それと、ついでにSNの方も近いうちに載っけます。こちらは気分転換に書いているのであんまり気にしないで下さい。
表と裏の狭間。世界の果ての更に外、されど理から外れることの出来ない世界。暗く、深い、陽の当たらない『影の国』。
その国にある永遠と続く森の中央。歪で、禍々しく、広大な城。
城下は現世ではあり得ない化物達が跋扈し、城の廊下には冥界から外れた悪霊がのさばっている。
そして城の最上階にある広々とした謁見の間の最奥。その玉座にて、この国の女王が悠然と座っていた。
彼女の名は、スカサハ。影の国の女王にして、その門番。
「――――門が開くか」
女王の見る先。謁見の間の中央にある大きな門から、彼女は何かを感じ取った。
直後軋んだ音が響くと同時にその門が開き始める。
門の先。闇の中に一筋の光が灯る空間で、一人の少女がふらふらと門の下へ歩いているのが見える。
ゆっくりと、ゆっくりと。例えフラつこうとも一歩一歩踏み締めながら、不安定な世界で己の存在を確かめるように、確実に影の国へと侵入してくる少女。
無限とも思えるほど長かった時間が過ぎ去り、コトリと、少女の履いているブーツの底が城の床を叩いた。
その女を目の前にして、女王はただ凛とした姿で座っている。
「ほう…………まさか、生きながらにしてこの世界に訪れる者が今も居ようとはな。何千年ぶりの来訪者だ?」
「貴女が、スカサハか」
来訪者は黒い髪に無機質な表情、アメジスト色の瞳が特徴の人形のような少女だった。
そんな彼女に興味があるのか、スカサハは不遜な態度を気にせず語りかける。
「おうとも。儂が影の国の門番にして唯一の女王。それを問う貴様は何者だ? 魔術師」
「…………私の名前は
これが二人の初めての会合。原初のルーンを求めにやって来た一人の魔術師と、弟子に飢えたこの世界の支配者の出会いだった。
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不気味に胎動する暗い森の中。一人の少女が必死に槍を振るっている。
「ほらリル。モタモタしていると次が来るぞ?」
「ふざけんじゃ、ないわよ!」
いつもの無表情が怒りと焦りで染まり、璃瑠の身体中に様々な傷痕が出来ていた。
璃瑠を襲う怪物。それは強靭な四肢に、象を越えるほど巨大な体躯、そして最も特筆すべきが犬の頭部を3つ持つ幻想種の一角。
名をケルベロスと言う。
「このッ!」
『GYAAAAAAAAAA!!!』
迫り来る一頭の牙を避け、手に持つ槍でその眼を抉る。
その隙に死角から迫るもう一つの頭から、地面を蹴ってその場から離脱することで間一髪逃れる。
スカサハがいる近くに着地した璃瑠は、観戦している彼女に悪態を吐いた。
「なんだって、こんな幻想種がそこら辺を闊歩しているの! 神秘の秘匿処の騒ぎじゃないわ!?」
「はっ。言っておくがその獣は雑種のケルベロスだぞ? 本来のソレより力は劣るし、それより力のある獣などここでは巨万といる。それと、私に対して礼儀がなっちゃおらんぞ」
「ッ…………すい、ませんっ」
根源に至るため、その過程である原初のルーンを得るために影の国に訪れた璃瑠。
その筈の彼女は今。何故かスカサハから武の極意とその極地に至るため、死の修行を受ける羽目になっていた。
「なんだって、こんなことにッ!」
再び迫る怪物に対して璃瑠は槍を振るい続けながら、こんなことになってしまった原因である数日前の出来事に思いを馳せる。
璃瑠がスカサハにルーン魔術を教わろうと願い出た時、スカサハは彼女にある条件を出したのだった。
「遠路遥々こんな魔境にやって来た貴様の願いはわかった。だがその願いに私が応えるかどうかは私が決める事だ」
「…………どうすれば、教えてもらえる?」
「そうだな…………私が出す条件を飲めば、ルーンの真理全てを教えてやらんでもない」
スカサハが言う条件と言うものに対して、璃瑠はかなり警戒した。
何せ彼女は影の国の女王。数多くのケルトの英雄達を弟子にした大英雄だ。どんな無理難題がやって来るか、分かったものではない。
