* 1 *
――きた。
遠くから波動を感じる。
殺戮。性欲。破壊。萌……。
様々な欲望が入り交じる波動が、エルクゥの発する精神感応力の波動が強まってきていた。
私はエルクゥの道具に手をかざし、白い平らな台の上に乗せた指輪のようなものの調整を進めていく。
――もうすぐ、もう少しだけ。
指輪の数は五つ。
それは新しい武器。過去に隆山に飛来したエルクゥが使っていた武器を出現するための道具だった。
蔵の地下の研究室で、私はまもなく完了する道具の調整をしていた。かすかに空気が動くだけで、ほとんど音がない部屋。白く明るい光を放っている蛍光灯は、寒くも熱くもない温度のはずなのに、ジャケットと膝丈まである厚手のスカートの私に冷たさを感じさせていた。
「私は……」
思わず口から漏れる言葉。
調整を進めながら、私の脳裏に思い出されていく記憶。それは私自身の記憶ではなく、エデフィルの記憶。
エデフィルは次郎衛門のために武器を調整した。エルクゥの秘宝である武器を。強い想いを込めて。再び自分たちの仲間と戦うことになる次郎衛門が生き残れるように。
私もまた、想いを込めて武器を調整してる。千鶴姉さん、梓姉さん、初音が生き残れるように。そして耕一さんが、生き残れるように。
「ダメ……」
エデフィルの記憶からよみがえる次郎衛門の面影。それに重なる耕一さん。さらに初音のことを。耕一さんとこっそりと手を繋ぐふたりの様子のことが私の頭の中によみがえる。
涙を堪えながら、調整を続ける。
私は耕一さんが好きだった。そうだと思っていた。それなのに、耕一さんのことを見ると、私の中にわき上がってくるのはエデフィルの記憶。エデフィルの想いが私の想いを押し流してしまう。
――本当に、私の想いなのだろうか。
エルクゥの力が覚醒する前、幼い頃に耕一さんに出会ったそのときから、私は彼に憧れていた。けれどもいまでは、その想いが自分自身のものなのか、エデフィルのものなのかわからなくなってしまった。
「楓ちゃん!」
扉を開けて入ってきたのは、耕一さん。
私の中にわき起こる暖かい想い。
彼と会えたうれしさが、喜びが私の身体さえもを熱くする。
――でも。
入ってきたのは耕一さんだけじゃなくて、初音も一緒だった。彼女が入ってきたとき、彼と手を繋いでいるのが見えてしまった。
うれしさが一気に悲しさに変わる。
再び泣きそうになりながら、でも私は涙を堪えて調整を終えた指輪を手に取った。
「これを」
入り口に走り寄って短い言葉とともに指輪を、初音と耕一さんの順に手渡す。渡すときに触れる耕一さんの暖かい手に、私はまた泣きそうになってしまった。
「行きましょう」
部屋を一歩踏み出て、耕一さんたちの前を行く。ふたりを待たずに走り出した。
――私は本当に、耕一さんのことが好きなの?
と自分に幾度も問いかけながら。
*
「ぐふっ」
硬質のプロテクターがない腹に強烈な拳を食らって、エルクゥブルー――梓はうめき声を上げた。
――何人、助けられた?
幹部らしいキルイルのひとりに背中から羽交い締めにされ、あとふたりいる幹部の男に代わる代わる殴られ、蹴られ、いたぶられる。
しかし梓は自分の苦しみよりも、周りに目をやっていた。
駅の近くにはもう人影はなかった。グレーエルクゥによって逃げられないよう囲まれていた女性たちも、どうにかひとり残らず逃がすことができたようだった。
「がはっ」
今度は腹に膝を食らって口の中に鉄の味が広がるのを感じながらも、梓は安堵を覚えていた。
――たった三人なのに……。
羽交い締めにしている男のエルクゥは梓よりも力があり、どうしても振り払うことができなかった。蹴りでどうにか反撃しようにも成功せず、だんだんと力が抜けていくのを感じていた。
――力が、力が欲しい。
ヘルメットの中で、梓は唇を噛む。
弱い自分は嫌だった。ついさっきかおりにキルイルを全員殺すと誓ったのに、捕まって反撃することもできないでいる自分の弱さが歯がゆかった。
「お前、女だろ?」
「そんなの脱いじまえ。痛くないこと、してやるぜ」
「痛いより、気持ちいいことの方が好きだろう?」
三人のキルイルの言葉に、梓は頭に血が上るのを感じていた。
「誰がお前たちなんか――、がっ!」
顔面に拳を食らう。ヘルメットがあっても消しきれない衝撃に、気が遠くなりそうだった。
――もっと強い力を。あたしに、力をっ!
