なお、今回は何時もと違いリュウではなく、その息子の零児とティファニアが登場します。これは竜が辿り着いた幻想郷の外伝じゃないのかって思う方もいるかもしれませんが、そんな細かい事は気にするな。この小説は他の方とのコラボ用の小説だ。
さて、気に為っている……人がいるか分かりませんが、今回の文字数の発表です。
今回の文字数は二万一千字越えです。……俺が思っていた以上に多い…だと?
……事の発端は小さなクシャミだった。
「は…ハックションッ」
金髪の少女<ティファニア>は、旅の仲間である風の精霊<サイフィス>から魔法を教わっていた。
その教えてもらったばかりの魔法を試そうと呪文を詠唱していたとき、ティファニアの鼻が疼き、我慢できずに小さなクシャミをしてしまう。
本来ならそれで呪文は中断され、魔法は失敗と為るのだが、ティファニアの使う魔法は特殊で、呪文を中断しても発動できるという性質があった。
その所為だからだろうか、ティファニアの魔法は一応の成功を収めている……が、彼女たちの前に現われた扉はどこか様子がおかしかった。
『……変ね。扉が以前見たときと様子が違うわ』
「え、そうなの? 私には普通の扉にしか見えないけど」
『見た目だけならそう変わりないわ。ただ……なんていえば良いのかしら。雰囲気というか、扉が本来繋がる筈の世界とは別の世界に繋がってしまった様な気がして』
「別の世界に?」
サイフィスはそう言って目の前に現れた扉を凝視するが、幾ら見詰めても何がどう違うのか判断できそうにない。
今回ティファニアが使った魔法は
開けた側からでしか通る事の出来ない扉だが、異なる空間を繋げてしまうとても高度な魔法だった。
サイフィスはこの魔法を教えたところで成功はしないだろうと高を括り、ティファニアにこの魔法の呪文を教えたのだが……まさかこのような事態になるとは夢にも思ってなかったのだ。
「えっとそれじゃ……これは如何したら良いのかな? 流石に入るのは不味いのね」
『かといって放置する訳にもいかないわ。向こうからやって来るのもそうだけど、こちらから誰かが扉を開けてしまうのも問題だし。このまま扉が消滅するのを待つしかないわね』
「……消滅するのかな、これ」
『何とも言えないわね。こんな事例私も知らないもの』
少女と精霊は目の前の扉を如何すれば良いのか苦慮していると―――
「お前ら、そんなところで何してんだ」
―――黒髪に青い目の少年<零児>と緋色の龍<ヒルダ>が二人の傍へと近づいてきた。
零児は何処からかかってきた大きな猪を担ぎ、ヒルダの背中には森で採ってきたと思われる果物が乗っかっていた。
「レイジ、それにヒルダちゃん。お帰りなさい。ご飯は沢山採れた?」
「見ての通りよ。まぁ、わたしと兄様の手に掛かればこんなものね」
「なぁ~に自分も頑張ったみたいに言ってるんだ。コレを採って来たの殆ど俺じゃねぇか」
「そ、そう言う事は言わなくても良いの!」
「はいはいっと」
慌てるヒルダを零児は適当に往なすと、担いでいた獲物を地面に置き、目の前にある白い扉へと近付いていく。
「それにしてもなんだこの扉。俺達が狩りに行くときこんなの無かっただろ」
「あ、レイジ。その扉に近付かないほうがいいよ。それ、私の魔法で出したんだけど、ちょっと失敗しちゃって何処に繋がってるか分からないの」
「魔法で扉を出した? 何を如何すれば魔法で扉を出せるんだよ。扉でも召喚したのか?」
「私も理屈までは分からないからなんとも……」
「ふ~ん……。ま、ティファニアの魔法で出したんだから、これが只の扉な訳が無いが……一体何処に繋がっているのやら」
零児は興味なさ気にそう言って扉に触れようとしたその時、触れても居ないのに扉は独りでに開き、傍に居た零児を吸い込んでしまう。
「レイジッ!?」
扉に吸い込まれた零児を見て、慌ててティファニアも扉を潜る。
ヒルダも二人の後追いかけようとするが、扉はまた独りでに閉まってしまい、そのまま消えてしまった。
………
……
…
扉に吸い込まれた二人が目にしたのは、綺麗に整理された人気のない林だった。
小鳥の囀りは聞こえるものの、獣の唸り声などは聞こえず、辺りは静か。
零児は最大限警戒をしながら周囲に眼を向けるが、目に見える範囲に此処が何処なのか明確に分かるような情報はなく、ただ漠然とこの林は誰かに手入れされているのだろうと感じていた。
「な、なんか林の中に出ちゃったけど……ここ何処なんだろう?」
「さぁわかんねぇな。ただ人のいる世界だと思う」
「え、なんでそう思うの?」
「自然に出来た林にしては綺麗だからな。俺の実家の林はもっと煩雑としている」
「そう言われて見れば……確かに綺麗かも。ウェストウッドの森はもっとゴチャゴチャしてたし」
「森と林じゃ規模が違うだろうに……。恐らくこの林は自然に出来たものじゃなくて、誰かが植林して造ったモノだろう。そんな事をする生物は人間くらいなものだ」
「はぁ~……なるほど。それじゃこの林を抜ければ人のいる所につくのかな」
「多分な。人の居る所についても帰る手段が見つかる訳じゃないが、それは何とか為るだろう」
自分達が通った扉は既に消滅していて、帰り道は失われている。
帰り道を失い、見知らぬ世界に飛ばされでもしたら多少なりと取り乱すのが普通の反応ではあるが、零児は普段と何ら変わり無く落ち着いている。
元々あの扉は一方通行であるため、一度通ってしまったら引き返す事はできないのだが、それでも零児は落ち着いていて〝何とか為る〟と言った。
零児が異世界に渡るのはコレが二度目と言うのもあるが、一応の帰る当てがあるため落ち着いていられる。
落ち着いている零児を見て、ティファニアもパニックに陥る事無く、平時と同じでいられた。
もし自分一人だけだったら如何すれば良いのか分からず、ただ立ち尽くし呆然としていただろう。
ティファニアは横目で零児を見ながら、心の中でそう思っていた。
「お、こりゃ珍客だ。まさかこんな所で出会えるなんて思いもしなかったぞ」
林の中から聞こえてきた第三者の声。その声に反応した零児は、ティファニアを守る様に彼女の前に立ち、背中に背負った長剣に手を伸ばす。
二人に声を掛けたのは水色の髪を腰まで伸ばした二十代くらいの青年だった。
零児はその青年に見覚えはあるのだが、彼が誰なのかまでは思い出せずにいる。
懐かしいと感じてはいるものの、零児は青年の底知れぬ強さに無意識の内に恐怖し、彼が誰なのか思い出すよりも、この場をどう凌ぐかばかり考えてしまっている。
相手は自分よりも強く、ティファニアを連れて逃げても追いつかれるのは目に見えている。だからと言って戦って切り抜けようにもこちらに勝ち目が無いのでは、それも無謀と言うもの。
