ゲルマニアへ向かうための実験船『トルテュ』号、トルテュとは亀の事だが、まあ、亀の歩みのごとくちまちまと改良しているからつけた名前だ。形状は飛行船に似ているともいえなくはない。一応、後方にプロペラもついているが違うところもある。
それは、上部についた横帆と三角帆である縦帆の存在である。それに、今は地上に直接着陸しているのでめだたないが、下部にも横帆のマスト用に柱が内蔵されているというか、ちょうど枠の中におさまっている。
おおざっぱな見た目としては、中央より下側は木造だが、上部は黒いコールタールによる防水布。そしてところどころには、厚手の石英ガラスの窓があるところだ。
飛行船の内部に操舵室などがあるので、石英ガラスの窓は航海員の位置から外が見やすいように配置している。
まだ、ワルド子爵領内からでたことは無いが、後方から風を受けた時の最高速度は、全ての帆とプロペラをつかって、アルビオン王国の巡洋艦に比べて小型だが、高速な駆逐艦とほぼ同じぐらいらしい。
らしいというのは、この実験船にはアルビオンで空船乗りだった者を2人ばかりスカウトしてきた。この船での副長と掌帆員だ。
それで、ゲルマニア行きをつげたのに残ったのはこの二人のみで、他にいた者はさっていった。民間船からのスカウトだったが、やっぱりわざわざゲルマニアに行くほど酔狂ではないらしい。
実験船とは別に、もう一人ゲルマニア行きの打診の伝書ふくろうを飛ばしている。それは、王都トリスタニアのシルフィー本店店主だが、奴も家族持ちなのと、店主だったということで調査ははいっても、シルフィ―のオーナーはあくまで俺であって兄ではないから、最悪でも数程度日は調べられる程度で済むと思う。あたりさわりのない話のなかでそんなことを以前話していたが、今回は本当におきたからくるかどうかは、どっちともいえないんだよな。まあ、ゲルマニアについて居場所が確定したら、再度手紙で意志を確認してみればいいか。
実験船の方だが、だいたい、真後ろばかりから風が吹いてくるとは限らないので、その条件でアルビオン王国の駆逐艦とほぼ同じ速度なら、現存するこちらの世界で人間が制作した空船の中では、速度はトップだろう。それも、ミスタ・コルベールが東方号を完成させるまでの間かもしれないが。プロペラを回す動力が魔法の吸煙装置の吸引する動力からプロペラを回す歯車へ力を変換しているから、効率が悪い。簡単な水蒸気動力も作れるが、全長が30メイルしかないこの船の中では大きくなりすぎて、かえって重さのために推進力が最終的に落ちてしまう。そういう意味では、ハルケギニアの空船は船体下部に大量の重りを載せて、無理やり重心をさげている。帆で受けた風も完全にはつかまえきらないから、上下が逆にならないともいえよう。
どちらにしても、多分ミスタ・コルベールがゼロ戦からヒントを得て、動力を作る方が、俺よりもうまくつくるだろうから、今はこれで十分だ。
それで残った、二人のアルビオン王国で王党派の船乗り。乗っていた船が早々と戦線離脱をして、貴族派『レコン・キスタ』が半分ほどの勢力になった時点で、トリステインに亡命してきたのをみはからってスカウトしたのが、副長のウルフガング・アレンと掌帆員のビリー・ロックで、爵位のない下級貴族だが、
「二人とも残ってくれて助かる」
「副長ともなったら、そう簡単に船は捨てられませんよ」
「うーん。この船はおもしろいんですよね。帆を船と縦にして前方からくる風にも対応するだなんて、他ではできない経験ですからね」
「二人とも、根っからの空船乗りだな。それで、船員が減ったのでアレンには副長とともに操舵士と航海士も兼任。ロックには掌帆員とともに機関士をおこなってもらいたい」
「そうですね。操舵士と航海士の件は、了解いたしました」
「えー、機関士ですかー」
「機関士といっても、風が弱い時に『トルテュ』号がバランスよく浮くための風石の量を調整する方だけたのむ。風が強いときは、俺が機関士もかねるから」
「そうですね。それなら了解いたしました」
プロペラはどうせ、高速、低速、停止しか選べないようになっているし、それも高速と低速の切り替えは、一回プロペラを強制的に停止させて、違うギアとつなぎ換えをしてから動かすから、一度変更したら滅多にプロペラも速度を変更することは無い。船のバランスを見るのも、魔法装置の力で回るコマによって重力に対して垂直になろうという性質を利用した水平器をみながら、前・中・後とに分けてある風石室から、風石を複数の管をとおして、適当にお椀をさかさまにしたような複数の浮力室に勝手にいくようにしてあるだけだ。降下するときは、この浮力室の風石を少しずつ外部へ放出する。