なにかに対してではなく、梓はそれを願い続けていた。
*
けっして座り心地がいいとは言えない椅子に座り、香坂は壁一面に設置されたたくさんのモニターを眺めていた。
映されているのは各場所に配置された自衛隊員の様子、それとエルクゥファイブのひとりをいたぶっているテロリストの様子が映し出されていた。テロリストの映像は遠くから映しているためか画像は鮮明ではなかったが、グレーでないスーツを身にまとう者たちが、エルクゥファイブのひとりをいたぶっているのが見えていた。
狭く、薄暗いその場所で、香坂は薄い笑みを浮かべてその様子を眺めている。
『こちらアルマジロ。指揮車、応答願います』
アルマジロと名付けた部隊の隊長からの無線通信の声に、香坂は四角いスピーカーを手に取った。
「こちらレッサーパンダ。了解。指示を待て。以上」
短く言ってスピーカーを置く。
モニターには、ビルの屋上に配置された隊員がそれぞれ対戦車ライフルを構え、地上ではショットガンを携えた者たち十人ほどがひと塊となり、装甲車の横に並んでいるのが見える。
ひとつ頷き、香坂は笑みを浮かべたまま無線のスピーカーを手にして口を開いた。
「全部隊、攻撃開始。地上部隊は無理をするな」
各部隊からの応答があり、モニターのひとつに映った略された地図上の赤い点たちが駅前広場に近づいていく。
「昔話の鬼など、現代の人間の敵ではないことを思い知らせてやる」
*
「あっ……。梓姉さん」
初音が身体を伏せたまま、小さく声を上げる。
エルクゥファイブに変身し、気配を消してやってきたのは駅舎の屋根の上。まだ私たちの存在に気づいた様子のないキルイルは、梓姉さんをいたぶり続けていた。
「このままじゃ手が出せないな」
耕一さんの悔しそうなつぶやきに、私も同意して頷く。
――なにかきっかけがあれば。
身体が触れそうなほど近くにいる耕一さんのことをできるだけ意識しないようにしながら、梓姉さんを助け出すきっかけになりそうなものを探す。駅前に建てられた数少ないビルの屋上に人気があるのを感じて、スーツの機能を使って気配を感じる複数の場所をズームして見る。
「レッド、あれ」
耳元でささやくように言って、手でその場所を指し示す。
「あれは――、自衛隊? 無茶だ。エルクゥに人間が挑むなんて……」
「でもきっかけにはなります」
「そうだね。あれくらい大きな銃であれば、もしかしたら……。自衛隊が攻撃を始めたのをきっかけに突撃しよう」
三人で頷きあって、そろそろ始まりそうな自衛隊の攻撃に備えて膝立ちになる。それぞれの手には、私がさっきまで調整をしていた新しい武器が握られている。
――いま!
全部で何人による攻撃なのかもわからない、銃撃。雨のようなその攻撃の中に、私たちは駅舎の屋根を蹴って飛び込んでいく。
*
裾の長い服をなびかせて、ディセレルはビルの屋上へと降り立った。彼女に気がついて無線機を手に取った自衛隊員は、遅れてやってきたバミデリに当て身を食らって沈黙した。
「殺すな」
ディセレルの言葉に頷き、バミデリは風になる。二秒も経たない間にディセレルのもとに戻ってきたとき、ビルの上にいた自衛隊員は全員倒れていた。
「なるほど。これならば当たり所によってはダメージがあるな」
転がっている対戦車ライフルを軽々と手にし、ディセレルはそれを眺める。使い慣れているかのように弾倉を外して弾丸を見た彼女は、そうつぶやいた。
「苦戦しているな。意外にこの星の人間も侮ったものではない」
自衛隊による絶え間ない銃撃は、少しずつだったがキルイルにダメージを与えていた。硬質のプロテクター部分ならばともかく、腿や腕、腹などの部分に当たった場合にはダメージがあるらしい。人間の動体視力でエルクゥの動きは捕らえられるものではなかったが、いきなりの多量の銃撃により幹部たちも混乱し、少しずつだが成果を上げていた。
「きた……」
バミデリの声に、ディセレルは気づいていた気配の方向に目を向ける。
銃撃が始まってしばらく。捕まっていたブルーのスーツのエルクゥファイブを助けるためか、赤と紫と黄色のエルクゥファイブが飛び込んできた。
――あれはエスナルの報告にはなかったものだな。
エルクゥファイブの三人が携えている武器に、ディセレルは笑みを浮かべて戦いの様子を眺める。
「バミデリ。ここと同じように攻撃している者たちを黙らせろ。戦いの邪魔だ。――だが、殺すなよ」
「わかった」
ディセレルの隣で下の戦いの様子を眺めていたバミデリは、声とともに姿を消した。ほどなくしてビルの上からの銃撃が止む。
レッドが短剣を左手に、新しい武器である長剣を右手に構えている。イエローはさほど長くはない棒を振るっていた。そしてパープルは、自分の背丈ほどもある両端の細い棒状のものを手にしていた。
「なんだと?」
戦いの様子を見ていたディセレルは思わず声を上げていた。
パープルが手にしていたのは弓だった。矢筒は持たずに、弓を引く動作によって光の弦が生まれ、光の矢がつがえられる。次々と光の矢を放ち、襲い来るグレーエルクゥを地に伏せさせていく。
「バミデリ。地上の人間たちの前に出ろ。盾を使って攻撃を防げ」
戻ってきていたバミデリに指示する。身体のほとんどを覆うほどの金属製の盾をどこからともなく取り出し、彼はビルから飛び降りる。ディセレルもビルから飛び降りていった。
――まさか、あの力は……。
地に降り立った彼女の目は輝き、口元には笑みが浮かんでいた。
自衛隊の銃撃に乗じた奇襲によって、梓姉さんを助け出すことに成功していた。梓姉さんにも新しい武器を渡し、戦いが再開される。
戦いは形勢が逆転していた。
耕一さんには幅と肉厚のある長剣。初音にはバトンを。助け出した梓姉さんには肘までを覆うスパイク付きの手甲。そして私は弓を持って戦う。
『いいね、これっ!』
さっきまで肩で息をしてたはずの梓姉さんが、ナイフのような短剣を両手に構えた幹部のひとりと対峙しながら感応力で叫ぶ。
『調子に乗るなよっ、ブルー。幹部は三人。こっちは四人。グレーエルクゥもまだいる。無茶するとさっき以上の怪我するぞっ』
『わかってるって!』
自衛隊の銃撃を避けるために細かく動きながら、長剣を右手に、短剣を左手に構えた耕一さんが幹部に攻撃を仕掛ける。タイミングを計って梓姉さんもまた突撃していった。
新しい武器を使った訓練はぜんぜんしていなかったけど、自衛隊の銃撃で気をそがれていた幹部三人相手に、耕一さんと梓姉さんは互角に渡り合っていた。
それを見て私は自分の戦いに集中する。ふたりの背中を守るように、私と初音はグレーエルクゥと戦っていた。
四本の指全部を使って弓を構える動作をする。弦とともに三本の矢が光で形成され、私はそれを一気に放つ。
虚空から生み出される光は私の感応力そのもの。弓というエルクゥの道具を使って、私はエルクゥのエネルギーを直接グレーエルクゥに向かって打ち込んでいる。矢を打ち込まれたグレーエルクゥは、私が込めた「無気力」という命令を受け、地に伏していた。
弓はエデフィルもまた使っていた武器だった。だから始めて使う私にも使うことができる。
――新しい……、強い力!
