「
全てを紡ぎ出す
前段階とは比較にすらならない量子の膨大な質量はもはや霧ではなく、闇。
空を覆い隠し、夜闇を真闇に染め上げる。
そして、それは凝縮し形を創り上げた。
どこからか、音が響く。
砂塵を轢く荒々しい音が響く。
そう、いつか聞いた音だ。
戦車が駆ける音だ。
とある戦争の中で黄昏を目指した王が駆ける音だ。
其は世界を征服せし王者。
蹂躙の果てに彼方を目指した夢追い人。
さぁ、今一度の蹂躙を此処に。
「
思い出という夢は現実として変成される。
京が辿った物語、その一遍の完全再現。
姿も、力も、想いも、全て全て。
『彼らの絆こそ我が至宝!! 我が王道!! イスカンダルたる余が誇る最強宝具――― 』
自らが創り出した偽りの影、朋友の虚像、だがそれは間違いなく彼だった。
読み取った夢は真実で、辿った過去は本物。
その虚像は嘘偽り無い意思を持ち、京の要請に答えその力を発揮する。
故に、その影は京の呼びかけに応え、自らが誇る最高の一手で討って出るのだ。
「『―――
世界が一変した。
発動させるは絆が生み出す固有結界。
晴れ渡る蒼穹、地平の彼方まで続く砂塵の荒野。
並び立つは共に黄昏を目指した無双の臣下達。
静にエヴァンジェリンは目を吊り上げた。
世界を塗り替えるという"魔法"一歩手前の大魔術。
同時に、理解する。
「……世界を侵食し塗り替える結界……、違うな、これはお前の力ではない」
「そうさ」
正しく理解していた。
目の前にある事実、その力の一端を彼女は理解する。
「俺の朋友の能力だ」
「成る程、つまりそれは……」
「万能」で「最強」の能力と化したということ。
"科学"という名の神は幻想を駆逐する。
幻想を踏みにじり、法理を打ち立て、ここに在るのだ。
魔術も、魔導も、魔法も、全て完全解析され科学の名の下に構築される。
機能名:最終発展型
自身という世界線限定だった生成対象を可能性世界にまで無限拡張、京の辿った世界を観測し、その全ての設計図を元に生成した素粒子で観測した者達を擬似的に実体化させる。
究極の質量攻撃能力。
刻鋼式心装永久機関、完全体となった機関は無限に無限のエネルギーを発生し続け、果てしない出力を可能にした。
そして、真理の対象となった全ては須く生成対象として認識される。
京の出会った全ての者達、味方も、敵も、そうでなかった者も、その物語にいたなら全て。
この世界で能力が使えないというなら周囲を本来の世界として擬似的に模倣することすらできる。
もはや欠点、不可能などない。
「化物、か」
目の前の全身鎧の騎士、いや、死神の姿の京を見てエヴァンジェリンは吐き捨てた。
軍勢の先頭に立つ戦車に乗った筋骨隆々の偉丈夫、虚像として生み出されたあの男の能力こそがこの広がる大地、そして、現れつつある軍勢なのだ。つまりは見せ掛けではなく、正しく
おもしろい、そう氷の女王は口元を吊り上げ、笑う。
「お前は来ないか、つれないな。ならば私から往こう」
エヴァンジェリンの周囲は極冷の氷が展開し続け、砂塵の荒野を氷雪の大地へと浸食しつつあった。
そこにいるだけで彼女の術式は猛威を振るう。近寄ることすら許さない。触れようものなら極寒の悪意が敵を凍てつかせ粉々に砕くだろう。
無限の冷気を内包し、彼女は氷を統べる女王となった。
相手は現実と夢の間で踊り続ける死神、相手にとって不足はない。
そして、彼女が地面を踏み締めると同時、王の虚像は動き出した。
「AAALaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!!」
1体1体がサーヴァントという無敵の軍隊の進軍が始まった。
最強の魔法使い、氷の女王はそれに軍勢に向かって真っ直ぐに直進を開始する。
同時に手を差し出すように前へ差し出し
「貴様らなんぞを―――」
そして握り潰すように虚空を握り締めた。
「―――相手にしている暇はないわァッ!!」
次の瞬間、砂塵の荒野は氷雪の大地へと一変した。
彼女に触れる総ては氷りつく、大地を氷で閉ざし、この場を更に塗り替えて、自身の独壇場へと駆け上がる。
「邪魔だ―――!」
彼女が腕を振るうだけで極大質量の氷が地面から飛び出し、雨の如き散弾の氷が降り注いだ。
無双の軍勢など相手にしていられない。真っ向からアレとやり合うなど彼女ですら論外と答える。
だから一直線に、大軍などに目もくれず、兵を蹴散らしながら背後に控えるように佇む京に向かって最短距離を疾走する。
「……」
対する死神は冷静だった。京は黙ってエヴァンジェリンに静かに剣先を向ける。
彼女は既に半ばまで兵を突破、京に迫りつつあった。
しかし、それを許さない影がいる。
接近を許さず、護ることを由とした剣士がいる。
京の脇を、一迅の虚像が颯爽と駆け抜けた。
癖のある茶髪、清廉な青い瞳。
その手に握るは
運命の円環から外れた存在とされたイレギュラーにして最強の一角。
「
最強の剣士は駆ける。
規格外の剄で強化された体は残像すら残さず、エヴァンジェリンを撃墜するべく襲い掛かった。
―――外力系衝剄連弾変化
レイフォンの隣に極大のエネルギーを内包した青白い球体が発生する。
