竜が辿り着いた幻想郷・外伝   作:ベヘモス

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またまた雨期さまとのコラボ短編です。これで三度目ですが、ありがたい事です。
今回もやりたい事を詰め込んだ為、大変長くなっています。文字数で言うと二万六千字越えです。笑っちゃうね。
今回の内容を一言で表すと【友人宅に泊まろう】です。その子とを念頭に置いて読んでみてください。


外伝その3

春から夏へ移り始めた初夏の頃。水色の髪の少年<一条要>と紫髪の少女<月村すずか>は町へと繰り出していた。

特になにか目的があるわけでもない。ただ、休日をトレーニングに費やそうとしている要をすずかが遊びに誘ったのだ。

要は今日はトレーニングをしていようと考えていたし、すずかも半ば無理だろうと思いながら誘った為、二人して何処へ行こうかなど全く考えていない。

その為二人して何の目的もないのに町へと繰り出す破目になってしまった。

 

「それで要さん。今日は何処へ行きますか?」

「何処って言われても、新しい重しを買いに行く位しか思いつかないな。……流石にそれは嫌だろ?」

「さ、流石にそれはちょっと……」

 

要が言ってきた提案に流石のすずかも顔が引き攣ってしまう。

町に出れば遊べる場所など沢山ある筈なのに、要が真っ先に思い付いたのがトレーニングで使う重しの購入。流石のすずかでも、要のこの発言には思わず引いてしまう。

折角の休日で二人っきりなんだし、こんな時くらいはトレーニングの話題を持ち出さないで欲しかった……。

すずかは心の中でそう思いながら、要に気付かれないように小さな溜息を吐いた。

溜息を吐きながらも直ぐに頭を切り返し、なにか話題を変えられる様な物はないかとバックの中を探っていると、財布に付けていた綻んでいるお守りに目が留まる。

何年も付けていた所為か、すでにアチコチが綻んでしまっているけど、それでもはっきりと【博麗神社】の文字を読み取る事が出来た。

 

「……そういえば、霊夢さんたち今頃どうしているのかな」

「あ? なんだよ急に」

「いえ、お財布に付けていたお守りを見たら、なんだか急にあの人達の事を思い出しちゃって」

「なるほど。……そういや俺も中学に入る前にリュウと会ったのが最後だな」

「もう何年も会ってませんけど、あの人達の事だからきっと幸せな家庭を気づいているんだろうな」

「あの時はボコボコにされちまったが、今度会った時は必ず叩きのめす」

「………………」

 

誰もそんな話はしていない。すずかは思わずそう言ってしまいそうになったが、ここはグッと堪える。

ここではっきり言ってしまうのは簡単だけど、言ったところで考えを改めてくれるような人じゃない事はすずかが良く分かっている。

だから何も言わず堪える様にしているが、それでも文句の一つや二つは言いたくなってしまう。

 

「幻想郷と言えば、前に行った時もこうして二人で歩いているときに神隠しに遭ったんだよな」

「そういえばそうでしたね。あの時は本当にどうなる事かと思いましたよ」

「あの時はリュウに出逢えて本当に助かったが、また二人で歩いていたら神隠しに遭うかもしれないな」

「冗談でもそう言う事をいうのはやめてください。本当に遭ったら如何するんですか」

「そんときはまたリュウの奴にでも助けてもらうさ」

「……ついさっき〝今度会った時は叩きのめす〟とか言ってませんでしたっけ?」

「それはそれ、これはこれだ」

「はぁ……」

 

もしリュウさんの居ない世界に着いたら如何するのだろう。そう思いながらすずかは呆れて溜息を吐く。

要の楽観的な考えには呆れてしまうが、そう何度も神隠しになんて遭わないだろうとすずかは自分に言い聞かせておく。

それよりも今は何処へ行こうかちゃんと考えなければと思い直すが、急に地面の感覚がなくなっている事に気がついた。

地面がない事に要も気がついたのか、何事だろうと二人して足元を確認してみると、本来其処に在るべき筈のアスファルトの地面は存在せず、まるで空間が切り取られたかのように暗い穴が開いていた。

 

「「……はい?」」

 

二人して間抜けな声を出すが、何か行動を起こす前に二人共その穴に落ちて行ってしまう。

重力に従って下へ下へと落ちていくが、穴は思いのほか短く、二人は直ぐに暗い穴を抜け出す事ができた。

穴を抜けた二人の眼に飛び込んで来たのは眼下に広がる一面の銀世界。まるで上空から撮った航空写真の様な素晴しい光景。それが今二人が目の当たりにしている光景だった。……そう、二人はいま上空から落下しているのである。

 

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

突然の状況の変化にすずかは落ちながら絶叫する。要もこの状況には驚きを隠せないでいるが、今まで色んな事件に関わってきたため、すずかよりは落ち着いていた。

一体何が起こったのかなど気にせず、要がまず初めにとった行動はすずかの救出だった。

雲よりも低い位置にいるとはいえ、上空数百メートル以上から落下して無事で済む筈がない。

下が雪で覆われていても、落下した時に雪に覆われてしまったら身動きとれずに窒息するか、凍死してしまう可能性だって十分にある。

要一人ならばその位の事は如何にでも対処できるが、すずかはそういう訳にはいかない為、真っ先に助けに向かう。

要は自分の足元にシールドを展開し、それを踏み台にしてすずかの元へと一気に跳ぶ。

そして慌てふためいているすずかを抱き締め、自分の足元にもう一度シールドを展開して落下に備える。

要は心の中で自分も空を飛ぶ事が出来ればと悔むが、ない物ねだりをしても仕方がないと割り切る。

展開したシールドで地面の雪を押し潰せば、下の雪に埋もれる心配もないだろうと考えていると、二人を巻き上げるように突風が巻き起こり、その風にシールドが煽られて要たちは空中で静止する。

突然の風に二人は驚くものの、風はゆっくりと止んでいき、二人を静かに雪の地面へと下ろした。

 

「た、助かった……んですよね」

「そうみたいだな。流石に上空から落下したのは驚いたけど」

 

二人は無事に地面に降りられた事に安堵の溜息をつくと、二人の元へ一人の青髪の男性が近付いてくる。

 

「空を飛べない妖怪に、普通の人間か。……お前等、あんなところで一体何してんだ?」

 

大きな籠を背負っている男性は訝しげな様子で二人に尋ねてくる。しかし二人はその男性を見て安堵する。

 

「お、リュウじゃねぇか。お前が居るってことは此処は幻想郷か」

「良かった。リュウさんに出会えたならちゃんと家に帰れますね」

 

親しげに話す二人だが、反対に男性は眉間に皺を寄せて二人の事を怪しんでくる。

 

「確かに俺はリュウだが……お前等なんか知らんぞ。誰かと勘違いしてるんじゃないのか」

「「……えっ?」」

 

青髪の男性<リュウ>は二人の事は知らないと言い、疑うように二人の事を睨んでくる。

しかし二人は昔会った時と何も変わらないリュウの姿を見間違える筈もなく、食い違う意見に首を傾げることしか出来なかった。

数年も会わなかったから忘れられたとも考えられるが、要は昔会った時と何ら変わらないリュウの姿に疑問を覚えた。

何年かぶりに会うのだから、自分が成長したようにリュウにも何らかの変化があってもいいはずだ。なのにリュウは最後に会った時と変わらず、あの頃の姿を保っている。

リュウは人間ではないのだし、人間と同じ様に考えるのもどうかとは思うが、要の中である仮説が生まれた。

 

「……なぁ一つ聞くけど、最後に一条要と会ったのは何時だ?」

「本当にへんな事を言う奴だな」

「頼む、教えてくれ」

「……アイツと最後に会ったのは、確か五ヶ月くらい前だ」

「え、五ヶ月?」

「やっぱりな……」

「要さん、これって一体如何言う事なんですか?」

「多分だけど、俺たち世界どころが時間軸すら飛び越えちまったらしい」

「……えっ?」

「俺も何がなんだか分からんから、1から説明してくれ」

 

リュウに説明を要求され、要は自分が導き出した仮説を二人に話し始める。

要が導き出した仮説、それは自分たちは世界線だけではなく時間軸すら飛び越えて、幻想郷へと辿り着いてしまったと言うこと。

普通ならありえないと言って一蹴されるような仮説だが、状況を考えるにそれしか思いつかず、リュウが要たちの事を分からず、食い違いになっている説明にもなる。

リュウにとって要たちは子供だと思い今の要を認識できず、大よそ五年ぶりに会う要たちにとっては昔と何も変わらないリュウの事を直ぐに認識することが出来た。

この説明を受けてもリュウはまだ訝しげな様子だったが、要が軽く力を解放すると漸く納得してくれた。

 

「確かにその力は要のと同じものだな。……てことは、そっちの子はすずかちゃんか。大きくなったなぁ」

「漸く納得してくれたか。あとその発言は久し振りに会う親戚のオッサンみたいだぞ」

「仕方ねぇだろ。俺の中ではお前等はまだ子供だったんだから」

「まぁそれもそうか。……それでだ、リュウ。二回目で悪いんだけど」

 

