柏木戦隊エルクゥファイブ   作:きゃら める

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第一話 出撃! エルクゥファイブ

            * 1 *

 

 人々が彼らの存在に気づくのに、そう時間は必要なかった。

 常人の胴体の太さほどありそうな腕が水平に振るわれた。その動作によりバネではじかれたかのように飛んでいった丸いもの。親子三人連れの目の前に落ちたそれは、そうなる一瞬前まで友達と楽しく話していたままの笑顔を湛え、地に転がった。

 手を繋いだ女の子よりも素早くあがった母親の悲鳴。それは夜の迫った隆山温泉一の繁華街の人混みに響き渡った。

 腕を振るった者の格好は異常だった。鍛え上げたスポーツマンのそれよりふた回りどころではないたくましい筋肉を持ち、普通ではあり得ないほどに伸びた爪からは、血が滴っている。肩や胸といった部分が金属で覆われたスーツ――鎧とも言うべきものを身に着け、顔を完全に隠す鋭角なデザインのヘルメットからは、不気味に光るふたつの目だけが見える。白以外の色と言えば黒やグレーといったくすんだ色ばかりのスーツは、その者の異様さをいっそう高めていた。

 そしてまたその異常な格好の者が立つ小道からは、同じ様な格好をした者たちが数多く現れ、人々に襲いかかった。

 悲鳴と怒号はあっという間に周囲に伝播し、週末で歩くのがたいへんなくらい人が集まった街はパニックに陥った。

 異形の者たちは逃げまどう人々に向かって手に持った短刀を振るい、爪でなぎ払う。彼らのひと振りによって首が飛び、身体が引き裂かれ、カラフルなブロックが敷かれた道路は、血に染められていった。

 誰ひとり抵抗することはできなかった。状況を理解できずに逃げまどうことしかできなかった。

 そんな人々を追い、異形の者たちは軌跡すらわからなくなるほどの素早い動作で駆け回り、殺戮を繰り返す。死んでいることが明らかな女性にそれでも短刀を突き刺し、逃げ場を失った人々の中に飛び込んでいって踊るように爪を振るう彼らは、殺戮という行為を楽しんでいるようだった。

 通報を受けたらしく駆けつけた警官たちはその惨状を見、ためらわず拳銃を抜いた。連続発射された銃弾のうち何発かは異形の者たちに当たっていたはずだが、倒れる者はなかった。

「――――――っ!」

 そんな異形の者たちの中で、ただひとり声を張り上げ、高らかに笑う者があった。

 その者はプロテクターの上からでも浮き彫りになる豊満なボディラインから、明らかに女性。他の者と違い、オレンジやピンクといった派手な色合いのスーツを身に着け、彼女だけはヘルメットを被らず、歓喜に彩られた真っ赤な目を見せていた。

 彼女は異形の者たちに長剣で指図し、自らも集まった警官たちに肩越しの髪を揺らして突っ込み、その動きを阻もうとするジュラルミンの盾ごと真っ二つに切り裂いた。

 殺戮が始まってどれくらいの時間が経った頃だろうか。手近な人間を殺し尽くした異形の者のひとりが新たな標的を求めて動き始めた瞬間、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 立ち上がり爪を振るおうとしたが、轟音を立てて上から下へおろされていく腕は、何者かによって受け止められる。受け止めた者から強烈な打撃をくらったそいつは、近くのビルの壁に背中から叩きつけられ、コンクリートの破片とともに地面に崩れ落ちた。

 繰り出した拳をゆっくりと引き戻しつつ立っていたのは、異形の者とどこか似ている赤いプロテクタースーツに身を包む、男とおぼしき者。さらに彼の後ろから、白、青、紫、黄色の影が飛び出し、人々を襲う異形をうち倒し始めた。

 異形の者たちがいくら集まろうと、カラフルなスーツに身を包む者たちには敵わなかった。瞬く間に数人の異形がうち倒され、手傷を負った者は女司令官のもとへと退いた。

 長剣を構えた女司令官は前に進み出、自らを囲む五色のスーツを睨みつける。

「――っ、……。お前たちは、何者だ!」

 どこのものともわからない言葉を発した後、女司令官は明瞭な日本語で、自分の正面に立つ赤いスーツに向けて叫んだ。

 ためらうように揺れる、赤スーツの剣。隣に立つ黄色いスーツの視線を受け、彼は言葉を発する。

「俺たちは……、俺たちは隆山温泉を守る戦士、エルクゥファイブだっ!!」

 

             * 2 *

 

「ふわぁ~」

 あくびを漏らして、俺はただ流してるだけの昼のテレビを見返す。冷めつつあるお茶をひと口すすって、頬杖をつき直した。

「いい番組、ないね――」

 新聞の番組表を見ていた初音ちゃんが言う。確かに、土曜の午後という時間は一応大学生の俺や、昼までで高校が終わって帰ってきた初音ちゃんには見たいと思うような番組はなかった。

「なにやってるんだ? 耕一。ジジババじゃあるまいし、まっ昼間からテレビ見てあくびなんてしてんなよ」

 言いながら梓が台所の方からのれんをかき分けてやってくる。手には急須と自分の分の湯飲み、それからお菓子が入った器を器用に持っていた。椅子に座って俺と初音ちゃんの分のお茶をつぎ足し、自分の分も注ぐ。

「って言ってもなぁ~。とりあえずどうしたらいいんだか……」

 そろそろ秋の香りがし始めた空気が、戸が開けっ放しの縁側から漂ってくる。いまのところこれと言って用事がないいま、こうしてテレビを見ている以外、やることなんて思いつかなかった。

