* 1 *
カーテンの隙間から朝日の強い光が射し込んでる。
光が部屋の中を線になって照らしているのを見てるうちに目が覚めてきて、わたしは隣で眠っている人の寝顔に目を移した。
いつもは頼りがいがあるのに、いまは可愛いと思わず言っちゃいそうな寝顔を見せてるのは、耕一お兄ちゃん。夜の待機が千鶴お姉ちゃんと梓お姉ちゃんだった昨日、耕一お兄ちゃんはわたしの部屋に来てくれて、一晩中抱きしめてくれた。眠ってるのにいまも抱きしめてくれてて、わたしはその暖かい胸に顔を埋める。
「大好きだよ」
眠ってるのがわかってて、そう口にする。
「――愛してるよ、耕一お兄ちゃん」
いつもなら恥ずかしくてはっきり言えない言葉を、いまだからこそ言ってみた。
わたしは耕一お兄ちゃんのことが大好きだった。愛してると感じていた。そしてお兄ちゃんからも、愛されてると感じていた。
――でもわたしは、なにもできない……。
この前の戦いで、耕一お兄ちゃんは梓お姉ちゃん、楓お姉ちゃんはたくさんのキルイルさんたちを倒していた。でもわたしは、バトンを振り回していることしかできなかった。ひとりのグレーエルクゥを倒すこともできなかった。
わたしには怖かった。傷つくことも、傷つけることも。
わたし自身が傷つくのは、痛いけど、まだよかった。でもわたし以外の誰かが傷つくのは、見たくない。耕一お兄ちゃんが傷つくのも、キルイルさんたちが傷つくのも、見たくはなかった。
でも少しだけ、希望がある。ディセレルさんって女性は、戦いが好きなわけじゃなくて、話し合うことができそうだった。話し合ってうまくいけば、いままでみたいな戦いは、もうしなくてもいいかも知れなかった。
「まだそうなるって決まったわけじゃないけど……」
耕一お兄ちゃんの胸のぬくもりの中で、わたしはそっとつぶやく。
もしかしたら、まだ戦いは続くのかも知れなかった。あと何度か、もしかしたらもっともっと長い間、戦いが続いちゃう可能性もあった。
そうなるなら、わたしも戦わなくちゃいけなかった。
みんながわたしを守ってくれる。エルクゥの力があっても、力も気も弱いわたしのことを、全員で守ってくれる。
嬉しいことだけど、わたしを守ることによって、また誰かが傷ついちゃうかも知れない。わたしを守るために、耕一お兄ちゃんがキルイルさんたちに怪我をさせられちゃうかも知れない。
そんな風になるのは嫌だった。自分を守れるくらいの力はほしかった。できれば、耕一お兄ちゃんたちを守れるくらい強い力がほしかった。戦いは怖いけど、でもわたしもみんなの仲間だから、守られてるばっかりじゃダメだと思ってた。
枕元の目覚まし時計を見てみると、そろそろ朝食をつくる時間になってきていた。梓お姉ちゃんは監視を交代して朝方に寝ただろうから、今日はわたしの当番だった。
耕一お兄ちゃんの可愛い寝顔をじっと見て、起こすのが忍びなくなったわたしはひとりでベッドを出る。下着を身につけて、制服を着る。
昨日のうちに準備をしておいた鞄を手にして扉を開ける。振り返ってみた耕一お兄ちゃんは、まだすやすやと寝息を立てていた。
「わたしも、耕一お兄ちゃんを守れるくらいの力がほしい」
つぶやきを漏らして、わたしは部屋を出た。
*
「よし」
帯を締め終え、ゲディガはひとつ頷いて自室を出た。
ぺたぺたというあまり気分の良くない足音をさせながら廊下を歩く彼が向かっているのは、この船の出口。船内から出るために使う空間と空間を繋ぐことができる転送機のところだった。
「地球の服はどうしてこんなに着るのに手間がかかるんだか……」
不平を口にしながら、彼は歩き続ける。
今日のゲディガが身につけているのは、エルクゥの服装ではなく、ここ数日をかけて手に入れてきた地球の服だった。狩りに出るのではなく、個人的に外に出るために用意したものだった。遊びに行くのだから他に人は連れては行かない。誰にも話すことなく、ゲディガはひとりで外出しようとしていた。
「これから、楽しい遊びが始まるな。楽しい、俺様の遊びが……」
顔に笑みを張り付かせて、彼は廊下を歩いていく。
フェリヌのつくる食事のあまりの美味しさに、ディセレルやバミデリが食べ終えた後も食堂に残り、いまやっと与えられた部屋に戻ろうとしていた。
「まさか俺がこんなにひとつのことに執着するとはな……」
有名料理店などにも行ったことはあったし、昼間の食堂にも凝ったことはあった。けれども自分の中の鬼が現れる前も後も、基本的に食事には無頓着だったのが、いまはキルイルという、異星人のつくる食事にはまり込んでいた。
美味しいということを口に出して告げることはなかったが、いつも誰よりも多くの量の食事を食べている柳川の様子に、フェリヌもうち解けてきたらしく、今日は「食べたい料理があったらなんでも言って下さい」などと言われてしまっていた。
――なんとなく、情けない気もするな……。
キルイルに捕まる前、あれほど思い詰めていた自分がこんな風になっていることに今更ながらに気がついて、柳川はため息をもらしていた。
「ん?」
重い腹を抱えながら歩いていた彼は、自分の前方に先行するように歩く人物がいるのを見つけた。船内で見たことのない風変わりな服装のように見えて、柳川は足音を潜めてその人影に近づいてみる。
後ろ姿から判断するに、先を歩いているのはゲディガだった。妙な足音をさせ、どうやら地球のものらしい服を身につけてひとり歩いていく彼に、柳川は不審を抱く。
――どこに行くというんだ?
