冬木の郊外、そこにある深い森の奥地。そこには元は廃墟となっていた大きな城がある。
どこの誰かの金持ちがその城を別荘にしていたと噂されていたが、それも十年前から人の気配が無くなっていた。
それだけ長く使われていなかった廃墟。数年前までは生活が困難なほど廃れた城であったが、今は人の手によって綺麗に整えられた状態となっていた。
城の中庭にはかなり立派な花壇に花を咲かせており、その花壇を手入れする一人のホムンクルスがいる。
白を基調とした服を身に纏い、鼻唄交じりに手入れする彼女の姿はとても機嫌が良さそうだ。
「セラ~」
「はい? 何ですかお嬢様」
そんな彼女に後ろから、声をかけてきた一人の少女・イリヤが近付いてくる。
イリヤの数歩離れた位置からは、甲冑を着けた騎士とセラと呼ばれたホムンクルスと同じ格好をしたホムンクルスが彼女の後を追っていた。
「リィルとリズがそろそろお昼にしたいって言うから呼んできたの」
「はぁ……………………リーゼリットは従者でバーサーカーはお嬢様の使い魔でしょう? なんでお願いされてるんですか!」
「私も、バーサーカーも、お腹が空いたから?」
「リーゼリット!!」
イリヤの侍女らしくない発言にキレるセラ。いつも見る二人のやり取りを、残ったローズリィは傍観に撤しイリヤは話が進まないとばかりにセラに文句を告げるのだった。
「大体、サーヴァントであるバーサーカーに食事は必要ないでしょう? なぜ貴方もあやかっているのですか!?」
「…………サーヴァントであろうと、食事をしたいときもあります。それに、ジャンヌも言ってました。働く者は食うべきだと」
「貴方は何もしていないでしょう!?」
城の居間にて、大きな大理石で造られたテーブルにイリヤとローズリィ、それとリズが椅子に座って食事をしている。
セラは侍女としての役割を果たすために律儀にイリヤの後ろに回り控えている。但しいつもの通り、小言を加えながら。
イリヤ達が冬木に来てから、ここアインツベルン城に滞在している間はずっとこの調子である。
アハト翁をローズリィが殺したことで、イリヤは聖杯を必ず取らなければならない、と言った使命感も義務も薄れた。
と言うよりは、他に彼女にとってやることができた事が大きい。
その為に聖杯は必要なのだが、それは強制的な物ではなく欲望に近い形だ。その為、今までの彼女より切羽詰まった様子は消えていた。
だがそれも今日まで。彼女が参加しようとしているのは聖杯戦争であり、何時いかなる時も敵とは現れるものだ。
「ッ!!」
「…………漸く、聖杯戦争が始まろうとしているのですか」
イリヤが何かに反応を示したことで、ローズリィもその意味を理解する。
イリヤが感じ取ったのは、アインツベルン城を覆っている結界内に侵入者が現れたこと。そして、その侵入者が魔力の塊に近い存在であること。
つまりサーヴァントである。
イリヤは席から立ち上がると、サーヴァントがいるであろう場所へと足を向ける。
それに伴い、二人の侍女はその場から消えて、ローズリィはイリヤと共に歩き出したのだった。
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城の中庭。そこに全身青いタイツを身に纏い、赤い槍を手にした男が佇んでいた。
彼は城の景色や花に目をくれず、何が不満なのかつまらなそうに顔を歪ませながらただただ待っている。
が、城の中から出てきた二人の姿を目に捉えた直後、好戦的で野性的な笑みをその顔に張り付けた。
「おう、漸くお出ましか? わざわざ敵地のど真ん中に攻めこんで来てやったんだ。せいぜい俺が満足できるくらいはしてくれよ」
「アポイントメントも取らずに急に押し掛けるなんて礼儀知らずな使い魔ね。マスターの品格を疑うわ?」
「はっ、ガキにしてはよく吠えやがる…………嬢ちゃんがマスターってことでいいんだな? ってことは後ろのお前がサーヴァントか」
男はイリヤに目を向けると、そこから彼女の後ろに立つローズリィを一瞥する。
その目は既に、獲物を狩ろうとする狩人の眼だ。
