魔法少女リリカルなのはstrikers~自称一般局員の少年~ 作:ウェルト
空から雪が降っている。雪は白く、綺麗なものだった。
無数の小さな白い雪は落ちていき、世界さえも白一色に染めていた。その光景はまさに絶景と言えるだろう。
しかし、白一色に染まっていた世界が赤く染まる。
とはいえ、それは世界からしてみれば赤く染まった部分は極僅かで、この程度では殆ど変わらないと言っても良いだろう。
では、赤く染まった部分は何で染まった?
答えは――血だ。
「……っ!!」
雪と同じく空から少女が血を溢れ出しながら落ちていく。
落ちている少女は雪と同じく白いバリアジャケットを着ていて、普段はなのはと呼ばれている少女だ。
なのはが空から落ちていく。
アンノウンによって撃墜されたのだ。
白い雪が赤い血によって染められながら、落ちていくなのはにアンノウンは止めを刺す為に近づいていく。
撃墜されているなのはにはそれを抵抗する術も無く、近づいてくるアンノウンを見ていることしかできなかった。
そして、その光景を見ているヴィータもなのはを見ていることしかできなかった。
「やめろぉおおおおーーっ!!」
ヴィータが落ちていくなのはに向かって手を伸ばすも距離が離れすぎていた為にわずかの所で届かない。
それでも必死に手を伸ばしてなのはを助けようとしたが、手は届かなかった。
だから、見ていることしかできないのだ。
その光景にヴィータの頭に最悪のシナリオが想像させられる。
あのままアンノウンがなのはに止めを刺して、なのはが殺されるというシナリオを。
そんなものは認めない。させない。させてたまるか。
それなのに――手は届かない。あと、少しなのに。
(とどけ! とどけ! とどけよっ!)
どれだけ強く願っても、願いが叶うことはなく無常にもアンノウンは刃を振り下ろした。
刃は肉を切り裂き大量の血が溢れ出る。
流れた血は再びなのはの白きバリアジャケットを赤く染めた。
血を見て、ヴィータは最悪の出来事が現実になってしまったと表情に絶望感が浮かび上がった。
「……よかった」
――不意にそんな声が聞こえた。
声はなのはがいる所から聞こえた。気づくと、誰かがアンノウンの止めをなのはから庇っていた。
庇った者はなのはより少しだけ大きい体格をしているが、子供であることは見間違いはない。
その光景が、なのはが殺されていないという事実がヴィータの絶望感を捨てさせた。しかし、今度は先程のように絶望したような感情の代わりに別の感情がヴィータを支配した。
庇った少年は片腕でなのはを抱き、アンノウンを強く睨んだ。
少年を貫いたアンノウンの刃は未だに少年の身体を貫いている。
まだ子供とも言える少年の身体に刃が貫いているということは、下手をすれば内臓も潰されている可能性がある。
そのことを証明するかのうように、少年の口からは大量の血が溢れた。
その姿は見ていても痛々しい。
「……ぐっ! ――すっ!」
そんな状態であるにも関わらず、少年は身体を無理矢理に動かした。
当然、そんなことをしてしまえば刃の傷は余計に広がる。だが、その痛みを堪えて、なのはを庇った少年はアンノウンを破壊することを考えた。
刃が貫通した時点で即死ということもありえたというのに、治癒もせずに動けば死んでしまうかもしれないというのに、少年はそんな選択をした。
「――す」
何かを呟くと、少年の手には黒い刀が握り締められていた。
その黒い刀を力の限り握り締め、アンノウンに突き刺す。
正直に言えば、それは綺麗な斬撃ではなかった。ただ力に任せで、破壊することだけを考えただけの荒い斬撃だ。
しかし、それでも黒い刀はアンノウンに突き刺せられた。
それだけでアンノウンは確認するまでも無く破壊され爆発する。
「……っ!?」
片腕でなのはを抱いたまま刀を突き刺した為、このままではなのはにも爆風の被害が出る。
それを避ける為に精一杯の力で少年はなのはをヴィータのいる方向へと投げた。
少年もその場を離れたかったのだが爆発するまでの短い時間では、なのはを投げることしか出来ない。
それに、未だにアンノウンの刃は少年を貫いたままだ。既に、その場から離れる力は少年になかった。
血が流れすぎて、頭もあまり回らない。
「お前っ!」
その場面を見ていた者からすれば、少年は無事では済まないと思うことだろう。
零距離での爆発は普通に考えても無事では済まないからだ。アンノウンの小さな部品や、爆風などが少年を襲う。
爆発後に見えた少年は身体のあらゆるところに部品が突き刺さっていた。当然、その場所からも血は流れる。
しかし、それは背面の方だけだった。
爆発前に部品などを正面から受けるのは不味いと判断して、ギリギリのところで背中を向けたのだ。
「……」
それでも、その姿は最早、血が流れていない所はないと言える程に酷い状態だった。
少年は血を流しすぎて既に気を失っているのか、少年の身体はそのまま落下した。
「おいっ!」
落下していく少年をヴィータが助ける。