そう考えて身構える璃瑠に対して、スカサハはなんでも無いかのように告げる。
「簡単なことだ。私が教える武芸を先に体得すれば貴様の望みを叶えてやる」
「…………武芸? 何故私が?」
その内容に拍子抜けする璃瑠であったが、さらに疑問が生じた。何故、武術を教えるのか。それもスカサハが自分に。
はっきり言って謎である。
「お主は魔術よりも、どうやらそっちの方に才能があると見た。それも、極めれば英雄に匹敵…………いや。私が教えれば確実に越えるだろう極致まで至る。ならば教えなければ勿体ないだろう?」
そう言って、久々にオモチャを得た子供のように笑うスカサハに対して璃瑠はただ要領を得ない風に頷くしかなかった。
それがどんな地獄への片道切符かも知らずに。
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「あの頃のリルは可愛げがあったものだ。修行がそんなに嬉しいのか、毎回泣いて悪鬼羅刹の獣や堕ちた神霊共を殺していたからな」
「多分それ喜んでません、よね…………?」
「ケルト怖い…………流石クーフーリンの師匠なだけある」
何でも無いかのように話すスカサハを見ながら、立花は震えていた。
思い出すのはマシュの宝具を使えるようにするために起こしたスパルタ特訓。マリー所長と共にとばっちりを受けたのは今でもトラウマであったようだ。
今、立花とマシュが聞いているのはローズリィとスカサハの過去、らしい。
と言うのも彼女いわく二人が出会ったのは1400年より未来、立花やマシュが生きる現代に近い時であるから、良くわかっていないのが現状だった。
そんな二人の疑問を他所に、スカサハはただ彼女との過去を話し続ける。
「最初の頃は弱い幻獣や悪霊などを相手どらせていたが、奴は筋が良くてな。次第に魔猪やペガサスと言った力のある幻獣や数千年とさ迷い続けた霊。果ては影の国に住み着いていた竜や神霊なども殺していた。
…………だから私は先程、奴が敗れたと言う話に違和感を覚えたのだ。たかが6000人ごときに負けるなら竜種など勝てるわけが無いからな」
「なるほど…………」
「まあそれは置いておこう。私は奴に私が持つ技術の全てを叩き込んだ。槍から始まり、剣や弓、終いには体術もな。私も暇だった故、つい熱が入って奴一人に掛かりっ切りになってしまったが……………それから私はリルに原初のルーンを教え始めたのだ」
ルーン魔術。「ルーン文字」を刻むことで魔術的神秘を発現させる魔術で、それぞれのルーンごとに意味があり、強化や発火、探索といった効果を発揮するモノだ。
そして原初のルーンとは北欧の主神オーディンが苦行のすえ見つけた文字。そこから派生された今のルーン文字とは神秘の度合いが違う、全くの別物と言っていい。
「まあ、リルは魔術より武芸の方が圧倒的にセンスがあったがな。奴の起源は『概念』…………酷く面倒で扱いが難しい代物だ」
概念とは酷く抽象的な意味を持つ。事象や現象に一切の干渉は持てずとも、世界が決めた法則や意味を持つあいまいな物。
それがリルの持つ起源、普遍的ともいえる概念に干渉する彼女の力であったとスカサハは言う。
「『概念』とは突き詰めれば『権能』に近い属性だ。生前の神格を得ていた私であればリルの研究の手助けもできる故、手を貸してやったのだが……………私は戦士であって魔術師ではない。手助けするのにも限界があったのだ。私の
少しばかりだが、スカサハの瞳に憂いのような影が見えた。まるで望んだものが二度と叶わないかのような、ほんのわずかの切望と落胆が。だがそれも一瞬。普段の凛とした表情に戻ったスカサハは、二人に語る。
「だから私は不肖の弟子の為に一肌脱ごうかと思ってな………リルの夢が叶うのか、視た」
「視た、とはどういうことですか?」
「そのままの意味だ。私の生前は未来視の千里眼を持っていたからな。奴の未来を視たのだ」
未来視ができるという言葉に、立香は過剰に反応した。なにせ未来が見えるとは現代っ子である彼女にとって夢が膨らむ能力だからだ。誰もが欲しいと思う超能力トップ5に入ると言っても過言ではない。
