マイナー能力者が往く異世界記   作:じろー

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vsエヴァンジェリン 前編


第85話

「―――展開(エヴォルブ)

 

 

 京は最初から容赦無しの鬼札を切った。

 最初から殺しに掛からせてもらおう。不死の異名は伊達ではないはず、手加減などこちらの敗北要因にしかならない。殺す気で戦ってなんぼというものだ。

 だから、始めから手加減無用で終わらせる。

 

 

『認証―――汝が陰我(イド)を問う』

 

 

 無機の音声が問いかけ、心臓の奥底に問いかける。

 自分でない誰かの心、心臓に僅かに残る残留思念を読み取って、京はそれを口にし発現させる。

 

 

「我、相容れぬ双つの極の狭間に生まれし者なり」

 

 

 天秤、"中庸"の真理を宿す鋼の両腕。

 第一は極熱と極冷、プラスとマイナスという相反する2つの力を宿す能力であった。それは均衡を図る両天秤の理である。

 だが"中庸"とは、プラスでもマイナスでもそれを両立させる意味などではない。

 普く全ての正と負、その全ての中間点。

 すなわち、虚空(ゼロ)

 

 

「右の手には真理と孤高を。左の手には愚想と調和を」

 

 

 相反する2つを天秤に掛けて、完全な平行線を描き始めて現れるもの、何もない、プラスマイナスゼロの概念、それが中庸の一端、真理への扉となる。

 

 

「されど我、双極諸共手にして歩む者なり――!」

 

 

 その果てに、それは機能として具現する。

 両天秤の魔拳、その次段階が開放された。

 

 

『受諾―――素粒子生成』

 

 

 顕現する。

 更に昇華された力の結晶が姿を現す。

 

 

『影装展開開始』

 

 

 京の周りに青白い粒子が発生する。

 それは形を作り、纏われた。

 腕に、足に、背に

 

 

「心装―――」

 

 

 虚空を掴む悪魔の両手。

 全てを消し去る終焉の魔拳。

 その名は

 

 

 

「影装・皆既滅拳(デビル・オブ・エクリプス)

 

 

 

 赤いラインが入ったダークブルーの鋼の両手、そして更に脚にも鋼が纏われ、背からは機械の翼が現れた。

 純正科学の力の結晶、魔力の欠片も発生しない凶器がここにある。

 同時にその機能を展開、両手から白い輝きが発生した。

 

「ほぅ……」

 

 その姿にエヴァンジェリンは目を細めながらそれを見た。

 何を思っているかはわからない。だが自然体で一切の隙はない。

 

「ならば私はこれでいくべきだろう」

 

 そう言いながら、莫大な量の魔力を右手に集中させる。

 そして、振り被り、それは完成した。

 

エクスキューショナーソード(エンシス・エクセクエンス)!」

 

 白く輝く剣がそこに現れた。

 全くに同じ輝き。

 互いの大技、開幕の初撃は小手調べの攻撃ですらない一撃必殺のぶつかり合いによって始まった。

 

「シッ……!」

 

「フッ……!」

 

 鋼の拳と魔法の剣がぶつかり合う。

 その一撃で、辺り一帯が文字通り消滅(・・)した。

 木々が、地面が、大気が、衝突の余波によって消え去っていく。

 

「なるほど、それは」

 

「あぁ、同じ(・・)だな」

 

 2人はその力の一端を瞬時に理解した。

 この拳と剣は全く同質の効果を生み出している。

 

 影装・皆既滅拳(デビル・オブ・エクリプス)、機能名:強制熱相転移消滅

 

 高熱と凍結の両立、相反する2つのエネルギーの瞬間往復により接触した物体の原子結合を問答無用で蹂躙、破壊する。まさに一撃必殺を可能にした終焉の魔拳。

 理論上、これを止められる術は存在しない。当った先から消滅するのだから抑える、防ぐという考えは不可能なのだ。どうな物体だろうと霞を払うように掻き消してしまう。

 ならそれと打ち合えるものは一体何だというのか

 簡単だ。あの剣も熱と冷の相転移によって生まれ、形作られた剣なのだから。

 相転移という消滅現象、たった1つの違いはそれが科学によって引き起こされているのか、魔法によって引き起こされているのか、それだけの差だった。

 2つの消滅という必殺の一撃のぶつかり合いは発生するエネルギーの反発という形になって弾き飛ばされた。

 その結果が戦う2人の周囲に現れている。本来敵に叩き込まれるはずの消滅の効果は辺りに巻き散らかされ余波に触れた全てを消滅へと導いていく。

 威力は最上限、2つの攻撃は拮抗していた。

 

「削り合いか」

 

「応」

 

 互いに一歩も引くことは無かった。

 小細工など一切通用しない完全な力勝負、決め手になるのは如何に相手に攻撃を当てるかという技量、それだけだった。

 

「邪魔だ消えろ」

 

 一進一退の攻防、手数に勝る京が絶えない猛攻を仕掛け、リーチに勝るエヴァンジェリンが牽制しつつ連撃の合間を縫って剣を振るう。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 三撃。

 

 相転移の拳と相転移の剣、互いの持ち主を消滅させんと応酬は続く。

 拮抗し合う二人、それはどちらかが何かの要因で下回るか上回るかしない限り続くだろうと思われた。

 だが、そんな戦闘の運びを京は微塵も望んでいない。

 京は自らこの均衡を崩しに掛かる。

 

 前進。

 

「ッァァ―――ハハ―――!!」

 

 お構い無しに突っ込んだものだから脇腹が少し、消えた。

 久しぶりに感じた命を削る痛み、それに笑って突進する。

 同時に右手で剣を掴む。

 

「ムッ……!」

 

「―――全開」

 

 砕。

 

「っ!」

 

 最大限発動していた機能に過剰なエネルギーを叩き込み、強引に剣を掌握、握り潰し、半ばから粉砕する。

 

「フン……!」

 

 それでも半ばから折れた剣を京目掛けて振るった。

 僅かに体を逸らし、致命打にならないだけの動きでそれを無視する。

 避け切れなかった京の右の巻角が剣に触れ消滅、それに構わず完全に零距離となった京は必殺の一撃をエヴァンジェリンに直撃させた。

 

「……」 

 

 ダクダクと切り落とされた角から血が溢れ右の視界を赤く染めていく。

 そんなことも気にも留めず、一連の結果を京は凝視する。

 果たしてどうなった。

 赤い視界の先には体を半分消滅させられたエヴァンジェリンがいた。

 

「……チッ」

 

 視界の先には予想通りとは言えば予想通り、だがあまり信じたくない類の光景があった。

 

「化け物が」

 

 頭の半分から右半身、完全に消滅させたエヴァンジェリンの体は次元が歪んでいるようにある筈の場所が歪むと完全に元通りになっていった。瞬く間にそれは行われ、自分の攻撃が当らなかったのではなかっただろうかと一瞬錯覚してしまいそうになる。

