竜が辿り着いた幻想郷・外伝   作:ベヘモス

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今回は前回に引き続き、魔女っ子アルト姫様の『幸運E-のIS学園生活』とのコラボです。
魔女っ子アルト姫様、今回のコラボ有り難う御座いました。


外伝その7

その日、黒髪の少年<零児>は呆れていた。旅の仲間の龍<ヒルダ>と共に食料を調達して戻ってくると、野営地に前に見た扉が出現していた。

零児のいる世界<ハルケギニア>と地球を結ぶという世界扉(ワールドドア)。金髪の少女<ティファニア>はその魔法をまた試してみるも失敗し、魔法を教えた精霊<サイフィス>も如何したものかと頭を抱えていた。

 

「……で、ティファニア。なにか言いたい事はあるか」

「えっと…その、ごめんなさい」

「謝るくらいなら最初からするなよ……」

「こ、今回は成功すると思ったの! それに成功すればレイジの故郷にいけると思ったんだもん!」

「仮に成功したとしても、あの郷に辿り着けるかどうかは別の問題だろうに……」

 

ティファニアの子供じみた言い分に零児は呆れて溜息を吐く。

零児の故郷〝幻想郷〟は普通の郷とは違い、概念的な結界によって周囲から閉ざされている。

世界扉は確かにハルケギニアと地球を結ぶ事ができるが、結界によって閉ざされているあの郷に通じる保障は何処にもない。

以前ティファニアがこの魔法に失敗した時も、零児はそう言ったのだがティファニアは諦めきる事が出来なかったようだ。

 

「それでこの扉はどうするかね? 流石にこのままって訳にも行かないだろ」

『確かにそうだけど、また貴方達が行方不明になるのも困るわ。このまま消滅してくれるのを祈るしかないわね』

「とりあえず兄様とティファニアはその扉に近付かないでね。また居なく為っちゃうの、わたし嫌だよ」

「分かってるさ。そんなに不安そうな顔をするな、ヒルダ」

 

不安そうな顔で零児に擦り寄るヒルダに、零児は優しい手つきでヒルダの頭を撫でる。

以前にもティファニアが同じ失敗をし、二人がハルケギニアとは違う世界に飛ばされたとき、ヒルダは二人を心配してあちこち飛び回った。

夜に為り、何事もなかったかのように帰ってきた二人の姿を見たとき、ヒルダは大いに泣いた。

三百年生きているとは言え、ヒルダはまだ子供の龍。一人で生きていけるほど強いと言う訳ではない。

あの時と同じ思いをしたくないために、ヒルダは零児の傍に擦り寄る。

そんな二人をティファニアが少しだけ羨ましそうに見ていると、世界扉が独りでに開き始めた。

扉が開き始めたと同時に、零児はティファニアを守る為に彼女の前に立ち、背中に背負った長剣の柄に手を伸ばす。

ヒルダとサイフィスの警戒するように扉を注視していると―――

 

「ぬわぁッ!?」

「きゃあッ?!」

 

―――扉の向こうから180cmを超えるであろう長身の男性と、狐の様な耳と尻尾を持つ桃色の髪の女性が飛び出してきた。

扉の向こうにはまだ何人かの人の姿が見えるが、二人が飛び出してきたと同時に陽炎の様に世界扉の存在が薄く為り、やがて消滅した。

突然出て来た二人にヒルダとサイフィスは警戒を強めるが、零児は二人を見て思わず―――

 

「……狐にとり憑かれた上にこんな所に来るなんて、かなり運の無い男だな」

 

―――と呟いてしまう。

その言葉に耳ざとく聞いていた狐の女性は、勢いよく立ち上がって握り拳を作る。

 

「いきなり何を言うんですか貴方は! (わたくし)はとり憑いているのではなく、ご主人様の下に嫁いだのです!! ……って、おや~? なんだか以前にもこのようなやり取りをした様な気が」

 

狐の女性は零児の言葉に即座に反論したが、自分の言葉に既知感を感じ首を傾げる。

長身の男性も起き上がり、服に付いた草を払った後、物珍しい物を見る様に周囲を見渡し始める。

その様子に敵意や悪意を感じなかった零児は、警戒は解かないものの伸ばしていた柄から手を離した。

 

