いつもそうだけど、ローズリィの方書いてると話があんまり進まないです。結構大切なこと言ってるけど、代わりに進みません
熱くはない。
ただ融けるように私がその業火と混ざりあっていくような、そんな気がしたのを覚えている。
視界全てが赤くて、何もかもが消えていく。
痛みはない。
この炎は権能の証。私の在り方に近い炎。殻と言う名の身体を壊すだけで、私の魂は護られている。
そういう魔術を、私は使ったのだから。
浮かんでは沈み、浮かんでは沈む。
この魂が何処に行くのかわからない。それでも私に恐怖は無い。ただもう一度やり直すだけだ。そして今よりも早くに越えればいい。それが私には出来るのだから。
これは記憶だ。
生前思い出すことの無かった記憶の一部。私の全てを奪った神が封印した記憶の欠片。
煮えたぎるほどの怨念。そして、密かに宿る■■の念。死んで理解したからこそわかる、かの炎の意味。
だが今となってはどうでも良い。私が前世で何を望み、何を願ってこの炎を刻み付けたのか覚えていないし、興味もない。
私が必要なのはその力だけ。
神を殺して。世界を壊して。もう一度、ただあの場所へ――――――――
「――――リィル?」
大好きな人の声に呼ばれて、私は閉じていた目を開ける。
目に入るのは黒い方のジャンヌ。死んで初めて会ったもう一人の彼女だ。
彼女もまた業を背負わされて産み出された、悲しい存在。綺麗だった筈の魂は誰かによって強制的に汚されて、こうあるべしと勝手に復讐を植え付けられたジャンヌ。
「…………どうしたのジャンヌ?」
「いえ…………ただアンタが疲れてるような気がしたか…………じゃなくて! もうそろそろで計画も完了するのだからアンタがへばってちゃ計画に綻びができるじゃない!」
――――聞こえてますよジャンヌ。
悪戯心が湧いてそう言いたいけど、ジャンヌが拗ねるので黙ったままにしておきます。
ちょっと捻くれているけど、根は優しいというか、変に生真面目というか。やっぱり、ジャンヌに似ている。
魂は汚されても、私の前では変わらず彼女はジャンヌなのだ。
――――チリチリと心が痛む。決心が揺らいでいるのがはっきりとわかる。
「ごめんなさいジャンヌ…………でも安心してください。私は必ずこの計画を成し遂げる。一番厄介そうなあの女も、一対一であれば必ず勝てますし」
「期待しています」
…………あの女が現れた後くらいからでしょうか。ジャンヌが私に対して優しくなったというか、素直になったような気がします。
いつもなら期待してるなんて直球の言葉は使わずに、ひねくれた発言の一つや二つは挟むのに。
それだけじゃない。いつも復讐に狩り出していた彼女が、今は私とずっといる。
私の計画の細かいところまで聞いてきたり、私が準備で疲弊しているとすぐ心配したり…………
その優しさが嬉しくないと言えば嘘になる。
だけど、私の心がズキズキと痛む。彼女に本当の計画を教えていないから罪悪感がよりいっそう高まるのだ。
いや…………彼女だけじゃない。計画の全容を白い方のジャンヌが知れば、彼女も悲しむだろう。
それでも私は止まれない。誓ったから。私がジャンヌを護るって誓ったから。
二度とジャンヌの幸福を奪わせはしないって決めたから。
戻るだけだ。そう。ただ戻るだけ…………
「ジルの情報では、ジャンヌ…………あちらは各地に散らばるサーヴァントを探しに向かっているのですよね?」
「ええ…………戦力では私達が上。となれば、戦力を増やすのは当たり前のこと。その前にさっさと叩きましょう」
そう言って戦いに赴くために踵を返すジャンヌに、慌てて私は止めるために抱き付きます。
ジャンヌは理解しているのでしょうか? あの女がどれ程危険なのか。
殲滅と戦いは違う。今までは強者が弱者をいたぶる為のただの殺戮だったが、今は違う。あの女がいるだけで殺戮は戦場と化す。
「ま、待ってくださいジャンヌッ。貴女が出ては危険です…………もし万が一あの女がいたらジャンヌが…………」
キュッと、彼女のお腹に回した腕に力を込めます。
離さないように。どこかに行かせないように。
だって、もう二度と失いたくないから。私の目の前で、なのに手の届かない所で、また殺されたくないから。
――――失うのは、恐い。
それが人であれ物であれ、大切なら尚更だ。自分を犠牲にしてでも守りたいのに、壊され、殺されるのはもう耐えられない。
それにあちらには私の知っているジャンヌがいる…………
前回は私の魔力で抑えることが出来たけど、必然的にあの女の相手を私はするから次は無理だろう。
…………そして、私は二人の戦いを、きっと受け入れることが出来ない。ジャンヌと敵対しているという時点でも心が壊れかけているのに、二人の戦いは耐えられない。
「お願いしますジャンヌ……! 私は、ジャンヌが傷付くのを見たくない! だから…………」
そのまま抱き付いていると私はジャンヌが何も話して来ないことに気付いた。
恐る恐る上を見上げてジャンヌの顔を見れば、そこにはいつもと表情が違う彼女の顔が…………
「…………ごめんなさいリィル。でもそれは出来ないわ」
「な、なんで…………ジャンヌ…………」
「そんな声だしても駄目なものは駄目よ。アンタが私を思って言ってるのなら、尚更私は退くことは出来ないわ」
意味がわかりません………
ああ、どうして…………どうして彼女達はいつも私の言葉を聞いてくれないのだろう。
戦いなら私だけがやると言うのに、いつもいつも…………私の思い通りに動いてくれない。
私の事を想って動いているのだから質が悪い。それがどれだけ嬉しくて…………同時にとても恐ろしいのか、彼女達は知っているのだろうか…………?