 不死、なるほどその異名は伊達ではない。

 

「ふむ、中々効いた」

 

「ハッ、そんなフォローはいらないよ」

 

 これは京が不利だ。

 一体どこまでの再生能力かと思っていた。だがここまで理不尽な再生能力ともなると削り合いなどと言っていられない。最悪、首1つからでも完全再生されそうな勢いだ。

 削り合いなんてお笑い。削れらるのはこちらだけ、削って元に戻るというならそれは戦いにならない。

 あの再生力の元が魔力というのはわかる。彼女が食らっていた封印は全て魔力を押さえつけるものだったからだ。吸血鬼としての能力は一切封印されておらず、つまりは全て魔力を元に行えるということなのだろう。

 燃料切れを狙らうという手もある。

 だが

 

「現実的じゃないな」

 

 魔力というものが感知できない京でも察せられるほどの魔力量、燃料切れの前に京が力尽きるほうが早いだろう。

 何よりそんな悠長な戦略は却下だ。

 そう思っていた時だった。

 

「つまらんな」

 

 そうエヴァンジェリンは吐き捨てた。

 

「まるで別人と戦っているようだ。なんだそれは? お前の本気はソレじゃないだろ、別のを出せ」

 

 彼女は京と戦うことをある種愉しんでいるのだろう。

 それをつまらないという。

 全く以て勝手な吸血鬼だ。

 

「なら、その気にしてみせろよ」

 

 影装が解かれ、元の生身の姿に戻っていく。

 この能力の悪いところは究極のゴリ押し故に他の能力の大半と相性が悪く、同時利用が難しい点にある。

 これでは埒が明かない。ならば次の手。

 アレを見せろというならその気にさせるほど追い詰めてみせろ。

 

「いいだろう……!」

 

 今度は彼女から動いた。

 影に紛れるように、だがそれすら必要ないほどに速く。先の京の動きと同等か、それよりも速い。

 だがそれでも

 

「ハンッ!」

 

 京の全身に発生した眼は全方位の視覚をカバーする。そして、その全身に発生した眼は全て写輪の眼、それはどんな些細な動きも見逃さず捉えきる。

 襲い掛かる方向は真横から、それに京は対応した。

 振るわれる鉤爪のように変化した右手を左手で払いきる。

 

「ッ!」

 

 同時に作り出した隙を狙って京がカウンターに入れようと蹴りを入れようとする。だが防がれることなど承知だったのかエヴァンジェリンもまた京とは反対側の足で蹴りを繰り出していた。

 互いの蹴りが交差する。

 

「 ボキンッ! 」

 

 エヴァンジェリンの足があらぬ方向へと折れ曲がった。

 近接戦、京にはこれがある。

 だが折れた足のままエヴァンジェリンは更に力を込め、京を弾き飛ばす。

 

「強引な奴め」

 

 体を捻り地面をスライドしながら着地、エヴァンジェリンを見据える。

 そこには追撃の構えを取る姿が映った。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 

 詠唱開始、守る者も誰もいない。これは完全に隙だ。

 だがあえて京はそれに何もしないことで応えた。

 

氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス)17頭(・グラキアーレス)集い来たりて(コエウンテース)敵を切り裂け(・イニミクム・コンキダント)!」

 

 詠唱が終わる。

 エヴァンジェリンはこちらに手を向けるとともにそれは発射された。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)氷の17矢(グラキアーリス)!」

 

 17つの氷でできた刃が京に殺到する。

 それを待っていた。

 

 

 

 

 

「トラウマイスタより此何ソウマ、アートマン"ゲルニカ"  ……発動!」

 

 

 

 

 

 それが京に発射される直前、京の詠唱もまた完成していた。

 現れるは一本の黒い線香、それを左手に近づけ力一杯指を弾く、それと共に火花が散り線香に火を灯した。

 この一連の動作により、それは京の背後から姿を現す。

 

「ヴォォォォオオオオオ!!」

 

 大気を震撼させながら咆哮を上げる一匹の怪物。

 それは一言で言うなら鬼の怪物だった。鬼に鳥と獣のような体を合わせたような姿、ギョロリと覗く眼からは理性が窺える。

 真実の自己(アートマン)・ゲルニカ、人の心の奥に潜むトラウマが具現化した存在。元となった人物のトラウマは「鬼」、鬼という存在そのものに対する忌避感が具現化した存在。

 そして、アートマンは1つだけ特殊な能力を持つ。

 ゲルニカの場合、それは

 

「ゲルニカ、喰え」

 

 殺到する氷の刃に向け、京はゲルニカに命令した。

 それに応え、大きな口を開けたゲルニカはそれを全て吸い込み、全ての攻撃を無力化する。

 だがこれだけで終わるはずがない。

 

「返す!」

 

 人差し指と中指でエヴァンジェリンを指差し、反撃を開始した。

 

「アイクシル嘔吐(オート)カノン!!」

 

「ヴォォォォオオオオ!」

 

 ゲルニカの口から吐き出されるように精緻な造形が施された氷柱が発射される。

 凄まじい速度でそれは発射され、全ての攻撃を纏めそっくりそのまま返された。

 

「ふんっ!」

 

 エヴァンジェリンはそれは振り払うかのように右手を振るい。それを砕いてみせる。

 

 ゲルニカ、その能力は自身の胃に入れた物質の原子配列を組み換えて撃ち出す"嘔吐(オート)カノン"、それはありとあらゆる物を食べ、それを大砲として吐き出す能力である。

 

 そして、既に京は動き出していた。

 氷柱を影にして接近していた京はエヴァンジェリンに急接近、襲い掛かる。

 

「顕醒!」

 

 右手に現れる刃旗"空断"、それを逆手にエヴァンジェリンに振り下ろす。

 それにエヴァンジェリンは京の右手首を掴み、刃が眼と鼻の先の寸前で止まった。

 ガチガチと互いの力を込めた手が揺れる。

 

「クフフ、愉しいじゃないか、どこまでやれる? どこまでその珍妙な手を残している? あぁできればお前のとっておきが見たいな」

 

「そんな気もないし、暇も無い」

 

「だからその気にさせてやると言っている!」

 

 そのまま空いた手でエヴァンジェリンは京に殴り掛かった。

 

「ッ!」

 

 ズシリと体相応の少女の小柄な体格からは似合わない力が京のガードした腕に響きながら突き抜け、遥か後方に弾き飛ばしす。

 何本かの木を背で圧し折り、ようやく止まった。

 起き上がろうとした時、京の目の前には既にエヴァンジェリンは立っている。

 

「あれは良かった。らしい(・・・)力だった。私はお前をもっと知ってみたい」

 