幸いな事に向こうに敵意は持っていないようだから、下手に刺激しなければ殺される事はないだろう。零児は相手の事を注視しながらそう判断し、相手の出方を窺っていた。
それに対して青年は零児の態度に呆れた様な顔になり、大仰しく溜息を吐いた。
「はぁ~……姉弟揃って俺の顔を忘れてるのか。ま、こうして会うのは約十年ぶりだし、覚えてないのも仕方がないか」
「姉弟揃って? ……アンタ、俺の姉貴の事も知ってるのか」
「あぁ知ってるぞ。なにせ君のご両親の昔からの友人だからな」
「親父達の友人……。幻想郷の外に住んでいて、水色の髪をした昔からの友人……。もしかして、要さん……なのか?」
「正解。久し振りだな、零児くん」
そう言って笑いかける水色の髪の青年<一条要>を見て、零児は剣の柄から手を離し、緊張を解いた。
「お久し振りです、要さん。お元気そうで何よりです」
「そう言う君も元気そうだな。竜華ちゃんは霊夢さんに良く似てたが、君はリュウの奴に良く似てる」
「そう……ですか? 自分では余りにてないと思っているのですが」
「いやいや、髪が黒いからそう見えるだけで、髪の色をアイツと同じにしたらそっくりだと思うぞ」
「そうですか。……どうせ似るなら、容姿以外のところも似たかったな」
自嘲めいた笑みを浮かべてそう呟く零児に、要は掛ける言葉が見つからないのか、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。
零児の後ろに隠れていたティファニアは彼と親しげに話す要を見て、敵ではないと感じたのか、零児の背中から顔を出す。
「君は……会った事はないよな。初めまして、俺は一条要って言うんだ。よろしくな」
零児の背中から顔を出したティファニアに、要は声を掛けて自己紹介をするが、ティファニアは如何したら良いのか分からず戸惑っている。
戸惑うティファニアを見て要は人見知りなのだと勝手に思い込むが、零児は戸惑うティファニアを見て一人で納得していた。
「すみません、要さん。ティファニアには要さんの言葉が分からないんです」
「言葉が分からない? もしかして耳でも悪いのか?」
「いえ、そうではなくて言語が違うので分からないんですよ」
「言語が違うって零児くんも日本語使ってるだろ」
「俺は八雲紫に境界を弄られてるので、どの世界の住人とでも会話が成立するんですよ」
「あ~……なるほど」
「ティファニア、この人は親父の友人の要さんだ。敵じゃないから安心してくれ」
「そ、そうなの?」
「あぁ。…要さん、こいつの名はティファニア。俺の友人で一緒に旅をしている仲間です」
「は、はじめまして」
零児に紹介してもらったティファニアは、要に対して軽く会釈をすると、要は笑い掛けながら頭を下げる。言葉が通じていなくても相手の身振りでなんとなくは伝わったのだろう。
「こんにちわ、ティファニアちゃん。……それでお前らは此処に何しに来たんだ? ミッドに何らかの目的があって来た訳じゃないだろ?」
「まぁちょっとした事故で来てしまっただけです。暫くすれば八雲紫がこの事態に気付いて俺達を元の世界に帰してくれると思いますが。それにしても要さん、よく俺達のいる場所が分かりましたね」
「なに、近くを走っていたらリュウの様な気配を感じてな。それで様子を見に来たんだよ。……それにしても、その口ぶりから察するに今すぐにでも幻想郷に帰れるって訳でも無さそうだな」
「そうですね。押し付けられたとは言え仕事中ですから、途中で投げ出すわけには行きません。それに……押し付けてきたのが八雲ですからね、終わるまで帰してはくれませんよ」
そう言いながら零児は疲れたような呆れた様な複雑な笑みを浮かべた。
その笑みを見て要は、零児の言う〝仕事〟以外でも八雲紫に色々と苦労させられたのだと察する。
「……色々と苦労してるみたいだな」
「労せずにこなす事のできる仕事なんて俺は知りませんよ」
「それもそうだな。……そうだ。暫くしたら迎えが来るって事は今は暇なんだろ?」
「え? えぇまぁ……」
「だったら俺の家に来い。迎えが来るって言っても直ぐに来るわけじゃないんだ、こんな所で突っ立っているよりかは良いだろ」
「こっちとしてはありがたい話ですが……いいんですか? 急に押し掛けて」
「全然問題ねぇよ。それじゃ直ぐに出発……と言いたいところだが、流石にその剣は隠さないと不味いな」
「不味いんですか?」
「あぁ。鞘に納められてるとは言え、剣を背負ったまま街中を歩いたら管理局に通報されちまう。しゃーねぇか、剣を入れる袋を買ってくるから十分くらい待っててくれ」
「十分……ですか」
「ああ、十分だ」
そう言うと要は二人の前から忽然と姿を消し、それと同時に林の中を暴風が吹き荒ぶ。
その風に木々は揺れ、枝からは葉が何枚も舞い落ちる。
ティファニアは吹き荒ぶ風に驚きながらも、飛ばされないように零児にしがみ付く。
零児はただ要が立っていた割れた地面をジッと見据えながら、どこか呆れた様な感心したような溜息を吐いた。
「やれやれ……。親父から聞いた通りとんでもない人だな。踏み砕いて行くか、普通?」
「い、一体何が起こったの? それにカナメ…さんだっけ? あの人も居ないみたいだけど……」
「要さんなら俺の剣を仕舞う為の袋を買いに行ったよ。別に急がなくてもまだ時間はあるだろうに」
「袋を買いに入ったって一体何処に?」
「さぁな。何処まで行ったのかは知らないが、地面を踏み砕いてまで急いで行ってくれたよ」
そう言って零児は呆れて溜息を吐くが、ティファニアには零児の言葉が信じられなかった。
要の事を知らないティファニアには、彼はただの青年にしか見えていなかった。だが、旅をしている中で零児がこんな嘘を言う性格ではない事をティファニアは知っているし、割れた地面を眼にして零児の言葉を受け止めるしかなかった。
「れ、レイジ。あの人、一体何者なの? 地面を割るなんて普通じゃないよ」
「何者って言われてもな……。あの人は親父の昔からの友人で、親父が認めた化け物だ」
「化け物って……どう見ても普通の人にしか見えなかったんだけど」
「ティファニアは何も知らないからな。……ま、俺も親父から聞いた程度の事しか知らないんだが」
「……………」
何も知らないと言われてしまったティファニアは、何も言い返すことが出来ず、ただ信じられないモノを見るような目で割れた地面を見ていた。
零児はしがみ付くティファニアが重いと感じながら、要が帰ってくるのをジッと待つ事にした。
………
……
…
要が宣言していた通り待つこと十分。消えたとき同様に要は忽然と姿を現し、二人の元へと戻ってきた。
「お待たせ。いや~その剣の長さにあう袋が中々見つからなくて苦労したよ」
「よく見つけましたね。野太刀なんて早々お目にかかれる品物じゃないのに」