 ――ただし、昼間はともかく、夜となればやることは結構ある。人目につく可能性がある昼間はできないが、夜であれば千鶴さんや梓や楓ちゃん、それに初音ちゃんと俺の五人で、水門の辺りまで行って「訓練」するのだった。

 ……そう、すべてはあの日から始まった。

 初音ちゃんと鬼の亡霊に追われてヨークの中で過ごしたあの日。空を切り裂く光が隆山温泉に飛来した。そのとき意識しない間に鬼の力に目覚めていた俺も、他の柏木姉妹全員も、それが「真なるレザム」からやってきたエルクゥの船であることを察知していた。一度大学に戻って休学の届けを出した俺は、初音ちゃんたちと飛来したエルクゥに備えるため、柏木邸に住み込むようになっていた。

 やってきたエルクゥたちがどれくらいの数で、どんな奴らなのか、俺たちはまったく把握していない。すぐさま行動を開始することがなかったエルクゥに安心しながら、俺たちは毎日夜になると、鬼の力を高めあうため訓練を重ねていた。

 ――しかし、なぁ……。

 動物ネタの明るいんだかどうなんだかわからない話題で盛り上がるワイドショーを眺めつつ、俺はテーブルに突っ伏す。

 俺が柏木邸に住み込むようになってから、もうひと月近くが経っていた。しかしエルクゥたちが人間を襲う、といった動きはなく、俺も初音ちゃんたちも誰ひとりとして、あの光が飛来した日以来エルクゥが活動している気配を察知することはできなかった。

「はぁ~~~」

「本当にジジくせぇなぁ」

 俺の様子に梓が苦笑いを浮かべていると、

「あ、耕一さん、こちらにいらっしゃいましたか。梓も初音も、いたのね。都合がいいわ」

 そう言って笑みを浮かべる千鶴さんが居間にやってきた。その後ろに、楓ちゃんを引き連れて。

「どうしたの? 千鶴お姉ちゃん」

「やっとわかったのよ」

「わかった、って?」

 にこにこと笑っている千鶴さんに、初音ちゃんが問う。

「みんな、これを――」

 千鶴さんが俺たち三人に配るのは、銀かなにかでつくってあるような、少し幅のある金属の腕輪。なんの変哲もないようなそれを、とりあえず千鶴さんが示しているように腕にはめてみる。

「これはもしかして、例の?」

「そうです。使い方がやっとわかったんです」

 俺の問いに千鶴さんはそれまで以上ににっこりと笑む。

「予想していた通り、これはエルクゥの標準的な装備でした。大昔にやってきたエルクゥは全員、このブレスレットを身に着けていたようです。使い方などについては――、楓、お願いね」

「おぉ」と声を上げながら鼻息を荒くしている梓ばかりでなく、俺も千鶴さんの話を聞いているうちに興奮していたのか、胸の高鳴りを感じながら楓ちゃんの方を見る。千鶴や初音ちゃんにも注目されている楓ちゃんは少し居心地悪そうな顔をしていたが、それでも説明を始める。

「……これは、――なんて言えばいいんでしょうか。エルクゥたちにとっての武装とも言うべきものでした。これひとつを身に着けているだけで鎧や、最低限の武器がいつでも使えるようになります。……いわゆる、変身ブレスレットとでも言えばいんでしょうか――」

 俺は手首にはまるブレスレットを眺めてみる。なんとなく最初のときよりも――いや、はめたそのときより俺の腕にフィットするような大きさに変わったそれ。ごついわけでもなく、機械仕掛けのようなものもまったく見えない。ただの金属のワッカのようなそれに、そんな機能があるのかどうか、疑問が浮かんでしまう。

「使い方としては、ブレスレットをはめた手を握って――」

 言葉とともに、楓ちゃんは自分の胸の前にブレスレットをはめた左腕をかかげ、拳を握る。

「反対の手の指をブレスレットに添えて下さい」

 ブレスレットに右手の人差し指と中指を添える楓ちゃん。俺の隣ではその真似をしている梓と初音ちゃんがいた。

「そして――」

 ごくり、と息を飲む。

「チェンジッ、エルクゥファイブ!」

 いつもからは想像できない楓ちゃんの高らかな声が響いた。

 言葉を言い終える前に楓ちゃんの身体は光に包まれ、俺は目をすがめる。光の中にかすかに楓ちゃんのほっそりとしたプロポーションが見えたと思った瞬間、光は収まっていた。

「……楓、ちゃん?」

 光が収まったそこに立っていたのは、紫の影だった。

 濃いめの紫を基調にした身体に密着するスーツ。肩や腕、足腰などの要所要所を覆う装甲。腰に短剣を佩いていた。顔はフルヘルメットのような装甲で覆われ見ることはできない。心なしかきしみを上げる床の音に、彼女が変身した姿で鬼化していることがわかった。

「変身には拳を握るという意志表示、指で触れることによる指紋――ではないようですが、接触認証、それから声による認証が必要です。ヘルメットは設定を変更すれば顔を見せるようにもできますし、鬼である以上通信などと言った機器は必要なく母船による支援もないので、機能としては防護のみですが、町中で戦うのに顔を知られないようにしてあります。それからこういった剣などの――」