連弾、彼独自の技術、力を溜め込んだ剄の塊。
それを危険と取ったエヴァンジェリンは即座に構成した相転移の剣を発生させ腕を振るうが
「ヌ……ッ!」
『……遅い』
構成を終え、その消滅という能力が発動する前にレイフォンはそれを斬って捨てた。
刀剣の扱いで彼を上回る者はあの世界には存在しなかった。ならば最強の魔法使いたる彼女が最強の剣士たる彼に剣で敵うはずがない。
同時に、連弾が弾けた。
爆発的に広がる剄はレイフォンの刀に収束し、蒼い刀身となる。
そして、その力の塊を斬撃の波として
―――天剣技・静一閃―――
放つ。
エヴァンジェリンの目の前で津波のような剄の奔流が襲い掛かった。
必殺の追撃、避けることすら許されない至近距離の一撃。
技を放ち終えたレイフォンの虚像はそこから無に還る様に霧散、黒い霧へと戻っていく。
「チィッ―――!」
両手をクロスさせながら即座に発生させた氷を纏い。幾重にも発生した魔法障壁を張り巡らせる。しかし、それを嘲笑うように砕きながら彼女を飲み込み、押し流した。
別世界の未知なるエネルギーに全身を切り裂かれながらエヴァンジェリンは歯を食いしばる。
「ッ……ァァア!!」
並みの化け物ならこの一撃で欠片も残さず消し飛んでいる。だが彼女はそんな有象無象とは別物だった。
激痛を無視し、叫びを上げながらエヴァンジェリンは自身の前方に全力の魔法障壁を展開、同時に虚空瞬動によって奔流の津波を突っ切り離脱することに成功する。
だが、息を着く間を京は与えない。既に矛先がこちらに向いている。
それに追随するようにエヴァンジェリンは両手を掲げた。
「
「
現れるは金髪の少女の虚像、数、二十。
携えるは黒い杖、バルディッシュ。
稲妻と閃光の申し子、彼女が誇る最高攻撃。
―――疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ―――
発生するフォトンスフィア、計760機。
放たれるは21280発の雷の槍。
対するは五月雨の如き氷の槍。
それは同時に放たれ、互いを打ち消すように着弾、轟音と爆発を発生させながら互いの体にその槍が届くことはなかった。
「チッ……」
こんな攻撃で京を害せるなどエヴァンジェリンは鼻から思っていない。だが舌打ちせずにはいられなかった。
戦えば戦うほどに、京のたった1つの能力、その理不尽さを理解できてしまうから。
他者の虚像生成、それも多重生成を可能にしているときた。見知らぬ虚像の勇士達、奴らが何者かは今考えるところではない。
理不尽極まりないと言っていい。無限に京の意志の元に生成され、倒したところでそれは元の闇となり還元されるだけ、つまりあの虚像全ては不滅であり倒したところで即再創造され徒労に終わり相手にする意味が無い。だが生成される虚像の勇士達はそのどれもが最高峰の実力者、ありとあらゆる場面で京の矛となり盾となり、京にまともに攻撃する前段階で虚像全てを相手にするしかないのだ。
更にこの周囲に蔓延するモノ、京から発生され続ける霧ですらない超高密度の闇は留まるところを知らず今も溢れかえっている。闇があるところは全てが攻撃範囲、この場は既に釈迦の掌の上と化していた。
だがエヴァンジェリンの思う最悪はそれではない。
他者の虚像生成、それが意味している本当の脅威、その最悪の可能性、そして、あの能力の本質が
「フフ」
これが夢現の怪物の力、もはやアレにまともに対峙できるのは化物でも力不足だ。
しかし、そんなことは彼女にとってはどうでもいい。
「京」
「……」
「なぁ、京。どうした、お前は来ないのか?」
お愉しみはまだ始まってすらいない。
エヴァンジェリンは京とまだ戦っていないからだ。
どうした、何故来ない? お前も愉しんでいただろう。早く早く。
「あぁ、だけど、まだ足りない」
「ほぅ、試しているのか、この私を」
「ここまで来れたら、わかるさ」
京は待っているようだった。
先制を取ったのに京はあれから一歩も動いていない。それは何かに気づいてしまったから。
理由があるのだ。
「……ふん」
苦笑とも取れる声色でエヴァンジェリンは応えた。
ならばこちらから往くぞ、と。
ガシャリ、と鋼の軋む音とともに京は剣先をエヴァンジェリンに向ける。それは迎え撃つ為の所作、新たな攻撃の合図でもあった。
それと共に王とその軍勢が消え去り、背後に展開していたフェイトが霧散する。
第二陣、容赦無しの力が具現されようとしていた。
コレはどうする? そう語りかけるように。
「
闇が凝縮し、2つの形が京の目の前に出来上がる。
純白のヒトガタと黒色の王女。
一人は淡い桜色の髪を靡かせて純白の流線型の軽装を身に着けた少女。
一人は長い黒髪を靡かせて絢爛なドレスを纏った女。
第3世界、究極の二角。
「ナノセルロイド・マザーI・レヴァンティン、アルシェイラ・アルモニス、
1つの世界を滅ぼした汚染獣の祖にして最強のナノマシン攻勢兵器。
武芸者の祖、その身体スペックを再現し先祖帰りを果たした武芸者の頂点、人界の女王。
ナノセルロイド・マザーI・レヴァンティン。
アルシェイラ・アルモニス。
人類を滅ぼすべく生まれた終末の魔剣、そして、人類最後にして最強の守護者が並び立った。