柳川が与えられた部屋と、ゲディガの部屋は遠く離れていると記憶していた。しかしいま彼は、柳川の部屋の比較的近くを歩いている。
刑事をしていた頃の職業的興味がそそられ後を追っていきたくなるものの、それを押さえて柳川は自分の部屋へと向かっていく。
地球の服を着ていることから、外に出るらしいことは判断できた。グレーのエルクゥではない、意志の強いエルクゥたちにはみな、ディセレルが地球のことを知るよう達しが出ていて、自由に外に遊びに出てもいいことになっているのは聞いていた。
「――しかし、なんで紋付き袴なんだろうか」
ゲディガが身につけている地球の服は、古風にも古風すぎるほどの、紋付き袴だった。それもしっかりとした家紋の入った。
「あの家紋はいったいどこのものなんだろうか……」
見たこともない、おそらく特注だと思われる家紋に、柳川は思いを馳せていた。
*
――あれは凄まじいの一言ですね。
手洗いを済ませて警察署の廊下を歩いていた長瀬は、先の事件のことを思い出し、そう自分の感想を思い返していた。
二度目の事件の一報は、幸子の無線によって警察車両前者に流れ、その場所を離れて市民を誘導するよう伝えられた。長瀬はそれに反して、自分から現場の近くへと行き、できるだけ遠く、しかし現場が見える場所に車を停めて、倍率の高い双眼鏡で事件の様子を眺めていた。
間近で見たわけではなかったから臨場感というべきものには欠けていたが、見ていたテロリストが次の瞬間に消え、一瞬にして移動できるとは思えない地面に叩きつけられている様子は、遠くからでもはっきりとわかった。
人知を越えた戦闘に物量で挑んだ自衛隊は、幸運と言うべきか、わずかな被害に止まっていた。そして今回エルクゥファイブと自衛隊によるテロリストによる成果は、前回に比べればめざましいと言えるものだった。八体に及んだテロリストの遺体は、今回もまたすべて研究室に運び込まれていた。
――しかし、あの中には……。
事件が収集し、テロリストとエルクゥファイブがいなくなり、自衛隊が撤退するまで長瀬は現場を見ていた。回収されたテロリストの中には、まだ動いているものもいたような気がした。
――幻蔵はなにを考えいるのだろうか……。
いま以上に、なにかが起こるだろうことを長瀬は感じていた。もしかしたらそれは、鬼のようなテロリストが襲撃してきた以上のことが起こるのかも知れないと、長瀬はうっすらと考えていた。
「長瀬、ちょっと来い」
突然呼ばれて、考え込んでいた長瀬は顔を上げる。誰なのか確認する余裕もなく、耳をつかまれて通りがかっていた会議室の中に連れ込まれた。
「副署長……。例の殺人事件でしたら、現在捜査中で――」
「そんなことはどうでもいい」
「恋人の方はできたので? いつまでも独り身では示しがつかないでしょう。なんでしたら私が――」
「冗談じゃないっ! ってのはともかく、だ!」
大きな声を上げてしまったことに自分で驚きつつ、長瀬の耳を離した峰沢は会議室の扉を静かに閉めて電灯のスイッチを入れた。
「自衛隊の動きの方はどうだ? なにかわかったか?」
前置きをつけることなく、長瀬のことを睨みつけながら言った。
突然そう言われても驚いた様子のない長瀬。内ポケットから煙草を取り出すのを見、峰沢は無言のまま頷いた。
「さすがは副署長。気づいてらしたんですね」
「おべんちゃらはいらん。わかってるところまででいい、話してくれ」
「せっかちですねぇ」
いつものおっとりした口調で言った長瀬は、吸い始めた煙草を携帯灰皿でもみ消し、話し始める。口調は落ち着いているようでも、その目は真剣な色を含んでいた。
長瀬が自衛隊のことを調べているのには、おそらく最初の頃だろう辺りから気づいていた。同じフロアにこそいないものの、テロリストを恐れて万引きひとつ起こらなくなっている隆山では、刑事が外回りをすること自体が珍しいという状態になっていた。そんな中にあって、長瀬はただひとり忙しそうにしているのを目撃していた。署内にいれば資料室に籠もったり新聞の切り抜きを集めたりし、そうでないときは外に出ていた。それに長瀬幻蔵という、自衛隊とともに隆山にやってきた彼の親戚のことをしきりに気にしていた。
「いまのところは、そんな感じです」
短く説明を終えて、長瀬はもう一本煙草を取り出す。
光の襲来以来動きがあったということ。テロリストの遺体のすべてが第二駐車場の建物に運び込まれていること。その中に、死んでいないテロリストもいた可能性があること。会議では発表されていない内容を、けっして多いとは言えなかったが、長瀬はつかんでいた。
「確かに不審だな。裏の動きの方が激しいと言えるほどに。――しかし、奴らの目的はいったいなんだ?」
「それがわかれば話は早いのかもしれませんがねぇ」
自衛隊の目的はテロリストへの対処とは直接関係ないものであることは容易に想像できた。しかしそれ以上のことはいまのことろわからなかった。
「俺が動ければ、一番話が早いんだがな。副署長っつぅ椅子は便利なようで、不便だな」
「そうなのかも知れませんね」