いつ彼女が敵の刃に切られるのか気が気じゃなかった。
いつ矢の雨にその身をいたぶられるのか怖くて堪らなかった。
コンピエーニュの戦いだって、殿の私を気にして大将の貴女が最後尾を逃げていた。
理解していない。理解していない。理解していない。
この身は貴女を護るための剣だ…………それなのに貴女は道具の使い道を理解していない。
「大体、あの恥ずかしい格好したランサー以外にも他のサーヴァントだっているのよ? 貴女とあの女が一対一の状況を作るためにも、戦力は多いに越したこと無いのだから行くに決まってます」
「…………私なら他のサーヴァントがいても勝てます…………」
「くどい!」
「あぅ…………」
ジャンヌが決めたことに私が逆らえたことは無い。あの鉄の意志はどんなことだって螺曲がらないのだから、どうしようもない。
………本当に、どうすればいいのか
__________
ファヴニールの様子を見に行くと言ったジャンヌが居なくなり、ローズリィは一人準備を進めていた。
ままならないジャンヌに対しての不安の表れか、普段以上に彼女の濃密な魔力が漂う部屋の中、ジャンヌが出ていった扉が開き一人の黒い男が部屋の中へと入ってくる。
「…………何のようですかジル・ド・レェ」
「これはローズ殿、ご機嫌麗しゅう…………ああ! なんと、なんと誉れ高い騎士なのか貴女は! これほど恐ろしくも美しい物は、我が盟友から授かった
「…………煩いです。私はお前に構っている暇なんて無い。ただでさえ貴方という存在を殺したいのに、その姿のお前は本当に…………」
ローズリィの額付近に高まった魔力が洩れると、黒い焔が揺れる。
一瞬でもジルを殺そうと考えたのだろう。その焔を霧散させたローズリィは彼に聞こえるように露骨に舌打ちした。
「チッ……………消えろジル・ド・レェ。言ったはずですが? 私は今からでもお前を地獄に落としたいと思うほど憎いと。ジャンヌの命令が無ければお前を殺していると…………」
「私は貴女の事をジャンヌの次に崇拝しているのですがね。貴女が行った最後の御業! かの街を恐怖に陥れたあの行いは、まさに聖女の騎士に相応しい呪いの炎だ!」
ジルはそう言うと、彼が着ている黒のローブを広げる。するとローブの中から一人の幼い少年が、ジルが呼び出したであろう海魔によって手を縛られた状態で、顔を恐怖に歪めながら現れた。
「……?」
何故ここに子供が? とローズリィが首を傾げれば、ジルは穏やかな表情で少年に微笑みを向ける。
「幼子よ、貴方は運が良い。かの尊い人物に見守られながら、その身体を芸術に変えるのだから」
「ひっ!?」
囁かれた少年は恐怖から絶望の表情へと変わる。
何故そうなるのかわからないローズリィに、説明も無しにジルは行動を始める。
「まずは手」
「ぃギッッヅあああ!!!!?」
「!?」
ジルの言葉と共に、肉が潰れる音が鳴り、少年が絶叫を上げたのだ。
見れば彼の腕に纏わりついていた海魔の触手が腕全体を包み込んでいる。
その触手同士の隙間からは夥しい量の血がボタボタと流れ落ちていた。
「な、にを…………?」
「侵食は進み」
「ォヴぁッ!!!」
次いで少年の腹。勢いよく膨れ上がると、その腹から触手が彼の皮膚を貫いて血と吐瀉物を撒き散らした。
腸は飛び出し、口からは溢れんばかりに吐血を繰り返す。
顔は涙と鼻水と血でグシャグシャに。あまりの激痛に話せないのか口をパクパクと開くが、言葉として意味を為さない。
血溜まりのできた床に倒れ込む彼の姿は、確実に死ぬであろうことが予想できる。
