「ゴフッ…! カフッ…クッ…」
3色のソイルを打ち出すと同時に京は血の塊を吐き出して膝を着く。
顔色は青白いものから真っ白になり体調がかなり悪化したことを物語っていた。
「京っ…」
駆け寄ろうとするメイシェンを右手で制する。
まだ大丈夫、自分は死ぬほど致命的なダメージは負っていない。
それでもメイシェンは不安そうに京を見つめていた。
「…これが限界だ…」
「十分です、後は任せてください」
京は自分の役目が終ったと悟ると光を発し本体を再び待機状態に戻した。
そこにメイシェンが何かに気付いたように声を上げる。
「っ!? 京!! ちょっと待っ」
だがもう遅い。
コロコロとナニカが転がりフェリの足元に当たって止まった。
「ぁ…あぁぁ…」
メイシェンが悲鳴に近い絶望の嗚咽を上げていた。
フェリはふと視線を下げる。
「……」
「先輩…、えと…これは…あの…」
しどろもどろになりながらなにか言い訳は無いものかと慌てていた。
フェリの視線の先にあるもの、それはやはりというか待機状態のピンクローターだった。
ナルキとミィフィにバレたときの空気とは違い、何ともいえない雰囲気が辺りを支配した。
「……」
いつもの無表情でフェリはメイシェンを見つめた。
その表情からフェリが何を思っているかは判別することはできない。
ただフェリは人から物になるという京の性質はカリアンの会話との会話の中で盗み聞いていたのでさほど驚きはしなかった。
だが流石に予想の斜め上を遥かに超越した物体に絶句を禁じえていなかったのはフェリだけが知るところだ。
フェリはゆっくりと口を開く。
「私は、人に趣味にどうこう言うほど無粋ではありません。そう、ありませんとも」
踵を返し、フェリはその場を後にしようと歩き出す。
ここにまた再び擦れ違いが発生したことをメイシェンは悟った。
「待って…! 待ってください先輩ぃ…!」
今更元からピンクローターだったと言っても信じてもらえないだろう。
メイシェンは崩れ落ちるようにフェリの腰にしがみつき、ここでなんとしても誤解を解こうと引き止めた。
そこから見えるフェリの横顔は少し赤くなっている。
「きっと…! なにか重大な誤解を…! していらっしゃいます…!!」
メイシェンの叫びは届かない。
フェリは優しく腰に絡まったメイシェンの腕を解くとニコリと惚れ惚れするような笑顔で言った。
「誰にも言いませんから」
そしてスタスタと早足で行ってしまった。
「ぁぁぁぁぁああ……」
崩れ落ちるメイシェンを残して
残ったのは絶望の表情のメイシェンと何も知らずに眠り続ける京。
アチラでは隊の結束が固まっていく中、こちらでは何ともいないものになっているのだった。
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
京は思案していた。
内容はこれからについて。
まずは現状から、学園生活にも上手く溶け込み、メイシェンの武芸科転入という最悪な展開を迎えつつもそれを乗り越え、まぁまぁ充実した生活を送る事ができている。
メイシェンとの合体はまだ京の理想とするところからはまだまだだがこの調子ならば並みの武芸者では相手にならないほど強くなれるだろう。
ここまでは順調、特に不安になる要素は無い。
そして京とこれからについてだ。
7年ぶりに本体で現界した。更に汚染物質の侵食は進み、そろそろ危ない状態になりかけている。しかし、分かったこともあった。それは汚染物質の解析はほぼ終わりに近づいているということだ。
あと1ヶ月前後で終る、長かった。
これで自分は本来の目的に手を出す事ができる。
原作介入、それこそが目的。
結末をほんの少しだけ変える。それによるエントリーモードの制限解除、これで今度こそ自分は帰る事ができる、はずだ。
メイシェンとも別れることになってしまうが学園生活はあと7年もある。自分という戦う道具がなくなれば自然と一般科に戻れる。早いうちにいつもの生活に帰るのが望ましいだろう。
自分勝手なことではあるが京はそれ以外に選ぶ道は無いと思っている。
そして目的の為に何を為すか、それが一番の問題だった。
今までとは違って京はこの世界の流れを知らない。どこで、いつ、何が起こるのか、それを知ることはできない。
だからこの世界を知ることで、それに関わる重要な事柄から密接に関わる人物達に接近する。そうすればおのずと物語は見えてくるはずだ。
手掛かりはある。
汚染物質、それこそが京が知りえた唯一の手掛かり、全ての解析は完了していないがまずこれは毒とはまた違った物質であることがわかっている。どちらかといえば物質の構成を不安定にさせる効果を持った粒子、そしてその出所は遥か空の上といったところだろうか。
