柏木戦隊エルクゥファイブ   作:きゃら める

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第六話 鬼たちの休息

          * 1 *

 

 俺がベッドに寝ころんで、ディセレルの部屋から借りてきた新聞や雑誌を読んでいたとき、部屋のどこかに設置されたスピーカーから声が降ってきた。服装を整えて自分の部屋に来い、というディセレルの声だった。

 ――いったい今日はなんだろうな。

 ここのところ毎日のように精密検査やスポーツジムでやるような運動をさせられていた俺は、何着目かのスーツをロッカーから取りだして着替える。借りていた雑誌などを手にして、与えられた部屋を出た。

 ほど遠くない場所にあるディセレルの部屋の扉をノックすると、入れ、という言葉が聞こえてきた。いつも通り鍵をかけていないことを不用心だと思い、同時に彼女と戦って勝てるのは近づけば気配に気づくほどの力を持ったゲディガだけなのだろう、と思いつつ、扉を開けた。

「こっちだ、柳川。これを見てくれ」

 部屋の奥にいたのは、いつもはかけていない眼鏡をかけたディセレル。彼女は地球製らしいコンピュータの前に座ってモニタを眺めつつ、手にした紙を俺に方に振って見せる。

 いったいなんなのか、と思いつつそれを手に取ると、今日付けらしいとある企業のプレスリリース、そしてここ半年のその企業の動き、関連する取引先、銀行との関係などだった。

「この企業は今後どうなると思うか?」

「……いまひとつだな。いまのところシェアは獲得しているが、対抗するメーカーの動きもある。そっちの資料を――。こっちの方の動きが怪しいところだ。子会社の動きがこっそりと激しい。なにか手を打って来るぞ」

「なるほど」

 俺の言葉を聞きながら、ディセレルは机の上に置いた革の黒いセカンドバックからキーボードつきのPDAを取り出し、メモを取っていく。

「ありがとう……」

 礼の言葉を述べながら、しかしすでに彼女の注意は俺にはない。どこで覚えたのかは知らないが、タッチタイプでキーボードを高速に打鍵し、コンピュータに何事かを打ち込んでいく。

 改めて彼女の机の上を見てみると、コンピュータの他に、経済新聞や経済雑誌が雑然と置かれ、机上本棚には五十音順に分けられているらしいなにかのファイルが立てかけられていた。

 ――いったいこいつはなにをしているんだ?

 口元に笑みを浮かべながら作業を続けるディセレルに、俺は念のため訊いてみる。

「なぜ眼鏡をかけてる?」

「気分だ。目が悪いわけではない。電磁波とやらで目が悪くならないように、という意味もあるが。まぁあれだ、眼鏡をかけていると仕事ができる人間のように思えないか?」

 作業が終わったらしくモニタの電源だけを落として俺の方を見たディセレルは、そう言って笑った。

 ――いった誰がそんな風に見て感じるというんだ……。

 などということを考えつつ、改めてそれを口に出すことはなかった。

「地球の経済は楽しいな。動きが活発で目が離せない。できれば他の者に任せたいが、ここまでできる同族は私の他にはいないからな。みんな争い好きばかりだ」

「この船の資金はこんな風に得ていたのか。……どうやって銀行の口座なんかをつくったんだ?」

「どうやってだと思う?」

 そんな風に言って朗らかに笑い、ディセレルはPDAを操作した後セカンドバックにしまう。不吉な予感を感じた俺は、一歩二歩と彼女の側から離れていく。

「私はお前の名前を借りた。地球での戸籍を得るために、な。これがどういうことなのか、わかるか?」

「……」

 にんまりと笑うディセレルに俺は死刑宣告を待つような気分になりながら、無言のままでいた。

「私の地球での名前は『柳川ディセレル』だ。日本の戸籍上でのことでしかないが、私はお前の妻だ」

「………………」

 ――なにを言えばいいんだ。

 俺は返す言葉を失って、近くの椅子に座り込んだ。

 考えてみればディセレルが勝手にやったことなのだから気にする必要はないはずだった。あくまで彼女に必要があって戸籍をいじっただけのこと。俺がなにを感じる必要があることではないはずだった。

 ――しかし、俺が結婚か……。

 身体の力が抜けていくのを感じる。思考が停まってしまっていた。

「さて、出かけるぞ、柳川」

 言ってディセレルは俺の手を取り無理矢理立ち上がらせ、引きずるように部屋の外へと導いた。

 

            *

 

 この前、ゲディガの追撃をする際にも使った転送機。それは船内に設置されていながら、外の空間とを繋ぐ役割を負っている。理屈はわからないが、ただの袋小路のように思える場所に設置された壁面の操作盤。それを操作すると任意の場所に移動ができるらしい。

 地球のテレビやコンピュータを使っていながら、転送機のような高度な科学力の産物を持っているエルクゥという生き物に、俺はここのところ常々アンバランスさを感じていた。

 意志の強い者たちのほとんどは程度はあれど日本語や他の言語を習得していることから、全員頭はいいのだろう。しかしディセレルとフェリヌを除けば、俺には他の全員はただの筋肉莫迦にしか思えなかった。

 ともあれ、俺がいるのは早朝の市場。

 転送機を使って冷蔵機能を持った軽トラック二台と乗用車ごと海沿いの道路に移動し、そこから車を走らせて俺とディセレル、他にバミデリやエスナルやフェリヌ、他に何人かの意志の強いエルクゥは隆山から山を越えた場所にある、魚ばかりでなく肉や青果など、様々な食材を扱っている中継ぎの市場に来ていた。