気がつくとビルの上から行われていた自衛隊の銃撃は止んでいた。それに気づいた次の瞬間、新しいエルクゥの気配がどこからともなく現れた。
「狩りは終わりだ。撤退準備をしろ。生きている者は連れ帰れ」
鷹揚な口調で言うのは、戦闘用のスーツではなく、和服と洋服を掛け合わせたような、エルクゥの普段着を着ている女性。耕一さんや梓姉さんと戦っていた幹部三人は、悔しそうな仕草はするけれど反抗することなく倒れてるグレーエルクゥを担ぐ。
「初めましてだな。私の名はディセレルという」
先頭を切って戦っていた耕一さんや梓ではなく、ディセレルと名乗った女性は私の前までやってきて、流暢な日本語で挨拶をする。
――この人、強い。
漆黒という言葉が似合うような黒い長い髪。どこか日本人に近い輪郭をしながらも、くっきりとした顔立ち。千鶴姉さんくらいある身長の女性の一番の特徴は、瞳。
誰でもなく私だけを写してる瞳を見るだけでも、どれくらいこの女が強いエルクゥなのかが伝わってきた。口元に微笑みを浮かべているだけで攻撃の意志は感じなくて、私は弓を構えるタイミングを失っている。
「キルイルを率いる女王、ミフィルの代行として一族を統率している者だ。正体は隠しているのだろうから名前は言わないが、三女だろう、貴女は」
――私たちの正体を知ってるっ。
どうやって、誰から聞き出したのかはいま問うことはできない。ヘルメットで見えないはずの私の表情を読んだかのように微笑む女性と、歯を食いしばりながら見つめ合う。
彼女を除くキルイルは撤退してしまって、彼女と、もうひとり視界の隅におそらく耕一さん以上の力を持ってるだろう男のエルクゥが見える。戦闘が終わったことで、耕一さんたちも私の周りに集まってくる。
「ひとり足りないな。まぁいい。地球の人々を傷つけていることについては、素直に謝る。済まない。しかし我々は手段を選んでられる状態ではなかったのだ。この地にエルクゥの血を引く者たちがいるのはわかっていた。私はエルクゥの血を引くものの力を見たかった。そして貴女は、私が考えている以上の力を示してくれた」
「どういうことなんだ? いったい」
一方的に話すディセレルに対して、梓姉さんが声を荒げて言う。たぶん力の差はわかっているだろうけど、いまにも手甲で殴りかかっていきそうな雰囲気を醸し出していた。
「詳しく説明していられる状況ではないな。今回は退こう。キルイルはいま、あまりまとまっているとは言い難い状況なのだ。また会いに来る。話はそのときにしよう」
言ってディセレルは私たちに背を向け、駅舎の上に跳び、さらに跳んで去っていった。
「パープル、どういうこと?」
耕一さんに訊かれて振り返るけど、私はなにも言うことができなかった。説明できないからではなくて、ディセレルという女性に見つめられているうちに、身体に震えが来ていた。
――でも、また会いたい。
ディセレルという女性の目は、私と同じ、真に目覚めたエルクゥの目をしていた。あの女なら、エルクゥの本当の在り方というものを知っているような気がする。
彼女が消えてしまった方向を見て、私は胸の前で手を握りしめていた。
* 2 *
「……」
峰沢の機嫌の悪さを察してか、幸子が無言のまま湯飲みを机に置いていく。果たして自分の仕事をせずにお茶くみをしていることに苛立っている頭をさらに苛立てさせたいのか、それとも気を落ち着けるためにやっているのかはわからなかったが。
盆から覗かせた目で峰沢のことを見ながら、器用に音もなく後ずさっていった幸子を苛立ちの目で見送り、彼は手元の書類に目を落とす。
――やっぱり起こったか。
それが感想だった。
二度目のテロリストによる虐殺事件が発生した。今回は発生直後にエルクゥファイブのひとりが駆けつけたために死者は十名ほどと前回に比べれば少ない。重傷者は約その倍。自衛隊員は別働隊と思われるテロリストの襲撃により半数以上が重軽傷を負っていたが、運が良かったのか死者は一名にとどまっていた。
対してテロリスト側の死者は八名に達していた。
――よくやったと言うべきかな。
事件の翌日である今日行われた会議で、香坂は自分たちの成果を見せつけるように報告した。確かに拳銃以上の装備を調えることができない警官では出すことができない成果だろう。けれどもやはり峰沢には自衛隊の動きに不審なものを感じ、それが見えないために苛立ちを覚えている。今回も自衛隊に回収されたテロリストの遺体のことも、不審を強める要因になっていた。
「こっちも、問題だな」
市役所に要請して調べてもらった今日の午前中までに疎開している市民の数。その報告書を手に取って峰沢はため息をつく。
温泉街として栄えているとは言っても、隆山は決して大きな街ではない。また隆山における仕事の大きな割合を占めるのは、温泉に関連するもの。温泉客が来なくなったことも要因となり、すでに隆山で疎開をしているのは五十世帯を越え、人数としては二百人を越えていた。事件があったのが昨日であることを考えれば、明日以降も疎開者増えていくだろう。
事件によって他界した人数と隆山の外に運ばれていった怪我人、そして疎開した人数を加えると、三百人を越える市民が隆山から離れていた。
――このまま行くと、俺たちが守るべきものがなくなるな。