「アンタ等結婚してるのか。それは悪い事を言ったな、すまない」

「いや気にしていないさ。それよりも君達はいったい何者だ? 辺りを見た所なにもないし、緋色の竜が居る上に幽霊のような、そうで無い様な何かが居るし」

「……アンタ、サイフィスが見えてるのか」

「見えていると言うよりも、感じていると言った方が正しいな。おっと、自己紹介がまだだった。俺は名前は心。衛宮心だ。それでこっちは妻の玉藻」

「名前が玉藻の狐の妖怪ってあまりいい予感はしないが……まぁいい。俺の名は零児、竜崎零児だ。で、俺の後ろに居る金髪がティファニア。緋色の龍がヒルダ。それでもう一人が風の精霊。俺達はサイフィスって呼んでる。ティファニア、こいつは衛宮心であの狐耳の女は玉藻って言うらしい」

「ハ、ハジメ…マシテ」

 

零児に紹介してもらいながら、ティファニアは零児の後ろから顔を出して挨拶をする。

拙い日本語ではあったが、彼女がなんと言っているのか理解出来た男性<心>も「はじめまして」と笑顔で返事をする。

 

「こんな形の挨拶で悪いな。此処は異世界だから日本語が通じないんだ。こいつは俺の言葉を聞いて少しは話せると言っているが」

「別に気にしちゃいない。でも、どうして君の言葉は通じているんだ?」

「ちょっと知り合いに境界を弄られてるんでな。どの世界の住人とも会話が成立できる」

「へぇ~それは便利だな」

「まぁな」

「あの~……零児さんに一つ質問しても宜しいでしょうか」

「あん? なんだよ」

「零児さんのお父上ってもしかしてリュウさん…だったりします?」

 

狐の女性<玉藻>がそんな質問をすると、零児は眉間に皺を寄せて訝しむ様に玉藻を見る。

 

「……アンタの言う竜ってのは何処の竜の事だ」

「博麗神社に住んでいるリュウさんです。貴方はあの方に似ているようですので、もしかして血縁者かなぁ~っと」

「その竜なら俺の親父だ。なんだ、あんた等親父達の知り合いか。……俺はあんた等みたいなのに会った記憶はないんだが、幻想郷の住人じゃないだろ」

「あぁ、俺達は幻想郷からみて並行世界の住人になる。だからあの郷であったことがないのも当然だ。……それにしても、よく彼がリュウの子供だって気付けたな玉藻」

「そりゃ気付きますよ。容姿が似ていると言うのもありますが、零児さんはお父上と魂が似ていますからね。あんな強烈な魂、そう簡単に忘れられませんよ」

「魂が似ている?」

「はい。分かり易く色で例えますと、リュウさんは穢れのない白ですが、零児さんは青い輝きを放つ白と言った感じです。輝きこそ違いますが、根源的な色は同じなのです」

「……分かったような、分からない様な」

 

心は妻の言葉をいまいち理解出来ずに居るが、零児は玉藻の言葉をなんとなく理解する事ができた。

恐らくは自分と父親が竜と為った時の姿を魂で捉えているのだろう。普段は人の姿をとって隠しているが、流石に魂の色や形までは隠し切ることは出来ない。

 

「それであんた等はこれから如何するんだ? 暫くすれば八雲のババァがこっちの異変に気付いて、あんた等を元の世界に送り返してくれると思うが」

「ん~……来たくて来た訳ではありませんし、コレと言ってやりたい事はありませんね」

「だな。家の庭に突然扉が出現して、それを調べようと思ったら此処に飛ばされたんだし」

「ウ、スミマセン……」

「おや、どうしてティファニアさんが謝るのですか?」

「どうも何も、扉を出したのがコイツの魔法だからだ。責任感じてるんだよ」

 

何気なく言った零児の言葉に、玉藻と心は目を丸くし驚きを顕わにする。

二人の視線を受けて、ティファニアはますます申し訳なく思ったのか、肩を落としてシュンとなってしまう。

ティファニアは二人に怒られるのではと考えるが、二人の感心はティファニアの想いとは別の所にあった。

 

「別世界と通じる扉を作るなんて、とんでもない魔術……いや、此処にリュウの息子の零児がいる事を考えると、此処は俺達の世界から見て並行世界のはずだ。並行世界と通じる扉なんて、もはや魔法の領域だな」

「ですね。普通は並行世界との行き来なんて不可能な筈ですし、それをあの若さで可能にしているのなら、とんでもない才能です」

「……アノ、オコッテナインデスカ?」

「いや、どちらかと言えば驚いてる。でも、その力を無闇に使わないほうがいい。今回きたのが俺達だからいいけど、もし悪人が来たら大変な事に為っていたかもしれないからな」

「……ハイ、ゴメンナサイ」

 

心が言ったのはあくまで可能性の話。だが、ありえない話ではないために、ティファニアは肩を落として反省する。

それにより場の空気が少々悪くなってしまうが、誰もティファニアのフォローをする者はいなかった。

実際に今回の件は反省すべきものであり、下手にフォローするのは帰って逆効果になりかねないと判断したからだ。

しかしこのままでは空気が悪いと思ったのか、話題を変えるために玉藻が零児に話しかける。

 