身体が小さいヴィータではなのはと少年の二人を抱えることは難しいことだった。しかし、そんなことは、そんな弱気なことは言っていられない。
自分では助けられなかったなのはを少年が助けてくれた。
あの時、少年がこの場所にいなければ、間違いなく高町なのはという少女の生命は散っていた。
少年が何者かは分からないが、少なくてもなのは達と一緒に任務についた者ではない。
しかし、それでもなのはを助けてくれたという理由で十分過ぎる程の理由だ。
「医療班のとこまで連れてくからな……」
なのはの傷も相当なものだが、少年の傷はそれすらも上回っていた。
特に酷いのは、なのはと比べて血が流れすぎていることだ。このままでは血が流れすぎて、少年は死ぬだろう。
本来ならここで応急処置を行い医療班を待つべきなのだろうが、少年の姿を見て医療班を待っている時間なんてないと思った。
怪我人を動かすのは間違いであることは理解できている。それでも、待つことなどできなかった。
二人を抱えることで、ヴィータにも血液が付着するが気にしない。
あまりにも軽く感じる少年を抱き、ヴィータの瞳には涙が浮かんでいた。
「絶対に逝くんじゃねぇぞ?」
返事が返ってこないことは分かっていた。
既に少年は気を失っている上に、仮に気を失っていないとしても喋れるような状態ではない。
だが、それでも、ヴィータは医療班のところに着くまで声を続けた。
少年からの返事は一度もなかった。
◇
雪の日の出来事から少し時間が経ち、高町なのはとなのはを庇った少年は同じ病室にいた。
二人は互いに無言で、言うまでもなく気まずい雰囲気が流れている。
少なくてもなのははそう感じていた。
二人は大怪我だった為、同じ病室ではない。しかし、より傷が浅いなのはは車椅子をヴィータに押してもらってこの病室を訪れた。
ヴィータはなのはがここに着いた時点で、部屋の外へと出ていった。
そして、なのはが来た時に最低限の挨拶だけは交わしたが、それからは二人とも黙っている。
少年はなのはがこの病室に来たのなら自分に用があって来た。だから、なのはの方から会話をしてくる時を待っている。
しかし、なのははじっとしているだけで会話をしてくるような雰囲気はなかった。
「黙ってるだけなら、消えて」
「……っ!!」
消えてという言葉に拒絶が含まれていると思い、なのはは余計に自分自身を責めた。
しかし、別に拒絶している訳ではない。ただ、何かを言いたそうな表情をしては止めることを何度もされるのが気に障ったから言っただけだ。
とはいえ、今のなのはにはそれが分かる筈もなく、やっぱり怒られているんだと勘違いする。
「消えないなら、早く言いたいことを言って」
「うん」
「それで言いたいことは?」
「……えっと、その、あの」
何度も言い止まるその姿にシュレンは気が立つ。
その感情を感じたのか、なのはは口に出そうとした言葉を言うことができなくなってしまった。
その様子を見てさらに苛立ち、なのはは黙りきってしまう。
相性で言えば最悪で、このままではなのはの目的はおろか、会話をすることさえできない。
「さっきも言ったけど、黙ってるままなら消えろ」
「……っ!」
「もういい、消えろ。……それと勘違いしてるようだから先に言っておくけど、今回の件で悪いのは僕だ」
「え?」
予想もしていない言葉になのはは驚く。
「だから、君が怪我をしたのは僕のせいだと言っているんだ。
原因は君にあるのかもしれないけど、君が怪我をする前にアンノウンを破壊できれば問題はなかった」
少年は言葉を続ける。
しかし、その言葉は少なくてもなのはの考えていたものとは大きく違っていた。
「そうすれば君は怪我をしなかった。それは僕のせ――」
「違う! これは私のせいだよ!」
そこまで言われた時、なのはは我慢を堪えることができなくなった。
自分のせいである筈なのに、それを彼のせいだと言われているのだ。それも、彼自身の言葉によって。
自分さえ居なかったら彼は大怪我をすることはなかった。それなのに悪いのは自分じゃないと言っている。
それじゃあ、まるで、自分が悪くないと言っているように思えてしまう。
「私が皆の言ってることを気づかない振りをしたまま無理し続けて、皆から見放されないように頑張った! でも、その結果がこれだよっ! 悪いのは君じゃない!」
気がつくと、いつの間にか怒鳴り声を上げていた。
しかし、この言葉を途中で止める気など無い。先程の様な気まずさも気にしてる場合でもない。
言わなくちゃいけない。
ただその思いだけがなのはを支配していた。
「――悪いのは私だっ!」
呼吸も整えていない状態で急に怒鳴るというものは思った以上に疲労するもので、肩で息をするようになる。
それに大きな声を上げたせいでアンノウンに付けられた傷が傷んだ。
しかし、それを我慢して彼のことを真っ直ぐ見る。
一方、その声を聞いたシュレンは驚いたような表情をしたがすぐに収める。
「いいや、悪いのは僕だ」
そしてすぐになのはの言葉を否定した。
