「そうりょ…さん…なの…?」
2人の下へ近づいてきた勇者が呟く、それは火魔にも聞こえていた。
「……そうだ。」
震える火魔の声、後ろからは風魔がすすり泣く声が聞こえ、飛龍が低く唸るのが聞こえる。
仲間である僧侶の死、悪鬼の類である火魔が戦士である事を悟った勇者。
そして恐らくは僧侶もそうである事を悟る。
勇者の頭の中の情報処理能力は限界を迎え、1つの感情が生まれる。
怒り―。
圧倒的なまでの怒り。
何も出来なかった自分への怒り。
仲間を救えなかった自分への怒り。
仲間を傷つけた敵への圧倒的な怒り。
「そうりょさん、ぼくは…。」
何かを言いかける勇者。
まだ、謝ってない。まだ一緒に冒険し足りない。
みんなでご飯食べに行ってない。みんなで笑えてない。
許さない、ユルサナイ、ゆるさない!!!!!!
仲間を殺した敵への殺意、殺意、殺意!!!!!!!!!
憎い、憎い!憎い!!!!!!!
「ぼくは……おれ……俺は…俺は…っ!」
勇者の口調が変わり、身体を纏う気配が変化する。
「勇者…!?」
驚いた火魔は水魔を抱えながら勇者の方を振り向くと、そこには―
先程までと違い、身体的な変化はなかったものの、いや
正確には人間である部分には変化はなかった。
勇者の背中から服を突き破り白い翼が生えている。
「あれは…。」
「なんと…あれは古より伝え聞く天使そのものではないか…。」
風魔と飛龍が少し離れたところから勇者を見つめる。
変わらず土魔は気絶したままで、飛龍が守るように身体を移動させていた。
「馬鹿な…なんなのだお前は…!」
驚愕した側近は驚きのあまり声を荒げ勇者を問い詰める。
「お前か…お前が…。」
勇者はゆっくりと側近へ身体の向きを変え、翼をはばたかせ空へと飛び立つ。
側近と勇者の間に結界を隔てて、互いに向き合う形となった。
ふと勇者が戦士に叫ぶ。
「戦士!!」
「…?」
幼い喋り方であった勇者が、今こうして自分を呼び捨てにしている。
驚いて返事を返すことが出来なかった。
「僧侶を安全なところへ。」
「安全なところ…?何言ってるんだ…僧侶は…。それにもう俺達は…。」
戦士の弱気を吹き飛ばすように勇者が叱咤する。
「勘違いするな、僧侶はまだ死んでない。それに俺達もまだ負けてねぇ!」
「死んでない?何言って…?」
「命の炎はまだ消えてない!心臓の音を聞け!」
はっとした戦士は僧侶の胸に耳をあてる。
まだ、弱々しくも鼓動する心臓の音。
まだ、間に合う…!
「風魔ァ!!頼む!!ありったけ回復魔法を!!!」
火魔の声に風魔は弾けるように飛び出した!
たどり着くと、風魔は詠唱を始め水魔の回復を行う。
「私の回復魔法じゃ一時的に凌ぐだけしかできない…いいわね!」
「…俺が諦めて水魔を死なせるところだった…。頼む!まだ、まだ…生きてる…生きてるんだ…!」
『あきらめるなんてらしくない』
「そうだな…らしくねーな…!」
火魔の心に火が灯る。
「ふ、ふはっ…くはははははっ!!一瞬にして、まるで閃光の様に士気を覆しおった!!」
「おい、そこのトカゲ野郎。笑ってんじゃねぇ、お前も力を貸せ!」
「くく…面白い!我を爬虫類呼ばわりした事、我の力を示して撤回させてやろう!」
龍族とは元来、崇高な思想を持ち、自身へ力を示した者のみに従う。
その龍族である飛龍が、勇者に対し、戦わずして「力を示す」と言った事は即ち
服従、感服の意であり、龍族の歴史において初のことであった。
「その口の悪さ…土魔の母を思い出すな。」
飛龍がゆっくりと立ち上がり、勇者を見据える。
「どこぞの誰かと比べるのは構わん、だが今はこの結界をぶち壊すぞ。」
「…お主は見ていなかったからわからんだろうが、この結界、火魔と我の全力に、土魔と風魔の補助を加えても微動だにしなかったのだぞ、どう覆す?」
「…。」
飛龍の問いに勇者は黙り込み、辺りを見回す。
中間の国の上空に五芒星の点として展開されている魔方陣。
「まさかただの大見得ではなかろうな?」
「黙ってろ。」
飛龍の催促に勇者は辛辣な返答を返す。
(情報が足りない、何かいい方法は…。)
見回していた視線の先で、風魔の姿が目に入る。
(あいつは…。)
はばたきながら風魔のすぐ傍まで飛んでくる勇者。
「ババァ!!」
勇者の会心の一撃、風魔に即死級のダメージ!