「ま、ぶっちゃけた話、剣用の袋じゃなくて槍や薙刀なんかを入れる長物用の袋を買ってきたんだ」
「あぁなるほど。長物用ならこの剣を入れることは出来るか」
「そう言う事。そんじゃその剣を仕舞って早いとこ行こうぜ。家にはもう連絡つけといたから」
そう言って要は零児に向かって買ってきた袋を投げ渡し、はしゃぐ子供の様に先に行ってしまう。
零児は呆れたように溜息を零しながら、渡された袋に背負っていた剣を入れ、先を行く要の後を追う。
ティファニアはそんな二人に圧倒されながらも、零児の後を追いかけるように二人についていく。
林を抜けるとそこには大きな道があり、多くの人や車が行き交いしている。
多種多様な衣服を着た人々。馬よりも早く駆けていく鉄の箱。土でもなく石畳でもない舗装された道。
あまり文明が進んでいないハルケギニアからやって来たティファニアには、その光景はあまりにも衝撃的で、驚きの余り無意識の内に零児の腕に抱きついてしまう。
普段の零児ならティファニアに〝重い〟とでも言うのだが、幻想郷出身の零児もこの光景に驚いていた。
「ん? どうした二人共。そんなに目を丸くして」
「いえ、俺もティファニアも田舎で育ちましたから、あまりの人の多さにちょっと驚いて」
「そうか? ……ま、今日は休日だから普段よりも人通りが多いかもな」
「要さんは普段この人混みの中で過ごしているんですか……。俺はちょっと耐えられそうにないな」
「そんなもん慣れだよ、慣れ。慣れちまえばこんなのどうって事無いさ」
「そんなもんですかねぇ……」
要の言葉に零児は半信半疑になりながらも、三人は要の家へと向けて歩いていく。
多くの人が行き交う道を歩いていると、擦れ違う人々はみな零児とティファニアの方を見る。
擦れ違う人々の視線にティファニアは困惑し、零児の腕に縋りつくように抱き付く。
零児も表面上は平静を保ってはいるが、これだけ見られているのは落ち着かない。
二人からすれば特別何かをしているわけではないのだが、二人の格好はこの町の住人達からすればかなり浮いていた。
この町で流行っている服装とは違い、二人の格好は何処となく古めかしい格好。
普段見られるような格好では無いから、物珍しさからどうしても擦れ違う人々の視線を集めてしまう。
それに加えてティファニアはかなりの美少女だ。流行のモデルなどと比較しても、ティファニアの前では現役のモデルも霞んでしまうほど。
そんな美貌と古めかしい格好が合わさって、ティファニアはどうしても人目を引いてしまし、彼女と腕を組んでいるように見える零児にも視線が行ってしまう。
擦れ違う人々の多くはティファニアに目が行った後、隣に居る零児に目線が行き、男性は忌々しげに零児を見た後で小さく舌打ちをする。
その視線と舌打ちを聞いていた零児の表情も次第に険しくなり、眉間に深い皺が寄せられ始めた。
「少し落ち着けって零児くん。そんな顔をしてると余計に視線を集めるぞ」
「要さん……」
周りの視線への苛立ちから表情が険しくなってきていた零児を、後ろを振り返った要が宥める。
「周囲の視線が二人に集中しているみたいだが、ティファニアちゃんすげぇー美人だし、仕方がねぇさ。寧ろそんな美人と腕を組んでいる事を回りに見せびらかせって」
「俺にそんな事を自慢する趣味はありませんよ。……しかし、ティファニアってそんなに美人ですか?」
「間違いなくな。ま、零児くんの故郷には可愛い子や綺麗な子が多いから目が肥えてるのかもしれないな」
「むぅ……」
要に「目が肥えている」と言われたが、零児からしたらその様なつもりは全くない。
ただ、人よりも妖怪の方が多く暮らす幻想郷で生まれ育ったため、相手を外見だけで判断しないように育っただけのこと。
多くの妖怪が人間に近い姿をとる事が多い所為か、見た目は普通の人間でも中身は全くの別物である場合がある。そのためか、見た目だけで相手の事を判断しないようになった。
零児は人間ではないからと言う理由で差別したりしないが、相手の外見も余り気にしたりはしない。
「……ま、なんでもいいか。ティファニア、俺から離れたりするなよ」
「うん、分かってる」
零児がそう言うと、不安そうな顔をしていたティファニアの表情が少しだけ和らぎ、この腕を放さないと言わんばかりに零児の腕により密着する。
それを見た通りすがりの男性たちは、零児の事を恨めしそうに眺めながらただただ見送っていた。
零児は自身の腕に軟らかいものが当たる感触を感じながら、心の中で密着しすぎだと呆れ、それを横目で見ていた要は仲良さそうに見える二人を見て、小さく笑っていた。
………
……
…
要の案内にしたがって歩くこと数時間。漸く二人は要の家へと辿り着く。
街の喧騒から外れた一等地に立つその家に、零児とティファニアは目を丸くして驚きを隠せずにいた。
「やっと着いたぞ。ここが俺の家だ」
「「……………」」
要に案内された場所に建っていたのは、広い庭に二棟の倉が建つ三階建ての豪邸だった。
二人の知る建築様式とは全く違う建物ではあるが、建物の大きさと広い庭を見てこの家がかなりの豪邸であると感じていた。
「ん? どうした二人共。大口開けてポカーンとしちまって」
「……あ、いえ。この家の広さに驚いていただけです。要さんの事だからある程度の敷地がある家だとは思っていましたが、まさか倉が二つも建てられるだけの敷地があるとは」
「ま、これも偏に若い頃に頑張って稼いだお陰だな。あと、酒蔵は二つじゃなくて三つだ。それにこっからじゃ見えないが離れもあるぞ。そっちは一階建てだけどな」
「離れまであるって……どんだけ広いんですか」
「そこら辺の家よりは広い自信があるぜ。ま、こんな所で立ち話していても仕方がねぇから上がってくれ」
「……それじゃお邪魔します」
「おう」
要は笑顔を見せながら二人を迎えると、先行して玄関の扉を開けて中へと入る。
二人は要の後に続いて家に上がらせてもらうと、家の中は見た目通りかなり広々としている。
「ただいま~。すずか~今帰ったぞ~」
要が靴を脱ぎながら廊下の向こうに声を掛けると、家の奥から20代から30代ほどの見えるパンジーの様に濃い紫色の髪をした女性がやって来た。
「お帰りなさい、あなた。それといらっしゃい零児くん、ティファニアちゃん」
「お邪魔します、すずかさん。それとすみません、急に押し掛けてしまって」
「そんな事気にしなくても良いわよ。それよりも早く上がって、お茶の用意は出来ているから」
「ありがとうございます」
零児が要の妻<すずか>に頭を下げると、それに倣うようにティファニアもすずかに頭を下げた。
そして零児は玄関で靴を脱ぐとティファニアもソレに倣って靴を脱ぎ、すずかが用意してくれたスリッパに履き替え、彼女の案内に従って廊下の奥へと歩いていく。