リュウも納得し、漸く打ち解けたところで要が本題を切り出そうとするが―――

 

「はっくしゅんッ」

 

―――すずかの可愛らしいクシャミで話の腰が折れてしまった。

 

「す、すいません」

「いや、別に気にするほどの事じゃないが……よく見たら二人共薄着だな」

「此処に来る前は丁度初夏だったからな。寧ろこっちが何月だよ」

「今は十二月の半ばだ。今は年越しに備えて色々と準備してるところだな」

「十二月って冬真っ盛りじゃねぇか! そりゃ雪も降り積もってるよな」

「何言ってやがる。冬が厳しくなってくるのは一月二月になってからだ。こんなのまだまだ序の口よ」

「うぇ……。それじゃ毎年大変だろ」

「そうなんだよ、毎年雪掻きが大変でなぁ。……霊夢のやつは手伝ってくれねぇし」

「あははははははッ。お前も色々と苦労してるんだな」

 

要とリュウはおかしな方向で話が盛り上がってしまうが、十二月の寒さの中を薄着でいるすずかからしたら堪ったものじゃない。

これ以上話が脱線してしまう前に、すずかは身体を震わせながら小さく手を挙げて話に割り込んだ。

 

「あ、あの……いい加減身体が冷えてきたんですけど……」

「「あ、悪い」」

「謝らなくていいですから、何処か身体が温まる場所に行きたいです……」

「身体が温まる場所って言われても、ウチに連れて行くくらいしか思いつかないぞ。最近になって温泉が湧くようになったから都合がいいと言えばいいが」

「でした直ぐに行きましょう。早く行きましょう!」

「分かった分かった。……で、一つ聞いておくがお前等飛べないんだよな?」

「……悪かったな飛べなくて」

「寧ろ飛べる事を前提に話されても困ります」

「だよな。ったく、しょうがねぇな」

 

リュウはめんどくさそうにそう言うと、二人に近付いてそのまま二人の事を脇で抱え込んだ。

 

「うおッ!? リュウ、てめぇいきなり何しやがる!」

「良いから喋るな。舌噛むぞ」

「あの、凄く嫌な予感がするんですけど……ッ!?」

 

リュウは二人の文句も聞かず、脇に抱えたまま地面を蹴って空へと飛び上がる。

人間では考えられないほどの跳躍力に度肝を抜かされるが、それ以上に何時まで経っても地面に落下しない事に驚かされている。

そんな二人の驚きを他所に、リュウは何時もと何も変わらない表情のまま空を飛んで行く。

要とすずかはこんな体勢でなければ楽しめるのにと思いながらも、脇に抱えられたまま大人しくしている。

せめて誰の眼に触れられない事を祈りながら大人しくしていると、驚くほど早くリュウが暮す家<博麗神社>へと辿り着く事ができた。

すずかは子供の頃、この神社に辿り着くまでにかなり時間が掛かった事を思い出すが、空が飛べるだけでコレほど早く辿り着けるのかと感心する。

二人にとっては五年ぶりに来る事になるわけだが、昔に比べて神社が真新しくなっている事に気がつく。

昔の神社は古めかしい感じのするものだったが、あの頃に比べて古さを全く感じさせず、本殿の規模も前よりもずっと大きくなっているようだった。

すずかは建て直しでもしたのだろうかと思い、要は神社が人災で倒壊したとリュウが言っていた事を思い出した。

 

「ほれ、着いたぞ」

「あ、あぁ」

 

リュウは腕を離して二人を解放するが、すずかは腰が抜けたのか、思うように立つことが出来ず地面に座り込んでしまう。

 

「大丈夫か、すずか」

「すいません。ちょっと腰が抜けちゃったみたいで」

「あ~……始めて空を飛べはそうもなるか。余り速度を出さないように気をつけたつもりだったが」

「飛びなれているお前を一緒にするな。……立てるか、すずか」

「はい、ありがとうございます。要さん」

 

すずかは要の手を取ってなんとか立ち上がる。

まだ若干ふら付いてはいるものの、要がさり気無くフォローしているため倒れてしまう様な事はなかった。

すずかが立ち上がり、一呼吸おいたところでリュウは二人を母屋の方へと案内する。

横に伸びる小道を通り、本殿の裏手に回りこむような形で歩いていると母屋の玄関に辿り着く。

二人は玄関から入るのは初めてだったため、若干緊張した面持ちだが、リュウはそんな二人の事など気にも留めず、当たり前の様に玄関の戸を開けて中へと入った。

 

「ただいま~っと」

「お帰りなさいませ、リュウさん。寒い中お勤めご苦労様でした」

「別に大したことはしてないけどな」

 

玄関を開けてまず最初に出迎えたのがリュウの従者の<永江衣玖>だった。

衣玖は三つ指立ててリュウを出迎えるが、当の本人は既に慣れてしまっているのか、特に驚く事もなく背負っていた籠を玄関の邪魔にならない所に置いた。

無反応なリュウに衣玖は気を悪くすることもなく直ぐに立ち上がり、主の邪魔に為らない様に道を開けたところで、リュウと一緒に来てた要たちの存在に気がつく。

 

「あのリュウさん。そちらの方々は?」

「あぁ、コイツ等か。成長した要とすずかちゃんだ。それよりも衣玖、風呂の準備は出来ているな」

「はい、全て滞りなく」

「だったらすずかちゃんと風呂に入れてやってくれ。薄着でこっちに来たから身体を冷やしたらしくて」

「畏まりました。……それではすずかさんは、わたくしについてきて下さいまし」

「要は俺について来い。茶くらいしか出せないが、それでも十分温まるだろ」

「あ、あぁ」

 

要はリュウに促されるまま母屋に上がり、それに倣ってすずかも母屋に上がった。

すずかは衣玖に仕草でついて来るように促され、一旦要とは別れて彼女の後をついていく。

埃一つ落ちていない廊下を歩いていくが、すずかは自分に一切の疑問を持たない衣玖が不思議でならなかった。

リュウにはあれだけ疑われていたし、久し振りに会った彼女も気が付いてもらえなかった。

それなのに疑う事無くリュウの言葉を信じて、今こうして案内をしてくれているのが不思議だった。

 

「……あの、衣玖さん。一ついいですか」

「はい、なんでしょう?」

「どうして私がすずかだって信じてくれたんですか? 最初に会った時は気付いていなかったのに」

 

如何しても不思議でならなかったすずかは、思わず衣玖に変な質問をしてしまう。

このような質問は本当はするべきではないのかもしれないが、すずかは如何しても聞いておきたかったのだ。

そんなすずかの気持ちを知ってか知らずか、衣玖は小首を傾げるがすぐに直し、すずかの方を振り向いて優しげな笑みを見せる。

 

「如何しても何も、あの方がお二人を本人だと認めたのでしょう? でしたらわたくしが疑う余地などありません。あぁ見えても人を見る眼は確かですから、騙される筈はありませんもの。……ですから、どのような姿になっていても貴女は月村すずかさんですよ」

 

衣玖がすずかにした返答の根底にあるものは、リュウに対しての絶対的な信頼だった。

リュウが本人だと認めたのならそれを疑う必要など何処にもない。衣玖はそう断言してみせたのだ。

彼女のリュウに対する信頼に言葉を失いながらも、また温かく迎えてくれた事にすずかは感謝した。

 

「有り難う御座います、衣玖さん。それとすみません。変な質問をしちゃって」

「いえいえ、お気に為さらないで下さい。……ところで、すずかさんは今お幾つになられたのですか?」

「はい、今は十四歳です。前にお会いしたときから、こっちでは五年くらい経っちゃいまして」

「あらあら、もうそんな歳になったのですか。それでしたらもうすぐ結婚も出来るようになるのですね」

「け、結婚!? そんな幾らなんでも早すぎますよ。まずはちゃんとお付き合いしてからでないと」

「分かっていますよ。ですが、その様な反応をするという事は、ご自身の気持ちは固まっているのでしょう?」

「ッ! …………あぅ」

 

すずかは自分が衣玖に誘導されていたのだと気付き、顔を紅くして俯いてしまう。

恐らくこの先、自分は彼女に口で勝つことは出来ないだろうと悟りながら、今の会話が要に聞かれていないか不安になってしまう。

聞かれたところで何か不味い訳ではないものの、やはり気恥ずかしいという気持ちが勝ってしまう。

幸いにも今の騒ぎを聞きつけて誰かが来ると言う事はなかったが、これ以上この話題を続けるのは危険だろう。

衣玖も空気を読んでくれたのか、これ以上は何も言わず、俯いたままのすずかの手を引いて脱衣所へと導いてくれる。

博麗神社の本殿と母屋も新しくなっていたが、脱衣所はそれに輪をかけて新しくなっており、まるで出来上がったばかりの様な綺麗さを誇っていた。

面積自体はそれほど広くはないが、二・三人くらいなら同時に服を脱ぎ始めてもぶつからない位の広さはある。

脱衣所には出入り口以外にも扉が二つあり、片方の扉には〝内風呂〟と、もう片方の扉には〝露天風呂〟と書かれていた。

 