「ところで、(わたくし)たちは何時頃元の世界に帰れるのでしょうか?」

「ん? さぁな。あのババァは俺の様子を逐一監視している筈だから、何日も待つ様な事には為らないと思うが……。まぁ今日中には帰れるだろう」

「そうですか。以前、幻想郷に迷い込んだときは八日も神社に滞在する事になりましたが、今回はその様な事は無さそうですね」

「……ちょっと待て。あんた等、あの神社に八日も泊まってたのか?」

「はい、そうですか……それが何か?」

「あの親父が赤の他人を八日も泊めたって言うのか。一体どんな手を使ったんだ? 金でも渡したのか?」

 

零児のとんでもない言葉に、心は思わず呆れて苦笑いを浮かべる。

 

「別にそんなの渡してないって。ただ、リュウが俺の力に興味を示して、それを披露する代わりに泊めさせてもらったんだ」

「親父があんたの力に興味を持った? 様々な能力を持った奴がいる幻想郷で暮す親父がか?」

「あぁ。……これは口で説明するより、実際に見せたほうがよさそうだな」

 

そう言うと心は零児が背負う剣をジッと見詰め、自身の腕を前に伸ばす。

 

「―――投影(トレース)開始(オン)

 

短く紡がれた言葉を合図に、心の掌に青く輝く光の粒が集っていき、それが次第に形を成していく。

曖昧だった存在はやがて確かな形を得て、心の手の中に一振りの剣が出現する。

その剣を目にした時、零児たちは目を丸くし、驚きを隠す事ができなかった。

心の手の中に出現した剣。それは、今零児が背負っている長剣と瓜二つ……いや、細かな傷などが存在していない完璧な状態の剣だった。

 

「……サイフィス。今のは魔法か」

《土の系統魔法……ではないわね。アレは物質の構成に影響を与える魔法。もし仮に今のが土の系統魔法だとすれば、彼の手の中にあの剣を作るための元と為る物質が必要に為る。だけど彼の手にそんな物はなかった。……だとすれば結論は一つ。彼は無から有を創造したのよ》

「無から有の創造か……。確かにあの親父が興味を示しそうな能力だ」

「そこまで大したものじゃ無い。俺がやったのは物の複製。自身の魔力を使い、武具であるならそれを完璧に投影する事が出来る。壊れれば魔力の塵となって消滅する、ただの贋作さ」

「だけどアンタは物体を無から生み出したんだ。そんな事が出来るなんて俺は凄いと思う」

「そ、そう言われると流石に照れくさいな。まぁ折角投影したんだ。オリジナルと比べてみてくれ」

 

照れくささを隠すように、心は自身が投影した剣を零児に向かって放り投げる。

投げられた剣を受け取った零児は鞘を抜き、現れた刀身をマジマジと観察し始める。

その刀身は作られた当時のままを思い起こさせるほどの輝き、零児が無茶な使い方をして出来てしまった傷や綻びが一切ない完璧な状態。

零児が刃に指を当てて軽く擦ってみると、指が軽く切れ、切れ味が勝っている訳でも、劣っている訳でもない事を示す。

作った本人は「ただの贋作」だといっているが、ここまで完璧に再現されてしまえば、もはやどっちが本物なのか分からない程である。

 

「……本当に凄いな。寸分違わずコピーしてある」

「ま、その剣は神造兵装でもなければ、宝具でもないからな。その位なら朝飯前だ」

「そっか。……武具であるなら完璧に投影できるんだよな」

「あぁそうだけど?」

「なら、そんな能力を使えるあんたの腕前も相当なモンなんだろ」

「……まぁ一応はな」

「それなら俺と手合わせしてくれないか。俺もあんたに興味が湧いた」

 

そう言いながら零児は、抜いた剣の切先を心へと向けた。

宣戦布告とも取れる零児の行動に、心は如何したものかと苦い顔をする。

 

「手合わせって、俺としては恩人の息子さんに手荒な事はしたくないし、なんでか知らないけど君とは戦いたくないんだが」

「だけど今は暇だろ。ここから町まで数日は掛かるし、俺の傍にいないと八雲の目に留まらなくて帰れなくなるぞ」

「それは確かに困るが……仕方がないか」

 

観念した様子で心が呟くと、零児が握って剣が青い光の粒となって霧散し、消滅した。

 

「……おい」

「そう睨むな。手合わせしたいなら刃引きしたコッチを使ってだ。それが呑めないなら俺は戦わない」

 