「バッ…!あんた水魔の回復が終わったら覚えておきなさいよ!!!」
「久しぶりだな、お袋の葬式以来か?」
風魔の殺気などものともせずに勇者は続けた。
「…そうね、それくらいからかしらね…。」
「面識があったのか…?」
火魔は不思議そうに2人を見つめる。
「…まぁ、昔ちょっとね…。勇者、その翼…」
「話は後だ、聞きたい事がある。」
勇者が風魔に質問を投げかけたその時
「勇者!!前だ!!」
飛龍の声が響く、見れば側近が
しかし、水魔を寝かせた火魔が勇者達の前に仁王立ちし、拳で火球をはじき返した。
火魔の怒りの一撃に、火球は更に勢いを増し跳ね返るが、結界にかき消される。
事はなかった、なんと
「ぐおああああああ!!!」
側近に火球が直撃する!
これには勇者陣営、更に言えばはじき返した火魔自身が一番驚いていた。
「通った…?通ったのか…!?」
「そうらしい、なるほど1つ憶測の域ではあるが試す価値がある。」
「試す…?」
勇者は笑みを浮かべながら説明を始める。
「まぁ単純だ、こちらの魔法が通らないんだったら、あいつの魔法を跳ね返せばいい。」
「しかし何故側近の魔法は通るんだ…?」
火魔の質問に勇者が怪訝な顔をして答える。
「理屈なんぞ知るか、目の前で起きたことが全てだ。やられたらやり返す、倍にしてな。」
「…ははっ…。」
その答えにたまらず笑い出す火魔。
「気でも狂ったか?」
「まさか、随分頼もしくなったと思ってよ!!」
そう言うと踵を返し、側近の方へと向く火魔。そして胸の前でゴツリと両拳を突き合わせ―
「お前らは俺が守る!飛んでくる球は全部殴り飛ばす!だから策を頼んだぜ!勇者殿!」
「当たり前だ、ここにいる仲間は誰一人死なせない、全員で生きてここを出るぞ!」
「応!」
火魔は徒手空拳での迎撃の態勢をとった!
「まずはあの娘のところまで下がるぞ、散らばっててはやりづらいだろう。それに、あの龍も貴重な戦力だ、守りに徹するだけは惜しい。」
「あの娘って…あんたも子供でしょう…。」
「うるっせぇんだよババァ!こまけーんだよババァ!おめーはほんとババァだな!だからババァなんだよババァ!!!!」
「ハッハッハッハッハ!!かつての空戦姫をババァ呼ばわりとはな!!フハハハハハ!!」
先程まで漂っていた劣勢の雰囲気を全て消し飛ばした、これも勇者のなせる業かと、飛龍は大きく声を上げて笑い飛ばした。
「~~~~~!!あんた、終わったら覚えてなさいよ!!」
「余裕が出たのは結構だが、飲みの席でやってくれよ!」
「俺はまだ7歳だぞ、酒なんぞ飲めるか。ババァじゃあるまいし。」
「クソガキ…っ!昔は可愛かったのに…。」
そのやり取りを、静かに見つめながら飛龍は心の中で呟く。
(終わったら…か…。お主ら一度心を砕かれたであろうに、もう無事に帰る気か…。ならば…!)