浴びせられた殺気にローズリィは無言で応じると、イリヤの前に出る。 ローズリィの腰には、いつの間に取り出したのか禍々しい気配漂う黒剣が差さっていた。
「へぇ…………いいねぇ、わかってるじゃねーか。見たとこ、お前さんはセイバーって感じか? こんな序盤で最優のサーヴァントと当たれるとは中々ツイてるな」
「…………そう言う貴方は、ランサーのサーヴァントでしょうか? その魔槍。それに神の気配…………チッ。忌々しい存在ですね貴方は」
ランサーと呼ばれた男は敏感にローズリィの気配が変わるのを察知すると、彼は槍を構えた。
迸る殺気が二人の間に満ちていく。
満たされていくと共に、場の空気が張り詰めるかのように冷たく、必然を異質へと塗り替えられる。
その空気に似合う獰猛な笑みを浮かべていたランサーは、一瞬無表情に戻った。
直後、離れていた位置から彼の姿が消える。
端から見ていたイリヤは慌ててローズリィを見た。そこには首を傾けているローズリィと、彼女が先程置いていた頭の位置を槍で突いていたランサーの姿があった。
ローズリィが初撃を避けたのを確認したランサーは、再び笑みを浮かべると、槍を引き戻すや否やローズリィに高速の突きを放つ。
それを当たり前のように無手で槍の側面を弾く彼女は、素早くその手を引き戻すと、既に突き出されていたランサーの槍をもう一度弾き返した。
槍を放ってから引き戻しもう一度槍で突く。
一連の所作にタイムラグがまったく生じないランサーの技は、戦いの素人であるイリヤには槍が消えて見えていた。
それでも、空気が震え衝撃で起こる風が彼女の身体を叩く度に嵐のような鋭い連撃が、ローズリィを突き殺そうとその猛威を振るっているのがわかる。
彼等の戦いに耐えられず城の石畳は捲れ、地盤が陥没する度に二人は移動しながらその手を緩めない。
防戦するだけのローズリィは、一度高く飛び上がると城の城壁を越えて森の中へと入る。
それを追うランサーもまた跳び上がり森の中へと消えていくのを見送りながら、イリヤはローズリィの勝利を密かに祈るのだった。
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深く木々が茂る森の中で、黒と青の人影と共に赤い閃光が駆ける。
「しっ!」
「…………」
ランサーが槍を突き出せばローズリィは手で槍の腹を弾き、懐に潜り込むと掌底を彼の土手っ腹に撃ち込む。
ランサーは身体を捻り繰り出された掌を躱すと、その遠心力を利用して槍を一閃した。
「甘い…………!」
「ぬおっ!?」
横に薙いだ槍はローズリィが腰を落とすことにより当たること叶わず、逆に腰溜めの力をバネにランサーの身体を蹴り飛ばした。
ローズリィの蹴りをモロに受けたランサーは、木々を薙ぎ倒しながら弾丸を越える速さで森の奥へと消えていった。
木が折れる破壊音が遠くなっていくのを聞き取りながら、ローズリィは溜め息を溢した。
「はぁ………………これくらいで死ぬならいいんですけど、ねっ」
直後、ローズリィは首を傾けて横から襲い来る紅い閃光を避ける。
同時に迫る青い脚。見覚えのある蹴りを手で受け止めながら、ローズリィは横を向いた。
そこには嬉しそうに笑うランサーの姿があった。
「やるねぇ坊主。いや、流石はセイバーと言ったところか…………。まあなんにせよ、そろそろ本気を出しちゃくれねーか?」
「…………それは、どういう意味ですか?」
「さっきから腰に差さってる御大層な剣を抜かずに何言ってやがる。それともその剣は飾りか何かか?」
「…………そうキャンキャン戌のように吠えないでくださいランサー。
弱く見えますよ?」
ローズリィがランサーに告げた瞬間。ランサーの動きが劇的に変わった。
今までとは異なる、倍以上の速さでランサーは槍を放ったのだ。
ただの突き。ソレだけで突風を生み出し、二人の戦いで地盤が捲れ掘り起こされ土埃が舞う。
だが、ランサーのその速度と威力を以てしても彼女には当たらない。ローズリィはあろうことか槍が顔面に届く直前で手を迸らせて、槍を掴まえていた。