 腰の短剣を抜き、注目しているみんなに示す楓ちゃん。その剣は鏡のような表面をしていて、鬼の爪と同等か、それ以上の切れ味を持っていそうな感じだ。

「装備も一緒に現れます。装甲は頑丈で、薄く見えてもスーツだけの部分でも拳銃などは通用しないようですし、小銃といった武器の類もよほどのことがない限り衝撃を受けるだけで済みます。同じ動作で変身を解いた後は、服も元通り復元されます」

 おそらくヘルメットの下ではさっきと同じ無表情をしているのだろう、楓ちゃんはさっきまであった緊張もなくひと通りの説明を終えた。

「それではみなさんも変身してみて下さい」

「おっしゃぁーーーっ」

「えぇっと……」

 楓ちゃんの声に早速変身ポーズを取る梓や、恥ずかしそうにしている初音ちゃんを横目で見つつ、俺はヘルメットの奥にあるだろう楓ちゃんの目を見つめる。

「さっきの『チェンジ! エルクゥファイブ』ってかけ声は、誰が考えたの?」

「………………必要なのは声による認証のようです。生の声でさえあれば、涸れた声でも小さな声でも変身はできます」

 質問の意図とはずれた答えを返してくれる楓ちゃんのそのときの表情は、ヘルメットに隠されて見ることができなかった。

「チェーーーンジッ! エルクゥファイブ!!」

 気合いのこもった梓の梓の声とともに、すぐ隣で光がわき起こる。見てみると、そこに青いスーツの梓が立っていた。

「おっ、あたしはブルーか。ってぇことは、エルクゥ・ブルーってところかな?」

 鬼になっても変わらぬ胸の大きな梓は、表情の見えないヘルメットの中で子供みたいにはしゃいでる。

「チェ、チェンジ……。エル――」

 そこまででブレスレットが変身指令を受け取ってしまったのか、初音ちゃんは言葉を言い終えることなく光に包まれる。光が収まったそこには、黄色いスーツのエルクゥ・イエローが立っていた。

「じゃあ今度は俺だな」

 ふたりの変身を見ていて溜まらなくなった俺は、左手を胸の前で握りしめ、右手の指をブレスレットに添えた。

「チェンジ! エルクゥファイブ!」

 瞬間、視界が白に染まったように思えたが、違った。視界そのものは保ったまま、自分の回りに光が溢れるのがわかる。身体の表面でなにかが起こっているのを感じながら、ブレスレットの効果なのか、誘われるように俺は鬼の力を解放した。

 それに溺れてしまいそうになるほど溢れてくる力。わき起こる衝動はしかし、俺の理性が静かに収めていった。

「何色だ? って、レッドか」

 どういう仕掛けなのかヘルメットを被っているのはわかるのに、まったく視界を邪魔しないフェイスグラス越しに俺は自分の手を見ていた。

 ――意外と身体が楽だな。

 鬼化したときはいつも、わき起こる力とともにどこか思考の隅にけだるさがわだかまる。純粋なエルクゥじゃないからか、それともエルクゥとはそういうものなのか、そのけだるさは人間に戻ったときに激しい疲労となって身体を襲う。

 しかしブレスレットを使った変身のときは、普通の鬼化のときと違ってそんなけだるさはなく、同時に身体の大きさの方もひと回りも大きくなってなかった。

「よかった。やはりブレスレットにはより効率的な鬼化を促す機能があるみたいです」

「どういうこと? 楓ちゃん」

「はい。そのブレスレットのマニュアルのようなものの中に書いてあったんですけど、そのブレスレットはエルクゥ本来の力を制御し、効率化する役割があるそうです。耕一さんが本来の力を発揮していてもあまり身体が大きくならないのは、そのためです」

「へぇ~。思えばスーツの色はどうやって決まってるの?」

「それはどうやら変身する人の性格や人格が影響しているみたいです。そのときそのときによって気分、というものもありますから、変身するごとに色合いが微妙に変わったりします」

 楓ちゃんの説明に感心しながら、俺は変身した自分の腕や足を動かして身体を確かめていた。

「耕一さんが赤、梓が青、楓が紫で初音が黄色なのであれば――」

 最後に残った千鶴さんが考え込むように話し出す。

「私はもちろん白ですよね」

 にっこりと笑みを浮かべながら胸の前で手を握る千鶴さん。

 その言葉に敏感に反応した初音ちゃんは、俺のスーツを――千鶴さんから見えない背中側を――ぎゅっと握ってきた。梓はヘルメットを左右に揺らしながら、千鶴さんから視線を外していた。ふと見た楓ちゃんは相変わらず紫のスーツに身を包んで表情は見えなかったが、彼女の両の拳が握られていることを、俺は見逃さなかった。

「はぁーっ、ふぅー」

 なぜか大きく深呼吸した後、千鶴さんは変身の声を上げる。

「チェンジッ エルクゥ・ファイブ!」

 千鶴さんの身体が光に包まれ、おそらく俺ばかりじゃなく、ここにいる全員が息を飲んだ。

「――ホワイト、でしたね」

 弾んだ声で自分のスーツの色を確かめる千鶴さん。しかし俺は、彼女が自分の色を確かめた瞬間漏らした安堵の息を聞き逃さなかった。

 ひと通りの使い方を教わった俺たちは、変身を解いて梓が入れてくれたお茶を手にテーブルを囲んでいた。

「これで戦いの準備は整ったな。もしなにかあっても戦いが楽になるよ」

「そうだよね。街の中で戦っても、友達に正体を知られることはないだろうし……」

「……」

「初音や梓は学校があるし、私は仕事がありますから、いろいろとたいへんになりそうですけど――」

「と言って千鶴姉はちゃんと仕事してくれないとダメだよ? たとえ隆山温泉を守る正義の味方やってても、それで誰かが生活費を出してくれるわけじゃないんだから」

 襲撃がなく、訓練ばかりの毎日に変化が訪れた。お茶を飲みながら、千鶴さんも梓も初音ちゃんも、心なしか楓ちゃんも笑っていた。

 俺もまた笑いながら、けれどもこれまで以上に不安がわだかまっていた。

 変身用のブレスレットみたいなものを標準的に持っているだろうエルクゥたち。星の海を渡る彼らの科学力は、果たしてどれくらいのものなのだろうか? 見当なんて、つけようがなかった。

