ところでネロ祭なんですが。
ジャンヌ3人出てきた時に、後ろの方でローズリィの姿を幻視しちゃいました。
そのうちリリィがお持ち帰りされる可能性大ですね。
その膨大な魔力を始めに気付いたのは誰だったか。
「この、魔力は………!?」
「ッ!」
『一人物凄い勢いで近付いて来るよ! 警戒してくれ!』
サーヴァント達が取った臨戦態勢とロマニの忠告に、立香は緊張で張り詰める。
と言うよりも、彼女も迫り来る圧迫感を感じ取っていた。
遠方からでも本能が警告する、自身の崩壊を想起させる存在。
それが今まさに、彼女達の前に空から舞い降りた。
まず目についたのが、鮮血のような赤が所々に施された黒の甲冑。ついで色が抜けたように薄いピンクの髪に、黒のサークレット。
病的なまでに白い肌は、宝石のように輝く紫色の瞳をより強調していた。
「えっ………………」
誰もが、その人形のような美貌と、不気味なほどに感情の見え無い表情、場を支配する濃密な存在感に硬直している中。
ジャンヌの声が良く響き渡った。
驚愕によって彼女の目が大きく見開く。
熱に浮かされたように頬に赤みが増し、真っ直ぐその騎士を見つめる。
「そん、なことが………なんで………」
ジャンヌは一歩足を前に出す。フラフラと身体を揺らしながら、何かを求めるようにその騎士に手を伸ばした。
そして、声に気付いた騎士もまた、近付くジャンヌを視界に入れた瞬間、無表情の目を零れ落ちんばかり見開いた。
「………………ジャンヌ、なのですか?」
「ッリィルなのですね!」
現れた騎士・ローズリィの声を聞いた瞬間。ジャンヌは彼女の下へ駆け出した。
「リィル!」
「わぶッ」
誰一人として駆け寄るジャンヌを止める間もない程、凄い勢いで彼女はローズリィに抱き付く。
ゴキッと鳴ってはいけないような音がローズリィの首もとから鳴った。
が、それに気付かず感極まったままジャンヌは、彼女を己の胸へと抱き寄せる。
「ああ………リィル、リィル! もう一度………もう一度会えましたッ!」
「んく、ぷは………痛いですよ、ジャンヌ」
頭と背中をホールドして抱き付くジャンヌから、慣れたように顔を出して息継ぎをするローズリィ。
文句を吐く彼女だが、その鉄面皮が綻ぶ程に、再会を喜んでいるのがありありとわかる。
そんな彼女の姿を見て、ジャンヌは目元を潤ませていた。
「ずっと…………ずっと会いたかった! 貴女に会って謝りたかった! あんな最後を迎えさせてしまった貴女がずっと心残りだったッ!
でも、それ以上に嬉しいんです! もう一度、こうして会えて………本当に良かったッ」
「ジャンヌ………私も、もう一度ジャンヌに会えて凄く嬉しいです………」
片腕をジャンヌの背中に回し、残った手を彼女の頬にそっと当てる。
「ああ、リィル……リィルっ」
「ん……ジャンヌ」
その温もりを肌で感じて、お互いの存在を確かめるように名前を呼ぶ。
もう離さないとばかりにジャンヌが強く抱き締めれば、それに応えるようにローズリィもまた腕に力を込める。
友人に再会したと言うにはあまりにも情熱的な抱擁で。主従関係と言うにはあまりにも近過ぎる二人に、カルデア側は呆然としていた。
「………な、なんか……凄いですね、あの二人」
「素敵ね! ベーゼもいいけど
二人の姿を見てマシュは顔を赤くし、マリーは純粋に二人の抱擁を羨ましそうに眺める。
他の面々も先程までのローズリィの登場から張り詰めていた緊張を解き、ついでジャンヌの普段見れない姿にただただ驚くのみだった。
そんな時だ。
ローズリィやジャンヌ、そして立香達のいる辺りが突如明かりを失う。
突然の出来事に皆が空を見上げれば、太陽を背にした巨大な影の物体が降りて来るところだった。
「っ!!?」
最初にその生物の正体に気付いたのは、生前に相対したジークフリートのみ。だからこそ、その生物の恐ろしさを良く理解して手に持つ大剣を握り締める。
他の面々も、その生物の全容を見ることで驚愕を露にした。