「……あの、衣玖さん。この露天風呂って」

「はい、文字通り露天風呂ですよ。つい最近近くで温泉が湧いたものですから、お湯を引っ張って露天風呂を作ったのです。内風呂は露天風呂が使えない日に使おうかと。もし内風呂がいいと言うのでしたら準備いたしますよ」

「いえ、お気持ちだけで十分です」

「そうですか。タオルや着替えなどは後ほどお持ちしますので、どうぞごゆっくりとお寛ぎ下さい」

「有り難う御座います、衣玖さん」

「それでは失礼致します」

 

衣玖は一礼したあと、すずかを残したまま脱衣所を後にする。

すずかは衣玖が退室したのを見計らってから、服を脱いでいき近くに置いてあった竹籠の中に入れる。

身体を隠すタオルは持ち合わせていなかったが、どうせ入るのは自分一人なんだしと思い、すずかは気にしない事にした。

そしてすずかは露天風呂の方の戸を開けて中に入るが、其処には素晴しい景観が広がっているわけではなく、三方を壁で囲われ、天井が開いている形の石造りのお風呂だった。

露天風呂と聞いていたため、流石のすずかもコレには落胆してしまうが、押し掛けた上にお風呂を貸してもらう以上、文句を言える様な立場ではない。

それに裸のままでは風邪を引いてしまうため、早く温泉に浸からせて貰う事にした。

スポンジがないため身体を洗えないが、かけ湯だけして温泉に浸かる。

硫黄の独特の臭いが鼻を擽るが、これも温泉の一部なのだと思うと風情に感じてくる。

自宅のお風呂に比べて少々熱い温度ではあるが、冷えた身体を温めるには十分な温度。

 

「ふぅ……。温まるなぁ……」

 

すずかは全身の力を抜いて温泉の温かさを満喫する。

時折り吹き抜ける冬の冷たい風も温泉の中では心地よく、もう暫くこのままゆったりと浸かっていようかと考えていると、温泉の注ぎ口から白い靄の様なものを見つける。

注ぎ口に雪が詰まった……と言うのも考えられず、一体なんだろうと首を傾げていると、白い靄が正体を表す。

それは髑髏のような仮面みたいなもの付けた人魂の様な物体だった。

なぜ温泉の注ぎ口からこんなものが出てくるのか不思議に思っていると、人魂の様なものはすずかの身体をジロジロと見た後、スケベ親父の様ないやらしい笑みを見せる。

その瞬間、すずかは理解した。自分はこの人魂の様なものに覗かれたのだと。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

母屋どころか、神社の周辺にまで響き渡りそうなほどの大きな悲鳴。

そんな悲鳴を挙げた本人はどうすれば良いのか分からず、お湯を人魂にかけ続けることしか出来なかった。

しかし、そんな事をしても人魂が消えるはずもなく、よくない事が立て続けに起きてしまう。

 

「大丈夫かすずか! …………あ」

 

悲鳴を聞きつけて、要が露天風呂に飛び込んでくるが、今のすずかに自分の姿を隠すものは何もない。

温泉のお湯は若干濁ってはいるものの、肢体を隠せるほど濁りではなく見えてしまっている。

 

「いや、すまんすずか! なんかお前の悲鳴が聞こえたから慌ててだな」

 

要が必至になって言い繕うとしているが、すずかには要の必至の弁明も届いていなかった。

すずかは両目に大粒の涙を溜めながら近くにあった木の桶を手にする。

 

「要さんの……ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

木の桶を手にしたすずかは、その桶を要に向けて力一杯投げ付けた。

怒りや悲しみや恥かしさなど、色々な思いを込めて投げられた桶は真っ直ぐ要へと向かっていき、そのまま顔面に直撃する。

流石にそれだけでは要を気絶させることは出来ないが、追撃するかのように青白く光る塊によって要は壁に押し潰された。

 

「はい、覗き魔確保っと。大丈夫だったすずか?」

「れ、霊夢さん……」

 

浴室に顔を出した黒髪の少女<博麗霊夢>の姿を見た途端、すずかは堪えきれずにとうとう泣き出してしまう。

 

「ちょっとなに急に泣き出してるのよ」

「だって、だってぇ~……」

「あ~はいはい、話はお風呂から上がってからにしましょう。此処じゃゆっくり話も出来ないわ」

「うぅ…………はい」

 

霊夢に促されたすずかは、霊夢に連れられた浴室を後にする。

外で待機していた衣玖にタオルなどを借りて着替えている間、要を心配する声は一つも上がることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

「それでは只今より、覗き魔の断罪式を始めたいと思います」

「覗き魔に死を!!」

 

博麗神社の裏手、母屋の裏庭に当たる場所では覗き魔への断罪が執り行われようとしている。

お湯の注ぎ口から潜り込んできた人魂は、博麗のお札を貼られて地面の上に転がされ、要は衣玖の羽衣で簀巻きにされて裏庭の木に逆さづりで吊るされていた。

そして要を取り囲む様に霊夢と衣玖が立ちはだかり、その様子をリュウとすずかは縁側で傍観していた。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。なんで俺は吊るされてるんだ!?」

「うっさい黙れ覗き魔。アンタには人権も弁護もないわ」

「ひっでぇなおい。てか、悲鳴が聞こえたら何が遭ったか心配して見にいくだろ。なぁ、リュウ」

「あ~……まぁ、お前の言い分は分からんでもないが」

「そうだろ!?」

「でも、そんな事を言ったって女性陣が納得するわけないだろ。大人しくしてたほうが身の為だぞ」

「うごごごご……」

 

見捨てたともとれるリュウの発言だが、実際に女性側からしたら覗かれた事に変わりはないため、要の言い分は都合の良い詭弁でしかない。

すずかが心配だったから急いで駆けつけたと言っても、此処には霊夢と衣玖がいるのだから、彼女たちに任せれば良かったと言い負かされるのは眼に見えている。

 

「まぁ断罪式といっても、いきなり何かをするわけではありません。まずは被害者であるすずかさんの意見を聞きませんと」

「えッ!? 私が決めるんですか!?」

「当たり前でしょ。覗かれたのはあんたなんだから。……それで、アンタはコイツに如何して欲しいわけ?」

「いや、急にそんな事を言われても……」

 

急に話を振られたため、すずかは如何すれば良いのか分からず戸惑ってしまう。

要に酷い事をしないで欲しいとも思っているが、覗かれたことは事実のため、何もせずに無罪放免というのもさすがに納得がいかない。でもやっぱり酷い事は出来ない。そんな思いがすずかの中を駆け巡る。

如何すればいいのか中々結論が出せずにいると、衣玖がすずかに近付いて何かを耳打ちする。

それを聞いてすずかは目を丸くし驚きを顕わにするが、衣玖は優しい笑顔を向けて背中を押すだけだった。

すずかは顔を紅くして俯いてしまうが、漸く決心がついたのか、席を立ち上がって要の前に立つ。

 

「あの、要さん。今回の件ですが……」

「お、おう」

「その……ちゃんと責任を取ってくれるのなら許します……」

「責任ってなんの責任だよ」

「「「……………」」」

 

要の本気か冗談かも分からない言葉に女性陣から冷やかな視線を向けられる。

女性陣の冷たい視線に要は自分が墓穴を掘ったことを悟るが、もう既に手遅れだった。

 

「……衣玖さん、お願いします」

「分かりました。それでは要様、お覚悟を」

「か、覚悟ってなんの覚悟ででしょうか……」

「それは勿論、折檻に耐える覚悟です」

 

そう言いながら衣玖は綺麗ではあるが寒気がするほどに怖い笑みを浮かべる。

要は視線でリュウに助けを請おうとするが、既にリュウは興味をなくしているのか、本を読んで要に見向きもしていない。

リュウからしたらこんな事に巻き込まれたくはないのだ。見捨ててしまっても仕方がない。

 

「それでは失礼します。棘符『雷雲棘魚』」

 

スペカを使った衣玖はその身に雷を受けるが、特にダメージもなく、受けた雷をその身に纏って帯電状態になった。

その姿を見て要は逆さ吊りのまま身体を捻ってもがくものの、衣玖の羽衣を解く事はできない。

雷を帯電させたまま衣玖は要に近付き、雷を纏ったまま彼の身体にそっと触れる。

 

「あばばばばばばばばばばばばばばッ!」

 

帯電状態の衣玖に触られた事で要も感電し、奇妙な悲鳴を挙げながらもがき苦しむ。

感電した痛みに耐えかねて要は身体を大きく揺らすが、衣玖の羽衣は雷に強い材質で出来ているため、羽衣が焼け焦げると言う心配はない。

少しの間、衣玖の帯電状態は続いたが、纏っていた雷を全て発散した事で要への折檻は終了した。

 

