なかなか自分の納得できる感じが書けなくてずっと行き詰まっていたのですが、何人もの方々から感想貰ったり評価いただいたりしていたため、凄く申し訳ないと思いながらなんとか今回の話を書き上げました。
正直殆ど忘れている人の方が多いのでしょうが、これから暫くの間はこっちの方メインで頑張ってみるつもりです。
今までお待たせして申し訳ないです。
「ここが………」
オルレアン宮殿にて、ジャンヌはある大広間に辿り着いていた。
この間に来る道中でオルタ達が残したワイバーンやシャドーサーヴァントによって随分と足止めを食らっていたジャンヌだったが、立香達の奮闘のお陰か誰にも気付かれずにやって来れた。
彼女が目指していた巨大な魔力の発生源。その中心地である場所が、広間に所狭しとルーン文字が描かれたこの部屋で間違いないだろう。
濃密な魔力が漂い、宙には黒く禍々しい火の粉が確認できる。
常人ならばその魔力の濃さに侵され 生きることが不可能なほどの地獄の世界。サーヴァント達ですら嫌悪感を感じるであろうドス黒い怨嗟の魔力。
「リィル……」
しかし不思議とジャンヌにはこの空間が嫌いにはなれなかった。
いつ暴走するかもわからない、世界を壊す規模の爆発物と成りうる空間。
危険とわかっていても、同時に感じるローズリィの魔力に安心感すら感じてしまう。
事実サーヴァント達をも襲い掛からんと意思を持つソレ等は、ジャンヌに危害を加えるどころか優しく包み込むように彼女を囲っていた。
「………いいえ、感傷に浸っている場合ではありませんね」
ジャンヌにはルーン魔術の知識は無くとも、"啓示"のスキルで この工房を破壊する方法は大体把握できている。
何時間も懸けて作られたことで既に異界と化したこの工房を破壊するには、対城・対界宝具並の火力が必要となる。しかしどんな物事にもそれらを構成する核はあるもので、
その基点となる核を破壊すれば そこまでの火力は必要ない。
(だけど…………今の私では核の場所がわからない)
ここからどうするか。たがその問題を解決するためにどう行動するかは今の彼女の頭の中には無かった。
何故ならジャンヌには頼もしい仲間がいるから。この状況を打開する戦友……人類最後のマスターが味方に付いているから頼れるのだ。
確かにサーヴァントとしてこの世界を護るために動かなければならないのだろう。だけそれを成し遂げるのは既に死んだ英霊ではない。今を精一杯生きる彼女達人間だ。
だから、それよりもやらなければならないことがある。それを理解しているからジャンヌはこの部屋の破壊よりも目の前の事に意識を傾けた。
直後の事だ。ジャンヌの目の前で部屋に満ちる魔力が渦巻き、中心へと集まる。
黒い炎のような魔力の塊は歪な音を立てて収束していく。
「やはり、リィルの真実を知るには………リィルをよく知るジャンヌ・ダルク以外、いる筈がありませんよね」
寂しくも誇らしい。悲しくて満足気な。言い様の無い言葉がジャンヌから絞り出された。
収束する黒い炎は柱のように天井まで高く昇ると、鼓膜を揺さぶる爆発音と共に炎柱が弾け飛ぶ。
吹き荒れる風と舞い散る黒い火の粉の中心から現れたのは、ジャンヌと瓜二つの姿を持つ灰色の少女、ジャンヌオルタだった。
「クソっ!まさかファヴニールが殺られるなんて! 何故! どうして!?」