 それに、エルクゥの強さは、果たしてどれくらいのものなのだろうか……。

 二週間ほど前に倒した、柳川って刑事だった鬼。そこで俺は初めてエルクゥ同士の激しい戦いを経験した。

 致命傷を負って河に落ちていった柳川。しかし奴の強さは恐ろしいものだった。鬼の力にまだ慣れていないこともあったんだろうが、千鶴さんと梓の協力がなければ、俺は敗れ去っていたかもしれない。

 ――もし襲来したエルクゥ全員が柳川クラスの強さだったとすると……。

 明るい話題が花開く居間で、俺はひとり暗い気持ちに沈んでいた。恐怖とも不安ともつかないその気持ちに、隣に座る初音ちゃんの手をテーブルの下で強く握る。

 ――話し合いでどうにかなるならいいんだが……。

 話し合おうにも、エルクゥたちの所在は、かすかに気配を感じるだけで、一向にわからない。それにエルクゥはその種族の傾向そのものが、押さえつけてはいるものの俺の中にいる鬼からもわかる通り、狩猟者だ。話し合いが通じる可能性は低いとしか思えなかった。

 ――いつ、俺たちの中で犠牲者がでるとも知れない……。

 エルクゥたちの力だどれくらいのものだしても、なんの応援も得られない俺たちの戦いは凄惨を極めることになるだろう。なにしろ彼らとの戦いとは、スポーツなんかと違って、一瞬一瞬が生死を決するものばかりなのだから。

「来やがれっ、エルクゥども! あたしたちが返り討ちにしてやるぜ!!」

「まぁまぁ、梓」

 意気込む梓。それをなだめる千鶴さん。静かに沈黙を守っている楓ちゃん。そして俺は、初音ちゃんの密かな視線を受けながら、どこかを見ているようで、どこも見ていない視線を近い未来に向けていた。

 

             *

 

「はい、隆山警察署――」

 フロアに電話が鳴り響き、電話の近くにいた女子署員が応対に出る。しばらくやりとりをしていたが、とくに困難なく受話器は戻された。

「ふぅ~」

 そんな様子の一部始終を目の前の書類越しに見ていた峰沢は、深く安堵の息をついた。

 ――やっと署内が落ち着いてきたな。

 隆山温泉で一番大きな警察署――といっても敷地ばかりで、副署長である峰沢すら一般職員と壁を隔てることなく同じフロアに机を持っているような規模――が上へ下への騒動に巻き込まれたのは、約一ヶ月前に飛来した光が原因だった。

 数時間後には報道関係者が隆山温泉に溢れ返り、翌日には物見遊山の野次馬たちが押し寄せた。UFOだ隕石だといろいろ騒がれたが、警察や専門的な機関、一般市民による様々な方向からの調査のすべては、徒労に終わった。光が隆山温泉のすぐ前に広がる湾内に落ちたことはすぐに報告され、写真などによる確認もできたが、結局正確な飛来、もしくは墜落場所、そしてその痕跡すらも見つからなかった。

 しかしその夜から警察には問い合わせの電話が殺到し、通常業務に支障がでるほどになった。一時は応対専門の職員を非常徴収しなければならないほどの騒ぎになったが、光が湾内に落ちたという報告以上話が進むことはなく、一週間もしないうちに野次馬たちの大半が帰り、二週間後には報道陣の九割が引き上げ事態は沈静化した。

 その間になにか変化があったとすれば、二週間ほど前の動物なのか人間なのかまったくつかめない猟奇殺人通り魔事件と、それに関連したと思える誘拐事件だったが、そちらの方も犯人が捕まることなく次の事件も起こらず、誘拐されたと目された少女も見つかり、収束した。

 そんな平穏が戻ろうとしているそのとき、副署長の峰沢は言い知れない不安を感じていた。

 ――なんなんだ? この不安は。

 これまでにも何度か感じてきた予感めいたもの。自分はおそらくその正体を知りながら意図的に認識の中から削除しているのだろうことはわかっていた。

 進まない書類の整理と奇妙な不安にさいなまれながら、峰沢は奥歯を噛みしめる。

「お疲れさまです、峰沢副署長。お茶です」

 かけられた声に読んでいなかった書類から顔を上げると、遠藤巡査が湯飲み――誰がつくったのかわからないが、「副署長」と手書きの可愛い文字が書かれた――を差し出していた。