ため息をもらし、峰沢は改めて長瀬に向き直る。
「自衛隊のことを、それからエルクゥファイブやテロリストのことを、できる限り調べてくれないか?」
「それは構いませんが……。一応私は――」
「問題はない。課長には俺から話しておく。経費の計上は直接俺にしてくれればいい。俺が動けない分、動いてくれ」
「……わかりました」
不承不承という感じで頷いた長瀬のことを確認した峰沢は、会議室を出ようと扉を開ける。その動きを途中で止め、振り返った彼は言う。
「無理はしてくれるなよ。俺はこれ以上、部下を失うつもりはないからな」
「はい」
顔を引き締めて頷いた長瀬に笑みとともに頷き、峰沢は会議室を後にした。
*
大きなあくびと共にベッドから起きあがってみると、カーテン越しの日差しはすっかり強くなっていた。隣にいるはずの初音がいないことに気がつき、耕一はため息をもらす。
「寝過ぎた……」
――「おはよう」くらい言いたかったなぁ。
寝過ぎたことを悔やみながら、裸のままベッドを出た耕一は散らばっている自分の服を身につける。それから足を忍ばせて、そっと初音の部屋の扉を開けた。
「よし、大丈夫」
小声で確認しながら部屋を出る。
いまのところ初音とつきあっていることは他の従妹にははっきりとは話していない。彼女と夜を過ごすときはいつもこっそりとしていた。
「ちょっと、耕一さん」
自分の部屋に向かおうとした瞬間、背中から千鶴の声がした。心臓が飛び出るほど驚いて、耕一は初音の部屋の扉から大きく飛び退く。
「そんなに驚かなくてもいいですよ、耕一さん。みんな、気づいていますから」
「そりゃあそうかも知れないけど……」
あっさり言って微笑む千鶴に、耕一はすまなそうに彼女の顔を覗き見る。
「でも避妊はちゃんとして下さいね。初音はまだ高校生なんですから、勉強に影響があるようではこちらも考えてしまいますからね」
微笑んではいるもののどこか寒々しい雰囲気の千鶴に、耕一はなにも言えずに、はい、と言って頭を下げた。
「それよりも耕一さん。その初音のことなんですけど……。居間の方まで、いいですか?」
「はい」
ふたりで居間までやってきてみると、時間はまだ初音たちが学校に行ってからそれほど経っていない時間だった。お茶を淹れようとする千鶴のことを必死で止め、耕一はテーブルに着く。
「初音のこと、どう思います?」
「えぇっと、可愛いし、好きですけど……」
「そうじゃなくって」
目を光らせるように睨みつけられ、耕一は黙り込む。
「初音の様子、どうですか? 二回目の戦いが終わった後、なにか気づいたところはありますか?」
やっと合点がいった耕一は、キルイルとの二度目の戦いが終わった後のこの数日の初音の様子を思い返す。
戦いが終わったその日の夜は、最初の戦いと同じでずっと震えていたこと。戦うことを怖いと漏らしていたことなどを思い出すが、はっきりとわかる変化は思いつかなかった。
「はっきり言ってしまうと、初音は戦力外です」
「そんな、千鶴さん……」
「わかっていますけど、ちゃんと話し合っておくべきだと思いますから」
はっきり過ぎる言葉のように耕一には思えたが、しかし千鶴の瞳にあるのは純粋に心配している色。耕一もまた同じことを感じていたので、千鶴に応じて言葉を述べる。
「初音ちゃんは、過ぎるほどに優しいんだよな。傷つくことも、傷つけることも怖がってる。その優しさは初音ちゃんのいいところであって、悪いところじゃない」
「でもキルイルと戦うと考えた場合、その優しさは足を引っ張ってしまう。血みどろの戦いは、あの子には辛すぎるかも知れない」
確かにそんな様子があることを、耕一もまた感じていた。初音の優しい性格は好きだったけれど、戦うには優しすぎる。それが災いして、キルイルとの二回の戦闘では自分の身を守ることすらおぼついていなかった。
「千鶴さんは、初音ちゃんをキルイルとの戦いから遠ざけた方がいいと?」
「そこが難しいことなんですよね。あの子は優しい。矢らしいからこそ、守られてばかりで、役に立っていない自分を責めてしまうことになっているような気がします。戦いから遠ざけたら、さらに自分を責めてしまうかも知れない」
「そうですね……」
――アベノンジャーみたいにはいかない、かぁ。
変身特撮テレビ番組の登場人物であるアベノンジャーの中では、心優しい女の子としてホワイトが登場している。しかしホワイトは優しくても、敵と戦うときはちゃんと戦っている。
しかし初音は、テレビのようには戦うことができない。どうするべきなのか、耕一には答えが出せなかった。
「あのディセレル、っていう女の人と話して、決着がつけばいいんだけどなぁ」
「そうですね……。でも決着がつかなかった場合、戦いが続くわけですから……」
耕一は千鶴と頷きあい、表情を暗くする。
「なにか考えておかないといけないですね」
「初音のこと、お願いします」
千鶴に礼をされて礼を返すけれど、耕一には自分になにができるのか答えが出せなかった。
* 2 *
