アラガミトレーナー 作:✳︎✳︎✳︎
ポケモントレーナーの✳︎✳︎✳︎がしょうぶをしかけてきた!
ポツン、と額に垂れる雫の感触を受けて、少年は目を覚ました。
青いジャケットにハンチング帽を身に付けた少年は目を擦り周りの景色を見て……首をかしげた。
はて、ここは何処だろうか。
少年が寝ていた場所はビルや道路などの文明品が崩れ荒廃した、寂れた廃墟街だった。
草木は断片的にほっそりと生い茂っているのみで、正直言ってこの景色に見覚えがない。
そもそも自分は、こんな所に用などありはしない。
少年は『育て屋』と呼ばれる老夫婦が運営する施設にて『タマゴ』を受け取りに行こうと209番道路を自転車で走っていた訳だが。
いつ自分はこんな所まで来てしまったのだろう。無意識の内にマップにも載っていない未開拓エリアを発見してしまうとは、我ながら驚いたものである。
まあそれはさておき、ここは本当に何処なのだろうか。転倒してはいるがビルがあると言う事はそれなりに栄えていたとは思うのだが……こんな場所は見た事も、聞いた事もがない。
と言うよりも、ここは『シンオウ地方』ではないのかも知れないと、ちょっとばかし考察を広げてみる。
実はたった今不審に思って『マップ』を広げて見たのだが……何故か自分の位置情報が画面端まで吹っ飛んでしまっていて、使い物になっていない。バグっている訳でないのならコレは、シンオウとは別の地方にいる事になる。
ふむふむ、と考察を続ける少年。しかしそこで疑問が生まれてくる。
自分は一体何故、地方を超えてしまっているのだろうか、と言うものである。
そもそもシンオウ地方は他の地方とは陸続きになっていない、単体での島地方である。つまり、自転車を漕いでいただけの自分には海を渡る術は無いはずなのである。
なんと言う事だろうか。
自分は舞空術でも習得したのかと、自分の異質さに驚いてみせる。実は自分はスーパーマンだったのか。
……まあ、冗談はここら辺にしておいて。良い加減真面目に考えよう。と言っても考察出来る事など何も無いのだが。
少年は気持ちを入れ替えて、何処か休む場所を探す事にした。
こんなゴーストタウン亜種の惨状を見るにポケモンセンターが無事だと考えるのは難しいが、それでも施設機能が生きていれば手持ちの『ポケモン』を休ませる事が出来る。
道具でもなんとかなるが、どうせなら施設を利用した方が彼らの安らぎ的にも良いはずである。ついでに食料も漁りたい所なので、残骸でも残ってくれていれば此方としては万々歳である。
少年は自身の付近に投げ出されていた自転車を『バック』の中に収納し、それを背負って歩き出す。
長旅は慣れている。最低限、文明世界を目指そうと意気込んで少年はその細身の脚を進めた。
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——ほほう、コレは珍しいモノを見つけたものだ。
転倒しまくっているビル街の合間を抜けながら道を進んでいた少年は、比較的開けたアスファルト世界、そこに群がる獣の集団を見つめてポロリと感想を零す。
何が嬉しいのか、少年の口元の両端は釣り上がっていて、時を刻み続ける鼓動も速くなっている。
興奮しながらも何とかソレを押さえ込んで、まずはアレらの情報を得ようと『ポケモン図鑑』を彼らに翳した。
『 エラー 情報が存在しません 』
なんと。これは驚いた。
情報が存在しないと言う事はどの科学者も全く認知していないという事になる。つまり、本当の意味での新種となる訳だ。
事前に説明しておくが、ポケモン図鑑とは事前に内部に蓄積されたデータを実物のポケモンに照らし合わせる事で情報を一致させ、詳しい情報を引き出すという代物だ。
しかしその情報の一致というのはレーザーによる無線スキャンでは難しいらしく、断片的特に、生息地情報しか引き出せない。故にモンスターボールで捕獲し直接スキャンし、より詳しい引き出しをしなくてはならないのだ。
しかし今回の場合は訳が違う。レーザースキャンでの生息地分析が出来ないと言うのは、稀にない事なのだ。
この現象が起こる原因は大きく分けて3つ。
