「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
ツェルニのある一角、洒落たケーキ店でメイシェンはバイトに励んでいた。
人前に出ては挙動不審になりあたふたと顔を真っ赤にしていたのも今は昔、今では普通といえるほどにはにこやかに愛想笑いもできるほどになっている。
未だに慣れないと本人は思っているが新しいバイトの研修生に先輩として就くなど確実にメイシェンは変わってきていた。
それはそうと今メイシェンには2つ、気になることがある。
まず1つ目は
「……いらっしゃいませ、ご注文は?」
機会のように淡々と仕事をこなす研修生、ヴァティ・レン、その人だ。
表情筋が無いのではないのかというほどほとんど表情に変化は無い、フェリでもまだ表情に変化はある。そして、そこからくる抑揚の無い声はからは完全に棒読みの台詞がツラツラと吐き出されていた。
それを受ける客と見つめるメイシェンは顔を引き攣らせるしかない。
「ちょ、ちょっとヴァっティ……」
何事も無かったように仕事を終え戻ってくるヴァティをメイシェンは引き止めた。
彼女、ヴァティ・レンがメイシェンの気になる人の1人だ。
新学期早々この店のバイトに現れた彼女は見た目もとても良かったので即採用、そこでメイシェンと出会い。何故か一緒にいることが多い。
偶々、アパートが一緒でお隣さんだ。よく道で会っては一緒になる。そうこうしている内にミィフィやナルキとも知り合う機会が多くなり、いつの間にかヴァっティという愛称まで付いてしまった。
慕われている、のだろう。頼りにされていると思うと今までにそんなことが無かった為に少し嬉しく感じてしまう。
「もうちょっと、表情を、ね?」
「笑うのは苦手です」
そう一口に返されてしまうと返答に困るではないか
あーだこーだと理由を考えていると再びヴァティが口を開く。
「笑った方がいいですか?」
「それは勿論」
「……努力します」
ヴァティがそう言うなんて珍しい。いつもは即断で終わってしまうというのに
そろそろ人が混み合う時間帯だ。
仕事に戻ろうとしたところで店長に声を掛けられる。
「ねぇ、メイシェンちゃん」
「はい?」
「あそこの彼、また来ているのだけど……、何とかならないかしら?」
店長が見えないように指差す先にはメイシェンの良く知る人物が2人、確認できた。
これが気になることの2つ目。
それはメイシェンももうわかっている。
京とレイフォンだ。そして店長の指す彼というのは京のことである。
別に悪いことはしていない。ただメイシェンはずっとこちらに意識を向けられているような酷く居心地の悪いなんともいえない気分になってくる。それはメイシェンではなく、メイシェンの隣にいるヴァティに向けられているとメイシェンだけがわかっているからだ。
そして京の周囲には鬼気迫るようなそんな空気が展開されている。それは店にとってはあまり良い効果にはならない。
「あの……、ごめんなさい」
「いやね、いいのよ? 沢山注文してくれるし、売り上げには貢献してくれるし? でもまぁ新規のお客も入れたい身としてはちょっと、ね」
いる分には問題ない。だたあの空気を何とかして欲しい。
それが店長がメイシェンを呼んだ理由なのだから
「メイシェンちゃんの彼、なんでしょう? 構ってあげないからああなっちゃうのよ」
「ぁ、いや、違っ」
「今日は早めに上がっていいから、ちょっとはサービスしてあげなさい」
「だから、あのっ!」
偶に共に買い物に行ったりと2人外にいることはそこまで珍しくない。店長の考えることは客観的には間違いではないだろう。
そして、メイシェン反論を全て突っぱねて、店長は厨房へと戻っていってしまった。
「はぁ……」
がっくりと項垂れて、深い溜息をつく。
前に理由を聞いても、「敵情視察だ」と意味不明な回答を返されたばかり、あまり期待しないで欲しい。
「ねぇ、京と何かあった?」
ならば、とメイシェンは京が注意を向けているであろうヴァティに声を掛けた。
「いえ、特には」
そういうヴァティはふい、と顔を逸らした。
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「あの~、京さん。僕は一体いつまでここに……」
「用事が済むまでだ」
1つの質問を一刀両断し、再び黙祷に入る。