『トルテュ』号は極端にいえば、このワルド子爵領内だけなら帆をつかわずに、プロペラは回しっぱなし。あとは、尾翼による水平方向、垂直方向の調整を操舵士が、中央にある航海士が検討する航路を検討する机のすぐ後方に、ハンドル型の2つの操縦桿で上下左右を操ることまでは可能だ。まあ、それじゃぁ速度が遅すぎる。ほぼ確実におこるであろうアルビオンとの戦争には参加できないので、人を集めていたのだがトリステインをまもるという名目なら残るであろう民間の船乗りと、アルビオンを貴族派から解放するためにゲルマニアから出撃できるつもりの二人の違いだな。
「しかし、風石採掘の魔法装置と、風石探査装置をのせたら、貨物室、狭いわねぇ」
「もともと『トルテュ』号がそんなに大きくないからなぁ」
マチルダの言うことに言い訳をしたが、
「これじゃぁ、食料をつむ場所って、どこかの船室を使うしかないじゃない」
「適当に空いている船室につっこんでおいてくれ。窓の方は布で覆って、日の光が入らないようにしてさ」
「それぐらいしかないねぇ」
「ねぇねぇ、シモン。私はどうしたらいいの?」
「レアは、マチルダが作る料理の手伝いでもしてくれよ」
「はーい」
「じゃあ、あとは食料品を載せ終わったら、初の長距離飛行だ」
その声で、それぞれ、出航前の準備に入っていった。
『トルテュ』号による長距離飛行で心配なのは、魔法装置がプロペラを長時間回し続けられるかぐらいで、その他の心配事項は特にない。
『トルテュ』号が出発をして、通常なら夕食の時間帯に入った。なるべくはやめにゲルマニアへと入り込みたいので、アレンとロックには別々に食事をしてもらう。その間に俺が、それぞれの役割を行う。一応、一通りのことはできるようにはなっている。熟練度は低いから、空海軍にいったら下士官見習い程度だろうけどなぁ。
一番最後に食事をするのは、俺で厨房室のすぐわきにある食堂室だ。
「マチルダの料理を食べにきたぞ」
「待っていたのに遅いよー」
レアが言うので、
「そ、そうか。じゃあ、一緒に食べような」
「うん」
夕食は量がそんなに無いので少々さびしい気もするが、食事をする前にマチルダへ手紙を渡しながら、
「マチルダ。ニューカッスルの領主となるアルビオンの公文書だ。どうするのか、よくよく考えて読んでほしい」
「……シモン。違う場所とはいえ、まさか、本当にもらってこれたとはね」
「やっぱり、失敗すると思っていた?」
「実はね……ところであんたが行ったのは、ニューカッスルだったわよね?」
「そうだ。アルビオン王国の王党派は、そこで最後をとげた。だからといってそこの領主ではなくて、アルビオンを取り戻したら領地替えを新王家に届け出るのもできるはずだぞ」
「……そう。ちょっと、部屋で読んでくるわね」
「ああ」
マチルダは考え込んで出て行ったが、もう絶滅したであろう王党派の最後の地の守り人となるか、それとも王家をまもれなかった王党派をそのまま放置しておくのかも考えないといけないだろう。少なくとも後者にはなってほしくはないので、領地替えの案も一緒にはなしてみた。とはいってもマチルダが相談にきてみてくれたら話は聞くが、俺の見た目は年下だからな。
そんな思いを知らない、レアと二人きりになったので、俺自身の気分を若干かえるために話てみた。
「そういえば、マチルダと二人きりになってみてどうだった?」
「なんとなく、生まれ故郷を思い出した。あまり良い思い出もなかったはずなのに」
「そうか。人間の姿の時間が長いんじゃ、学校の寮に残しておくわけにもいかなかったし、だからといってアルビオンにもつれていくわけにもいかなかったから、悪かったな」
「うん? なんで、謝るの?」
「使い魔のルーンの効果の一つで、主人のそばにいると故郷やなんかをほとんど思いださなくなるようなんだ。レアにもそれがでるかもしれないと思っていたのだが、先に言ってなくてすまなかった」
「いいの。だって、使い魔になるとは思わなかったけれど『サモン・サーヴァント』で、あの鏡の様な物に自分の勘を信じて入ったのは私だから」
「そうか、そう言ってくれると気分が落ち着く」
そうして、レアといろいろな会話をしながらの食事を続けた。
食事も終わったころ、マチルダがもどってきたので、洗い物が終わったら、中央の艦橋に集まるように指示した。
艦橋にマチルダとレアが集まったところで、俺は話し出す。
「今回、ゲルマニアに向かうことはすでに話しているが、詳しいことはまわりに聞かれると、残っているものにいろいろと迷惑がかかるかもしれないので、それ以上は言っていなかった」
「そうすると、これからの方針をきかせていただけるわけで?」
副長でもあるアレンが訪ねてくる。