二人が案内されたのは家の広間。十人くらいなら同時に入っても窮屈にならない程の広さがある。
ハルケギニアではまず見られない建築様式に、ティファニアは物珍しさからキョロキョロと辺りの物を見渡す。それはまるで都会に始めてやってきた田舎者のようにも見えるが、零児はティファニアを止めたりはしなかった。
零児からしても要宅に有る物は珍しく、ティファニアと同じく辺りの物を見てみたい気持ちが有った。
「うわぁ~……。なんか色々と珍しいモノがあるね、レイジ」
「そうだな。ま、俺達が田舎者なだけで、この世界ではごく普通の物なのかもしれないけどな」
「あ、そう言う考え方もあるんだ」
「まぁ物珍しいのは分かるが、あまり家の中を見回すんじゃねぇぞ。失礼だから」
「それは何となく分かるんだけど……」
「ふふ、好きなだけ見てくれて構わないわよ。それじゃ私はお茶とお菓子を持ってくるわね」
「ありがとうございます、すずかさん」
ティファニアは零児の考え方に納得はするものの、辺りを見渡すのを止めようとはしなかった。
確かにこの家には一般家庭にはない調度品は少なからずあるが、ティファニアようにキョロキョロと見渡して面白いモノが有るわけではない。
それでも見渡してしまうのは、ティファニアにとってこの家にある物全てが新鮮だからだ。
自分の居た世界にはない物ばかりだから、持ち前の好奇心を抑える事ができず、失礼と思いながらもついつい見てしまう。
辺りの物を見渡していたティファニアは、ふと長い棚の上に置かれた小さな額縁に目が留まる。
ハルケギニアにも額縁は存在しているが、棚の上に置かれている物はティファニアが知っているモノと比べると余りにも小さい。
本と同じ位のサイズの額縁に興味が湧いたティファニアは棚へと近付き、置かれていた額縁に手を伸ばす。
額縁に飾られていたのは小さな絵。要とすずかと同い年くらいの男女数名と子供達の絵だった。
ティファニアは心の中で変わった絵だなと思いながら、手に取った額縁を物と場所に戻し、隣に置いてあった別の額縁に手を伸ばす。
それにも同じ様に絵が納められているのだが、その絵に映っている子供達は成長しているのに、一緒に描かれている要とすずかはさっき見た絵と何も変わっていなかった。
何も変化のない要とすずかにティファニアは首を傾げながらも、また違う額縁に手を伸ばす。
その額縁に納められていた絵でも要とすずかは、今と何も変わらない姿のまま描かれていた。
最初ティファニアは、全部つい最近描かれたものなのだろうと思ったが、一緒に描かれている子供達は最初に見た絵の子供達の面影が有り、その子たちが成長した姿だと感じさせた。
子供達は成長しているのに、要とすずかは何も変わっていない事にティファニアは理解出来ず、ただただ首を傾げた。
「あん? どうかしたのかティファニア」
「あ、レイジ。実はこの絵なんだけど……」
「絵がどうかしたのか? ……って、これは写真じゃねぇか。映っているのは要さん一家の集合写真だな。文屋が撮ったやつよりも綺麗に撮れてる。コレが技術の違いか」
「いや、そうじゃなくてね。これに描かれているカナメさんとスズカさん、今と全然変わってないんだよ。不思議に思わないの?」
「いや、別に。……ま、すずかさんが何も変わっていない事に驚いたが、要さんの奥さんだし、お袋同じような形で何らかの影響を受けたんだろ」
「なんでレイジはそんなにも平然としてられるの……。私はすんごく不思議なんだけど」
「そんな事言われてもな……。俺が初めてあの人会ったのは十年近く前の話だが、あの人ふらりと家にやって来たかと思えば、自分の孫を俺ん家に預けていったんだ。その時も今と大して変わってなかったよ」
「孫? ……いや、でも、カナメさんってまだ20代なんじゃ―――」
「そう見えるだけで実際には孫のいる爺さんだ。この写真だって自分の子供達じゃなくて、自分の孫達との写真なんだろうからな」
「……………」
零児のそんな言葉にティファニアは言葉をなくし、思わず絶句してしまう。
ティファニアは要の事を見た目通りの年齢だと思い込んでいた。だが実際には孫が何人もいるご老人。
世の中には実際の年齢よりも若く見えたり、老けて見えたりする事はよくあるが、要の場合はそんな範疇を超えているのだ。
年齢を感じさせないと言うよりも、大人になってまったく老化していないのではないかと思わせる要に、ティファニアは少なからず動揺する。
明らかに普通の人間ではない二人にティファニアは驚くが、二人の事を蔑視したりはしなかった。
写真を見る限り確かに二人は普通ではないが、それはティファニアも同じ事。
彼女は人間とエルフの間に生まれたハーフエルフである上に、伝説の系統魔法〝虚無〟の担い手。普通の人間とは明らかに違っている。
そんな彼女だからこそ二人の年齢を知って驚きはしても、拒絶したりはしなかった。
「なんていうか……凄い人たちだね」
「そうだな。特に要さんは親父のアンフィニとまともにやり合える数少ない人だからな。尋常じゃねぇよ」
「そう言う意味でいったんじゃないんだけど……。でも、なんでレイジが私の事を知っても引かなかったのか少しだけ分かった気がする」
「この位のことで分かられても困るんだけどなぁ……」
複雑な面持ちで零児がぼやいていると、お茶とお菓子を持ったすずかが二人の元へとやって来た。
すずかは広間にあるテーブルの上に持って来たお茶とお菓子を並べ、二人の事を手招きして呼び寄せる。
その招きに応じた二人は、すずかのいるテーブルへと向かい椅子に腰掛ける。
「お茶とお菓子を持って来たわ。どうぞ召し上がれ」
「ありがとうございます。それじゃ頂きます」
そう言って零児は用意されたお茶に手を伸ばし、何も気にせずお茶を口にする。
ティファニアはすずかに向かって一礼した後、出してもらったお茶に手を伸ばすが、零児とは違い直ぐに口にしたりはしなかった。
すずかが出したお茶と言うのは所謂緑茶で、紅茶が主流のハルケギニアから来たティファニアからすれば、緑茶を見るのは今回が初めて。
紅茶とは明らかに違う液体にティファニアは訝しげな視線で見詰めるが、零児が普通に飲んでいる事から飲んでも大丈夫なものだろうと判断して口につける……が、思っていたのとは違う味にティファニアは顔を顰める。
「ん? どうかしたのかティファニア」
「こ、この飲み物……苦い」
「そりゃ緑茶は基本的に苦いものだからな。苦くて当然だ」
「な、なんでレイジはこれを普通に飲めるの?」
「んなもん慣れだ慣れ。……そんな涙目になるなって、とりあえずコレでも食って落ち着け」
緑茶の苦さに涙目になるティファニアを見かねた零児は、お茶請けとして出された饅頭をティファニアに食べさせる。