「な、なにこのデカさ!?」
「不味いです先輩。この大きさは…………」
「…………まさか、英霊になってまで会うことになるとはな…………ファヴニールよ」
「GRAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
爆音とも形容できるその咆哮が、大地を震わせた。
全長50メートルは下らないであろう巨大な黒い体躯。
力強く羽ばたくその大きな翼は一振りで突風を起こし、禍々しい顎は何物も砕き破壊する。
鋭く尖った爪は空を切り裂き、地を踏み締める足は全てを蹂躙するだろう。
生物の頂点にして最強の幻想種。邪竜・ファヴニールが立香達の前に君臨する。
その存在は、ただいるだけで人間の本能に恐怖を刻み付ける。
最近までただの一般人でしかなかった立香は無意識に後退り、少しでも遠くへ逃げようと身体が勝手に動いてしまう。
「ひっ…………」
「ッ先輩! 落ち着いてください!」
「ぁ…………だい、丈夫…………ありがとマシュ」
マシュに支えられてようやく正気を戻した立香。
だがやはり恐怖心は拭いきれないのだろう。ガチガチと歯を鳴らし、小刻みにその華奢な身体を震わせていた。
「ハッ、不様な姿ね! 前は私に対してあんな啖呵切った癖に、いざ絶望を前にすれば恐怖で身体が竦み上がるだけ。所詮、口先だけの一般人てことね」
そんな彼女の上。つまりファヴニールの頭から聞き慣れた、だが此方を見下したような声が降される。
もう一人のジャンヌ・ダルク。ジャンヌオルタが三人のサーヴァントを従えて、そこにいた。
オルタは一同を一瞥すると、抱き合っているローズリィを見て舌打ちする。
すると、ジャンヌとオルタの視線が交じり合った。
「もう、一人の私…………!」
「チッ…………リィル! そんな残り滓など放っておいて此方に戻りなさい!」
「な………まさか!?」
オルタが掛ける声の意味を理解したジャンヌは、思わずと言った様子でローズリィを見る。
それをさして気にした様子も見せず、ローズリィはオルタに返事を返した。
「………意味がわかりません、ジャンヌ。このジャンヌは私の知ってるジャンヌです…………であれば、彼女も連れていけばいいでしょう?」
「はぁ…………狂化が付くと、私達への思考が鈍くなるのが珠に傷ですね。
リィル。その女は私達を裏切ったのです。そちらにいるのがその証拠でしょう? であれば、その女は私達の敵だ」
「何を言ってるんですか? …………ねぇジャンヌ。ジャンヌは前みたいにまた私と一緒に来て…………」
ローズリィが顔を上げてジャンヌに確認を取ろうとすれば、そこには顔を真っ青に染めた彼女の姿があった。
「うそ………なん、で…………」
顔色は頗る悪く、唇は震え、声にならない音が漏れる。
ジャンヌがローズリィの抱擁を解き、突き付けられた事実を拒絶するかのようにゆっくり首を振りながら後退る。
それを見て、ローズリィもまた理解した。
いや、理解していた事をようやく認めてしまった。
何故なら、彼女の知っているジャンヌは決して復讐等と言った行いをしないから。
人を憎む。況してや主である神を恨む事など、絶対にあり得ないと知っているから
ただ、それでも理解したく無かった。敵対するなど思ってもいなかった。
ずっと。ずっと一緒にいた。それは当たり前のように。絶対条件のように。
ジャンヌが無条件で自分の味方であると思っていたのだ。
だが現実は違った。
「ジャン、ヌ…………何故なのですか? なんで、私の傍に居てくれないの?」
「違う………違う、違う! これは私の過ちだッ。私のせいだ…………! 私がリィルを…………」
「待って! 私の話を聞いて!」
「ッ!!」
ローズリィの叫びが、ビクリとジャンヌの身体を揺らす。
ゆっくりと目線が合わされば、ジャンヌの瞳に映っていたのは後悔と不安。それはつまり、ローズリィとの決別の証だった。
