港町であるラ・ロシュールについた俺たちは、まずは昼食をとることにした。
とは言っても、爵位持ちの貴族が立ち寄るのは普通2軒のうちのどちらか宿の1階ぐらいだ。そのうちの上等な方で行ったのは結局のところ『女神の杵』亭だ。夕食もここでとることになるだろうし深夜出発の予定だが、翌朝まで一部屋を借りて荷物を預けることにする。
それで俺は昼食後に、風石の販売所でもある『シルフィ―』のラ・ロシュール店にたちよった。こちらの方が倉庫として実際の風石を持つために、中は広い。こちらによったのは、先に伝書フクロウでなるべくなら、火の秘薬こと硫黄をつんでいる貨物を中心とした船を探してもらうのが、まずはひとつだ。
客船だと無理はきかないからな。その点、貨物船なら荷物さえ前日のうちに積み込んでおいてもらうのと風石を余分に出せば、あとは船員の労働超過分に多少の上乗せをすれば、こちらの指定時間に出発をあわせてくれる。当然ながら、俺らを待っていてもらうが。
そして、この店の店長から
「アルビオンの付近には空賊がでるとの情報があるのですが」
「そうか……まあ、つかまったとしても、命に別状はないんじゃないかな。どうせ、アルビオンのレコン・キスタか、王党派に引き渡して金を稼ぐか、あるいはワルド子爵領あたりに身代金を要求するだけだろうしなぁ」
「またまた、ご冗談を」
冗談のつもりじゃないんだけどな。レコン・キスタが領空を支配している中、わざわざ自分たちのためにくる船を、空賊へ自由にさせておくことはなかろう。やはり、レコン・キスタに少しでも物資が届かないように、補給をさせないようとの王党派がでているのだろう。逆にみれば、それだけ、もう追い詰められているというところだよな。
一応、空賊もどきにつかまりに行くのが目的だから、集団で行動するよりも、単独で移動すれば、空賊として出航さえしていれば、空中では遠距離を見わたしやすいから、つかまる可能性は高いとみている。
ただ、実際に出航していてくれるかは、アルビオンでの戦争の状況しだいだ。どうも王党派は、まだニューカッスル付近で戦端を開いたばかりということで、予測より1週間ほど長く生き延びそうな気配はするのだが。
そして、この店で探して押さえてもらった、肝心の船の名前は『マリー・ガラント』号。何か聞いた覚えはあるような気はするが、気のせいだろう。
「それよりも新しく作ったと聞いている空船で、アルビオンへ行ってみた方が、安全でかつ速かったのではありませんか?」
「あれは、実験船だから、まだ国の承認がとれていなくてなぁ……」
「はぁ、そうですか」
風石の能力を最大限にいかすための実験をかねた、空船はもうできあがっている。しかし、まあ、あれだ。既存のギルドとの折り合いがなかなかつかなくて、国にたよっているが、ここはトリステインだしな。ゲルマニアなら、そんなところで気にしなくてもよいかもしれないが、これもここの国で、爵位のある貴族の家で産まれたからには、ギルドとの関係に軋轢があるとしても、ほどほどのところを見極めないといけないし、そうそうと簡単にはいかないしなぁ、っと思いつつ、もうひとつの話を始めた。
「ところで、この街の傭兵の動きはわかったか?」
「いえ、残念ながら無理でした。流れの者が多くて、シルフィ―の者では、情報をつかまえることはできませんでした」
「そうか。残念だけど、専門じゃないものな」
そっちの動きは、街の人間が300人程度に対して、街以外の人間が10倍以上動いているこの街なら、きちんとした情報をつかむのは、専門家でもいない限りは、ちょっと無理だろう。
貨物船には夕食後に移動して、こちらとしては寝ている間に動いてもらうつもりだ。船に平民の傭兵がきても、一気にはこれないから、対処のしようはいくらでもあるからな。そのあたりの事情は、空中を飛べる幻獣でも使えなければ、メイジでも似たようなものだけどなぁ。
アルビオンへの出航の前に、『女神の杵』亭の1階で夕食をとっている時に、それはおきた。夕食の時間帯に傭兵たちが襲ってくるのは完全に計算違いだった。
傭兵の第一弾は、いきなり窓や玄関を壊してつっこんできやがった。目標がさだまっていないのか、適当に襲撃をしている感じだったが、こちらは食事をしていたテーブルの足を折って、盾の代わりにして応戦をしたところ、はやばやと後退して魔法の届く距離を見極めたようだ。
