視界に写るのは、私が殺した筈のブルゴーニュ公国軍の兵士達。
手足を切り裂き、首を穿とうとも立ち上がって来る。
その常人離れした動きは、正確に私の心臓を抉り取ろうと迫ってきます。
ーーーーーー私は襲ってくる死体の首を斬り飛ばす。
そして、脅威はそれだけではありません。私を確実に殺そうと襲ってくる、人型の影の化物達。
見たこともない武器を使い、四方八方から私の命を刈り取ろうと、その猛威を振るって来ました。
ーーーーーーそんな化物達を、私は剣を一振りすることで黙らせました。
視界を覆い尽くす程の大軍。しかし戦況は私が押しています。
だけど………足から流れる少なくない量の血を見ながら、少しだけ思ってしまいました。
ーーーーーー私はあと、どのくらい敵を殺せば、ジャンヌに会えるのかな
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コンピエーニュ包囲戦にて、ジャンヌ達は援軍としてその戦に参加した。
その軍の中には、普段いる筈のジル・ド・レエや、ジャン・ド・デュノワ、ラ・イルと言った名だたる司令官の姿はなかった。
軍が到着してからすぐ、ジャンヌはブルゴーニュ公国軍を攻撃した。
破竹の勢いで進軍したジャンヌが、再びその戦にも勝つと言うところで。
ブルゴーニュ公国軍に6,000人の援軍が到着したことから戦況は変わってしまった。
敗戦を察したジャンヌは、兵士たちにコンピエーニュ城塞近くへの撤退を命じ、己は殿となって撤退戦を行ったのだ。
そして、それを拒んだのはローズリィだった。
「………ジャンヌ。貴女も逃げて」
「それはできませんよリィル。私は彼等を逃がさなくては」
「………私がいないと、敵を倒すことも出来ないのに?」
「うっ………で、でも!私は貴女を一人になんて!」
ローズリィは未だ渋るジャンヌの手を、騎馬の上から自分の手と繋ぎ、優しく説き伏せる。
「………大丈夫ですよジャンヌ。私は強いですから。それに、貴女がいては私も本気を出しきれない」
「でも………私がいなければ貴女の罪を肩代わりができません………此度の戦争で貴女には多くの人を殺させてしまった。せめて、せめて私が貴女の肩代わりを………」
「……………でも私は貴女を、それに自分自身を殺したくありません。だけどジャンヌがいればそうなってしまう………」
その言葉を聞いて、ジャンヌは美しい顔を歪める。
彼女も、頭では自分が足手まといになると理解しているのだ。
だけど、ここでローズリィを一人にすれば何か取り返しのつかない事が起こるんじゃないかと言う危惧もあった。
「ああ………主よ。どうかリィルを見守っていて下さい。彼女をどうか、どうか………」
その言葉を聞いたローズリィは己の騎馬の速度を落とし立ち止まる。
ジャンヌはスルリと離れるローズリィの手を、ただ見守ることしか出来ない。
それからすぐに前に向き直り、ひたすらローズリィの無事を祈りながらその場を後にした。
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「…………さて」
ローズリィはジャンヌ達が向かっていった方向とは逆の方向へと馬を走らせる。
その左手には、先ほどの乱戦で敵から奪い取った
「敵は六千………早めに終らせてジャンヌに会いに行きましょう」
そう呟くローズリィには、これから来る敵兵の数がわかっているのに恐れなど微塵も抱いていなかった。
それに気付いたのは長く隊列を組んでいた、ブルゴーニュ軍の先頭を走る一人の兵士だった。
「……なんだ?」
前方から一騎の兵士が槍を高々と掲げて軍に突っ込んでくるのが目に入った。
槍を構えていることから、伝達兵という訳でも無さそうだ。
見たところフランス兵のようであるため、囮兵か………と訝しげながらも、そのまま進軍していると。
「…………はっ?」
兵士の横を突風が駆け抜けた。
次いで、彼の腕に違和感が生まれる。
兵士はその違和感を確かめるために、腕に目を向けてみると、それを理解してしまい叫んだ。
「うわあああああああああ!!!!?」
「あがぁぁぁぁぁ!!!!」
「ッぁ!!!!!?!?!???」
その兵士が叫び声を上げた瞬間、後ろからも度重なる悲鳴や、呻き声が響き渡る。
悲鳴を上げる兵士達は皆、一直線上にいた者達。彼等は腕を欠損する者や、胴体に穴を空ける者など、多数の被害に遭っていた。
その被害は、まるで彼等を突き破りながら円形のナニカが通り抜けたような状態だった。
そしてその阿鼻叫喚によって、その現象を起こした人物が近付いていることに誰も気付かなかった。
ローズリィは今しがた全力で投擲した
そのまま騎馬を敵陣の先頭へと突っ込ませ、すれ違い様に敵の兵士達の首を切り捨てた。
「「「???」」」
何が起きたかわからず悲鳴すらも上げることができないまま、身体から血の雨を降らして兵士達は絶命した。
その行為を、敵の隊列の中にどんどん突き進みながら坦々とこなすローズリィ。
事態を掴めないままだが、ようやく誰かに攻められていることを理解し始めた兵士達。
彼等は切り捨てられていく兵士を見て激昂した。
「敵兵だ!!殺せ!」
一人の司令官らしき騎士が指示すると、ローズリィの周りにいた兵士達が動き、騎馬に乗る彼女に槍を突き立てようとする。
だが、槍の穂先がローズリィに届くことはなかった。
穂先が根本から斬り飛ばされ、次いで襲い掛かった兵士達の首が飛ぶ。
身体の切り口から噴水の如く血飛沫が吹き出し、ローズリィを真っ赤に染める。
「ひっ」
血飛沫を浴びる真っ赤な騎士姿を見て、誰かが悲鳴を洩らした。
