その衝突を例えるなら爆発だ。
衝撃で山が二人を中心に陥没を起こし、巻き上げられた土埃が辺りを土色に染める。
甲高い衝突音が幾重にも重なり、その度に大地を振るわせる揺れが起こり続けた。
「しっ!」
「はぁ!」
スカサハがゲイ・ボルクを突き出せば、紅い閃光が空間を穿ちながらローズリィに迫る。それを阻まんと彼女が手を迸らせれば、横から鈍く輝く黒銀の剣閃がその突撃を弾いた。
ローズリィは返す刃で剣を縦に振り下ろす。
それをスカサハがもう一方の槍でガードすると、瞬時に弾いたはずの銀の刃がスカサハを襲う。
だが彼女は、それがわかっていたかのように突き出していた槍を引き戻していて、その刃を受け止めていた。
二人の影が重なる度に山の岩盤が砕け、その度に大地の形が変えられていく。
戦いは苛烈を極めながらも、その戦い方は対照的であった。
スカサハの己のスピードと物量を活かした槍撃。対してローズリィはスカサハに劣る速度の動きとスカサハを超える速度で振るわれる剣技。
槍兵の名に相応しい速度の動きでスカサハは常に走り、撹乱し、相手の命を奪おうと狙いを定める。
時にはローズリィに真っ正面から突撃。そうしたかと思えば距離を取り、己の背後から夥しい量のゲイ・ボルクを喚び出して爆撃の如くローズリィを襲う。
逆にローズリィはあまり動かず、スカサハの攻撃に対して迎撃に専念する。
だがそれのみというわけではなく、隙があれば最速でスカサハの首を獲らんと剣を振るう。槍の爆撃に襲われれば剣一つで全てを叩き落とし、土埃舞う視界の悪い中、スカサハに突撃する。
どちらも本気で相手を殺そうと、培ってきた全ての武を繰り出している。
暴風や地震などの自然現象を平気で幾度となく作り出す戦闘行為に、戦場である山は削れていく。頂は既に消滅しており、周りの地形は陥没や大地の断層などで原型を止めていなかった。
ローズリィは翔んでくる槍を叩き落としながら、その一つを地面に落ちる前に掴み取った。
その瞬間、彼女の宝具である『復讐を誓った悪魔』が発動される。彼女が持つゲイ・ボルクが紅色から黒色に変化した。
その現象をローズリィから少し離れた位置で見たスカサハは、唐突に動きを止めて彼女に話しかける。
「む、私の支配権が剥がされたか…………なるほどな。相手の武器を自分のものにする。それがお前の宝具と言うことだな?」
「…………ええ、そうですよ」
「それは奪った宝具の真価をも使うことができる、と考えていいのだろうな?」
「…………さあ、それはどうでしょうね」
ローズリィはそう告げるとスカサハ目掛けて突貫する。それを見てスカサハもまたローズリィへと駆け出した。
神速の突きが同時に放たれる。
スカサハが自分より速い相手の槍突を、身体を捻ることで避けた瞬間だ。彼女が避けたことで僅かにブレた槍を、ローズリィが最小限の動きで避けながら、さらにスカサハの懐に飛び込む。
彼女はその勢いのままスカサハの肩へと剣を袈裟斬りに振り下ろした。
ローズリィとジャンヌが再会する少し前。
ジャンヌ・オルタ率いるサーヴァントとワイバーンの群れは、ティエールの街でカルデアのマスターである立花とそのサーヴァント達、未だ動ける状態のフランス兵と戦闘を行っていた。
「ちっ。野良サーヴァント共と既に合流していましたか…………。まあ、いいわ。どれ程ワイバーン達が倒れようと、このファヴニールがいる限り、奴等は敵わないのだし」
「なら私達はそろそろ前線に出るとしましょうか。なんだか殺したいくらい腹立たしい姿のサーヴァントもいることですし」
「ふん…………カーミラよ。昔のお前を随分と嫌っているようだな。それは未来を知らぬお前が憎いゆえか? それとも彼女自体が憧れであるからか?」
「…………いくら吸血公と言えど、あまりふざけたことを言っていては間違って殺してしまうかもしれませんが…………よろしいですか?」
相変わらず凶化が掛かっているせいか、オルタ陣営は険悪な雰囲気。
それを仕方がないと諦めているオルタは、二人を諌めながらサーヴァント達に
「さあ行きなさい我が同胞達。ヴラド、カーミラ、サンソン、デオン、ランスロット…………あなた達の好きなように行動しなさい。思うように蹂躙しなさい。これが最後の
我等に勝利を」
その言葉を最後に、六人の英霊は各々が思う敵へと向かっていった。
それを見送ったオルタは、ワイバーンとフランス兵が戦う戦場を俯瞰しポツリと独り言を溢す。
「あの女がいないわね…………隠れて私の下まで辿り着こうって魂胆なのか、もしくはこの戦場にいないのか。まあなんにせよ、私はやるべき事をやるだけですし」