本来絶対に分かり合うことなく、並び立つことなど万に一つもありえないこの布陣。
『……いきます』
レヴァンティンは轟音を発生させながらそこから消えた。跡には巨大なクレーター、移動するだけで凄惨な破壊を撒き散らしながらたった一人の化物に襲い掛かる。
そして、次の瞬間には既にエヴァンジェリンの背後に肉薄していた。
「―――!」
それに対し、振り返るまでも無く、エヴァンジェリンの背に花のように咲いた氷の結晶がレヴァンティンを刺し貫こうと展開する。
身体能力において他の追随を許さないレギオス世界の住人に己の全てを運用して追随し、それに対して即座の対応をしたことは流石としか言えない。
だが、それでもまだ甘いのだ。
「っ……」
エヴァンジェリンに接近したことでレヴァンティンは串刺しになり氷り付く、はずだった。
だがそれは起きない。
エヴァンジェリンに氷の花が咲くように、レヴァンティンの周囲には白い茨が展開していたからだ。
氷の悪意は届かない。
対応力、適応力においてナノマシンで構成されたレヴァンティンを超えることはできない。少女といえるほどの小柄な白い体はそれだけが本体ではなく、空気中を埋め尽くすナノマシンを含めての彼女なのだ。空間全てが彼女の目であり、触覚であり、演算機関、並大抵では触れることすら許さず更に上を行かれる。
拮抗した氷と茨、今尚侵食しようと爆発的に発生する氷とそれを飲み込むかのように増殖する茨は二人の間に刹那の間を作り出した。
そして、その間を女王は見逃さない。
手で銃を模すように、人差し指を彼女に向けながら
『―――BANG!」
レヴァンティンとエヴァンジェリン諸共に巻き込んだ極大の衝剄が炸裂した。
数百kmを一瞬で到達し着弾させる一撃、彼女とエヴァンジェリン達の僅か数百mなど無きに等しい距離、それは瞬く間すらなく襲い掛かり、消し飛ばした。跡にはアルシェイラから放たれた破壊の軌跡と一瞬にして砕け散った茨と氷が散乱しているだけだった。
「まだだ」
そして、これで終止符が打たれるはずが無いことはわかりきったこと。
影から影への空間転移、間一髪で逃れたエヴァンジェリンは直接本体である京を叩きに背後から現れる。
それに京は微動だにしない。彼女が健在なことも、背後からの強襲も気づいている。
わかっている。理解している。信頼している。
まだだ、そう終わらないと告げたのは果たして彼と彼女のどちらだったのか
「舐めないほうがいい。彼女らは強い」
してやられた本人が言うのだから間違いない。
そこにはいた。
京とエヴァンジェリンに割って入るように、いつの間にか拳を構えたレヴァンティンとアルシェイラが現れていた。
一瞬、ほんの一瞬でエヴァンジェリンの行動と位置特定を演算し、勘で察し、強襲は未然に防がれる。
振り抜かれた2人の拳は再び京とエヴァンジェリンを引き離し、強烈なダメージを残しながら吹き飛ばした。
「クッ……」
そして、彼女は立つ。
ダメージが抜け切らないことにエヴァンジェリンは苦しげに顔を顰める。
京の真理圏内の中でも五指に入る強者、それが2人なのだ。むしろここまで良くやったと言っていい。
「中々どうして化物らしいじゃないか」
「はは、それは喜べばいいのかね」
言葉を交わしながらもエヴァンジェリンは自らを省みる。
魔力についてはさほど問題ない。彼女の中で渦巻く術式は上級以下の魔法を使用するに当たり事後硬直、消費魔力、その全ての条件、制限を無視できる。問題は自身の体、闇の術式を体内で展開することによりある程度の回復力を取り戻すことはできた。だが応酬する全ての攻撃が一撃必殺という中でそれはなんの慰めにもなりはしない。
一つでも対応を誤れば即終わる。この状態で更に虚像が増えればもはやどうしようもできないことは明白、エヴァンジェリンの敗北はもはや秒読みの段階に差し掛かってきていた。
ならばやることは一つだけだ。
京がエヴァンジェリンにした様に、彼女もまた決死の覚悟で挑まなければならない。
立場は逆転したがそれも一興。
絶望的な状況、そんなものは飽きるほど経験してきているから、慣れたものだ。
「まったく、骨が折れる」
エヴァンジェリンは今正に襲いかかろうとしている獣のように前傾姿勢で構えた。
まだ、京は本領の一欠片も出していない。やろうと思えば自らの持てる手駒たる全虚像を即座に集結させることもできるのだ。
本来なら圧倒的過ぎる戦力差で即座に戦いは終結している。それをしないのはただ虚像によってエヴァンジェリンが倒されることを京は望まず、自らの手で戦いが終わることを望んでいるからだった。
だが、京の目前まで虚像を突破し対峙できないなら所詮そこまで、それで終わりだという事でもある。
「舐められたものだ」
その実力差を理解するエヴァンジェリンは京の真意も理解し、その利己的な手加減に怒りの表情も見せず、鼻で笑う。
そう、これはエヴァンジェリンが悪い。相手の本気も引き出せない自分が悪い。
だが舐められたままではいられない。ならば、最強の魔法使いの矜持に賭けてもあそこに自分は立つ必要がある。
「これが最後だ」
「来い」