そう言って心が零児に投げ渡して来たのは、外見だけ先ほどのと寸分違わない出来の剣だった。

外見は全く同じ物ではあるが、心が言っていたように刀身には刃が全く無い状態に仕上がっている。

指を当てて軽く擦ってみるものの、指は全く切れておらず、この剣では人を斬る事は出来ないだろう。

しかし零児は衛宮心と手合わせがしたいのであって、彼を斬りたい訳ではない。

刃がついていない武器であっても、戦いに支障が無いのであれば何の問題もないのである。

 

「分かった、その条件を呑む。……それでアンタは何を使うんだ? さっきの言葉から察するに、武器であるなら何でも作れるんだろ?」

「銃の様な近代兵器は外見しか投影できないけどな。俺が使うのはコイツだ」

 

そう言って心が投影したのは、穂先から石突きまで全部が真っ赤に染まっている槍だった。

零児の使っている剣とは明らかに格の違う赤の長槍。その槍を見て零児は眉を顰めて苦い顔をする。

 

「槍…か。あんた、槍術もいけるんだな」

「剣、槍、弓、魔術。大雑把に言えばこれらの事が出来るが、魔術や弓だと上手く加減が出来ない。元より剣で戦う者じゃないから、槍で戦うのが一番いいと判断したまでだ。刃引きはしてあるから、その辺りは安心してくれて構わない」

「別に構わねぇよ。親父との修行の一環で、色んな武器を使う奴等と戦ってきたからな。槍使いと戦うのは今回が初めてって訳でもない」

「そうか。……なら少し場所を移動しよう。ここでは彼女たちを巻き込んでしまう」

「あぁいいぜ」

「ご主人様、頑張って下さいね!」

「ああ、任せろ」

「……レイジ」

 

自分の旦那にエールを送る玉藻とは対照的に、ティファニアは心配そうな顔で零児の事を見ている。

心配そうな顔をするティファニアに零児は何も言わず、自分が背負っていたオリジナルの方の剣をティファニアに差し出した。

ティファニアは差し出された剣をどうすれば良いのか分からず、ただ剣と零児を交互に見る事しか出来ないでいる。

その様子に呆れた零児は小さな溜息を零すと、剣をティファニアに押し付け、半ば無理やりに彼女に剣を渡した。

 

「この戦いじゃその剣は邪魔に為る。お前が預かっていてくれ」

「レイジ……。うん、分かった」

「兄様、あんな奴軽く叩きのめしちゃえ!」

「……出来たら、な」

 

ヒルダのエールに呟くように弱気な返事をした零児は、ティファニアたちの下を離れ、心と対面し剣を構える。心も赤い長槍を構え、何時でも突き出せるように体勢を整える。

何時もと変わらず、相手を見据えて油断も隙も見せない零児ではあるが、今回は何故か相手に斬り込もうとしない。

零児は剣を構えたまま相手の事を真っ直ぐに見据えていると、先に心が動いた。

常人では目で追えないほどの速度で大地を駆け、間合いを詰めたところで渾身の一閃を繰り出す。

これで終わらせると言わんばかりの気迫が篭った突き。心が繰り出したその突きを、零児は紙一重で避け、相手の懐に踏み込んでから剣を振るう。

相手の一撃を避けてからの一閃。タイミング的にこの一閃を避ける事も防ぐ事も難しい……が、それはあくまで常人ならの話。今零児が相手している男は明らかに常人ではない。

懐に潜られ、避ける事は難しいを判断した心は、零児が剣を振り抜くよりも早く手首のスナップを利かせて石突きの部分を地面に突き刺し、零児の剣を槍の柄の部分で難なく防いでみせる。

金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡るが、二人はそんな事気にも留めずに戦いを続行する。

心は地面を抉りながら石突きを振り上げ、柄の部分で零児を殴りに掛かる。

零児はそれを後ろに飛んで避けるが、それにより間合いが離されてしまう。

心は赤い槍を回転させ、穂先を零児の方に向けてそのまま突きを繰り出してきた。

零児は迫り来る槍を剣で振り落とし、即座に刃を返して剣を振り上げるが、心に上体を反らされてしまい零児の剣は空しく空を斬った。

剣を空振りし、がら空きに為った零児の脇腹目掛けて心は槍を振り上げるものの、零児はその場でしゃがみ込む事で心の槍を回避する。

心の槍が零児の頭を掠め、巻き起こった風によって零児の髪が揺れる。

零児はその場で一回転しながら剣に勢いを付けて振り上げるが、心に後ろに大きく跳ばれてしまい、零児の攻撃はまた空振りに終わった。

心が後ろに跳んだ事により二人の間合いが切れてしまい、一旦仕切りなおしと為る。

お互いに自身の得物を構え直し、最初と同様に相手の事を見据えたまま動かなくなる。

 