自分ではどうすることもできない状況に峰沢は苛立ちを収め、椅子の背もたれに身体を預けてお茶を飲み干す。
市民だけでなく、隆山警察署の署員にも休職願いを出している者がいるという報告を受けていた。守るべき者だけでなく、共に守っていく者たちも失っていくかも知れなかった。
「俺にどうにかできることでもないな」
人間とは思えない力を発揮するテロリストたち。
正体不明の正義の味方、エルクゥファイブ。
そして一番情報をつかんでいるだろう自衛隊。
直接的には自分の手から放れている事件であったが、峰沢には事件の全貌を知りたいという欲求があるのを感じていた。しかしいまの椅子に座っている限り、自分で調べることはできそうもなかった。
――副署長ってぇ場所は、俺には合ってないのかも知れないなぁ。
そう考えながら湯飲みを手にし口元に寄せるが、残っていたのは一滴二滴の渋いお茶だけだった。
「ん? ……ったく」
ふと見ると、いつからいたのか署員の机の向こうに急須を手にした幸子がいるのが見えた。どういう気の回し方なのかはわからなかったが、椅子に座った他の署員も彼女の味方らしく、全員でじっと峰沢のことを見つめてきていた。
怒る気も失せて、峰沢は湯飲みを幸子の方に差し出す。見え透いた半べそを浮かべていた彼女は、途端に満面の笑みを浮かべて一滴のお茶もこぼすこともなく走り寄ってきた。
*
梓はしょぼくれてテーブルを眺めた。
「わかってるわね、梓。自分があのままだったらどうなってたのか」
「……うん」
「本当に死ぬところだったんだ。もし爪や武器を使われてたら、とっくに殺されてたところだぞ」
初音も含めた全員がいる居間で、梓は昨日のキルイルの襲撃の際先走って突撃したことを叱られていた。幹部のキルイルにいたぶられていただけだったために、怪我は重傷ではなく、エルクゥの力が働いてひと晩で治ってしまうくらいのものだった。けれどもし、エルクゥの爪や剣を使われていたら、変身スーツは切り裂かれ、あっという間に殺されていただろう。
梓にもわかっていた。けれども、飛び出さずにはいられなかった。襲われている街の人たちを見ていて、耕一たちが来るのを待っていることはできなかった。
「あたしは、助けたかったんだ。街のみんなを。――また、かおりのように、柳川に殺された人たちみたいに、あたしたちと同じ力によって傷つけられる人が増えて欲しくなかったんだ」
目を上げて訴える。それでも厳しい顔をしている千鶴と耕一の様子に、梓は再び顔を伏せた。
「梓お姉ちゃん……」
「同情はダメだよ、初音ちゃん」
「でもっ」
口を挟んだ初音に、耕一は優しく微笑みを返す。
「俺は、そして他のみんなも、街のひとたちと同じく、いや、それ以上に、梓にも傷ついてほしくないんだ」
「そうよ、初音。街の人たちを助けたいという気持ちはみんな一緒。そしていまここにいる誰もが傷ついて欲しくないと思ってる。そうでしょ? 梓」
「――うん。ごめんなさい」
顔を上げ、深く頭を下げた梓。頷き合った耕一と千鶴の様子に、初音は微笑んだ。
「でもどういうつもりなんだろうな、あのディセレルって女は」
「そうですね……。キルイルにはなにか明確な意図があるようですね。戦いを好んでる人ばっかりじゃなくて、あの女性のように、話し合うことができる人もいるようですね」
「でもまだわからないよ。これだけ、街の人が傷ついたり、死んだりしてるんから」
全員で話し合うが、その話に決着が出ることはなかった。
「楓ちゃんはどう思う? ディセレルと面と向かって話してたけど。印象とか、どうだった?」
「それは――」
突然話を振られて、それまで黙っていた楓が口を開く。
「強い女だと感じた……。私たち五人があの女と、もうひとり自衛隊の前で盾をしていた男の人と戦ったとしても、勝てないかも知れない。でもあの女と話し合うことができたら、戦いは終わるかも」
「確かに」
みんな考え込むけれど、それ以上情報がない状態では話が進むことはなかった。
「それよりも、さ。新しい武器っ! 使い方練習しようよ」
立ち上がった梓はさっきとはうって変わって目を輝かせる。一度使った新しい武器の強さが痛く気に入ったようだった。
「そうだね。そろそろ暗いし、水門まで行こうか。みんなに使い方とかを教えてね、楓ちゃん」
「はい」
応えて楓は立ち上がり、みんなも席を立った。
すっかり暗くなった街に人影はなかった。
キルイルの襲撃があった昨日の今日だから、それも仕方ない。見回りをしてる自衛隊の人たちに会うこともなく、私たちは人気のない水門側までやってきた。
「千鶴姉さん、これを」
千鶴姉さんにだけ渡してなかった指輪を手渡して、私は横一列に並んだ耕一さんたちの前に立つ。こういうことには慣れていないからどうしても緊張してしまうけど、期待を含んだみんなの目に、ひとつ息を吐いて口を開く。
「千鶴姉さん以外はもう使ったことがあるのでわかっていると思うけど、説明します。これは身につけやすいように指輪の形をしていますけど、指にはめていなくても大丈夫です。身体のどこかに身につけてさえいれば使うことができます。まずこれをこうして――」
言いながら私はそれを右手の薬指にはめる。
「このまま変身をします。チェンジッ、エルクゥファイブ!」
変身を済ませて、説明を続ける。
「そして武器を出したいときは、こう叫びます。コール! エルクゥウェポン!」