一つは先ほど述べた通り、そもそも人類が既知していない新種のポケモンであること。
一つはポケモンではなく、通常の生物であること。
一つはその図鑑に対応していない地方のポケモンであること。
中者は牛や豚などの家畜などに当てはまるが、基本的にこのタイプのエラーは発生しない。ポケモン図鑑と名を打ってはいるが、トレーナーのサバイバル状況下での支援を目的として食べる事の出来る野草や小動物の情報も搭載されているからだ。
つまり、牛ならば『牛』と、ちゃんと出るのだ。
後者はエラーが出る良くあるパターンなのだが、他の地方のポケモンはその地方の科学者達は研究していない為、詳しい情報が引き出せないのだ。
まあこの場合引き出せないと言うよりもそもそも情報が存在しないと言う表現の方が正しいのだが。言葉の綾と言うやつである。
しかし、このパターンも自分には当てはまらない。何故なら自分の持っているポケモン図鑑はシンオウ対応型ではなく、全国図鑑だからだ。
全国図鑑には、その名の通り全国に広く分布するポケモンを各地の科学者達が研究し、それを一つのデータとして纏め上げたOSが搭載されている。
この全国verの図鑑を持っている者は極限られるのだが、その分サービスは十全だ。その一つに、定期的な情報更新サービスがある。新しく判明した事実が新たに記載されるのだ。
故に、古い全国図鑑を持っていたとしてもその内容は最新版と同等なのだ。全国のポケモンの情報が、いつでも最新の物へと更新される。こんな状態でエラーを起こすなど、よっぽどの事がなければあり得ない。
そう、だからこそ少年の口元は歪んでいるのだ。
新種のポケモンとの邂逅など、滅多にある事では無い。自分にポケモンを初めて託してくれたナナカマド博士は勿論、同期のヒカリやジュン達は狂喜乱舞する事だろう。
少年は早速、腰のベルトに手を当てて小さなボールを掴み投げ捨てる。
——行け、ドータクン。
はてさて、スイッチを押した事で手のひら大まで増大した赤白のボールから飛び出したのは何か。
それは一言で言えば、鉄塊。下部から内側に掛けて丸くポッカリと穴が空いてしまった弾丸のような形の物体に、ふた切れの重量版が取り付けられた浮遊物。
人工的に造られたような姿形のソレの、眼のような赤い模様は目の前の3匹の獣を見つめる。
——心なしか、なんだか嬉しそうだ。
それもそうかと少年は思った。
彼の役割は何かと言えばそれは、"耐久"である。言うなれば盾。
彼の特徴はその高い防御性能と、耐性性能である。物理属性も特殊属性も、何方も比較的上位に位置する防御値でありながら彼の弱点は16属性のうち僅か2つ。しかもその内片方は特性『浮遊』によって無効化する事が可能だ。
それ以外にも半減できるタイプがいくつかある事も特徴である。HPが少し物足りない事にさえ目を瞑れば、最高の防御性能を誇る。
しかし、耐久するほどの戦闘は最近、あまり行っていなかった。
少年は普段使うポケモンを2匹に絞って闘う。彼が防御特化型の性能だと示すのならば、もう一方は攻撃特化型のポケモンである。
そしてその攻撃特化型のポケモンの姿は、弱い弱小ポケモンにとっては恐怖の存在そのものだ。それを逆手にとって最近は戦闘行為を極限まで抑えていた。
する場合にあっても、アタッカーであるポケモンが瞬殺してしまうので、野生のポケモンではすぐに戦闘が終わってしまう。ドータクンに出番は無いのだ。
そんな所に来ての、久しぶりの戦闘。最近なかなか役立て無かったドータクンにとってはそれはもう、最高なのだろう。
自分の相手がどんな生物なのか、それすらもテンションが上がりきっているドータクンには判別出来ていない。
相手の獣は浮遊する巨大銅鐸をみて、首の奥をグルルと鳴らす。当たり前だ、こんなUMAもビックリの謎物質が突然空中に現れたら、警戒をせずには入られないだろう。
しかし、未だに攻撃を仕掛けて来る気配はない。様子見という事らしい。
ならば、此方から行かせて貰おう。
少年はドータクンに『サイコキネシス』を指示、3体のうち2体の無力化を命ずる。