 どこまでいっても彼女の自己満足、化け物は皆勝手、それは京を含めて相手をする側としては厄介なことこの上ない。

 

「知ってもつまらないと思うけどね」

 

 次の瞬間、2人の姿が掻き消え、別の場所で衝撃音と共に2人の拳がぶつかった。

 1発、2発、3発、互いの攻撃は互いの体を削る。

 

「チッ!」

 

 今し方通過したエヴァンジェリンの爪が頬を抉った。

 目の前の彼女は服装がボロボロな以外はさして傷一つない。再生されているのだから当然、京は脇腹から血を噴出しながら体中に大小の傷を作り上げつつあった。

 この戦い方はわかる。京も同じ戦法を採っていた。自身へダメージを完全に無視し再生能力に任せたゴリ押し、それだけに隙ではない攻撃すら隙に変え、猛攻が可能になる。

 こちらはそれなりな回復力はあれど、今も昔もそこまで理不尽ではない。

 次の手、その布石は存分にばら撒いた。

 

「むっ…!」

 

 振るわれたエヴァンジェリンの爪が反発するように後方に弾かれた。

 何か来る。それを瞬時に察し、エヴァンジェリンは後方に跳び去ろうとするが。

 背後にも不可視の壁がそこにあった。

 二重の防御フィールド、その板挟みになったエヴァンジェリンは身動きが取れない。

 

「しゃらくさいっ!」

 

 こんなもの軽く引き裂いてやる。そう振るわれる爪よりも早く、京は空断を振るう。

 自らの防御フィールドを裂きながらエヴァンジェリンを真っ二つに裂いた。

 次の瞬間、裂いたはずのエヴァンジェリンは多数の蝙蝠となってそこから消える。

 すかさず京は意識圏を再展開。全方位を索敵、見つけ次第攻撃に移る。

 そして、それはすぐに見つかった。

 

「上か……!」

 

「遅いわ!」

 

 落下と共にエヴァンジェリンは京の真上に攻撃の準備を整えていた。

 彼女の更に頭上には氷でできた巨大な斧。

 

氷神の戦鎚(マレウス・アクィローニス)!」

 

 でかい、ただひたすらにでかい。

 京は両手をクロス、同時に両の手の甲に丸い模様の瞳の目が現れた。

 

「目盾21」

 

 展開される高密度エネルギーフィールド、そして二層目に意識圏、三層目に重力フィールド。

 三重の防御フィールドが京を守るように展開される。

 同時に京は跳躍。

 直撃。

 トンカチで蟻を潰す様に振り下ろされた氷斧は京の防御フィールド二層を破壊したところで砕け散った。

 

「これなら……」

 

 発生した砂煙から巨大な影が現れる。土を食らい発射される嘔吐(オート)カノンの土柱に乗って京自身も一つの大砲になって特攻した。

 削りきれないなら、倒せないなら意識を刈り取るまで。

 

「どうだ!」

 

 機甲術(パンツァークンスト)上級奥義(オーバーゲハイムニス)――――

 

 機甲術秘中の秘、機甲術・シュナイダー派究極打法。

 

周破崩拳(ヘルツェアファレン)――――!」

 

 京は周破衝拳(ヘルツェアハオエン)が篭る右手を突き出す。攻撃を弾いたとき、既に伏打(フェアシュラーク)は仕込んでいた。

 魔法障壁を突き破り、ガードしていた腕に突き刺さる。

 ここまでは周破鐘針(ヘルツェアナーデル)の二重攻撃と変わらない。

 波動浸透による内部破壊、それは触れた以上この状態でも有効なダメージを与えることができるだろう。だがこの攻撃はもっと残酷で凶悪だ。

 ガードしていた腕を勢いをそのままに圧し折り、引き千切り、腹を穿ち、エヴァンジェリンの内臓まで拳をめり込ませる。

 体の芯から破壊の衝撃を叩き込む、内部破壊すらない全身破壊の必殺の一撃。

 

 だが

 

「ッ……!!」

 

 どんな化け物だろうと脊髄から脳まで瞬間的に浸透、崩壊させる一撃を受けては唯では済まない。回復が可能としても意識は刈れる。

 だがエヴァンジェリンは未だ全身から血を噴出しながらも意識があった。

 そして、振るう右手が京の胸を抉る。

 胸の肉と骨がこそぎ取られ、白い時計のような形の心臓が露出していた。

 

「ん……だと…!」

 

 意識が一瞬飛びかけたのは京。

 何をされたのか、それは放った京の右手が物語っている。雁字搦めに右手が糸で縛り上げられていた。一体いつやられたかわからない。おそらくは先の接近戦で仕込まれたか。

 こいつは、エヴァンジェリンは京の奥義の根幹となる打点とタイミングをずらし、致命の一撃を大打撃にまで落とし込んだ。

 

「人形遣い必須スキル、小細工は私もそれなりに得意だ」

 

 初見の奥義を歴戦の勘と経験則で防ぎきられた。

 彼女の方が一枚上手。

 

「……ハハ…」

 

 だが、甘い。

 夥しい量の血がそこから流れ落ちる。

 

「ハハハハハハハハ!!」

 

 甘い。甘い。甘い。

 こんなものでは終わらない。

 一手で駄目なら二手、それで駄目なら三手、上手というなら尽きるまで上回る手を出していくのみ。

 

「これはどう受ける! 不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)!!」

 

 これがお前を不死身とかいう理不尽から有限というこちらの土俵にまで叩き落すとっておきの1つ。

 血潮が踊り、血色の刃が奔る。

 鮮血の魔の手がエヴァンジェリンに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

――――ブラッドラッドより、ブラッド・D・ブラッズ、特権……

 

 

 

 

 

「"彷徨える血液(ブラッドストーカー)"――――!!」

 

 京の胸から流れ出る血液が意思を持ったように脈動し、動き出す。

 京が流した血液が地面を伝い。噴出した血飛沫が刃を形成し襲い掛かった。

 

 特権"彷徨える血液(ブラッドストーカー)"、ブレングリード流血闘術とはまた違う血液操作能力、様々な形状で放つ類のブレングリード流血闘術とは違い、これは自らの手元を離れても遠隔操作で操ることのできる能力である。

 

「ッァ……!?」

 

「効くだろ? 俺の血だからな」

 

 どんな攻撃も平然と受けたエヴァンジェリンが初めて苦痛に顔を歪ませた。

 京の血は呪獄の血、封印に特化した対吸血鬼決戦能力の元である。それはエヴァンジェリンの細胞という細胞に侵食し破壊する猛毒、殺傷に特化していなくともこれを受ければまともな再生などできまい。

 

「ク、フフ……」

 

 僅かにエヴァンジェリンが微笑む。

 そして、ザワリと雰囲気が一変した。

 

「舐めるなよ――――」

 