私の叫び声と共に、構えた左手に虚空から現れたのは、弓。パープルアロー。
注目していた耕一さんたちがどよめく。ではみんなも、と言うと、それぞれに変身して、武器を発現させた。
「ちなみに、やっぱりこの叫び声は、他の言葉とか小声でもいいの?」
「――はい」
変身した耕一さんに訊かれて、仕方なく私は応える。
――ちゃんと叫んでほしいのに……。
そう思いながらため息をついた後、新しい武器の具合を試すように訓練を始めたみんなの様子を眺める。
ちなみに耕一さんは長剣、レッドソード。梓姉さんは拳から肘の先までを覆う手甲、ブルーガントレット。初音は鼓笛隊が使うような形のバトン、イエローバトン。そして――。
「どうして私だけ、こんなにごつい武器なんでしょう……」
自分の武器を片手で軽々と持ち上げながら、千鶴姉さんはそうつぶやく。耕一さんや梓姉さんや初音がその様子をじっと見ているのには、気づいてないようだった。
千鶴姉さんの武器は身長ほどもある槍に斧を組み合わせたような武器、斧槍。ホワイトハルバードだった。
「それぞれに別々の武器を、似合うものって思って……」
「私に似合ってるかしら、この武器は」
スレンダーと表現できるプロポーションにペンキで塗ったようにも見える真っ白なプロテクタースーツ。そんな姿に長く、重そうなハルバードは不似合いな気がしないでもない。けれどそれを片手で初音のバトンのようにくるくると回転させる千鶴姉さんの姿は、素晴らしく似合ってるように思えた。
ちなみに、エルクゥの武器は人間をはるかに越える筋力に合わせて、普通の武器の十倍以上の重さがある……。
「似合ってると思うけど……」
「そうですか? レッド」
耕一さんの言葉に振り向いて、ヘルメットに隠れた表情ではなく、感応力による雰囲気によって応えた千鶴姉さん。気圧された耕一さんは後ずさる。
……ともかく、新しい武器を使った訓練が始まった。
思い思いに武器を振るい、重さや長さを確かめているみんな。ある程度すると武器を打ち合わせて実戦さながらの訓練を開始した。
武器が弓の私は、いまのところそこに混じることができず、ひとりで弓をつがえ、放つ。最初は一本で。次に二本同時に。それから三本同時。慣れてくると本数を変えつつ連続して放つ練習をする。
昨日から使い始めとは思えないほど、弓という武器は私に馴染んでいた。まるで私の中にあるエデフィルの記憶が表に出てきたように、あっという間に使いこなせるまでになっていた。
光の矢を放つだけではなく、私は矢の種類を変化させる。
矢はつまり、精神感応力。人間に対してはなにも効果はないけれど、同じエルクゥならば、女性として強い精神感応力は、矢という形の命令として働く。
無気力、弛緩、混乱、死……。
様々な命令を矢に込めて、なにもない岩に向かって放っていく。意志の強い、幹部クラスのエルクゥにどこまで効果があるのかはわからないけれど、グレーエルクゥが相手なら、私の矢は覿面な効果があった。
――ディセレルさんには、効果ないだろうな……。
キルイルの女王、ミフィルの代行をしているという女性。たぶん皇家の血を引いているだろうあの女には、私の矢は通用するとは思えなかった。
直接的な精神感応力のぶつけ合いにはならない矢は、一方的な攻撃として使えるけれど、感応力で負けているならばたぶん効果はない。戦ったわけではないけど、あの女は私よりも強い力があるのを感じていた。
「ふぅ」
手を止めてため息をつく。
精神感応力のエネルギーそのものである矢は、放てば放つほど私の体力が消耗される。今日放ったのは五十本ほど。それ以上放つのはいまの私には消耗が激しすぎてダメそうだった。
振り返ってみんなのことを見てみると、初音がひとりでバトンを振っていた。耕一さんは千鶴姉さんと梓姉さんを相手に、一対二で訓練をしている。
「イエロー、どうしたの?」
近寄って初音に訊いてみる。
「うん……。バトンを振ってるだけだと、グレーエルクゥさんたちと戦うことはできないかな、って……」
確かに初音のバトンは、両先が重りになっているけれど、敵を切り裂くことができる剣や斧槍のような、強い力で叩きつけられる手甲のようなダメージにはならない。
でもバトンは私が初音のために調整した武器。初音に合った使い方がある。
「バトンに思いを込めるの。初音にもある、精神感応力を使って」
「思い?」
「うん。たとえばこうやって」
言って私は矢にすることなく、弓に感応力を込める。淡く光をまとった弓の先っぽで、初音の肩を軽くトンッと叩く。
「え? 『初音』?」
「感応力で言葉を伝えたの。言葉じゃなくて、思いを込めてみて。キルイルと戦ってるときを思い出しながら」
初音は私の言葉通りにバトンを両手に握ってエルクゥの力を解き放っていく。うっすらとだけど、バトンが光を放つ。
そっとバトンにさわってみると、「やめて!」という初音の叫び声にも似た想いが伝わってきた。
「できてる。もっと強く、命令するようにバトンに感応力を込めて。そうすれば強く叩かなくても、敵を倒せるようになるから」
「わかった、やってみる」
少し元気の出てきた声で答えて、初音はバトンを握りしめて練習を始める。
そんな彼女の様子を見ている私の中に生まれてくる想い。
――これは、嫉妬?