ドータクンはそれを即座に実行、赤い丸模様を薄青く点灯させて己に秘められた能力を解放させる。相手の身体に膨大な圧力を掛けて押し潰す、圧縮攻撃だ。
コレをマトモに受ければ、幾ら防御特化型のドータクンの攻撃とは言え致命傷は免れない。謎のポケモンAとBはこの一撃で最も簡単に内臓が破壊されてしまった。
内臓をやられた謎ポケモンはその衝撃で倒れ込んでしまった。これで彼らはこの場が退場するはずである。物理的に。
実はだが、ポケモンには予め自己を回復させる能力が付与されている。それは自分の生命が極限まで危機に瀕した場合に起こる。
その現象を自分達は、何度も目撃している。モンスターボールに入る瞬間、物理法則をも捻じ曲げて収納されるあの縮小……そう、それこそが全てのポケモンに総じて与えられた特殊能力である。
この能力によってポケモン達は、自身に多大なるダメージを受けると縮まり、実質的に相手の攻撃のターゲットから外れる。ついでに自然回復量も増えるから、一石二鳥という訳だ。
そんな訳で彼らは、すぐさまこの戦場から離脱した彼らがいた場所にはそう、小さな小さなポケモンの姿が……ない。
彼らはサイコキネシスを受けた。そして、その場から姿を消した。このプロセスはポケモンと戦闘した時と同じ状況である。
ならば何故、彼らの姿は何処にも見当たらないのか。
地面の下へ流れ込んだからである。
流石の少年も、この現象には目を見開いた。
今まで当たり前だったポケモンの離脱方法とは全く異なり、まさかヘドロ状になって地面へと流れ込むなど誰が想像できようか。
そんな事は、ベトベトンでも起こりはしなかった。身体自体がヘドロである彼でも、だ。
となると、彼らは一体何なのか。
全国図鑑にも載ってなく、ガブリアスほどの大きさなのに集団で行動しており、戦闘不能になるとヘドロになって地面へとなだれ込む。
新種と言うだけで偉大だと言うのに、こんな新発見の塊みたいなポケモンは、正直言って驚きである。
これは確実に、捕獲しなくてはならない。
少年はドータクンに再度サイコキネシスを指示。今度は痛ぶってギリギリ死なない程度のダメージに調節するよう言う。
それによって最後の1匹は先ほどの2匹とは違い、ヘドロにはならずにドサリと地面に脚をついた。
——今。
この瞬間だと少年は目を見張り、その手に握る一球のボールを新種の頭部へと投げつける。
そのボールはドータクンが出て来た物とは装飾が異なり、上下黒白の二色に分かれ、上辺には黄色く『H』の模様が入っていた。
獣の額に、ボールが当たった。
今彼に起こった現象は、たったのそれだけ。そう、ボールがぶつかっただけの、ただそれだけの事だった。
なのに、次の瞬間にあの獣の姿はいない。あるのは、彼の居た場所に転がっている、先ほどのボールだけ。
何が抵抗するように揺れている。離せ離せと、中から何かが抵抗しているようにも見えた。
そう、この中にいま、ケモノが入っているのだ。しかしこれは性能強化されたモンスターボールだ。瀕死直前のケモノにその呪縛に抵抗する術など、ありはしない。
暫くすればボールの揺れは収まった。
少年はドータクンをボールに戻し、黒白のボールを拾う。
新種のポケモンを捕まえた。
少年はその事実に興奮したものの、なんだか物足りないように感じてしまっていた。理由は勿論、先ほどの戦闘である。
彼が出したのは耐久用にと調整した、ドータクンだ。火力は低いとは言わないが、突出して高い訳でもない。それなのに、彼の攻撃を一度受けただけで彼らはやられてしまった。
呆気なさすぎる。少年は彼らの弱さを嘆いてしまった。それと同時に、妙な孤独感を覚える。
ポケモンリーグでチャンピオンに勝利してからと言うものの、自分は沢山の場所を調査して来た。そしてそこで、ポケモンを捕獲して、鍛えていた。
だからだろう。彼の育てたポケモンは、同期のトレーナーが育てたものは勿論、地方最強にすら安定して勝利出来る程のものとなってしまった。
「………」
彼は無言でボールをバックの中へと放り投げて、空を見上げる。
特に何も考える事もない。荒廃した世界だろうと、今までと同じように旅をするだけだ。
帽子を深くかぶり直して、少年は再び歩みを進めた。