ノックをしてから扉を開けると、そこにはフェリヌが心配そうな顔をして立っていた。部屋に入ったディセレルはフェリヌに向かって深く礼をし、声をかける。
「ミフィル様は?」
「奥にいらっしゃいます。いまはご容体が……」
「わかっている。短く済ます」
「はい」
悲しみの表情を浮かべるフェリヌに奥の部屋への扉を開けてもらい、ディセレルはそこに踏み込んだ。
たくさんの装飾を施した部屋。壁と言わず、天井と言わず、真ん中に置かれたベッドと言わず、たくさんの装飾が施されていた。この部屋こそが女王、ミフィルの私室だった。
「ミフィル様」
ベッドに歩み寄り、ディセレルは礼をする。ベッドにかけられたベールを左右に開けると、上半身を起こしているミフィルが見えた。ディセレルは片膝を付き、顔を伏せる。
「先に書面で報告したとおり、この隆山という地には我々の同胞の血を引く者がおります。それも皇家の血を強く残し、おそらく、我らの船を動かしえるほどの力を持つ者が」
「そうですか……」
「できれば近いうちに、その者たちを招きたいと考えております」
「わかりました。そのときはお願いします」
はい、と答えて顔を上げたディセレルだったが、ミフィルは明るい表情をしていなかった。
「心配なさらなくても、キルイルの統制は私が――」
「いえ、そのことではありません」
自分の手に目を落とし、ミフィルは言う。
「もしかしたら、その者たちを招くのは急いだ方がいいかも知れません」
「ミフィル様……」
言葉の意味に気づいたディセレルは表情を険しくする。何かを言おうと口を開いたが、言うべき言葉は見つからなかった。
「それともうひとつ。ゲディガのことですが」
言い切れない言葉を胸に納め、話を変える。
「できるならば、ゲディガは拘禁するべきでしょう。彼は危険です。キルイルの血族でないあの者は。ミフィル様の許可がいただければすぐにでも」
「それは……。許可できません。かの者も同じエルクゥです。柳川に自由を許しているならば、待遇を別にするわけにはまいりません」
「……」
悲しそうに表情をゆがめるミフィルのことを見、ディセレルはため息をつきたい気分になっていた。
*
――なぜみんな俺様のことを見ているのだろう。
偽装は完璧のはずだった。特注した服はこの国の衣装で、注目される理由などないはずだった。それなのに、すれ違う人々がみな自分のことを振り返ることに、ゲディガは不思議に思っていた。
懐に手を突っ込み、ゲディガは船から持ってきた四角く薄いものを取り出す。それはエルクゥの携帯端末。感応力がある者だけが使えるそれに、彼は目的地の情報を入れて持ってきていた。
「ここは商店街という場所か……。あっちだな」
振り返る人々を無視して、商店街を抜けて歩いていく。袖の中に手を突っ込んで住宅街を抜け、山の方に向かって彼は歩いていった。
道は山道となり、林が続いていた。人の行き来があるらしい道を歩いていくと、水音が聞こえてくる。
「ここだな」
水門に上を渡って対岸へ行き、エルクゥの力を軽く発揮して岩山の中腹へと降り立つ。
にんまりと笑んだゲディガは言う。
「この辺でよかろう。さて、俺様の遊びの始まりだ」
息を整えた彼は、ゆっくりと、しかし自分の奥底から、エルクゥの力を解放していった。
*
教室の中を見回しながら数えていく。昨日よりもふたつ、空き席が増えていた。
――ずいぶん、少なくなっちゃったな。
二回目のキルイルさんたちの襲撃があってから三日。帰りのホームルームを待っている人は、なにもなかった頃の三分の二になっている。友達の話によると、疎開して隆山にいない人が半分、もう半分はまた事件がある可能性を考えて休んでる人、それからひとつは、三日前の襲撃で亡くなった人の席だった。
――もっとわたしが強ければ、みんなを守ることができるのに。
そう思ってもいきなり強くなれることはなかったし、戦ってキルイルさんたちを傷つけるのは、怖かった。
静かにホームルームが終わって、誰も遊びの約束をしたりなんかせず、みんなまっすぐに家路につく。わたしもひとりで家に向かっていく。
――みんなのことを守りたい。
そのためには強くならなくちゃいけなかった。力もそうだし、わたし自身の心も、強くならなくちゃいけなかった。耕一お兄ちゃんたちも誰も傷つけたくないと思ってるのはわかってる。それでもみんな戦ってる。わたしもみんなと同じように、ちゃんと戦えるようにならないといけないのはわかっていた。
――わたしも頑張らないと。
気合いを入れて、うんっ、と頷いたとき、気づいた。
――これは、エルクゥの波動。それも、強くて、怖い……。
波動が発せられているのは水門の方向だった。そしてそこは、ヨークが埋まっている場所でもある。
「急がないとっ」
そろそろたぶん、梓お姉ちゃんも学校から帰ってるはず。こんな波動を発してるところに、みんなが行かないわけがなかった。
家までのもう少しの距離を、わたしは走っていく。
これから戦いが待っているのはわかっていた。ディセレルさんと話をして決着がつけばよかったけど、そういうわけにはいかないみたいだった。
――怖い。怖い……。