他の貴族は、食堂の奥へと逃げて、役にたたねぇ。
傭兵が攻めてくるのなら、夕食後にワインでも飲んでいるところを狙うか、それとも寝るために貨物船へ移動するところを狙う可能性があるかもしれないとは思っていたが、夕食時とは完全に相手はこちらの手を読んでいる気がする。
部屋を全員の分とっておけば、相手に油断をさせられたかもしれないと思いなおしながらも、これがジャン・ジャック兄さんなら、逆をしかけられたという可能性もある。しかし、今のところどっちとはいえそうにない。
宿の中は明るくて、外は暗い。視認のしやすさが圧倒的に異なる。こっちも部屋の中の灯りを消せるだけ消して、外から中が見えにくくしたらルイズが、
「足もとまでみえづらくてしかたがないじゃない」
と俺が行った行為に文句を言い始めたのに対して、キュルケが
「だから、トリステインのほとんどの貴族は役立たずなのよ。確かにこちらは動こうと思ったら、この暗闇では足元もおぼつかないでしょう。けどそもそも、ここからそんなに動けることができなかったのだから、相手からこっちが見えなくするようにしつつ、眼がなれれば、相手をよく見ることができるわよ」
店の中の灯りを消したのは俺だが、目論見はそのあたりだ。奇襲にあわてて、魔法で通常飛ばせる距離を測られたのは面倒だな。兄が隠密での行動で常識的な線として
「半数が目的地につけば、成功とされる」
といい始めたので、
「じゃあ、ジャン・ジャック兄さん、風の偏在をオトリとして2体だしてよ。それだけで、ここの表から攻防はできるでしょ?」
「いや、しかし……」
「裏手から桟橋にむかうにしても、途中で傭兵が待ち構えているかもしれないと考えるなら、兄さんの風の偏在が一番効率よく相手の足止めをしつつ、桟橋へ行く時も待ち伏せを発見しやすいでしょう? 風系統の耳の良さをいかして」
それでも、判断を保留している兄に対して、俺はたたみかけるように、
「風の偏在をだしても一晩も寝れば、出せる数は同じでしょう。それに俺もここでひとつ補助の魔法を行うよ。それでどう?」
「お前のあれか?」
魔法学院では知られていない、もう一つの二つ名を兄も思いだしたようだ。ルイズも知っているかもしれないが、実際には見せた覚えはない。
「そう、それ。相手は幸いにして、集団だから、効果はかなりあるからね。それでどう?」
ようやく、他の有効な手だてが他にそれほど無いと認めたのだろう。
「偏在は2体でいいんだな?」
「って、俺の補助も不要だろうに」
っと思っても口には出さずに、
「そのあとは一体を防御で、一体を攻撃にまわしてつっこんでいけば、相手はさすがに混乱するよね?」
兄が、本気で役立たずのふりをしているのか、疑いだしたくなってきたところで、
「それで、よかろう」
「じゃあ、先に裏手から桟橋に行って、7番の7段目に『マリー・ガラント』号が停泊しているから、そこで少しまっていてね」
「ああ、よかろう」
そうして兄が風の偏在を2人残しながら、全員をつれて行ったところで、俺は土と火を重ね合わせたラインの魔法を詠唱した。
相手が、通常の魔法の射程より遠くにいるから、疲労感が少しばかり強くなるが、仕方が無かろう。
精神的な集中力を強めて遠距離にも対応させて、壊れかかった青銅の中に揮発性の高い油をつめたイメージを空中で複数思い浮かべる。しかも、外部にも油がついているので、それに火がついているのを、重力にともなって落下させる。
それを『火山弾』と名付けているが、直接相手にぶつかればそいつのダメージは、鎧をつけていても、その後の効果も含めればまずは助からないだろう。それは、ショックがあたえられれば、例えば相手にあたるとか、地面に落ちるとかした場合、薄い青銅が壊れて、そこから揮発性の高い油に引火して爆発し、青銅の破片が広域に飛んで、相手の無防備なところにぶつかると、怪我がひどくなるというものだ。破片の威力はそれほど高くないが、集団相手には比較的効率がいい。弱点もそれなりにはあるが。
この魔法で、多分、俺の魔法に関する精神力は半分程度に減ったはずだが、相手の傭兵の中から、
「メテオだー!」
って、なんか前世で聞いた言葉が聞こえてくるが、そこまで大きな物体じゃないぞ。