零児が差し出した饅頭をティファニアはそのまま食べると、口の中に残っていた苦味が引いたのか、今度は美味しそうな笑顔に為る。
「美味しい。なにこれ、初めて食べた」
「ただの饅頭だろ。さっきも言ったが基本的に緑茶は苦いんだ。だから、こう言った甘いモノを食べながら飲んだ方がいい。飲み慣れていないうちは特にな」
「へぇ~……そうなんだ。このマンジュウっていう食べ物、甘くて美味しいから私好きになりそう」
そう言ってティファニアは顔を綻ばせながら、お茶請けに出された饅頭を次々と食べていく。
饅頭を何個か食べて口の中が甘ったるくなったら、今度はお茶を一口飲んで一息ついてからまた饅頭を口に運ぶ。
次々と饅頭を食べていくティファニアに零児は呆れ、すずかは反対に安心したかのようにホッと胸を撫で下ろす。
「良かった、気に入ってくれたみたいね。零児くんが最近幻想郷から姿を消したと聞いていたから、あの地にも有る物を用意したのだけど、ティファニアちゃんの口に合うか不安だったの」
「エット……ソノ、アリガトウ、ゴザイマス……」
少しだけ気恥ずかしそうにしながらも、ティファニアはすずかに対して日本語でお礼を言う。
それはたどたどしい上に片言ではあるけれど、それは確かに日本語であった。
ティファニアが日本語を使った事に零児は目を丸くし、すずかも一瞬驚いたような顔をした後、すぐに微笑み「どういたしまして」と返した。
「ティファニア、お前何時の間に日本語なんて習得したんだ? あの世界で日本語を使う奴なんて俺か、黒髪しか居ないだろ」
「習得したって言うか、レイジがずっと同じ言葉で喋るから自然と覚えちゃって。レイジと同じ国の言葉なら聞き取れるし、少しだけならさっきみたいに喋れるよ」
「そうだったのか。……それなら早く言ってくれれば良かったのに」
「だって、ハルケギニアでは使う必要もなかったし、異世界に行く事に為るなんて思っても見なかったんだもん」
「それは……確かにそうだな。ティファニアは魔法に失敗しなかったら此処に来る事もなかったんだし」
「それを今言わないでよ……」
失敗を指摘されてティファニアは肩を落とすが、饅頭を食べる手は止まらなかった。
落ち込みながらも饅頭を食べるティファニアに零児は内心呆れ、小さな溜息を吐きながらお茶を飲み干す。
そんな二人の様子にすずかは微笑ましいものを見るような、どこか昔を思い出しているようなそんな表情を浮かべていた。
「どうかしましたか、すずかさん。俺達の方をジッと見て」
「いいえ、大した事じゃないわ。ただ、二人は仲がいいんだなって思って」
「そうですか? 別にこのくらい普通だと思いますけど」
「貴方達にとっては普通な事だとしても端から見るととても仲が良い様に見えるわよ。なんだか霊夢さんとリュウさんみたい」
「……………」
すずかにそう言われて零児は自分の両親の事を思い出し始める。
自分は父親の様な化け物じみた強さはないし、ティファニアは母親とは全く違う性格だ。
そんな二人に似ているといわれてもピンっと来ないし、全くと言っていいほど実感が湧かない。
両親についてアレコレ思い出していると、零児はふと神社でよく行われる宴会の事を思い出す。
酒を水の様に飲んでいく父親のペースに合わせて飲み、酔っ払って父に甘えだす母親。そんな母を跳ね除ける事もせず、優しく受け止める父の姿。
見ているコッチが恥かしくなりそうな二人の姿を思い出し、零児は心の中で「すずかさんの勘違いだな」と勝手に結論付けた。
「お、三人とも楽しそうにやってるな。俺も混ぜろよ」
三人で談笑している所に酒瓶と思われるモノを何本か持ってやって来た。
家に着いて二人と別れた要は、そのまま自分の酒蔵へと向かい、秘蔵の酒を何本か持って来たのだ。
酒を何本も持って来た要を見てすずかは呆れて溜息を吐くが、もはや何時もの事だと諦めている。
「あなた……。夕食前なのにもうお酒を飲むんですか? 子供達が突然やってきたら如何するんです」
「この時間ならもうこねぇよ。それより折角零児くんが来たんだし、こういう機会でもないと次に何時飲めるか分からないだろ?」
「はぁ~……もういいです。それじゃ私はおつまみになりそうな物を作って来ますね」
「おう、頼んだ。出来るだけ沢山作ってきてくれな」
「はいはい、分かりましたよ」
呆れた様子で返事をしたすずかは席を立ち、要とは入れ替わりで広間から出て行く。
その入れ替わりで要が席に座り、二人の前に何本もの酒瓶を並べ、棚から透明なガラスのコップを取り出して二人の前に置いて準備を進める。
時刻は漸く日暮れが始まったばかりと言った所で、まだ夕食には早い時間だろう。
それでも着々と酒盛りの準備を進める要を見て、ティファニアは如何したら良いのか分からず困惑している。
零児は実家での暮らしでも突然酒盛りが始まる事があったため、こういった状況には慣れている。寧ろ零児は久し振りに酒が飲めると若干ワクワクしていた。
珍しく浮かれる零児は要が持って来た酒瓶を一本手に取り、瓶の裏に張られているシールに目を通す。
零児は境界を弄られているため、どの世界の人とも会話する事ができるが、その世界の文字までは読むことが出来ない。だが、この世界で使われている数字は零児の故郷でも使われている物と同じ為、数字だけは読み取る事が出来た。
そんな零児が読み取れた数字には〝50.5%〟とシールには表示されていた。
「……要さん、このお酒って」
「んあ? それはウイスキーの一種だよ。前に飲んで味が良かったから気に入ってるんだ」
「いえ、この酒のアルコール度数50%も有るみたいなんですけど……」
「そりゃその位あるだろ。国によって定義は違いはあるが、此処ではウイスキーのアルコール度数は最低でも40%以上だぞ」
何を当然の事を聞いてるんだと言いたげな要のその一言に零児の顔が軽く引き攣る。
「ねぇレイジ、あるこーるどすうって何?」
「ん? ……あ~そうか、あの世界じゃ調べる術が無いのか。簡単に言えばその飲料に対するアルコールの濃度を示す数値だ。この数値が高ければ高いほどキツイ酒って事になる」
「それじゃこのお酒は……」
「50%を超えてるから高い方だな。俺は飲めるが……ティファニアは大丈夫か? 単純に考えてワインの五倍はキツイぞ」
「そ、そんなの飲める訳ないよ! 只でさえお酒飲まないのに、ワインの五倍なんて無理!」
「……ま、そうだよな」
零児の話を聞いてティファニアは要の持って来たウイスキーを拒絶する。
ティファニアは育ってきた環境が環境な為に、酒を飲む機会などそうあるものでもなく、旅をしている間は野宿が多いため酒を買う事も無い。