そう感じている。でもわたしだけ家で待ってるわけにはいかない。わたしもまた、エルクゥファイブのひとりなんだから。
――みんなのために、少しでもできることをしよう。
心に決めて、家の門をくぐった。
*
「――なに?」
ミフィルの部屋から自室に戻り、ただため息をもらしているばかりだったディセレルは、船内ではない遠くから強い波動が発せられているのを感じ、顔を上げた。
部屋を飛び出すと、ちょうどエスナルとバミデリがやってきたところだった。
「ゲディガはどこだ?」
ふたりに向かって問うが、ふたりとも首を振る。
「そう思えば柳川はヘンなことを言っていたが……」
そんなエスナルの言葉を聞き、ふたりについてくるよう指示して柳川の部屋へ向かう。ノックもせずに柳川の部屋の扉を開けると、彼はベッドの中でお腹を抱えていた。
「なにをしているっ」
「……いや、食べ過ぎた」
「莫迦か、お前は。それよりもゲディガだ。あいつはどこに行ったか知らないか?」
必死な形相のディセレルに驚きの顔を浮かべつつ、柳川は言う。
「紋付き袴姿で近くの廊下を歩いていたが……」
柳川の紋付き袴という言葉の意味はわからなかったが、この近くの廊下を歩いているということの意味はわかる。
――ゲディガは外か。
もし大人数で動いているならば事前にディセレルに話が入っているはずだった。しかしその様子がないところから考えて、おそらくゲディガはひとりで外に行っただろうことは想像がついた。
目的はわからなかったが、ディセレルはエスナルとバミデリに向かって言う。
「出撃の準備を整えろ。我々も行くぞ」
鋭いその言葉にふたりは柳川の部屋を走り出ていった。ディセレル自身も準備を整えるために、部屋を出ようとする。
「柳川。お前も来い。おそらくゲディガの力が見られるはずだ」
* 3 *
「あの人が……」
どうにかみんなが出撃するまでに間に合って、わたしたちは五人揃って強烈な波動を発してる場所へとやってきた。変身を済ませて武器を手にし、岩山の上に立っている波動を発してる男の人が見えてきた。
「――なんなんだ? あの格好は」
梓お姉ちゃんの言葉に、みんなも困ったようにその人を見る。その人は紋付き袴という、どう考えても古すぎる格好をしてわたしたちのことを見下ろしていた。
格好はおかしくても、その人はエルクゥだった。殺意や敵意と言えないくらいの強い波動を発していて、そしてその顔には歓喜の色が浮かんでいた。
「お前は誰だっ!」
長剣を差し向けて耕一お兄ちゃんが呼びかける。
「俺様の名前はゲディガ。ゲディガ・メディイリ。お前たちと、遊ぶためにやってきた」
気持ち悪いくらいの笑みを浮かべて、その人――ゲディガさんが変身した。岩山から飛び降りてきて、そのままわたしたちの元に突っ込んできた。
*
鬼の力を発揮して、柳川たちはゲディガの波動の元へと急いでいた。
――この先は確か水門。
人目を惜しんでやってきた場所は、柏木の屋敷からほど遠くない場所にある水門だった。まだ見えないその場所から、複数の鬼の反応があることを柳川は感じている。
「気配を消せ」
ディセレルの指示に、エスナルとバミデリ、そして柳川は従う。残りの距離を鬼の力を使わずに走っていく。どうにか戦いの様子が見える場所までやってきたところで、ディセレルは柳川が先に進もうとするのを制した。
「お前はここで待て。行くぞ、エスナル、バミデリ」
緊迫した顔つきで頷きあい、戦場へに向かって三人は慎重な足取りで近づいていった。
――これほどのものか、ゲディガは。
遠くに見える戦い。鬼の気配とともにその様子を見る柳川は驚いていた。
エルクゥファイブ五人対ゲディガ。柳川が戦ったのは耕一と千鶴と梓の三人。それに加えてふたりを相手にしながらも、ゲディガは一歩も退くことがないどころか、圧倒していた。
――あれが本当の力。
柳川を倒した耕一も、ゲディガの振るう金棒の前に吹き飛ばされている。戦いによって放出されるゲディガの波動は、エルクゥファイブの五人全員のものをあわせても劣ってはいなかった。
「俺の中には、あれ以上の力が眠っているというのか」
真のエルクゥに目覚めれば、ゲディガを越える力が持てるというディセレルの言葉を思い出す。
耕一を軽くあしらい、ねじ伏せるほどの力。
「ほしい。俺もあれほどの力がほしい……」
戦いの様子をじっと見ながら、柳川はそうつぶやいていた。
*
「――っ」
耕一お兄ちゃんがゲディガさんの振るう金棒に打ち据えられて吹き飛んでいった。その様子を見ていたわたしは、声にならない悲鳴を上げていることしかできない。
――怖いっ。
ただその思いだけがわたしの中にあった。バトンを両手で握りしめたまま、立っていることしかできなかった。
変身したゲディガさんは、耕一お兄ちゃんたち四人が同時に攻撃をしてもその身体に触れることもできないくらい強かった。
彼が一回金棒を振るうごとに、耕一お兄ちゃんが、千鶴お姉ちゃんが、梓お姉ちゃんが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。川に落ちていく。楓お姉ちゃんは訓練のときよりも太い光の矢を放っているけど、命中してるのに効果はぜんぜん見られなかった。