 こんなもので私は倒せない。

 

「舐めてなどいないさ、先輩」

 

 そんなことは百も承知。

 

 これで終わりになどするはずがない。

 懐から、2つの目のとっておき、数学魔術最高威力の魔導書を取り出した。

 1cmもない厚さの本。

 その名は

 

 はじめてのさんすう ぼりゅーむいち

 

 幼稚園対象の数学本、だが呆れることなかれ。

 数式とは複雑難解になればなるほど1つの意味しか持たなくなる。それを突き詰め、数として表し意味するものが数式だからだ。

 それもまた1つの芸術のような美しさがある。

 だから逆に真理とは単純であればあるほど、多くの意味を含み、深さを与え、単純で当たり前でありながらその「当たり前」を当然の真理として体現する。

 

「1+1=2 !!」

 

 例え小さくても2つが合わされば大きくなる。助け合い。人の繋がり。可能性。

 当たり前だ。当然だ。

 だからこそ、そこに真理がある。

 

 地面から300mは及ぶであろう巨大な白刃が2つ生え、十字を刻むようにエヴァンジェリンを斬り付けた。

 

「ぬ……ぅ…!」

 

 大きな傷がエヴァンジェリンに刻まれた。

 そして、塞がらない。ジリジリとそれでも高速の再生が行われているが先とは天と地ほど差がある。一瞬で直っていたはずの傷はそれを直すのに30秒あまりの時間を掛けるに至っていた。

 確実にエヴァンジェリンの体を京の血が侵している。

 あと数度侵食を食らえば完全に再生力は失われるだろう。

 まだ終わらない。

 2つの大打撃を与え、京は両手をエヴァンジェリンの肩に掛ける。

 押し倒したような形となって地面に馬乗りになった。

 再生が終わる。

 そこからエヴァンジェリンは

 

 動かなかった。

 

 完全に静止し、目が虚ろに、現実を見ていなかった。

 

「――――――――♪」

 

 それは夢を見ているからだ。最上級の悪夢を。

 反偽薬音声(ノーシーポエコー)、奥の手。

 

 自殺の聖歌

 

 現実に存在した悪夢、世界各国で流され、それを聞いただけで自殺する者が多数いたという。死亡者数100名を超えた悪魔の歌。

 人の感情を負の方向に暗示を掛ける事に特化した反偽薬音声(ノーシーポエコー)、それはこの自殺の聖歌の潜在的な悪魔のフレーズと合わさることで相手に最上級の悪夢を見せるのだ。

 反偽薬音声(ノーシーポエコー)、いや、この暗示声(ヒプノボイス)からは逃れられない。

 

 彼女が見ているのものはなんだろうか

 迫害された記憶か

 磔にされ焼かれた記憶か

 それとも……

 

 始まりの記憶か

 

 完全に沈黙状態のエヴァンジェリンに止めを、血が京の手元に集まり1つの刃となる。

 そして、それを振り下ろそうとした時だった。

 

「舐めるなと私は言ったよ―――京」

 

 初めて京の名を口にしたエヴァンジェリン。

 そしてそれは覚醒の知らせでもあった。

 

「……あぁ、本当に良い物を見せてもらった」

 

 京の振り下ろした刃が突き刺さることも構いもせずに、そっと京の胸に手を添える。

 

「礼だ。受け取れ」

 

―――氷爆(ニウィス・カースス)

 

「クァッ…!」

 

 超至近距離からの凍気と氷の爆風が京を襲った。

 それをモロに受け宙に飛ばされる。氷の破片が体に突き刺さり、あちこちが凍り付いて砕けかけた。

 

「アレを破るのかよ」

 

 よろよろと立ち上がり、呆れたような眼差しでエヴァンジェリンを見た。

 

「私にとって悪夢など清算した過去のこと、一々引き摺っているほど短い人生ではないわ」

 

 そう寂しそうな顔で笑うエヴァンジェリン。

 甘く見ていた。彼女ほどの化け物なら最悪の出来事の1つは2つ、長い人生だからこそのトラウマもあろうと思っての最後の奥の手だった。だがそれを克服しての化け物か。

 年季が違う。

 本来なら確実に仕留められるだけの攻撃だった。目算を誤った京の失敗、ここで倒しきれなかったことで手札のほとんどを消費してしまった。

 二度目は効かない。なんとなくわかる事実だった。

 

「はぁ……」

 

 もうどれほどの時間が経ってしまったか、どれほどの時間を浪費してしまったか

 だから仕舞いにしよう。

 

「これで終わらせる」

 

「くるか……!」

 

 可能な限りの手を尽くした。

 最悪なことに京はその気になるしかなさそうだ。

 

 

『次号展開準備完了』

 

 

 そして、それは発現する。

 

 

「―――展開(エヴォルブ)

 

 

 本当の力、その始動を京は宣言する。

 禁断の発音承認(キーボイス)、それを躊躇も無しに行った。

 

 

『認証―――汝が陰我(イド)を問う』

 

 

 陰我(イド)、自らのマイナス面、心の裏側を表す。

 己の深層にアクセス、それと共に体にも異常が発生した。

 体中が罅割れるように聖痕(スティグマ)の鮮血が飛沫き、赤い霧となって辺りを汚す。自らの裏の力が自分という殻を破って這い出ているのだ。

 その痛みに、狂笑しながら京は自分の裏側を告げる。

 

 

「我が身が刻むは傲慢の罪。我が手が宿すは暴虐の咎」

 

 

 自分が為すは罪であるか否か。

 人の歩みに手を出し、人の想いを踏み躙る。それを確たる意思なく、目的なく、ただ自分の近くでそれが起こったからというだけで蹂躙する。

 その行動自体に、意味も、理由も、目的も、全て存在しない。

 

 

「其は我が原罪にして我が本性。故に我、傲慢を愧じ、暴虐を悔いれど、其を棄てるに能わず」

 

 

 気づいた時、笑うしかなかった。自分の夢がどんなものが気づくと同時にそれと真っ向から反発する自分の本性を知った。

 

 別に帰るとか、そんな建前などどうでもいいのだ。

 

 ただ目の前に壊せるものがあるから壊すのだ。その帰結として次の幕という道が開かれるだけ、もはやエントリー・モード解除の建前など消え失せた。

 それがどれほど可笑しいか、それは自分でわかっている。そして、それが止められない。

 

 

「傲慢と暴虐の忌まわしき力よ、我再び汝と相対せん――疾く来たりて我が意に従え」

 

 

 だがそれに準じるつもりなど無い。

 嘗ての世界で抱いた思いは方便で建前であるが嘘ではない。

 自分のやること全てに意味は無い。だが自分から意味をつけて、誤魔化そう。

 自分など所詮こんなもの、だからあえて京はこの陰我(イド)を拒否することでその力を手中に加えた。

 受け入れることで真理には至れない。受け入れればそれで完結するから。

 