初音の前世であるリネットは、エデフィルの死後、次郎衛門と最後まで添い遂げた。そのことがエデフィルの記憶に反応しているのか、私の中にはいま耕一さんと結ばれている初音に、嫉妬の想いが浮かんできている。
――それとも私自身の想いなの?
弓をつかんでる左手がかすかに震えてるのがわかる。
胸の奥にしこりができたように、苦しさが浮かんできていた。
――耕一さんを好きなのは、私自身なの? それとも、次郎衛門の魂を想うエデフィルなの?
わからなかった。わからなくて、苦しかった。
初音がリネットの魂を持っていても、リネット自身ではない。それがわかっていても浮かんでくる嫉妬の想いは、果たして私自身のものなんだろうか。
答えを出すことができず、私はただ初音のことを見つめていた。
*
今回ばかりはディセレルの勝ちだと、柳川は感じていた。
先の狩りに出撃した三人の男キルイル。彼らは再びディセレルを呼び出していたが、椅子に座っている彼女は余裕の笑みを浮かべている。
「――、……。――!」
「…………」
「――!! ――っ!」
柳川にはエルクゥの言葉は理解できなかったが、雰囲気を見ていればわかる。なによりこの前と同じ会議室のような場所に連れていこうとしたにも関わらず、食事がまだだったディセレルは、勝手に食堂に来ていた。
「――!!」
おそらく捨て台詞と思われる言葉を残して、三人は食堂を出ていった。
「苦労は絶えないな、私は」
誰にでもなくそうつぶやくディセレルは、口元に笑みを浮かべ続けている。外から帰ってきてずっとそんな様子の彼女に、柳川はあえて質問をすることはなかった。
その辺の発想は地球の人間とそう変わらないのか、まるで警察署のと同じような感じの白一色の食堂で、まだ夕食を摂っていない柳川はただディセレルの様子を眺めていた。
言葉少ないバミデリが話していたことから想像するに、どうやらディセレルはエルクゥファイブに会うことができたらしい。そしてこうして一日中笑みを浮かべさせるようななにかに出会ったということのようだった。
――なにがあったんだろうな。
自分と出会ったとき以上の不適な笑みがなにを示しているのか、柳川にはわからなかった。
ほどなくして運ばれてくる食事。不気味としか言いようのないひよこのアップリケがついたエプロンを身につけたバミデリは、自分とディセレルの分の食事を両手の盆に持ってやってきた。そして柳川の分の食事は、この前ミフィルと謁見したときに見た、王座の後ろにいた侍女らしきエルクゥが持ってきた。
その女エルクゥは柳川の側に盆を置き、彼を怖がるようにさっ、と側から離れていく。
「あれは?」
「フェリヌ、だ」
ディセレルの横に座って食事を始めたバミデリに訊いてみると、名前だけが返ってきた。仕方なく柳川は、カウンターの影からこっそり覗いているフェリヌの様子を見る。
気弱なのは行動からも表情からもわかる。身体はかなり小柄で、どことなく印象が薄い感じを、なぜか柳川は受けていた。
――それが逆に目立っているな。
刑事をしていた習性なのか、そんな風に分析した彼は自分の食事に手を着け始める。よく煮込んだロールキャベツは、下手な食堂で食べるよりも美味しかった。
「うまいな……」
と思わずつぶやかせるほどに。
「フェリヌは、食事、上手」
「なるほど」
刑事として独り暮らしをしていたときよりも、キルイルに捕まっているいまの方がなぜか食生活が充実していることに少し疑問を感じながら、柳川は美味しい料理に食べていった。
そんなとき――。
「あの力は、真のエルクゥの力だ」
ディセレルがまた誰に対してでもなくつぶやきを漏らす。
見てみるといつのまに食べ終えたのか、食器を空にしているディセレルはテーブルに両肘をつき、どこを見るでもない場所を見つめて笑んでいた。
「真なる力に目覚め、皇家としての血を発揮している者だった……」
にんまりと笑った彼女の思考は、明らかにここにはなかった。
――こいつをここまでにさせる奴が、あの柏木の家にいたのか。
耕一のことかも知れなかったが、いまディセレルにそれを問うことができそうにはなかった。
残った食事をゆっくりと食べながら、柳川は笑っているディセレルのことをただ見つめていた。
* 3 *
隆山警察署第二駐車場に建設された仮設研究室の前に一台の冷蔵機能を搭載したトラックが停まった。トラックがライトを消すと、照明車の光が届かないそこは真っ暗になる。
トラックには次々と自衛隊員が群がり、荷台が開けられ、荷物が取り出される。仮設研究室の両開きの扉に、その荷物が次々と運ばれていく。
書類を挟んだクリップボードを手にした香坂は、研究室の扉の脇で待ちかまえていた幻蔵への元へと向かう。
「サインをお願いします」
「わかった」
無表情なまま言った香坂はしかし、幻蔵がクリップボードとボールペンに手を伸ばした瞬間、わずかながらも身を退いた。それを意に介した様子もなく、幻蔵はサインを終えてボードを香坂に突き返した。