そんな彼女にワインの五倍のアルコール度数のある酒を飲めというのは無茶振りも良い所である。しかし、要がその程度の事を予見できない訳もなく、ちゃんと手は打ってあった。
「お? 二人して一体何の話をしてるんだ?」
「いえ、ティファニアにこのウイスキーは飲めないと」
「なんだそんな事か。だったら安心しろ、ちゃんとジュースも持って来てるから」
「ジュースって、他に持って来た奴はワインじゃないんですか?」
「あぁ白ワインだが、今回持って来たのは極甘のデザートワインだ。赤と違って渋みも無いから余り飲み慣れていない人でもいけるぜ」
「デザートワインですか……。俺は余り聞きませんが、大丈夫なんですか?」
「ま、飲んでみれば分かるさ。正直俺はあんまり好きじゃないんだけどな」
そう言って要はワイン瓶の口を塞いでいたコルクを指で押し上げ、ワインをグラスに注ぎティファニアに差し出す。
グラスを差し出されたティファニアだが、先ほどの話もあってか出されたワインを口にしようとはしない。
それを見かねた零児は彼女のグラスを手に取り、グラスに注がれたワインを一口飲んで見せた。
突然の零児の行動にティファニアは目を丸くするが、ワインを飲んだ零児は眉間に皺を寄せてグラスをティファニアに返した。
「ど、如何だったレイジ?」
「……あっまい。要さんがあまり好きじゃないって言った理由が分かりました」
「だろ? 俺としてはもっと強い酒が好きなんだが、俺の趣味で酒を買うと家族が五月蝿くてさ……。アルコール度数の高い酒ばかり買われても飲めないって」
「それで他の方が飲めるように多種多様の酒があり、それらを保管するために酒蔵が三つも在る訳ですか」
「そう言う事。俺としてはワインは辛口の方が好きなんだが、そんだけ甘ければティファニアちゃんでも飲めるだろ」
「そうですね。……でも、一言だけ言わせてください」
「ん? なんだ?」
「ワインは酒であってジュースではないです」
「……ハッ。アルコール度数10%以下なんてジュースを変わらねぇよ」
堂々と言い切る要に零児は呆れ返って何も言い返せなくなる。
そんな二人のやり取りを他所にティファニアは零児が口をつけたグラスを手に取り、残っているワインを一口飲んだ。
ティファニアは、自分の知っているワインよりも甘い事に驚きながらも、これならば問題なく飲めそうだと顔を綻ばせた。
要はティファニアが零児と間接キスした事に気付いていながらも、それを指摘する様な事はせず酒盛りの準備を進めていると、席を外していたすずかが沢山のおつまみを持って三人の所に戻ってきた。
「あらあら、私が戻ってくる前にもう始めていたのですか?」
「いや、ティファニアちゃんにデザートワインの試飲をさせていただけだ。まだ始めちゃいない。……さてすずかも戻ってきたし、始めるとするか!」
「……お手柔らかにお願いします、要さん」
「何を言っているんだ零児くん。君にはトコトン付き合ってもらうぞ」
「……勘弁してくれ」
げんなりとする零児を他所に、要はすずかとティファニアのグラスにワインを注ぎ、自分と零児のグラスにウイスキーを注いだ。
すずかが作ったおつまみはテーブルの上に所狭しに置かれ、準備が整った所で要は自分のグラスを手に取り音頭をとる。
「さて、三人ともグラスは持ったな? それじゃ零児くんとの久し振りの再会と、ティファニアちゃんと出会えた事を祝して……乾杯!」
「「乾杯」」
要がグラスを掲げるのに合わせて零児とすずかもグラスを掲げ、ティファニアは三人に習うように若干遅れてからグラスを掲げた。
乾杯の音頭を取った要はそのままウイスキーを煽り、アルコール度数50%の酒を一気に飲み干して見せた。
その様子に零児は若干引きながら、零児も自分に注がれた酒をのんびりと飲み始める。
「……ところでレイジ。一つ聞きたい事があるんだけど」
「ん? どうかしたのか?」
「どうしてレイジとの再会と私との出会いを祝して乾杯したの?」
「……ただ酒を飲む口実に使われただけだからそんな事は気にするな」
………
……
…
四人だけの宴会が始まって既に三時間。日は暮れ、空には星々が輝きだしていた。
酒を飲み始めて大分経つが、要と零児はまだまだ余裕がありそうだった。
すずかは顔を赤くし酔いが回っているのか、要の肩と自分の肩がくっ付きそうなくらいに席を近づけているが、酔い潰れるにはもう少し時間が掛かりそうだろう。
そんな中ティファニアはそろそろ限界なのか、顔を真っ赤にし今にも眠ってしまいそうなほどに瞼が閉じてきている。
まるでボートを漕いでいるかのように上体を揺らし、誰の眼から見てもこれ以上は無理だと言う事が分かる。
「ティファニアそろそろ休め。要さんの相手は俺がするから、お前は無理に付き合うな」
零児はティファニアに休むように言うが、ティファニアは子供の様に首を横に振って零児の言葉を拒否する。
それを見て零児は困った様な表情を浮かべるが、やはりもう限界だったのか、ティファニアの意識は急に遠のき机に倒れそうになる。
零児は慌ててティファニアを抱き止めるものの、当の本人は規則正しい寝息を立てて眠ってしまっていた。
「寝ちまったか……。ったく、だから無理に付き合うなって言ったのに」
「ま、宴会を始めてから既に三時間は経ってるからな。酒を飲み慣れていないにしては頑張った方だよ」
「そうですね。……要さん、ベットを貸してもらってもいいですか?」
「あぁ構わねぇよ。すずか、零児くんを案内してやってくれ」
「はい、分かりました」
「ありがとうございます。それじゃ運びますか」
そう言って零児は寝てしまったティファニアを抱き上げ、すずかの後に続いて広間から出て行く。
すずかの案内で通されたのは簡素な客間だった。大きめのベットとクローゼットが有るだけで他に特別な物はなかった。
すずかはベットの掛け布団を捲り、零児は起こさないようにティファニアをベットに寝かしつける。
そして捲った掛け布団を優しくティファニアにかけて、二人は部屋から出て行こうとしたとき―――
「れい…じ……」
―――寝ているはずのティファニアが零児を呼び止めた。
ティファニアの声に反応して零児が後ろを振り向くが、彼女が起きた様子はなく、ただの寝言のようだ。
寝言で自分の名を呼ぶティファニアに呆れながらも、零児は寝ている彼女に近付き、彼女の頬を優しく触れる。
「ったく、寝惚けて俺の名前を呼ぶなんて一体どんな夢を見てるんだよ」
零児は悪態を付きながらもそんな事を口にするが、言葉とは裏腹に彼の表情は眠っているティファニアを慈しむ様に柔らかなものだった。
その事を眠りながらもティファニアも感じ取ったのか、眠っている彼女の表情はとても安らいでいる。
一頻りティファニアの頬を撫でた後、零児は彼女の傍から離れ今度こそ客間を後にした。