その騎士はイングランド及びブルゴーニュ軍の中で、不吉を呼ぶ悪魔のような存在であると噂されていたからだ。
「ロゼ、リィ………
その日、ブルゴーニュ公国が誇る六千人の兵士達は一人の騎士によって殺されたのだった。
__________
「あがっ………!」
「ふぅ………」
ローズリィは最後に残った兵士達の心臓を貫き、一度詰まっていた息を吐き出した。
彼女の額には敵によって真っ赤に染まる血と、それによって分かりにくいが少量の汗が付着していた。
「…………さすがに、疲れましたね。ですが、これで私の仕事は終わり………ジャンヌの下へ帰りましょう、バレット」
ローズリィは己の騎馬の手綱を操りながら、来た道を戻っていく。
彼女に多少の警戒はあれど、疲労と、己の技量を信じているためか、些か集中力が散漫になっていた。
だから彼女は直前まで気付かなかった。
己の命を喰らう魔の手が迫っていることに。
「っバレット!!!!??」
気付けたのは直感だった。
瞬時に騎馬を操りながら剣を横に掲げて、迫り来る黒い光を防ごうとする。
だが、防御が甘かった。
少しだけ逸らせた光の斬撃は、彼女の騎馬の上半身を吹っ飛ばし、彼女の右足の太股を半まで抉った。
「あぐッ………!」
倒れる馬から飛び降りて地面に着地し、一瞬だけ馬に意識を向けた後、襲われた方向に目を向けた。
ローズリィの視界に入ったのは、黒い影のようなモノだった。両手に剣を持って此方に構えを向けている。
「ッァ………い、一体どこ…から…?」
いくらローズリィの注意力が散漫していたとは言え、あのような異形がいたら絶対に気づく筈だった。
なのに彼女が気付かなかったのなら、それは恐らく。
「突発的に現れたのですか………?でも、なんで急に………ッ!!?」
再び感じる己の生命の危機に、ローズリィは回避するためにその場から離れる。
右足に激痛が迸るが、それを意志の力で抑えて状況把握に努めた。
彼女がいた所に目を向ければ、ローズリィが先程殺した筈の兵士達が殺到し地面が陥没していた。
「何、が……チッ!」
ローズリィに避けられた死体達は、再び彼女の下へと群がる。
死体と侮ることなかれ。その動きは生きていた頃よりも圧倒的に早く、何よりも、その身体にあり得ないほどの膂力が宿っている。
そんな化物達に襲われても焦ることは無いローズリィ。彼女は襲ってくる死体達の四肢を正確に切断した。
「「「「「GYAAAAAAAAAA!!!」」」」」
絶叫を上げる彼等を無視し、先程攻撃してきた影の異形に意識を傾ける。
その異形はと言うと、再び光の斬撃をローズリィに放った。だが、二度同じ手が通用するほど彼女も甘くはない。光の斬撃は余裕を持ってその軌道を逸らされてしまった。
それでも止めることなく異形は光の斬撃を放ち続けるのだが、それは途中で阻まれることになる。
ローズリィが落ちていた敵兵の槍を手に取り、それを異形へと投擲したのだ。
進行方向にいる者全てを貫く槍の投擲に、本能的に危機を感じた異形は回避を優先した。
しかしそちらに意識が傾いてしまい、瞬時に近付いたローズリィに異形は気付くのが遅れてしまう。
それは戦場において致命的なミスだ。
鋭い剣閃が異形を上下に切り裂く。
上半身と下半身が切断され地面に落ちる異形。
―――しかし、そのまま死体となる筈だった異形は、光の粒子へと次第に変わっていきこの世からいなくなったのだった。
その現象を見ていた彼女は、何が起こっているのか理解できなかった。
「跡形もなく、消えた…………?この世の生物ではない?それに兵士達の死体も動き出しましたし………」
(あの影は見たことがありませんが、あの死体には私の知識に覚えがありますね………ですが、私が知っている筈の彼等ならおかしい。仮にその現象が起きていたとは言え、こんな突然に死徒になるものではない)
前世の知識を持ち出し、思考を加速させる。だが、そのローズリィの知識をして、結果は未知であった。
「………一体、何が起こっているのですか?…………いや、それより」
(何か嫌な予感がする)
直感がそう彼女を刺激する。
ざわつく心を落ち着かせながら、急いでジャンヌ達の下へ戻ろうと痛む足を動かし、身体を後ろに向けた。
「………………」
そして視界に映る光景を目にし、ローズリィは暫し絶句することになる。
彼女の目前には、先程の影の異形達が次々と現れ始め、兵士達の死体が続々と立ち上がる光景が広がっていた。
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剣が異形の身体を貫き、その身体をこの世から消失させる。
「はぁ……はぁ……ッ戻ら、ないと………」
最後の異形を殺したローズリィは、すでに満身創痍だった。
何千と、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに化物達を殺したローズリィ。
だがその偉業の代償だろう。彼女の右足は動かず、身体の至る所に切り傷を作り、目の焦点は合っていなかった。
「ジャンヌの……ところぇ………」
意識が朦朧とし始め、杖の代わりにしていた愛用の剣を手放してローズリィは倒れる。
自分が倒れたことにも気付かず、ただ必死にジャンヌに会うために身体を動かそうとする。
だが、意思に反してその身体はもう動かなかった。
「ジャン……ヌ………」
意識を手放す中、ローズリィは愚直にジャンヌのことだけを考え続けたのだった。
次はエグいです
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