「毎日地球の食事が出ていたのは、ここで仕入れをしていたからか……」

「柳川。惚けているな。こっちに来い」

 ディセレルに呼ばれ、呆然としていた俺は彼女の元へと歩み寄る。

「なにか食べたいものはあるか? それとうまいものを教えてくれるとありがたい」

 この場所でのディセレルの役割は食材の吟味と財布役。他の者たちは彼女の指示で次々と大量の食材をトラックへと運び込んでいく。

 捕虜である俺は彼女が無理矢理組んできた腕を振り払うこともできず、活気溢れる市場の中を歩いて適当にディセレルに欲しいものを告げていった。

 キルイルの人数がどれくらいで、買い込んだのがどれくらいの期間用のものであるのかはわからないが、小一時間ほどで二台のトラックの中は満杯になった。ディセレルの号令によって、俺とディセレルとバミデリ、フェリヌが乗用車に乗り込み、エスナルと他の者たちはトラックに乗り込んだ。いつのまに練習したのか、それともその程度ならば難しいことではないのか、ディセレルの運転で一行は転送機を使ってやってきた海沿いの道路までやってくる。

「ではエスナル、後は頼んだぞ」

「……あたしも遊びに行きたいんだけど」

「お前の役割は話したろう。ミフィル様のことをお願いする」

 ディセレルの言葉に不承不承といった感じで頷き、エスナルは腕につけた機械を操作し、消えていった。

 残されたのは乗用車に乗った俺たち四人。なぜ帰らないのかと思っていると、ディセレルは「それでは行こう」と言い、みんなを車に乗り込むように言った。

 後ろの席でバミデリとフェリヌが、正確にはフェリヌひとりがエルクゥの言葉ではしゃいでいる。運転席でいつになく上機嫌そうな笑顔を浮かべているディセレルに、俺は訊いてみた。

「どこに行くんだ?」

「隆山だ。お前に街を案内してもらおうと思ってな」

 ――こいつはこんな笑顔もできるのか。

 鬼――エルクゥという人外の力を持つ者でありながら、まるで普通の女性のような笑顔を見せるディセレルに、俺はそんなことを感じていた。

 彼女に捕らえられ、キルイルの船で生活するようになってから毎日緊張ばかりしていた。生活にこそ自由を与えられていたが、俺は虜囚だった。しかしそんな雰囲気は、今日のディセレルたちによって吹き飛ばされていた。

「我々にも休息は必要だ」

 にんまりと笑ったディセレルに、俺は小さく頷いていた。

 

          * 2 *

 

 社員用の食堂の片隅で、千鶴はゆっくりとお茶を飲んでいた。

 見回した食堂の中は交代で休みを取っているホテルの従業員が思い思いに食事をし、同僚や友達と談笑している。

 キルイルの襲撃がある前に比べるとこの時間に食堂にいる人の数も、活気もけっして回復したとは言えなかった。けれども街への襲撃から十日が経ち、ホテルの中は落ち着きを見せている。

「でもダメですね……」

 ホテルの現状を思い、ふぅ、と千鶴は深くため息をつく。

 落ち着きは取り戻していても、客はまだ戻ってきていなかった。

 そろそろ秋と呼べる季節になってくる。海にも山にも恵まれ、さらに温泉まである隆山は秋こそが本番の地域だった。しかしホテルに泊まっているのは報道陣ばかり。それも二度目の襲撃によって警戒した人は隆山を去り、また事件が収束したと考えている人々もまた、帰っていっていた。

 ――お客さんが戻ってこないと、どうすることもできないわね。

 疎開した人々もまだ帰ってきてはいない。温泉に関連した店も半分ほどは閉まったままだった。客が帰ってこなければ店も開くことはないだろうし、安全が確認されなければ客も戻ってくることはないだろう。

 キルイルはまだ隆山を去ったわけではない。隆山はけっして安全な場所になったわけではなかった。そういう意味では、いまのままの方がいいのかも知れないと思う。

「でもこのままでは、隆山の街が廃墟になってしまうかも」

 テーブルに両肘をついて、千鶴は膨らませた頬で頬杖をつく。

 ――ディセレルさんからの連絡もありませんね……。

 キルイルには動きはなく、隆山の衰退も止まる様子はない。ここ数日は気が抜けるような日々が続いていた。

「今月の売り上げは、見たくないな……」

 千鶴は今日何度目かの、深いため息をついた。

 

            *

 

 梓が叩きつけた手甲によって、グレーエルクゥの胸の装甲はひしゃげるようにへこんだ。後ろから現れた敵を気配で察して攻撃を避け、ヘルメットを砕くほどの強烈な一撃を加える。

 ――強い……。あたしは強い!

 次々とグレーエルクゥをなぎ倒し、現れたエスナルの細身の長剣を手甲で叩き折り、腹に手甲をぶち込んで吹き飛ばした。

「やっと出たなっ!」

 梓の前に現れたのはゲディガ。両手に金棒を構えた彼は、挑発するようにそれを振るう。

「死ね、ゲディガ! これがあたしの必殺技だっ!」

 両手にエルクゥの力を集中し、手甲にそれを込める。青い光を発し始めた手甲を持ち、腕をクロスして構える。

「ひっさぁーーーーつ! ブルゥーーーっ、トルネェーードォーー!!」

 腹の底から叫び声を上げて、梓はゲディガに向かって助走をつけて飛び込む。地面すれすれを跳躍し、途中で回転をかけ青い閃光となってゲディガに突っ込んでいった。

「よっしゃーーっ!」

 着地して後ろを振り返った梓の目に映ったのは、腹に大きな風穴を空けて倒れていくゲディガの姿だった。

「あたしはキルイルを倒したんだっ!」

 