京とエヴァンジェリンの間を塞ぐ様に、白と黒の虚像は構えた。
これが最後、これで突破できなければ畳み掛けられる。
「往くぞ!」
エヴァンジェリンが虚空を踏み締める。
それと同時にアルシェイラ、レヴァンティンもエヴァンジェリンに襲い掛かった。
もうその瞬間には終わっている。
レヴァンティンの背後に瞬時に構築される白い巨人、その巨大な頭部に空いた空洞からは全てを蒸発させる熱線が。
既にエヴァンジェリンと肉薄していたアルシェイラは自らの剄を最大限まで溜め込んだ拳を既に振りかぶっていた。
それは一瞬、刹那の間。
どちらもエヴァンジェリンに当たればそれで終わり、そして、それは避けられるような生半可な速度ではない。
それほどまでに彼女らは速く、強かったから。
だが
「ハッ」
この状況において、今回だけは
「―――遅いわ」
エヴァンジェリンが上手を往く。
虚像の彼女等は、今は矛ではなく盾として存在している。能動的に動かれていればもっと早くの段階で終わっていた。
あくまでエヴァンジェリンの行動にカウンターとして応戦していたのだ。
だから、とっくの前に攻撃を開始していたエヴァンジェリンが上回る。
「
そう、始めから溜めていた。
自らの最強最大の攻撃呪文を、その両手に。
それは誰よりも早く攻撃に移っていたエヴァンジェリンが僅かに早かった。
「―――"
2人の虚像は凍りついた。
氷漬けになった虚像を尻目に速く速く、と猛進する。
何故なら
「……ふん、呆れて物も言えん」
ピシリ、そう背後で音がした。
完全凍結殲滅呪文"
あれをもってしてもレヴァンティンとアルシェイラを完全に止める事ができなかったのだ。
あえて自らの最大呪文の封印派生"
虚像が氷塊を食い破るまでせいぜい1分、2分、それまでに京まで到達すればいい。それだけだ。
エヴァンジェリンの障害は既に背後で停止している。
これで自らの進む道を阻むものはいない。
これでお前の前に立てる。そう確信できた。
しかし、それでも
「甘いよ」
この虚像達は、云わば京が歩んできた道程その物だ。
故に、その道程はまだ、長い。
―――
闇を照らすように、赤い筋が六つ、奔った。
「―――!」
そこで、エヴァンジェリンの歩みは止まった。
「な゛……に゛…」
掠れ、濁った声色でエヴァンジェリンはそう零した。
何が起こったか、言うまでもない。まだ終わっていなかった。それだけだ。
何をされたか、疑問に感じるまでもない。それは今でも自分を地面に縫い付けているから。
両手両足、喉に心臓、赤い槍が六本、エヴァンジェリンを串刺しにし地面に縫い付けていた。
血のように赤い槍。
そして、エヴァンジェリンの視線を奔らせた先には翡翠色の槍兵がいた。
輝く貌の騎士、彼の誇る二槍の内の1つ。
―――ディルムッド・オディナ、
常にエヴァンジェリンの周りにはこの世界の魔法使いでも常識外の魔法障壁が張り巡らされていた。
曼荼羅の如く、幾重にも重ねに重ねられた盾。
それは京が創り出す虚像に最大限の警戒、そして対処をする為の物だった。
しかし、そんなものに意味はない。
食らったエヴァンジェリンもそれにすぐ気づいた。
そうこれは、対魔術的防御の能力、刃に触れた全ての魔を切り裂く槍だったのだ。
なにより、この槍を投擲したのは最速を謳う
「これまでかい?」
そして、静かに京の言葉が響いた。
実に効率よく急所を穿たれたエヴァンジェリンは血の水溜りを作りながら動くことはできない。
エヴァンジェリンの周囲に光の柱は現れる。
囲むように、逃さぬように
必滅、絶対勝利を約束された地星の光。
それを携えるは蒼い騎士王。
―――
神造兵装・
掌握された幻想はここに6つの最強を顕現させる。
「―――ハハ」
その黄金の輝きにエヴァンジェリンは眩しそうに目を細めた。
もはやここまで。
このまま自分は消し飛ぶだろう。そして、それに京はなんの感慨も浮かべるまでもなく、ここから去る。
『
騎士王がその真名を発すると同時に聖剣の輝きはより一層、増大する。
巨大な光子の剣を化した剣は天高く構えられ、そして
『―――
振り下ろされた。
光と化した魔力の極限の流動によって巻き起こる最強の斬撃。
防ぐことは不可能、もはやそんな規模ではない。
避けられはするかもしれない。だがそれは先に布石を打たれ不可能となった。
京の言う通り、これは終わりだ。
エヴァンジェリンはそのまま視線を上げ、京を見つめた。
その距離は僅か、あと一歩が足りなかった。
そう、だから
「ケケ―――」
「脚部機能展開―――」
光の斬撃が落ちる刹那の間、二つの影が奔った。
轟。
そして、斬撃が直撃、苛烈な破壊を巻き起こす。
爆塵が舞い、視界は一斉に曇った。
その中で京は面白そうに笑う。
「なるほど」
その視線の先には
「大概に、しぶとい」
両脇に従者を引き連れたエヴァンジェリンがいた。
やや乱暴に体に突き刺さった槍を抜かれながら、エヴァンジェリンは自分を紙一重で助けた従者を見やる。
「茶々丸、お前は貸し出し中の筈だが?」
「ハイ、全て終わりました。ネギ先生の勝ちで」
「御主人ガ怒ルダロウカラ手ヲ出サズニ傍観シテイタガ、流石二此処デ介入シナイノハ従者失格ダロ?