「もう、私のことが嫌いになってしまったんですか………? 結局、貴女を助けられなかった私を、憎んでいるのですか?」
「違う……違うんですリィル!! 私は一度も貴女を嫌ったことなんて無い!! 貴女はいつだって私の………………違う……違うのに、なんで………」
復讐者へと変えてしまったローズリィへの罪悪感。大切な彼女を裏切る事への恐怖。
ジャンヌは紛れもない英雄だ。英雄だからこそ、既に決断は決まっている。
ジャンヌは決してローズリィに付いて行くことはないだろう。
激情に身を任せては誰も救われない。それでは、ローズリィを助けることは出来ないと理解しているから。
だが、決断と感情の一致はまた別である。
最も親しい相手を傷付けることに、何も思うことが無い者はいない。特別な相手に対してだからこそ、その思いは一段と特別なのだ。
することは決まっている。だけどそれを行動に移すことは身を引き裂くよりも辛い事だ。
幾度となくローズリィの最後を思い起こし、身を焦がす程の後悔に襲われているのだ。
最後に聞いた慟哭をジャンヌは知っている。だからこそ、ローズリィが止まることは無いことも痛いほどわかっている。
――――わかっている。わかっているのだ。
彼女を復讐者に変えてしまったのは自分だ。だから、自分がどのような罰を与えられても甘んじて受け入れよう。
――――だけど、これは違う。これだけは違う。
彼女が復讐に走れば、それをさせてしまった自分が止めるしかない。それは義務だ。課せられた罪であり罰だ。
――――でも、それでも。あんまりではないか……
心優しい彼女を
なのに自分は正論を翳して、行わせている彼女の行動を正し、阻もうとする正義側にいる。
偽善者どころの騒ぎではない。これでは、とんでもないほど最悪な詐欺師だ。
これの何処が聖女だと言うのか。
大切な人を貶めて、自分は我が物顔で正義を振るう。
聖女処か人間ですらない。悪魔の所業だ。
許されるのなら、この身を串刺しにして業火で焼き尽くしてしまいたい。できることなら、彼女に憎まれて殺されたい。
「リィル………止まることはできませんか? 今からでも、私達の所へ………」
「ッ………わ、たしは………やらなければならないことがあります………ジャンヌの為にも、止まることは出来ないッ………」
「………………」
わかってはいても、ジャンヌは拒絶の意思を聞いてショックを受ける。
ジャンヌの為にと聞いて、彼女にその復讐を強いてしまった事に罪悪感で張り裂けそうになる。
「止めるしかないよ、ジャンヌ」
「立香………」
いつの間にか立香が横にいて、支えられている事にさえ気付かないほどジャンヌは憔悴しきっていた。
それでも、不思議と立香の声だけはジャンヌの耳に残った。
何も知らない筈なのに。先程までファヴニールを恐れてそれどころでは無かった筈なのに。
いざジャンヌが崩れそうになれば、そっと支えてくれるその存在に、不思議と彼女は
「止めようジャンヌ。事情はわからなくても、それだけはやらなきゃだって私にもわかるもん」
「……………ええ、止めてみせます。リィルを救う為に。私の罪は、その後に償ってみせる」
決意を明確にしたジャンヌは旗を掲げる。倒す為ではなく、彼女を復讐から救うために旗を掲げる。
ジャンヌに釣られるように他のサーヴァント達もまた、武器を構え臨戦態勢を取った。
張り積める空気。風が頬を撫で、ファヴニールの唸り声だけが響く中。
壊れた器具のような、雑音が混じった嗤い声が彼女達の耳に届いた。
「ハッ、ハハ………」
最初、人の声であることすらわからない程に欠落しひび割れた声であった。
「アハッ………ハハハ………」
「リィル………?」
声の発生源を見れば、人形のように首を傾け瞳から光を無くしたローズリィがいた。
異様な姿に、ジャンヌやオルタが声を掛けても返事を返さない。
彼女は
ただただ狂ったように
嗤った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」