あの時、絶対にアンノウンを破壊できたとは言えないが、それでもなのはが怪我をする前に破壊することは可能だった筈だ。
しかし、結果としては怪我を負う前に破壊することはできなかった。だからこそ、なのはを庇うことにしたのだ。
自分がもう少し強ければ、守れる程の力があればなのはは怪我をしなかったというのに。
「違う! 私だよ! 悪いのは私だっ!」
この言葉を聞いたなのはも黙ってはいない。
責任の押しつけ合いというものがよく行われるこの世界ではある意味、このようなことは珍しいことなのかもしれない。
これではまるで責任の押しつけ合いではなく、その真逆のことをしているのだから。
「……言っておくけど、僕は全ての責任が僕にあるとは言ってないからな。
さっきも言ったでしょ? 原因は君にあるかもしれないと」
平行して続く言い合いに妥協することにした。
責任の所在を巡る終わりが見えなかったから妥協したのだが、それでは納得できない者がいるらしい。
その証拠として。
「君に責任は無い! 悪いのは全部私だ!」
未だに悪いのは全部自分だと主張するなのはがいた。
確かに、なのはの言いたいことも分かる。
今回の出来事はなのはが怪我をするような状況になったから起こったことだ。
話を聞いた限り、なのはが皆から見捨てられないように無理をし続けたというのが原因で、無理をしていなければこんなことは起こらなかったというのを伝えたいのだろう。
客観的に見れば、なのはが悪いのかもしれない。
「君と話し合うのは面倒だな。……まぁ、いいか」
しかしそれでも、少年は心底どうでもいいように言った。
別に客観的になのはが悪かったとしても何か意味があるのだろうか。あくまでもそれは客観的なものに過ぎないし、悪かったと決めつけても何かが変わる訳でもない。
どちらかが悪いと決めつけても、そんなことをするのに意味などない。
先程は自分を責めるようなことを言ったが、それは話を進ませる為だけであって、なのはが考えているほどどちらかが悪いということに興味がない。
とはいえ、罪悪感に近い感情は感じている。守れなかったからだ。
「どうして君は私を怒らないの! 私のせいで怪我をしたのに!」
「怒ったところで何か意味があるか? 仮に君を罵倒して、憎んで、恨むことに何か意味があるか?
……意味なんてない。例え、君がそうされたいと望んでも、それは反省とは言わない」
過去はどうあろうと変えられない。
そう考えての言葉だった。
「一つ言っておく。傷ついて何かを償うのは償いとは言えない。ただの自己満足だよ」
どれだけ言われても、例えどれだけ正論を言われても、なのはは納得できない。
今まで悪いことと思った時には謝って生きてきた。それなのに、悪いと思っているのに、言葉を受け取ってくれない。
そもそも謝ることすらさせてくれない。
それは今まで生きてきたなのはの常識を一方的に破るものだった。
「本当は私が憎くて憎くて仕方がないんでしょ! 私を庇わなかったら良かったって思ってるんでしょ! 私を傷つけたいって、本当は思ってるんでしょ!」
だからこそ、なのはは今まで考えたことがない様な考えまでも出てきた。
なのはを知っているフェイトやはやて、それに管理局員の者からしてみれば驚くような言葉だろう。誰もが、なのはの口から「傷つける」なんて言葉が出てくるとは思っていないことだからだ。
「……少し、黙れ」
「っ!?」
突如、部屋の温度が一気に下がったかのように錯覚するほどまでに鋭い殺気を感じた。
その殺気はなのはを呑み込み、なのはには恐怖心が芽生える。
別に、殺気を感じるのは初めてではない。今までの戦いの中でも殺気を何度も感じたことがあった。しかし、それはどれも明確な殺意を持った殺気ではなく、どちらかと言うと敵意に近いものだった。
だから、今感じている殺意に近い感情を込められた殺気は感じたことはない。
その殺気は部屋の中だけではなく近くで待っていたヴィータにも届き、感じたことのない殺気にヴィータは病室に駆け込んで入ってきた。
「丁度良い。君はなのはをこの部屋から出て行かせろ」
「言われなくても分かってるっ!」
元よりそのつもりだった。
待っている間にも普段は怒鳴ることをしないなのはが、取り乱して怒鳴り声が聞こえた。
始めはなのはが怒鳴る筈がないと考えて気のせいだと考えていたが、病室に近づいていくにつれ声がなのはのものだと確信していった。
そして、病室に近づいた時に感じられた殺気。
病室に入ってみて今二人が会話をするのは危険だと判断して、なのはを部屋から出させることを考えた。
「それと、これは一つの忠告だ。君はもう僕とはあまり関わらない方が良い」
その言葉を最後にヴィータはなのはを部屋の外へ連れていった。
なのはの表情はどんなものだったか分からないが、少なくてもあまり良いようには思われていないだろう。
そうさせたのが自分であるということは自覚はある。
だけど、それでも、ああしなければならなかったという想いの方が強かった。
「……ごめんね」