ケケ」
「……フン、助かったよ」
完全に救われた形となったエヴァンジェリンは主君思いの従者達に礼を述べた。
そして、京に振り返り、宣言する。
「私は最強の魔法使い。またの名を"
「ないね」
クツクツと二人は笑いあった。
それに京は何の不服も抱くことはなく、むしろ歓迎するように笑うのだった。
「さて」
そして、左手の銃剣を真っ直ぐに、エヴァンジェリンに照準した。
「これが俺の最後の一手だよ」
創造し立ちはだかる幾多の虚像、そして辛くもそれを全て凌ぎ切った。
これが、最後の壁だ。
京と対等でいる為の絶対条件だ。
「
告げられる始動キー。
だが、今までとは何かが違った。
自分が誰かの掌の上にいるような、そんな気持ち悪い違和感。
それは、エヴァンジェリンの予見した最悪、そのものだった。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、
京の真理は全てを認識し、解析し、掌握する。
過去と、そして現在だ。
既に真理の魔の手はエヴァンジェリンを握っていたということ。
何1つの例外なく、ただ駒として、闇が凝結しエヴァンジェリンを模った。
「投射数"三"」
計3体、それだけの"自分自身"がエヴァンジェリンを阻んだのだ。
「マスター、現状を」
「ドウナッテヤガル」
現れた主人の虚像に従者達は困惑した。
何故ならそれが本物にしか見えず、感じなかったから。
「なんてことはない。アレは私で、私の敵だ」
あれが一体何なのか、それを説明するのはこの現状で説明するには難しかった。だからたった一つの真実を語る。
己を模した影たる己、だがけして偽者だとは言わなかった。
エヴァンジェリンの虚像が動き出す。
『
「
2人の虚像が複数の黒い竜巻を発生させる。
殺到する竜巻に対し、エヴァンジェリンは冷気の爆風を寸前で複数展開、攻撃を受け流す。
「茶々丸!」
「了解マスター、結界弾発射」
そして、即座にエヴァンジェリンの背後にゲート転移で襲い掛かろうとしていた虚像をチャチャゼロが押さえ、更に反撃として茶々丸の結界弾を食らわせる。
だがそれもいとも簡単に解除し、虚像は一足に離れた。
「マズイゼ御主人、押シ切ラレルノモ時間ノ問題ダ」
「言われずともわかっておるわ」
単純に手数が違う。
完全に同規模の力を持つものが一人に対して三人、勝てる道理が存在しない。
エヴァンジェリンに対する3人のエヴァンジェリン、それは正しく本物だった。
同じ能力、思考、そして振るわれる攻撃に含まれる思いまで、鏡写しのように同一だった。
これがエヴァンジェリンの思う最悪、もしも複数の自分自身の虚像を発生させられたら?
無理だ。勝てるわけがない。
最大の敵は自分自身などよく言ったものだ。目の前に本当に自分が相対しているのなら笑うこともできはしない。
出方も、癖も、弱点も、思考も、全てどちらも知っている。偽者などと言えはしない。偽者ならば勝てる道理があった。己との差など、敵か味方かの違いしかないのだ。故に、勝てない。
「チィ……!」
わかっていた。おそらく最後の最後でコレが来るだろうことは。
だが対峙した今でもそれに対する対抗策が思いつかない。その対抗策は全て相手も思いつく上に、できるからだ。
そして、単純な人数差、手数と攻撃規模で負ける以上、従者を引き連れているとはいえジリ貧でしかなく、このまま押し切られるのは自明の理であった。
『
「
段違いの規模で氷の矢が降り注ぐ、それに対して氷柱を発生させ防御をするもそれはすぐさま破らる。
虚像はエヴァンジェリンを削り潰す方向へとシフトしていた。
エヴァンジェリンは攻めあぐねている。相手がどう出るかわかっている以上、下手に攻めれば手痛いカウンターを貰う。
そう、絶対に勝てないようにできている。
「マスター!」
「御主人!」
だが、自分も従者も諦めてはいなかった。
指示を求める声が聞こえる。
攻めに転じる手立てを求めて
「フッ」
それになにより、エヴァンジェリンは守るとか、そういう気性ではないから
「私が援護に入る。"私"から最大手を引き出せ……!」
「了解! マスター」
「了解! 御主人」
茶々丸とチャチャゼロはエヴァンジェリンの指示と同時に飛び出した。
それに対して、虚像の内の二人の照準がそちらに向く。
「
許容範囲を超えた規模で、無理やりに術式を完成させる。
瞬時に完成、そして両手を掲げる。
「―――
超巨大な氷の球体が16、大砲のように放られた。
『
同時に全く同じ攻撃を虚像は行った。
二人での無理のない同時行使、それだけで血を吐くようなエヴァンジェリンの攻撃を上回ってしまう。
だが、これでいい。こうなることなどわかりきっているから。
「姉さん」
「ワカッテルゾ妹」
私達は捨て駒だ。
疾走する中でエヴァンジェリンの真意を理解し、頷き合う。