零児とすずかが広間に戻ると、要は一人で暇そうに酒を飲んでいた。
「お、戻ったか。待ってたぜ」
「あなた……。十分や二十分も経っていた訳じゃないんですから、もう少し辛抱してください」
「それはまぁ分かるんだけど、やっぱり一人で酒を飲んでてもつまらないからな」
「すみません、要さん」
「いや、零児くんが謝ることじゃないさ。ただ俺が皆と騒ぎながら飲むのが好きだって話だ」
そんな話をしながら零児とすずかは自分の席に座り、宴会が再開されるが先ほどと比べて盛り上がりにかけていた。
眠ってしまったティファニアを起こさない様にとの配慮だが、一度途切れてしまった流れを戻すのは中々に難しい。何か盛り上がるような話題でもあれば話は別だが、前の三時間で大体話してしまっていた。
このまま静かにただ酒を飲むだけに為るかと思いきや、意外なところから話題が切り出された。
「……ところで零児くんに一つ聞きたいのだけどいいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「零児くんとティファニアちゃんって付き合っているの?」
「ブッ!?」
酒を飲みながらすずかの質問に答えようとした零児だが、思い掛けない質問に口に含んでいた酒を少しだけ噴出してしまう。
気管に入らなかったのは不幸中の幸いだが、何故その様な事を聞かれたのか分からず零児は戸惑ってしまう。
「ど、何処をどう見たら俺とティファニアが付き合っているように見えるんですか」
「え、だって、零児くんティファニアちゃんに凄く優しいし、さっきも彼女の事を慈しむ様な眼差しだったじゃない」
「……そういやウチに来る前も二人は腕を組んで歩いてたよな」
「アレはティファニアが不安に駆られて俺の腕に抱きついてきただけです。別に付き合っているわけじゃありません」
「でも、彼女に対して優しいの、慈しむように見ていたのも事実よね」
「別に慈しむ様に見ていたつもりはありませんし、アイツに特別な感情があって優しくしているわけじゃありませんよ。変な勘違いをしないで下さい」
「それじゃ今零児くんは彼女がいるのか? 竜華ちゃんは君に凄く執着していたように見えたが」
「別に彼女なんて居ませんし、姉貴はただ弟離れが出来ていないだけです。……俺からしたらかなり困った話ではありますが」
そう言って零児はウンザリしたように深い溜息を零す。
故郷にいる姉の事を思い出しているのだろうが、そんな溜息を零さなければ為らない程に姉のブラコンぷりは酷いのだろう。
零児の表情と溜息の深さからなんとなく察した二人は、これ以上彼の姉について聞いたりはしなかった。
「ま、まぁ竜華ちゃんの話はこの位にしておくとして、零児くんがティファニアちゃんに優しいのは事実だ。今日一日君達の事を見ていただけで分かる。それ程に君に対する彼女の信頼は厚い」
「そう…ですかね? 本当にそうなら俺としても嬉しい事ではありますが」
「間違いねぇよ。その位彼女の言動を見てれば分かりそうなものだけどな。……何か負い目に感じている様な事でも有るのか?」
「別にそんなのはありませんが、アイツを〝外〟に連れ出したのは俺ですから。俺がアイツを守ってやらないと」
「ティファニアちゃんと外に連れ出した? もしかして彼女、良いところのお嬢様か何かか?」
「〝元〟ですけどね。……少し長い話に為りますが、話聞きたい―――」
「めっちゃ聞きたい。丁度良い酒の肴に為りそうだ」
「―――……肴にする様な内容じゃ無いと思いますけどね」
予想以上に食いついて来た要に零児は苦笑いを浮かべつつ、コレまでの経緯を零児は二人に話した。
話をする過程で零児はティファニアがハーフエルフである事を、ブリミル教とエルフの対立を……ティファニアの過去を話す。
その話を聞いた二人はなんと言えば良いのか分からず、複雑な表情を浮かべる。
要の酒を飲む手も止まっており、零児の言ったように肴にする様な類の話ではなかったようだ。
「……国に追われ、両親を亡くし、人目を避ける様に森の奥で暮らしていたのか。俺が思っていた以上に重い話だな」
「そうですね。俺も両親の力をちゃんと引き継げなかったから、周りに陰口を叩かれてましたが、アイツは俺とは比べ物にならないくらいに辛い過去を背負ってます」
「そうね。……でも、それ程の事を経験してもあの子は笑っている。強い子なのね、あの子」
「強い……ですか」
「えぇ。それだけの事があればトラウマに為っていても不思議ではないもの。今あぁしてあの子が笑っていられるのは、零児くんが言っていたお姉さんのお陰なのか、貴方のお陰なのかは分からないけどね」
「……俺は俺と出会う以前のティファニアを知りません。初めて会った時からアイツはあんな感じでしたから、きっとマチルダのお陰ですよ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないでしょ? まぁここで話していても仕方のない事だけど」
「そうですね。……何はともあれアイツを外に連れ出したのは俺ですし、マチルダにもティファニアの事を頼まれてます。だから俺は、傍にいる限りアイツの事を守ってやらないと」
まるで自分に言い聞かせるように決意を口にする零児だが、要は少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「……零児くんの気持ちは分かった。でも、少し硬く考えすぎじゃないか?」
「そう…ですか? 俺としてはそんな事はないと思ってますが」
「い~や硬いね。今の君はなんて言うか義務感で彼女を守ろうとしているように見える。危険な外に連れ出したのは自分だから、彼女の姉に頼まれたから。確かにそれでも構わないけど……そんなに肩肘張る必要はないだろ。……零児くん、君にとって彼女は何なんだ?」
「俺にとってティファニアは友達です。あの世界で最初に出来た友人で、一緒に旅をする仲間です」
「だったらそれで十分だろ。確かに君はティファニアちゃんを外に連れ出した切欠かもしれない。でも、外に行く事を選んだのは彼女自身の筈だ。君が彼女を無理やり連れ出したわけじゃないんだろ?」
「そんな事はしてません。共に行こうと手を出したのは俺ですが、その手を握ったのはアイツです」
「なら、〝俺がアイツを連れ出した〟なんて言わなくていいだろ。君はただ友人を……仲間を守る為にその剣を取る。ただそれだけの事じゃないか」
「………………」
「誰かを守る事に難しい理屈は要らない。あの子が恋人でなくても、惚れた女でなくてもいい。君があの子を守りたいと言う気持ちが本当ならソレだけで十分の筈だ」
要は零児を諭す様に自分が思ったことを口にして伝えた。
