コツン...コツン...
ゆっくりとした足音が辺りに木霊する。
宮殿のような豪華な造りを思わせる回廊を一人の男が歩いていた。
銀色の髪を靡かせて、不敵な顔をしながら、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスは歩んでいた。
京にやられたキノコも全て除去は済み、失った腕や目は再生手術によって元に戻っている。
ここは王家の住まうグレンダンの中核、王宮の中だ。
そして、サヴァリスの向かう先には濃厚な死の匂い。
辺りには誰もいない。
給仕がいつもは忙しそうにちらほらと見えるはずのこの時間も人影はおろか気配すらない。ある一人の強大な殺気を除いて
「レストレーション」
サヴァリスの号令によって手甲が装着される。
自分がこれから向かう先は裁きの場であり、言い訳のしようは無い。
そして、歩みを止めるとそこには大きな扉があった。
開く。
キィと軋む音と共に扉は開いた。
「よく来たわね」
目の前にそれはいた。
黒髪の長身の女性、絶世の美貌、まさに完璧な女性だった。
「はい、陛下のお呼びとあれば……」
瞬間、2人の姿がぶれる。
サヴァリスは瞬時に体内に溜めていた剄を体内に駆け巡らせ、目にも留まらぬスピードで女に殴りかかる。
しかし
無駄だ。
無謀だ。
無意味だ。
「……ゴフッ」
そしていつの間にか、サヴァリスは遥か後方の壁にめり込んでいた。
そして目の前には自分の腹に蹴りを入れている陛下と呼んだ女の姿。
「もう一度言うわ、よく私の前に来られたわね」
足の力は想像を絶する力で、サヴァリスは動くことすらできない。
メキメキとめり込む壁が悲鳴をあげながらサヴァリスは壁に沈んでいく。
彼女こそはグレンダンを統べる王女、武芸者の血を濃くするために人為的な婚姻を重ね、そしてその始祖返りを果たした窮極の武芸者、天剣授受者でも彼女の足元にも及ばない。
アルシェイラ・アルモニス、彼女の名だ。
「私はあなたに命令したわよね。リーリンを守れと」
忌々しそうにサヴァリスを睨みつけながらアルシェイラは続ける。
「そしてこの体たらく、嫌な予感がしたから持ち出し禁止の天剣も持って行かせたのに、なのに、どういうことかしら?」
「面目次第も……」
アルシェイラの言葉をぼんやりと聞き流しながらサヴァリスは思った。
あまり面白くない。
処刑という名の謁見のついでに最強の武芸者である王女と死ぬ前にもう一度手合わせしたかったが、やはりダメだ。
一度目は王家の造反にかこつけて一緒に挑んでみたが結果は瞬殺、そして今回も一撃も掠らせることができないまま鎮圧されてしまった。
たとえ手術後の病み上がりとはいえ、ここのまでの差では怒りを通り越して呆れてしまう。
それと同時に関心もする。
その執念に
一体、彼女の代になるまでにどれだけの天剣授受者や実力のある王家と交配し続けてきたのだろうか
「あの子がどれだけ大事か知らないでしょ、お前は私の命令を黙って遂行していればよかった」
「グッ…ゥ…」
「こうなるなら悩むあの子の背なんて押すんじゃなかったわ、まったく」
絶対零度の目を向けて、アルシェイラは頭を乱暴に掻いた。
「で、目的地はツェルニだったかしら?」
「はい…、彼が代わりに連れて行った…筈です」
血を吐きながらサヴァリスは答える。
それでも不敵に口を歪ませたまま
アルシェイラはそれがとても不快だった。
「ッ…!」
アルシェイラがほんの少し力を入れるとサヴァリスのいる壁は崩れ、そのまま突き飛ばした。
「本当は殺してやりたいところだけど、殺すと爺がうるさいのよ。天剣が12本揃いつつある、それを態々1人外す必要はないってね。命拾いしたわね」
もう聞いてはいないだろうサヴァリスを一瞥してアルシェイラはテラスに出て行った。
灰色の空が広がり、茶色い無機質な大地が広がる。
しかし、アルシェイラには見えていた。
どれだけの剄が彼女に流れているのか、活剄によって冗談のように強化された視力でアルシェイラは視線の先を視る。
「グレンダン」
彼女は一言、隣に現れたものに話しかけた。
「……」
そこには蒼銀色の狼ような獣が控えていた。
「心配?」
「……」
「私は心配よ」
獣、グレンダンは答えない。
だがアルシェイラはその心情を吐露していた。
「"向こう側"も騒がしくなってるみたいだしね」
それはこの先に起きることを予見しているように目を細めた。
そして
「リーリンちゃんっ! 今、私が悪魔の魔の手から救い出しに行くわよーっ!」