 

「あたしはキルイルを倒したんだっ!」

 両手を上げて立ち上がると、梓の背後で椅子がガタン、と音を倒れた。

「……あれ?」

 周りを見てみると、梓がいたのは見慣れた家の居間だった。頬に違和感を感じて手で触ってみると、涎がべったりとついていた。

「夢か……」

 爽快な気持ちだったのいうのに、夢だと気づいて気持ちが転落していくのを感じていた。

 今日は梓が午後の待機の日だった。

 千鶴は仕事に出ていて、楓はいつものように蔵の地下の研究室に籠もっていた。耕一と初音は、連れだって出掛けていた。

 部活を休んでいるために、家に帰ると充分過ぎるほどの時間がある。勉強は好きではなかったが、有り余る時間を持て余して宿題なども終わってしまっていた。襲撃があったら駆けつければいいので、外に出ても構わなかったが、電話の番も考えると外に出ることはできなかった。

「いい天気だなぁ……」

 椅子を戻して座り、テーブルに頭を載せながら梓は外を眺める。晴れ渡っているらしく庭は明るく輝いていて、夏が終わって秋が近づきつつある空気は暖かかった。

「早くキルイルを地球から追い出さないと。――あたしが、しっかりしないと……」

 そんなことをつぶやいた数秒後には、梓の口から安らかな寝息が漏れていた。

 

            *

 

 楓は画面に真剣な目を向けながら、手元のノートに一所懸命メモを取っていた。

 真っ白な、冷たさを感じるような蛍光灯の下で、楓は頬を上気させながら画面に見入り、メモをとり続けている。

『晴明ファイナルカノン!』

 スピーカーから流れた叫び声。

 いま画面で流れているのは陰陽戦隊アベノンジャー。それもこの前放映されたシリーズの中盤の山場、「決戦! 一条戻り橋基地」の回だった。

 基地を道真の軍勢に攻め込まれたアベノンジャーは、その場所を捨てる覚悟で必殺技を連発する。けっきょくは基地を爆破して幹部のひとりを道連れにし、アベノンジャーは都合よく用意されていた新たな基地を本拠とするという内容だった。

 ――やっぱり、ほしいな。

 アベノンジャーを見ながら、楓は考えていた。

 変身スーツに続いて、個別の武器を渡し終え、エルクゥファイブは基本的な要素をとりあえず押さえ終えていた。研究するべき道具はあるにはあったが、戦力に直接つながるものは少ない。次に楓がほしがっているものは――。

「必殺技とファイナルカノンみたいな武器……」

 テレビを消して、楓は真剣に考え込む。

 蔵に収めてあるエルクゥの道具のリストアップはこの研究所を見つけた直後に行い、終わっていた。爪による近接戦、武器による白兵戦を好むエルクゥには、銃といった武器は皆無に近く、その中でも一撃必殺の威力があるようなものは、倉庫の中にはなかった。

「思えばアベノンショットみたいなピストルもない……。エルクゥショット。それもほしい――」

 拳銃を構え、撃つ仕草をし、楓はまた考え込む。

 こっそりヨークの残骸をひとりで掘りに行こうかなどと考えつつ、楓はずっと考え込んでいた。

 

            *

 

「マジか? ……いや、本当か? それは」

「はい、マジです」

 告げられた内容に思わず高校生時代の口調で答えてしまい、峰沢は改めて言い直したというのに、幸子は真剣な顔をしたまま最初の言葉で答えを返してきた。

 いつも通りお茶がまず最初に運ばれてきて、その後に告げられた衝撃の事実。あまりにパターンになってしまっていて、峰沢はもう叫ぶ気力もなかった。

「署長が帰ってくるのが早くて来月……」

「一時は退院間近まで回復したそうですけど、テロリストの話を聞いて、病状が悪化したそうです」

 手で進められるままにまだ熱かったお茶を飲み、峰沢は気を落ち着ける。それから幸子のことを睨みつけた。

「しかしなんで、いつも遠藤巡査がそういう話の報告に来るんだ?」

「さぁ、ワタシにもわかりません。先程お昼ご飯を食べ終えて通信室に戻ったとき、ワタシから副署長に報告するよう書類が机の上に置いてあったので」

「いったいここの奴らはなにを考えてるんだ……」

 幸子から目線を外し、同じフロアにいる署員のことを眺めていく。視線が合いそうになって机に向き直る者がほとんどだったが、中には明らかな落胆の様子を見せている署員もいた。――いつものように叫び声を上げない峰沢のことに、落胆をしているらしい。

「久しぶりの日常風景が見られると思いましたのに……。今度からはもう少し方法を考えないといけませんねぇ」

「日常ってのはなんだっ。方法を考えるって、なにをだ! 残念そうにため息をつくな!!」

 ひと通り叫び終えて、峰沢は湯飲みを口にする。しかしさっきで飲み終えていたお茶は、もう一滴も残っていなかった。

「ふっくしょちょぉ~」

 弾んだ声で呼ぶ幸子。その手にはどこに隠し持っていたのか、急須が現れていた。

「ぐっ!」

 屈辱的な気分を味わいつつも、乾いた喉を潤したいという欲求は抑えきれない。湯飲みを握りつぶしそうな強さで握りながら、幸子の方へと差し出す。

「こんな毎日が、続くといいですね……」

 お茶を注ぎ終えた幸子は、峰沢の後ろにある窓の外を見、遠い目をする。峰沢もまた窓の外を見ると、駐車場のない側のそこからは、早くも色づき始めたなだらかな稜線を見せる山々があった。