おもむろに幻蔵は、自衛隊員が手で押して運んでいたストレッチャーにかけられたビニールシートをはぎ取る。見えたのは横たわる男の上半身。腕や腹に大きな痣があり、そして息をしている様子はなかった。
「くっくっくっくっ」
不気味な声で笑い、幻蔵は運び込まれた荷物を指定の場所に置くよう指示する。
最後運び込まれてきた、ビニールシートがかけられていないストレッチャー。そこにはグレーのプロテクタースーツを身にまとう、テロリストが横たわっていた。たくましい身体つきこそしていなかったが、スーツのままのテロリストの胸は、かすかに上下していた。
「では後はワシがやる。邪魔な奴らは下がらせろ」
「しかし、警護の必要が――」
「ない。ワシ以外の奴は邪魔になるだけだ。必要ならば呼ぶ。下がれ」
「わかりました」
派遣部隊隊長である香坂よりも高い地位にあるかのような台詞を言い、幻蔵は研究室へとひとり入る。後ろで扉が閉じられるのを確認して、彼は運び込まれたものを置いた部屋へと向かう。
シートを外され、ベッドの上に並んでいる裸の死体と、眠り続けるテロリスト。明るい蛍光灯に照らされたそれを見て、幻蔵は息が詰まっているような笑い声を上げる。
「これで、夢に近づく……」
顔がゆがむほどに笑み、つぶやく。
「半端物と言われたワシが、やっと一人前になれる」
押さえきれず、幻蔵は高らかな声を上げて笑った。
*
「次郎衛門……。耕一さん……」
ふたつの名前を口にして、私は蔵の地下の研究室の中のひとつ、エルクゥの道具が締まってある倉庫を歩く。
ヨークを隠した山から集めてきたのか、隆山の街に散らばっていたものを集めてきたのか、地上の蔵以上の広さがあるその部屋には、床や棚に、大量の遺産と呼ぶべきものがしまわれている。電灯に照らされたそれは年月相応に古びてしまっているものがほとんどだったけど、その中にいくつか、懐かしいと感じるものがあった。
そう感じているのは私自身じゃない。エデフィルの記憶が私にそう感じさせている。
「私は本当に、耕一さんのことが好きなんだろうか……」
ふとしたときに耕一さんに出会うと、胸が熱くなるのを感じていた。
彼が微笑むと、釣られて微笑みそうになる自分がいるのを知っていた。
初音と手を繋いでる耕一さんを見ると、顔を背けてしまっていた。
そしてその耕一さんの顔には必ず、次郎衛門の顔が重なっている。私自身の記憶ではない、エデフィルの記憶によって生まれた感情が重なり合っていた。
――全部、嘘なのかも知れない。
私が感じてる感情は、すべてエデフィルのもの。エデフィルの記憶が次郎衛門の魂に対して起こさせる、私ではない感情。
「でも私は、ずっと耕一さんのことを見ていた」
床にしゃがみ込んで、両手で顔を覆いながらつぶやく。
エルクゥの力に目覚める前から、エデフィルの記憶が私の中に存在する前から、私は耕一さんのことを見ていた。幼い頃の私の目は、ずっと耕一さんの背中を追っていた。
「私は耕一さんのことが好き。好きなの……」
耕一さんが初音を選んだのはわかってる。それでも私は彼のことが好きだった。好きだという自分自身の気持ちを信じたかった。
初音と争いたいわけじゃなかった。けれども彼のことを想う自分の気持ちを、いつか伝えたいと思っていた。
彼のことを思い出すごとに、どうしようもなく頭に浮かんでくるエデフィルの記憶。それは私の想いを覆い隠してしまう。
自分の気持ちだと信じようとしていても、エデフィルの記憶は私の自信をうち砕いていく。
その記憶がはっきりとしているからこそ使える力。弓を使って光の矢を生み出すほどの感応力。スピードは姉たちや初音よりも速くて、耕一さんにも負けないほどだけど、力の弱い私は女性のキルイルを相手にした場合、たぶん勝つことはできない。感応力では勝ることができたとしても、大きく勝っていない場合、力の勝負で負けてしまう。
みんなの力になるためには、エデフィルと同じ弓が絶対に必要だった。
――ディセレルさんは、どうなんだろう。
昨日出会ったキルイルの女性。私よりも強い力を持ってるだろう彼女は、たぶん前世や、生まれ変わり続けるエルクゥの記憶を持っているはずだった。
「いつかあの人と、ゆっくり話すことができるかな」
黄色い、でも暖かさを感じない光を放ってる電灯をしゃがみ込んだまま見上げながら、私はつぶやく。
ディセレルさんはまた会いに来る、と私に言った。そのときもしかしたら、本当のエルクゥの在り方について、生まれ変わっても記憶を保持し続けるエルクゥの在り方についても訊けるかも知れない。
「会ってたくさん話をしてみたい」
話し合いができるかも知れないけど、まだ敵であるディセレルさん。それでも私は、あの女に会いたいと願っていた。
*
「うるさい、って言うんですよ、ディセレルの奴ぅ」
「そうそう。せっかく手頃な獲物のいる星に来たってのに、あいつ、狩りなんてしてる場合じゃないなんてねぇ」