 記憶を探るまでもなく、遠藤巡査こと、遠藤幸子は署の通信係として、巡回しているパトカーなどからの連絡を待つために無線機の前にいなければならないはずだった。

「遠藤巡査っ」

「はい?」

 峰沢の声にとぼけたような声で返事をする彼女。

「自分の仕事はどうしたんだ? 遠藤巡査。飲み物が欲しければ自分で淹れる。君は自分の仕事をしたまえ」

 三十そこそこの彼は自分の言葉にジジ臭さを感じながら、遠藤巡査の行動にこめかみをひくつかせていた。

「あら峰沢副署長。副署長の場合、喉が乾いて咳が出るほどにならなければ飲み物を取りに行ったりなさらないでしょう? 副署長たる者、気持ちに余裕が必要なのではありません? お茶を飲むという行動は喉を潤すと言う以上に気持ちの切り替えに必要な行動かと思ってお持ちしたのですが……。それにいまワタクシは休憩時間で、副署長が必要なように気分転換のためにお茶を淹れたんです。自分の分のお茶を淹れるだけではなんですから、このフロアの方々全員に配っているんですよ?」

 峰沢の記憶では遠藤巡査は確か二十六歳。七歳も年下ながら文句が返せないようなことを言われ、しかし彼は沸々と怒りが湧いてくる。

「だったらお茶だけ置いてすぐに仕事に戻りたまえっ!」

「引き留めて説教を始めたのは副署長の方ですのに……」

 お盆で顔を半分隠しながら恨めしそうな目をする彼女に、峰沢は「ぐぅ」とうめきを上げるしかない。

「それから気分転換の他に、お茶をお持ちしたのには理由があるんですよ。――とりあえず副署長、冷たくなる前にお茶をひと口」

 遠藤に言われ、峰沢はとりあえずお茶を口にする。さわやかな飲み心地が彼の気持ちを少し静めてくれる。そんな様子を見た遠藤は、真剣な顔つきになって言う。

「署長が先ほど倒れられ、病院に搬送されました。――おそらく今回は、手術込みの長期入院になると思います」

 隆山警察署の署長と言えば、定年間近で気が小さく、最後の人生をこの平和な温泉街でゆっくりすごすために署長になったと言われるほどの人だった。経験から来る実力はそれなりであるのだが、持病の胃潰瘍だけは峰沢も頭を痛めていた。なにしろ峰沢が隆山警察署の副署長になった二年前からで、十二回救急車で運ばれ、うち四回は入院しているのだから。

「副署長、お茶を」

 遠藤に手で示され、峰沢は湯気を立てる湯飲みに口をつける。さわやかさが喉を通り過ぎた後、しかしわき起こる感情を抑えることはできなかった。

「なめてんじゃねぇーーっ。うらぁーーー!!」

 峰沢副署長が中学時代、地元周辺をまとめるほどの不良だったという噂は、誰もが真実であると知っていた。

 

 ――署長が倒れたか。

 遠くから峰沢のキレた雄叫びを聞いて、長瀬は溜め息をついていた。

 定年間近の気弱な署長と違って、副署長はこの隆山警察署を腰掛けにすることを決められているエリート警察官。「実績」は残せるにしてもそう何度も署長に倒れられてはキレもするだろうと、長瀬は遠目にまだ叫びを上げている峰沢を見ていた。

 ――それに……。

 ほとんどの署員は気づいていないだろうが、エリートはエリートでもその資格が充分なほど頭が切れる峰沢であれば気づいているだろう。ここ最近、隆山警察署管内において、不審な人物の目撃が多くなっていることに。

 いまのところ長瀬の勘に引っかかるだけで、事件らしい事件にはなっていない。しかしそれでも長年の勘は、長瀬にそれがなにかの予兆であることを告げていた。

 ――もしかしたら、たいへんなことが起こるかも知れないな。

 確信できる要素などなにもない。しかし長瀬には、なぜかその勘が的中するであろうという予感がしていた。

「どうぞ、長瀬さん」

 いつのまに逃げてきたのか、さっきまで峰沢副署長のもとにいた遠藤が長瀬の席にお茶を置く。

「ありがとう、遠藤くん。――やはり、原因は君か?」

「いえいえ。ワタシはきっかけを与えてみただけです。いずれはあぁなる運命だったんです。まだ土曜の午後の、比較的暇な時間で良かったのではありませんか?」

 柔らかな表情と丁寧な口調であったが、遠藤の言葉はどこかずれているように長瀬には思える。あんな風にならないような言い方もできたのではないだろうか?

 ――まぁ、あの副署長では多かれ少なかれ、叫び声は上げたかな?

「すっかり恒例行事になってしまいましたからね、ほら、他の方々も笑って見ていますよ」

「まぁ、確かに……」

 恒例行事にしたのは誰なのかはともかくとして、そろそろ復活して関係機関への連絡を始めている副署長のことを、フロアにいる署員達は微笑みを浮かべながら見ていた。

「――やはりいらっしゃらないんですね」

「あぁ」

「そうですか――」

 長瀬の隣の空いた机をちらりと見た遠藤は、お盆を胸に去っていった。

 そこは長瀬の相棒だった柳川の席。整理整頓され、出先から帰ってくればすぐに仕事ができるように見えながら、そこにはうっすらと埃がつもり始めている。

 ――柳川くん、君はどこに行ったんだ?