どう足掻いても勝てる見込みが無い。だから「どう負けるか」が重要なのだ。
そのまま為す術もなくやられるか、一足掻きの後に捻り潰されるか、エヴァンジェリンは後者を狙えと言っている。
この戦力差を覆す秘策、それが相手に知られていようとそれでも行使するしかない決死攻、だからその指示に応えるためにも足掻きに足掻かなければならないのだ。
二人は弾かれるように分かれた。
相手は主人の奥の手中の奥の手、
だが、それに臆する理由は無い。
「ケケケケ! 御主人ヲ斬ルッテノモ悪クナイ!」
「任務は遂行します」
一方、全力の魔法行使により雨霰の如く無作為にあらゆる術式を放ち続けるエヴァンジェリンにもう1体の虚像が待ったを掛けた。
それを待ってたかというようにエヴァンジェリンは全ての援護を止め、目の前の自分一人に全てを注いだ。自分は片手まで相手できるほど弱くないことは自分が良く知っているから。
それはほんの短い時間。
目にも留まらぬ猛攻、目まぐるしく変わる攻防、自分対自分というあまりにも不毛な戦いは膠着状態が続く。
放たれる闇の弾丸、向かい撃つ氷の槍、爆せる氷片と黒い竜巻、超高速で放たれ合う肉弾戦。
だが、それも長くは続かない。
ほんの数分続いた戦いは突如として止まった。
ガシャリ、とエヴァンジェリンの両隣に崩れ落ちる音が響く。
そこには半ばスクラップと化した従者がいた。
あの状態の"私"にむしろよく持ったほうだと心の中だけで褒め、そして完全に1対3の様相をみせたこの状況に予定通りだと臨む。
エヴァンジェリンと戦っていた虚像は無残にやられた従者を見やると一足に後退、そして、3人の虚像は並ぶと同時に
『
自らの最大呪文を詠唱した。
そうくるだろう。
『
自分は嬲り殺すような真似はしない。決められる場面なら一気に畳み掛ける。
茶々丸、チャチャゼロは仕事をした。ある程度の善戦をし、そして手向けに極大の一発を見舞まわれる程の戦いをしたのだ。
ただ押し切られるだけなら勝機はない。
だから、複数の自分自身に勝つというならそれ相応の状況が欲しかった。
「
敵の詠唱が終わろうとする瞬間、エヴァンジェリンはこの状況に唯一対抗できる魔法を使用する。
パチン、そう指を鳴らした瞬間。
「―――
刹那、エヴァンジェリンの足元に巨大な魔方陣が出現、同時に敵の詠唱が止まると同時に溜め込んでいた魔力がエヴァンジェリンに吸い取られるように集まっていく。
太陰道、敵の攻撃をそっくりそのまま自分の物にするという正に今の状況に相応しい魔法。
それも自分自身が誇る最大呪文だ。取り込むにしても扱うにしても一寸の負荷もなく自分の物として扱うことができる。
「
起死回生、逆転の一撃。
「―――
敵のトドメの一撃を全て返す、これならば勝てる。
わけがない。
「……!」
吸い取った魔力を小さな球体状に圧縮固定、そしてそれを握ることで吸収した時、気づいてしまった。
そして、目の前には自分の体を深々と刺し貫く自分自身の姿が映った。
不意の一撃、こちらが動けば瞬時に終わる。詰み、というやつだ。
良い手ではあった。相手が全く自分と同一なことを逆手にとっての逆転狙い。決まればそれで勝てていただろう。
それは当然のように見破られていた。
答えは簡単、アレは自分自身だからだ。自分の考えていることなど自分が良く知っている。
だが、追い詰められてこそ発揮できる力というのもあるだろう。圧倒的不利だからこそ沸く力、意地、発想、そういうものもある。あの状況でも勝てる要素は存在した。
しかし、それすら無意味。
京の力、真理の手は現在進行形でエヴァンジェリンの存在その物を握っている。つまりは、今のエヴァンジェリンの全てを虚像にフィードバックされているということ。
この能力は勝てるようにできていない。
前提が既に間違っている。
京と対等であるために必要な絶対条件、それを満たせていない。
だから絶対に、勝てない。
「ハッ……」
相転移剣を胸部に突き立てられ、エヴァンジェリンは口の端から赤い血が流れた。
自分の不意を討つことはやはりできないかと、敵を褒めるのも相手は自分なだけに馬鹿らしくなる。
ふと、自分を貫いている自分の顔を見た。
そこには不敵に、いつも自分が浮かべている傍若無人な笑みがあった。
おかしい。
疑問が生じた。
「どうして」
何故、目の前の自分という虚像がここにいるのか。
「私が」
何故、邪魔をしているのか。
「私の」
自分の歩みを、自分が妨げているのか。
「邪魔をしている―――?」
これはエヴァンジェリンと京の戦いだ。
そして、京に至るまでの道程で最後の最後で、自分自身が立ちはだかった。
意味が、わからない。
疑問は怒りに変わった。
どうして"私"が私の邪魔をしているのか。
敵になる理由などない。道理に合わない。