発生原因など追っていけば黒幕染みたものには当たる事ができるだろう。
そして、次にキールとジバクくんのことを考えようとして自分が呼ばれていることに気付いた。
「京!!」
『おっと、どうしたの?』
メイシェンの再三の呼びかけにようやく気付いた京は思考を一端停止した。
それをやや不満そうにジト目になりながらメイシェンは言う。
「自主練、するんでしょう?」
そうだった。ここは修練場、今まで向かっている間に考えていたのだがもう随分と長い時間を思考に費やしていたようだ。
内容は最近になってやっと能力同時開放が3つから4つになったことを受け、新たに能力を発動し、今のうちにできるだけ使えるようにしようという目的だった。
『そうだった、ごめん、考え事してた』
「もう…、しょうがないんだから」
周りに人はいない。誰にも見られることはない。
メイシェンは京を纏い、修練を開始した。
新たに得ている能力、やはりと言うべきかメイシェンには何の違いも感じられない。
だが使い方を把握している京が指導すればそれをどうやって戦闘中に使うかまでは教えられなくとも使えるまではもっていける。
『まずは目に意識を集中させてください』
「うん…!」
メイシェンは目を凝らすように力を入れ目を見開く。
『ビームが出ましたね?』
その瞬間、メイシェンは懐に手を入れ京を引っ張り出す。
「で る わ け な い で し ょ」
『痛い痛い痛い痛い痛い、砕けるっ、砕けるウううう』
ミシリと音をたてながらピンクローターから軋む音が聞こえた。
実際、京は大真面目だったのだがメイシェンにはその心意気は受け取ってもらえなかったようだ。
「真面目にやってよ!」
『大真面目だったのに…』
非難を受けながらも懇切丁寧に説明する。
それを聞きながらメイシェンは次第に顔を引き攣らせた。
「それは…武術…なの?」
『なにを言う、立派な古武術だ』
メイシェン強化計画のコンセプトは格闘戦特化、勿論この能力もその範疇に含まれている。
それを見て格闘と呼ぶかは甚だ疑問だが。
未来の自分を予想してメイシェンは自分を抱きしめながら震えた。
「別のとかは…ダメ?」
『何を言う、汚染獣と相対したときでも役に立つ能力だ。代えは無いよ』
「そっか…」
この技を放った瞬間、メイシェンは自分に襲い掛かるであろう風評を予想して気落ちしそうになる。
それを知ってか知らずかペラペラと有用性について語りながら特訓を開始するのだった。
「む…むむむ…」
『そうだっ! もっと目に意識を集中させるんだ! そうすれば目からビームが出せるようになる!』
出したくないとはメイシェンは口には出さなかった。
そして後からやってきた第17小隊のメンバー達が見たものは壁にある大きな焼け跡とある種の悲壮感を背負ったメイシェンの後姿だけだった。
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
その後、練習を終えて京はカリアンの元へと改めて来ていた。
前回は邪魔が入ってしまったからだ。
「やぁ、この前は助かったよ」
もう何度目かになる対面、京は何度もあっているうちにカリアンの人柄を大方把握し始めていた。
言うなれば合理的な考え方ができる人間。これが最善であると判断すれば容赦なく切り捨てる覚悟を持ち合わせている。そしてその責任を果たす事ができる。また根は誠実で優しいのだろう。
正に人の上に立つような人間だと京はそう思う。
だがそれとは別に京はカリアンを苦手としていることに変わりはなかった。
「……」
先の戦いでの京の介入も何か乗せられたようなそんな感じを拭い去れない京は不満げにカリアンを見ているだけであった。
「先の話の件かな? なにか本題がありそうな感じだったが…」
その本題に入らせなかったのはどこのどいつだと言いたくなるがその言葉は呑み込み京は口を開く。
「あぁ…、他の都市などの情報が欲しい。できうる限り全て、内情もできれば」
京のこれから、介入において知らない事が多すぎる。無知ではいられない。
色々と探る上でも情報は重要だ。
「ふむ…、少々難しいな…」
思案するようにカリアンは悩むように顔を伏せた。
「残念だが君が求めるような都市情報はあまり持っていないよ」
少し悪そうにカリアンが言う。
それは京も承知していることだ。
都市間での交流はほぼ無いといっていい。京とメイシェンのいた交通都市ヨルテムが異常だったともいえる。