「あがががが……」

「宜しいですか、要様。この様な事は二度としないで下さいね」

「あ、あい……」

「要の奴も反省したみたいだし、そろそろ夕食の準備でも始めようかしらね」

「あ、手伝います。霊夢さん」

「そう? なら汁物でもお願いするわ。衣玖~、ちゃっちゃと作るわよ~」

「畏まりました」

 

女性陣は口から煙を吐いている要に見向きもせず台所へと向かう。

リュウは女性陣が台所に向かったのを見計らって裏庭におり、雪の上に転がっている人魂を掴みあげる。

 

「全く、お前も災難だったな要。久々にやって来てこんな眼に遭うとは」

「う、うるせぇ……。暢気に本なんか読んでたくせに」

「そうは言うが、お前だって悪いと思っていたから羽衣を破かずに大人しく吊るされたんだろ?」

「むぅ……」

「悪いと思ってるなら素直に謝っとけって」

「謝ったところで折檻は回避できなかったと思うけどなぁ」

「違いない」

 

今の要の状態を面白がりながら、リュウは拾った人魂を無慈悲にも握り潰す。

霊体であるため悲鳴が挙がる事はなかったが、握り潰された人魂は塵となって雪の上に降り積もる。

 

「……良かったのか、そいつを握り潰して。今の奴、本物の人魂だろ」

「問題ない。人魂と言っても怨霊の類だ。……それに、俺に文句を言える神なんて滅多にいないって」

「お前どんだけ自分勝手なんだよ。そんな事を言う奴初めて見たぞ」

「別に其処まで酷くはねぇが……まぁいいか。それじゃ俺は地霊殿の方に行って来るから、霊夢たちにそう伝えておいてくれ」

「ちょっと待て。俺は何時までこの状態でいなきゃいけないんだ」

「さぁな。それはアイツ等の気分次第だろ。……まぁ、夕食の時には解いてもらえるんじゃないか」

「夕食ってこの家だと何時頃食べ始めるんだ」

「時間は日によって違うな。作る量と品物次第だから頑張れ」

「さらっと不吉な事を言うな! せめて逆さづりは勘弁してくれ!!」

「そいつは無理だ。んじゃ後は頑張れ」

 

リュウは言いたい事だけを言い残して、足元に展開した陣から溢れる光に包まれ姿を消した。

一人取り残された要はこの体勢だけでも如何にかしようともがくが、如何する事も出来ず、次第に頭に血が溜まっていく。

いっその事、自分を吊るしている木の枝を切ってやろうかとも考えたが、そんな事をすれば後でリュウに何をされるのか分かったもんじゃない。

ORTのお陰でこの程度では死ぬ事はないだろうが、出来るだけ早く料理が完成する事を願うほかなかった。

 

一方その頃、台所へと向かった女性陣は和気藹々とした雰囲気で料理を作っていた。

さっき遭った事などもう忘れてしまったのか。三人は何事もなかったかのように調理に勤しんでいる。

すずかは普段自分が使っている台所とは違う環境に戸惑いながらも、衣玖の的確なフォローのお陰で危なげなく調理をする事が出来ていた。

 

「お上手ですね、すずかさん。以前お会いしたときは料理をした事がないと仰っていましたのに」

「私が料理をする切欠をくれたのはお二人ですよ。それに私の時間ではもう五年も経っちゃってますから、このくらいは出来る様になります」

「そう言う割には釜戸の扱いに戸惑ってるじゃないの。衣玖がいなかったらどうなっていた事やら」

「釜戸を扱うのは初めてなんですから仕方がないじゃないですか! 私の家ではガスコンロなんです!」

「はいはい、そう言うのはいいからちゃんと火を見ておきなさいよ」

「むぅ~……」

 

霊夢にからかわれながら、すずかは釜戸の火の調子を見ながら、牛蒡(ごぼう)や大根などの野菜類の下処理をしていく。

水洗いをした野菜の皮を剥き、食べ易いように乱切りにしてから、沸かしておいたお湯に潜らせて下茹でをする。猪肉のブロックを薄切りにしてから、野菜と同じ様に下茹でする。

すずかは手際よく調理をしていくが、その横で霊夢は彼女よりも更に手早く調理を施していた。

水洗いした米をお釜に入れて火にかけながら、汁物に使わなかった牛蒡と大根の皮で金平を完成させる。

調味料を目分量で入れているにも拘らず、霊夢の作った金平からは美味しそうな香りが漂ってくる。

霊夢は既に一品作り終えているが、葉物野菜を手に取って更にもう一品作り始めていた。

 

「霊夢さん、凄く手際がいいですね。もう一品作り終えちゃってる」

「別にそんな事はないわよ。時間のかかる煮物を作っているわけでもないし、炒め物なら楽勝でしょ」

「さらっとそんな事を言える霊夢さんが羨ましい……」

「どっかの嫉妬妖怪みたいなこと言わないでよ。アンタだって慣れればこの位出来る様になるわよ」

「私、五年ほど練習してやっと今のペースなんですけど」

「五年? だったら私と大して変わんないじゃない」

「変わんないって……霊夢さん、包丁握って一体何年ですか?!」

「え~っと……料理するようになったのは一人暮らし始めてからだから、六・七年くらいかしら?」

 

すずかは自分と大して変わらない霊夢の料理歴に愕然とするが、当の本人は気にも留めず調理を続ける。

手にした葉物野菜はざく切りにし、人参は皮を剥いてから薄く短冊切りにする。

残っている猪肉のブロックを適当な大きさに切り分け、軽くした味をつけてから底の浅い鍋でさっと炒める。

そして切っておいた野菜を入れて、塩コショウなどの調味料で味を調えてシンプルな野菜炒めを完成させた。

その鮮やかな手付きにすずかは眼を奪われるが、霊夢の調理を見ているばかりで自分の手が完全に止まってしまっていた。

 

「すずかさん。霊夢さんの調理ばかりみていないで自分の作業に集中してください」

「あ、すいません!」

「早くしなさいよね。後は汁物とご飯が炊き上がれば終わるんだから」

「うぅ……。そんな事を言うんでしたら手伝ってくださいよ」

「いやよ。それに私らが手伝ったら要にすずかの手料理を振舞えないじゃない」

「それは……確かにそうですけど」

「あ、もしかして、既に要の家に上がりこんで料理を振舞っていたりするのかしら?」

「してません! 私たちはまだそんな仲じゃないです!!」

「まだ、と言う事は何れはそうなる予定なのですね」

「衣玖さん!!」

 

二人にからかわれ、すずかは顔を真っ赤にして大声を挙げる。

しかし怒鳴られても二人は楽しそうに笑うだけで、少しも反省した様子を見せない。

二人に何を言っても無駄だと悟ったすずかは、楽しげに笑う二人を無視して調理の方に集中し始めた。

 

リュウが地霊殿から戻ってきた頃になると、夕餉のしたくも丁度完了した。

降り始めた雪を玄関で払い居間へ入ると、ちゃぶ台の上には美味しそうな料理の数々が並べられている。

米が立っているかのような白いご飯に、猪の肉を使った具沢山の味噌汁。大皿に山盛りに盛り付けられたシンプルな猪肉入りの野菜炒めに、牛蒡と大根の金平が入った小鉢と箸休めの漬物。

美味しそうに作られた料理の数々にリュウは感心していると、衣玖が要を連れて居間へとやって来た。

 

「お帰りなさいませ、リュウ様。申し訳有りません、お帰りになられたのに気付きませんでした」

「ただいま。気づかなかった事は別に気にしなくていいが……今日の夕食は凄い量だな。やっぱ、食い扶持が二人も増えると違うか」

「確かにそうですね。ですが、今日はすずかさんが手伝ってくれましたので、作る分には楽でしたよ」

「そういえばそうだったな。彼女の腕前がどの程度なのか楽しみだ。なぁ要」

「今は話しかけるな。長時間逆さ吊りだったから気分がわるい」

「お前なら直ぐに治るだろ?」

「まぁそうなんだけどさ……」

 

若干グッタリとしながら要が愚痴を零していると、霊夢とすずかが居間に丁度戻ってくる。

その手には人数分の湯のみと、野菜炒めを分けるための取り皿がお盆の上に乗せられていた。

 

「あら、お帰りリュウ。地底の連中はなんだって?」

「ただいま霊夢。屋敷の主は頑張らせるっていっていたが、何処まで効果があるのか分からん。また湧いて出てくるような地盤を弄らないと駄目かもな」

「それは面倒ね……。ま、そう言う事はあとでもいいでしょ。それよりも今はご飯にしましょうよ」

「だな。俺も腹が減ったし」

 

そういってリュウが席に座ると、他の面々も釣られて席に座る。

霊夢と衣玖が当然のようにリュウの隣に座るため、要とすずかも隣同士に座る事になる。

二人とも少しだけ気恥ずかしそうにしているが、他に座る席もないため大人しく空いている場所に座る。

全員が席に着いたのを見計らって、お茶と取り皿を全員に渡していく。

そうして全員に必要な物が行き渡ると、リュウが手を合わせて一言。

 

