ですし。同じ台詞で助けを乞い、同じ顔で絶望する。一度見れば十分」
見飽きたモノを見続ける。ジャンヌはそれが苦痛だった。
殺される者達にとっては精一杯の命乞いと、死ぬ瞬間の感情が表に出ているだけなのだが、ジャンヌとっては一分の感情も湧かなかった。
「…………」
「さて、もう帰りましょう。他は飛竜達に任せれば…………ッ?」
用は済んだとばかりにオルレアンに帰還しようとした時、ルーラーとしての特権を持つジャンヌがサーヴァントの接近を感知した。
「帰る前に、楽しみが一つ増えましたね。…………同胞達よ!サーヴァントが接近しています。もてなす準備を」
ジャンヌは獰猛に嗤った。
____________________
燃え盛る瓦礫の数々と、生気の感じられない死体が蔓延る街、ラ・シャリテ。
そこで初めて、相容れないお互いの敵と遭遇することになる。
「――――――」
「――――――まさか、こんなことが起こるなんて」
瓜二つの少女達がいた。
まるで鏡合わせにように、そこには二人のジャンヌ・ダルクがいた。
「ねえ。誰か頭に水を掛けてちょうだい。じゃないとまずいの、ヤバイの、頭がおかしくなりそう。可笑しすぎる! なんて滑稽なのかしら!」
「貴女は…………貴女は誰なんですか!?」
カルデアの二人と共にいたジャンヌは、相手の姿に驚く。
服装や髪色は違えど、そこにはまったく自分と同じ姿をした存在がいる。
だからジャンヌはその存在に問わずにはいられなかった。
「フッ………あの子がいなきゃ何もわからない。何も出来ない。なんて惨めなのかしら。
――――――良いでしょう。上に立つ者として答えてあげましょう。 私はジャンヌ・ダルク。 甦った救国の聖女ですよ」
全体的に黒く灰色のジャンヌ―――ジャンヌオルタは、立香やマシュと共にいるジャンヌを馬鹿にしたように見下す。
自分が本物であちらが偽物。既にそれが証明されているからこそ、ジャンヌオルタは自信に満ちていた。
だが、そんな彼女をジャンヌは理解できなかった。
「馬鹿げた事を………そもそも、貴女は聖女などではない。この私のように………いえ、今となっては詮無き事。それよりも、何故この街を襲ったのですか?」
自分と同じ存在だと、確かにジャンヌオルタは言った。
なら、経緯はどうあれ黒のジャンヌはジャンヌ・ダルクなのだろうと、彼女は認める。
そして、認めた上でジャンヌは問うた。
何故こんな事をするのかと。そこには彼女にしかわからない何か大切な事があるのかと。
相手が自分だからこそ明確な理由がある筈だと、彼女は尋ねる。
しかし、返ってくる返答は予期せぬものだった。
「呆れた。そんなこともわからないのですか? 単に、フランスを滅ぼす為だから。それ以外に理由があって?」
「なッ!?」
ジャンヌオルタの発言に、ジャンヌは信じられないモノを見る目で彼女を凝視する。
だってそれは有り得ないのだから。
それはつまり、
「なんて愚かなことを………!」
「愚か? 愚かなのは以前の私達でしょう?」
「――――――何故、リィルを見捨ててまで、こんな愚かな国や愚者達を救おうと思えたのですか?」
「ッ!!? それ、は………」
今まで毅然とした態度だったジャンヌが、ここに来て初めて動揺を露にした。
脳裏に映るのは最後の瞬間。
此方が苦しくなるくらい、絶望と懇願を向けて泣き叫ぶローズリィの姿。
決して消えることの無い、己の罪。
「リィ、ル………」
ジャンヌの瞳が揺れる。後悔と罪悪感で泣きたくなる程に、ジャンヌオルタの一言が彼女の精神を揺らがせた。
そんな、今にも崩れそうなジャンヌを、隣にいた立香が庇うように前に出てジャンヌオルタに向かって吼えた。
「そんなの、そのリィルって人の為に立ち上がったからに決まってるじゃん!!」
「!? 立香………」
「……なんですか、貴女? さっきからそこの残り滓の周りを彷徨いているだけだから無視していましたが………あんまり目障りだと殺すわよ?」
「うひゃあ!?」
「先輩下がって!」
マシュが殺気を感じ取り、立香を己の後ろに引き寄せて盾を展開した直後。肌を焦がすような熱気に襲われる。
『うわ! 睨んだだけで呪いを放ったぞ!? 凄い執念だ』
「もう一匹、目障りな蝿がいますね」
『ちょ!? コンソールが燃えだした!?』
カルデア組がすっとんきょな叫び声を上げている中、ジャンヌは平静を取り戻す。
一歩、前に出て立香の隣に並ぶ。
「マスター………どうもありがとう」
「ジャンヌが言ってたからね。その人が安心して暮らせるようにって。…………その気持ちは、絶対愚かなんかじゃない」
「…………そう、ですね。それだけは、私の偽り無い確かな誇り…………
――――――
それを忘れてしまった貴女は私の敵です。英雄ではない。 ただのジャンヌとして、私は貴女を討つ! 」
毅然とした態度で、彼女はもう一人のジャンヌに旗の穂先を向けた。
旗に誓った、己の
それでも、ジャンヌは旗を掲げる。
後悔しても良い。その結末を受け止められなくても良い。
しかし、その誓いだけは目を背けてはいけない。誰もがそれを否定しようと、忘れようと。
それだけがジャンヌの唯一の誇りだから。
頑張って削ってるけど、ムムム……
あんまり、主人公の正論的暴論て好きじゃ無いんですが………まあ、物語上ここは許してください。