「その通りだ。トリステイン王国を出国してゲルマニアに亡命するが、まずの目標地は首府ヴィンドボナだ。ここでまずは、俺とマチルダは亡命希望者としてゲルマニア人となる。アレンとロックは、アルビオンからの一時避難の下級貴族ということで、あと2年ぐらいはアルビオンの下級貴族としての地位を継続できるはずだ。ここまではいいかな?」
まわりを見回してみたが、レアを除いて想定内だというような顔つきをしている。
「目的地は首府ヴィンドボナだが、途中の障害は3つ。トリステイン王国からの空海軍がおいかけてくることだが、多分、空船においつかれずにトリステイン王国を脱出できるだろう。2つめは帝政ゲルマニアに入ってから、ゲルマニアの艦隊にとめられることだが、これも今はアルビオン大陸と同じ高度まで一旦あがっている現状から降下していくこのコースでは、気が付くのに時間がかかってこれも首府ヴィンドボナにつくまで、おいつかれないと思う。最後に、首府ヴィンドボナを護っている風竜隊だ。素直に白旗を上げて空中で停止する。ここで、すきなようにこの『トルテュ』号の中をみてもらうことになるだろう」
「この船に、入ってくるのはしかたがないと思うのですが、全員が残っているのですか?」
やはり、アレンからの質問だが、
「相手の状況によりけりだが、アレンにおこなってもらいたい。本来なら俺なんだろうが、亡命の手続きと、その後にある人物を頼るので、そっちとの交渉にも入る」
「了解しました。ところで、差支えがなければ交渉相手とは?」
「ヤン・エリアス・フォン・ローエングラム伯爵だ。聞いたことは?」
まわりからは、わからなさそうにしている中、アレンが代表するように
「残念ながら聞いたことはありません」
「だろうな。伯爵だが魔法は使えない金で成り上がった貴族だ。人物として信頼はできる。しかし、ゲルマニアで儲けを出して伯爵にまで上がれる領地を買えるのが相手だ。交渉は慎重にする必要がある」
ここで、マチルダが聞いてきた。
「交渉の材料はあるの?」
「風石の販売だ。ゲルマニアにもギルドはあるらしいが、習慣が違うからこちらが売る分とは別に、フォン・ローエングラム伯爵の方にも売る。まだ、風石に手をだしていないのとトリステインでは他より安く掘れている実績もあるから、安く提供できる自信はある。これが交渉材料だ」
「そこは、まかせるとして、その後は?」
まわりを見まわすと、こちらを見ているので、
「可能な限り首府ヴィンドボナとこちらの軍港に近い場所で、風石がありそうな領地が無いかを探す。運搬にあまり費用をかけたくないから、将来を見据えるならどちらかというと民間船の多い港町に近い方がよかろうが、各人考えることは一緒だろうから、短期間でそのあたりの土地を買うのは難しいだろう」
「ということは土地を買うのね?」
「ああ、爵位を持てる程度の領地は買うつもりだ。まあ場所によりけりだが、首府ヴィンドボナに近ければ準男爵だが、そのうち飛び地でも買って男爵ぐらいにはなれるだろう」
「ずいぶん、先の長そうなことも考えていたんだね」
「まあなぁ。今になったから言うが、兄が結婚をして子どもができたなら、俺の爵位継承は実質上無くなるから、そのまま下級貴族としてトリステインにいるか、それともゲルマニアの東の奥地で領地を買うかは考えていたからなぁ」
「それで魔法学院では、あまり女生徒と仲良くしていなかったのかい?」
「まあ、そんな風に考えてもらっていいよ」
俺は頭をかきながら答えた。なんせ、トリステインの上流貴族の女性はやたらとプライドが高いのが多い。婿養子に入ったなら気をつかいそうだから、下級貴族で何かをするという方をというのが背景にあった。
「ここまでで、質問はあるかな?」
しばらくまったが、沈黙が続くので、俺は、アレンとロックに話をしていなかったことをいう。
「このレアのことだが、こいつは俺の使い魔だ」
「はぁ? 人が使い魔ですか?」
ロックがきいてくる。アレンはわずかに警戒をしているようだ。
「いや、人じゃないし、吸血鬼でもないよ。レア、元の姿にもどってくれ」
「うん」
そういうと、一瞬で子ぎつねの姿に戻った。
「この通り見た目は子ぎつねだ。ただし、尾の数が9本ある幻獣に分類される」
「はあ。珍しいですね」
「人間の姿になるのもどんどん大人へと近づいていくから、気にしないでおいてくれ。それからレア。俺の部屋で一緒に寝るつもりなら寝ている最中は、子ぎつねのままだぞ」
「えー。なんでー」
「うーん。ここで話すようなことじゃない」
レアの人間の姿は、まだ少女だが、黒髪の美少女だ。このまま一緒に寝ていたらいつか俺が手をだしてしまいそうであることを、まわりの者は気が付いているようだ。
そんなのは実際にはおこっていないから良いとして、それよりもゲルマニアへ入ってからだよな。
構想はこうですが、こうすすむかな?
2013.09.10:改版
2013.09.01:初出