突然、緊張した面持ちから一遍、砕けた表情になると勢いよく、何も無い大地に向かって指を指す。
「前進! 目標は学園都市ツェルニ!」
グレンダンの進行方向が変わった。
そして向かう先、その遥か先にはツェルニがいる。
それは誰にとっての脅威になるのか、知るものは誰もいなかった。
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何故だか急に怖気が走った。
とてもとても嫌な予感がした。
しかし、目の前の現状に京は思考を切り替える。
「お願いします!」
目の前には見事な土下座をかましているミィフィの姿があった。
ミィフィの目の前には京とメイシェン、そしてここはメイシェンの家である。
呆れたような目で同情の余地が無い女生徒を見つめる。
「試験が……試験が、ヤバいんですぅ、ていうか一部がもう追試確定なんですよ、メイシェンさんメイシェンさんお慈悲を…」
すがりつくようにメイシェンに抱きつきながら懇願するミィフィ、引き攣った笑みを浮かべるメイシェン。
それを止めるようにミィフィの額にデコピンをかまし止めたのは京であった。
「そんな余裕、メイシェンにはないぞ」
マイアスとの武芸大会が終わった後、また次の武芸大会に向けて修練かと思いきや、定期試験の幕開けだった。
あくまでここは学園である。学び舎なのである。
武芸大会があるからと試験が無くなることは無い。そしてちょうど良く大会が終わったところで試験の期間にぶち当たったのだ。
生徒会長の配慮でほんの少しだけ試験までに猶予ができた。
今はその期間中である。
「無理なの、もう手に負えないんです……」
「一般科のミィフィがなんでそんなに切羽詰ってるんだよ……」
この試験、一番つらいのは武芸科の生徒である。
武芸大会までの1ヶ月、ただひたすらに訓練の日々を積んでいた武芸科生徒は学業に専念することはあまりなかった。
武芸大会で勝ちました、赤点取りましたでは誰も笑えない。
今は半数以上の武芸科生徒が死んだ魚のような目で机と向かい合っているだろう。
つまり、今回の試験がつらいというのはメイシェンにも変わらない。
「私は構わないけど……」
「女神! 女神がここにいるよ!」
「今回ばかりは拙いんじゃないか? そこの愚か者は一度痛い目を見たほうがいい」
「悪魔! 悪魔がここにいる!」
シッシッと京を手で払いのけるようにジャスチャーしながら頼みの綱であるメイシェンに頼み込む。
だが今回ばかりはメイシェンも拙い。
毎日の復習などは欠かさずかなり成績は良い方であるメイシェンだが成績を維持しようと思えばそれなりに勉強しなければならない。
そこで京は一考する。
「ふむ、俺が教えよう」
「ぇ?」
突然の京の提案に2人は振り向いた。
「京って生徒じゃないでしょ? 勉強してた?」
うんうんとミィフィの突っ込みにメイシェンも頷き、その疑問を肯定する。
「いや、まったく」
「はぁ……、戯言に付き合ってる暇はないの! 私は勉強に忙しいのよ!」
何も知らない、それを理解したミィフィはため息をつくとメイシェンに教わろうと鞄から教科書を取り出す。
しかし、それを横から京が取り上げた。
「ぁっ、ちょっ」
「……」
ペラペラと捲り、僅か5秒ほどでそれを閉じる。
「覚えた」
「理不尽な物を見た」
驚きと疑惑とちょっとした理不尽を感じながらジト目で京を見つめる。
試しに問題をだしても
「全問正解……」
「ふははははは」
珍しく京が胸を張っている。
頭脳面でも強化されていればこんなこと造作もない。
「決まりだな」
「それじゃぁ、京にお願い…するわ…」
「いいだろう、覚悟しろ」
何に?とは聞けなかった。
メイシェンを別室にいかせ、2人きりになる。
あとはもう教えるだけだ。
「お手柔らかに……ね?」
「ぇ?」
「ぇ?」
そしてミィフィにとっての長い長い地獄が始まるのであった。
………………
…………
……
「もう! 嫌だぁぁぁあああああ!!」
ミィフィの叫びが木霊した。
「何言ってる、この科目が終わるまでは帰さないよ」
それに冷淡な反応をしながら京はミィフィと向かい合っていた。
「鬼! 悪魔! こんなに一気に詰め込めるわけないでしょ!?」
「ふむ、どれも間違ってはいない。それと人間やろうと思えば結構いけるもんだ」
体中から木が飛び出したって、スターライトブレイカー食らったって、宝具で体が2回くらい真っ二つになたって、胸に大穴が空いたって、気合でどうにかなった。問題ない。