ケーキ屋に2人の男が向かい合ってケーキを食べる。酷くシュールな光景だ。見る人によれば狂喜するような光景なのかもしれないがそんな人も無い。
真剣な顔を浮かべる男と苦笑いを貼り付けた男。
それは京とレイフォンだった。
「なんでこんなことに……」
ぼそりと後悔の言葉を零したのはレイフォンだった。
なんでもいくらでも奢ると言われてホイホイとついていった結果がこれである。
「何を言う。いくらでも食べていいぞ」
「甘い物は苦手なんですけど」
そうレイフォンは言いながらあまり甘くない菓子類やちょっとした軽食など口に運んでいた。
なんだかんだ言ってもご馳走になっているレイフォンである。
「……」
それを真顔で見ながら京は注意を向けた。
淡い桜色の髪の少女、ヴァティ・レンに
何がしたいか全くわからない。
目的、思惑、それに伴う行動、今までの推移、そのどれもが京を混乱させる。
わからない、わからない。
そこにヴァティがメイシェンに連れられ何か話していた。
一見してなにやら和気藹々としていて和んだムードに見えてしまう。
それを止める気はない。だがより一層京の気配が歪んだ。
「……なにかありました?」
「……別に」
発散される妙な気配を真正面に受けてレイフォンはそう言った。
だが京はそれに素直には答えなかった。
「それはそれとして」
そして露骨に京は話題を変える。
「そこの、彼女、ヴァティ・レンというんだが、何か知らないか?」
学内生活のことまで流石に京は張り付けない。
「ヴァティですか? いえ、別によくメイシェンたちと一緒にいるくらいです」
それを聞いて露骨に嫌そうな顔になる京だがレイフォンにその理由を察することはできなかった。
そして、尚も京の質問は続く
「彼女を見て、何か感じたことは? 物騒な気配だとか」
「特には、ただ……」
「ただ?」
「何かに懸命そうでしたよ」
それを聞いて京は溜息をついたようだった。
そして今までの質問や見えない視線の先、それを視て、聞いてレイフォンにも流石に察しが着いたようだった。
「ヴァティと何か、ありましたか?」
「いや、特には」
ふい、と顔を逸らして京は即答で返した。
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「ヴァティ・レンです。先日から隣に引っ越してきました。よろしくお願いします」
「……は?」
これこそが始まりだった。
世界の敵が目の前にいる、それも何故か引越しの挨拶に
意味がわからない。
全くわからない、それは京の混乱に拍車を掛けた。
「……なんの、つもりだ?」
ギリギリで吐き出せた言葉がそれだった。
正解ともいえる。
突発的な予想外の出来事と危機的なまでの情報不足、それを補う為に言えた言葉だ。
「ここで私はしばらく行動します。そこであなたに突然襲い掛かられたとしたら面倒、よって事前にあなたと対面しておきたかった」
「へぇ……?」
そこまで聞いて、スッと京の混乱は収まった。
「よく言ったな」
瞬きするよりも早く、京の姿は変わり、手に持つ古式銃キャスターがヴァティの額にあてがわれていた。
要は、舐められているのだ。
私はここですることがある。邪魔されると面倒だからじっとしていろ。こう言っている。
「あなたでは私に勝てない」
「やってみるか? 以前と一緒だと思われても困る」
京の体の各部位が一瞬光るように変わるとうっすらと金色の何かが体中に纏われ始めていた。
一触触発、そんな空気が辺りを支配している。
「戦えばツェルニが壊れますが?」
「……そんなことはわかってる」
ヴァティの言葉に京は全ての行動を止めた。
全てただの茶番だ。
ただこの苛立たしさは止めようがなかった。
京とヴァティが対峙した時点で、京の負けだ。
レヴァンティンの接近、潜入を京は察知することができなかった。そして戦闘が行われれば甚大な被害をツェルニに及ぼすことは必至、つまり全力で戦えない。奇しくも女王と同じ制約を京は受けてしまう実情だった。
唯一できることはレヴァンティンに無視できない脅威とだと認識させることくらいで、それが上手くいくかどうかは微妙なところだ。
どちらにせよ、目の前に挨拶に来たこの少女が爆弾であり、それを何とかする方法が無いということ、それは京の実質的な負けを意味している。
「何の用で、ここにいる?」
「私はメイシェン・トリンデンに興味を持ちました。私は彼女を知りたい」
「……なに?」
こいつは今なんと言った?