都市の人々はその一生を都市の中で過ごし、死んでいく。外界の都市に行くものなど少数派だ。そしてそれにより閉鎖的になった都市は余所者をあまり受け入れない。つまり情報が入ってこないのだ。
「それでもいい、教えてくれ」
どんな都市があるかもわからない京には些細な情報でも喉から手が出るほど欲しいものだ。
「まぁいいだろう。詳しいことは出身の都市の生徒に聞くのが一番だが…都市もかなりの数があるのでね。後日資料として渡すように手配しよう」
「助かる」
礼を言い、京はその場を後にしようとした。
しかし
「待ちたまえ」
呼び止められる。
京はまたなにかあるのかと目だけ向け、すぐに話を終らせるつもりだった。
「そう急ぐこともないだろう? 少し話でもしようじゃないか」
そう柔和な笑みを浮かべて着席を促す。
情報提供を約束された身で断るのも気が引け渋々カリアンの言う通り着席した。
痛いところを突かれればすぐに退席することも視野に入れて
「……」
呼び止めたということは何かアチラに話題にしたい事があるのだろう。
黙ってカリアンが口を開くのを待つ。
「妹のことなんだが…」
「は…?」
予想外の話題に拍子抜けしたようにポカンと口を開けて固まる。
てっきり自分のことでも深く探りを入れられると思っていたのだ。
「いや、半ば無理矢理武芸科に妹を転科させたのでね、嫌われてしまっているのだよ。だから近況など聞きたくてね」
あまりのことに呆れる。
つまり第17小隊の半分以上はカリアンが斡旋したようなものなのかと、そして自分の妹まで目的の為に利用していたことに自業自得な感じもするが心配している辺り兄弟の情というものはあるのだろう。
だから京は正直に自分の思っていることを言うことにした。
「あの汚染獣の一件からはそこそこに仲良くなっているはずだ」
「そうか…それはよかった」
少し嬉しそうにカリアンが微笑む。
だが京の話はまだ終っていない。
「だが…」
「む?」
「盗み聞きはどうかと思う」
気配も視線も感じることはできない。
だが少なくとも大分監視されていたことは確かだった。あまり良い気はしない。
「それは…すまなかったね」
「本当にそう思ってる…?」
先の汚染獣の一件の事を言っていることはカリアンも分かっているだろう。
あの会話からこちらにフェリが接触するまでの流れは不自然に過ぎたように感じる。
思わぬ反撃に若干カリアンの眉が上がるがそれまでだった。
「勿論だとも、まぁ僕からは何も言うことはできないが…」
嫌われていることを逃げ道にするのはどうかと思う。
「あぁ、それにしても何故君は情報を欲するのかな?」
露骨な話の摩り替えに京は眉を顰めるもののできるだけ自分の考えを悟られないように注意して答えた。
「別に、ただ今までのように知らない事ばかりでは主人のサポートもままならなそうなんでね」
「ふむ、主人思いないいことだと思うよ」
まるで信じていない世辞を返される。
誤魔化そうとしているのがバレバレだ。
「なにか特定のことを詳しく知りたいというならできうる限り協力するが?」
「……」
時折カリアンの真意が全く見えない時がある。今が正にその時だ。
話してもいい、そんな気がするが同時に自分がこれから行う予定のこと、汚染物質から探りを掛けるというかなり漠然としたものであることに気づく。
今は手探りの状態、手を借りるのはまだ先だと京は判断した。
「まだ手探りなんだ、またの機会にお願いする」
「そうか」
そして今度こそと立ち上がる。
カリアンはもう引き止めなかった。
「明日は第5小隊との学内対抗戦だったね、期待しているよ」
「それは俺にではなく小隊のメンバーに言ってあげてくれ」
努力しているのは彼女達なのだから自分が言われることではないだろう。
適当に答え、京は執務室を後にするのだった。
帰路に着く。
一人歩きながら考える。
この世界について、今までいた世界とは根本から違う世界。
荒廃した世界と進んだ科学力、そして超人たる武芸者と化け物たる汚染獣。
今まではやるべき事が明確であった為、先んじて行動する事ができたが今は全て受身の状態だ。どうにも歯がゆい。
この世界のルーツはどこにあるのか、科学力の暴走によって汚染物質ができてしまったのか、昔の出来事を記録している都市はどこにもない。まるでそれ以前の歴史が無いように
京は暗く染まった夜空に浮かぶ月を見上げ溜息を吐くのだった。
今回は幕間のような感じで
次回から戦闘が続きます。
今のところ基本原作沿いですが第一部以降から独自に動けるようになればと思っています。
そろそろキール側が何をしていたかなども書いていく予定です。
次回の世界も決まったのに…先は長い。