 ここのところ新たなるテロは発生していなかったが、自衛隊が撤退したわけでもなかった。安全が確認されるか、最後の事件から最低一ヶ月は駐屯するという彼らは、いまもなお小銃を持ちながら街を巡回している。

 巡回中の自衛隊に出会うと、峰沢には隆山がまるで戦渦の中にあるように思えて、気分が悪かった。

「そうだな……」

 お茶をひと口飲んで幸子のことを振り返り、再び彼女のことを睨みつける。

「その話はともかく、遠藤巡査は仕事に戻れ!」

「イヤですわぁ、副署長。そんなご無体なぁ~」

 真面目に言っているのに幸子はそんな風に答え、身体をくねらせてイヤイヤと拒絶を表す。そんな様子を見ている他の署員たちの顔には、テロが起こる前に見ていたのと同じ笑みが浮かんでいた。

 ――もう二度と、あんな事件が起こらなければいいな。

 もう一度窓の外を眺めて、峰沢はそう考えていた。

 

            *

 

 エスナルは腕を組みながら考え込んでいた。

「必殺技か……」

 彼女の背後では、エンディングテロップが流れている陰陽戦隊アベノンジャーがテレビに映されている。それも先日放映された「決戦! 一条戻り橋基地」のハイライト映像がエンディングテーマとともに映されていた。

 エスナルの部屋にはベッドや机といった基本的なものの他に、本棚にはすでに発売されているアベノンジャーのDVDとともに、アクリルケースで保護されたシルヴィーヌがアベノンレッドをうち倒すシーンを正確に再現したガレージキットが置かれていた。――もちろん、エスナルがつくったのではなく、手先の器用なバミデリに頼み込んでつくってもらったのだったが。

「奴らはいつか必殺技を使ってくるだろう。あたしはそれを破らなくちゃならない……」

 もし晴明ファイナルカノンのような必殺技を使ってきたら、と考えると、エスナルは背筋が寒くなる思いだった。

 食材の仕入れから帰ってきた後、エスナルは男たちを動かしてそのすべてを貯蔵室に収めた。後の整理はバミデリとフェリヌに任せ、エスナルは自室でアベノンジャーのビデオを使って研究を続けている。

 エスナルはキルイルの中でも皇家の血を引くエルクゥ。その力はディセレルには及ばないものの、気を張っていればミフィルの部屋に誰かが忍び込もうとしても、察することができる。気を張っていれば、だったが――。

「ディセレルに申請して、必殺技に対抗する道具を手に入れておかなければならないかもな。……いや、あたしも必殺技が使えるような武器がほしいか」

 うなり声を上げながら、エスナルはひとり考え込む。思考に夢中になって、ビデオが自動で巻き戻し始めているのに気づかないほどに。

「エルクゥレッドと、必殺技同士のぶつけ合い、というシチュエーションもいいな……」

 天井を仰ぎながら、エスナルはたったひとりでつぶやき続けていた。

 

            *

 

「しまった!」

 同じ部屋にいたひとりの男が叫び声を上げた。

「どうした? ガルリム」

 ベッドに座っていたもうひとりの男が立ち上がって驚いたような顔をしているその男――ガルリムに問いかける。

「いや、買ってこようと思っていたDVDのこと、すっかり忘れいた、と思ってな……」

 激しい落胆に肩を落とし、ガルリムは大きなため息をつく。

「あの時間じゃあどこの店も開いてなかったろう?」

「大丈夫だったんだ、ウォグエリ。俺がほしかったのは『多田ヒカル』のDVDだ。コンビニでも買えたんだ」

「なるほど。しかし、この前のバス代で金なかったんじゃなかったのか?」

「それも大丈夫。シルニルに借りた。なぁ?」

「そうそう」

 ベッドの上に寝転がってコミックを読んでいたシルニルが顔を上げ、同意の頷きを返してくる。

 ガルリム、ウォグエリ、シルニルは三人一緒の部屋で生活していた。ベッドが三つあり、机はひとつ。しかしながらその部屋には三人一緒に金を出し、奮発して買った大型液晶テレビが置かれている。エスナルが持っている以上のサイズのテレビは、彼らの誇りであった。