「いただきます」

「「「「いただきます」」」」

 

リュウの言葉を合図に他の四人も手を合わせてから、食事を取る事になった。

皆思い思いに料理を食べ始めるが、要だけは食べたいように料理を食べることが出来ずにいる。

野菜炒めを食べようものなら霊夢から肘打ちが入り、白米を食べようものならちゃぶ台の下から小さな雷撃弾を放たれる。

 

「ぬがッ」

「ん? どうした要。変な声を出して」

「いや、その…………やっぱりなんでもない」

「そうか。別にいいんだけど、本人の食べたいように食べさせればいいじゃねぇか」

 

リュウは要が何をされているのか察しているらしいが、それを無理に止めようとはしない。

注意された二人は何食わぬ顔で食事を続けており、すずかは食事を続けながらも要の事をチラチラと見ていた。

この状態を見れば幾ら鈍いリュウでも気付くし、要もすずかが何を気にしているのか察する事はできる。

要は若干の居心地の悪さを感じながら、味噌汁に手を伸ばして一口飲んだ。

 

「お、美味い」

「ほ、本当ですか!?」

「美味いけど……ちょっと物足りないな。リュウ、七味唐辛子はあるか?」

「あ~……台所探せば有ると思うぞ。ちょっと見てくるわ」

「わりぃな」

 

リュウは居間から退避……ではなく、調味料を取りに席を離れる。

その間に要は味噌汁を置いて、他の料理を食べ始めるが……周り、特に霊夢と衣玖からの視線は冷たかった。

 

「えっと……どうかしましたか?」

「「いえ、別に」」

「え、え~っと……この野菜炒め美味いですね」

「それはどうもありがとう」

「………………」

 

全く感情が込められていない霊夢の言葉に、さすがの要もたじろいでしまう。

リュウが七味唐辛子を持って戻ってきても、二人の視線は冷たいままで、唯一の味方と思っていたすずかも複雑そうな表情を浮かべていた。

自分は何かいけない事を言ったのだろうかと要は真剣に悩むが、幾ら悩んだところで答えは出ず、微妙な空気のまま五人は夕食を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

すっかり日も暮れて、夜空に昇った月が輝き始めた頃、五人は思い思いの時間を過ごしている。

二人が帰る方法が限られている為、要とすずかは博麗神社に泊まらせてもらうことになった。

要はリュウに誘われて酒盛りをし、すずかは霊夢の部屋に集って女子会と言う名の反省会を開いている。

霊夢の部屋に三人が集り、部屋の障子には〝男子禁制〟の張り紙が張られていた。

部屋の中では三人分の布団が引かれており、霊夢と衣玖は寝巻きに着替えているところから、今宵は夜通し話をするつもりでいるようだ。

 

「……まさか要が豚汁に七味を入れる人だったなんてね。いや、確かに入れたら美味しくなるけど」

「そこは盲点でしたね。ですが、物足りないというのではなく、こうした方が好きだと仰ればよかったのに」

「で、でも、私の料理で美味しいって言ってくれましたし、それで十分です」

「目標が低いわよすずか。食べてもらうなら、こんなに美味しいのは食べた事がないって言わせるぐらいの気概じゃないと」

 

消極的なすずかに霊夢は喝を入れるが、当の本人は二人の勢いに圧倒されて、少々たじろいている。

その事には二人も気付いているのだが、それに気遣っても二人の仲が好転しないのは目に見えていた。

少々出すぎな真似だとしても、二人はすずかの為を思ってこの勢いを止めたりはしない。

 

「大体要ってさ、女心が分かってないのよ。すずかの気持ちが分かってるなら、もう少し言葉を選びなさいよね」

「ですが今回の料理は少々分かりにくかったのかもしれません。回りくどい手を使わずに素直にぶつかっていった方が宜しいかと」

「でも要さんとは学年が違いますし、管理局のアルバイトもあって何かと忙しいんですよ」

 

すずかは何処か諦め気味にそう言うが、衣玖には諦めた様な口調で言うすずかが如何しても気に入らなかった。

 

「何言ってるのよアンタは。忙しいって言うなら空いてる時間を見つけて会いに行けばいいじゃない」

「でも、要さんって休日もトレーニングとかしていて、中々時間が合わないんですよ」

「……アイツ、休みの日に何やってるのよ」

「えっと……筋トレ?」

「筋トレって……間違いなく脳筋ね、アイツ」

「疑いようのないくらいの脳筋ですね」

「あ、あはははは……」

 

二人によって下された脳筋認定にすずかもフォロー出来ず、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

本心ではそんな事ないと言いたいのだろうが、実際に休日をトレーニングに費やす事が多いのだから否定のしようがない。

 

「それですずかは如何思ってるの? 本当は要と何処か出かけたいんじゃない?」

「そんなの当然じゃないですか。今回の神隠しに遭わなければデートしていたんですから」

「でしたら何故その事を相手に伝えないのですか。相手に遠慮して抱え込んでいるなんて辛いだけですよ」

「それは……でも、要さんに迷惑が掛かるんじゃ」

「しかし、今のままではいずれすずかさんが不幸になってしまう。それでも良いんですか」

「別に私は不幸という訳じゃありませんよ。それに折角の休日なのに声を掛けるのも中々に気が引けて」

「……相手に迷惑が掛かるかどうかを気にして如何するんですか! 忙しくて時間が合わないというなら、その少ない機会を活かしなさい!」

 

相手の事を気にして消極的になるすずかに我慢できなかったのか、衣玖は大きな声を挙げてしまう。

滅多に怒鳴り声を挙げないのに、珍しく怒鳴り声を挙げる衣玖に霊夢も目を丸くする。

突然怒鳴られてすずかも驚きを顕わにするが、周りの反応など気にも留めずに衣玖は声を張り上げる。

 

「時間がないって嘆くのなら、その少ない機会を存分に活かしてから嘆きなさい! 相手の迷惑を気にしていたら余計に機会がなくなるでしょう!!」

「………………」

 

衣玖はどうしても我慢できなかったのだ。相手の事ばかり気にするすずかのあり方に。

相手に気を遣うのは確かに大切だ。しかし、それも限度を超えれば自分の気持ちを押し殺す行為でしかない。

衣玖は霊夢に気を遣って自分の気持ちを押し殺して過ごしている。本当は自分もリュウと一緒に居たいのに、その気持ちに蓋をして、二人の幸せを願って見守っている。

しかしすずかには衣玖の様に自分の気持ちを押し殺す必要など何処にもない。

遊びに行きたいと言う事も、トレーニングばかりする要に文句を言う事も出来る筈なのに、それもせずに相手に迷惑が掛かると、時間が合わないからと嘆くすずかにどうしても我慢できなかったのだ。

 

「相手に気を遣うのは美点ではありますが、それだけでは何も始まらない! 要さんに問題があるのかと思っていましたが……すずかさん、貴女にも問題があるのではないですか!?」

「………………」

「そこまでにしておきなさい、衣玖。それ以上は流石に言いすぎよ」

「……申し訳御座いません。出過ぎた真似をしました」

「いえ、気にしないで下さい。きっと衣玖さんの言う通りだと思いますから」

「確かにそうね。私から見てもすずかは要に我が侭を言わなさ過ぎる。アンタはもっとアイツに甘えていいと思うわよ」

「……言ってもいいんでしょうか」

「良いのよ。寧ろ相手に多少の迷惑が掛かる程度の気持ちでどんどん言いなさい。それで受け止められないようなら相手の度量がしれるわ」

「流石は霊夢さん。宴会の席でリュウさんに我が侭放題いっているだけはありますね」

 

突然の衣玖の揚げ足取りに、霊夢の表情が固まる。

 

「い、言ってくれるわね衣玖。アンタだって宴会の席でリュウに迷惑かけてる事しってるのよ」

「あら、わたくしの一体何がリュウ様に迷惑を掛けていると?」

「アイツは大人数で酒を飲むよりも、一人で気楽に飲んでいる方が好きなのよ。なのにアンタはピッタリくっ付いて甲斐甲斐しく世話をしてるじゃない。アレ、意外と迷惑に思われてるのよ」

「主の身の回りの世話をするのは従者の務め。それの何がいけないと?」

「あと食材の買い出し! たまに二人で買い物に行くけど、その時わざと遠い店で買い物してるでしょ」

「大通りの店では欲しい物が見付からないのです。ならば他の店を見て回るのは当然の事でしょう?」

「あぁ言えばこう言う……。本当に今日は良く回る口ね」

「このような時だからこそです。偶にはわたくしも言いたい事をいわせていただきませんと」

 

笑いながら言い合う二人だが、その笑顔はとても楽しいから笑っているようには見えず、二人の間には火花の様なものが散っているよう見える。

そんな二人の様子にすずかは如何すれば良いのか分からず、二人の事を見比べながら戸惑ってしまう。

普段は仲良さそうにしているのに、突然言い合いが始まれば誰だって戸惑ってしまうだろう。

しかし、二人は好きなように言い合っているにも関わらず、険悪な雰囲気にはなっていなかった。

 