「その様子を見るに立香達は勝てたようですね」
「ッ!? アンタは!!」
何かしらの魔術だろう。突然瞬間移動したかのように現れたオルタ。その彼女の様子は酷く荒れていた。
そしていつの間にか宮殿へと侵入し、突然現れたオルタにも物怖じしないジャンヌがいたことにオルタは更に狼狽する。
「何故ここにッ。いえ………あの戦場にアンタがいなかった時点で、宮殿に侵入する役目を担っていたと考えるべきだったわね。だとしたら、私は丁度良いときに帰って来れたってことかしら」
だがその動揺も一瞬だ。英霊と呼ばれる彼女は瞬時に今までの情報と照らし合わせ、目の前にいるジャンヌの存在にも納得する。
オルタは邪竜を掲げた旗を構えた。
「アンタをずっと目障りに思ってたのよ。今は邪魔な連中もいない。これでようやくアンタを殺せる」
「………ええ。私も貴女とは二人っきりで話したいと思ってました」
ジャンヌもまた静かに己の旗を構える。
ジャンヌはローズリィの何かを知っているだろうジャンヌ・オルタに対して会話を求めたかった。だがそれは現状不可能だろうことも察しがついていた。
彼女達は英雄。ならば相対した時点で戦うことは避けられない。
「私は貴女達を止めます。そして貴女にはリィルの事を教えてもらいます」
「ッ」
駆け出したのはジャンヌだった。
一足でオルタへと接近した彼女は旗を振り下ろす。
サーヴァントという規格外の力を宿し、その力は鞭のようにしなる旗の穂先へと集約してオルタへと叩き付けられた。
予想以上の威力に、旗で防いだオルタの手まで力が伝わっていた。
「ぐっ………舐めるな!!」
だが力ではオルタの方が上だ。拮抗していたジャンヌの旗はオルタの気合いの声と共に吹き飛ばされる。
ジャンヌはその勢いに逆らわずに吹き飛ばされると、空中で身を翻し着地した。
「喰らえ!」
彼女の着地と同時に既に間を詰めていたオルタは先程のジャンヌ同様に旗を叩き付ける。
先程の焼き直し。しかしオルタの一撃はジャンヌとは比較にならないほどの威力が込められていた。
まともに受けることをせずに受け流すように旗を振るジャンヌだが、その顔はあまり芳しくない。
「ほらほら! さっきの勢いはどうしたのかしら!?」
「ぅうっ……!」
嵐のような猛攻にジャンヌは受けるだけで精一杯だった。それほどまでに今のジャンヌとオルタの能力には差があった。
(これは、この部屋に描かれたルーンの影響ですね………リィルの魔術が彼女の能力を格段に上げている)
戦いながらジャンヌは周りを観察してそう見定めた。
サーヴァント同士が戦えば戦場の周りは無事では済まない。だと言うのに二人が戦っている宮殿の壁や床は傷一つ出来ていなかった。
ローズリィの宝具と化したこの宮殿は核を破壊しなければ壊れない。つまりこの宮殿をいくら攻撃しても傷一つ付かない事を意味している。ハンデを背負いながらジャンヌは戦わなければならないのだ。
「アハハハ!」
大振りな、それでいて素早いオルタの一撃にジャンヌは飛び退いて避ける。それを狙っていたオルタは突然腰に差した長剣を鞘から抜いた。
「汝の道は、既に途絶えた!」
「なっ!?」
彼女は抜き放った長剣を振り上げると、届かない距離にいるジャンヌ目掛けてその剣を振り下ろす。
直後、いつの間にかジャンヌの上空に現れていた数本の黒い杭が、彼女目掛けて放たれた。
(まずい!)
