私の名前はローズリィ・ゲール
ある日のことだ。この日、ドンレミの村に二人の女の子が生まれた。
一人は農家と村の自警団を営むダルク家に生まれ、一人はバル公領の傭兵団を勤める家のゲール家に生まれた。
二つの家はご近所にあることもあったため、村人達に盛大に祝福された。
ダルク家に生まれた女の子の名前はジャンヌ、ゲール家に生まれた女の子の名前はローズリィと名付けられた。
____________________
彼女達が生まれて5年が経った頃だ。
「リィル。何やってるの~?」
ドンレミの村にあるムーズ川の川岸に、一人の少女が横に刃の潰れた細身の剣を置いて座っていた。
桃色の髪に、子供のように愛らしく将来は美しくなると予想できる整った顔立ち。
ただその顔に感情と言えるような表情が無い。ただただ無表情で空を眺めているのだ。
そんな彼女の後ろから声が掛かった。
「おはよリィル!また剣でタンレン?してたの?リィルの家に行ってもいないから探しに来ちゃったよ」
「ん……」
リィルと呼ばれた少女が振り向けば、そこには金髪の、これまた可愛らしく表情の豊かな女の子がいた。
その少女はリィルーーーーーローズリィに抱きつく。かなりの勢いで抱き付いてきた少女だが、ローズリィは座ったまま問題なく彼女を受け止めた。
抱き付いてきた少女の名前はジャンヌ。ローズリィとは対称的な明るい表情をしているが、不思議と彼女とローズリィは仲がとても良い。
その仲の良さは、端から見たら姉妹のように思えるほどだ。
ジャンヌは顔をローズリィに向けると、笑顔のままリィルに話しかけた。
「もう終わった?なら、遊びに行きましょ。今度もまた私と貴女で全員倒しちゃおう!」
「わかった……」
ジャンヌの話にコクンと頷いて了承するローズリィ。
二人の仲睦まじい雰囲気に騙されがちだが、かなり物騒な話をしていた。
二人が話しているのは、この後遊ぼうとしているチャンバラの話である。
男女関係なく仲の良い子供達が他の子供達とチャンバラを行い、二人はその中でも一番強かったのだ。
ジャンヌはローズリィの手を取ると、そのまま村の広場へと駆け出した。
____________________
「楽しかったね」
「ん………」
既に太陽が地平線の半分まで埋まった夕方だ。二人は相変わらず仲良さそうに手を繋いで歩いているが、朝とは違いジャンヌはかなり汚れていた。輝く金髪も藁や土が所々にくっ付いているが、ジャンヌは気にせず歩いている。
ローズリィはさほど汚れていなかったが、服や掌は幾分か汚れていて、人の形をした土跡だけは目立っていた。
多分、またジャンヌに抱き付かれたのだろう。
結果は二人のボロ勝ちだった。
子供のチャンバラと言うが、集団戦だ。子供は味方を巻き込む等の配慮も無いので乱戦になる。その上、泥や石の投げ合いは日常茶飯事。
ではどうやって勝敗を決めているのかと言うとだ。逃げた者が敗け、その場に最後まで残った者が勝ち、と言う極めて原始的な勝敗の決め方だった。
ではその乱戦で二人だけ何故勝てたかと言うことだが。
石や土、太い木の枝が飛び交う中、ジャンヌはローズリィに指示をして、指示を聞いたローズリィが全ての攻撃を回避しながら的確に相手の頭をぶっ叩く、という行為を完璧に成功させて繰り返していたからだ。
大人顔負けの離れ業に、子供達が上手く対処出来る筈もない。多少ジャンヌの妨害を出来るくらいで、後はローズリィにボコボコにされて終わるのだ。
「フフッ。それにしてもリィルは凄いね。みんな回避しちゃうんだもん」
「……毎日、鍛練してる…から……」
「そうね!リィルはえらいえらい!」
汚れた手でジャンヌがローズリィの頭を撫でる。が、彼女は汚い手など気にせず、むしろ気持ち良さそうに撫でやすい位置まで頭を傾ける。
常に無表情のローズリィが目を細めて顔が緩まる瞬間だった。
____________________
どうも皆さん。私はローズリィ・ゲールと言います。親しい友達にはリィルと呼ばれてます。その名前は結構気に入ってるのです。が、今はその話は置いておきましょう。
私には前世というものがあります。と言っても記憶が有るわけではなく、ただ知識として知っているだけです。名前とか元の性別とかはわかりません。
ただこの知識のせいで、子供らしくない事から呪いの子扱いで嫌悪されますし、フランス語は知識に無かったので凄く困りました。
今では何とか話せる様になりましたが、正直疲れます。英語か日本語が良いです。
初めはとてもショックで鬱ぎがちになりましたが、まあ気にしません。
そんな私にも友達ができたのですから。
彼女の名前はジャンヌ・ダルク。
……私の知識だと、フランスの有名な聖女の名前と一致するのですが……同一人物なのでしょうか?
確かに彼女だけ私を好いてくれるのですが、とても聖女様とは思えない腕白ぶりです。いえ…………むしろ聖女だから私の相手をしてくれるのかも?
まあどちらでも良いのですが。何にしても私の大切な友達であることには変わりません。
強いて気になることと言えば、その聖女様が最後に火刑に処されるのが心配です。
火は熱いし危ないです。火傷します。そんな危ないもので私の大切な友達が処刑されるなんて、とても堪えられません。
ただ何で聖女様がそんな事になるのか知識にありませんので、私は彼女が道を踏み外さないように守るつもりです。
「リィル。お空に何かあるの?」
おっと。隣を歩くジャンヌから呼ばれてしまいました。
お空ですか………雲と太陽があります。とても綺麗ですね。
「……綺麗」
「そっかぁ。確かに綺麗な夕日だよね」
彼女は私の少ない言葉でも的確に理解してくれるので、話すのが楽です。時々申し訳なくなりますが、もう慣れました。
「それにしても今日のリィルも凄かったね。どうすればあんなに強くなるのかな?」
「わからない……」
私は基本話さないのでジャンヌから話しかけられるのですが、私が言葉少ないのでこう言った話題転換が唐突に起こります。
ホント、彼女には申し訳なく……。
まあ、それより強さでしたか。
それについては私もわかりません。何となく、身体がこう動けと言ってくるので、それに私が従っているだけです。
ちなみに鍛練をしているのは、何となく落ち着かないから。と言うか、自然と鍛練したくなるのです。ちょっとホラーです。
後、鍛練している時や遊ぶ時は、急に周りの動きが遅くなるのです。石や木の枝がゆっくりゆっくり迫ってくるので簡単に避けられます。楽チンです。
ただ、この現象は私の知識にも無いので、多分この身体がおかしいのかもしれないと思ってます。何せ、前世の知識があるのだから。他に変なことがあってもおかしくないのです。
と言っても、ぶっちゃけそんな事はどうでも良いのですが。
今、私はジャンヌに良い子良い子されるので忙しいのです。そんなよく分からないふざけた考察はどうでも良いのです。
はふ…………手は汚れていますが、ジャンヌの撫で撫では気持ち良いです……………眠いです。おぶって欲しいです。
期待の目で彼女を見てみましたが、メッてされちゃいました…………残念です……。
そんな風にいつも私はジャンヌに頭を撫でられながら、帰路に着くのでした。