 

『受諾―――素粒子生成、影装展開開始』

 

 

 飼い慣らした自らの劣悪な本性が顕現する。

 ただの通り魔のような本性、それが今正に牙を剥こうとしていた。

 

 

「心装―――」

 

 

 罪色の牙。

 幻影の騎士。

 千変万化の黒き力。

 

 その名は―――

 

 

 

「影装・黒影罪牙(ブラックゴースト・クリミナル)

 

 

 

 これは、酷い。

 それがエヴァンジェリンがソレを見て初めて覚えた感想だった。

 京がこの能力を出したがらない理由がわかる。

 

「これを見せたんだ。代償は払ってもらう」

 

 酷く冷たい笑みで京は言った。

 

 増えた装備は2つ、爪先から大腿部まで覆う大装甲、それは騎士を連想させ、更に両手に取り付けられた銃剣と盾を合わせれば洗練された騎士を思わせてしまう。

 ただ一点、ただ一点だけ、その印象を最悪にまで貶めるもう1つの装備がなければ。

 白銀の両足、白銀の剣と盾、白銀の両腕。

 

 ―――そして、左肩に取り付けられた闇色の甲冑

 

 場違いにまで禍々しく、そして溢れ出す様に黒い霧が発生していた。

 何かの機関なのだろう。それは左腕の輪郭が半分ほどしか見えなくなるほど濃く、絶えず発生させ続けていた。

 圧倒的な負の存在感、それをひしひしと感じる。

 

「フフ、良いぞ! 好いぞ! そうでなくては!」

 

 それにエヴァンジェリンは昂ぶりを覚える。愛おしささえ感じる。

 予想以上だ。いや、予想以下と言うべきか。ここまで救いようのないものだとは思わなかった。

 だからこそ戦い甲斐がある。

 アレは悪だ。どうしようもないほど悪だ。だからこそ、誇りある悪である己が食らう。

 

「さぁ、やろう」

 

「好きにすればいい。お前の原型が保つ間は付き合ってやる」

 

 両者は言い放ち、動き出すと同時に足場が砕けた。

 始まる第二幕、それはもはや人の為せる戦いではなくなっていた。

 

「避けれるものなら避けてみろ、お前に逃げ場はない」

 

 盾に取り付けられたガトリングガンの銃口がエヴァンジェリンへと向けられる。

 右腕の機構が稼動すると同時に、その真たる力、左肩の甲冑の能力が展開された。

 流れ乱れる黒い霧、それは無作為に散布される。

 引き金を引く。

 

 同時に―――

 

「っ―――!」

 

 発生する京自身の虚像。その数、60。

 合計六十門に達する三門砲装回転式連装機銃(ガトリングガン)の咆哮が全方位から襲い掛かった。

 全方位弾幕攻撃(ラウンド・バレッジ・アタック)

 弾丸の五月雨、激烈なる十字砲火はエヴァンジェリンを欠片すら残さず消し飛ばそうと殺到する。

 それに対しエヴァンジェリンは

 

凍る大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!」

 

 エヴァンジェリンを囲うように巨大な氷柱が地面から突き出す様に発生する。

 だが、1秒4000発の攻撃が計60、毎秒24万発という冗談にしか思えない猛攻は数十本の氷柱を瞬く間に喰らい尽くしその中にいるであろうエヴァンジェリンに襲い掛かる。

 

「チッ……」

 

「見せたな……、面白い! どんなものか見定めさせてもらおうか!」

 

 だが、もうその場には彼女はいない。そして、暗闇に彼女の声が響いた。

 一瞬の時間稼ぎと自らの行動を読めなくさせるための陽動、これは反撃に移る布石だ。

 それに京は両手を広げて、誘うように。

 だが発生させる漆黒の霧は爆発的に増えていった。

 次に姿を捉えた瞬間がお前の最後だというように霧は脈動を繰り返す。

 そして、その思惑を知ってか知らずか、エヴァンジェリンは京の真正面に現れた。

 目と鼻の先、京の真下の影から這い出るようにそこにいる。

 あくまで正面から、京を倒しに掛かってきているのだ。

 

「……!」

 

エクスキューショナーソード(エンシス・エクセクエンス)!」

 

 彼女の大技、必殺の一撃。

 それにまた京は対応するように剣を振りかざす。

 一太刀、いや。

 幻影の六十閃がぶつかった。

 

「っ……!」

 

「む……っ!」

 

 最大級のエネルギーのぶつかり合い。

 全てを消滅させるという効果の相転移剣を60回の同時斬撃という一瞬で消滅させられない物量でその軌道を変えて見せた。

 互いが吹き飛ばされ、距離が開く。

 それと同時に銃剣の矛先がエヴァンジェリンに照準された。

 放たれる瞬間、京の左腕はぼやけるように八重に分裂する。

 

「ハハッ!!」

 

 電磁加速砲(レールガン)・八閃、8つの残像となった銃剣は8つの超高速弾を発射する。ご丁寧に時間差で、避けるか防ぐかした隙を狙い打つように。

 

「ぬるいわ!」

 

 振るわれる相転移剣、超音速の弾丸を完全に見切りそれを薙ぎ払い。動じにその事後動作の隙を狙った弾丸もいなす様にもう片方の手で弾き、残りの弾丸を全て紙一重で避ける。

 防ぎ切るのか、京は溜息交じりの感嘆の声をあげる。

 

 彼女の強さ、それをここまで来て完全に理解した。

 彼女は早い(・・)のだ。速いのではなく、早い。全ての行動に余念が無く、隙が無い。膨大な戦闘経験から来る予測と勘、それが条件反射の域で彼女を動かす。それは常に一手先を行かれる感覚、京もエヴァンジェリンに数度となく迫っているが未だに倒せないのは彼女身体的な強さ以上にこれに起因している部分が大きい。

 

「成程、原理はわからんが理屈は見えた。その黒い霧、それは凝縮することで何にでも成れるんだろう? 武装、そして貴様自身、100%の能力と実体を伴った虚像生成、それがその甲冑の能力だろ?」

 

 分身による全包囲攻撃、残像による斬撃投射、幻影による多重砲撃。

 得意げに京の能力の説明をするエヴァンジェリン、その全ては当っていた。

 たった3回、それだけでこの攻撃の正体を掴むとは

 

 影装・黒影罪牙(ブラックゴースト・クリミナル)、機能名:発展型素粒子創造(パーティクルクラフト)

 

 刻鋼人機(イマジネイター)なら誰もが持つ機構、素粒子を生成し、自分の心を具現化した装備を発現させる。刻鋼人機(イマジネイター)刻鋼人機(イマジネイター)たらしめる基本機構、それが素粒子創造(パーティクルクラフト)である。