例え、創造されたのだとしても、影だとしても、あれは一片の違いなく己なのだ。敵になる理由がどこにあるというのか。
「邪魔をするな、私はそこに往きたい」
そこに"私"は存在すべきではない。
今、ここにる私自身、たった一人でいい。
だから
「失せろ――――!!」
ピシリと、何かに亀裂が入った音がした。
エヴァンジェリンを握る何かに亀裂が入った音だった。
同時に、虚像が停止した。
極大呪文をもう一度放とうとしていた二人の虚像も、目の前の胸を貫く虚像も、微動だにしない。
エヴァンジェリンはそのまま装填した魔法を解き放った。
「
京と対等であるということ、それは捕らわれないということ。
全てを巻き込む真理を拒絶できるかということ。
初めから、自分という虚像を出させてはいけない。勝てないから。真理に掌握などされる者に京と対峙できる資格はない。
ただ傍若無人な悪として、その矜持をもって、ただ意地で、それは為された。
崩れ往く"自分"に一瞥もくれず、エヴァンジェリンは歩みを進めた。
もう誰も邪魔しない。
そこには自分を待つ者がいた。
「流石だね」
「当然」
伊達に長く生きていない。死神の手を魔女は払った。
それでこそ、ここまで自分という底を見せただけはある。京はそうエヴァンジェリンに色々な感情が混ざった思いを抱いた。
「あちらはもう既に終わったようだ。こちらも終わりにしよう」
「あぁ、いくよ」
仮面をつけた顔からは表情も見えない。だがどこか嬉しそうに、そして、銃剣を天に掲げた。
最大最後の、京の全霊が始まった。
―――――確 率 粒 子 投 射―――――
続く言葉は無い。そんなものは必要ない。
放たれる始動キー、全ての機能はある一点に注がれる。
「―――――!!」
既に戦いは始まっている。
エヴァンジェリンは左手から相転移剣を発生させ振るい、そこにいるだけで相手を凍結させる術式兵装が至近距離にいる京を飲み込もうと氷の波が迫る。
それを京は
「ハハ――――!」
剣をただ横薙ぎに振るい。
斬。
全て消滅させた。
「ッ――――クク、ハハハ!!」
刹那の間、エヴァンジェリンは自分の左腕の肘から先が消えてなくなっていることに気づき、驚くまでもなく狂笑を以って次なる行動に出た。
何の変哲もないただの強力なだけな斬撃、それによって相転移の剣が逆に腕ごと抹消された。
ただのとは語弊があるかもしれない。
強力な"億"の斬撃が全てを粉微塵に切り裂いたのだ。
京はもう待ってくれない。
愛すべきこの敵に全力を叩き込むために京の右手は唸りを上げた。
続く、破砕音。
「ハハハ!!!」
そこにもう京の姿は無く、代わりに視界を埋め尽くす神速の弾丸が映った。
避ける? 不可能だ。比喩表現でなく、この空間を完全に弾丸が埋め尽くしている。
耐える? 不可能だ。弾丸の一撃は全て、前段階の
そして、エヴァンジェリンは弾丸に押し潰された。
「……まだ…まだ、まだ!」
しかし、終われない。終わりたくない。
バラバラの肉片から、エヴァンジェリンは自分の全てをかけて再生する。
「そうさ!」
同意だというように銃剣がエヴァンジェリンに照準を定めた。
滅。
放たれる
それが、数え切れない数で放たれようとしていた。
そこに
「させません」
京の構えられた左腕を抱き込むように防ごうとする茶々丸。
「チッ、硬スギダゼ」
背後からナイフを繰り出していたチャチャゼロ。
させないと最後の気力で邪魔をしてきていた。
「お前ら」
京は彼女らがまだ動けることはわかっていた。だが気にも留めていなかった。
ただ、煩わしかった。
「邪魔だよ」
京自身は微動だにしなかった。
それでもチャチャゼロと茶々丸はその場でナニカに両断され、今度こそ地面に沈んだ。
だが、今の一撃が京の誇る最大威力の攻撃であり
「ハハ、それがお前の」
その一瞬でエヴァンジェリンは必殺から脱することができた。
照準の向こうになにもいないことで京は腕を下げる。
そこにはもう目と鼻の先にエヴァンジェリンが振るう剣が迫っていた。
「あぁ、そうさ」
それは右手で受け止めていた。幻影の右手の盾がそれを防いでいた。
相転移という消滅の剣を、だ。
今までの全ての行動が答えだ。
真理段階、それは真理を自分に宿すということ。
そして、それは求道、徹頭徹尾、己に収束する。
つまり、他者の虚像生成能力などは
京の真理とは"繰り返される胡蝶の夢"
繰り返される物語の中でご都合主義を押し付ける存在という答えである。
その具現、力とは可能性の無限発現。
他者とはそれに巻き込まれる存在、京に収束する力に巻き込まれた被害者に過ぎない。
本来、他者の生成など意味がないから、無駄だから。
何故か。
己より強い虚像など存在しない。
それだけだ。
1つの星と同質量の装甲密度、馬鹿げているほどに強化された兵装、そして唯一無二の機能。
この能力の本当の力とは