「…………そもそも、先程まで手加減していたのはランサー。貴方の方でしょ?」
「……………チッ。あーあ……挑発に乗っちまったぜまったく」
「そうですね。ですがその方が良いと思いますよ…………だって」
その時、ランサーは何かを感じ取った。
彼女の手。もっと言えばその手と己の槍に、野性的な直感が恐るべき危機を予知した。
彼は慌てて槍を操り彼女の手を振り払う。
そのままローズリィから数十メートルを一歩で離れると、警戒と殺気を込めた眼差しを彼女に向けた。
「…………流石に貴方ほどの英雄であれば気づかれますか。まあ良いですが」
「テメェ…………今何をしようとした!」
「さあ…………それは貴方が近付けばわかると思いますよ? ですが…………私はわかりました。その魔槍、やはり因果逆転の呪いが掛けられた槍。名を、
そう、ローズリィは確信したように告げる。
ゲイ・ボルク。それはケルト神話において影の国の女王・スカサハがその弟子であるアイルランドの『光の御子』クー・フーリンに授けたと言う呪われた
つまりその槍の担い手はスカサハかクーフーリン。
「……よく言ったセイバー。ならば喰らうか? 我が必殺の一撃を」
「私は構いませんが……いいんですか? だってそれ…………使えないでしょう?」
「あ? 何言っ………ッッ!?」
突如、ランサーが構えていた槍の穂先が
慌ててランサーは槍の進行を阻むように手を出して、掌を貫かれながら槍を止める。
しかし今だ彼の心臓を射抜くのを諦めていないかのように進もうとする槍に、ランサーは魔力を流し込んだ。
「ッソが。暴れてんじゃ、ねぇ!!」
ギチギチと、彼の槍が音を立てる。
軋む槍を無視し、ランサーは槍の違和感の正体である赤黒い魔力を自身の魔力で外に押し出した。
「…………」
槍と格闘するランサーを、ローズリィはただ眺めるように見ていた。彼に何かするでもなく、彼の様子をただ漠然と眺めているだけ。
そんな彼女に、槍に残っていた異物を取り除いたランサーは苛立ったように話しかける。
「テメェ…………色々言いてぇ事はあるが、まあいい。ただ一つだけ答えろ。何故今俺を殺りにこなかった?」
「…………」
「コイツを制御している間、俺は少しだが隙を晒した。そこを狙われても殺られるような俺じゃねーが、だとしても手傷くらいは負っただろう…………それを逃すような力量じゃねーだろ、お前は」
ランサーは凄むように怒気をローズリィにぶつけた。返答次第では許さないとばかりに、槍を構える。
そんな彼に、ローズリィはいつもの人形のような感情の見えない顔でポツリと呟く。
「何故と言われても………お遊びだからでしょう?」
「あ?」
「だから、お遊びです。貴方は殺すつもりで襲い掛かって来ましたけど、決して本気ではありませんでした。手を抜いていました。…………ほら、お遊びでしょう?」
ローズリィが妖しく微笑む。
彼女の態度はランサーを馬鹿にしたようなモノであり、当然それをランサーは理解している。だがそれでも彼はその様子に激昂などせず、ただ黙った。
彼女のソレは慢心でも驕りでもない。純粋にそう思ったからローズリィはお遊びで戦い、そしてチャンスを無視した。
それはランサーにとって侮辱行為であると同時に、今の自分が手加減される状態でしかないことに苛立つ明確な証でもある。
そう気付いたランサーは構えを解くと彼女に背を向ける。
当然ローズリィが疑問に思えばランサーは背を向けながらポツリと言葉を発する。
「やめだ。どうやら今の俺の状態じゃぁ、お前に全力を出させるのは無理らしい。ならこんな無駄な事やってもつまらん」
「おや? 私は楽しいですが? いくら憎むべき神の気配が漂っているとはいえ、貴方は英雄らしい英雄。お遊びは面白いです」
「そうかよ………………ったく、こんなふざけた令呪がなけりゃ、テメーと殺し合えたのにな」
そう言うとランサーはその走力をもって瞬時にローズリィの視界から消えていく。
森の木々で見えなくなるまで彼の後ろ姿を見送ったローズリィは、二人の従者に影から護られているであろうイリヤの下へ戻っていった。