どうも前世の記憶を持っている者が、この同じ世界に何人かいるのは知っている。しかし、残念ながら役にたってくれそうなのは、ほとんどいない。
シルフィ―には縦の看板として『風石管理事務所』と書いてあるのに、それを文字として認識してくるものは数人いただけだが、残念ながらこれからおこるであろう殺伐とした内容に耐えられそうな者は、王都で店を任せている店主のみぐらいで、あとは何かがあった時の為に、適当に交流を保っている。
聖戦でどうなるかってのは、ちょっと知識があったら、かかわりたくないのが世の常だし、今回の相手側にいた傭兵みたいなのは、別な意味で味方に引き入れると、厄介ごとをおこしてくれそうだ。
それにしても今回の件は、風のスクゥエアなら魔法学院の敷地内で、寮の外からでも足音や声を気配を消しながら、耳をそばだてることぐらいは朝飯前だろうことを、俺はきづかされた。兄かもしれないが、魔法衛士隊の中にいた風のスクゥエアも想定人物として対象か。頭がいたいな。
いつのタイミングで、ニューカッスルでのウェールズ皇太子の手紙を奪い取りにくるかわからん。これなら、いっそ兄が犯人であると確信をもてた方が、今後の予測はしやすいが、それはそれで、困るしな。
とりあえず、傭兵たちはそれなりに打撃をうけているだろうから、あとは兄の風の偏在にまかせておけば、今のところは突破されることはなかろう。俺も店の裏手から、各系統の感覚に注意をむけながら、桟橋に向かった。
そして、そんな桟橋である樹の根本によって、鉄プレートに書かれた7番の出入口を探して、中へ入ったところで上から人らしきものが落ちてきた。そう思いたかったが、あれはレビテーションか念力あたりで落下速度を落としているな、っと思う暇もなく、こっちにレイピア状の杖をむけてかかってきた。こっちも対抗上、右手でサーベル状の杖を抜き、左手のタクト状の杖には、すでにためてあった火のマジックアローを放った。奇襲攻撃にそなえての一発だったのだが、あっさりとかわされて剣技での戦いになったが、一手を受けてみて兄か魔法衛士隊のスクウェアクラスだと想定しておいて、よかったと感じるぐらいの手ごたえがある。
俺は剣を一回受けた後に、左へサイドステップをしながら、右手と左手の杖を持ち替える。相手は俺の杖の持ち替えを気にせずに、さらに打ち込みながらも呪文を唱えている。こちらも本来のスタイルで、相手の打ち込みに合わせられることに安心しながら、聞こえてくる呪文から、とっさにファイアーウォールの呪文を唱える。これで上にいるメンバーも気が付いてくれると良いが、助けをあてにできるかどうか。相手はエアカッターで、なんとか詠唱は間に合った。この詠唱の速さから言うと、兄じゃないと、半分ほっとしながらも、次の錬金の魔法の詠唱に入ったら、相手はエアストームの詠唱のようだ。強制的に炎の壁をふきとばすのが目的なのだろうが、こちらは初歩から始め、しかも汎用性の高い錬金の魔法は慣れしたしんでいる。錬金の詠唱は相手の詠唱の半分もいかないうちに完了したので、それで杖を振った。
行ったのは、空気の中にある水蒸気を揮発性の高い油に変えて攪拌しただけのドットの錬金だ。変えた先は、炎の壁より相手側で、そちらでは炎の壁から一気に炎の塊が広がり、そして、一瞬で消える。そこには、元からあったものしか残っていなかった。死体すら残らなかったのは、風の偏在が相手だったのだろう。
油を攪拌して、連鎖爆発を起こすのだが、単純に酸素を消費するのが目的だ。ミスタ・コルベールの『爆炎』と同じ原理だが、高さはともかく、範囲は狭いだけあって、一瞬にして、酸素濃度を人として生きていけるしきい値より下げて、相手が息を吸い込んだ瞬間に窒息死させるのがこの魔法の特性だ。風の偏在も通常の人と変わらなさすぎたというのが、効果のあったところだろう。効かなかったら、とっととこの樹の中からでていけば、よかっただけだしなと思いかえすが、さて上までフライでと思ったが、そろそろ精神力がきれかかっているような気がする。途中で落下はしたくないので、結局は階段を駆け上がることになった。
船で待ち受けていたのは、以外な人物の怪我だった。
サイト以外が怪我をしました。
2013.07.27:初出