最強たる己を無限倍化させるという理不尽の権化なのだ。
振るう刃は無尽蔵に奔り、発射される弾丸は空間を埋め尽くす。
何万、何億と"自分"の虚像を纏った京は一つの挙動で全ての行動パターンを網羅する。
相手に対して、近寄る、離れる、防御、回避、受け流し、突き、薙ぎ、砲撃、狙撃、乱射、全てを同時に行える。自分ができうること全て、1mm程度の動きの違いすらそのまま全て発現させ、それは無限に倍増する攻撃となる。
究極の質量攻撃能力。
これに対抗する術はたった1つ、全て正面から突破することしかない。
そして、これを凌ぐことができる者など、この世界には存在しない。
「傷すら付かないか」
「無駄とは、言わないよ」
エヴァンジェリンはその攻撃の結果を呟いた。
効いてはいるのだ。だがそれは巨大な氷山に火炎放射器を使っているようなもの、微塵も効果を為せていないというのが正確なところだろう。
勝てるはずなどない。
「だが、今私はお前と戦っている」
しかし、それが全てだった。
終わりが近づいている。
京の攻撃をエヴァンジェリンはどうすることもできない。
窮極に練り上げられた攻撃が果てしない物量で圧殺を強いてくる。
氷の斧は微塵に切り裂かれ。
黒き冷気の竜巻は無限砲撃によって払い潰され。
自分が誇る最高呪文、それはいとも簡単に撃ち抜かれ、欠片も残さず砕かれた。
「ハハハ!」
「ハハハ!」
不利、有利、それはどちらも関係なかった。
まだ、まだ、それだけを思い。戦った。
数分と持たなかった。
数秒だったかもしれない。
ただ、それだけの間、戦えた。
それはとても愉しいもので、それだけだった。
………………
…………
……
闇が晴れた。
そこには死神と魔女がいた。
魔女はただ倒れ伏し、死神は左腕の銃剣を向けそれをただ見下ろすだけだった。
「終わりだ」
京はそう告げた。
目の前にはただの無力な少女に戻ったエヴァンジェリンが寂しそうな瞳でこちらを見ている。
愉しかった時間は少し、ただそれだけで終わった。
「私の負けか」
息を着く声は今にも消えそうで、どれだけ削られたかを物語っていた。
たが満足がいく結果でもあった。
そして、これがここでの最後の交わしとなる。
「京」
もはや動かないはずの体を起こし、そっと京の仮面に触れた。
そして、なけなしの最後の魔力を振り絞る。
「お前は間違っている」
ベキリと、仮面に亀裂が入った。
どんなことをしても砕けるはずがない仮面に亀裂が入った。
パラパラと破片が落ち、京の左目だけが仮面から覗いた。
そして、その目は"知ったことか"と言っていた。
京は為すがままにそれを受け、その言葉に返答することもしなかった。
「ま、そんなことを言っても無駄か」
「無駄だな」
クツクツと笑いあう。
「なぁ、京」
「うん?」
全ての問答が終わり二人の空気が和やかになったところでエヴァンジェリンは切り出した。
意を決したように切り出した彼女に京は首を傾げる。
「お前、私の物になれ」
そこで京の覗く左目は丸々と驚きに開かれた。
同時に、おかしそうに細まり、笑った。
命令形なところが尚のことエヴァンジェリンらしい、そう思って。
「こういうのは立場が逆で言うもんじゃないか?」
様になっていない。こういうものは見下ろす側が言うものだろうと。
だがそれはどこか話を別の方向に持っていくように、ずらそうとしていた。
「わかっておるわ! 少々予定が狂っただけだ!」
それにエヴァンジェリンはそっぽを向きながら反論する。
なるほどと、京はエヴァンジェリンの予定がどんなものかはわからないが考えないでやることにした。
「それで、返答は?」
むくれる彼女からの催促に、京は一瞬だけ天を仰ぐと、またエヴァンジェリンに視線を戻した。
「俺に勝てたら、受けるよ」
その返答に目を丸くしたのはエヴァンジェリンだった。
「なんだよ?」
不服かよと目だけで非難する。
「いや、断られるかと思った」
とは、エヴァンジェリンの正直なところだった。
そして、歳相応にしか見えない笑顔で笑うのだ。
「ハハハ、そうか、そうか」
一頻り笑い終えると、エヴァンジェリンは京をスッと見る。
「もう行け、無粋な奴らが来る前に」
「あぁ、そうするよ」
装甲が解け、青白い光の粒子となって消えると元の姿となった京は反転し、そのまま学園に向かって歩き出した。
それを見送るようにエヴァンジェリンは最後に声を掛ける。
「次は勝つ、お前は私のものだ」
「はいはい」
ヒラヒラと力なく手を振りながら京はその場を後にした。
麻帆良祭最終日、最後の闘争はここに幕を閉じたのだった。
大変お待たせいたしました。お待たせいただいた方には本当に申し訳ない限りです。
エヴァンジェリンさん奮闘す!の巻きでした。
凄まじく補正入ってますがご了承ください。
次回、学園祭終了・報酬と惨状、乞うご期待ください。