オルタは混沌とする戦場のある一点に目を向ける。
そこにはフランス兵やサーヴァントに庇われながら、真っ直ぐこちらに向かって来る三つの人影があった。
「セイバーに、盾のサーヴァント。後は…………カルデアだったかしら? 忌々しいマスターが向かって来るわね」
ご苦労な事だと、オルタは呆れた様子でそれらを眺めている。
どれ程サーヴァントがいたとしても最強の幻想種であるファヴニールに勝てない。唯一危険だと思われるランサーもこの場にはいない。
勝てるわけが無いと慢心しているオルタだが、それも仕方の無いことだ。それほどファヴニールは強大であり、彼女が二番目に信頼している配下。
本来ならその考えは間違ってはいないだろう。
例え
そこらの竜殺し程度で破れるほど、ファヴニールは弱くない。
竜殺しと呼ばれる由縁は、その偉業が稀に見れる奇跡だからこそなのだ。
家畜を殺しても誰も偉業とは言わない。熊やライオンを銃で殺しても英雄とは言えない。
竜を殺せるから竜殺しなのではなく、誰も倒せなかった竜をあの手この手でようやく殺したからこそ
「さて、どうしましょうか。見る限りあのセイバーが竜殺しのようですが…………ん? これは…………」
ワイバーンを当てるか周りのサーヴァントを呼んで交戦させるかオルタが迷っていると、突如夥しい魔力が涌き出るのを感じ取った。
フランスと言う土地を揺るがす程の量の魔力が突如現れたことで、土地に留まる生物達に異変を与えた。
それは魔力に慣れていない一般の兵士達の命に影響を及ぼす程。
拮抗していた戦場が崩れた瞬間だ。
「…………どうやら計画も最終段階に入ったようですね。となれば、後は邪魔者を排除するだけね」
オルタは自信のある声でファヴニールに敵殲滅の号令を掛けるのだった。
ローズリィとスカサハの死闘は佳境に入っていた。
とは言え戦況が激化しているという訳でなく、むしろ何も起きていないかのように静かであった。
ローズリィは剣を構え、槍を持ちながらひたすら佇むのみ。スカサハもまた剣の間合いから外れた距離で双槍を構えている。
その距離は槍の間合いだ。だがスカサハは相手を油断なく視線を向けて動かない。
ローズリィは一撃必殺を得意とする騎士である。
相手の動き出しを見て、自分を襲う凶刃より速くに自身の刃を繰り出し、殺す。
彼女が持つ圧倒的な剣速だからこそできる秘技。
それを理解しているからこそ、スカサハも闇雲に仕掛けることはしない。
だがこのままでは時間が過ぎるだけ。刻限がわからないスカサハは打って出るしかない。彼女は一度身を後退させた。
「さて…………このままでは埒があかんな。互いにゲイ・ボルクを所持していては、最速で相手を穿つ因果の呪いも相殺してしまう」
「…………」
「とは言え武においても決着が付かん。一撃で決めると言うのも悪くは無いが、それでは貴様に分があるのもまた事実…………生前の私なら悦んで突撃したものを、死した後で臆するとは。私もまだまだと言うことか」
嘆くような言葉とは裏腹に、スカサハはむしろ我慢できないとばかりに笑みが浮かんでいる。
相手の技をどう攻略しその首を断つか。極限まで磨いた己の武で以てそれを為すの喜び。
生粋の武人であるスカサハはそれを当たり前に持ち合わせている。
それでも、行動に移さないのは彼女にも任された責任感があるためか。それとも彼女が言うように臆しているだけなのか。それは彼女にしかわからない。
拮抗した状況。
端から見れば、時間が経つに連れて準備が進んでいくローズリィに分があると思われる。
しかし、ローズリィもまたこの状況をよく思わないでいた。彼女にしてもスカサハの存在は限り無く邪魔なのだ。
彼女の計画は、彼女が持つ宝具と大量に準備した魔力によって実行されるのだ。
よって全力で魔力を制御しながら宝具を放つため、どうしても隙が出来る。
前回のような奇襲も宝具を放つだけなら対応出来るが、膨大な魔力を操作するせいでそれも出来ない。
ローズリィにとっても確実にスカサハは殺したい敵なのだった。
「…………やはり貴女を確実に討つためには、最大の一撃で以て倒すしか無いようです」
「む…………」
ローズリィは油断なく構えながら己の体内に満ちる魔力を循環させていく。それに伴い、彼女から魔力の高まる気配が漂い始めた。
「それは世界を覆す概念の炎」
「ちっ――――これより先は影の国」
真名解放を始めるローズリィを見て、スカサハもまた彼女が持つ最大の宝具を放つ準備を開始する。
「黒炎は我が身を焦がし、滅ぼす力なり」
「来たれ」
「
「