なのに死ねない。未だ痙攣を起こし、意識がはっきりしているのか開いた瞳孔はギョロギョロと動き続けている。
「どうですローズ殿! 苦痛と絶望、これぞまさに復讐に染まった聖女に捧げる供物に相応しい!!」
無惨に倒れている少年を眺めながら、ジルは狂ったように叫ぶ。
その姿に、ローズリィは戸惑うように彼を凝視していた。
「お前………何をしているんです…………?」
「もちろんジャンヌに――――」
「ふざけるなッ!!」
ジルの声を、普段聞くことの無いローズリィの叫びが遮った。
真っ白で不健康な肌の色は、今は青白く染まりかけている。その表情は憤りと、ほんの少しの恐怖が映っていた。
「その行いに、何の意味があるのですか? ジャンヌへの供物…………? 彼女はそんな事を望む訳がない!」
「何をおっしゃいますかローズ殿! 今の彼女は復讐者。この神聖な供物こそが、穢れた神からジャンヌを浄化させることに必要な物だと彼女もわかっているでしょう」
「―――――――」
ローズリィは絶句した。
ジルのその思想。その狂ったジャンヌへの崇拝。嫌悪感が涌き出てくるのと同時に、彼女の身体は無意識に震える。
ジャンヌの為にと、そう思考していると言うのに考え方が全く違う。
神に復讐を誓った者同士でありながら、結果も過程も全てが異なる。
目的は明確なれど、わからない。理解できない。
―――あの男と同じ、私の何もかもを台無しににする。大切なものを奪っていく存在。
気付けばローズリィは腰に差してある剣を抜き放っていた。
「ぅグッ」
宝具・
すると、今まで死ぬことが出来ずに拷問を越える苦痛を味わっていた少年に変化があった。
今までもがき苦しんでいた少年は壮絶な顔付きのまま固まると、そのまま声も上げずに床に突っ伏してしまった。
ジルから宝具が離れたことで、今まで彼が少年に掛けていた擬似的な不死の呪いが消えたのだ。
少年はその生命の活動を漸く止めることができた。
そんな少年に哀しみを込めた瞳で見下ろす彼女は、小さな声で何かを呟く。
それだけでメラメラと黒い焔が死体に灯る。ゆっくりと、だが確実に死体は燃え上がりその場に
「ッ…………なんと、これでは満足頂けませんでしたか。なら」
「黙れ!」
絶叫に似た大声が飛ぶ。
そんな彼女の様子に驚き押し黙ったジルに、ローズリィはただただ叫び続けた。
「消えろ…………消えろ、消えろ! 私の視界から失せろ! 例えジャンヌの願いだとしても、これ以上私の前にいるようならその首を刎ねるッ!!」
そう言ってローズリィはジルに向けて炎を放つ。
いかに英霊であろうとその炎をまともに受ければタダでは済まない。故にジルは海魔を呼び出し、それらと共に地面へと消えていった。
「ハァ、ハァ、ハァ………!!」
ジルが消えたことで、知らぬ間に荒ぶっていた息を彼女は整え始める。ガタガタと震える身体を抑えるために肩を抱く。
しばらくの間、深呼吸の音が響く空間。その中で徐々に落ち着き始めた彼女は、ようやく自分の感情が揺さぶられていた事実に気付いたのだった。
「………………私は、なにがしたいのでしょうね………。今更になって過去の自分と重ねて、あまつさえ割り切った筈のジャンヌを思い出すなんて。だというのにジルを逃して、迷い続けている」
酷く自分を馬鹿にするような彼女の独り言は、誰にも聞かれることなく消えていく。
「悲しませるとわかっていて、それでも失望されないとわかっていて………だから彼女は苦しむのに、それを私は良しとした。なのに、いまさら………」
彼女の後姿は、突然深い闇に囚われ迷ってしまった哀れな少女の様であった。