 柳川の姿がなくなって、もう二週間ほどが経っていた。突如としていなくなった彼のことを、長瀬は彼のマンションの部屋まで行って調べたが、見つけることはできなかった。そしてちょうど一週間前、阿部貴之という少年の水死体が海岸にうち寄せられた。検屍の結果薬物反応が出たために少年の部屋を捜索。柳川の隣の部屋だった阿部の部屋からは、大量のクスリと、複数の女性の痕跡、そして柳川の痕跡も残されていた。

 置かれていた道具などからその部屋で女性が監禁され、乱暴されているという事実は見えていたが、監禁されていたと思われる女性達の姿はなく、部屋の住人の阿部は死に、手がかりとなる柳川も姿を消してしまった。薬物事件として別の課に捜査が移ってしまった現在、長瀬が柳川を捜すことは、少ない個人の時間を使って限られたことをすることのみだった。

 ――生きているのか? 柳川くん。それとも果たして――。

 阿部の部屋で見つかった柳川の痕跡の中には、精液が含まれていた。それと同時に、窓の側には、柳川のものと思われる大量の血痕も残っていた。なんらかの乱闘があったのだろうが、病院にもまた、柳川が入院したという記録はなかった。

「後手に回るしかないのか?」

 目撃される不審者たち。失踪した柳川と彼が残した激しい乱闘の跡。長瀬にはそれがどこかで関係していそうな予感がして、またひとつ溜め息をつく。

 ――柳川くん、君は本当にどこに行ったんだ?

 

             *

 

 その男の格好を見れば、誰もが近寄っていくようなことなどないだろう。それほどに男の服は汚れ、垢が染みつき、異臭すら漂ってきそうな雰囲気を醸し出している。死んだような目をし、どこか頼りなさのある歩き方をしているが、しかしただの浮浪者とは違うのは、服の隙間から覗くたくましい筋肉と、手に持った菊を主体とした花束だった。

「俺は……」

 月も雲で覆われ真っ暗な崖っぷちを歩きながら、ひび割れた唇で、かすれた声を発する彼。

「俺はあいつに負けたんだ……」

 誰に言っているのではないだろう。海に面した崖沿いを歩く彼は、少し歩いてまた同じことをつぶやいている。

 彼――柳川祐也がこんな風になってしまったのは、二週間ほど前、柏木耕一に敗れ去ってからだった。

 なぜか耕一との間で共有される感覚を利用して女性を見繕い、襲っていた彼だったが、それを察知され、襲撃をかけられた。耕一の力は柳川をも上回り、深手を負いながら彼は鬼の本能により河の中に落ち生き延びた。

 立場や生活基盤を失い、自暴自棄になった彼に舞い込んで来たのは、捨てられた新聞で読んだ、貴之の死だった。

 微かに雲に反射される街の光で、その崖っぷちに立てられた立て札の字が読める。自殺を留める内容の立て札。だがそれも、正常な判断力を失っていた貴之にはなんの効果もなかったのだろう。

「貴之……」

 耕一との戦いに敗れ姿を消した柳川を捜し、貴之は部屋を出て隆山温泉一帯を彷徨っていたらしい。そうしてこの崖にやってきて、足を滑らせたらしいということを、柳川はどうにか調べ上げていた。

「俺は結局、お前を守ってやることができなかった……」

 数歩踏みだし、花束を持たない右手で立て札に手をかける。半分無意識に入れた力は、連動して緩やかに全身の細胞を活性化させ、いとも簡単に立て札を握りつぶした。

 さらに数歩踏みだして崖の縁に立ち、柳川は花束を岸壁に叩きつけられる波に向かって投げ落とした。

 涙が溢れてくることはない。悲しみすら浮かんでこない。ただ貴之がそこから落ちて死んだという事実しか、いまの柳川には受け止めることはできなかった。

 敗退と死は、あれほどまでに暴れていた柳川の中の鬼もまた、沈めていた。

 いまでは荒れ狂う鬼は姿を消し、柳川は自分の意志で鬼の力を扱えるようになっている。いや、もしかしたら耕一に言われたようにあの鬼は自分自身で、敗退と死をきっかけに分裂していた精神が一体となったのかも知れない。

 そんなことを考えたところで、意味はなかった。なにしろもう柳川には、その力を振るう気力すらなかったのだから。

 ――っ!!

 崖から離れ、当てもなくどこかに歩いていこうとしたとき、消えたようでいても残っている柳川の鬼の感覚は気配を捉えた。

 振り向けばそこにはどこから現れたのか、いまの柳川以上に異様な格好をした者たちが、崖を背にする彼の行く手を阻んでいた。

 ――こいつら、鬼か?

 肩や胸に装甲のある、身体に密着したスーツを着込んだ者たち。ヘルメットの奥に隠された目を見るまでもなく、柳川の感覚は二十人近くいる彼らのすべてが鬼だと感じていたが、なにかが違った。

 ――なんて弱い炎なんだ? こいつらは。

 鬼の血を引いているというだけで力を出していなくても、命の炎は常人よりも強いもの。それなのに柳川を囲む彼らは、数こそやっかいだったが、ともすると普通の人間よりも弱く、濁った炎しか見えなかった。

 ――こいつらが飛来した鬼なのか?

 耕一に襲撃をかけられる一週間前に話題になった夜空を切り裂く光。柳川はそれに、鬼の反応を感じていたが、気にはとめなかった。

「……」

 柳川の行く手を阻むだけで、彼らの炎に攻撃の意志を示す揺らぎはない。鬼の力を出すタイミングもつかめず、彼は睨みあう。

「原住民なのか? お前は」

 そんな状況を打破したのは、異様な者たちの中から発せられた、流暢な日本語だった。

 囲みの一部が割れ、現れたのは男がひとりと女がふたり。男女ひとりずつはヘルメットのないプロテクタースーツを着込み、残りの女は、地球の服とは思えないが、少なくとも防護力のなさそうな、ゆったりとした服を身に着けていた。