本気を出してないのか、ゲディガさんは笑い声を上げながら戦っている。
――できることをする、って思ってたのに。
わたしは一歩も動くことができなかった。怖くて怖くて、ゲディガさんに向かっていくことができなかった。
「力がほしい……」
強くそれを思ってる。でもわたしには力なんてなかった。守られるだけは嫌だと思っていたのに、こうして実際に戦いになると、戦っている耕一お兄ちゃんのことを見ていることしかできなかった。
「誰かわたしに、力を!」
願ってるだけじゃどうすることもできないのはわかってた。けどわたしには、願うことしかできなかった。
「――え?」
手の中の感触が変わったのを感じて、わたしはバトンを握っていた手を開く。そこにはヨークの中に迷い込んだとき、わたしと耕一お兄ちゃんを救ってくれたペンダントがどこからともなく現れていた。そして――。
『力がほしいのか? おまえは、どんな力を望む?』
頭の中に、無機質な声が響いた。
「下がれ、エルクゥファイブ!」
声をかけながらディセレルはエルクゥファイブとゲディガの間に割って入る。
エスナルとバミデリは明らかな戦闘体制を取っていたが、ゲディガはそれでも余裕の笑みを崩さない。そして自分の戦闘体制を崩すつもりもないことは、さらに強くなった攻撃の意志を含んだ波動からわかる。
「ディセレル! これはいったいどういうことだっ」
「説明は後回しだ。まずはゲディガをどうにかする! エスナル、頼むぞ。バミデリ、来い!!」
説明をしなくてもふたりは自分たちが動くべき動作を取る。エスナルはゲディガから少し離れた場所から睨みつけ、バミデリはディセレルが触れられるほどの距離で背を向けて立った。
バミデリの背に両手を当て、ディセレルは自分の力を解放していく。自分自身にではなく、バミデリに力が流れ込むよう両手に集中しながら。
――バミデリに力を。ゲディガに勝る力を!
そう念じながら力を注ぎ込むうち、バミデリに変化が現れる。エルクゥの力を発揮した彼の身長は二メートルほど。それがいま、ディセレルの力を受け取ることにより、ひと回り大きくなっていった。
「行け!」
自分の力を力のほとんどを与え終え、膝をつき肩で息をしながらディセレルは命ずる。それに応えて盾を構えたバミデリがゲディガに向かって突撃をする。同時にエスナルによる感応力を使った精神圧迫も始まった。
――この状況ならば、ゲディガは倒せる。
ことの成り行きを見ながら、ディセレルはそう考えていた。しかし――。
体格がいつもより大きくなっても身体のほとんどを覆うほどの巨大な盾を持ったバミデリは、それを使ってこれもまた巨大な金棒によるゲディガの攻撃を防いでいた。そして盾そのものを振るい、攻撃を仕掛けていく。これならばどうにかなると思っていた矢先、余裕の笑みをさらに深くしたゲディガは、バミデリの防御速度を上回る速度で攻撃を始めた。
――まさか、エスナルの感応力の影響もあるはずだ!
予想外の速度による攻撃によりバミデリは追い詰められていく。
「まさか、この場所は……」
ゲディガがなぜこのような場所を戦場に選んだのかを考え、ディセレルは残った力で周囲の気配を探る。
――ここは同胞の船が眠る地か!
隆山のどこにいたとしても、ミフィルの戦いを好まないという波動が影響し、ディセレルの許可を得ずに戦うゲディガの動きは鈍るはずだった。しかしエルクゥの船が眠っているこの場所だけはミフィルの波動が届きにくくなっていた。エスナルの感応力による圧力だけでは、バミデリが勝るほどゲディガの力を弱めることはできない。
状況を把握したディセレルはバミデリとゲディガの戦いの様子に注意を向ける。すでにバミデリはいくつもの手傷を負い、優劣ははっきりとしてきていた。
――まずい! このままでは全員殺される!!
ディセレルが思っている間に、ゲディガの強力な攻撃を食らったバミデリは、受け止めた盾ごと吹き飛ばされた。
*
ディセレルがさんたち三人がゲディガのさんに挑んでいったけど、だんだんと劣勢になってきていた。耕一お兄ちゃんたちは大怪我をしてる様子はないけど、座り込んでしまったり、大きく肩で息をしていて、もうちゃんと戦える状態じゃなくなっていた。
――どうすればいいんだろう……。
なにもできない自分に唇を噛んでいるとき、また頭の中に流れ込んでくる無機質な声。
『おまえはどんな力がほしい? 敵を打ちすえる力か? 誰にも負けない強大な力か?』
――気のせいじゃない。本当に声がする……。
握りしめていたペンダントが、ヨークの中で亡霊に襲われたときのように光っていた。ペンダントを両手に握り込んで、目をつむったわたしは強く願う。
――わたしは、力がほしい。
『与えてやろう。望む力を言え』
――わたしは、わたしはみんなを守るための力が、みんなの手助けができる力がほしい! みんなの足手まといにならない、守られてるばっかりじゃない、自分に勝てる力がほしい!!