「……中々やるな、零児。こちらとしては初撃で終わらせるつもりで行ったのだがな」

「武器を構えた時からアンタの方が強いってのは分かってた。だが、こっちから手合わせを申し込んだ以上簡単に負けるわけには行かない。……アイツ等も見ている事だしな」

「それは私とて同じだ。……だから次は少し本気を出させてもらうぞ」

 

そう言って心が姿勢をより深くした次の瞬間、零児の目の前から心が姿を消した。

驚く間もなく心は零児との間合いを一瞬の内に詰め、零児に向かって槍を繰り出していた。

零児は辛うじて反応し、心が繰り出した槍を剣でギリギリ逸らす事が出来た…が、あくまで逸らす事が出来ただけ。先ほど見たく避ける事は出来ず、槍の穂先が零児の身体を掠めていた。

心は零児に息つく間も与えず、攻撃の手を緩める事無く突きを次々と繰り出していく。

零児はその攻撃に辛うじて反応し、なんとか相手の攻撃を逸らし続けるが、反撃する事もできない。

槍を繰り出す速度が速いため、直撃を貰わないようにするのがやっとで、こちらから手を出す事が出来ずに掠り傷ばかりが増えていく。

 

離れた所で観戦しているティファニアたちの目には、無数の赤い線が同時に零児に向かって繰り出されているように映る。

実際には槍が複数に増えたなどと言う事はなく、心が使っているのは赤い長槍のみ。

ただ、心が繰り出す突きの速度が速過ぎるために、槍の赤が残像の様に残ってしまい、ティファニアたちには無数の赤い線が同時に繰り出されているように見えている。

コレまで旅をして零児以上の戦士と出会った事のないティファニアたちには、心の槍捌きはもはや異次元の領域であり、何らかの魔法を使っているのではとさえ思えてしまう。

心の槍捌きに驚愕するティファニアたちとは反対に、玉藻は零児の粘り強さに感心していた。

妻である玉藻は自分の夫の実力がどのくらいなのか把握している。

名だたる伝承を持つ英雄と同じか、それ以上の実力を持っている夫に対し、防戦一方とは言え零児は未だに立ち続けている。

普通の相手なら初撃を避けることすら出来ずに、勝敗が決していただろう。

それほどの実力を持つ自分の夫を相手に、今も立ち続けている零児の強さに玉藻は心の中で賞賛するが、この手合わせは心の勝ちだと確信していた。

今なお立ち続けていることは確かに凄い事なのだが、今の様に守ってばかりでは心を倒す事は出来ない。

仮に反撃できたとしても、心ならそれを上回り叩き潰す事ができると信じている。

だから玉藻は安心して見守っている事ができていたが、心の取った行動によりその確信も揺らぐ。

 

残像を残すほどの速度で槍を繰り出していた心だが、零児に槍を弾かれた際に心の動きが鈍る。

何かを感じ取ってできた僅かな隙。その隙を付いて零児が剣を振り下ろすが、心は受け止める事はせずに後ろに大きく跳び退く。

優勢だったにも関わらず後ろに下がった心だが、零児の剣には先ほどまでなかった青白い光が纏わりついていた。

あの光が何なのかは心には分からない。ただ、あの光に触れては為らないと本能的に感じていた。

 

「……この剣が何処まで持つか知らないが、アンタが本気を出したように俺も本気を出させてもらう」

「ご主人様、気をつけてください!」

「あぁ、分かってる。……アレは受けられそうにないな」

 