 ――全員鬼だ。……それも、強い。

 セミロングの髪の女は、千鶴と同じほどの炎を持っている。男は腹が突き出たぶよぶよとした身体をしているが、体格的には柳川のひと回り以上も大きく、命の炎の激しさもまた、柳川のそれを上回っていた。残りの髪の長い女は、炎を見る限り、強さはさほどではない。プロテクタースーツを身に着けていないことから見て、いまの柳川でも勝てるだろうと思えた。しかし――。

 ――美しい。あの炎は、本当に美しい。

 ロングヘアの女の炎を表現するならば、青白。火勢はそれほどでなくとも、その強さと純粋さは、過去柳川が見てきた鬼や人間の中でも随一の美しさだった。

「お前は、混じっているな」

 いつしかロングヘアの女と正面から見つめ合っていた柳川。彼女は柳川の瞳の中を覗くようにしながら、ひとり言のように流暢な日本語でつぶやく。鬼の血のことなのか、他のことなのか、柳川にはその真意がつかめなかった。

 見つめ合っていたふたりの間を遮る影。セミロングの女と大柄な男が鬼の力を解放した状態で視線の間に割って入ってきていた。

 ――戦うしかないな。

 無言のまま、柳川は鬼の力を解放できるよう息を整える。ケダモノの自分が復活したわけではなかったが、力と力がぶつかり合う戦いへの期待が高まっていた。

「――」

 そんなふたりを制し、前に出たのはロングヘアの女。今度は彼らの言葉なのだろう、手と言葉で前に出たふたりを下がらせる。

「エスナル、――――」

「――っ! ――――、ディセレル!」

「――」

 かろうじて女同士のやりとりの中に、セミロングがエスナル、ロングヘアがディセレルなのであろうという名前の部分だけは理解できた。しかし他の部分は少しもわからない。とにかくエスナルは言いこめられたのか、男とともに後ろに下がった。

「待たせたな、『地球』の同類よ」

「……」

 理解できる言葉に答えを返さず、柳川は両の拳を握る。徐々に彼の中で高まっていく鬼の力に、しかしディセレルは微笑みを浮かべている。

「呼ばれてきてみれば同胞はおらず、お前のような者がいるとはな」

 細胞が活性化し始める。血が炎になったかのような熱さは、柳川にとって苦しみではなく、解放されることへの歓喜だった。

「しかし、勝てると思っているのか? お前のような者に」

 彼らも狩猟者であると言うなら、命の炎を見れば一目瞭然のはず。大柄の男ならばともかく、目の前にいる女であれば、柳川は勝てると確信していた。

 ぼろぼろの服は抵抗する間もなく破れ落ち、柳川の身体はふた回りも大きくなっていた。これまでに見たこともない美しい炎が散るところを見られるかと思うと、胸ばかりか全身が高鳴った。

「――ならば知るがいい。自分の力と言うものを」

 空気の微かな揺れだけを残して、柳川はディセレルに向かって突進していく。振り上げた鋭い爪は確実に彼女の胸を捉え、深くえぐるだろう。

 しかしそれでも、ディセレルの口元から笑みが消えることはなかった。

 

            * 3 *

 

 どれくらい続けていたのだろう、どちらともなく、ふたりは唇を離す。

「ふぅ……」

 ふたり同時に溜め息を漏らして、初音は力を込めてきた耕一の腕に身を任せた。

 初音の部屋のベッドに腰掛ける耕一。そんな彼に、初音は自分の身を重ねている。そうすることで、初音はこの上ない安らぎを感じていた。

 ――でも……。

 安らぎを感じると同時に初音の胸の中に思い浮かぶもの。それはひとつやふたつではなかった。

 飛来したエルクゥは、いつか人間を襲うようになるのだろう。初音の鬼としての感覚は、多くのエルクゥが隆山のどこかに潜伏して、決して好意的とは言えない感情を持ち合わせていることを微かに察知している。

 遥か昔、次郎衛門と雨月山の鬼が戦ったように、自分たちも飛来したエルクゥと戦わなくてはならない。同じ力を持つ同胞を殺して、人々を守らなくてはならない。

 ――次郎右衛門とリズエルが結ばれたように、エルクゥと人間が仲良くはなれないのかな……。

 話し合って仲良くなれるならば、戦って自分たちもエルクゥたちも犠牲者を出さなくて済む。話し合いで解決するなら、初音にとってそれ以上のことはなかった。

 ――できれば、戦いたくない。

 初音は姉妹の中で自分が一番弱いのはわかっていた。いざ戦いになれば、耕一たちの邪魔になってしまうかもしれない。そんな戦いをして、誰かが大怪我をしたり、……それ以上に、死んでしまったりしたときのことを考えると、初音の胸には耐え難い不安のようなものがこみ上げてくる。

 ――それに……。いいのかな? わたしは。耕一お兄ちゃんを独り占めにして……。

 姉妹たちの想いが少なからず耕一に向けられているのは、こうして耕一の胸の安らぎを得る前から知っていた。とくにエディフィルの生まれ変わりである楓が耕一に向けている視線のことが、初音は気にせずにはいられなかった。

 姉たちから求められている耕一。それでも初音は耕一のことが好きだった。彼の想いを受けていたかった。どうにかする方法なんて、思いつくはずがなかった。

 ――この暖かさを、失いたくない。

 それまでよりも力を込めて、初音は耕一にしがみつく。耕一もまたそれに答えて腕の力を強くする。

 深い安堵の息をついて、初音は耕一の胸に耳をつける。ドクンドクンという彼の力強い鼓動が、耳に心地よい。しかし――。

 ドクンッ。

 ひと際強く、耕一の鼓動が大きくなる。

「耕一お兄ちゃん」

「あぁ」

 言いながら顔を上げると、彼もまた気づいたのだろう、初音の目を見つめてきていた。

「急いでみんなのところにっ」

「うん!」

 すぐさま身体を離して服装を調えたふたりは、声を掛け合い居間へと向かった。

 