ミィフィの前には山と積み上げられた紙束があった。
絶望のまなざしで京を見つめても笑顔で返されるだけだ。
そして更に数時間たった時のこと
「……」
「やれやれ」
睡魔に負け、うつらうつらとするミィフィに笑って京が手を差し出した。
背後から抱き込むようにミィフィを両手で包む。
そして、始まった。
「ひゃぅっ!?」
素っ頓狂な声を上げてミィフィが跳ね起きる。
振り返ればそこには息が掛かるほど間近に今日の顔があった。
「なっ、なにをっ!?」
「起こしただけだよ」
そう笑う京だが反応を愉しんでいる気がするのはミィフィの気のせいだろうか
「ちょっ……、もう起きた…から、それやめっ……ぁっ……」
両手から絶えず卑猥な振動がミィフィを襲っている。
この際、完全に眠気を飛ばそうと最悪な起こし方をしていた。
「ははは」
今更だが京はピン○ローターの九十九神でもある。
道具の神様であるからにして、それ独自の欲求というものが存在した。
要は使って欲しいというものである。
なんだかんだで抑えてきたがつい使える機会が巡ってきてしまったのが運の尽きだ。
「メイっちが…っ……隣部屋にいるし…ヤバイって」
身悶えしながら抵抗するも京は止める気配がない。
ほんの少しだけ京も調子に乗っていた。
「乙女の尊厳がなくなる前に勉強しないと、いっちゃうよ?」
「やりますっ! やりますからぁっ!」
そしてよくわからないやり取りが終わろうとしたときだった。
バタン。
勢いよく、ドアが開け放たれた音がした。
ビクリと方を引き攣らせたのは2人同時
ギギギと軋むような音を発しながら振り向けば、そこには鬼がいた。
「……なにやってるの……?」
仁王立ちでメイシェンがそこにいた。
少し様子を見ようかと思えば、扉の向こう側からは嬌声が聞こえたのだ。
メイシェンの反応は間違っていない。
「ぁ…」
終わった。
ミィフィは直感した。
「勉強、楽しそうだね?」
あんなメイシェンの顔は見たことがない。
何でこんなことになったのだろうか、そう思わざる得ない。
そこに京が割ってはいる。
「メ、メイ! 待ってくれ! 誤解だ!」
あ、それ死亡フラグだよ。とミィフィは思った。
「へぇ? 何が誤解なの?」
「それは……、えっと」
先の頭の良さもこんなときには役に立たないようだ。
絵に描いたような修羅場を見ながらミィフィはコソコソと荷物をまとめ、出て行こうとする。
「答えられないことしてたの?」
「いや、ちょっと調子に乗ってしまったというか、タガが外れたというか…」
言い訳にもならない弁明を背後に聞きながらミィフィはそっと玄関の扉を開いた。
2人はこちらに気づかなかったようだ。
よかったよかった。
「頭、冷やそうか?」
「ぁっ、ちょっ、それだけは…」
そして扉を閉じたとき、カチリと電源をOFFにするスイッチを押したような、そんな軽い音が聞こえた。
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「はぁ……」
公園のベンチに座りながら溜息をついた。
勉強を教わるつもりが大人の道を教わりそうになってしまった。
そして、その2つのどちらも達成されていない。
もう試験はすぐそこまで迫っているというのに
「はぁ……」
隣のベンチで自分と同じような深い溜息が聞こえた。
そちらを見てみればそこには知った顔がある。
「レイとん」
「ぁ、ミィか…、驚かせないで」
ビクリとミィフィに呼ばれたレイフォンが肩を振るわせる。そして、呼んだのがミィフィだとわかるとホッとしたように改めて溜息をついた。
何か恐ろしいものに追われている様な、そんな挙動だ。
あんなに強いレイフォンが珍しい。
そして、ふと自分がそれに重なって、質問を投げてみる。
「勉強、逃げてきたでしょ~?」
「へっ!?」
図星か
なるほど、そういえば彼の頭のほうはそこまでよくはなかった。大体はメイシェンやナッキなどに教わっていたはずだ。
「いや、逃げてきたわけじゃないんだよ? ただちょっと疲れてきたから外の空気でも吸おうと思って飛び出してきただけなんだ」
人はそれを逃走という。
「いいじゃん、それくらい~。私なんて修羅場だよー」
元凶の卑猥物には天罰が下っているようだが
それを乾いた笑いで2人は笑いあった。
あぁ、平和だ。
ずっとこんな感じならいいのに、そう現実逃避をしていた。
しかし、その時間も長くは続かない。
「楽しそうじゃない?」
「ミィ、やっとみつけた」
瞬間、2人の笑みは固まった。
振り向きたくない。