『やはりお前は優しいな。リネットも優しかった。そんな優しさが私は好きだった。お前の優しさも、大好きだ。だから力を貸そう――』
途端に声が柔らかくなって、優しい気持ちが流れ込んでくる。
「あっ……」
思わず声を上げた瞬間、わたしを囲むように地面が割れてなにかが飛び出してきた。光を放ってわたしの回り、そして背中に集まった。
「翼?」
振り返ってみた背中には、金属でも生き物のものでもない、不思議な感じの翼のようなものがあった。
『使い方はその子たちが教えてくれる。私の子供たちをお願いする』
「ヨーク……。ありがとう」
礼を言ったわたしは、ゲディガさんのことを睨みつける。
――もう誰も傷つけさせない。
翼からわたしの中に流れ込んでくる情報。それを元に、わたしは翼を四つに分離させて飛ばす。翼は鳥のように変形して、耕一お兄ちゃんたちの上で滞空した。
「みんなに、元気を。戦うための力を」
ペンダントを握りしめて祈ると、鳥たちが反応してくれる。背中に残った連結部分からわたしの力が一気に吸い取られていくのを感じた。それと同時に、鳥のくちばしから光が放たれて、耕一お兄ちゃんたちに降り注いた。
「力が……。強い力が……」
光を受けたみんなは地面を踏みしめて立ち上がる。元気を取り戻した以上にわたしの力を受けたみんなには、力がみなぎっているのがわかる。
「いくぜ、みんな! 今度は俺たちの番だ!!」
耕一さんが先頭に立って、ゲディガさんと対峙する。楓お姉ちゃんが弓を放ち、残りの三人が突撃した。
「楽しませてくれよ、エルクゥファイブ!」
ゲディガさんが声を上げてバミデリさんを金棒で殴りつけて突き放す。
最初にゲディガさんに接近した梓お姉ちゃんは、振り下ろされた金棒を両腕のガントレットで受け止める。その後ろからハルバードを大振りに振るった千鶴お姉ちゃんの攻撃は、左手に新しく出現した金棒によって受け流された。
そしてふたりの影からゲディガさんに突っ込んでいった耕一お兄ちゃん。右手から繰り出した長剣をどうにかゲディガさんは受け止める。でも同時に振るわれていた左手の短剣が、ゲディガさんの脇腹に吸い込まれていった。
* 4 *
「くっくっくっ……。がぁっはっはっはっはっ!」
切られた脇腹を手で押さえ、ゲディガは豪快に笑った。指の間から血を滴らせながら、彼は一歩二歩と後ろに下がっていく。
――終わったか。
殺気を消し、変身を解いたゲディガにディセレルはため息をつく。よろめく彼に、同じようによろめいているバミデリが肩を貸そうとするが、手ではね除けられた。
「楽しかったぞ、エルクゥファイブ。思いのほか、楽しめたぞ」
言ってゲディガは大きく跳躍し、その場を去っていった。
――いったいなにをしにきたのだ? 奴は。
遊びに出たというのはもしかしたら本当なのかも知れない、と考えつつ、ディセレルはエルクゥファイブに振り返った。
「済まなかったな。キルイルもひとつにまとまっているわけではないのだ。狩りを望む者も、中にはいる。私の命に従わない者もいる。だが忘れないでほしい。女王ミフィルと、キルイルを統括する任にある私は、決して争いを望んでいるわけではないということを」
無言のまま聞いていたエルクゥファイブの五人にディセレルは深く礼をする。
「済まないで済むと思ってるのか?! 隆山で、どれだけの人が傷ついたと思ってるんだ? 何人の人間が死んだと思ってるんだ?!」
詰め寄ってきた耕一はしかし、間に立ちはだかったバミデリが行く手を阻む。傷ついたバミデリもふらふらだったが、初音に与えられた力が消えた耕一もまた、立っているのがやっとになっていた。
「我々エルクゥにとって、生きていることと死んでることは等価だ。エルクゥはいずれ生まれ変わるからな。――しかし、地球の人間は違う。私はもう少し、この星のことを学ばなければならないな」
耕一の前に跪き、頭を下げる。
「おそらくキルイルはまだまだこの星に迷惑をかけると思う。しかし我々にも理由があるのだ。それはまたいずれ、機会を改めて話そう」
言い終えてディセレルは立ち上がり、バミデリに肩を貸してエルクゥファイブに背を向ける。
「ディセレル」
呼び止められて彼女は顔だけを振り向かせる。耕一は後ろにいる全員に目配せをし、それから言う。
「今日は助けてくれてありがとう。お前が来なかったら、俺たちは危なかった」
素直な気持ちを感じるその言葉に、ディセレルは笑む。
「礼を言うのはこちらも同じだ。最後にはイエロー、お前に助けられたようなものだからな」
ディセレルさんたちがゲディガさんを追うように去っていった後、耕一お兄ちゃんに近づいてきたのは、エスナルさん。
「ディセレルは、戦いを好まない。だけど、あたしは、いつか必ず、お前と、決着をつける! 首を洗って、待っていろ!!」
鋭い視線で耕一お兄ちゃんを睨んでから、エスナルさんもその場を去っていった。
――終わった……。
そう思った瞬間、わたしの足から力が抜けてしまった。それまで跳び続けていた鳥が帰ってきて、背中にくっついて翼に戻る。