            *

 

 俺が初音ちゃんと一緒に居間に来たときには、もうみんなそこに揃っていた。

「遅いぞ、耕一!」

 途端に飛んでくる梓の厳しい声。

 ……そう、みんな同時に気づいたんだろう、敵の動きに。エルクゥが発する殺戮への欲望の波動に。

 ――敵が、動き始めた。

 動き方によっては話し合いもできたはずだった。彼らの居場所を察知し、事情を話して地球から去ってもらうこともできると考えてもいた。

 けれども彼らが見せた最初の動きは、殺気を伴っている。話し合いをする余地など、ありそうになかった。

 ――戦うしかない。

 夕暮れが終わった居間にあるのは、蛍光灯の灯りと、おそらく満月なんだろう、強い月明かり。虫の音が草の陰から聞こえてくるここで、俺たち五人はそれぞれに緊張した顔をして立ち尽くしている。

 千鶴さんの静かな色を湛えた瞳は、一度ゆっくりと閉じられ、次に開かれたときには、決然とした色に変わっていた。

 鼻息の荒い梓はいつも以上に意気込み、鬼の力を発動させつつあるんだろう、指をゴキゴキと鳴らし、握りしめた。

 いつも通り無表情の楓ちゃん。けれども彼女の握られた手は微かに震え、気づかないような密やかな深呼吸を繰り返している。

 初音ちゃんは……。

 ――怖いよな、やっぱり。

 唇の端を噛みながらも、気丈にも俺がかけた視線をしっかりと返してくる彼女。かなり遠いとは言え、溢れんばかりの殺意を発しているエルクゥたち。俺たちはこれからそこに行かなければならないんだ。

 俺自身、恐怖を感じていた。これから始まるのは、殺し合いだ。殺されることへのものばかりでなく、たとえ鬼だと言っても俺たちと同じ知性を持つ生き物なのには変わりない。殺すことへの恐怖も、そこにはあった。

 エルクゥの精神感応力をうまく使えない俺でも、初音ちゃんの感情は、いや、ここにいる全員の感情がしっかりと伝わってきていた。

 ――どうせ殺し合いをするなら、俺だけが……。

 この五人の中では、俺が最強の力を持ってる。千鶴さんや梓も充分に強いが、凄惨なことをするのは俺ひとりで充分だと思う。

 それを考えて、なにも言わずに四人に背を向けようとしたとき、すぐ側の初音ちゃんが左腕を掲げて見せた。

 銀色に輝くブレスレット。初音ちゃんと同じように、千鶴さんも梓も楓ちゃんも、俺に向かってブレスレットを掲げて見せる。

 ――いいのか? みんな。

 これから始まる戦いがどんなものになるのか、予想できない。いつ終わるのか、果たして勝てるのか、先を読むことなんてできようはずもなかった。

 ――それでもみんな、戦うつもりなのか?

 俺に向かっているみんなの視線を見つめていく。

 千鶴さんも梓も楓ちゃんも、そして初音ちゃんも、揺るぐことのない目で俺のことを見つめていた。

「……」

 言葉もなく、俺は四人の無言のメッセージを受けて自分の左腕を胸の前に掲げ、右手の指をブレスレットに添える。

「チェンジッ、エルクゥ・ファイブ!」

 五人の声が唱和し、全員同時に光に包まれた。

「エルクゥファイブ、出動!!」

 俺のかけ声とともに、五色の軌跡が夜空に舞い上がった。

 




次回予告

 ついに始まってしまった俺たちの戦い。顔を隠し、正体をごまかし、名前を偽ってしか続けられない孤独な闘争。こんな俺たちに未来はあるのだろうか?
「なぁ~に真面目に語ってんだよ、耕一」
 うっせぇなー、梓。せっかく記念すべき「柏木戦隊エルクゥファイブ」の最初の次回予告なんだぜ? 少し真面目にやたっていいじゃねぇかっ!
「耕一のクセに似合わねぇことを……」
 梓ぁ~。って、楓ちゃん、いまこっそり頷いてなかったか?
「いえ――」
 ……そう思えば昔から、「そっぽを向いてごまかす」ってのは楓ちゃんの得意技だったような……。
「耕一お兄ちゃん、先、先っ」
 おっと、ありがとう、初音ちゃん♪
 気を取り直して――――。
 明らかになっていく敵の正体。飛来したエルクゥの本当の目的とは  さらにエルクゥの他にも、密かに動き始める影があった……。
 交錯する四姉妹の思惑。向けられる視線に気づきながらもしかし、俺が好きなのは――。
「耕一さん? ご存じでした?」
 いきなりどうしたんです? 千鶴さん。
「次回の主人公は耕一さんじゃないそうですよ」
 ちょっと待ってよ。こんなにシリアスに始まって俺主導で展開していこうかってときに、いきなり主役降板?
「この話の主人公は持ち回りらしいですから」
 そんなにさわやかな笑みを浮かべなくても……。
 とにかく、次回「その名はキルイル」に請うご期待
「――俺はどうなるんだ?」
 あれ? 柳川?
「奴らに捕まった後、俺はどうなるんだ?」
 さぁ~、とって食われたんじゃねぇか?
「……」

            次回につづく……
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