「ならスカサハはこの特異点の未来も見えるの!?」
「……………残念ながらそれは無理だ。なぜなら今の私にはそのスキルを持っておらんからな。先程言っただろう? 生前に持っていたと」
伝説上、彼女は未来を見通す力は確かに備えていた。弟子であるクーフーリンの死すらも予言したと言われている。
だがそれはサーヴァントのランサーという枠組みでは到底収まらないもの。神格であった生前とは違い、無理やり霊基を落とした今の彼女では扱えないものだ。
「話を戻そう…………と言っても、先ほど言った未来は、お前たちも知っていることだがな」
「私たちも知っている?」
「…………ッ! もしかして、それって…………!」
「そうだマシュ。2015年を以て人理は焼却された。それは抗いようの無い事実であり全ての終わりでもある。つまりリルは夢に届く届かないに関わらず、その半ばで死んでしまうと言うことだ」
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影の国の城。そのとある一室にて璃瑠は己の魔術を研鑽するために研究に没頭していた。
集中力を極限にまで上げ、『概念』に干渉する術式を組み上げようと魔力を回路に通していく。
が、高まった魔力は突如大きな音で部屋の扉を蹴り破ったスカサハによって霧散する。極限まで集中していた彼女は驚きのあまりビクリと肩が跳ねると、暴走しかけた魔力を慌てて制御する。
「やはりここにいたかリル」
「………………ここにいたかリル、ではないです! 急に音立てながら入って来ないでください師匠!!」
「む、すまんな。火急の要件故、柄にもなく慌てていたようだ」
「…………ならそれらしい態度を取ってください。いつもの抜き打ち修行かと思ったじゃないですか……………」
ぶつくさと文句を吐きながら璃瑠はルーンの刻印が刻まれた魔術礼装を片付けていく。一通り片付けた彼女はスカサハに向き直ると要件を聞き出した。
「で? 師匠はどういった要件で焦っていたのです?」
「…………そうだな。単刀直入に言おう。今から五年後の2016年を待たずして、私たちは死ぬ」
「———————————は?」
スカサハの唐突な「死ぬ」発言に璃瑠は訳が分からずただ首を傾げる。当たり前のことであるが、普通5年後に死ぬと言われて、はいそうですかと納得するはずもない。ましてや璃瑠だけでならずスカサハも死ぬと言っているのだ。彼女の不死性と規格外さを知っているが故に信じられる筈がない。
スカサハもその反応を予想していたのか、話を続ける。
「お前も知っているだろうが、私には未来を見通す力がある。ソレでお前が根源とやらに辿り着けるか視たのだが…………結果は死であった」
「…………よく、わかりません………私が、死ぬ……? 根源に辿り着けない………? なぜ私は死ぬのですか?」
「正確には死ぬわけではない。人類史を熱量に変換、焼却………私達の存在そのものが否定され、生や死すらも形骸化されることになる。何者かは知らんが、御大層な大規模魔術もあったものだ。いや、これはもう権能だな。魔術と言う枠を大きく逸脱した権能…………」
スカサハは素直に感心していた。不死である自分すらも否定するその力。切望し、彼女でさえ成しえなかった偉業を、人理定礎を破壊する者は達成させるのだから。
スカサハは己の死をずっと願っていた。世界が無くなるその瞬間まで生きることを強制された彼女は、死と言うものだけが希望であり願望だった。
長い間望んでいた願望が叶う。その事に多少なりとも舞い上がっていたスカサハは、だからこそその時に気付かなかったのだ。
璃瑠が権能の魔術と聞いた時、何ごとか思考に耽ると決意した表情になっていたことに。
それから、死ぬことができるとわかったスカサハはただいつもと変わらずその瞬間が来るのを玉座で待ち続け、璃瑠は彼女の魔術工房に引き籠り、鬼気迫ると形容するほど必死になって魔術を研鑽していった。
今回は頑張ったよ! 設定的に!
でも走り気味に書いたから心配です