「すごかったよ、初音ちゃんっ」
「うん、あの光を浴びたら、元気が出た」
「……ありがとう、初音」
みんながわたしのところに走りよってきて、口々に言う。身体から力が抜けるのと一緒に変身も解けて、わたしはみんなにできるだけの笑みを返す。
「初音も、頑張ったね」
変身を解いた千鶴お姉ちゃんに言われて、わたしは、うんっ、と力強く頷いた。
――わたしにもみんなの手伝いができた。
いままのわたしは守られてばっかりだったけど、これからはみんなに元気を分けて上げることができる。他にも翼を使って、みんなの手伝いをしていける。
ほめてくれるみんなの笑みを受けながら、わたしも微笑み続けていた。それから、ありがとう、と何度も言葉を交わあう。
――それからヨークにも。子供たちを預けてくれて、ありがとう。
心の中で感謝の言葉を言った瞬間、わたしは暖かい気持ちに包まれたまま気が遠くなっていった。
*
新聞の切り抜き。雑誌の記事のコピー。それからネットで集めてきた情報のプリントアウト。
机の上に並べたそれらをひとつのファイルに分類して収めていく。
――副署長から正式に調査命令を受けたとは言っても、情報がほとんどありませんね。
テロリストが初めて隆山を襲撃してから、そろそろ一週間が経とうとしていた。新聞は言うに及ばず、週刊誌ではそれなりの大きさで取り上げられている。しかし自衛隊を派遣したことで、大規模なテロと認定されてもいいはずなのに、国からの動きはなにも見られなかった。
また取材にこそ来ているものの、海外では隆山のテロの情報があまり大きく取り上げられた様子はなかった。
――自衛隊の裏にいるのは、日本そのものの可能性もありますね。
署内の自分の机について、長瀬は腕を組みながらうなり声を上げていた。
同じ課の刑事たちはいまはいない。テロリストのことは自衛隊に任すことになっていても、第一課の仕事はそれだけではなかった。
自衛隊のこと。テロリストのこと。エルクゥファイブのこと。調べることは多かったが、とっかかりとなるべきものは少ない。そしてそれぞれに、危険が伴っていた。
――時間がかかりそうですね、これは。
ひとつため息を吐き出して、長瀬はまだ見ていなかった今日発売の雑誌をめくる。それには隆山で現地取材をしたというテロリスト関連の特集記事が掲載されていた。
「これはこれは……」
テロリストの起こした事件そのものばかりでなく、かなりのページ数を割いてあるその記事には、隆山に残る鬼にまつわる昔話や、人間を遙かに越える力の正体についてなど、視点を少し変えつつかなり突っ込んだ内容となっていた。
「鬼の力と足柄山の金太郎の関連性、ですか……」
内容としては脱線している部分も見受けられ、記事というよりは読み物として楽しめそうなものに仕上がっていたが、しかしその実、すべてを通した読んでみると、現在の隆山の状況をかなり正確に把握しているようにも思えた。
「自衛隊については次回以降、ですか。あとはこれですかね」
記事の中で気になるところが一点。テロリストについては推測と関連すると思われる内容を様々な角度から取り上げているのに、エルクゥファイブについては小さく、正体不明の正義の味方、という感じのことしか書かれていなかった。それも戦隊特撮番組と絡め、茶化したような内容になっている。
――逆にここだけ際だって見えてしまうのは、私の邪推ですかね。
そう考えつつ長瀬は最後のページに書かれたライターの名前を確認する。
男かと思っていたライターの名前は、相田響子。女性であることに若干の驚きを感じる。
「この人は私と同じ方向でものを考えているのかも知れませんね」
つぶやきを漏らした長瀬は雑誌を閉じ、席を立ってジャケットを着る。
「会ってみる価値は充分にありそうですね」
ひとりごとのように言いながら、彼は課長にひと言外出する旨を告げ、フロアを後にした。
「守りたいと思う力」 了
次回予告
耕一お兄ちゃん……。わたしも、お兄ちゃんと一緒に戦えるようになったよ。
「うん、初音ちゃん」
ヨーク、本当にありがとう……。
「でもこれからも気をつけないとね」
うんっ!
「……お楽しみのところ済まないが、次回予告はどうなったんだ?」
あれ? 柳川さん、だったっけ?
「勘弁してくれ。シリアス一辺倒な俺がお前たちの夫婦漫才になぜ付き合わねばならん」
「いや、柳川? 次回の話、見てみろよ」
「どれどれ……。って、なんだこれは?!」
えぇっと、なになに? あ、なるほど。次回は柳川さんが主人公なんだねっ。それもあの人と――。
「言うなっ。次回予告でネタばらししてどうするっ。というか、一体どういう狂言回しだ……」
ゲディガさんを倒したわたしたちに訪れたひとときの休息。柏木家の人々も、それからキルイルの人たちも、つかの間の時間をゆったりと過ごしていた……。
けれどもその裏では様々な思惑がうごめき続けていた。
次回、柏木戦隊エルクゥファイブ第六話「鬼たちの休息」、こうご期待っ!
次回につづく……