スゥと鼻から息を吸い込み、口を大きく開く飛龍。
「ヴォオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
ビリビリと空気を震撼させる程の雄叫び、飛龍による己への活。
「我が名は飛龍!勇者よ!今ひとときお主に助力する!我が翼で空を翔け!我が爪にて敵を裂き!我が灼熱の業火でお主に仇なす敵を葬ろう!」
「…魔王軍にしておくには勿体無いな、ならば俺を乗せて飛んでくれ、飛龍。お前の翼が一番速い。」
「心得た!」
そこへ側近が火球を放ってくる。
「させねぇよ!もう…もう諦めねぇ!ここは死守する!抜かせねぇ!」
先程とは別人のように火魔の闘志が熱く燃え盛っていた。
「この…死にゾこないガァァァァ!!!!」
何度も何度も、
その度に火魔にはじき返されている。ただし、最初の反射以降はなかなか当たらずにいた。
「くそっ…流石に当たっちゃくれないか…!」
その様子を冷静に見守りつつ、勇者は飛龍の顔を近づけさせ、3人だけに聞こえるように話す。
「ババァ、1つ聞きたい事がある。」
「…はぁ、何よ?」
水魔への回復の手を緩めずに会話を続けるあたり、流石魔王軍四天王といったところであった。
「この五芒星の魔法はなんだ?どんな特徴がある?」
「名前は
淡々と回復を行いながらも説明をする風魔。
「実際に、我らの攻撃を全てあの結界で遮断してきた。が、本来の結界とは違うようだ。反転させ、内側からの攻撃が通らないようにしたらしい。」
「反転…ね。なるほど詠唱中は全て跳ね返すと。」
「それに、五芒星の魔方陣が全て繋がったら、さらに強化されるはずなのよ…それなのに反射はされなくなった。これは一体…?何か策は?」
風魔が真剣な眼差しで勇者を見つめる。
顎に手をやり、視線を落として考え込んでいた勇者はそれに気付くと
「策、というよりもう既に結果が出ているかもしれない。」
「結果が出てる…?」
「今あいつは
「え、えぇ…それが?」
「…なるほどな。」
勇者の出した答えに、飛龍がニヤリと笑みを浮かべ頷き、考えが伝わったことを示す。
「俺は勇者だ。だが、戦う力は無い。翼が生えたからと魔法が使えるわけでも、身体能力が飛躍的に向上したわけでもない。だから、力を貸してくれ。」
先程までと違って殊勝な態度に、風魔と飛龍は少し驚いたが―
「…そのつもりよ、水臭いわね。」
「そういうことだ、元より従うつもりだった。」
「すまないな、それじゃ―
「んん…う…あれ……?私…。」
土魔が傍で目を覚ました。
「おう、目が覚めたか?」
「え…?う、うん…勇者…?」
「言いたいことはわかる、だが時間がねぇ。力を貸してくれ。」
「…怒ってないの…?」
おずおずと勇者に質問をする土魔、それに対しての勇者の答えは―
「友達だろ?怒ってねーよ。」
「あ……。」
ぶっきらぼうに答える勇者を見て心がちくりと痛む、しかしまだ、友達と呼んでくれる勇者が、土魔にはかけがえのない存在に見えた。
「だけどそうも言ってられなくなってきた、一緒に戦ってくれ。」
「…うん!」
横になっている土魔を起こそうと、手を伸ばす勇者、その手を取り、土魔は起き上がる。その様子を、風魔は優しく見守っていた。
人間と魔族、今の勇者の姿が人間のものでないとしても、心は人間。だから、今こうして人間と魔族が手を取り合う姿は、いつか来る和平への架け橋なのだろうと、風魔は心の中で思ったのだった。
(水魔、貴女が守ろうとした子供達、未来は…きっと…!)
「恐らくだが時間がない、手短に話す、よく聞け。」
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「作戦は以上だ、健闘を祈る…行くぞ!」
さぁ、反撃開始―!