 この能力はそれの発展型、黒い霧は全てある種の素粒子、それは体外で新たな武装、実体のある虚像の生成を可能にする。それも作れるものに凡そ際限というものが存在しない。

 要は、何でも作り出せるのだ。

 究極の万能能力、千変万化、変幻自在の攻勢的多様性の行き着く先、それがこの能力だ。

 

「察しが良過ぎるのも考えものだな」

 

「フフ、私が気づいているのがそれだけだとでも思っているのか?」

 

 皮肉を込めて放つ京の言葉に、確信を込めてエヴァンジェリンは言い放つ。

 京はそれに黙ったまま、答えることはなかった。

 万能能力、あぁ、とても聞こえが良い。だが万能と最強は(イコール)で繋がれていないのだ。

 

「あぁ、本当にその勘の良さ、推察力は舌を巻くよ。そんなところが嫌いだよ」

 

「私はお前が気に入っているぞ? その愚直さ、道理を弁えないのはマイナスだがその突き進む精神は私には好ましい」

 

 その返答に京は三門砲装回転式連装機銃(ガトリングガン)電磁加速砲(レールガン)の多重砲撃によって黙殺する。

 

「ハハ! つれないな!」

 

 それに対しエヴァンジェリンも無詠唱の魔法の射手(サギタ・マギカ)を連続で射出し続ける。

 馬鹿げた弾幕の張り合い。

 先の戦いで既に地形すら変化するほどの被害を生み出していたがもうこれは舞台一面を焦土に変え地獄を生み出しつつあった。

 だが四方八方から囲むように無限に万の鉛玉を放ち続ける京が性能としては上、守り手がいる場合の固定砲台としての力なら怪しいところであるが今の戦い。それは京が制していた。

 

「防ぐだけか、先までの威勢はどうした?」

 

 ガトリングガンの弾幕嵐、そしてレールガンの電磁弾雨、どれも防ぎきられてはいるが一方的なのだ。魔法の射手(サギタ・マギカ)程度避けるまでもなく、溜めの必要な大技もさせず、接近も許さない。

 誘うように、嘲笑うように京はエヴァンジェリンに告げる。

 だがそれも見透かされていた。

 

「安い挑発だ。なぁ、京。何を焦っている? あちらの決着が着いてしまうのが気になるからか? それともお前自身の心配かぁ!?」

 

 エヴァンジェリンがその場から消え、疾走を開始する。宙を舞うように、線を連続で描く虚空瞬動、弾幕を剣を盾に突き抜け、一閃を捌き、京に肉薄する。

 振るわれる相転移剣。

 京はそれを避けると同時に斬撃の多重投射、それはエヴァンジェリンを囲むように振り下ろされる。

 

 そして、彼女は―――

 

「ッ―――!!」

 

 前進と共にもう片方の腕から更なる相転移剣を構築、全身を切り刻まれながらもそれを京に対して突きを放った。

 その状態から更に前に出る。己を省みない戦い方は未だ健在。

 咄嗟に展開した多重障壁、そして右腕の盾をに大穴を開け、それでも避け切れなかった京の肩筋を消し去った。

 

「っぅ……!」

 

「万能を極めたような虚像生成能力。だがそれに一体いくつの制限と代償が存在している?」

 

 万能を支える代償。万能故の欠点。

 それは目に見える形で現れ始めていた。

 

「辛そうだなぁ。その黒い霧、無尽蔵に溢れているようだがお前自身はそれでどれだけ保てるんだ? 長くはあるまい。壊れた蛇口のように吐き出して、お前の余力を全開で削っているんだろう?」

 

 無から有は生まれない。闇の機構は莫大な力を吐き出し続け、命すら搾取しようとしている。

 これが傲慢という陰我(イド)から生まれた能力の代償、「己には何でもできる」という後先考えない理念、思い上がりがそれを具現しているのだから。

 着実に京の全てを吐き出し続け、彼女から見れば明らかにその動きが悪くなっていた。

 

「そして、お前の能力、おそらくは何でも作れるのだろうが限界があると見た。確かにそんな精密な機械を構造段階、物質構成から始めるというのは些か無理がある。だから、お前の武装とお前自身しか無理なんだろう?」

 

「……ハハ」

 

 ご明察、京はそう空笑いするしかできなかった。

 京のこの能力の実態はあくまでも「何にでも変化できる不定形の霧」なのである。霧から武装、分身にするまでのプロセス、それは常人では不可能なレベルの情報処理が必要なのだ。

 突然、銃を作れといわれてそれができるのか、不可能だ。機構からその素材まで1%の誤差も許されない情報投射、それをするならば自分自身と自分から生まれたこの武装しかできはしない。

 思い描いた武装を具現する。言うだけなら簡単、さも強そうに見えるだろう。その実態は使用者の精神と体を蝕み、磨耗させる狂気の産物、下手に扱おうものならそれは逆に足枷にしかならない。

 

「ご高説痛み入るが、それがどうした!」

 

 確かに、万能より一点特化の能力の方が強いのは確か。

 長所も短所も読まれたのだろう。

 だがこの能力が弱い理由にはならない。

 

「ぜぇい!!」

 

 手首を半分消し去られ、剣に突き刺されたままの大穴が開いた右手の盾を思い切り振り下ろした。

 思い切り振りまわし、突き刺さった剣から離れるように右手の武装の半分を消しつつエヴァンジェリンを殴打した。

 

「そうだな、その通りだ!」

 

 盾とガトリングガンがお釈迦になった。

 ふと、京はこの戦いを楽しんでいることに気付く。

 

「カ、ハハ」

 

「どうした? まだ終わっていないぞ? 魅せてみろよ」

 

「応」

 

 右手の武装が光となって四散する。

 それと共に最後の能力武装が姿を現した。

 

 

 

 

 

「戦国ARMORSより明智光秀、五大甦土武(ソドム)迦楼羅(カルラ)  ……発動!」

 

 

 

 

 

 赤熱発火した鋼の右腕、殴打することに特化した凶悪なフォルムと時折関節部分から漏れる灼熱の火種は相手を消し炭に変えてやると燻っていた。

 

「摂死三零零零度―――」

 

 再び振り上げられる右腕、それと共に京の力を更に右腕が吸い取り灼熱が溢れ出た。

 

「―――炎手正拳!」

 

 爆発、そして轟音。

 黒い煙を発しながら、エヴァンジェリンはそこから消えた。

 吹き飛ばされた先を見つめながら京は荒い息を吐き、そして笑う。

 

「ハハハハハ! 恐れ入る! そこでお前は更にブーストを行うというのか!」

 

 五大甦土武(ソドム)迦楼羅(カルラ)、使用者の生気を吸い取り爆発的な火炎の力を授ける武装。

 左手から京のエネルギーを吸い取り、右手から生気を吸い取られる。いつ木乃伊になってもおかしくない自殺行為、それを笑って行った。

 