わかってはいる。そこになにがいるのかわかっているのだ。
向かい合うレイフォンも同じ笑みをしていた。
「リ、リーリン、これはちょっと休憩を」
「メイっち…、ど、どうしたの? 勉強はもう全部教わったから平気、だよ?」
弁解、遠まわしの拒絶、しかし意味はない。
「そう、じゃぁ休憩も終わったし、今度は本気でいくわね?」
「うぇ!?」
「京はちょっと
「ひぃ!?」
その宣言に2人は悲鳴をあげた。
そして為すすべもなく、2人は引きずられるように元ある場所へと引きずられる。
そこには一片の余裕も優しさもなかった。
次の日、燃え尽きた2人が確認できた。
赤点は回避できたようである。
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都市は、騒然としていた。
武芸科の生徒は全速力で移動している。
都市中にはサイレンが鳴り響いていた。
そう、2回戦目の武芸大会が幕を開けようとしていたのだ。
「相手方の都市は判明したかね?」
「はい、確認できました。学園都市ファルニール、前回の戦績は2勝1敗です」
「中々強いな」
「あぁ、前回より厳しい戦いになるだろう」
作戦本部で伝達を聞きながらカリアンとヴァンゼが協議していた。
「部隊はお前の言うとおりに配置した。大丈夫なんだろうな?」
「勿論、ちょっとした策があるとのことなのでね、それに乗ることにしたよ」
「お前が珍しく無理を言うから他の隊長も説得して無理に話を通したんだ。しかし、どんなものかもわからんのか?」
「あぁ、僕も彼の力の一端は知っていても理解はできない。問題ないさ、度肝を抜くものを見せてくれるだろう」
ヴァンゼが納得したのも老生体遭遇時の成果を見ていたからである。普通はできない。
見つめるモニターからは慌しく動く生徒たちが見える。
前回の武芸大会で教訓からか作業はスムーズに済んでいた。
「さて、何を見せてくれるかね?」
刻々と戦闘の時間は始まろうとしていた。
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「メイシェン、準備は良いか?」
「うん」
「…怒ってないか?」
「うん」
「……」
宣誓式も終わり、あとは規定の時刻まで待機だ。
第17部隊はツェルニとファルニールの接触点、その際最先端にいた。
準備は万端、しかし、ここでぎこちない雰囲気をした2人の姿があった。
「うちの仮の新隊員は期待のルーキーとうまくいってないようだぜ?」
「茶化すな」
新隊員とは京のことである。
ちょっとした考えのため、17小隊に仮としている。
「だが拙いな」
それをシャーニッドと眺めながらニーナは苦言を呈した。
メイシェンの力が京との同調率であることは聞かされている。
果たしてこの状態で十全に戦えるだろうか
そう考えるニーナの方にポンと手が置かれた。
「大丈夫だ」
そこにはサムズアップしたシャーニッドが見える。
「……なにをした?」
「いや、人生の先輩として解決策を1つ」
「嫌な予感しかしない……」
「大丈夫なんですか?」
「俺の策に失敗はない!」
ニーナの不安もレイフォンの心配も吹き飛ばす勢いでシャーニッドは確信を持って答える。
そう、全てを吹き飛ばしてしまうのに
そして、残り3分、それだけで戦闘が開始する。
それなのに2人の間には何も起きていない、ぎこちない雰囲気が流れるだけだ。
戦闘には第17小隊の5人が、背後には200人に上る数の戦闘員がいる。
残り2分。
そこで京が動いた。
「メイシェン」
「なに?」
京の呼びかけに冷めたような対応をするメイシェン。
だがそれはわかっている。
肩を掴み、こちらに向き直らせる。
残り1分。
「聞いて欲しいことがある」
それは真剣な眼差しで、メイシェンの目をまっすぐに見つめる。
「ぇっ、えっと、何?」
それに戸惑いつつ、メイシェンは動悸をこらえて返した。
―――― より 、 ……発動――――
何事かと周りがざわつく。
「……」
ようし、行け、そうシャーニッドが笑った。
スゥと京が息を吸う。
残り30秒。
そして京がメイシェンを抱き寄せた。
「ぇっ…? ぇっ…?」
それに戸惑いつつ、顔を真っ赤にして戸惑うメイシェン。
だがそれだけで終わらせる計画ではない。
そして、この能力が成り立たない。
残り10秒。
そして
最大の行動に出た。
「好きだ。この前のこと、許して欲しい」
次回、久々のネタ能力になります。
これから中ボス戦までまっしぐらです。
乞うご期待ください。