「あぁ、いまから買いにいきてぇ……。今日が発売日だったのを忘れるなんて、すげぇ悔しい……」

「少し待ってればまた買えるようになるだろ」

「いや、それじゃあ初回特典の特別映像が手に入らない。多田ヒカルは人気があるから、初回特典付きなんてすぐに売り切れちまう……」

「そうそう。オレも初回特典が見たかったんだ」

 頷きあうガルリムとシルニルに、ウォグエリはあきれて肩をすくませる。

「ディセレルに頼んで予約してもえばよかったんじゃないのか?」

「それじゃあダメなんだ」

「なんでだ?」

 ガルリムは真剣な顔をウォグエリの側まで近づける。そして言う。

「並んでやっと買えた、っていう達成感が気持ちいいんじゃねぇか! ウォグエリ、お前にはこの快感がわからないのか?」

「そうそう」

 同意するシルニルに向かって手をつきだし、ガルリムは彼とがっちりと握手をする。あきれすぎて反論する気もなくなったウォグエリは、あることを指摘してみる。

「しかし、この部屋にはDVDプレイヤーはないだろう? どうやってその特典映像ってのを見るんだ?」

「……」

 いまさら気づいたようにウォグエリの顔を見つめるふたり。そして今度はガルリムはウォグエリに握手を求めてきた。

「今度小遣いが出たら、貸してくれ。そうすればプレイヤーも買える」

「やなこった。今度の小遣いでオレはイメクラってぇ奴を試してみるんだからよ」

 拒絶の言葉とともに手を払いのけると、ガルリムは血の涙でも流しそうな勢いで襟首をつかんできた。

「女なんかのどこがいいってんだっ! 地球の歌は最高だぞ。多田ヒカルはとくに光ってる!」

「多田ヒカルだって女じゃねぇか……。オレは手の届かない女より、手の届く女の方がいい」

「なにおぉ!」

 ガルリムとウォグエリは言い合いとなり、だんだんと激しさを増していった。それに加わらないシルニルはひとつあくびをし、またベッドに寝転がってコミックを読み始めた。

「しかし俺ら、地球の文化にずっぽりはまってるよな……」

 シルニルがこぼしたつぶやきは、言い合うふたりには聞こえなかったようだった。

 

            *

 

 ノックもせずに扉を開けて入ってきたのは、ゲディガ。照明は暗めにされても光って見えるたくさんの装飾のあるその部屋は、ミフィルの寝室だった。

 大股で歩いて中央のベッドの前に立ち、乱暴にヴェールを左右に追いやった。

「あっ……」

 気づいて身体を起こそうとしたミフィルのことを、ゲディガは両肩を押さえつけてベッドに押しつける。わずかな抵抗を見せたミフィルだったが、ゲディガの強い瞳に見つめられ、もう一度身体を横たえさせた。

「ふんっ」

 不機嫌そうに鼻を鳴らしたゲディガは、その場を離れて部屋の隅にあった椅子を持ってくる。椅子の背を前にして座り、なにをするでもなく彼は寝ているミフィルのことを見つめた。

「体調はどうだ?」

「いまは悪くありません。わたくしは大丈夫です」

 荒っぽい口調のゲディガの問いに、ミフィルはベッドの中で布団を口元まで引き上げながら答える。

「本当ならばちゃんと顔を見せて言え。よくはないだろう、その顔色を見ていればわかる」

「……熱が少しだけ」

 わざとらしく大きなため息をつき、ゲディガは言う。

「もう少し待っていれば、新しい血が手に入る。それさえあれば――」

「その傷は、戦いの傷ですね」

 ゲディガの胸の辺りに巻かれた包帯を、ミフィルはじっと見る。エルクゥは小さな傷であればひと晩もすれば治ってしまう。それなのに包帯を巻いているということは、すぐには治らない深い傷を負ったということだった。

「こんなものは大丈夫だ。俺様は強い。誰よりも。だから問題はない」

 心配するミフィルにそう言い、ゲディガは椅子から立ち上がる。

「……また戦うのですか?」

「俺様が持っているのは力だけだ。お前やディセレルのような頭はない。だから戦う」

 言ってゲディガはミフィルのことを睨む。しかし彼女はその視線を受け止め、瞳に悲しみの色を浮かべる。

「戦いは、無意味です。わたくしはもうそれほど長くありません」

「ぐぅ!」

 うめくように声を上げ、ゲディガは手にした椅子を壁に向かって投げつける。大きな音を立て、椅子は粉々に砕け散った。

「ふんっ!」

 怒りの表情を浮かべ足を踏み鳴らして、ゲディガは寝室を後にした。ひとり残されたミフィルは深くため息をつく。

 ――戦いは、嫌い。

 ゲディガはいつも猛々しい。野獣のように血を求めているように見えるときもあった。しかし彼はディセレルたちの目を盗んで、今日のように訪ねてきてくれる。

「でもわたくしはもう長くはない。寿命なのだから……」

 目をつむり、ミフィルはぽつりとつぶやいていた。

 

          * 3 *

 

 わざわざ指さして数字の桁を数えている耕一の横顔を見て、初音は微笑んでいた。

 駅近くの小さなデパートの外にあるショーウィンドウに飾られている新しいデザインの冬服。かわいい感じのそれをほしいと言ってみた初音だったが、本気ではなかった。

「あははははっ。千鶴さんから小遣いもらってる身分の俺には辛いな……」

「いいよぉ、耕一お兄ちゃん」

 乾いた笑いを漏らしてウィンドウの前に張り付いている彼のことを、初音は腕を引っ張って引き剥がす。

 ゲディガの戦いから一週間。ディセレルからの連絡はないものの、戦いが起こることもなかった。日曜で、ふたりして待機の日ではなかった今日、初音は耕一の誘いで街に出ていた。

 していることと言えば散歩に過ぎない。

 ふたりで街を歩いて、ふたりで昼食を摂って、また街を歩いていく。ただそれだけのことなのに、久しぶりに落ち着いた時間を耕一とふたりきりで過ごしていることに、初音は笑みを漏らしていた。

 並んで歩いている商店街には、最後のキルイルの襲撃から一週間が経ったいまでも、シャッターが降りたままの店が目立っている。それでもこうしてふたりで並んで歩いている時間が、初音にはこの上なく幸せな時間だった。

「これやろう、初音ちゃん。けっこう俺、うまいんだぜ」

 ゲームセンターの前に立ち止まって、耕一はそこに置かれているクレーンゲームを指し示す。どれがほしい? と問われて、初音は一所懸命考えて、フックでつるされた人形のひとつを指さした。

 ――そう思えば、初めてなんだ。

 耕一とふたりで街を歩いたことは、前にもあったことだった。けれどもヨークの中に迷い込んで彼と結ばれた後では、彼と恋人という関係になった後では、こんなに穏やかな時間を過ごすのは初めてのことだった。