メイシェンがどうとか聞こえた。それは何故、どうして、目の前のアレがメイシェンに興味を持ったというのか
その疑問にレヴァンティンは答える。
「ナノセルロイド・マザーIII・ドゥリンダナ、私の同胞を屠ったのはあなたの力だ。しかし、それを扱ったのは彼女、メイシェン・トリンデン。彼女は生物学的にも何の力も持たないただの人間、それが私達に立ち向かい、倒したという。彼女の人間性に興味を持った」
「……」
それでは何か、この状態を引き起こしたのは自分のせいか、メイシェンに力を与え、それによってメイシェンが標的になったということはそういうことだ。
少なくない後悔が京に渦巻いた。
そして、これだけは聞かなければならない。
「それで、お前はどう動く?」
攫うというならこの場で形振り構わず戦闘に移行する。
「いえ、特には」
そして返ってきたのは拍子抜けするような答えだった。
「彼女を観察し、答えを得たい。その為に接触こそしますがそれだけです」
とてもではないが信用できない。
自分を完封した化け物、圧倒的な力を持つ機械でありながら人間に興味を持つ、そのどれもが信用ならない。
「目的は何だ?」
レヴァンティンの言った"答え"とは、それが京の疑念を全て解消するものだというなら言ってみろ。
「あなたにそれを答える必要性を感じません。警告はしました。邪魔だけはしないでください」
しかし、それに答えることはなかった。
レヴァンティンは再度の警告だけを残し、ここから消えた。
「……ちっ」
右腕で京は壁を殴る。
痛みなどない。衝撃が京を伝わるだけであった。
平和ボケしていたか、警戒を怠っていたつもりはない。戦闘以外の面でもあれは自分よりまだ上手なのだろう。
もしもレヴァンティンが潜入と同時に暴れたら、それは京に対しては大したダメージもなかっただろうが都市が死に守れたとしても2人、3人、どれも良くしてくれた人を助けることは叶わない。それは京としては最悪の結末といって差し支えないものとなるだろう。
これは運だ。運が良かっただけ、今ツェルニはレヴァンティンの行動次第でどうにでも転べる。
ツェルニに特級の爆弾が存在すると一体何人がわかっているだろう。京だけの可能性すらある。
どちらにせよ、いつ心変わりが発生するかもわからない。目的が終われば用はないとツェルニを破壊することも否定できないどころかありえそうな話、レヴァンティンから目を離すことだけはしてはしてはいけない。
「おい、キール」
「ん? なんだぁ?」
汚染物質という制約上大体留守番状態だったキールを使う時がきた。
「俺が動けなさそうなときは頼むぞ」
「ジ!!」
「あぁ、お前もな」
常に監視の目を光らせる、今の京ができる現状である。
最悪の事態にならないことを願って、ただそれだけが京のできることだった。
「受身になるとすぐこれだ」
何度も痛い目を見た京の教訓、まだ自覚が足りなかったようだ。
自分から行動し、常に先手を取る。受身になっても良いことなど何もない。京の持論である。
とりあえず、これからは気の置けない日々になりそうだ。
そう思い、京は深い溜息を吐いた。
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「京」
ふと呼ばれて、顔を向ける。
そこには私服姿のメイシェンがいた。
「もう帰っていいんだって」
「そ、そう」
どこか不機嫌そうな気配を感じて京は若干たじたじとしながら返した。
「レイフォン、ありがとう」
「はぁ……?」
レイフォンに感謝をして、それに対してなんともいえない微妙な顔をしてレイフォンは返答した。
「ごめんね、レイとん」
「いや、ご馳走になってるのはこっちだし」
何故か京が悪いことをした子供のような扱いになっている。
妙な理不尽を感じた。
なんともいえない微妙な顔で頭を捻らせていると袖を引っ張られて店外に退去させられてしまった。
最後に横目でこちらを見ているレヴァンティンを見て目を逸らした。
そしてその後、レイフォンと別れ、2人共にして帰宅の路を歩く。
「一体どうしたの?」
そして、やはりといったところかやってきた質問はそれだった。