「え、え~っと、お二人とも喧嘩?はだめですよ」

「別にこの程度なら喧嘩にもならないわよ。私らが本当に喧嘩するなら弾幕ごっこに発展するし」

「これがわたくし達の仲なんですよ。お互いによい友人と思っていても、同じ人を好いてしまったから、時にはお互いに言いたい事が出てくるのです」

「だからこうしてリュウの愚痴を言い合ったり、お互いの揚げ足取りをしてんの。……大体は私が取られる側なんだけどね」

「うふふふふ……」

 

衣玖は楽しそうに微笑むが、反対に霊夢は苦虫を噛み潰した様な顔をする。

悔しそうな顔をする霊夢を見てすずかは、彼女も自分と同じで口では衣玖に勝てないのだと悟った。

それと同時に、言いたい事を言い合える二人の関係が少しだけ羨ましく思った。

 

「ま、そう言う訳だから、アンタも言いたい事をいっちゃいなさいよ」

「えぇッ!? そんなこと突然いわれても……」

「別に難しく考える必要なんてないわよ。要への愚痴とか、普段の生活での不満とかなんでもいいのよ」

「でも、そんな事を話してもお二人が迷惑になるんじゃ……」

「先程も言いましたよね、相手の迷惑を気にして如何するのかと。他の方に迷惑が掛からないようにするのは大切な事ですが、わたくし達にその様な気遣いは無用ですよ」

 

衣玖はさっきとは打って変わって、優しい声音で諭すようにすずかを促す。

すずかは戸惑ったような表情をみせるが、やはり言いたい事があったのか、少々遠慮しがちに口を開く。

 

「そ、それじゃ……霊夢さんに一言」

「私に? 意外なとこから切り出してたわね。……それでなによ」

「明日の朝食、もうちょっと手加減して作ってください。本当にお願いします」

「いや、いきなり意味が分からないんだけど」

「だって霊夢さんが作った料理凄く美味しかったじゃないですか! 明日の朝食もあんなの出されたら私の料理が霞んじゃいますよ!」

「あ、明日の朝食も手伝ってくれるの。だったら夜明け前に起こすからそのつもりで」

「と言うか、夕食の時に複雑そうな顔をしていた原因はそれですか」

 

すずかの不満を聞いて、霊夢と衣玖はそれぞれ自分の思った事を口にする。

衣玖の方は未だしも、霊夢の発言には流石のすずかも少しだけムッとなる。

すずかは霊夢に事をジト目で睨み付けるが、その程度の事で動じるような女性ではなかった。

 

「手加減して調理してくれなんて言われたのは初めてよ。でも断るわ。私だってリュウに美味しいモノを食べて欲しいもん」

「だ、だったら、明日の朝食の主菜は私が作ります! それで良いですよね」

「朝っぱらから凝ったモノを作り気はないわよ。夕食の残りもあるし、お米を研いで適当な食材で一品つくればいいでしょ」

「むぅ~……」

 

霊夢はすずかの意見を聞き流してくるが、彼女もそう簡単に引くことは出来ない。

気遣い無用と言ったのだから、すずかも遠慮はせずに言いたい事を言う。

しかしそれでも霊夢は意見を変えるはなく、このまま話は平行線になりそうになったとき、衣玖が口を挟んで二人の間を取り持って話を収束させた。

その後の三人は普段の生活の愚痴を言い合い、想い人への不満を言い合ったりしながらも、最終的には惚気話へと移行していく。

 

「それでね、リュウったらいきなり私の事を抱き締めて口付けをしてきたのよ」

「わ、わたくしの居ない間にその様な事が……。なんと羨ましいッ」

「いいなぁ霊夢さん。……要さんもしてくれないかなぁ」

「あの後私は改めて思ったわ、こいつを選んでよかったって。……やっぱり女性はさ、引っ張っていって欲しいと思うものなのかしらね」

「そうなのかもしれませんね。リュウ様の勇姿は生涯供をしたいと思わせてくれる魅力がありますもの」

「み、魅力なら要さんだって負けてませんよ!」

「ほほぅ……。それならすずかもアイツの魅力を語りなさいよ」

「えっとですねぇ……」

 

女性たちは想い人との惚気話に華を咲かせながら姦しくも語り合う。

何時終わるとも知れぬ姦しくも楽しげな語り合いは夜が更けてもなお続いていく。

一方で二人で酒盛りをしていたリュウと要は、すでに何本も酒を飲み干していた。

二人の周りには五・六本の酒瓶が転がっているが、二人の酒盛りもまだ終わる気配をみせない。

夕食の残りの金平をツマミしたり、台所で軽くツマミを作りながら飲み続けていたが、霊夢の部屋から聞こえてくる話し声に二人して居た堪れない気持ちになっていた。

 

「……言われているぞ脳筋」

「黙れ朴念仁」

 

お互いに罵倒するものの、直ぐに馬鹿らしくなって溜息を吐く。

二人は霊夢の部屋から聞こえてくる楽しげな会話を聞き、申し訳なさと居た堪れない気持ちで一杯になる。

二人からしたら女性陣の不満は寝耳に水な話でまだ聞いていられたが、今している惚気話を聞き続けるのはかなり辛いものがあった。

 

「しかし、リュウ。お前って草食系かと思ったら意外と肉食系なんだな」

「言葉の意味は分からんが、お前は彼女を蔑ろにし過ぎじゃないのか」

「別にそんな事はないと思うが……もう少しすずかの奴に構ってやるか」

「そうしろそうしろ。失ってから後悔したんじゃ遅すぎる」

「あん?」

 

不思議な事を言うリュウに要は視線を向けると、リュウは遠き日の思い出を思い出しているように見えた。

しかしその表情は決して楽しげなものではなく、何かに対する後悔と失望の色が見て取れる。

何に後悔し、何を失望したのかは要には分からないが、自分が今まで経験した事件などよりもずっと辛いものだったのだろうと、容易に想像することができた。

 

「……随分とらしくない顔をしてるな。過去に心残りでもあるのか」

「別にそんなんじゃないさ。ただ、幻想郷(ここ)に居られる事がとてつもなく幸福な事なんだと思っただけだ」

「美人な彼女と従者に囲まれてキャッキャフフフできる生活がか?」

「俗っぽい考え方だな。他に思う事はないのかよ」

 

そう言ってリュウは心底呆れたといわんばかりに盛大な溜息を吐く。

その態度に要もムッとなるが、流石に今の言い方はなかったと自分でも思い、悪態は付きながらも食って掛かろうとはしなかった。

その様子にリュウは心の中で成長したなと思いながら、決して態度には出さず、空になっていた杯に新たな酒を注ぐ。

 

「そんでさっきの台詞は如何言う意味なんだ」

「如何も何も、そのまんまの意味だって。……なぁ要。お前は俺達みたいな化け物を打算なしで受け入れてくれる奴がどの程度いるか考えたことはあるか」

「あ? あ~……俺の周りにはそう言う奴が多いから、あまり考えたことはないな」

「だったらそれはかなり恵まれているぞ。普通化け物に遭ったら、恐れて距離を空けるか、その力に目が眩んで取り込もうとするか、排除しようと戦いを挑んでくるもんだ。……少なくとも、俺の周りはそういう輩が多かった」

「……………」

 

リュウは自分の過去を要に話し始めた。その表情は普段みせる楽しげな笑顔でもなければ、戦っている時の真剣な表情ともまた違う。嘆きに満ちていながらも何処か他人事の様な、そんな不思議な表情だった。

 

「俺は何百年も前にある世界に無理やり召喚されたんだ。その不完全だったらしくてな、俺は記憶と半身を失い、自分が何者なのかも分からなくなった。そして其処の召喚士に神と崇められて国を興して隣国に戦争を仕掛けて世界の半分を統一した。でも半身だった所為なのか長く起きて入れなくてな。仕方がなく休眠に入って次に眼を覚ましてみたら、自分の権力を確固たるモノにする為に盟約を忘れて殺そうとしてきた。それで関係のない多くの人間を巻き込んじまった。俺を殺す為にアイツ等が一体どれだけの物を犠牲にしたのか、今じゃわかりゃしない」

 

他人事の様に話しながらも、リュウの表情はやはり嘆きに満ちていた。

要はそんなリュウの表情を見てからかおうともしたが、とてもそんな雰囲気にはならなかった。

 

「結局は人に失望した自分と、汚いところを見ても人を信じ続けた自分とで戦う事になったんだが、今になって考えると笑える話だ。自分で自分を消そうだなんてな」

「……それで戦いはどっちが勝ったんだ」

「最後まで人を信じ続けたほうだ。そして負けたほうは勝った方に取り込まれて本来の力を取り戻したんだが、勝った方は神である事を止める為に力を捨てたんだ」

「力を捨てたって……はぁッ?! 神として崇められるまでの力が有るのになんで!?」

「その〝神〟が煩わしかったんだろ。この力の所為で多くに悲劇が生まれたからな」

 