今までの攻撃を受け流す戦い方をかなぐり捨てて、ジャンヌは必死にその場から退避した。
その杭はジャンヌが立っていた床に直撃すると大爆発を起こし、部屋の中を蹂躙するのだった。
部屋中を仄かに黒く染まった炎で埋めつくしたオルタは満足気に周囲を見渡していた。
「アハハハ!! 良いわ! 最高ね! あの子の力で、聖職者ブッたアイツを殺してやった!! これが、これこそが復讐!」
それは憎い敵を殺したと言う達成感よりも、ローズリィの力でジャンヌが死んだ結果に満足する様であった。
ローズリィの力。それはオルタが己の炎に宿したローズリィの魔力だ。
彼女はこの場に満ちたローズリィの魔力を糧に、ローズリィの『復讐』という部分的な炎を自分の炎と混ぜた。それによって本来以上の攻撃性と危険度を上げたのだった。
「復讐、その一点において私とリィルは同じなのよ。まあ、聖女サマにはわからないことだったかもしれないけど」
視界を埋め尽くす炎。これが収まったときはジャンヌの死体すら残らない。オルタはそれを残念に思いこそすれど、その結果こそ彼女が求める全てだ。
そして炎の世界は唐突に終わりを遂げる。
「ハァ!」
「なっ……ぐァッ!!?」
疾風が炎の海に穴を空け、爆風と共にオルタの前に現れたジャンヌが旗を振りかぶっていた。
咄嗟にガードするよりも早く、ジャンヌは旗の穂先をオルタの胴体目掛けて叩き付ける。
彼女の攻撃を諸に受けたオルタはそのまま吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
「ガハッ………くっ、何故生きて……」
その一撃は魔力を維持することが困難な程の一撃。消えるはずのない炎はこの空間の何かに引火することすら許されず、魔力が切れることで完全に消滅した。
それを確認する余裕がないほどダメージを負いながらも、オルタは己の旗を杖になんとか立ち上がろうとする。だがその被害は予想以上に大きかったのか、体勢が崩れ再び倒れこんでしまった。
それでも彼女は眼前を睨む。
目線の先には身体の所々を焦がしながらも気丈に立つジャンヌがいた。
「私のこの旗は皆を導く為のものです。決して敵を殺すためにあるものではない。皆を護る………この旗はその象徴。生半可な攻撃で私を殺せるとは思わないことです」
「はっ………何が敵を殺さない、よ。思いっきり殴るくせに」
「ええ。ですがこの旗の穂先に槍がついています。つまりこの旗で殴れ、という主の啓示でしょう」
「ふざけたやつめッ……」
未だ立ち上がろうと奮闘するオルタ。しかし立ち上がれず、敵であるジャンヌはもう目の前まで迫っている。あとは倒れている彼女に旗を振り下ろすだけで決着する。
勝敗は誰が見ても明らかだろう。
「貴女は私に負けたのです。大人しく全てを白状してもらいますよ」
「………アンタなんかに何を話せと言うのかしら? 」
「リィルの事をです。貴女がもう一人の私なら、何故彼女の復讐に協力しているのか。それ相応の事情を知っているからでしょう?」
「…………ハハッ」
だからジャンヌがローズリィの真実を知るために説得しようと話しかけた直後の事だ。
突然、オルタは嗤い出した。
「アハハハハハハハ!! 私が! もう一人のジャンヌですって!!? アは、アハハハハハハハ!!!」
「なっ」
狂い出したように嗤うオルタは、今までのが奮闘が嘘だったかのように勢いよく立ち上がり嗤い続ける。
そのまま持っている剣でジャンヌを後方に追いやり、歪な笑顔を向けた。
「私が本当のジャンヌ・ダルクだと、アンタは本当に思っているのかしら!?」
「……だってそうでしょう? 貴女は自分がジャンヌ・ダルクだと言って―――」
「嘘よ、嘘。私はジャンヌ・ダルクではない! ジャンヌに成りきれなかった、聖杯が作り出した哀れな偽者! それが私だ!」
そう言い切ったオルタをジャンヌは信じられないように驚き目を見開いた。
だがそれはオルタの真実を知ったから驚いたのではなく、その逆。
「貴女は………自分が聖杯に造り出された者だと、気付いていたんですか?」
オルタがその真実を知っていたことに驚いていた。