「いいだろう。時間稼ぎなどつまらない真似はしない。付き合ってやるさ」

 

 見せてやろう、万能の真骨頂を。

 これが第二幕、最後の決死攻だ。

 

「般若心拳―――」

 

 ―――起動

 

 赤く、朱く、紅く。

 赤熱に燃え上がり始める迦楼羅(カルラ)、先の比ではない超灼熱は京自身をも巻き込んで更なる次元へと威力を上げる。

 

 十秒。

 

 それが京に残された闘争の時間である。

 馬鹿げたことに京はブーストに更なるブーストを掛けた。

 般若心拳、命を削るレベルの莫大な生気を吸収し、十念を数える間だけ限界の力を京に与える。

 そして、左腕からは漆黒の霧が溢れ出した。

 同時に京の周囲には凄まじい数の虚像、そのどれもが京の能力の100%を備えている。

 黒影罪牙(ブラックゴースト・クリミナル)は万能の能力、そして京の能力との相性は最上級、万能に数多の可能性を示し、それは活路を開く。

 

 そして、始まった。

 

「南無"拾"陀仏」

 

 跳躍。

 蹴り砕いた地面はマグマの如き灼熱で溶解し、京は紅い軌跡を残してそこから消える。

 それに対してエヴァンジェリンは真っ向から飛掛かる京に向かって虚空瞬動を開始した。

 

「南無"玖"陀仏」

 

 次の瞬間、エヴァンジェリンの周囲には100体を超える数の虚像が襲い掛かっていた。

 1体1体が本体(オリジナル)と寸分変わらない能力、虚像の一撃は京の全力の攻撃に匹敵する。圧倒的な物量攻撃、更に1つ1つの強さが化け物染みているのだから更に質が悪い。

 

「南無"捌"陀仏、南無"漆"陀仏」

 

来たれ(エビゲネーテートー)―――」

 

 だが、それは

 

とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)! えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)! 全ての命ある者に等しき死を(パーサイス・ゾーアイス・トン)! 其は、安らぎ也(タナトン・ホス・アタラクシア)

 

 全て氷りつき

 

「―――"おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)

 

 砕け散った。

 

「南無"陸"陀仏」

 

 それでも狂乱の疾走は止まらない。

 あと、5秒。

 

「南無"伍"陀仏」

 

 京の目の前を阻む虚像を凍てつかせた氷塊。

 邪魔だ。消えろ。

 

―――――般若炎手刀

 

 振るわれる灼熱の手刀、それは全てを両断、蒸発させる。

 

「南無"肆"陀仏」

 

 そして、エヴァンジェリンと相対し

 両者、武器を振るう。

 

「南無"参"陀仏」

 

 威力は必殺の二剣を振るうエヴァンジェリンが上だ。

 打ち合うことすら許されない。

 だから

 

 全部無視した。

 

「南……無"弐"……陀…仏!」

 

 どこか消し飛んだ。

 だが京が動けるということは彼女は失敗したわけで。

 

 俺の勝ちだ。

 

「南無"壱"陀仏―――!!」

 

 京が放てる最大最後の必殺攻撃。

 

黒影罪牙(ブラックゴースト・クリミナル)―――」

 

 最後の漆黒の霧の一欠片を使って、京の右手は必殺の一撃を、滅殺の六撃へと変容させる。

 

 

―――――摂死四零零零度―――――

 

 

「――――般若炎掌拳!!!」

 

 

……………………

 

………………

 

…………

 

……

 

 右手を突き出し体中から煙を立ち上せながら、京は停止していた。

 あらゆる能力が機能停止、体力もエネルギーも全て空。

 至る所に消滅した無残な場所が散見され、生きているのが不思議なほどだった。

 

 その5mほど先には物言わぬエヴァンジェリンが立ち尽くす。

 体の中心から炭化し、砕けかけていた。

 再生能力など既に機能しない。京の攻撃全てに塗りたくられた血が使用されていたからだ。

 

 どちらかあと一撃を貰えば死ぬだろう。

 

 辺りを静寂が支配した。

 2人の間にはお互いのみ、それ以外の一切の感覚を排除して、真の意味で対峙した。

 

 チクタク、チクタク、チクタク

 

 そして、2人は動き出した。

 第二幕は終わった。

 

 終幕だ。

 

「もう茶番も止めにしないか?」

 

「あぁ、時間がない」

 

 本当はもう間に合わない。それは十分に理解している。

 だが、もういい。これは彼女に、エヴァンジェリンに免じて見逃してやることにする。

 だから、ここらで終わりにしよう。

 

 どちらも本気で、全力だった。

 

 最後は全霊で終わるべき。

 

「愉しいじゃないか」

 

「これからだろ?」

 

「あぁ、そうとも」

 

 エヴァンジェリンはそう愉快そうに笑った。それに釣られて京も苦笑しながら、それでも楽しそうに笑った。

 さぁ、終幕の始まり、いや、本番だ。

 もう既に何の意味もない戦い。京の負けは決してしまっている戦いだ。だから勝負には勝たせてもらおう。

 そう、自分は同じ相手に2度負けたことはない。負けなど、しない。

 

 能力を全て失って、たった1つの鋼の心臓という力を得て、自分はとても弱くなった。

 

 全部、嘘だ。

 

 数多の力を失っても、それさえ霞むほどに強い能力、それは今胸の中で時を刻んでいる。

 今の自分はけして弱くなどなっていない。むしろ強くなっている。

 死ななければ自分がどんな奴だったのかわからないという輩がいる。京はそれに該当する人間だった。

 3つの世界を渡り、死んで、1つの真理が見えたから。

 初めから、始まりから、京は到達していたから。

 

 

真理段階(ファイナルフォーム)起動準備完了(セットアップ)

 

 

 最終到達点、その地点に、やっと戻ってきた。それだけのこと。

 今こそ全身全霊を掛けて、叩き潰す。

 

「往くぞ!」

「往くぞ!」

 

 相対するエヴァンジェリンと京は全くの同時に構えた。

 魔法という幻想を極めた一人の少女。

 機械という幻装を極めた一人の青年。

 相反する2つの力、それが今雌雄を決する。

 

 

到達(アライヴ)―――」

 

 

 さぁ、始まりだ。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「宣誓―――我が法理(ロウ)を此処に告げよう」

 

 

 エヴァンジェリンの紡ぐ始動キー。

 それと同じくして京も自身の真理を、法理(ロウ)たる己の力を具現させる宣誓を告げた。

 

 

契約に従い(ト・シュンボライオン)我が意に従え(・ディアーコネートー・モイ・ヘー)来たれ氷精(ウェニアント・スピリトゥス)闇の精(グラキアーレス)全ての命ある者に(タナトン・ホス・)等しき死を(アタラクシア)!」