そう言いながら心が槍を構え直すと、零児の剣に纏わり付いていた光がより強くなって輝き始める。

その光を維持したまま、零児は目にも留まらぬ速度で心へと斬り込んでいく。

常人にはとてつもない速度で駆けている様に見えるが、心の目には零児の姿がしっかりと見えている。

だから、慌てず騒がす零児の剣を槍で受け止めるが、先程受け止めた時よりも剣の衝撃が増していた。

手が痺れるほどの衝撃ではないものの、心の動きがわずかばかりに鈍る。

その隙を付いて今度は零児が攻勢をかけるが、剣に光を纏わせたところで零児の技量が増すわけではない。

零児の剣は心に受け止められ、そのまま反撃されてしまう。

相手の反撃を躱し、直撃こそはしなかったものの穂先が顔に当たり、新しい擦り傷が増えてしまう。

しかし零児はそんなもの気にも留めず、相手に喰らいつくかのような勢いで攻撃を続ける。

零児は分かっていた。ただ技量を競うだけでは自分に勝ち目はないと。相手の技量の方が上であると。

それでも心に勝つには、自分の中に眠る竜の力を相手に叩き込むしかない。零児は本能的にそれを理解していた。

心も零児の剣が纏っている光を受けては為らないと理解している。だから心は、零児が繰り出す攻撃を躱し、逸らし、槍で受け止め、出来た隙を付いて反撃する。

技量では心の方が上である以上、闇雲に剣を振るっていても零児の攻撃は心には届かない。

その位の事は零児も分かっているのだが、攻め続けなければ永遠に届かないと言う事も分かっている。

守勢に回っても槍を繰り出す速度が速いために、受け止めてから反撃すると言うのも中々に難しい。

守りに徹していても勝てないのなら攻めるしかない。我武者羅でも、周りに見っとも無いといわれても攻め続けるしか勝ち目はない。

擦り傷だらけになりながらも零児は目の前に居る敵を打倒すべく剣を振り続ける。

 

倒すべく剣を振り続ける零児だが、技量で勝る相手に一撃を与えられるはずもなく、零児の剣は心の槍に受け止められ、そのまま弾かれてしまう。

剣を手放す様な事はなかったものの、大きく出来た隙を付いて心は槍を繰り出してくる。

隙を付かれた為に剣で受け止めたり、逸らしたりするには間に合わないと判断した零児は、不本意ながら後ろに飛んで相手の攻撃を避けるしかなかった。

その所為で間合いを大きく離してしまい、折角の攻撃のチャンスを自分から手放してしまう事になる。

もう一度間合いを詰めようにも、心ほどの使い手となれば向かって来る零児に合わせて、カウンターを入れるくらいの事は出来る。

それを躱せたとしても、先ほどみたく攻め続けさせてくれるほど甘い相手ではない。

先ほどのは零児の剣に纏う光を恐れ、心の攻撃の手が僅かに緩んだだけの事。

間合いを離され、仕切りなおしと為ってしまった今、心は零児の剣に纏う光を恐れる事はないだろう。

擦り傷だらけの零児に対し、心は未だに一太刀も浴びておらず無傷のまま。

誰の目から見ても力の差は明白で、もう零児に勝ち目はない。そんな空気があたりに漂う中、零児の目の輝きは未だに衰えてはいなかった。

 

「……まだ続けるのか?」

「当たり前だ。そう簡単に諦められるものか」

「諦めが悪いな。一体何がお前を其処まで駆り立てるんだ」

「高みを目指すためだ。俺が目指すモノは今よりも遥か先に在る。あの高みへ辿り着く為に、あの人の背中に追いつく為に簡単には膝を折れない。……例えそれが届かぬ星に手を伸ばすような行為だとしても、俺は歩き続けるッ」

 

零児が覚悟の言葉を口にすると、剣が更なる光を纏いより強く輝き始める。

剣に纏う光が強くなる一方で、零児の剣から何かが壊れる様な異音が発せられ始める。

纏っている光の強さに剣その物が耐え切れなくなってきているのか、剣が崩壊し始めたのだ。

恐らく一分と経たずに剣は崩壊してしまうだろう。次の攻撃に耐えられるかどうかも分からない。……だから零児は最後の賭けに出る。

 

「……む?」

 

最後の攻撃の為に零児は剣を構え直すが、その構えに心は眉を顰める。

その構えは普段とっている物とは違い、腕を引いて剣の切先を正面に向けている。

誰の目から見ても突きを繰り出そうとしているのが分かる構え方。何かを狙っているようには見えず、ただバカ正直に突きを繰り出そうとしている。

心はあの構え方に何か狙いがあるのではと考えるが、あの構えでは正面から突撃して来る以外に術はない。

何の意図があってあの様な構え方をしているのか理解できないが、どの様な攻撃でも正面から来るのであればカウンターを入れるのはさほど難しくはない。

そう判断した心は槍を構え直し、零児の攻撃に備える。

それを見て零児は一呼吸置いてから駆け出し、心に向かって突撃していく。

無謀とも思われる突撃に対し、心は避ける事も防ぐ事もせずに正面から迎撃する。

零児の攻撃に合わせて槍を繰り出し、リーチの差を生かして零児が何かをする前に勝負を終わらせにいく。

心が繰り出した突きを最小限で躱そうとする零児だが、やはり完全に回避する事は出来ず、赤い長槍が零児の頬に当たりざっくりと切れてしまう。

零児の頬から赤い血が流れるが、当の本人はそんなもの気にも留めずに心の懐に潜り込んだ。

 

「でぇあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

裂帛の気合を込めて零児は突きを繰り出すが、心は零児の動きに合わせて後ろに飛んで、零児の渾身の突きを躱してみせる。

そして即座に反撃しようとしたその時、心は零児の後ろに白い鱗を持つ竜の姿を見た。

その姿に目を奪われた一瞬の隙を付くように、零児は剣に纏わせていた光を解き放ち、衝撃波として光を放出した。

 

「なッ!?」

 

剣から解き放たれた青白い衝撃は前方へと拡散していき、心へと襲い掛かる。

本能的にそれを浴びては駄目だと感じるものの、既に放たれたものを防ぐ手立てはなく、今から盾を投影しようにも間に合いそうにない。

心は青白い衝撃をまともに浴びてしまうが、光が全て解き放たれる前に衝撃波は唐突に止んでしまう。

零児が繰り出した技の威力に剣その物がついていくことが出来ず、全てを解き放つ前に剣は崩壊し、消滅してしまった。

崩壊した剣の刀身は欠片を残す事無く霧散し、武器をなくした零児には致命的な隙が出来てしまう。

その隙を付いて心は槍を繰り出し、零児は防ぐ事も避ける事もできずに突き飛ばされる。

突き飛ばされた零児は地面の上を何度か跳ねた後、仰向けの状態で地面に倒れた。

零児は直ぐに起き上がろうとするが、それよりも早く心は距離を詰め、赤い長槍の穂先を零児の喉に突きつける。

 

「……まだやるか」

 

零児の喉に槍を突きつけたまま、心はまだ戦う気でいるのか確認する。

零児は心から眼を逸らし、握ったままの剣の柄に目をやるが、残った柄も形を留めておく事ができず刀身と同じ様に霧散して消滅した。

それを見届けた零児は大きく息を吐いて力を抜き―――

 

「……まいった。俺の負けだ」

 

―――自らの負けを認めた。

勝敗が決し、自分の夫が勝った事に玉藻は大いに喜びを顕わにし、逆にティファニアは地面に倒れている零児を心配し、ヒルダは喜んでいる玉藻を忌々しそうに見ている。

玉藻の事を忌々しそうに見るヒルダだが、心の勝利を恨んで襲い掛かったりはしない。

零児が負けてしまった事に関しては本当に悔しいと思っているが、零児が勝てなかった相手に自分が挑んでも勝てるわけがない。……なにより、そんな事をしても零児が喜ばない事をヒルダは理解していた。

だから玉藻の事を忌々しげに見詰めるだけで、何か行動を起こしたりはしなかった。

戦っていた当人達だが、心が赤い長槍を消している間に零児は自力で立ち上がり、自分の身体についた草や土を払っていた。

擦り傷だらけの零児だが、どこかが痛いなどと訴えることもなく平然としているため、心は特に問題はないだろうと思い、玉藻の下へと向かって歩き出した。

玉藻も自分の旦那を出迎え様と傍へと駆けて行くが、その途中で心は何かに躓いたわけでもないのに倒れてしまいそうになる。

倒れそうにある心をタマモは慌てて抱きとめるが、心の足元を見ても躓くようなものは何もなかった。

玉藻に抱きとめられた心だが、直ぐに気を取り直して再び自分の足で立ち上がる。

 

「だ、大丈夫ですか旦那様」

「あ、あぁ……。なんか急に意識が遠のいたみたいで……」

「意識が…ですか。何かの病気でしょうか? 帰ったら病院にでも行ってみます?」

「そうだな。大事を取って検査でもしてもらうか」

「そんな事をしても無駄よ。今のは病気によるものではないのだから」

 

突然第三者の声が聞こえてきたが、辺りを見渡しても人の姿はない。

存在しない者の声が聞こえたと、零児以外の皆が驚いていると何もない空間が開き、金髪の女性が顔を出した。

突然現れた女性に零児以外は驚きを顕わにするが、当の本人は特に気にする様子もなく笑顔を振りまく。

 

「ハァ~イ」

「……なんだもう来たのか八雲紫。アンタにしては珍しく仕事が速いな」

「あら、私が仕事をサボっているみたいに言わないでもらえないかしら。こう見えても忙しいのよ、私」

「普段から仕事の大半を式神に任せている癖に何言ってるんだ」

 

呆れた様子で零児がそう呟くと、零児の頭上の空間も開き、其処から何故か金タライが落ちてくる。

零児の頭目掛けて落ちてくる金タライだが、零児は拳を上に突き上げて落ちてきたタライを殴りつけた。

殴られたタライは音を立てて吹き飛び、そのまま地面を上を転がっていった。

 

「相変わらず口の悪い男ね」

「うるさい。さっさと仕事しろ」

「はいはい、分かってるわよっと」

 