「くっ……。もう百円」

 取れなかった人形に意地になって再挑戦する耕一のことを見て、初音は心から笑った。

「もういいよ、耕一お兄ちゃん」

「でも初音ちゃん……」

「それよりももっと一緒に歩こうよ」

 初音の笑顔を見、耕一はクレーンゲームのガラスにくっつくほど近づけていた顔を離した。次はどこに行こうか、と話しかけながら、彼は初音と並んで歩き始める。

 ――これは、デートなのかな。

 どこに行くのかを話し合いながら、初音はそれを考える。

 キルイルがまたいつ街を襲うかわからないから、遠くには行けないし、夢中になってしまう映画館にも入れない。ただ一緒に商店街を歩いているだけだけれど、いまという時間は大好きな耕一と過ごせる大切な時間だった。

「ん……」

「うん」

 そっと耕一の手に重ねた自分の手。彼は問いかけることもせずに握ってくれる。

 ――デートだよね、耕一お兄ちゃん。

 彼の暖かい手を握りながら、初音は微笑んでいた。

 

 

 手を握って歩きながらも、初音は恥ずかしそうな様子を見せていた。そんな彼女のかわいさに、耕一は微笑みを浮かべて一緒に歩く。

 ――デートだよ、初音ちゃん。

 おそらく彼女が考えているだろう疑問に、耕一は心の中で答えている。手を繋ぐ前よりも楽しそうにしている彼女には、言葉でそれを告げる必要はなさそうだった。

 ――自衛隊は、まだいるんだよな。

 四人組みですれ違っていった自衛隊員。その手に握られているのは小銃がふたつ。それからこの前の襲撃の際にも使われたショットガンがふたつ。

 ――まるでまだ襲撃があるような風だな……。

「耕一お兄ちゃん……」

 いつのまにか強く握ってしまっていた初音の手。力を緩めてそっと握り直す。

「ゴメン……」

「うぅん、いいけど」

「そろそろ帰ろうか、初音ちゃん」

 夕方が近づいてきていた。夏に比べて寒さを感じるこの時間、耕一は初音を商店街の外に向かって導いていく。

「あれは……」

 ふと商店街を切れ目になる路地にさしかかったとき、耕一たちが歩く道の一本向こうの道に見覚えのある顔を見つけた。

 ――まさか、柳川?!

 目をすがめて確認してみるが、耕一の目にははっきりと確認することができなかった。それに柳川らしき人物の隣には、彼と腕を組んでいる女性の姿があった。その女性にも、見覚えがあるような気がして、初音のことも忘れて耕一はじっくりと眺めてしまう。

「どうしたの? 耕一お兄ちゃん」

「いや、なんでもないけど……」

 初音の問いに答えながらも、耕一はふたりの姿から目を離すことができなかった。

 ――柳川と、ディセレル?

 あり得ないようで逆にあり得そうなふたりの姿に、耕一は駆けつけようかどうか迷ってしまっていた。

「もうすぐ夕食の時間だよ」

「そうだね。いこう、初音ちゃん」

 答えて耕一は初音の背中を押す。

 ――あのふたりも、デートかな……。

 柳川とディセレルであるという確信があるわけではなかった。同時に腕を組んで歩いていたふたりは、遠目に見て幸せそうな雰囲気を漂わせていた。

 ――たとえそうでも、デートの邪魔をするべきじゃないよな。

 今日は初音と久しぶりの楽しい時間を過ごすことができた。もし柳川が変わらず鬼のままだと言うならば、あのような雰囲気を漂わせることはないと思った。

 ――でももしあいつが生きてるなら、そしてキルイルと共にいるならば、もう一度戦わなくちゃいけないかも知れないな。

 そんなことを考えつつも、心配そうな顔を向けてくる初音に、耕一は微笑みを見せていた。

 

            *

 

 ――俺はいったいなにをしてるんだ……。

 腕を組んだまま歩いていくディセレルは、その腕を解いてくれそうにもなかった。心の中でため息をつきつつも、俺は悪い気分ではなかった。

 ディセレルの運転で隆山の駅前にやってきた俺たちは、駅近くの駐車場に車を停めた。請われてバミデリとフェリヌを書店へと連れていくと、ふたりは勝手に本屋の中へと入っていってしまった。取り残された形になった俺とディセレルだったが、彼女は街を案内してくれと言って腕を絡みつけてきた。

 自分の中の鬼が目覚める前、学生時代などには女性とつきあったことはある。その数は多いとは思わなかったが、こうして腕を組んで歩いたこともあった。だから女性がどのようなものに興味を示し、どのような行動をするのかは、ある程度にしろわかっていた。

 ディセレルもまた柳川のつきあったことがある女性とそれほど変わるところはなかった。興味を示す対象は多かったが、地球のことをあまり知らないという前提を念頭に置いておけば、彼女と歩くのはむしろ楽しいと感じられていた。

 ――しかしこれは、デートではないよな……。

 鬼として目覚め、女性を振り回す側にいた俺が、いまはディセレルに振り回されているような気がして、なんとなく情けなくなっていた。細かなことに興味を示して笑っているディセレルとの距離は、いまだけのものにしろ恋人同士と言えるものだったが、俺は彼女なりの情報収集なのだろう、ということで心の中で片づけることにした。