ジャンヌはルーラーだ。特例中の特例による召喚でルーラーの特権である『神明裁決』のスキルを失ってはいるが、『真名看破』のスキルは持ち合わせていた。
だからこそ自分とそっくりなジャンヌオルタを見たときに、スキルでは『無』と告げられたジャンヌは戸惑った。
最初こそ自分が呼ばれたからと考えた彼女であったが、ローズリィが現れた事でそれは確信に変わった。
「ええそうよ。 私にリィルとの関係なんて一切ない! 植え付けられた記憶でしかない! 私とあの子の関係は所詮、紛い物なのよ!」
そしてそれはオルタも気付いていた。あの夢を見たときに、何故ローズリィがそれほどまでにジャンヌの為に生きようとしたのかを考えて………そして戦争以前のローズリィとの関係をまったく思い出せないことに気付いた。
気づけばもう簡単だ。何故そうなったのか。誰かがジャンヌは復讐心があるはずだと思い、聖杯に願ったから。
「所詮リィルを思う感情も紛い物。リィルと隣で戦いたいと願う感情も紛い物。全部、全部、下らない偽物だわ」
そう言って、先程の形相とは似ても似つかない疲れきった表情でオルタは旗を下げる。
これ以上戦う理由も無い。所詮自分の記憶は偽りなのだからと。
「それは違う!」
「………はぁ?」
だがその諦めは、ジャンヌが許さなかった。
「貴女がリィルを思う感情が偽り? そんなことあるわけない! 隣に立って一緒に戦いたいという感情も、嘘なんかじゃない!! あの子が心配なんでしょう!? 頼ってほしいんでしょう!? ならそれが嘘のはずがあるか!」
ジャンヌのその言葉は怒りに満ちていた。オルタがそんな発言をすること事態に怒り狂っていた。
「な………何を根拠に言っているのよ」
「それは私の感情だ! 私がずっと、一人で誰にも言わなかった言葉だ! 他人に……リィルにさえ秘めていた私の後悔だ! 他の誰かに、勝手に割り込まれる余地なんて無い!!」
心に秘めていた。誰にも言わず、それを考えることだってしなかった。沸き上がる感情を押さえ付けていた。
それを言えば命を懸けるローズリィの誇りを汚すことと同じだから。それを頭の中で考えれば、ローズリィを否定することと同義だから。
だから彼女は心の中で必死にその思いを押さえ付けた。頭で否定し、口にするのを拒んだ。
「…………リィルは、私以外の全員に最強と思われていました。心配する余地なんて無い、戦おうとするのが間違い。そう思われていた」
一般の兵士も、部隊の隊長も、司令官も。あのジル・ド・レェですら、彼女の強さを疑わなかった。
だから誰が思うだろうか。もっとも長く一緒にいたジャンヌが彼女の戦いを心配し、彼女の代わりになってあげたいと思うなどと。
「誰も知る筈がないんです。誰も彼女の強さを疑わない。私以外、リィルが負けることを恐れない。心配しない」
ジャンヌはいつの間にか握り締めていた拳を開くと、オルタに目を向ける。
「だからその感情を持っている貴女は、嘘の存在なんかじゃ無いんです………そんな貴女がいることが、きっとあの子を復讐に駆り立てる一つの要因なんでしょう」
「……そんなのわからないじゃない。誰かがそう考えていたのかも……」
「ならもう一つ、貴女の存在を確定させる言葉を送りましょう」
先程の怒りとはうって変わって、穏やかな表情でジャンヌはオルタと向かい合った。未だ自分が偽りの存在だと信じる彼女を、妹をあやす姉のように告げた。
「リィルが。他でもないローズリィ・ゲールが…………貴女のそんな気持ちを感じて、貴女を信じたのです」
ゆっくりと彼女に近付き優しく語り掛ける。
「確かに偽りの記憶を植え付けられたのかもしれない。それでもこの世界で貴女達は触れ合い、そしてお互いを信じ合っていた」
彼女に手を伸ばせば触れられる。そこまで近付いたジャンヌはそこで一度言葉を区切ると、オルタに笑掛ける。
「私の知っている限り、リィルは姿が似ているからと誰かに鞍替えするような浮気性じゃありません。私がいくら離れようとしてもひたすら頑固で、一生私から離れなかったくらいですからね」
彼女の俯く彼女の頭を撫でようと、手を伸ばす。
「だから貴女は認められたんです。誇っていい。たとえ皆が、世界が、貴女自身が認めなくとも…………ローズリィ・ゲールだけは
ジャンヌの手は、確かに彼女に触れた。