完全に他人事のように語るリュウの態度に、要は何も言う事が出来ず、何かを誤魔化すように頭を掻き毟る。

 

「……俺がどうこう言っても仕方ないことだけど、なんだか勿体無い様な気がするな」

「それはお前が今も力を求め続けているからだ。力を持ちすぎた者からすれば大き過ぎる力なんて煩わしいだけだ」

「そうかい。……んで、その捨てられた力ってのは何処に行っちまったんだ?」

「鈍い奴だな。今お前の隣りで酒を飲んでるだろ」

「……まさか」

「嗚呼。俺がその神が捨てた力そのものだ」

 

突然のリュウの告白に要は目を丸くし、信じられないモノを見るような眼でリュウの事を観察する。

要は出会ったときからリュウに強大な力がある事は気付いていた。しかし、彼そのものが力で在ると言う事には気が付いていなかった。

人と同じ様に喜怒哀楽の感情を持ち、当たり前の様に接する事の出来る力だなんて、誰に想像ができよう。

 

「力そのものって事は……お前、生物じゃないのか?」

「その辺りは微妙な線じゃないか? 俺は自動再生能力があるんだが、その力で肉体を創ったんだろうけど、正直なところ自分でも良く分からん」

「そう…なのか……」

 

リュウの過去を聞き、彼の正体を聞いた要は言葉を失ってしまうが、それと同時に何故自分の過去を他人事の様に話すのか、その理由を知る事が出来た。

今の話は自分が経験したものであるのは間違いないのだろうが、肉体から解き放たれてしまったからには、その話しは今の自分とは別の自分の過去になってしまう。

知ってはいるけど、イマイチ実感が湧かないからこそ何処か他人事の様に話してしまう。

自分だけど自分でない者の過去を語る。それは要が思っている以上に難しくて、複雑なことなんだろう。

 

「………………」

「如何した要。俺の正体を聞いてビビッたか?」

「んなんじゃねぇよ。ただ、驚いて言葉が見つからないだけだ」

「そうだろうな。それが普通の反応だ。……なら、今の話を聞いて驚きもしない奴が居るとしたら如何思う?」

「そんなの単純にお前に興味がなかっただけだろ」

「確かにその通りだな。じゃあ言い方を変えよう。神として本当の力を目の当たりにしても恐れず、ずっと傍に居ると約束してくれた奴が居るとしたら、お前は如何思う」

「流石にそれはないだろ。お前の力を見てもずっと傍に居るって約束できるとは思えない」

「お前の言い分ももっともだが……一つ訂正だ。俺の全力はお前に見せたものとは比べ物にならねぇぞ」

「だとしたら益々信じられねぇよ。その人の性格がよっぽど変わっていたんだろな」

 

要が自分の感想を正直に言うと、何処かで物音が聞こえてきた。

その音に反応して要が音の聞こえて来た方を振り向くが、其処に人の姿はなく、物も落ちていない。

ただ、蝋燭の灯りに照らされた障子に、聞き耳を立てている三人の女性のシルエットは写し出されていた。

そのシルエットに要は呆れて溜息を吐くが、自分らも彼女たちの話を聞いてしまったのだしお相子かと、彼女たちの事は見てみぬフリをする事にした。

聞き耳を立てられている事にはリュウも気付いているのか、三人の事を見ながら可笑しそうに笑う。

 

「アイツ等、本当に物好きだな」

「全くだな。野郎の話しなんざ聞いても面白くないだろうに」

「だけど、あんな物好きだからこそ、俺は救われたんだと思う」

「ん? さっきの話の続きか?」

「嗚呼。……あの力を目の当たりにしても傍に居てくれる奴がいるなんて思いもしなかった。当時旅をしていた仲間も俺の力の片鱗を見て恐れていたのに、アイツ等は当たり前の様に傍に居てくる。そう言うのって本当は凄くありがたい事なんだろうな」

 

淡々とリュウは語るが、その表情は先程とは違い本当に嬉しそうな顔をしていた。

その召喚された世界でよほどの事が遭ったからこそ、リュウは要に言うのだ。傍に居てくれる人を大切にしろと。

 

「俺やお前みたいな化け物をありのまま受け入れてくれる奴なんて滅多にない。普通に生きている人間でもそんな奴に出会えるのか分からないんだ。…だからお前はもっと彼女の事を大切にしてやれ」

「……なら、俺からも一つ質問だ」

「あ? なんだよ」

「お前はあの二人に出会えて幸せか」

「そんなの聞くまでもないだろ」

 

リュウは不敵に笑いながら恥かしがる様子もなく堂々という。あの二人にあえて幸せだと。

もしかしたらリュウにとっては、この幻想郷に辿り着いたこと事態が幸福な事なのかもしれないが、そこまでは要には分からなかった。

再び姦しくなり始めた女性陣にリュウはやれやれと言った感じで溜息を吐きながら、杯に酒を注いで一気に呷る。

リュウの胸中は要には推し量る事は出来ない。しかし、隣りで酒を飲む彼の表情を見れば嘘ではない事が直ぐに分かる。

その嬉しそうな顔に要は若干の嫉妬を覚えながら、要とリュウの夜は更けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

一夜明けた午後。リュウは要たちを元の世界に返すために龍神の元へと足を運んでいた。

本来であれば人間は立ち入る事のできない領域だが、リュウの連れと言う事で特別に中に入る事が出来た。

霊夢と衣玖も二人の見送りと言う事でついてきているが、周りの視線は余り良いものではなかった。

 

「な、なんか歓迎されてませんね」

「人間が来る様な場所じゃないからね。歓迎されないのは当然でしょ」

「それもあると思いますが……わたくしが一緒にいるからだと思いますよ」

「あぁ、そういえば衣玖って他の使いと確執があったんだっけ」

「え、そうなんですか?」

「まぁ色々とありましたので」

 

複雑な表情を浮かべながら衣玖は言い難そうに頬を掻く。

その様な話をしながらも衣玖の案内で龍神の元へと辿り着き、荘厳な扉を開けて中へ入るとそこは巨大な広間だった。

千人以上の人間が余裕では入れそうな巨大な大広間では、深緑色の鱗を持つ美しくも巨大な龍が眠っていた。

眠っている深緑色の鱗を持つ巨大な龍の姿に要とすずかは圧倒され、霊夢は感嘆の声を挙げる。

 

「へぇ~、アレがたっちゃんの本体なんだ。思ったよりもでかいわね」

「そ、それだけですか?! あの姿を見て感想はそれだけなんですか!?」

「だってそれ以外に言いようがないじゃない。それに私はアンフィニの方が好きだし」

《だからと言って博麗の巫女の感想がそれだけと言うのは問題じゃがの》

 

此方の声が聞こえていたのか、眠っていた龍は眼を覚まし、その巨大な身体をむくりと起こした。

上体を起こすと要とすずかは更に圧倒されてしまい、その巨大な姿を前に言葉を失ってしまう。

 

《……ふむ、他の者を連れて妾の元を尋ねるとは珍しいが、まさか要とすずかを連れてくるとはのぉ。態々お主が尋ねてきたのは、この二人を帰すために八雲を呼ぶためか》

「話が早くて助かる。俺はあのババアの居場所を知らないんでな」

《まぁ、八雲がお主に自宅の場所を教えるとは思えぬしの。力になるとしよう》

「悪いな。恩に着る」

《止せよせ、妾とお主の仲であろうに》

 

リュウと龍神は親しげに会話しているが、幻想郷の最高神と対等に話すリュウに二人は驚愕する。

昨晩の話からリュウに神の如き力がある事は分かっていた。しかし、最高神と対等に話せるような存在だと言う事までは話していない。

要とすずかは自分たちの知らないリュウに驚けば良いのか、呆れれば良いのか判断がつかなくなってきていた。

少しの間リュウと対話していた龍神は「では呼んで来る」と告げるが、何処かへと飛んで行くような素振りは見せず、再び眠りへとついてしまった。

眠りについた龍神に要とすずかは驚くが、他の三人は特に驚きもせずその場に座り込んでしまう。

リュウは二人に座るように指示し、二人を据わらせて暫くの間待っていると、五人の前の空間に隙間が開く。

空間に隙間が空くという在り得ない現象に驚いていると、その隙間を通って一人の女性が姿を現す。

 

「ふあぁ……。私はそろそろ冬眠の季節なのに面倒を掛けさせるわね」

「冬眠するとか言ってまだ暫くは起きてるんだろ。だったら働け」

「人使いの荒い男ね。それでよく世界の半分を統一できたわね」

「フォウルと俺は別人なんでな。一緒に見られても困る。それよりもさっさと仕事しろ」

「はいはい、分かったわよ。……ふあぁ~あ」

 

女性<八雲紫>は眠たそうに欠伸をすると、要とすずかの前の空間に隙間を作り出した。

何処へ通じているのかも分からない隙間空間だが、空間の中にある無数の眼がより不気味さを引き立てている。

その不気味さに圧倒されたすずかは、無意識の内に要に寄り添って腕に抱きつく。

その様子を見ていた八雲紫は眠そうの表情が一変して、意地に悪い笑みを浮かべてる。

 