「我が真理は繰り返し生まれる胡蝶の夢」

 

 

 嘗ての輝装、影装は祈願、願いである。

 これは違う。答えだ。

 それは証明、己が辿り着いた己だけの絶対の世界法則。

 

 様々な舞台で、踊るのだ。道化の如く、卑しく、無様で、滑稽に、台無しにする。

 そして終れば、次の幕だ。京の旅は終らない。終われない。

 こういう運命だと、一度結末を迎えれば自分は必ず舞台から去る。どんな因果が働いているのか、それは絶対の不文律、故に京の旅路は終ることはない。

 

 

開放(エーミッタム)固定(エト・スタグネット)! 『千年(アントス・パゲトゥー・)氷華(キリオーン・エトーン)』!!」

「誉も罪も等しく背負いて、ただ人間(ひと)として盤古(せかい)に立たん」

 

 

 悲劇を喜劇に変えて、悲しい終わり(バットエンド)大円団(ハッピーエンド)に、お前達のことなど知ったことではないと役者達を蹴散らして、そんなご都合主義な役柄、それが己なのだ。

 それでいい。それがいい。

 自分はここにいるから、こんな役にしがみ付く。馬鹿な一人の化物(にんげん)として、ここに在る。

 

 

『完遂―――素粒子生成』

 

 

 エヴァンジェリンの右手に極大質量の魔力を内包した青白い球体が手の平に収まってゆく。

 京の周囲に今だ嘗てない程の素粒子が、青白い光が発生してゆく。

 

 

刻鋼人機(イマジネイター)最終段階到達(エクストラドライブ・イグニション)

 

 

 窮極の位階、第3段階、真理を宿した化物がここに現れる。

 それと同じくして、究極の技法と並び評されるエヴァンジェリンだけの至高の術式が完成した。

 

 

掌握(コンプレクシオー)―――」

「心装―――」

 

 

 纏うは幻想、氷の衣、禁忌の魔法、最強の魔法使いに相応しい至高の術理。

 

 纏うは幻装、鋼の鎧、科学技術の到達点、神域に達してしまった禁忌の人機。

 

 極大の力が2人を包む。

 一人は体を優しく包むように青白く、覆い隠すように、だが何よりも凶悪に、氷の悪意を内包して

 一人は全身鎧で包んだフルプレートアーマー、そして顔を全て覆うようにまっさらで機械的な1つの仮面が取り付けられている。

 

 そして、それらは現れる。

 

 

 

 

 

術式兵装(プロ・アルマティオーネ)―――『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)』」

 

 

心装・真理(ゼロ・インフィニティ)―――"夢も現も、幻装に舞う連鎖なり(ロンド・オブ・ファントム)"」

 

 

 

 

 

 

 2人の化物が対峙した。

 

 悠然と佇むは「氷の女王」、最強の魔女、真祖吸血鬼、人から外れた少女。

 

 対するは「夢現の怪物」、幻を真に変える夢見の化物、人を自ら踏み外した青年。

 

 もう後戻りなどできない。

 

 お互いの究極、そのどちらかが消し去られるまで

 

 氷の女王、エヴァンジェリンはこい、そう手招きした。

 

 エスコートは男の役目、ならばと、嬉々として京は彼女に襲い掛かる。

 

 

 

 

確立量子投射(クォンタム・ロード)―――!」

 

 

 

 

 京の叫びと共に、唯一にして究極の能力が発動する。

 

 

――――第一次世界線、魔導体系及び魔導師、認識完了。

 

――――第二次世界線、魔術体系及びサーヴァント、認識完了。

 

――――第三次世界線、剄技体系及び汚染獣・天剣授受者、認識完了。

 

――――第四次世界線、魔法体系及び魔法使い、認識完了。

 

 構成における設計情報、完全掌握。

 

 起動開始。

 

 "夢現の怪物"、全てが起動し、到達したとき、それは長い眠りから目覚めるのだ。

 彼を相手取るならば、それは1人と相対するということではない。

 彼が辿った「物語」を相手することと同義となる。

 

 さぁ、いこう。

 

 手を貸しておくれ。

 

 仲間も、敵も、そうでなかった者も、京と出会った全て全て。

 

 ここに思い出すように思い描こう。

 

 

 

 

 

 

 

「AAALaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!!」

 




と、過去最高に長くなりましたがここまでです。
これからハイパー無双モードに入ります。

次回、全員集合(オールスター)
乞うご期待ください。

すみません次回もきっと長いです。



原作名:トラウマイスタ
ジャンル:漫画
使用者:此何ソウマ
能力:アートマン"ゲルニカ"
真実の自己(アートマン)。人の心の奥に潜むトラウマが具現化した存在。元となった人物のトラウマは「鬼」、鬼という存在そのものに対する忌避感が具現化したアートマンである。
能力は万物を食べ、自身の胃に入れた物質の原子配列を組み換えて撃ち出す"嘔吐(オート)カノン"。
特殊な状態異常なども一端食べ直してから吐き出すという工程で再生もできないこともない。

とトラウマイスタでした。
あまり人気及ばず打ち切りになってしまったこの作品。
しかし、打ち切りが決まったときトラウマイスタは始まった。吹っ切れたのか、正にトラウマものの超展開に発展し、なんだかんだで良作として名を残し終わりました。
ちなみにねじまきカギューにもあるキャラがメインとして登場しています。
ラスト付近は本当に予想できないので是非見てみてください。

原作名:ブラッドラッド
ジャンル:漫画&アニメ(今年夏)
使用者:ブラッド・D・ブラッズ
能力:特権"彷徨える血液(ブラッドストーカー)"
血液操作能力。
あらゆる形状に変化することができ、絡めて手や不意打ちに真価を発揮する。
遠隔操作可能。

とブラッドラッドでした。
シリアスになりきらない独特な雰囲気とダークな世界だけどどこか明るい妙に心に残る良い作品。
主人公がイカしている。オタク的な意味で。
アニメもやるようなので(放送前に出せてよかった)是非見てみてください。

原作名:戦国ARMORS
ジャンル:漫画
使用者:明智光秀
能力:五大甦土武(ソドム)迦楼羅(カルラ)
古の霊獣の屍から精製されたという武装。
使用者の生気を食らいその能力を発言させることができる。
五大甦土武(ソドム)に分類される強力な甦土武(ソドム)兵器であり、迦楼羅(カルラ)は灼熱を発生させる力を持っている。
最終形態と一度限りの奥義とは……

と戦国ARMORSでした。
読み切りのときから好きだったのに、2巻で打ち切られてしまいました。残念。
超個人的に読み切りのエグイ方の迦楼羅(カルラ)が好きです。
私的には面白いと思うので是非見てみてください。
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