「ちっ……」

 小さく舌打ちをし、ディセレルを隠すように背中に押しやる。正面から銃を持った自衛隊員がやってくるのが見えていた。

「大丈夫だ、柳川。我々とわかるわけがない」

 言ってディセレルは俺の後ろから前に回り、腕を引っ張るようにして商店街を歩いていく。自衛隊員たちとすれ違う一瞬緊張を覚えたが、彼らは俺たちを気にする様子もなく過ぎていった。

「守ってくれたのか? 私のことを」

「いや……」

 意地悪そうな笑みを浮かべて顔をのぞき込んでくるディセレルに、俺は答える言葉がなかった。

「地球人のデートというのはこんな感じなのだろうな」

 ――デートだったのか……。

 今日はずっとディセレルに言われるままに隆山の街を案内し続けていた。もしデートならばもう少し行く場所を考えたのに、と思った俺は、その考えを頭を振ってかき消した。

 ――俺は虜囚なんだ。虜囚なんだ……。虜囚のはずだっ。

 そのときの俺はどれほど情けない顔をしていたのだろうか。ディセレルは声を上げて笑っていた。もとから美人だと思っていた彼女は、笑うともっと美しく見えていた。

 

 

「あれは……」

 街の様子を確認するために歩き回っていた長瀬が商店街にさしかかったとき、見覚えのある背中を見つけた。

「柳川くんか?」

 思わず近づいていって、声をかけてしまう。振り返ったその顔は、ひと月前まで相棒として組んでいた刑事、柳川だった。

 ――しかし。

 顔つきはずいぶんと変わっていた。笑っていてもどこか影を隠している様子のあった柳川だったが、いまはそんな様子がなかった。少し痩せたのか、精悍な雰囲気をまとい、真面目一辺倒に見えた表情は、どこか余裕が生まれているように感じた。

 ひと月もどうしていたのか。阿部貴之の部屋でなにがあったのか。それを問おうとした長瀬だったが、喉元まで出てきたその言葉は口にはしなかった。

 柳川の連れらしい女性が近寄ってきて、彼の腕に自分の腕を絡める。日本人のようでいて日本人離れした輪郭を持つその女性には、かすかながら憶えがあった。

 ――駅前の事件のときに最後に現れた女性!

 影さえ感じさせなければ色男と言える柳川にお似合いの、見栄えのいいその女性は長瀬のことを睨みつけてくる。彼女の視線に含まれているものを感じ取り、長瀬は柳川に背を向けた。

「いや、人違いだった。済まない」

「長瀬さ――」

「君は、違うだろう。少なくとも私の知っている柳川という人物ではないはずだ」

 背を向けたまま茜色に染まっていく空を仰ぎ、長瀬は柳川の言葉を遮ってそう言った。

 その場を去るために歩き始めた長瀬だったが、立ち止まる。まだそこにいるのを背中に向けられた殺気の籠もった視線で感じながら、彼は言う。

「もし、私の知っている柳川という男に出会ったら伝えてほしい。彼の無事を願い、たとえどんな形であっても帰ってきて、いろいろな話したいことがある、と」

「……わかりました。伝えます」

「あぁ、お願いするよ」

 刑事をしていた頃と同じ歯切れの悪い答えを聞き、長瀬はその場を離れていく。柳川と女性が足音が遠ざかっていくのを耳にし、振り返って遠くからふたりの様子を眺めた。

 阿部貴之の部屋でのこと。テロリストと言うより鬼と言うべき者たちの側にいる柳川のこと。そして鬼が笑みを浮かべて街を歩いているということ。

「私の知らないところで、いろいろな事情が交錯しているようですね」

 見えなくなった柳川と女性。長瀬はつぶやきを漏らしながら懐から煙草を取りだし、口にくわえる。火をつけた煙草の煙を大きく吸い込み、もう一度空を見上げていた。

 

 

 ――よかった。

 ディセレルはまだ警戒しているようだったが、立ち上るほどだった殺気はもうなくなっていた。きつく絡めてくる腕も許容して、俺は彼女を駐車場の方に歩かせる。

 たとえ鬼であり、そして地球人を殺すことをいとわないキルイルの中にいても、長瀬さんは傷つけたくはなかった。ディセレルの正体がバレることになったとしても、俺をずっと気にかけてくれていた彼が死ぬところを目にしたいとは思わなかった。

 ディセレルは事情を聞いてこそ来ないが、俺の顔をじっと見つめている。俺も説明はせずに、ただ歩いていく。

 駐車場へと向かう道に曲がる一瞬、長瀬さんのいた場所を見てみるが、すでに彼の姿はそこにはなかった。

 ――済みません、長瀬さん。

 心の中で謝る。いまの俺には、それくらいしかできることがなかったから。

 ――俺はもう、普通の人間社会に戻ることはできそうにありません。

 ディセレルの顔を見、大丈夫だと言うように頷く。安心したのか彼女は笑みを取り戻し、腕の力を緩めてくれた。

 ――これから俺はどうなるんだろうか。

 それに答えてくれそうな彼女にはあえて問うことはせず、茜色の空を仰いだ。

 

          * 4 *

 

「今日はおおむね楽しかったぞ、柳川」

 笑顔で言われた言葉に、俺は答えを返すこともできずにディセレルの顔を見つめる。

 車を停めた場所まで戻ってきた俺たちは、まだ帰ってきていないバミデリとフェリヌを待っていた。車に身体を持たせかけながらディセレルは笑い、彼女に対してなにも言うことができない俺は、ただその顔を見つめている。

「――しかし、こんなに船を離れていていいのか?」

 市場で買い出しをしていたのが朝早くだったから、丸半日以上、ディセレルは船を空けていることになる。これまで見てきた限り、ミフィルを守っているのはディセレルを筆頭とし、後はバミデリとエスナルの三人だった。先日のエルクゥファイブの戦いで見たゲディガの力は、船に戻っているエスナルひとりの力ではどうにもできないだろうことは簡単に予想できた。