「あらあら、随分と仲が良いのね。ウチの霊夢と竜神さんを真似したのかしら」

「えっ? …………あ、いや、これは!」

「別に恥かしがる事はないわ。でも、その者は星の欠片を内包した者。半端な血を持つ貴女に星と共に歩む覚悟はあるのかしら」

 

意地の悪い笑みを浮かべながら八雲紫はすずかを脅す。

大妖怪がもつ独特の雰囲気にすずかは飲み込まれそうになるが、要がすずかの手をそっと握り締める。

要の手の温もりにすずかは気を取り直し、要は八雲紫と対峙するかのように前に出る。

 

「あんまりすずかを苛めんな。こいつは普通の人間なんだよ。どうしても遊びたいって言うなら……俺と遊んでみるか」

 

睨みを利かせながら軽く力を解放して、今度は要が八雲紫を脅し始める。

要が力を解放した事で辺りに緊迫した空気が張り詰めるが、そんな空気を無視するかのように八雲紫はおかしそうに笑い始める。

 

「ふふふ。私に正面から脅そうとするだなんて中々肝が据わってるわね」

「……………」

「安心なさい、これ以上するつもりはないわ。最近霊夢をからかっても面白くないものだから、ついね」

「ちょっと紫。私で遊ぶのは止めてっていってるじゃない」

「貴女は叩けば良い音で響くのよ。良い音色の楽器を楽しみたいと思うのは当然でしょ」

「アンタねぇ……。其処に直りなさい紫! 今日と言う今日は許さないわよ!」

「あら、怖い。竜神さんに剣を抜かれる前に退散するとしましょう。それでは失礼」

「あ、こら! 待ちなさい紫!!」

 

霊夢の制止など聞かず、八雲紫は現れた時同様に隙間空間に潜って姿を消した。

八雲紫が消えても、要とすずかの前にある隙間空間は健在で、今も何かが入ってくるのを待ち構えている。

霊夢は紫を殴り損ねたと心底悔しそうにしているが、リュウと衣玖はやれやれと言った感じで溜息を吐いた。

 

「お? なんじゃなんじゃ、随分と変な雰囲気になっておるの」

 

八雲紫とは入れ替わりで深緑色の髪の少女が五人の前に姿を現れる。その少女は要とすずかに取って久し振りの再会でもあった。

その手には少女には似つかわしくない酒瓶が握られているが、彼女の事を知る者からすれば特に珍しいモノでもない。

 

「たっちゃん、久し振りだな。……でもなんでこんな所に居るんだ?」

「おぬし等の見送りじゃよ、要。餞別の品を選んでおったら少々時間が掛かってしまったわ」

「それはありがたいですけど、よく私たちが今帰るって分かりましたね」

「何故も何も、今したがリュウに八雲を呼ぶように頼まれておるのをおぬし等も見ておったじゃろ」

「「……え、まさか」」

「うむ。そのまさかじゃ」

 

したり顔で言うたっちゃんと、今も眠っている巨大な深緑の龍。その二つを要とすずかは交互に見比べる。

その二つを見比べてば、何処となく特徴はあるのだが……とても同じ存在には見えなかった。

要とすずかは自分たちの常識では計り知れないこの場所に疲れを見せ始めると、リュウが呆れた様子でたっちゃんに声を掛ける。

 

「おい、龍神。お前何を持って来てるんだよ」

「見て分からぬか? 餞別の酒瓶じゃ。妾の秘蔵の一本じゃぞ」

「んなもん見て分かるが、餞別の品ならもっと別のモノを選べよ……」

「ガタガタ抜かすでない。……ほれっと」

「うおっと!?」

 

たっちゃんが放り投げた酒瓶を要は見事キャッチする。

一升瓶ほどの大きさもある酒瓶のラベルには〝龍角泉〟と書かれていた。

 

「ありがとな、たっちゃん。大事に飲むよ」

「うむ。お返しは十倍返しで頼むぞ」

「十倍ッ!? この酒ってそんなに価値のあるものなのか!?」

「それもあるが……次来るときは土産を持ってこいと言ったのに、持って来なかったからその分の上乗せじゃ」

 

本当の童女の様な屈託のない笑顔を向けられ、要は顔を引き攣らせながら絶句してしまう。

これ以上此処に居たら何をされるか分からないと悟った要は、すずかの手を引いてさっさと帰る事にした。

 

「なんだ、もう帰るのか」

「嗚呼。色々と世話になったな」

「すずか。あの妖怪の言う事なんか気にしないで頑張んなさいよ!」

「昨晩わたくしが言った事、決して忘れないで下さい」

「はい。皆さん、どうかお元気で」

「要。十倍返し期待しておるぞ」

「あ、アハハハハ……。そんじゃさいなら!」

 

たっちゃんの一言に顔を引き攣らせた要はすずかの手を引き、逃げる様に隙間に潜って幻想郷から姿を消した。

二人が居なくなった後、大広間にぽっかりと空いた隙間は何事もなかったかのように埋まり、何時もの荘厳でだだっ広い空間へと戻る。

四人は隙間がなくなっても帰った二人の事を想っていたが、急にたっちゃんがリュウの背中に抱きついてくる。

 

「よっし、リュウ! あの二人も帰った事じゃし、今から飲むか!」

「げッ。それは勘弁してくれ。昨日は要と夜通し飲んでたんだから」

「ならば何故、その時に妾を呼ばんかった!」

「お前を呼んだら更に面倒な事になるからに決まってるだろ」

「そのような連れない事を言わずに、妾を読んでくれればよかったじゃろ」

「あ~はいはい。それじゃ俺達も帰るから、大人しく萃香でも誘って飲んでろ」

「そんな事を言わずにもう少しゆっくりしていけ」

「めんどいからパス」

「ぬがーッ!!」

「……やっぱりこの姿だと威厳ないわよね」

「あ、あははは……」

 

背に抱き付いて引き止めようとするたっちゃんと、それを適当に聞き流すリュウ。

そんな二人のやり取りを呆れながら、霊夢と衣玖もたっちゃんと説得する為にリュウに加勢する。

リュウはこの騒がしくも楽しい日々が続く事を噛み締めながら、これからも幻想と共にあり続ける。あの日交わした約束を守り続けるために……。

 




衣「……皆様、最後までこの小説を読んでいただき真にありがとうございます。今回の後書き担当の永江衣玖と―――」

ア《同じく後書き担当のアリストテレスです。……本当に何故私は呼ばれたのでしょうか》

衣「わたくしは特に聞いておりませんので、恐らくはただのノリかと思います」

ア《ノリですか……。なんとも返事に困る回答ですね》

衣「ノリと勢いで書いているので仕方がありません。作者は楽しければそれで良いという考えですし」

ア《なんとも見も蓋もない話ですね》

衣「そうですね。……では、今回も長くなったのでテキパキを進めていきましょう」

ア《了解しました。それで今回の話ですが……やりたい放題でしたね》

衣「わたくし共の作者と雨期様のコラボは戦闘・日常・戦闘と来ていましたので、今回は日常だろという方向性で決まり、そうなるとすずかさんも連れてくるしかないと考え、どうせなら向こうでやっていない様な事をやろうということで今回の話になったわけです」

ア《……本当にやりたい放題ですね》

衣「一応、雨期様とはメッセージで連絡を取っていましたし、要さんとすずかさんの年齢や休日の過ごし方などに関してはお相手様に考えてもらいました」

ア《それらを踏まえたうえで書いたのが今回の話だと》

衣「はい。……ですが作者的にはリュウ様に〝すずかを大切にしろ〟と言わせれたので大満足しているとか」

ア《それまでの話とは一体なんだったのでしょうか……》

衣「気にしていても仕方のない事です。割り切ってしまいましょう」

ア《……そうですね。では、話を変えてお聞きしたいのですが、帰り際に主に渡したお酒。アレは何なのでしょうか? 今回も前回同様なんの変哲もないお酒ですか?》

衣「そうですね。何か特殊な効果があるわけでもなく、アルコール度数の高い美酒です。数値で言いますと55%ほどとか」

ア《55%となりますと、ウィスキーやラム酒と同じくらいですか》

衣「そうなりますね。もっとも、リュウ様と龍神様はその位なら水の様に飲んでしまいますが」

ア《意外とあの人もお強いのですね》

衣「それは貴方の主も同じでしょう」

た「妾の酒を飲んだのなら、十倍返し期待しておるぞ!」

衣・ア「「ッ?!」」

衣「……今、誰かいましたか?」

ア《いえ、私は何も捉えておりません》

衣「……これ以上は怖いので、もう終わりにしましょう」

ア《そうですね》

衣「それでは皆様、此処まで読んでいただき真にありがとうございます。次は本編でお会いしましょう」

ア《私の出番は何時来るのでしょうかね……》

衣「そ、それは分かりませんのでなんとも……」
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