「自分は弱いクセに、バミデリがいるからって出しゃばりやがって」
口々にディセレルの文句を言う男たちのことを、ゲディガはうるさいと感じながら見ていた。
いま彼らがいるのは共有スペースのひとつ。そこに置かれた液晶テレビでは、地球のニュースが流れている。ゲディガはソファに寝転がりながら、テレビの方に注目していた。
――こいつら、地球のテレビに出てくるチンピラって奴に似てるな。
男たちの言葉の内容にそう思い、ゲディガはひとつ大きなあくびをする。
「でもなんでゲディガさんは一緒に来なかったんです? ディセレルに止められちゃったけど、せっかく地球の人間の狩りができたのに」
「そうそう」
「もったいないですよぉ。今度は行きましょうよぉ~。今度狩りに行く許可が出たら、ですけどね……」
――自由に狩りに出られない、か。
聞くともなしにチンピラ風の男たちの言葉を聞きながら、ゲディガは考えていた。
ミフィルからキルイルの統括を任されているディセレルがいる以上、キルイルとして動く必要がある場合には、必ず許可が必要になっていた。チンピラキルイルの話を聞いた限りでは、地球の人間も侮ったものではないらしい。狩りをしようと思うならばひとりではいくことはできない。ある程度の人数を集めて行く必要がある。
しかしディセレルが狩りをしている場合ではない、と言ったのならば、次に狩りに行く許可を取るのは難しいだろうと想像できた。
――ディセレルの奴は、邪魔だな。
「……っと、おい」
いつのまにか話は終わったのか、「そうそう」と頷いてばかりいる奴――名前は憶えていない。最初に会った頃に自己紹介はされたが、一度では憶えることができず、その後もわざわざ名前を訊くことができなくなっている――がテレビのチャンネルを変えてしまい、ゲディガはそいつのことを睨みつける。ひっ、と短い悲鳴を上げた「そうそう」は、チャンネルを戻して他の仲間同様、部屋の隅に逃げていった。
ディセレルのまとめた情報によると、自分たちが地球にやってきたことによる影響はかなり大きなものとして取り上げられてもよいはずだった。しかしこうして地球の報道番組を見ている限り、襲撃のことは小さく報じられるだけで、地球すべてで取り上げられるようなことはなかった。
――なにかがあるな。
そうゲディガ自身感じていたが、それを確認する方法は、外に出て情報を集めてくるしかなかった。
――ディセレルが幅を利かせていられるのは、ミフィルがいるからだ。ミフィルが出してる感応力の影響を押さえ込まない限り、俺様は力を発揮することもできないな。
純粋な皇家の血を引き、女王として君臨しているミフィルの精神感応力は想像を絶するほどのものだった。なにもしていなくても自然に放出される力の影響により、力を弱められてしまう。ゲディガはキルイルの船の中で最強の力を持っていると自負していたが、ミフィルの影響のある場所で、バミデリと組んだディセレルと戦って勝つことは難しいと考えていた。
――ディセレルか、ミフィルか、バミデリか、そのひとつを――、いや、ふたつをどうにかすれば、自由に動けるか。
考えを巡らせながら、やるべきことの難しさにゲディガはため息をもらす。
「思えばお前、例のCDは買えたのか?」
「そうそう。買えたのか?」
「いや、金が足りねぇ……。貸してくれ、誰か。金さえあれば、適当に買いに行けるんだが」
ふと入るチンピラキルイルたちの言葉。
ディセレルは地球のことを知ることを奨励していた。地球の人間を狩らないこと、自分たちの存在を地球の人間に知られないことなど、いくつかの条件と引き替えに自由に外に出ることを許していた。
「――そうか。遊びには行けるんだったな」
思いついたゲディガは笑う。部屋の隅にいるチンピラたちが見ているのはわかっていたが、彼は喉の奥でいま自分が思いついたことについて、笑いを止めることはできなかった。
――遊びに出てやろう、俺様なりの遊びに、な。
「新しい力 真の力」 了
次回予告
「三人組を退けたエルクゥファイブどもだったが、その裏で新たな戦いに動くものがいた! ついに出撃するワシ。果たしてワシの遊びにエルクゥファイブどもはつきあえる実力があるのか? そして小娘の新たな力とは?! 次回、エルクゥファイブ第ご――」
「あんた誰だ?! っていうか楓ちゃん、まだ出番終わってないよーっ」
……。
「少し静かに、していろ、耕一」
「なんで楓ちゃん、エスナルと一緒にアベノンジャー見てるだっ」
「まぁまぁ、耕一さん。次回予告は無礼講ということで」
「頭固くないか? 耕一。あぁ、でもさすがに耕一もも歳――。いや、千鶴姉は、若いよ? うん、若い……」
「でもどうなるの? 次回は」
「いや、あのオッサンっぽいのが言ったのと概ね違ってないんだが……」
「誰がおっさんじゃっ!」
次回、柏木戦隊エルクゥファイブ第五話「守りたいと思う力」、請うご期待。
「なんで締めの言葉だけ……」
次回につづく……