「ゲディガのことか? それならば問題はない。いまのところ奴は大きなことを考えている様子はないからな。それよりも柳川。奴とエルクゥファイブ、そして私たちの戦いを見て、どう思った?」

 問われて俺は考え込む。

 遠くから見ていた戦いだったが、鬼の力によって強化された感覚は、視覚以外の感覚も使ってその詳細を伝えてきていた。そして、その場にいた全員の波動も。

「本当にあれは、お前の言う真なるエルクゥなのか?」

「そうだ。ゲディガの持つ力もまた、真なるエルクゥの力のひとつの形だ」

 ディセレルから感じた波動は、戦いの中にあっても理性を保っていた。しかしゲディガから感じた波動は欲望にまみれていた。ディセレルの話を聞く限り、真なるエルクゥとは理性と欲望を超越したもののように思えたが、ゲディガから感じる波動は明らかにそうではなかった。

「真なるエルクゥには本来、エルクゥならば誰であっても目覚めることができる。しかし通常のエルクゥの力を越える強大な力を持てるのは、皇家の血を引くものだけだ。私はキルイルの中ではミフィル様に次ぐ力を持っているが、ゲディガには及ばない。エスナルもまた皇家の血を引いている……、私の妹だが、あいつの身体は皇家の強い魂を受け止めるには血が弱まりすぎてしまっている」

「ゲディガも皇家の血を引く者なのか?」

 暗くなった駐車場で、ディセレルはじっと俺の目を見つめる。その瞳にあるのは、恐れにも似た悲しみの色だった。

「あぁ、ゲディガもまた皇家の血を引く者だ。しかしキルイルではない。奴は我々が他の星で見つけた、別の血族のたったひとりの生き残りだ」

 ――事情があるようだな。

 ディセレルの目に浮かぶ複雑な色に、俺はそれを感じていた。

「エルクゥファイブの中にも、真なるエルクゥに目覚めている者がいた。決してその力は強いものではなかったが、いまのお前よりも強いのは確かだ」

 車にもたせかけていた身体を離し、彼女は俺の目を正面から見つめてくる。

「お前に流れている血は、エルクゥファイブと同じ血だ。お前にも、真なるエルクゥに目覚めてもらうぞ」

「あぁ」

 ディセレルの目を受け止め、俺は頷く。

「休息は今日で終わりだ。明日からは真なるエルクゥに覚醒するための訓練を始める」

 強い意志を感じるその言葉に、俺は無言のまま頷いた。

 

            *

 

 幻蔵に招かれて入った警察署の駐車場に建てられた仮設研究室。通された部屋で彼が見たものは、待ちに待っていたものだった。

「これが……」

「あぁ、まだまだ出力も弱い上に、かなり大型になってしまったがな」

 部屋の中央の台の上に置かれていたのは、なにかの機械らしき箱がいくつか。ケーブルで接続されたそれは、全体でひとつの機能を成すもののようだった。

 香坂はその中でも特徴的なパラボラアンテナ型の部品を手に取り、慎重な手つきで眺め回す。

「出力は弱くても効果はある。人が持って歩くことはできなくても、装甲車にならば積めるだろう」

「よくやったぞ、幻蔵」

 ほめる言葉を述べるものの、香坂の興味は機械の方に向いていた。

「あと数日中に、数セットが完成する。ひとりひとりに持てるようにも小型化がしたいのぅ」

「わかった。本部に連絡をしておこう。――しかしこれで」

 笑い声を押し殺し、香坂はアンテナを置いて幻蔵の顔を見つめる。

「あぁ、これでエルクゥどもを倒すことができる。そして奴らの秘密を暴くことも可能になるだろうよ」

「頼むぞ、これからも」

「わかっておるさ」

 自分の身体を抱え込むように抱きしめ、香坂は笑い続けていた。

 

             「鬼たちの休息」 了




次回予告

 エルクゥヴァイブ、キルイル、自衛隊、そして現れたのは第四の影か? 交錯するそれぞれの思い。うごめく陰謀。迷いにおぼれる者たちは、果たして明日の方向を見つけることができるのか?
 次回エルクゥヴァイブ第七話「魂の純度」、請うご期待。
「……」
 ……。
「柳川君。なにあっさりと次回予告を終えているんだね」
 いや、渡された原稿を読んだだけですので……。内容はこれだけしか……。
「まったく、真面目なのは君の取り柄だが、もう少し芸というものを学んだ方がいい」
 そんな、芸と言われましても……。
「しかし、君が結婚をしているとはね――」
 な、なんで長瀬さんがご存じなんですかっ。
「知っていて当然だろう。君は事件の重要参考人なんだ。君の身元くらい何度でも調べるさ。しかし、相手は選んだ方がいいと思うよ」
 選ぶとかそういうレベルの話では……。ですが俺が結婚というのも、その、なんというか――。
「そうだよなぁ。お前がやったことを考えれば!」
「確かにな。柳川。いろいろやってくれたよなぁ!」
 柏木梓に柏木耕一! わかっているさ、今更ながらにな。
 しかし次お前たちと会うときには、真なるエルクゥに目覚めた俺が、全員打ち倒してやるぞっ。
「柳川君。君は反省しているのかね? それとも開き直っているのかね?」
 はっ?! いえ、その……。
 と、とにかく、「魂の純度」請うご期待っ!

             次回につづく……

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