もしかしたら要の言っている事は零児に取ってお節介かもしれない。だが、今の零児を見ていて要は黙っていられなかった。
子供の頃から付き合いのある友人の息子。そんな零児が堅苦しく生きている様に要には見えてしまった。
育った環境の所為なのか、零児自身の本質なのかまでは要には分からないが、そんなに堅苦しく生きる必要はない。難しい理屈を並び立てるよりも、もっと心の赴くままに生きてもいいんだと要は零児に伝えたかった。
その思いが零児に届いたのかは分からないが、さっき決意を口にした時よりも零児の表情は柔らかいものになっていた。
「……簡単に言ってくれますね、要さん」
「だから君が硬く考えすぎなだけだよ。そんなんじゃ何時かパンクしちまうぞ。……そうだ! 元の世界に戻ったらあの子とデートでもしたらどうだ?」
「な、何でそうなるんですか。話が見えないんですけど」
「息抜きだよ、息抜き。別にデートじゃなくても友人と遊びに行くのは普通の事だろ」
「それは……まぁ確かに」
「ま、世間一般的には年頃の男女が二人で遊びに行くのをデートって言うけどな」
「要さんは如何あっても俺達にデートをさせたいんですか」
「飽く迄世間一般の話だよ。そんなに睨むなって」
何とかして二人にデートをさせようとする要に、零児は眉間に皺を寄せて要を睨む。
零児程度の睨みでは要が怯む事は無いし、零児自身もその事は分かっているのだが睨まずにいられなかった。
「あなた、余り零児くんをからかわないでください」
「ちょっとくらい別にいいじゃねぇか。実際息抜きってのは大事だしな」
「だからと言って本人の気持ちを無視するのはどうかと思いますよ。そう言うのは本人達の気持ちが大事なんですから」
「わーってるよ」
「……すみません、すずかさん」
「いえいえ。……でも、私からも一つだけ言わせてくださいね」
「なんですか?」
「零児くんはもっと彼女の事を頼りなさい。ティファニアちゃんが貴方の事を頼りにしているは見ていれば分かるわ。でも、きっと彼女は自分が頼りにしているのと同じだけ、自分の事を頼って欲しいと思っている筈よ」
「……その根拠は?」
「経験談……かな」
そう言ってすずかは意味ありげな視線を要に向けるが、要はそっぽを向いて酒を飲んでいた。
そんな要を見てすずかは少し呆れたように溜息を吐きながらも、小さな声で「仕方の無い人ね」と呟いて微笑んだ。
零児はティファニアの事を全く頼りにしていないわけではないが、周りからすれば零児はティファニアの事を頼っていない様に見えるのだろう。
なんとなくそう思った零児は、すずかの言葉を否定する事はせず、彼女の言葉を自分の胸に仕舞いこんだ。
零児は二人の話を聞いて物思いにふけようとしたが、何の前触れもなく空間に隙間ができ、金髪の女性がその隙間から顔を出した。
「見つけたわよ、零児。全く、私の許可なく他所の世界に行かないで貰いたいわね。本当に貴方の行方が解らなくなると、私が彼等にボコボコにされるんだから」
そう言いながら金髪の女性<八雲紫>は愚痴を零しながら、テーブルの上に並べられたつまみに手を伸ばす。
「なんだもう来たのか。思ったよりも早かったな、八雲紫」
「そりゃ私だって痛い目に遭いたくないもの。貴方の行方が分からなくなる様な事だけは避けるわ」
「そのやる気を他の所で発揮してもらいたいものだがな。……要さん、すずかさん、迎えが来たのでもう行きます」
「そっか。まだ飲み足りない気分なんだがしゃーないか」
「気をつけてね、零児くん。……あ、そうだ。何かお土産でも―――」
「そこまでして貰わなくても大丈夫です。……それじゃティファニアを連れて来るから少し待ってろ」
「分かったわ。それにしても貴方、私には敬語使わないわよね」
「お前みたいな奴を敬える訳ないだろうが、バーカ」
「なッ!? 言うじゃないの。スキマ空間に永遠に閉じ込めてあげても良いのよ?」
「親父とお袋が怖くないならやってみろよ」
「ぐぬぬ……」
何も言い返せなくなった紫を見て、零児はしてやったりと言いたげな笑みを浮かべて部屋を出て行く。
それを見て要とすずかは、二人の仲はあまり良くないのだろうと察したが、深くは突っ込まなかった。
零児は客間で寝ているティファニアを背負い広間に戻ると、居る筈の紫の姿はなく、大きく開いた隙間が残されていた。
「要さん、アイツは?」
「もう帰っちまったよ。相当仲が悪いみたいだが、あんまり彼女を怒らせるなよ。元の世界に戻れなくなっちまうぞ」
「そうなったらそうなったで身の振り方を考えるだけですよ。…それじゃお世話に為りました」
「別に大した事はしてねぇさ。ま、身体には気をつけてな」
「零児くん、ティファニアちゃんに宜しく伝えてね。それとさっき言った事忘れないで」
「はい。それではお元気で」
零児は二人に一礼したあと、隙間の前に置いてあった靴に履き替え、この世界に唯一持って来た剣とティファニアの靴を手に紫が作った隙間を通っていく。
無数の目玉が浮ぶ紫色の空間を通り抜けると、満点の星空と赤と青の二つの月が浮ぶ夜の草原へと辿り着く。
零児が通り抜けたと同時に開いていた隙間が閉じられ、零児はティファニアを背負ったまま深呼吸していると、二人に風が纏わりついてくる。
『レイジ、ティファニア! ずっと探していたのよ、一体何処で何をしていたの』
「色々とな。話すと長くなるから後で話す。ヒルダの奴は何処にいるんだ?」
『彼女も貴方達を探して飛び回って、今は疲れて眠っているわ。此処から少し歩いた所ね』
「そうか。なら、アイツに怒られに行くとしますか」
『私も色々と言わせてもらうわよ』
「わーってるよ」
サイフィスと少し話したあと、零児はヒルダが待っていると言う場所を目指して歩き出した。
ティファニアは眠ったままで起きる気配もなく、零児は風の先導に従って草原を歩いていく。
「……アイツを守りたいって気持ちが本当ならそれで十分、か。確かにそうなのかもしれないな」
『突然なんの話?』
「いや、あの扉を通った先である人に言われた言葉を思い返していただけだ」
『レイジが人の話を聞いた? 嘘でしょ?』
「ひっでぇなおい。俺だって人の話くらい聞くっての」
『でも、相手は選ぶのでしょう?』
「まぁな」
『それだけでも十分酷いと思うわよ』
「んだとこの野郎」
零児は風と話をしながら道なき道を進んでいく。
夜空には星々が瞬き、赤と青の二つの月の光が零児たちを優しく照らし出す。
そんな中を零児は待たせてしまっている仲間の元へと向かって歩き続ける。二人に言われた事を胸に刻みながら……。
今回は何時もの台本形式の後書きはありません。本分書くので手一杯でした。
そんな俺がここで言わせてもらう事が有るとすれば、世界扉を通った先が地球じゃないとか細かい事は気にするなって事だけです。