金髪の女性<紫>は面倒臭そうにそう言いながら指を軽く動かすと、玉藻と心の直ぐ傍に無数の目玉が浮ぶ紫色の空間が開いた。

その空間に心たちは以前にも同じ空間を通った事を思い出し、ティファニアは零児が自分の元にやって来た時の事を思い出した。

 

「……はい、帰り道を用意してあげたわよ。あとはその隙間を真っ直ぐ通れば帰れるわ」

「ありがとう、紫さん。帰り道を用意してもらうのはこれで二度目ですね」

「別にお礼なんていいわよ。私としては貴方みたいなイレギュラーに長居して欲しくないだけ。用がないのなら早いところお引取り願うわ」

「あ~ちょっと待って下さい。(わたくし)のご主人様の具合について、貴女は何か知っているのですか?」

「えぇ知っているけど、別に大した事ではないわよ。ただ零児の力を浴びただけの事。彼の力は父親と同質のものだから、神とその眷属には毒みたいなものなのよ。……前に会った時は普通の人間から外れただけだったのに、何が遭ったら神の眷属なんかになっちゃうのかしらねぇ」

「……まぁ俺にも色々とありまして」

「別に貴方の過去話なんて聞く気はないわ。用事が済んだのならさっさと帰りなさい」

 

紫は言いたい事だけいうと、空間の中に顔を引っ込め姿を消してしまう。

彼女が顔を出していた空間は元通りに直るが、心たちの帰り道は消える事無く残されたいた。

 

『……なんというか、随分とおかしな存在だったわね。精霊として長く存在しているけど、あんなのには初めて会ったわ』

「八雲に関しては深く考えないほうがいいぞ、サイフィス。正直俺らも良く分かってないんだから」

『……本当に何なのかしらね、アレ』

 

サイフィスは八雲紫と言う存在に呆れている様な、理解出来ないでいるような不思議な溜息を零す。

妖怪と呼ばれるような存在がいないハルケギニアでは、八雲紫の様な存在は理解し難いのだろう。

 

「……さて、これであんた等ともお別れか」

「そうだな。それよりも悪かったな、傷だらけにしてしまって」

「別に気にしてねぇよ。手合わせを願い出たのは俺の方だし、この程度の怪我なら寝れば治る」

「寝れば治る…ですか。その回復力の高さはお父上の血を引いているからでしょうが、そのような言い方はご自身の事を軽視しているように取られてしまいますよ」

「別にそんなつもりは無いし、寝れば治るのも事実だ」

「だからと言ってご自身の怪我をそのままにしてよい理由にはなりませんよ。貴方はどうもリュウさんと違って張り詰めているというか、硬い印象を受けてしまいますね」

「…………………」

「そのままでは何時か折れてしまいますよ。……まぁ(わたくし)が如何こう言ってもあまり意味はないでしょう。周りの方々にお任せします。ささ、ご主人様。(わたくし)たちはそろそろお暇しましょう」

「あぁ。じゃあな、零児。あまり無理はするなよ」

「また縁が御座いましたらお会いしましょう。ではでは~」

 

言いたい事を言った玉藻に連れられて、心は彼女と一緒に無数の目玉が浮ぶ紫色の空間へと入っていった。

二人が空間の中に入ると、開いていた入り口はまるで隙間を閉じるかのように消えてしまった。

ハルケギニアから二人が消え去った後、零児は腕を組んで玉藻が言っていた言葉を思い返す。

 

「……なぁお前ら。俺ってそんなに張り詰めているのか?」

「え、どうだろう? 張り詰めているのかは分からないけど、無理や無茶はよくするよね」

「わたしは今の兄様でもいいと思うけど、兄様が倒れる所はもう見たくないな」

『私たちはタマモという狐と違って、貴方の父親を知らないわ。比較対象がいないから零児はこうなのだと受け入れているけど、貴方の父を知っている者からすればそう感じるのかもしれないわね』

「そう言う物なんかねぇ~……」

「まぁそれはそうとして、傷の手当を始めるから座ってレイジ」

「あん? こんなの放って置けば治るんだから気にしなくていいって」

「そんな事言わないの! ほら、早く座って!」

「……へいへい」

 

面倒臭そうにしながら零児はティファニアに言われた通りにその場に座り込む。

ティファニアは荷物の中から薬を取り出し、手当ての準備をし始める。

零児は先ほどの戦いを思い返しながら、次に戦うとき如何すれば勝てるのか考えながら、ティファニアの手当てを黙って受け続けた。




今回は何時もに比べて少々短くなったかな。まぁ心に全力を出させちゃうと、最悪零児が死ぬからこんなもんか。……それに普段のが長すぎるだけな気もするし。
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