いくらなんでも様子がおかしいとは誰もが思うこと。
「えと、メイシェンの仕事姿を見に」
「前は敵情視察って言ってなかったっけ?」
「……」
顔を覗き込もうとするメイシェンに京は素早く顔を逸らした。
嘘はあまりつけない。簡単にバレるから
「最近おかしいよ、本当に」
「そう、かな」
お前の後輩汚染獣の主だから、などと言えるだろうか、いや言えまい。
そしてそれを信じてもらおうとデメリットしか発生しない。レヴァンティンのいう人間の観察というにあたり相手が警戒していればそれもままならないだろう。それで奴の言う目的とやらが打ち切られ何に発展するかと思えば良い結果にはならないことは馬鹿でもわかる。
刺激を与える要因を作ることをしてはいけない。本来敵である自分が何故こんなことを、と思わなくはないがここまできてしまったのは京の失態、しょうがないことである。
「もう……」
それでもハッキリと答えないことにメイシェンは諦めたようだった。
メイシェンには何も話していない。空から降ってきたドゥリンダナも特別強い老生体程度の認識しかしていない。
最終戦争の舞台はグレンダン、サヤを殺られるか、返り討ちにするかの戦いになる。
そこにメイシェンが参戦する必要性を京は否定する。誰かの為になる力と力を貸しているのだ。今回は単なる総力戦で戦争だ。彼女と共に戦う意味はない。
メイシェンの知らないところで全てが終わっているならそれで良し、それが今の考えでもあった。
「そういえば会長には挨拶はどうしよう」
「んー、また今度時間を見て行けばいいだろう」
終わった話題をなかったように次の話題を切り出す。
それは新しい生徒会長の話だった。
「サラミヤ・ミルケだったか」
「うん、可愛い人だったね」
20歳とは思えない童顔と小柄な体、ツインテールの髪をした少女と言えそうな女性、それが新しい会長だった。
演説はさすが都市を運営する長に立候補させるものがあったと頷けるものであった。影では色々と支援者を募って一騒動あったらしいが彼女が勝ったという事は上手く立ち回ったのだろう。
そして、京とメイシェンの関係について、正体について知っているのは少ない。そしてもしもの自体があったとき、それを揉み消したり配慮を入れることができるのは会長だ。それはきっとカリアンからも伝えられているだろうし、会っておいて実際にどんな人柄か知り、直接話を交えて関係を結んでおかなければならない。
「まぁ追々、かな」
「そうだね、来週は学内対抗試合もあるし」
「武芸者は真面目だねぇ」
3勝を飾り、全勝という結果で終わった武芸大会、セルニウム鉱山も増え、しばらくの安泰となった。
そして、来週には学内対抗試合が開かれる。多少は気を抜いても問題ないと思うのだが真面目なことだ。
これでレヴァンティンさえいなければ安心できるというのに
そして
「……ちっ」
厄介ごとがそれだけで終わればまだ精神衛生上良かったというのに
京の知覚できる範囲で、引っかかったものがあった。
ツェルニに真っ直ぐ、それは向かってきている。
「余計な刺激は勘弁だというのに……」
舌打ちしたくなるように顔を歪ませて京はぼそりと嘆いた。
「京?」
それを心配そうにメイシェンが呼びかける。
「あぁ、ごめん。ちょっと用事を思い出して」
「嘘、いつもそうやってどこか行っちゃう」
散々いつのまにかいなくなっている京だ。あまりそういったことには信用はなかった。
しかし、事態は刻一刻と迫っている。
「今回はちょっとだけだよ、すぐ戻る」
「本当?」
「勿論」
そういって少し笑って手を振るとさもどこかに出かけるかのようにメイシェンを離れ、外延部に向かって歩き出した。
そして、メイシェンが見えなくなると真剣な顔付きで走り出す。
狙いもわかる。目的もわかる。だから余計なことをしてくれるな。
京の知覚の先、そこには他の都市よりも2回りも小さな都市がこちらに高速で向かってきているのが見えた。
面倒事だ。
姿が変わり、都市を蹴って灰色の大地へと京は躍り出る。
その先に何がいるか、それは京にもわからなかった。
と序盤ですがこれからどんどん動かしていこうと思います。
今月中に終わると、いいなぁ。